「まずは自己紹介からしないといけませんわね! わたくしは魔王軍四天王のロミアン! 魔王城のお掃除当番を担当しておりますのよ!」
「なーん」
「勿論なーんさんも紹介致しますわよ! こちらはなーんさん! 魔王城に住んでいる猫ちゃんですわ!」
「ではわたしも……スティアーユ・メルクーリアです。この度は介抱していただいて有難うございました」
「良いのですわ! 困ったときはお互い様ですわよ! それよりもメルクーリア様は見ないお顔ですが、もしかして最近この世界にいらした方ですの? それでしたらお節介代わりにこの世界について説明致しますわよ?」
彼女、ロミアンさんは目敏いのか或いはわたしがこの世界で浮いているのか判然としないけれど、この世界にきてまだ数日のわたしにとって情報はいくらあっても困らない。魔王軍という肩書がやや気になるけれど好意は有難く受けておくべきだと判断した。
「そう……ですね。よかったらお願いしてもいいですか? あと、わたしのことはスティアーユとお呼び下さい」
「分かりましたわ! それではスティアーユ様、しばし御耳と目を失礼致しますわね! なーんさん、アシスタントをお願い致しますわ」
「なーん!」
とてとてと猫……もといなーんさんが部屋の片隅に転がっていた紙筒を器用に手足を使って壁に固定させるとそれは地図だったようでわたしが見たことがない大陸の図が描かれていた。ロミアンさんは懐から眼鏡を取り出すとそれを付けて同様にどこからか取り出した棒を片手に地図の一角を指した。
「まずはここが現在地。大陸北部中央の小島にこの魔王城がありますの。そして向かって右の中央大陸北東部一帯を占拠しているのが四大勢力の一つ『山奥』ですわ! わたくし達魔王軍の島に度々遠征に来られるのでもしご縁があればすぐ目にするかもしれませんわね! そして西部にある北西大陸にある4か国。これらの国はレストランド神聖同盟と呼ばれる同盟を結んでいる国々ですわね! 盟主のリリオール聖典教国様も山奥様同様にわたくし達魔王軍へよく東伐に来られますわよ! そして魔王軍の島から南下するとあるえびてんランド様、旅烏の巣様も北伐へよく来られますわね!」
「周りが敵だらけじゃないですか……魔王軍は恨みでも買っているのですか……?」
「そんなことありませんのよ! 魔王軍は定時出勤定時退社、完全週休二日で有給消化も義務化しておりますし、お給料もボーナスもあるホワイト企業ですわ!」
「では立地が悪いのですか……? 魔王城は北西大陸と中央大陸の中間地点にありますし……」
「聞いた限りでは前任の魔王様が何かしたかもしれないという風聞を聞いたことがありますわね! でも詳細は不明なので結局謎なのですわ! 魔王軍は武力には屈しませんのよ!」
「そ、そうですか……」
魔王軍がホワイト企業なのも名前と真逆だし、魔王に前任という概念があるのも謎だったけれど深く考えないことにした。どうやらこの世界の魔王という単語の意味はわたしが知るそれと異なるようなので魔王軍は被害者側なのかもしれない。もっとも、そうだとしてもわたしには何ら関係ないのだけれども……。
「話が横に逸れてしまいましたわね! 他にもお国はたくさんあるのですけれども、この大陸が現在戦国乱世の様相を呈しているので四大勢力の方々だけ紹介しますわ! 残り3つは先ほど挙げた神聖同盟の一角、祭事国家デコンポポ様、中央大陸南部に隣接しあう親竜国家バハムート様とエステレラ望郷国様、この4国が抜きんでた戦力を保有しておりますわね! 国に属さない方にも有力者はおりますけれど、情勢についてはそれを把握していれば凡そ間違いないですわよ!」
「四大勢力のうち半分に常時侵攻を受けている魔王軍はよく健在ですね……聞いていて不思議なほどにまだ魔王軍が崩壊していないのが謎に思えてきました……」
「魔王軍は雑草魂で生きておりますのよ! それにこの世界では瀕死の傷を受けても数分すればすぐ治りますの! 死んでもチャラというやつですわね! 特攻し得ですわ!!」
「軽い気持ちで命を扱いすぎじゃないですか!?」
聖職者としてあまりに命を軽んじすぎていることについて言いたいことが山ほどあるけれど、聞き捨てならないことがさらっとロミアンさんの口から零れた。
この世界では重傷者すらすぐに蘇る。それはつまり、死すらこの世界の神は文字通り超越した存在であり、おそらく死んでもこの世界から解放されることはないということ。
……まるで檻のようだ。一体この世界の神は何をしようと画策しているのか、その調査もわたしはしなければならない。どのみち元の世界に戻るにはいずれ神の元に辿り着いて問い質さなければならなかっただろうけども。
「この世界の神のぷりけつ様が戦争を推奨しているのでさもありなんですわね! わたくしたちはそれに倣うだけですのよ!」
「あの、待ってください。ロミアンさんはこの世界の神……えぇと、ぷりけつさん……に会ったことがあるのですか? そんなに気軽に会える存在なんですか?」
「えぇ。だってその辺を普通にあの方は歩いておりますわよ? なんならたまに大衆酒場にも来ておりますわよあのお方」
「神って……神ってそういう存在じゃないでしょう……!? もっと、こう、神聖で、崇高で、万人から敬われるような……!」
「そんなこと言われてもぷりけつ様は毎日誰かに頻繁に野試合を仕掛けられては『け、ケツが二つに割れちまったぁ……!』と地べたに突っ伏しておりますのよ!」
「知りたくなかったことがまた一つ増えました!!」
わたしは頭を抱えた。超然とした存在と思った存在がフランクを通り越してもはやシュールな存在でもう訳が分からない。わたしの中の神という像の定義が崩れかけている。
「何にせよこの世界は毎日新しいお客様がいらして、毎日鎬を削りあう乱世なので各勢力いずれも有望な方のスカウトに躍起ですわね! スティアーユ様もやがてどこかに属した際はよろしくお願いしますわね!」
「それはどういう意味のよろしくなのですか……あの、ギラギラした目で見ないでください……血気盛ん所か常時血に飢えてません?」
「失礼いたしましたわ! わたくしが教えられるのはこの辺ですわね! ところでスティアーユ様、少し汗をかいておりますわね。お風呂でも入っていかれたらよろしいですわよ!」
「お風呂? お風呂があるんですか?」
お風呂といえばわたしの世界では嗜好品だった。何せわざわざ大量の水を沸かして適温を維持したままにするというのは相当な労力がかかるので貴族や王族のみに許された贅沢に等しい。わたしも普段は元の世界では水浴びや布巾で体を拭いたりで済ませることが多かったので入れるなら入ってみたい。好奇心に駆られた。
「魔王城は大浴場がありますのよ! MORAさん! MORAさん、お客様を案内してくださいましー!!」
「承知しましたデスよーーーーー!!」
「な、なんですかあなたは!!?? なんで全裸なのですか!!??」
「彼女はMORAさんですわ! わたくしと同じ魔王軍四天王のお風呂当番ですわね!」
「なーん!」
部屋にいきなり入ってきた謎の物体に下半身を浸からせた女性がわたしたちの前に勢いよく現れた。その際に水しぶきを大量に周囲にぶちまけており、お掃除当番と先ほど言っていたロミアンさんはいつのまにか手にしていた掃除用具で散らかった水をバケツに吸い上げている。なーんさんは体全体にお湯がかかったようでぶるぶると体全体を振動させてさらにロミアンさんの掃除の手間を増やしているが、なぜかロミアンさんは楽しそうでわたしはもう訳が分からない。わたしなら十中八九キレるのは間違いない。
「それはお風呂に入っているからデスね! よかったらお客様も入るといいデスよー!!」
「わ、わたしは大浴場で入るので、その、それに入るのは遠慮しておきます……」
「分かりましたデスよ! では案内しますので着いてきてくださいデスよーーー!!」
「スティアーユ様、行ってらっしゃいませですわー!」
「ちょ、あの、早すぎるんですってば……!? あの、MORAさーん!?」
MORAさんという方は現れた時同様に謎の物体に乗ったまま魔王城の廊下を疾走して遠くに消えた。ロミアンさんは案内人だと言っていた筈だけど、客を置いて何処かに消える案内人はわたしも初めてかもしれない。幸いにも彼女がぶちまけたお湯を辿れば目的地には着きそうなのでわたしは何故か急に疲れた心持ちでそれを目印にお風呂に入りに行くのだった。