ホームレスがトリニティの生徒になる話   作:ちゅーぴか

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 デカグラマトンで良すぎるガキが来ましたね。

 薄さって素晴らしい。


トリカス②

 

 トリニティの一角にある、大きなバルコニー。そこに置かれた机を囲むのは、三つ置かれた椅子とそこに座るミカとナギサ。三つの内一つの椅子……百合園セイアの椅子のみ虚しく空白となっている。

 

「ですから、何度も言っているでしょう!?」

 

 高貴なティーパーティーの場には似つかわしくない、ナギサの怒気を孕んだ声が響く。ナギサには、ずっと前から抱えているストレスの種があった。

 

 

 

 

「……イトさんは危険です。彼女は……」

 

 ……糸巻イト。今年のトリニティの入試で、全教科満点で主席合格を果たした人物。誰が見ても優秀であるが、それを鼻にかけるでもなく献身的に仕事をする様はナギサもよく知っている。しかしだからこそ、本心の全く見えない彼女を深く危惧していた。

 

 ナギサは彼女を昨年の浦和ハナコに重ねている。イトの聡明さは、まさにあの時の彼女のものであった。

 

 そんな彼女が、どんな方法かはわからないが大切な幼馴染に取り入り、あろうことかミカの付き人にまで上り詰めていく様子は、ナギサの心を焦らせるには十分すぎる出来事であった。

 

「えーまだ言う? イライラには甘いものがいいらしいよ☆ はい、どーぞ」

 

 しかしナギサの想いは届かない。ミカはナギサのティーカップへ角砂糖をぼとぼとと落とす。

 

 

 

 

「…………彼女は、あの事件前にセイアさんと面会をしています」

 

 ナギサは、額に青筋を浮かべながらも言葉を止めない。

 

「それに先ほども言った通り、トリニティの裏切り者の可能性があるハナコさんとも親しいと聞きます」

 

 ……同じティーパーティーであるセイアのヘイローが破壊された。エデン条約が迫ったこの時期に。

 犯人はいまだ不明だ。もし犯人の目的がエデン条約の阻止ならば、次に狙われるのはナギサと考えるのが妥当だろう。

 

 ……もし、自らの身に何かあれば、ミカにすべてを預けることになる。それまでに何としても裏切り者を追放する必要があった。

 

「……彼女は過去が不透明です。シスターフッドは口を割りませんが……過去にどんな組織に属していたのか、どのように生活をしていたのか……ここへ来た目的や本名に至るまで、全てが偽造であると私は考えています。……言うなれば、アズサさんよりも疑わしい」

 

「でもそれって、ナギちゃんの妄想でしょ?」

 

「……っ! 大体、ミカさんが———」

 

 ナギサが机を叩き、立ち上がったその時だった。

 

 

 

 

「ナギサ様! ミカ様! 報告があります!」

 

 

 

 

「……なんですか」

 

 ティーパーティーへと割り込む、一人の生徒。ナギサに睨まれたその生徒は、額に汗を浮かべ、息も絶え絶えに言葉を続けた。

 

 

 

 

「糸巻イトが暴力行為を起こしました!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 それはミカの声だった。

 

 このタイミングで、そんなことになるとは……。

 

 

 

 

 ……都合が良い。

 

 

 

 

 ナギサは浮かんだ一つの案に笑みを浮かべる。

 

「……わかりました。案内してください」

 

 

 

 

 ……やはり、糸巻イトはトリニティから排除すべきだ。

 

 

 

 

 ナギサとミカはその生徒に連れられ、現場へ向かった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 現場に到着したナギサが見たのは、水浸しのトイレとそこにへたり込むイト。そしてそれを囲う様に立っている四人のティーパーティー傘下の生徒だった。

 

 イトの有り様には目を疑うほかなかった。彼女は、彼女のものと思わしき弁当の残骸に塗れ、制服をひどく汚していた。それに全身はずぶ濡れで、髪は乱れている。

 

 

 

 

 ……何より、ミカがあげたという髪飾りが、壊されていた。

 

 

 

 

「……なにこれ」

 

 

 

 

 ミカが力なく呟く。イトはその姿を見ると、顔を見る見るうちに絶望に染めていった。

 

 

 

 

「ミ、ミカちゃ———」

 

「状況を聞かせてください」

 

 ナギサはイトの言葉を遮り、淡々と為すべきことをなす。

 

 

 

 

「わ、わたしは———」

 

「イトさんは黙っていてください」

 

「……っ」

 

 イトは言葉を失う。しかし、ナギサの眼は依然厳しくイトを睨み続けたままだ。

 

 ……イトに何かをさせてはいけない。彼女に何かをさせたら、全てがうやむやになる可能性がある。

 

 ナギサのイトへの警戒心は、それほどまでに大きいものだった。

 

 

 

 

「こいつが先に手を出したんです。変な言いがかり付けて、私のこと転ばしてきて……」

 

 そう言ったのは、イトを取り囲んでいた生徒の一人だった。

 

「私…怖くって! 私、何にもしてないのに、どうしてこんなことするんだろうって……」

 

 その生徒の目が涙で潤んでいく。そしてナギサはその生徒へ、何かを訴えかけるように話しかける。

 

 

 

 

「……これはすべてイトさんのせいだ、というわけですね?」

 

 

 

 

 ……ナギサには考えがあった。

 

 もちろん、この状況がイトのせいだと本気で思っているわけではない。どう考えても彼女は被害者側だ。この状況で騙せると考える自分の部下に頭を抱えたくなる。

 

 だがこれは好機だと思った。もしもこの一件をすべて彼女のせいにできれば……

 

 

 

 

 ……退学か、それは無理でもエデン条約締結まで停学にできるのでは?

 

 

 

 

 しかし、そんな状況で黙っていられない人物が一人いた。

 

 

 

 

「ナギちゃん、何言ってるの?」

 

 

 

 

 この状況で最も危惧すべき変数、聖園ミカである。

 

「この状況で、こんなになってるイトちゃんを見て、本気でそう思ってるの? どう見たってこの子たちが———」

 

 

 

 

「ミカさん」

 

 

 

 

 そんなミカに対し、ナギサは釘を刺す。

 

「……少し、静かにしていてもらえますか? この件は私が請け負いますので、ミカさんは帰っていただいて構いません」

 

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 

 ミカの目が冷え切ったものに変わり、拳が強く握りしめられる。ナギサは冷や汗をかいた。

 

 ナギサは考えを巡らせる。どうすればミカは帰ってくれるだろうか? どうすればイトに責任を負わせられるだろうか? どうすれば、エデン条約は———

 

 

 

 

「ミカ様!」

 

 ……しかし、そんな思案とは裏腹に、どこまでも軽薄な笑みを浮かべて声をあげる者たちがいた。

 

「ご覧くださいミカ様!」

「ミカ様に纏わりつく薄汚い蛆虫は、私共で排除いたしました!」

 

 ナギサはひそかにため息をついた。この生徒たちへの失望故か、もしくは自分への……。

 

 ミカは無言でゆっくりとその生徒たちへ身体を向ける。

 

「ミカ様、騙されてはなりません!」

「糸巻イトはミカ様の地位にしか興味がないのです!」

「私共はミカ様をお守りいたしたのです!」

「ですから、付き人にはこいつではなく私共を———」

 

 その者たちが愚かにも矢継ぎ早に言葉を話した、その時だった。

 

 

 

 

 ……ミカの強く握りしめられた拳が、振り上げられた。

 

 

 

 

「……っ! ミカさん!!」

 

 ナギサは焦って呼びかける。

 

 ……しかしミカは止まらない。止まれない。ミカの怒りは、イトの姿を見たときからすでに限界であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……だからこそ、ミカは気づけなかった。

 

 ……間へ割り込む、一つの影に。

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

 重く、鈍い音とともに殴り飛ばされた生徒は、けたたましい衝突音を響かせながら壁に突き刺さる。誰の目にも軽傷では済まされない衝撃であることは明らかだった。

 

 ……しかし、殴られたのはイトを取り囲む生徒たちの誰でもない。

 

 

 

 

「イト……ちゃん……?」

 

 

 

 

 次第に土埃が晴れ、殴り飛ばされた生徒———糸巻イトの姿が見え始める。ナギサはその姿に息を飲んだ。

 

 イトの頭からは夥しい量の血液が流れ、彼女の制服をさらに汚していた。胸部を強打したのか、呼吸も浅い。

 

 

 

 

「ミカ、ちゃ———それは……だめ……」

 

 

 

 

 ……もしも私情で他生徒を傷つければ、ミカが糾弾を受ける可能性がある。ティーパーティーの一員だろうと処罰は避けられない。

 

 だが、傷つけた相手が「暴力行為を働いた生徒」ならば話は別だ。ミカの行動は糾弾の対象ではなく、悪人を成敗し、哀れな一般生徒を救うヒーローのものに早変わりする。

 

 

 

 

 ……つまり、イトは身を挺してミカをかばったのだ。傷を負うこと、自分の立場を失う可能性があることに構いもせず。

 

 

 

 

 しかし、そんな姿を見たミカは……

 

 

 

 

「イ、 イトっ……ちゃっ……」

 

 

 

 

 そこにあるのは、ティーパーティーの威厳など存在しない、涙目で小刻みに震える少女の姿だった。手に残る鈍い感触も、顔に張り付く返り血も、彼女を苦しめるものでしかなかった。

 

 

 

 

「やっ……やだ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そして、イトのヘイローが———消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……あぁぁあああ!!」

 

 その場にミカの悲痛な叫びが響いた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 はい、くそ雑魚イトちゃんです。

 

 いやー、びっくりしましたよ、まさかワンパンされるとは。

 

 まあ確かに? ミカちゃんは超強いし、私は超弱いですが?

 

 仮にも同じ女子生徒なんだから、もうちょっとパワーバランス取れてるべきじゃないですか!

 

 ミカちゃんパンチをくらった瞬間に「あ、これはやばい」って思いましたよ。

 

 なんて言えばいいんでしょうか……トラックにはねられたような、くそデカい鉄球にぶつかったような……。

 

 自分じゃ抵抗しようのない力でしたね。痛すぎてもはや痛くなかったです。あの細い腕のどこにあんなパワーが……。

 

 

 

 

 しかし、ミカちゃんには悪いことしたな……。

 

 せっかくくれた髪飾りを守れなかった。ミカちゃんに私を殴らせてしまった。

 

 いっぱい傷つけた。

 

 だから、謝りたい。

 

 でも、ミカちゃんはどこにいるんだろう?

 

 っていうか、私は今どこにいるの?

 

 

 

 

「……ちゃん!」

 

 

 

 

 なんか、声が聞こえる。

 

 

 

 

「……トちゃん!」

 

 

 

 

 ……あったかい。

 

 

 

 

「……イトちゃん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、そこにいたのは険しい表情を浮かべたハナコ先輩だった。

 

 

 

 

「……ハナコ、先輩?」

 

「イトちゃん……よかった……」

 

 ハナコ先輩は私の手を握りながら顔を伏せ、安堵の息を漏らす。ハナコ先輩の手は温かくて、どうやら全身の感覚は残っているようで一安心だ。辛そうなハナコ先輩の頭をよしよししておこう。

 

「ここは……?」

 

「……救護騎士団のベッドです。イトちゃん、ひどい怪我で……」

 

「……」

 

 私はうつむく。自分の怪我への絶望故ではない。私の心にあるのはただ一つ。

 

 

 

 

 ……ハナコ先輩にも、知られてしまった。そのことに対する、深い絶望だった。

 

 

 

 

「ハナコ先輩、知ってる限りでいいので、経緯を教えてくれますか?」

 

 私がそう言うと、ハナコ先輩はさらに辛そうな顔をする。ハナコ先輩には申し訳ないが、今の私には何よりも優先しなければならないことがある。

 

「今……ですか?」

 

「……大事なことです」

 

 私は訴えかけるようにハナコ先輩を見つめた。

 

「はぁ……わかりました」

 

 彼女は諦めたようにため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、イトちゃんが気を失った後から……。イトちゃんがけがを負ったので、まず救護騎士団への通報が行われました。彼女らの到着までの応急処置はナギサさんが行ったそうです」

 

「ナギサ様が?」

 

 ハナコ先輩は頷く。

 

 意外だ。ナギサ様は私のことを煩わしく思っているだろうから……。

 

「はい。イトちゃんは特に頭部からの出血がひどくて……もしもこの応急処置がなければ危なかったそうです」

 

 ハナコ先輩は顔の影を深めながら「でも、こんなことで贖罪できたつもりなら……ふふ♡」と付け足した。

 

 お、おこってる……。ナギサ様逃げて……。

 

 

 

 

「救護騎士団が到着後、その場は一旦解散となり……その後、目撃者全員に口止めがされました」

 

「口止め、ですか?」

 

 ハナコ先輩の顔がより一層険しくなる。

 

「……ティーパーティーは目撃者に、この一件についての一部始終を一切他人に明かさないことを要求しました」

 

「……」

 

 ティーパーティーはこの一件をなかったことにしたいのだろう。まあ事実だけ見たら、ミカちゃんが一生徒に怪我を負わせたわけだから隠蔽したいのもわかるし、私としてもそっちの方が助かる。

 

 

 

 

 でも……ハナコ先輩からすれば……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ! イトちゃん、どうしました?」

 

 私は再度ハナコ先輩をよしよしする。

 

「いや、ハナコ先輩は優しいなぁ、と思って」

 

「……」

 

 ハナコ先輩黙っちゃった。複雑そうな顔してる。余裕そうに見えて案外かわいいからな、この人。

 

 

 

 

「……それで、私の怪我の容態は?」

 

「……っ」

 

 ハナコ先輩の顔が一気に曇る。

 

「……肋骨二本の骨折と、頭蓋骨線状骨折だそうです」

 

「……あちゃー」

 

 そんな気はしてた。さっきから胸と頭が痛かったし。にしても、頭蓋骨がイっちまうとは。でも陥没じゃなくてよかった。ヒビが入っただけなら手術がいらないし。

 にしてもミカちゃん超強くてすごい。これ、ただのパンチだぜ?

 

「それから……」

 

 先輩が口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「救護騎士団の方がおっしゃっていたのですが……イトちゃんの身体は特別に弱いそうです。それも不摂生や運動不足では説明がつかないほどに。何か心当たりはありますか?」

 

「いえ……」

 

「そうですか……」

 

 そうなのだろうか? 確かに、ミカちゃんはおろかハナコ先輩にも力で勝てたことはないけれど……。もちろん心当たりなど全くない。私は健康体のつもりなんだけどな?

 

 

 

 

「……幸いにも、内臓に異常は見られませんでした。記憶や受け答えもしっかりしているので大丈夫だと思いたいのですが……しばらくは絶対に安静にする必要があります」

 

 先輩の目がいつになく真剣だ。多分、本当に動いちゃいけないんだろうな。取り返しがつかない事態になる可能性もあるのかもしれない。

 

 

 

 

 ……でも、ごめんなさい。私にはやることがある。

 

 

 

 

「……ミカちゃんは今どこに?」

 

 

 

 

 私のやること。それは、ミカちゃんの隣にいること。今のミカちゃんを一人にさせるなんて、私にはできない。

 

 

 

 

「……教えられません」

 

 

 

 

 しかし、ハナコ先輩の視線は鋭い。やっぱり、私が病院を抜け出そうとしていること、見抜かれているかな。

 

「イトちゃん。今のイトちゃんは何があっても安静の身です。頭を強打した以上、急に容態が悪化する可能性だって———」

 

 

 

 

「ハナコ先輩」

 

 

 

 

 ……ハナコ先輩はいい人だ。だから、傷つけたくはない。それでも———

 

「お願いします」

 

 

 

 

「……っ」

 

 ハナコ先輩の顔がひどく苦しそうに歪む。けれど私は強く目線で訴えかけた。

 

 

 

 

「……わかりました」

 

 

 

 

 ……やっぱり、ハナコ先輩は優しい。

 

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

 私は微笑みながら、そう言った。

 





 イトちゃん怪我多くない?
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