初めて訪れたマミさんの自宅は、見滝原市でも屈指の高級住宅街に建つ高層マンションだった。知り合って一年、初めて彼女の自宅へお邪魔した。
つーかめっちゃ良い匂いする!?
女の子の自宅なんて、さやかかまどかか仁美ん家ぐらいしか知らないけど、こんな花のような香りは……あ、まどかの部屋はこういう匂いしてたかな。
「そっか。一人暮らししてるから、家にマミさんの匂いしか染み付いてないんだ」
「恭介、とりあえずその気持ち悪い口閉じて、深呼吸するの止めなさい」
さやかが怖い顔して睨んでくるけど、学校一巨乳の先輩の家に招かれて興奮しない男はいない。むしろ平静にしてろって方が無茶だ。
僕らは今、マミさん家のリビングで二等辺三角形のテーブルを囲んでいた。
底辺部分に僕を挟んださやかとまどか、片方の辺に暁美さんが座っている。あのキュゥべえとかいう君の悪い宇宙人は部屋の隅で丸まっていた。
やがて、お盆に良い香り(体臭的な意味じゃなくて)のするティーセットを乗せたマミさんがダイニングから戻ってくる。
……制服の上に着るエプロンっていいよね。
「みんな、お待たせ。あら? キュゥべえ、どうしてそんな隅っこにいるの?」
『動物をテーブルに乗せるのは衛生的じゃないんだそうだ』
「それもそうね」
マミさんはキュゥべえを雑にあしらいながら、手際よく僕らの前に紅茶を配膳していく。
決して高級品じゃないけど、とても丁寧に淹れられている。
「そういえば、前に紅茶を淹れるのが趣味って言ってたっけ」
「ええ。ブルジョアのお坊ちゃんの口に合うかは分からないけど、クラスの友達には好評よ?」
「え゛っ!?」
ソーサーを片手に、優雅な所作でティーカップに口をつけようとした暁美さんが、突然カエルが轢殺されたような声を出して固まった。マミさんを見上げた目が、まるで雪男でも発見したように丸くなっていた。
「? どうかいたの、暁美さん」
「あ、いえ……美味しいです」
「???」
明らかに取り繕ってる態度の暁美さんは、小声で「巴マミに友達!?」とか失礼なことを呟いていた。幸い、本人は僕やさやか達の反応を心待ちにしているようで、聞こえていないようだったけど。
「はぁー。ほんとに美味いや。仁美ん家で飲んでるのと同じぐらい?」
「私は紅茶の味とか分からないけど、ストレートで飲めるってことは美味しいってことだよね?」
「うふふ、ありがとう」
お茶請けの焼き菓子も美味しい。お世辞抜きに、将来的にはパティシエ目指せるんじゃあないか?
『そろそろ本題に入っても構わないかな?』
空気の読めない白饅頭が団らんに水を差してこなければ、そのままお喋りだけして解散するところだった。
『改めて自己紹介をするよ。ボクはキュゥべえ、早速だけどまどか、さやか、ボクと契約して魔法少女になってよ!』
「単刀直入にも程があるわ」
「そうよ、キュゥべえ。物事には順序ってものがあるの」
さやかのツッコミをマミさんが支援し、キュゥべえのアピールは出鼻を挫かれる。それを見た暁美さんがほくそ笑んだ気がした。
『じゃあ順を追って説明するよ。魔法少女は希望を振り撒き、条理を覆す存在だ。ボクと契約した人間は、願いを一つ叶えるのと引き換えに魔法少女になってもらう』
なんか、さもあらかじめ用意しておいた雑な説明だ。抽象的って言えば聞こえは良いけど、大事な部分をわざとボカしてる感じがして不快だな。
「要領を得ないわね。もっと詳しく話して」
さやかも同じ事を感じたのか、キュゥべえを睨むような鋭い視線を浴びせている。まどかは興味が無いのか、マミさんにケーキのおかわりを催促して……って、自由だなこの子は。
「もう一度訊くわね。魔法少女って何?」
『……希望を振り撒き――』
「それじゃ説明になってないっつうのよ。あんたと契約して? 魔法少女になる? それってどういう仕事なの?」
さ、さやかの目が据わっている……! かなりイライラしているみたいだ。虫の居所が悪いとか、アノ日だとか、それよりずっと……前に興味本位でさやかの部屋のタンスを漁った時と同じ気迫を感じる!
これには暁美さんも表情固く見守っている。まどかとマミさんはダイニングへ行ってしまってそもそも話に不参加だ。
『美樹さやか。君は目撃していないけど、この世界には「魔女」という存在が隠れ潜んでいる。魔法少女はその魔女から一般人を守る力を得られるんだ』
「魔女、ねえ。そいつらはどっから湧いて出てくるワケ?」
『希望から生まれるのが魔法少女なら、絶望から生じるのが魔女さ』
「なるほど。で、あんたは魔女を生み出してどうしたいの?」
『希望と絶望の相転移エネルギーを回収して……あ』
……キュゥべえ、さやかの話術に思いっきり引っ掛かってる。魔法少女じゃなくて「魔女を生み出してる」って思いっきり言っちゃってるぞ。
さやかに隠し事は不可能だ。過去に僕は、さやかの目を盗んで水泳中の女の子を撮影したり、体育の途中でブルマのズレを直す瞬間を写真に収めてきた……けど、全てさやかに見破られ、データは消され、クラスメイトの前で土下座で謝らせられた。
『次やったら殺すから』
そう宣言した時のさやかの表情ったら、今思い出してもゾクゾクする。踏まれたい、むしろ座られたい!
あ、ちなみにもう盗撮や覗きはやってないです、小学校と一緒に卒業しました。それにさやか、脅しとか警告じゃなくって本気で殺害予告してたからね。さすがに命が惜しいよ。
「ひょっとして、魔法少女って『魔女の幼体』だから『魔』法『少女』なんじゃあないわよね」
さやかの詰問は続く。隣の暁美さんがゴクリと唾を飲む音がハッキリ聞こえた。
『なぜそう思うん――』
「質問に質問を返さない。イエスかノーか、シンプルに答えて」
『……その通りだ。魔女の正体は魔法少女の成れの果てさ』
さやかの追及を避けられないと理解したキュゥべえは、あっさりと白旗を上げて恭順の意を示した。
ふと横を見ると、暁美さんがさやかとダイニングをやたら忙しなく、交互に見つめていた。プレーリードッグみたい、ちょっと可愛い。
うちのさやかちゃんは幼少期から恭介に振り回されたお陰で劇場版やマギレコ並みに覚醒しています。あとINTも高いです。