「目玉焼きは片面焼きですか? 両面焼きですか? はい、中沢くん」
「また振られたんすか、せんせー」
「質問に質問で返さない! 余計な詮索はしなくてよろしい!」
今までだったらクラスメイトと一緒に笑っていたであろう、ホームルームで突然始まる早乙女和子先生の破局報告。うちのクラスの名物だ。
妙齢の女性ながら男女交際が長続きしない、呪いのような体質な彼女だけど、失恋の痛みを知った今、僕は先生に尊敬の念を覚えている。
性懲りもなく新しい恋を求め続ける諦めの悪さ、僕にはとても真似できない。
「ちょっと。二週間ぶりに登校した上条くん? どうして先生を見て拝んでるんですか?」
「この先に待ち受ける絶望にも、先生が負けずに進み続けられますように」
「大きなお世話ですっ!」
教室中がどっと沸いた。ひどいな、本心からの応援なのに。
「ふぅ……では気を取り直して、みなさんに転校生を紹介します」
唐突な話題変更に、教室が一挙にざわめいた。あー、そんな話もあったっけなー。事故前のホームルームで聞いたよーな気がする。
「暁美さーん」
先生の呼び掛けで、教室の引き戸が開かれた。
あけみ……アケミさんか。苗字なのか、名前なのか。どっちとも取れるな。
そう考えながら、入場するスラッと脚の長い転校生へ視線を向ける。
その瞬間。時間が止まった。
サラッサラの黒髪を腰まで伸ばした、目許の凛々しいミステリアスな美少女がそこにいる。
(かっ……………………!!)
心臓が鷲掴みにされたような衝撃を受ける。
(可愛い…………っ!!)
え? 何あの子? 妖精? 天使? それとも九尾の狐でも化けてるの? アニメのヒロインとかじゃないよね?
「では、軽く自己紹介をどうぞ」
「……暁美ほむらです。よろしく」
早乙女先生に促され、会釈のようなお辞儀をする転校生……暁美ほむら。僕は一目で彼女に夢中になってしまった。
……なるほど。早乙女先生が、何度男に逃げられようとお見合いパーティへ足蹴く通う理由が解った。
失恋の痛手を治すには、新しい恋に走るのが一番なのだ。
ツカツカと、まるでランウェイを歩くモデルのように自分の席へと向かう暁美さんから、僕は視線を逸らせなくなっていた。
(あ。恭介のやつ、転校生でやらしいこと考えてるな。後で釘刺しとかないと)
(恭介さん、暁美さんで良からぬことを空想してますわね。……これは注意が必要ですわ)
(恭介くんが転校生さんをじっと見てる……ま、いっか)
幼馴染みからの冷たい視線も気にならない。
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Side 暁美ほむら
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何度もくり返した転入の挨拶。
代わり映えのないはずの景色に、今回は異物が混じっていた。
このタイミングで上条恭介が登校している。今までのループでは、見られなかった事象だ。
ループによってバイオリンだったりギターだったりするけど、共通して交通事故で演奏者生命を絶たれてしまった若き天才音楽家。わたしが彼について知る情報はその程度だ。
あと、美樹さやかの幼馴染みで、彼女が想いを寄せる相手。ほぼ確実に美樹さやかは上条恭介の怪我を治そうと契約し、失恋の末に魔女化する。見飽きたパターンだった。
けど、今回の上条恭介は事故に遭っていないのか、五体満足に登校している。
これは……ひょっとして幸先が良いのではないだろうか。美樹さやかがキュゥべえと契約する理由の大部分が無いのだから、芋づる式にまどかが契約する理由も薄くなったりしないかしら?
少し考えて、ないなと首を振った。
こっちの期待を裏切ることに定評のある美樹さやかだ。斜め上の理由で契約して、いつも通り魔女化するかもしれない。彼女に期待するぐらいなら、チンパンジーに因数分解を教え込む方がまだ現実的だ。
(いつも通り、まどかの契約阻止を最優先に行動する。並行してワルプルギスの夜に備える……ええ、いつも通りよ、暁美ほむら)
自分にそう言い聞かせ、わたしは一限目の授業の準備を始め――、
「暁美さん」
「えっ?」
始めようとした手が、不意の呼び掛けに止まった。
ホームルームが終わると同時に、上条恭介がわたしの机まで移動し、話しかけてきたのだ。
こんなパターンは、当然ながら初めてだ。過去において、復学してからも上条恭介と接点を持ったことはない。会話どころか、挨拶だってしていないのではないだろうか。
「僕、上条恭介っていうんだ。今日からよろしくね」
困惑するわたしに、上条恭介はグイグイ距離を詰めてくる。
……ていうか、近い!
えっ、ちょっと待って! わたし、男の子とこんなに近づいたことないんだけど!? マズい、こんなときって何て言えばいいの!? ていうかこいつ、無駄に顔がいい!?
「あ、えっと……」
「よかったらケータイ番号教えてよ。僕にゅらばっ!?」
「なーにやってんのよ、あんた」
言葉が出なくてしどろもどろなわたしを救ったのは、まどかと美樹さやか、そして他に三人の女子だった。
まどかが上条恭介の脇腹に膝を入れ、怯んだところを美樹さやかが背後から拘束。その間に女子三人がわたしをガッチリとガードした。
「まったく、油断も隙も無いんだから。可愛い子と見るとすぐこれだ。ごめんね、暁美さん。うちの馬鹿が驚かせて」
「あだだだだださやか! 止めて、僕の腕はそっちには曲がらなあだだだだだっ!!」
この技は、確か卍固め? 美樹さやかが、上条恭介に関節技を極めている。……なんというか、新鮮な光景だ。
事態の急転についていけないでいると、ガードに入った女子が順番に教えてくれた。
「気をつけてね。上条くん、ナンパで手が早いってので有名だから」
「ちょっと……かなり……す、すごい顔が良いから、よく知らないとコロッと引っ掛かっちゃうんだよね」
「でも仲良くなると、顔とか頭を踏んでくれ! って来るんだから、ドン引きだよ。中学生にはコア過ぎる」
「はあ……」
軽くクラス中を見回すも、技を掛けられている上条恭介に誰も見向きもしていない。どうやら、割と日常的な光景らしい。……マジか?
「暁美さん。この後も恭介くんが絡んできても、嫌だったら無視しちゃっていいからね。本気で嫌がってる相手に付きまとうほどクズじゃないから」
「……はあ……」
まどかが、あのまどかが虫でも見るように上条恭介を見ている。というか……恭介くん? 名前呼び?
……ひょっとして、今回のループってこれまでで最大級のイレギュラーだったりする……の、かしら?
少し、色々と探る必要がありそうね。
【キャラクター解説】
上条恭介(剣)
剣道部所属の上条恭介。一年生で全国大会優勝、車にはねられても咄嗟に受け身を取って無傷など、優れた運動能力と反射神経の持ち主。
が、可愛い女の子に踏まれたい、座られたいという願望が駄々漏れになっている残念系。性癖のせいで幼馴染みの美少女三人からの扱いはぞんざいの一言。ただ、性格的に犯罪や非道なことはしないので、嫌われているわけではない。