「――――知っているかね?この世界には実に様々な、“モノ”が溢れていると思わないか?」
朗々と響く男の声。
「刀剣、槍、杖、盾、鎧といった武具の類。皿、椀、ナイフ、フォーク、匙といった食器類。魔導書、歴史書、叙事詩といった書物。実に様々だ」
「ぐっ…………あ……」
「分かるかね?いや、分からないか。分かる筈もない、卿ら魔族には」
そう言って、男は足元に這いつくばった角のある誰かを踏み躙った。
奇妙な風体だ。灰色の混じった黒髪を高い位置で結い上げて垂らし、鷹のように鋭いその目は足元に一人踏みつけている事など知った事かと遠くを見ている。
何より特徴的なのが、その耳。鋭く尖ったソレは、エルフの特徴。
男の手には、一振りの諸刃の剣が握られていた。
こちらもまた、奇妙。その剣身からは左右それぞれに一本ずつ互い違いに枝分かれしているのだから。それは宛ら、枝葉を伸ばした木を剣の形に落とし込んだかのよう。
その剣を握る右手を左手で掴むようにして腰の後ろに回し、男の言葉は続く。
「この村には、実に美しい噴水が存在してたのだよ。そう、卿が得意になって村人をその先端に突き刺したあの噴水だ。あの細工は実に見事だった。ドワーフと人間の合作だという話だ。もう一度作ろうにも、既にこの細工を施した片割れの人間は墓の下。ドワーフもそろそろ寿命だろう。その前に、私の宝物庫へと収めるつもりで訪れた。だというのに」
「ぐぇ……!」
「卿のくだらない行動の結果、宝の一つは失われてしまったよ」
背骨が軋むほどに踏みつけられ、角の男は苦悶の声を漏らした。
よくよく見れば、彼の四肢は炭化してしまったかのように付け根の辺りから真っ黒。ともすれば、その先端は僅かに動くだけで黒い塊となって崩れ落ちているではないか。
角の男、魔族はこの村にただ気紛れでやってきただけだった。
そして気紛れに村人を殺し、気紛れに殺した村人を村の中央にあった噴水にこれまた気紛れに突き立てたりしてみた。
その結果、この村へとやってきたエルフの男に半死半生の目にあわされている。
「さて、と」
徐に男から足を下したエルフは、うつ伏せの魔族を蹴って仰向けにすると、屈んで魔族の首を左手で掴んで持ち上げた。
「あ、が……」
「苦しいかね?なに、私には甚振る趣味は無い。ここから痛覚の残っている部分を千枚切りになんてしないさ。拷問など、面倒以外の何物でもない。ただ…………」
そこで一際強く、エルフの左腕に力がこもる。
「その最期に、卿から生じるものには多少の興味はある」
空気が一瞬で乾燥していく。
生じるのは膨大な熱。そのエルフの左手が赤熱し、
「あっ――――」
大きく爆ぜた。
断末魔は一瞬。魔族の身体は爆炎に飲み込まれ、直ぐに炎の海に呑まれて見えなくなった。
程なくして炎が消えればそこに残るのは、煤の塊だけ。
その掌に残った煤を見下ろして、エルフは一つ鼻を鳴らす。
「フッ……酷くありふれているな」
軽く振られた左手から煤が零れ、風に舞って消えていく。
煤と消えた魔族を見送り、エルフは改めて村へと目を向けた。その瞳には、一切の感情は読み取れない。
事実としてこのエルフは、最早村の残骸とも言えるこの場所に一切の感慨を抱いてはいなかった。
彼にとって重要だったのは、先にも述べた噴水だけ。それが無いのなら、最早村そのものへの価値すらも存在してはいなかった。
無言で踵を返すと、左手を顔の高さまで持ち上げつつ歩を進める。
響く指のスナップ。直後、彼の背後で村があった土地の一切合切が勢いよく爆発。黒煙と爆炎に飲み込まれていた。
焚け爆ぜる業火を背に、エルフが考えるのは次の“宝”について。
男の名は、フクスギーア。