あなたの好きなニケはレッド── 作:オス゛ワルト
「今日もいい天気だなぁ」
エブラ粒子の濃度が薄い場所でタブレットにアンテナを繋げ通信出力を上げるとレッドキャップは今日まで得た偵察の観測データをアークに送信した。受け取り主は分からないがおそらくイングリッドかアンダーソン副司令官のどちらかだろう。
「送信完了っと」
アレからしばらくの時がたった。
レッドキャップが今まで訪れた場所で条件が合う土地を選別したが、ラプチャーが一度でも巡回に来て発見されてしまえば、どれだけ要塞を築いたとしても物量ですり潰されてしまうだろう。最低でも目視を妨害する光学迷彩技術が必要だが今のアークにその技術はない。
あとは道すがら破壊したラプチャーの残骸を回収できるように整えて座標を送信して地上で過ごしていた。
時折見つける迷子のニケはそのままというわけにはいかず北に送り届けルドミラやアリスとは定期的に再会していたせいか、いつのまにかアリスから"赤犬さん"と呼ばれるようになっていた。
「今日も今日とて頑張るか」
太陽が空を昇っていく天気のいい日にラプチャーを破壊しつつ探索を続けていると、不自然な光条が空を切り裂いた。発生方向を見るが地平の先に隠れてしまっている。
耳をすませば戦闘音のような音がこの遠距離にも関わらずわずかに聞き取れた。
レッドキャップは急いで現場に向かう事にした。戦闘に問題がなさそうならそのまま去るが危険そうなら介入して手助けするためだ。
手の届く範囲で助けられるものは助ける。自己満足もあると自嘲するがレッドキャップなりに考えた地上での行動指針だ。
なおレッドキャップは名乗らずに去ってしまう為アークでは"赤いニケに助けられた"という話が一人歩きし"地上で死にそうになった時、運がいいと赤いピルグリムが助けてくれる"という噂になっていた。
余談だがこの噂を知った時イングリッドは頭が痛くなった。
「なんだこりゃ……!」
近づくにつれて先頭の余波で抉れた地面や破断した建物、薙ぎ倒され火事になっている樹々など尋常でない様子が広がっている。無事そうな建物の外壁を駆け上りひらけた視界で確認をとる。
「アブソルートに……メティス」
大型の浮遊ラプチャーにアーク最強の二部隊が苦戦を強いられている。タイラント級が十体襲いかかってこようとも撃退可能なこの二部隊がである。
レッドキャップはそこから逆算し、知識からあの浮遊ラプチャーをヘレティック・インディビリアと確信した。
そして空を見上げる。雲はかかっているが、明らかに雷が起きるような気象条件ではない。レッドキャップの知識に拠れば破損寸前のアブソルートとメティスの連合は落雷をヘレティック撃破の足掛かりとした。
「どうす────」
落雷がなくとも勝てるのか、自身がいるせいでズレが生じたのか。レッドキャップの思い至る可能性は二つでレッドキャップは楽観的にはなれなかった。
ラプラスの放ったビームがインディビリアに当たらず拡散し、その一部がレッドキャップの立っていた建物を撫でた。鉄筋作りと思われる壁が溶断しバランスを崩して倒壊する。巻き込まれないよう飛び降りながら、レッドキャップはあるものを見つけた。
アブソルートが移動に使用する輸送ヘリだ。戦闘の被害を受けない位置に陣取り量産型ニケが護衛している。
「……アタシが雷になるか」
そう呟いて地面に着地すると地面を砕きながら全力疾走でヘリに向かった。
「撃つな! アレは味方だ撃つな!」
姿が見えた時、量産型達が咄嗟に発砲しなかったのは護衛の中にフートがいたおかげだった。記憶処理でレッドキャップの顔や護衛をしていた事は一切覚えていないが、その後のレッドキャップとアブソルートが行動を共にする様子は覚えていたのだ。
「そのヘリを借りたい」
「それはアブソルートやメティスの為ですか?」
「そうだよ」
「エブラ粒子の濃度が濃く本部とは通信不能の為現場で判断を行います。レッドキャップ、どこに運べば?」
「あの化け物を倒す。雲の上までアタシを連れてってくれ」
フートが頷き、ヘリの扉を開ける。
ヘリの存在をインディビリアに悟られないよう一旦低空で離れてから上昇を開始する。対空砲火を放つ小型ラプチャーが存在したがレッドキャップが片っ端から狙撃し薄雲の上へと突き抜ける。
戦闘領域外ではエブラ粒子が濃く目視か熱源を探る必要がある以上地上のラプチャー達はヘリに気付けない。飛行型ラプチャーも数体のみでフート達護衛が撃ち落とす。
「ヘレティック上空!」
ヘレティックを囲むアブソルートとメティスの反応からおおよその位置にホバリングする。
「アブソルートに通信できるか?」
「やってみます!」
「聞こえるか?」
「おい、今忙し…………お前、どこから通信している?」
「簡潔にいうぞ。今からそいつに隙を作る。準備してくれ」
「おい待」
切って即座に飛び降りる。ウンファの舌打ちが通信を切ったのに聞こえてきそうだった。
「あっ待っパラシュート!」
「降りてから考えるよ!」
飛び降りた後にヘリから聞こえた悲鳴に応え、重力に従って落下を開始する。銃口を下に向け、そこから構える体も一直線にすることで空気抵抗を最小限に最大の加速度を得ながら雲に突入する
既にウルフスベインは落下前から変形させエネルギーをチャージしている。エネルギーを思うままに放出するのではなく、抑えに抑え溜め込むイメージを。
発射前から赤くなりそうなほど熱せられている銃を自由落下速度の空気と雲を構成する水分が強制冷却する。
雲を突き抜け、真下に見えるのはヘレティック・インディビリアだ。気流による誤差も想定範囲内だった。
トリガーにかけた指を引き絞る。
限界まで圧縮され全エネルギーを込められたビームがヘレティックの上空で輝いた。
あまりの放射量にレッドキャップの自由落下が反動で相殺され、込められたエネルギー量による超超音速のビームに大気が切り裂かれ、大気密度で屈折し弾道がブレるほどだ。発散された熱量の余波で周囲の雲が蒸発する。
それがインディビリアのラプチャー体上部に衝突し轟音を立てた。
『雷? いやこれは?』
上部装甲が融解し止まる事なく後から押し寄せるビームに熔けた装甲が雨粒のように飛び散る。
『対処します』
ラプラスの大砲を逸らしたように外装が可変する。するとビームが歪曲し進路を変え、地面に落着し、土の主成分であるケイ素や鉄が融点どころか沸点を超え膨張し爆発する。
インディビリアがアブソルートとメティスに向けていた砲門も上を向け、ビーム照射を終えたレッドキャップを大量の砲門が狙い撃つ。
空中で、ウルフスベインも過熱状態で撃てないレッドキャップには回避のしようがなく、直撃コースの数発がレッドキャップに殺到し空中で爆発を起こした。
「撃て! 飽和攻撃を仕掛ける!」
「ヒーローの火力を見せてやる! やるぞお前達!」
ウンファとラプラスが気炎を上げ全員がそれに呼応する。
下からの攻撃に対処する為、インディビリアの意識が撃墜したレッドキャップからウンファ達に移った時、影が差した。
雲が蒸発して姿を見せた青空の太陽の手前、肩口から左腕と膝から左足を失ったレッドキャップの姿がそこにあった。砲撃の盾にしたのだ。インディビリアの想定するニケの強度ではなかった。
ウルフスベインに装備されていた銃剣を叩きつける。紅蓮のような腕前も剣の切れ味もないが、レッドキャップ自体の重さと相まってビーム歪曲防御装置に突き刺さる。
『なんなのですかあなたは?』
近接防御のように突き出してきた触手の刺突がフェイスガードを真っ二つにした。紙一重のところで難を逃れたレッドキャップは、銃剣を突き刺したまま通常弾をゼロ距離射撃。防御装置を完全に破壊し、その余波に巻き込まれて今度こそレッドキャップは吹っ飛ばされ気絶した。
「よくやった……! エマ! アレを受け止めろ! 残りは火力を集中! 好機を逃すなよ!」
歪曲の影響がなくなった事でラプラスの大火力が真価を発揮する。
二部隊の継戦能力を考えない全火力がインディビリアを襲った。もはや受け止めることができず飛行態勢を崩し各部位が火花や炎をあげ始めた。
ラプラスは砲撃の乱発でバッテリーを使い切り行動不能に陥ったのをマクスウェルが担ぎ上げる。
「あっちょっと!?」
落下してくるレッドキャップを受け止めようとしたエマが声を上げた。紫色の空飛ぶニケがレッドキャップを受け止め戦線を離脱したのだ。
それに続いてアブソルートのヘリが危険を顧みず降下してきた。
「乗ってください! 高熱源反応です! アレが堕ちたら大爆発を起こします! 早く逃げないと!」
「ちっ!」
アブソルートとメティスが乗り込むとヘリは全速力で離脱を開始、完全な破綻を起こしたのか浮力を完全に失ったヘレティック・インディビリアが地面に激突、全てのエネルギーを放出し超大規模な爆発を起こした。
レッドキャップの顔を見たと思われる現場にいた関係ニケ全員に記憶処理が行われ、公式の上ではアーク最強の二部隊による栄光の記録に、当事者たちの記憶の上では自然現象の落雷に助けられた苦い勝利となった。
目覚めると、無機質な白い壁と天井、背中に硬い感覚があった。頭を傾ければ、レッドキャップ自身の赤髪と金属質なテーブル、手術台のようなものに乗せられていることに気づく。そして自分の左腕がないことも。右腕を動かそうとして、手錠のような頑強な代物で固定されている事にも。吹き飛んだ左足は別として右足も同様だった。
痛覚センサーは切られているはずなのに、ない部分が痛む。
「……おいこれちょっとバランスが悪くないか? 固定するなら左側もしっかり止めてくれよ」
扉が開く音に不安を鼓舞するように文句を言いながら上を向こうとして、首や胴もしっかり固定されてる事に気づく。それを無視し、コツン、コツンと歩く音が聞こえる。
「おい誰だそんな勿体ぶって歩くのは」
「私ですよレッドフード」
「は……? ドロ────」
意識が回復したばかりで軽率に見えた姿を思わず名前を口にしようとして咄嗟に噤んだ。
ピンク色の髪が白かった視界に鮮烈に映る、レッドキャップを上から覗き込むその瞳はアメジストのような輝きを持ちながら、夜の闇よりなお暗く深海の底よりなお深く、誰にも見通せないほど濁りきっていた。
見るものを魅了する女神のような微笑みを携えて。