暁美ほむら。彼女は、可愛いだけの少女じゃなかった。
大学入試レベルの数学問題をあっさり解き、走り高跳びをすれば高校の県内記録を容易く打ち破る。
歩く姿すら洗練され、ピンと背筋を伸ばして文字を書く姿すら美しい。
暁美ほむら……彼女はたった一日で、僕にとって興味以上の対象となった。
「好きだッ!!」
「ひっ!?」
「ぜひ黒ストッキングが眩しいそのお御足で! 僕の首に三角絞めをあだだだだだっ!!」
「発情するな、欲望暴走特急が」
昼休み。半日の間に膨れ上がった思いの丈を暁美さんへぶつけようとした僕は、さやかのアイアンクローを喰らって悶絶していた。
そのままワンハンドスラムからのキャメルクラッチへ流れるように繋げられ、身動きが取れなくさせられる。ものっそい痛いけど、それよりも背中に乗ってるさやかのお尻の感触に全神経を集中させ――やっぱムリ痛い死ぬ。
「ちょ……さやかっ……! ギブっ、ギブ!」
「残念だけどゴングが鳴ってない以上、あたしの裁量で攻撃は続く。もう暁美さんに詰め寄って怖がらせない?」
「さ、最大限配慮する……から、だじゅげで……折れる……!」
どうにか解放してもらえたけども、すでに教室から暁美さんの姿は無くなっていた。まどかと仁美が、お弁当を持って外へ連れ出したそうだ。
「くそう、出遅れた!」
「むしろフライングもいいところだよ。初対面からそんなグイグイ来られたら怖がるってば、誰だって」
「何を言ってるんだ! どんなに素敵な女性でも、出会うのが遅かったらすでにもう相手がいたりして手遅れだったりするんだぞ!? なら最初から相手に好意があることを示し続けないと! 後になって『ああすればよかった』とか後悔しても知らないぞ!」
「……微妙に正論っぽいこと言われると反論しにくいわね」
やれやれ、と肩をすくめるさやかだけど、君だって他人事じゃないと思うんだけどな。最近、めっきり色気づいてきたし、意中の相手が出来たんじゃないのか? 奥ゆかしいのも魅力的だけど、後手に回って違う誰かに先を越されても知らないぞ~、っと。
「まあいいわ。んで、恭介? 暁美さんに許可なく1メートル以内に接近しないって約束できるんだったら、まどかと仁美のところまで連れて行ってあげるけど。どうする?」
くっ、是非もないか。渋々だけど、僕はさやかの言葉に頷くしかなかった。
「と、いうわけで。悪意はないし、本気で迷惑だったらちゃんと聞くから、気持ち悪いだけで害はないのよ、こいつ。暁美さんさえ良かったらだけど、クラスメイトとして受け入れてあげて」
とはいえ、だ。三人がお弁当を囲んでいる屋上まではちゃんと連れてきてくれたし、暁美さんへのフォローも入れてくれるんだから、さやかって優しいよな。まどかが母性なら、彼女は姉御肌ってところだろうか。可愛いし、体つきもエロいし、もしも告白されたら即効でオーケーする自信がある。
「ほら。恭介も謝る」
「ごめんなさい、暁美さん。怖がらせるつもりじゃなくて、純粋に君を知って仲良くなりたいだけなんだ」
「は、はあ……」
僕はさやかとの約束通り、暁美さんの半径1メートルに侵入しないよう注意しつつ頭を下げた。暁美さんから何かこう、未知の生物を目の当たりにしたかのような視線を感じるんだけど、僕のつむじに何かいたのかな?
ちなみに、まどかと仁美はニコニコしながら自分のお弁当をマイペースに食べている。
「……分かったわ。ま……鹿目さん……や、志筑さんからも、頭以外は悪い人間でないと聞いているし。必要以上に近づかないのなら、まあ」
恐る恐る、という雰囲気は否めないけども、それでも暁美さんからの警戒心が薄れた……気がする。
「それじゃ、早速今日の放課後街を案内あだだだだだっ!?」
「それじゃーじゃないのよ、それじゃーじゃ。何にも分かってねーな、あんた」
改めて暁美さんをデートに誘おうとしたところで、僕はさやかに絞め落とされて昼食を食べそびれてしまったのだった。
時間は飛んで放課後。
結局、暁美さんに街を案内するという名目で遊びに連れ出す役割は、さやか、まどか、仁美の三人に譲ることになってしまった。
「フラレたな〜、上条」
「失礼な。まだ嫌われるところまで行ってないし。チャンスならまだまだ」
「そのポジティブ思考はすごいけど、ストーカーにまではなるなよ?」
中沢と富岡からそんな忠告を投げられたけど、失礼な。これでも剣道家だからね、間合いの計り方ぐらい心得ている。没交渉になるギリギリの一線ぐらい見極めてるよ。
「それ、剣道関係あるのか……」
「? 当たり前だろ、何いってんだ?」
「おいこら、どうして俺が常識を疑う視線を受けなきゃならないんだ?」
変なことをいう中沢は置いておいて。僕も帰ろう。学生カバンと竹刀袋を肩に掛けた。
久し振りだし、遊びにも誘われたけど、実はテーピングとか切らしてる小物が多いんだ。今日は買い物があるってことで、また明日誘ってもらうことにした。
「むう。どこだ、ここ?」
2時間半後。僕はデパートの改装中エリアで道に迷っていた。
デパートのスポーツショップで欲しいものも揃ったので、CDショップでも物色しようとした僕は、なぜか立入禁止のテープを乗り越えていくまどかの後ろ姿を目撃した。
呼び止めたけど気付いてもらえず、危険が危ないと判断した僕は彼女を追ってテープを飛び越えた。
が、結果は圧倒的迷子。
改装中って割には通路には埃が積もっていて人がいる気配が皆無で、鉄骨やら配電やらが剥き出しの床を注意深く歩いていたら、まどかどころか自分の現在地まで見失ってしまった。
工事途中で放置された通路には、当然電灯も点いていない。足元の非常灯すらもだ。鉄骨の隙間から射す西陽が完全に沈んだら、完全な暗闇になってしまう。
僕だっておっかなびっくり歩いているのに、あの鈍臭いまどかじゃ階下に落っこちて動けなくなってる危険性もある。
「こういう時、持ってて良かった懐中電灯……っと」
洋画の警察官のように逆手で持ち、顔の横で構えるごっつい懐中電灯は、剣道の賞金で買ったプロ仕様の高級品だ。普通のライトより遥かに明るく防水・耐衝撃性に優れている。警棒代わりにもなる。
……なんでそんなのを買ったかって? カッコいいからさ。
ともかく。僕はライトの光量を強めて、耳をそばだて少しでもまどかの足跡を探した。
と、その時。
パァァァーーーンッッッ!!
「ひっ!?」
突然、巨大な風船が破裂したような音が、暗闇の通路に反響した。
自分の足音しかしなかったところにこれだから、僕は堪らず飛び上がってしまい、壁の鉄骨を掴んでヤモリのように張り付いてしまった。
破裂音はさらに二回、三回と断続的に続いた。さらに、音と一緒にちょうど進行方向の通路でオレンジの光が一瞬だけ発せられた。
こんなところで爆竹遊び? 不審に思いながらも、僕は光と音に導かれて駆け出した。
「きゅっぶっ」
その矢先。なんか柔らかいものを踏んづけて、反射的に足が止まった。
柔らかいと言っても犬の糞的なのじゃなくて、畳んだ座布団みたいな感触だ。足元を照らすと……足の下に謎の白い塊があった。
それが何かを確認しようとしたけど、今度は通路の向こうから誰かが走って近づいてくる。さっきの音の主だろうか。
「きゃっ!? まぶし――なに!?」
再びライトを正面へ持っていくと、なんとも可愛らしい悲鳴がした。
「……なんだ、暁美さんか」
「っ!? 上条恭介! なんでここに!?」
光の中に浮かび上がったのは、不思議だけどとても良く似合っている衣装に袖を通した暁美さんだった。
奇遇だね、こんなところで。