ハムちゃんと行く実力至上主義の教室へようこそ。 作:マチルダ鈴木
そして新たな友人が出来ます。
中間テストの返却が行われた翌日、Dクラスの赤点該当者は今日も学校に来ていたらしい。
坂柳の企みは成功したようだ。
しかし、私は罪悪感を捨てる事は出来ず、心の中はもやもやしていた。
「どういう事だ?Dクラスの山内は退学のはずじゃ?」
「そうよね、どうして学校に来ているの?」
「退学手続きをする為じゃないのか?」
様々な憶測が飛び交う中、坂柳は彼らの話を気にする事なく優雅に紅茶を飲んでいた。
私は彼女の元へ向かい声を掛ける。
「おはよう、有栖ちゃん。」
「おはようございます、茉莉花さん。」
「全部、全部思い通りになったのかな?有栖ちゃん。」
「そうですね。想定外の事態が起きる事もなく、駒を一つ入手する事に成功しました。」
Dクラスの赤点該当者は山内春樹だ。
噂では偽りの経歴を話し、女好きで気持ち悪く女子生徒に嫌われているらしい。
私は試験が行われる前日、Dクラスで三馬鹿と呼ばれている男子生徒3人の郵便受けに坂柳から頼まれた手紙を入れた。
手紙が坂柳が用意したもので、色も封も全て違ったものだが、唯一の共通点は全て可愛らしい封筒が使われているというものだけ。
恐らくこれはラブレターなのだろう。
勿論、送り主は存在しない偽物のラブレターだ。
「でも、予想が外れた部分もあるんだよね?」
「ええ、私の予想は外れました。本来例の物を見つけた3人を揺さぶり、崖っぷちに立たせるという作戦でしたが、これが通用したのは1人だけ。試験当日のDクラスの様子から、例の物を知っているのは山内君1人。鬼頭君に頼んで残りの2つを回収しましたが、もしバレていれば私の申し出をDクラスは受け入れなかったでしょう。」
ラブレターを見て動揺すれば、三馬鹿程度なら実力を発揮出来ないと彼女は語っていた。
しかし、実際ラブレターは山内しか読んでいなかった。
このラブレターがもし須藤や池にバレてしまえば、Dクラスは他のクラスの策略だと考えて、坂柳の『足りない点数をポイントで買う事で補填する』という申し出を受け入れなかっただろう。
自分達でポイントを集めるか、山内を退学させるか、その二択で悩んでいたはずだ。
「…ねぇ、有栖ちゃん。こんな風に妨害して相手を蹴落す事が、この学校を卒業した後役に立つのかな?」
「それは…役に立つべきでは無いでしょう。国の未来を支える人材を輩出する為の学校ですから、他人を陥れる人間を製造する目的はありません。」
だが、この学校のAクラスという地位の高さが争いを起こす火種となっている。
思考力を鍛える為、コミュニケーション能力を養う為だとして、だから敵を蹴落とす理由にはならない。
社会に出れば他者との協力や信頼を築く事も重要だ。
時に敵味方関係なく問題解決の為に尽力する事もあるかもしれない。
性格の悪い人間がいたら、そのような場面で邪魔なだけだ。
私はこの学校が何を求めているのか、予想も出来なければ理解しようとも思えなかった。
「この学校を卒業した時、本当に胸を張れるのかな?他のクラスの子達を傷つけ、得た称号…それに意味はあるのかな。」
「意味はありますよ。それに他のクラスを傷つけるのではありません。ほかのクラスに勝つのです。勝負をすれば誰かが敗者になるのです。可哀想だからと、手を抜く事で私達が危険にさらされてしまうかもしれません。私達に出来る事は、持てる力を全て使って相手に勝利する事だけです。」
「…そっか。」
私には理解出来ないが、私の何倍も優秀なAクラスのリーダーが言っているのだ。
だから正しい事なのだ。
そうでなければ、私は困ってしまう。
坂柳に改めて昨日何をしたのかと尋ねると、彼女は三本指を立て笑った。
この学校で定期試験の点数は1点10万プライベートで買う事が出来る。
そして3本指を立てたという事は、Dクラスの代わりに30万プライベートポイントを支払ったという事になる。
「…そんなにかかったんだね。一体どんな契約を結んだの?」
「まず、山内春樹君が今後3年間得られるプライベートポイントの半額を全て私に譲渡する、という契約を結びました。30万プライベートを肩代わりしましたそして、葛城君の話では特別試験と呼ばれるクラスポイントを賭けた試験が行われると聞きましたので、特別試験が行われる度に私のお願いを何でもひとつ聞くという約束も交わしました。もしこれらの内容を破った場合、彼には即刻退学して頂き、Dクラスには彼から受け取る事が出来なかった30万プライベートポイントの残りの額を請求する権利も含まれています。」
「なるほどね…」
妥当な内容ではあるが、Aクラスにかなり有利だ。
恐らく山内に請求する30万プライベートポイントは、山内が得られるプライベートポイントの半額を譲渡という内容に含まれているのだろう。
そして罰がかなり厳しい。
しかし、この学校では赤点=退学なので、山内に求める罰も妥当だと言える。
「私、有栖ちゃんが怖くなってきたよ。」
「お褒め頂けて嬉しいですよ、茉莉花さん。」
確かに私の抱く感情は畏怖に近い。
だからといって、私の言葉を褒め言葉だと解釈する事には驚いた。
素直なのか、素直じゃないのか、思慮深いのか、私にはよく分からない。
その日から数日が経った頃、私は図書室に来ていた。
図書室で7年前の新聞を探すついでに、映画化した小説の原作を借りていく為にここにやって来た。
私が巻き込まれた忌々しいあの事件について、私は知らない事が多すぎる。
当時小学生で精神的なストレスを抱えており、事件について触れていなかった為仕方のない事ではあるが、事件について事前情報を得る必要がある。
ここの図書室はかなり広く、過去の新聞もかなりの数が置かれている。
そして新聞を読むように提案したのは坂柳だ。
彼女はいつも最適な提案をしてくれる為、とても助かっている。
図書室を一周したが、表に置かれている新聞はどの会社のものも5年前のものが一番古い。
7年前の新聞紙は一つも置かれていないようだ。
私は受付カウンターに向かい、司書に新聞について質問する事にした。
「すみません、7年前の新聞を探しているのですが、もう置かれていませんか?」
受付の女性が私の話を聞き、パソコンを操作し始める。
そして数秒後、パソコンの画面の向きを私が見えるように動かした。
「7年前ですと…今表に出ているのは5年前の新聞が1番古いものになります。7年前のものでしたら…処分されていなければ書庫にあるはずです。少し確認致しますので、お時間を頂いても宜しいですか?」
「分かりました。」
その後、先に原作の小説を貸し出して貰い、読みながら待つ事にした。
数分後一人の女子生徒が私を見て固まっていた。
気が散って読書どころでは無いので、彼女の方を向いて話し掛ける事にした。
「…どうかしました?顔に何か付いていますか?」
「あ、す、すみません。」
彼女は今私の事をガン見していた事に気付いたのか、深々と頭を下げて来た。
すぐに顔を上げるよう促すと、彼女は苦笑しながら話し始める。
「不快にさせてしまいましたよね、すみませんでした。私は1年Cクラスの椎名ひよりと申します。その本を同年代の方が読んでいるのを見て、つい嬉しくなってしまって。」
「私は1年Aクラスの藍宝茉莉花です。確かにこの本は主人公の女性も20代後半ですし、若者が好んで読む作品ではないかもしれませんね。椎名さんは本がお好きなんですか?」
「はい。その、父が作家をしている影響もありますが、幼い頃から本を読む事が好きだったんです。」
私は読んでいた本に視線を移す。
これは滝川真司の『純愛』という小説で、今年映画化された作品だ。
この学校に来る前に既に放映されており、私は友人の紹介で試写会にも足を運んでいる。
友人はこの作品の脇役として出演しており、素晴らしい演技力を見せつけた。
だが、映画は原作と一部違う部分があり、原作を読む事を推奨され、今日ようやく原作を図書室で借りたのだ。
「純愛の定義とは何か?」
「定義ですか…少し難しい質問ですね。」
純愛とは何なのか、私も興味はあったが答えが分からないでいた。
「ふふっ、ごめんなさい。突然そんな事を聞かれれば困惑するのも無理はありませんね。実は少し前に読んだ小説の中にそのタイトルの小説があったんです。作者が同じという事もあり、少し気になったのです。どうやら、この作品と同じ世界観の作品みたいですから、この作品がお好きなら是非読んで見てください。」
「なるほど……今度読んでみようと思います。興味を持つというのは素晴らしい事ですね。どんな作品でも触れてみて初めて理解出来るものがあると私は思っていますから。」
「そうだね。幾ら話題の作品でも、映画化やドラマ化、アニメ化がされた作品でも原作を読んで初めて分かる事もあるよね。」
「はい。映像化された作品だけでは全ての情報を映す事は出来ません。ですから、原作小説を読んで知識を補填する事でさらに楽しむ事が出来ます。」
「あはは、本当に本が好きなんだね。私はよく読書をするけど、映画の原作を読む事が多いからその考え凄くわかるよ。」
彼女は本を読む事に重きを置いているが、私は映画化された作品をより理解する為のアイテムとして本を活用している。
目的は違うが、一つの作品を理解しようという考えは同じだ。
「椎名さんは本当に本が好きなんだね。」
「はい。ですが、私の属するCクラスは本を読む方がいらっしゃらないので、少し寂しいです。藍宝さん、もし良ければまたこうしてお話しませんか?」
私は彼女にニコリと微笑み頷いた。
「勿論だよ。私も中学の時みたいに気軽に話せる友達が居なくて、少し寂しかったんだよね。是非仲良くして欲しいな。あ、連絡先交換しない?」
中学時代は映画研究会に所属していた事もあり、似たような趣味を持つ生徒が多勢いた。
そして幼稚園や小学校から一緒にいた友人達は、趣味の合わない人も居たが、私の趣味に理解があり、私の話も楽しそうに聞いてくれるような優しい人が多かった。
だから、この学校にいる派手な生徒や寡黙な生徒は少し苦手意識を持ってしまっている。
唯一の友人である坂柳と行動する事が多いが、彼女といると常に頭をフル回転させなければいけない為、少し疲れてしまう事が多い。
勿論、彼女は大切な友人であり、一緒に居て新しい発見をしたり、楽しさを感じる事も多い。
だが、それらを得る度に私は少しだけ疲れてしまうのだ。
その点、椎名は趣味が近く穏やかな性格だからか、話しやすくて助かる。
「そうだったんですね…。是非交換しましょう。宜しくお願いします、藍宝さん。」
「こちらこそ宜しくね、椎名さん。」
私達は握手を交わし、連絡先を交換した。
その後私達は好きな本について話していたが、司書が書庫から戻って来たので彼女と別れた。
「お待たせ致しました。7年前の新聞ですと、全部で2社のものが保管されていました。こちら、数日後に廃棄されてしまうものですので、もし良ければ差し上げます。」
2社か。
少ないが、これから調べる量としては丁度良い。
だが、8月以前の新聞は調べる必要が無い。
「すみません、8月より前の新聞は必要無いので、8月から11月までの新聞をお願いします。」
「分かりました。少し量が多いので、紙袋にお纏めしますね。少々お待ちください。」
彼女は約180部の新聞を紙袋に入れ、私に手渡した。
「こちらで宜しいですか?」
「はい。ありがとうございます。」
その後寮に戻り、大福さんにご飯を与え、ボトルの水を入れ替えた。
「あ、大福さん起こしちゃったかな?」
ゲージの扉を閉めようとした時、物凄いスピードで大福さんが走ってきた。
頭を優しく撫でると何度も外に出ようとする。
少し早いが、お散歩の時間にしよう。
大福さんを外に出し、好きに散歩させる。
その間に巣箱の掃除とトイレの掃除を行う事にした。
それから約20分が経過した頃、ゲージの周りをうろつき始め、自分でゲージの中に帰っていたので、おやつのチーズをひとつ渡し、ゲージの扉を閉めた。
その後貰った新聞を確認していく。
まず8月中盤は5人の子供が行方不明になっているという内容だ。
それから2週間後、行方不明になっていた私が発見され、私の証言から誘拐事件だと予想され、警察の捜索が続けられる。
しかし、それから数日後行方不明になっていた5人の子供達の死体が腐敗した状態で発見され、殺人事件が発覚する。
被害者の子供達はいずれも腹部を大きく切り裂かれており、検死解剖の結果によると体内の臓器が奪い取られていたそうだ。
他にも骨折をしていたり、小さな火傷痕が残っている遺体もあったそうだ。
警察は子ども達の臓器を奪い、売買する目的で誘拐し殺害したのでは無いかと見解を述べているが、犯人が見つかることは無かった。
9月中盤には被害者遺族や近隣住民への取材が乗っており、どのインタビューでも「犯人を許してはならない」と憎しみを顕にしていた。
私の家族は取材を拒否しており、どの新聞にも載っていないが、私の友人の被害者遺族の方のインタビューは載っていた。
『息子がキャンプ場に着いて少し経った日、キャンプ場の中で叫び声がしたって言っていたんです。しかし、その時は風が強かったので空耳だと言って笑ったんですが、あの時真面目に話を聞いてあげられていたら。キャンプ場の近くで首吊り自殺をしてなくなった女性の幽霊が現れる、なんて噂を聞いていたから、息子の話も冗談だと思っていたんです。本当に、私は母親として最低です。』
9月終盤にはキャンプ場の怪談について書かれているものが多く、有益な情報は無い。
しかし、もし幽霊だとすればわざわざ臓器を奪う理由が分からない。
やはりこれは人間の仕業に違いない。
10月の序盤、死体発見現場から約2キロ離れたところに小さな小屋があり、そこには多くの血痕が残されていた。
DNA鑑定の結果から、被害者5人の血液だと分かったが、もう一人別の人間の血痕が混ざっているらしい。
そしてその不明な血液の量からして、既に亡くなっている可能性が高く、犯人のものでは無いと結論付けられた。
そして小屋にはケシが植えられており、ここで不正に育てられていた事も分かった。
10月末、その血痕の持ち主である人物の体の一部が、人里に降りてきたクマの体から検出され、亡くなっている事が分かった。
11月の新聞は事件について書かれているものが減り、新たな情報も書かれていない。
インターネットでも情報を調べたが、有益な情報は無く、犯人の検討すらつかない。
やはり、7年も前の事件を警察でもない私が解明しようとするなんて、不可能なんだ。
諦めようとしたその時、携帯から着信音が響く。
画面を見ると担任の名前が表示されており、慌てて携帯を手に取り通話ボタンを押した。
「…もしもし?」
「藍宝、急な電話で悪いな。支給伝えなければならない事がある。」
真嶋の切羽詰まった声に不安が募っていく。
「実はな、君の御実家に殺害予告が届いたそうだ。」
何を言っているのか、私には理解出来なかった。
いや、理解したくなかったのだ。