あなたの好きなニケはレッド── 作:オス゛ワルト
メンテナンスを終えてツルツルピカピカで出発しても、何日もすれば砂塵やら土埃やらで薄汚れてくるのが常である。
レッドキャップはいつも通り地上の測量をしていた。ただ、アークから非常に離れた位置まで来ていた。
「ここエブラ粒子濃くない?」
壊れたラプチャーから使えそうなパーツを剥ぎ取ってケースに積んでいく。敵に先に発見されコーリングシグナルを発せられたのだが、他ラプチャーが接近してくる気配は一切ない。あまりにも濃いエブラ粒子の通信阻害が効いているのだ。
シグナルを発せられても砲撃の爆音が発生する前にスノーホワイトに作ってもらった銃剣でラプチャーを切り殺したので音や光に誘き寄せられてくることもない。
掲げても振ってみても反応しない端末は通信ができないどころか内部に入り込んだエブラ粒子により機能不全を起こして電源すら入らない有様である。このあたりの地形やラプチャーの行動パターンをデータとして書き込めないのは困ったので、いったんエブラ粒子濃度の低いエリアに移動するかと背伸びをする。
レッドキャップは平気なので深刻度合いがわかっていないが、端末の起動すらできない濃度は対策を施されていないニケなら行動不能に陥る程度には危険な状態であった。
パカパカパカ、と有蹄類が歩くような音が聞こえてきた。
「ん? こんなところに動物?」
破損したわずかな建物やアスファルトの道路だった物くらいしかない荒野、草地も水場も無いのに馬みたいな動物がいるのか? と少し警戒しながら振り向くと、風化した建物の角から馬の頭が出っ張ってこちらを見ていた。
ただしナマモノの馬ではなく機械の馬である。
「…………何やってんの?」
「お嬢様、トロンベの頭が隠れきれておりません」
「しっかりとお尻は隠したのですが……」
「さすがお嬢様! 尻を隠してあえて頭を出す事であやつに気付いてもらう算段だったのですね!」
「え、ええその通りですわチャイム」
「そこの者! 道に迷ったのか? なら我々が助けることができるのだ!」
ひょっこりと体を出した小さなニケ、チャイムがレッドキャップに高らかに宣言すると機械の馬トロンベが少し歩いて全身を出す。その背には槍を携えたニケ、クラウンが座っていた。
レッドキャップの知識では、二人がヴァイスリッターであることと、王国を作ってることしか知らない。
「あー、えーと。別に道に迷ってる訳じゃないんだけど」
「そうでしたの、失礼しましたわ。こちらが早チリ取りしてしまいましたわ」
「お嬢様、早とちりでございますか?」
「そ、そうですわ。チャイムはやはり引っかかりませんわね」
「お嬢様の従者ですので!」
トロンベから降りたクラウンとチャイムが漫才をしながらやってきたのでレッドキャップからも歩み寄る。と、端末が起動して画面に光が灯って思わず画面を見てしまった。新着メッセージは無し。
「こら! お嬢様が挨拶しようとしてるのに余所見とは失礼なのだ!」
「あ、わりぃわりぃ。失礼重ねないように先に名乗るけど、私はトルバドール部隊のレッドキャップ……えーと、王様たちは?」
「よくお嬢様が王とわかったのだな!」
「フフ、当然ですよチャイム。
「気配でございますね!」
「……」
「その威厳溢れる我々はヴァイスリッター! 白騎士と呼ぶといいのだ!」
「私が王たるクラウンですわ。貴方もクラウン王国の国民になりませんこと?」
「おお! なんたる事か! お嬢様自らが王国の民へ誘うなどとても光栄なことなのだ!」
「あ、そうなんだ? ……あーえーと? 謹んでお受けいたします? クラウン王」
レッドキャップは二人の会話の勢いに押されて国民になった。クラウンが顔を綻ばせる。
乱歩
「王国民になったのはいいけど……王国どこにあんの?」
「ここから遠いところなのだ」
「すげぇ曖昧! もしかしてクラウン王国は皆の心の中にあるとかそういうニュアンス……?」
「そんなわけないのだ! ちゃんと実在するのだ! 歩けば二週間、トロンベに跨ったならば五日で着くのだ!!」
トロンベが自慢げに頭を掲げクラウンがその頭を撫でた。
「ですが、トロンベに三人が跨るのは厳しいですわ。私がレッドキャップをたわわの様に抱くのも王が民にするには酷い仕打ちですわ」
「お嬢様、俵とレッドキャップ掛けて豊作の作物に例えること、表現力の高まりを感じております」
「え、ええ、そうでしょう」
「板の上に乗ったレッドキャップにロープを持たせ、馬車のようにトロンベで引くのはどうでしょうかお嬢様?」
「さすがチャイムですわ」
「待ってくれ。どこか引っ掛かったらやばいって。大昔の処刑方法みたいになるって」
文明が100年途絶えた地上は荒れ放題で、でかい銅像でも運ぶなら別だが軽いレッドキャップは簡単な段差に引っかかって吹っ飛んでそのまま引き摺り回されることになるだろう。
「おおよそでいいからさ、この端末の地図にこっちの方って目印つけてくれない? 余裕があったら行くからさ」
端末にはレッドキャップが収集した地形データが地図になっている。それを見ながらチャイムは汗を流した。
「地図の見方はわからないのだ」
「マジか」
「でもこの川に見覚えはあるのだ……おそらくは……この川よりこっちに行けば王国があるのだ」
チャイムが指したあたりはレッドキャップが行ったことのない領域であった。そして現在位置からすると本当に遠い。
「今こっちの方の探索してるからさ、暇ができたら行ってもいい? 国民なのに国に一度も行ったことないのもどうかと思うし」
「問題ありませんわ。国に居なくとも、クラウン王国の民であることに変わりないことは私の考えた十二条のルールにしっかりと載っていますわよ。あなたがクラウン王国に来たならば78の国民と共に国をあげて歓迎いたしますわ」
「それでは、健やかに過ごすのだー!」
「おうまたなー!」
国民結構いっぱいいるなと思いつつ去っていくクラウン達に手を振って見送ったレッドキャップは、少し移動して隠れると、端末にこの地域の情報を打ち込んでいく。
嵐のような二人組だったのですごく静かに感じる。
レッドキャップがいる領域はアーク側から観測できる限界領域に近く、元の地図にはほとんど情報が載っていないので書き込み甲斐があったが、逆に言えばアーク所属のニケが立ち寄らないエリアであり戦闘が発生することもないため本当に静かだった。
「うわ……なんだこれすげぇ」
完全に情報がないエリアに続く丘陵をしばらくの間登っていき、一番高いところに来たレッドキャップは感嘆の声を思わず吐いた。
丘陵の先は大きな湖が存在していた。湖面は日光を反射して光り輝き、見るレッドキャップの目が痛いほどだ。湖畔には鳥や動物たち……のような形をしたラプチャーが普通の野生生物のように生息しているみたいになっていた。
「タイラント級みたいなでかいラプチャーは居ないな」
見た限り、セルフレス級やサーヴァント級くらいの大きさのラプチャーしかいない。丘陵から湖まで降りて行ってみるか少し悩み、身を隠せそうなルートでできる限り近寄って見ることにした。
「あーもー、目が痛い眩し過ぎなんだよ……というか眩しすぎだよな」
一時間くらいかけてかなり湖に近づいたレッドキャップは朽ちたバスのような何かの物陰に隠れながらキラキラ
「…………水じゃないな?」
あまりにも反射が激しすぎるその湖は、水ではなく銀色の何かで構成されていた。まるで水銀が溜まっているかのようだ。逢魔時で日差しが弱くなったからそれがよくわかる。
その水銀のようなものに湖畔にいるラプチャー達が少しだけ浸かったりしている。発光部分を明滅させてなんとなく心地良さそうにしてるようにも見える。
「……なんかよくわからん場所だな」
もし水源だったならこちらの方の探索の拠点として使えるかもと考えていたが、どう見ても飲み水に使える代物ではない。
「こっち側の調査はやめておいて違う方に行くか」
少なくとも陸地でないと移動もままならない。ラプチャーが浸かれるということはレッドキャップも上を歩けずそのまま沈むだろう。まず触って大丈夫な代物かもわからない。ラプチャーは平気でもニケが触ったら腕が溶けるなんてこともあり得る。
立ちあがろうと左手を地面について、べちょ、と水気のある音と不快な感触がした。
「うえっ何!? 芋虫かなんか潰し……なんだこれ?」
黒い粘性のある液体のようなものが手にくっついていたが、それが蠢いて滴り落ち、いつのまにか横にできていたその黒い液体の水溜りに戻っていく。
「ちょっとそこのアンタさ〜こんな所で何やってんの?」
水溜まりが再び蠢き、ずるりと頭が出てくる。
その頭の妖しく見開かれた緑の目がレッドキャップを見つめていた。
レッドキャップはおもむろにその頭の上に手を置くと、水溜りの中に押し込んだ。
「ふー、オバケが出るとは思わなかった逢魔時だし水場には怨念が溜まるって言うもんな」
「キャハハオバケじゃないんですけど〜見えてんで────ブクブク────触れてるじゃないオバケじゃな────────オバケじゃないわよ見ないようにして人の頭押し込もうとしないでくれる!? おいこっち見ろ! というか力強いわね本当になんなの!?」
「すいませんすいません祟りは勘弁してくださいこれあげるんで」
「要らないんだけど? ちょっと? 無理やり中に突っ込んでこないでもらえる? というか本当に話聞……って逃げるな!」
さっき取ったラプチャーの部品を生首を押し込んだまま黒い水溜りの中に突っ込むと、レッドキャップは猛ダッシュで坂を登って逃げ始めた。
レッドキャップは今まで遭遇したことはなかったが、この世界には怪異のようなものが存在することは知っているのでそれに遭遇したと全力で逃げる選択をとったのだ。
「ウワァァァァ! オバケだぁぁぁぁ!!」
「だから違待っ足速すぎ!?」
あっという間に土煙を上げながら丘陵の稜線を越えて走り去ってしまったレッドキャップに、水溜まりから出てきた少女は唖然とした顔をしていた。
レッドキャップの地図データには銀の湖の事と怨霊注意の注意書きが追加される事となった。