キヴォトスに転生した俺、とりあえず逃げ回る。 作:旅する野良猫
──痛い。
意識が微妙に残ってるせいで、鼻が折れてツンとした痛みが涙を流させ眼を刺激する。
何度も折れた上、鼻水で呼吸が上手く出来ず、切れた口内から出てくる血液が嫌な鉄臭さと濁音混じりの呼吸を強制させる。
何処からか悲しい声がした。
何を言ったのかもう一度聞きたいのに、はっきりしない意識が捉えるのは、耳鳴りばかりでろくに人の声が聞こえやしない。
今さら、特に気にもしていなかった屋内訓練用の木製的や障害物の破片が刺さってるのに気付いてジワジワと痛み出す。
限界、無理、しんどい。
今すぐ家に帰って寝たい。
そんなこみ上げるものを無理矢理黙らせ、無理をさせ過ぎて震えが止まらない脚を支えにゆっくり立つ。
「わ〜お……まだ起きちゃうんだ」
無理に無茶と無謀を重ね続けて死にかけなボヤケた視界の暗がりにピンク色の輪郭を見る。
「……そのまま寝とけば良かったのに」
本当に、それはそうだ。
本当にバカらしい意地でしか無い。
前世は男だったからだろうか。下らないことでついムキになる。
だがそんなことは顔に出せずに、足を前へと。
離れたところから何か声がする。聞いたことのある様な声だから先生達が到着したのだろう。
集まれてたんだ、良かった。
もはや動かすことはおろか感覚すらない左腕を垂らし、軋む感覚のする右手を使ってロックスクラッパーを拾い上げる。
──歩く。
ロックスクラッパーを引き摺りながらも再起動して、持ち手のグリップを口で咥える。
──歩く。
インジェクターを取り出してイェンツレーラを左腕に打ち込む。恐怖心はどこかに逝ったらしい。
──歩く。
歩く。
──走る。
激しい動悸と共に掠れた視界が徐々に開け、全身の痛みが。
苦痛が。溶けるように消えていく。
──駆ける。
口に咥えたグリップを手で掴み直し、真っ直ぐ剣の様に振るう。
その振るった一閃は目の前の聖園ミカを斬ることも無ければ、弾かれることも無く。
──拮抗。
或いは鍔迫り合いと言うべきか。
聖園ミカのマシンガンを捉え、硬直状態へと至った。
だからこそもう一度、確認をする為に聞く。
「……まだやるの?」
「やるに決まってんじゃん☆」
鍔迫り合いの中、先手を切ったのはミカだ。
マシンガンから右手を離し、捻りの効いたストレートを放つがその拳は空を切る。
そして振るわれた右手の袖が遅れて轟音を打ち鳴らす。
「良く避けたね?」
「避け……なきゃ、死ぬだろ」
……女子高生がパンチで音を置き去りにしないで欲しい。
当たったら死んでた所だ。
この僅かなやり取りの合間にもプチプチと筋線維が千切れていく感覚がする。
後先考えずに2本目を打ち込んだおかげで、状況は辛うじて拮抗に近づいた。だが同時に、強化されたことで本来の肉体スペック以上の無理をさせ、本来のスペック以上に神秘を無茶に扱っている現状は、目の前の存在に追いつけず悲鳴を上げていた。
そりゃそうだ。
元々比較的負担の緩やかな吸引方式で比率の調整に調整を重ねて完成したパワーアップアイテム。それを更にオーパーツの濃縮液に溶かした詰めたリスクしかないシロモノ。
元々一本使うのだって躊躇いがあったし、元になってる精煉粉末でさえ効果が切れれば無理やり強化した反動で丸一日はろくに動けない。
それ以上の劇薬を2本なんて持ってのほか。
五体満足でいれるかすら心配だ。
ボケた思考が整えられ、痛みとセットで五感が戻って来ているのが分かる。
終わったら薬の影響とかで言語障害とかにならきゃいいけど。
「凄い……凄いねキミ!! まだ動くんだ?」
「まだ動けるから……な!!」
はは、すげぇや。
へなちょこレベルの俺が
一合、また一合と得物を振るい合わせれば衝撃で床が壊れ、基礎部分のコンクリートがむき出しになった。
前に進む為に地面を蹴ればコンクリートがひび割れ、自分の身体では耐えられない出力を出し続けられる相手がどれだけ化け物なのか実感する。
「あはは、凄い凄い!! 全力なのにまだ立ってる!!」
スクラッパーで受け流し、重さを活かしてカウンターを当て込む。
きっと一度でも、彼女の一撃をマトモに当たったらもう起きれない。
そんな確信があった。
だからこそ、目の前に彼女が来た時は訳が分からなかった。
「と、止まって下さい……ッ!!」
転生して以降、避け続けてきたネームド達の中で、恐らく友人とも言える少女、阿慈谷ヒフミが割って入ってくるなんて──。
想像すらしていなかった。
カウンターを当て、追撃のチャンスとばかりに追い打ちをかけようと距離を詰めた僅かな間、あまりの咄嗟な場面。ギリギリの判断で間一髪スクラッパーを振る軌道を逸らす。
「なんで今、止めに来たんだよヒフミッ!?」
……わけがわからない。
「良いからそこ、退けって!!」
「私が退いたらルカちゃん止まらないでしょう!!?」
心臓が痛い。
「一人で勝手に決めて!!一人で勝手に居なくなって!!」
身体の内側が原子炉みたいに熱くて苦しい。
「みんな心配してたんです!!」
「話なら後で聞くってば!!」
今だけは目の前にいないで欲しかった。
「いいえ、きっとルカちゃんは『その後で』を無視してどっか行っちゃいますよね……っ!?」
なんで止めに来た……!?
ここで動けなくできれば勝ちなんだよ!!
「第一、私のことなんてどうでも良いだろ!!!! ミカを止める方を優先しろよッ!!!!」
────パンッ……!!
「……えっ?」
「やっぱりどうでも良いって考えてるじゃないですか!!!!」
あまりにも唐突に叩かれて目を丸くする。
「なんだよそれ……ッ!!それとこれとは優先度が違うでしょ!!良いから退けよ!!」
「退きません……!!」
僅かな停滞だった筈だ。でも、その停滞という幸運が与えられたのは俺達トリニティでは無く。
────「感謝しよう」
マズルフラッシュが幾度か瞬く。
「ターゲットが動かないのは、とても」
「とても、都合が良い」
何処からか発された発言の主から、青紫の神秘を纏った数発の凶弾がミカへと撃たれた。
鈍い咳と共にミカの抵抗が弱まるのを感じる。
「ゴフッ……」
「それだけ攻防を重ねていながら、こうも気絶しないとはな」
その弾丸を放った少女が歩み寄る。
逆光で見えなかったその姿が露わになると同時に、そいつは声を発した。
「──また会ったな、『福音の少女』」
「……は?」
──え、なんで。
なんでここに居るんだよ、そうならない様にナギサと計画したんだぞ……?
……どうして。
どうしてお前がここに居るんだ錠前サオリ──っ!!!?
直後、間合いを詰められ銃床で倒し込む様に殴られる。
「おまえは……、あっち行ってろ!!」
咄嗟にヒフミを蹴り飛ばして先生達の方へ送り返す。
混乱する頭を単純化しろ。
ひとまずの最優先はミカの警護。終わったら夏休みは家でグッスリ寝続ける……良し。
これで最後と言い訳しながら無理矢理起きてミカへと詰め寄るサオリにスクラッパーを振るう。
「桐藤ナギサ暗殺の想定及び対処。まさか本当にされているとは思わなかった」
案の定避けられるも、その隙をミカが徒手空拳で狩りに行く。予想外だが、お姫様も案外ダメージを受けているらしい。近接戦闘の攻防が続く。
効いてないフリしてやせ我慢してたのかよ。
「お前らは、地下でミネ団長が監視に着いてた筈だぞ……なんでいるんだ」
「マダムから『未来を予言する』と聞いてはいたが、まさか自分以外にも予言を適用させているとはな」
予言なんて一切してない。
そんな便利な能力があるなら今この場所にお前らが現れる筈が無い。少なくとも想定した計画では、まだ地下室に収容されてた筈なんだよ……!!
「なに? どういうこと? 捕まってたの?」
状況を把握しきれていないミカが純粋な疑問を上げる。
「あぁ、地下牢に入れられていてな。とてもじゃないが、対応出来ない状態だった。だから代わりの者が貴様の元に訪れただろう?」
そうか、他のアリウス生徒を連絡役にしたのか……!!
覚えてる限りじゃ、潜入から連絡と暗殺計画はサオリ達が担当していたから頭から抜けていた……!!ベアトリーチェからすれば、トリニティ生徒の暗殺なんてわざわざアリウススクワッドを出動させ無くとも良かったんだ……!!
「……僅かな言葉から状況を察したか。これも貴様の知る未来か?」
「知らねぇよ、そもそもお前を捕まえられたのが異常事態だったっての……!!」
ミカの身体を後方へと引っ張って立ち位置を入れ換え、サオリへと真っ直ぐ拳を穿つ。
「……前回と変わらず不意打ち主体か」
即座に優先順位を変えて襲い掛かった筈の拳は、手の甲で僅かに逸らされて空を切る。
自壊してグチャグチャになった腕の血を、わざとらしく頬を掠らせ、嘲笑う様に間を詰められた。
一発、二発。
サオリが腹部を、内臓を痛めつける様に打ち込んでくる拳に、視界を明滅させる。
「ならコレはどうだ? もし本当に未来を知らないと言うなら分からないだろうが……な」
意識が曖昧になった目の前で、嫌なオーラを感じる手榴弾のピンを抜いてサオリは俺の背後へと投げる。
「へ?」
戸惑う声を発するミカを無視して、サオリがそっと耳打ちをする。
「『良かったな、聖園ミカをどうにかしたかったんだろう?』」
すぐに意図を解した。
「……“さようなら”だ」
慌てて後ろへ足を踏み出す俺へ、ポツリとそう言い残して出入り口へと逃げ出す。
「は、早くそれ投げて!!」
「はぁ?え、こんな普通のグレネードに何焦って……」
「──良いからッ!!」
「あ、ちょっと!!?」
立ってるのがやっとの身体でミカのつまみ上げたそれを捻り強引に手元を滑らせて奪い取る。
そしてすぐさま人の居ないほ、う……
え……?
────投げれる場所が無かった。
出入り口付近には先生、ヒフミ達が。舞台付近にはアリウスモブ、そして後にはミカがいる。
原作の爆風は爆風に掠るだけでもかなりのダメージだった。
だが、それはヒフミ達が攻撃を余りせず、爆風を受けるミカが元気だったからでもある。今回は違う。
──俺が、無理やりダメージを負わせた。
引きずってでも顔合わせて話をさせる為に、奥の手まで使って。
そうまでして俺が傷付けた。
奥歯をグッと噛み締め、覚悟を決める。
「全員伏せてろッ!!」
一番近い舞台付近の壁に投げ、落としていたスクラッパーを拾い上げ勢いそのままに床へと突き刺し背面で支える。
「死なれるかぁぁぁぁぁ―――――――――ッ!!!!!」
程なくして、黒い閃光が奔る。
背中越しにロックスクラッパーの装甲が削れているのを察す。残りカスみたいな僅かな神秘で力場を作り装甲として代用。
それでも、衝撃でろくに支える力の無い身体は禍々しいナニカに圧され、鉄塊越しに削られていく。
神秘を奪い神秘を壊す。そんな痛みもない概念的なナニカに削られ、壊される。
そのまま削り壊されると思った。
──終わっ……た?
背中を焼かれたのか消し炭にされたのか。
まるで杭で削られているかの様な痛みが全体に走る。
もう、転げ回ったり苦痛を漏らすのもしんどい。
痛いことに痛いと言うことすら億劫な程だ。
殆んど掠れた視界には目を見開いた様子のミカと思わしきピンク髪がいた。
「──よか……った……」
出来るだけ笑顔で話す。もう、俺動けないしヒフミ達に任せる感じになっちゃうけど。
「出来、れば……仲、直り……して……欲し、い……けど」
「うん……」
白んでいく視界には桃色の綺麗なヴェールが見える。
やべぇ、もう眼見えねぇや……
「いや……なら、はなし……し、て気持ち……伝えろ、な」
「分かった!!分かったから!!」
「────、────!!!!」
地雷を踏み歩いた俺に、そう言ってくれたミカの声を最期に掠れた視界が暗闇に落ちていく。
こんな時に心配そうに何か言ってくれるのやっぱ優しい子だよ、ミカ。
──漂う闇の中で綺麗な星の輝きが瞬いて幻想のようでありながらどこか愛らしい光に思えた。
直ぐに光は霧散して、僅かな導が浮かんだ気がした。
────助けてしまった。
どうしてか分からないけどそんな風に思ってしまった。
「────分かったから!!分かったってば!!私の負けで良いから今は喋らないで!!!!」
ミカ様がそう声を上げた。
それと同時にルカが倒れちゃって皆して大慌てで駆け寄る。皆して心配をしていたから。
でも、だからこそ同時に、ルカの側に寄らなければとも思ってしまった。
さっきの黒い爆発で背中の肉が1cmくらいだろうか。まるで痕を残すかのように抉られているかのように削れ、滲出液が出ていて。
赤黒くなって焼け焦げたようなその背は、周囲の皮膚も含め焼け爛れていて他の傷口から流れ出る血の少なさからすぐにでも輸血が必要な事が分かる。
トリアージをもし付ける必要があったらきっと黒を付けてしまうだろう。誰だってそう判断する様な状態。
──こんなの教本でしか見たことない……
キヴォトス人の身体はとても頑丈だ。
身体能力の差の様に頑丈の度合いにも確かに差はある。
だが、5〜6メートルくらいからの落下なら総じて軽傷で済む程には頑丈なのだ。そんな人体がこうも簡単に……
「い、急いで救────」
慌てつつも救急キットを鞄から取り出そうと動けば、ルカが浮き上がった。
いや、持ち上げられていた。
「え、ミカ……様?」
「私が連れてく」
ルカとの戦闘やさっきの人から受けた攻撃で傷付いている筈なのに。
「これで居なくなられたら後味悪いもん、絶対死なせない」
そう言うミカ様は、視界が晴れたかのように真っ直ぐな瞳をしていた。
「ナギちゃんとセイアちゃんにちゃんとお話する時に、居てもらわないと困るから」
そんな風にどこまでも真っ直ぐな感情でその場を後にするミカ様を見て、チクリと胸の内が痛んだ。
────正義ってなんなんだろう。
血と瓦礫の埃で凄惨な姿へと変わってしまった体育館を何処か遠くの世界であるかの様に視界に収めて、そんなことをふと思った。
本日のOneTopic:ミネ団長はアリスク解放部隊と交戦しアリスクは撤退戦を仕掛けた為、逃げられました。
お待たせしました(当日再会)
次回のvol1エピローグで一章は完結となります。
いつも誤字脱字報告や感想を下さる読者方、高ぇ評価をして下さる読者方、更新を楽しみに待ってくださる読者方の皆様、毎度ありがとうございます!!
作者は承認欲求モンスターな乞食なのでいつも執筆前のガソリンになってます!!
これからもゆっくりちまちま執筆していきますので、今後ともよろしくお願いします。