この世界に生まれてきて初めて見たのは、ぼやけた視界に映るくたびれた表情の女の顔だった。
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コツ、コツとブーツで歩いてくる音が聞こえる。昔はこの音を聞くたびに後悔と憂鬱で仕方がなかったのに、今では特に何も思うことがない。おれは金と骨で作られた悪趣味なシャンデリアによって薄紫色の光の光に照らされた広い部屋の奥に、ポツンと置かれたこれまたクソ悪趣味なゴテゴテした椅子に座ってその靴音の主人を待つ。
ーーーこの部屋どうしてこんなに悪趣味になったんだっけ
足音の主人が近づいてくるのを感じながら、手持ち無沙汰に膝の上に乗せたペットを撫でてぼんやりと部屋を眺めてそんなことを考えていると、コンコン、と控えめに木製のドアを叩く音が聞こえてきた。
「--失礼します」
返事をせずに少し待ち、その声と共に部屋に入ってくる男をみる。薄く光り輝く銀髪に切長な銀の瞳、スラリとして高い身長と面長な美貌がめちゃくちゃアンニュイな雰囲気を醸し出してる。
「バージル、なんのよう?」
喋ってて自分でも嫌になるくらい甘ったるい声でその男ーーバージルに声をかける。
「はい、兄様。今月の奴隷どもの数の合計収支とゴミの再利用についてご相談をしに参りました」
「ゴミって?」
「使い古しの人間です。つい最近までは特に利用価値もなく、餌にしていたメスどもと年老いた戦奴に他の使い道がないか模索していたところ、使えそうな案がいくつか見つかりましたので、許可を頂きたいのです。まず、内容についてですがーー」
「好きにしていいよ」
少し食い気味に答える。それ以上の話を聞いていたくなかったからだ。
「…かしこまりました。では、そのように」
少し俯き気味になって答えたバージルをチラリと見て、軽く手を振って退室させた。
「卑怯者だな、おれ」
そう呟いて、また部屋をぼーっとしながら眺める作業に入ったーー
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おれからしたらこの世界は、言ってしまえばエロゲみたいな生き物ばっかのファンタジーゲームのようなものだった。人々は必ず一つの『クラス』につき、『位階』を上げて存在を強化する。魔物だって魔力だってあるのだ。まあ、MPやHPが見れるわけでもなければステータスなんかが存在するわけでもない。強いていえば『位階』がレベルっぽいものだが、『位階』だって別に可視化ができるわけでもなくて、その人の『存在力』のようなものらしかった。
そんな世界の中で、おれは自分が主人公だと思ってた。いや、人は誰しもが自分の人生の主人公だとかそういうのではなくて、本当におれは自分がこの世界の主人公だと思っていたのだ。子供からは考えられないほどに潤沢な魔力に、子供とは思えないようなほと走る知性。父親の血筋に相応しい銀の髪と銀の瞳を持ち、周囲からはそれこそ宝物のように扱われていた。
父親は厳ついおっさんだったが俺のことは溺愛していて、俺の母親以外に産ませたであろう他の子供に比べてあからさまに態度が優しかったし、そんな異母兄弟達ですらおれを嫉妬するんじゃなくて敬ってくれて、人生楽だなーなんて思ってた。
可愛い可愛い弟妹達。1番の長男は俺だったから兄姉は諦めるとして、前世であれだけ欲しかったものがいつの間にか与えられていて、おれは浮かれてたんだ。神様もたまにはいいことするじゃんなんて、前まで呪うぐらい嫌ってた神様にもちょっとだけ感謝なんかしてしまってたし。
種族は違うし見た目もヤバいしで家族達からはめちゃくちゃ反対されたが、親友だってできたし、クラスが定まると言われてる15歳になったらダンジョンに入ろうなんて考えてた。順風満帆な人生だったんだよ。
あぁ、けど、それが終わったのは13歳の時だった。突然俺が住んでた街に襲いかかってきた蛮族ども。薄汚いヒトモドキ達。
戦火に焼かれ、街の中で泣き叫ぶ子供達。男は殺され、女は犯され、ガキんちょどもは玩具のように弄ばれて…。
ーーークズどもは、笑ってた
今でも夢に見る。決して許しはしない。クズども。クズども。クズどもめ!!
弟達が何をした? 妹達に何か罪でもあったのか?
おれはあの日、森に出かけてた。街が焼かれているのが見えて、慌てて戻ったが遅かった。町を荒らしまわるヒトモドキを殺しながら屋敷に戻ろうとしてーー
おれは、そこで地獄を見た。
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「ーーはっ!はぁっ、はあ!」
目が、覚めた。どうやら玉座で居眠りをしてたらしい。
「あぁ…くそ」
最悪の目覚めだ。頭がずきずきと痛むのを感じる。こう言う時はとことんまで気分が落ち込むのだ。とりあえず気分を落ち着けるために顔を洗いに自室へと向かう。
ふかふかのカーペットの感触を足裏に感じながら、部屋を出る。
「「「おはようございます」」」
廊下に出た途端に、配下の者達が頭を下げて右手を胸にあて、臣下の礼をとってくる。
そして、声を上げることも許されず、雑用をこなす奴隷達は途端に這い蹲り決して顔を上げようとはしない。
「うん、おはよう」
極力奴隷を見ないようにしながらそう答え、歩こうとした瞬間、足元に這いつくばっていた筈の奴隷の一人が駆け寄ってきた。
「ーー貴様ァッ!!!」
瞬間、そばに控えていたメイドが奴隷が走り出した瞬間に動き始め、奴隷がおれの足元に辿り着くよりも早く奴隷を床に叩きつける。
シン、と空気が冷え込んだ。
周りを見ると、奴隷を叩き伏せたメイドだけでなく近くにいた全ての配下が険しい顔で奴隷を見ていた。
「ウゥゥゥウゥ」
そして、その奴隷はといえば、低く唸り声を上げながら黒く濁った瞳でジッとこちらを見つめていた。
薄汚れたトーガの出来損ないのようなボロい布切れを一枚だけ身に纏い、美しかったであろう金の髪は煤けて茶髪に見える。頬は痩け、目は落ち窪んでいて、布切れから覗く手足はまるで枯れ枝のようだ。それだけ酷い境遇にありながら、女の目だけが何かのエネルギーで満たされたように黒く濁って、不思議な光を発している。
もう、数えきれないほど見た人間の姿がそこにあった。
「貴様、いったい何のつもーー気色の悪い目で我が主人を見るなァ!!」
長く見つめあっていたように感じたが、一瞬であったらしい。奴隷の目に気付いたメイドがその頭を掴み、床に叩きつけて頭を潰した。
グチャァ!!と、廊下中に人間の頭が派手に潰れる音が響き渡り、顔を伏せている奴隷達がガタガタと震え始める。
そんな人間達を尻目に、配下達が俺の周りに集まってきた。
「お怪我は!?」
「申し訳ありません!いくら奴隷紋が実用段階に入ったとはいえ、やはり玉座の近くに人間など置くべきではありませんでした」
「言い訳など後でいい!とりあえずご主人様をお連れしろ!」
「いや、おれは大丈夫だから…」
「あぁ!お気を遣われなくとも良いのです。さ、行きましょう」
そう言ってメイド達が俺の周りを囲み、移動しようとおれを抱きかかえてきた。
「で、このクズどもをどうする?」
「やはり女奴隷はダメだ。主様の色香にやられてしまう」
「だからと言って男奴隷など主様に近づけるわけにはいかんだろう」
「そもそも、だから私は奴隷を主様の近くに置くべきじゃ無いと何度も何度も言ったのだ!!」
「しかし、バージル様のご命令だったろう」
「それで主様に何かあったらどうするのだ!!」
「そうはいってもだなーー」
「だかー、ーー」
メイド達に周囲を囲まれながら移動する途中、残った配下達が会話しているのが聞こえてきた。