蛇足《彼の最後の仕事》   作:Jasさん(Jasmine)

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第一話《独立傭兵》

※※※

 

ブローカーからハウンズたちを買い上げた日のことは、忘れもしない。

 

はじめて621を見た時のときも、むろん同様に。

 

冷凍睡眠状態で保管されていた彼女は、再起動用の機械装置に囲まれ、目を覚ました。

 

ケーブルのひしめく堅いベッドの上で、再起動した彼女はすらりとした手足を丸め、まるで胎児のように小さく縮こまっていた。

諸元表に書かれていた、高めの身長が嘘のようであった。

身体に巻きつけられていた何重もの断熱フィルムを外すと、例によって頭髪は剃り上げられていた。

背中には幾多の手術痕と共に、インプラントされた神経接続用のピンが、素肌から何本も伸びていた。

 

再起動用機器の電源を落とすと、調整室は静寂に包まれる。

すると微かに、規則正しい寝息が聞こえてきた。

 

621は、静かな寝顔をしていた。

それはとても、とても静かな。

 

『きっと、強化人間でなければ』

 

俺はいつも、そう思ってしまうのだ。

だがきっと、思ってはならないことだ。

自分も他人も顧みない、無責任な思い込みに違いないのだ。

 

ひどくもどかしい。

これが、俺の甘さだ。

 

俺は新たな猟犬を、これまでの者たちと同じように目覚めさせた。

そして、つとめて同じように接した。

 

特定の誰かに入れ込むようなことは、あってはならないと思ったからだ。

 

それが、下劣にも他人の命を使う者としての、最低限の敬意であると思ったからだ。

 

そして、そうであるからこそ、等しく願うのだ。

 

その生きざまに意味があるように、と。

 

彼らが、彼女らが、"生きるべき者"になれるように、と。

 

コーラルが絡むと死人が増える。

過去から未来まで、変わらない事実だ。

 

この星では、人が理不尽に死にすぎた。

人命が、あまりに蔑ろにされすぎた。

 

そして、俺はそれに無関係だ、などとは思えなかった。

 

…であるなら、俺のすべきことは決まっていた。

 

「621」

 

俺は、これまでの者たちにしたのと同じように、彼女に呼びかけた。

眠る彼女は何も応えない。

だが、聞こえていなくともいい。

 

「お前に意味を与えてやる」

 

それは、俺自身への誓いだった。

 

 

 

 

 

※※※

 

奇妙な状況だった。

 

仮にもこの男を許したつもりはない。

腹積りが分からない以上、無闇に情報を伝えるわけにもいかない。

だが分からない。奴が俺の思考を読み取れたとしたら?

そもそも、奴は本当に俺の知っているあの男なのか?

 

「…スッラ、貴様には聞きたいことが山のようにある。どこから手をつけたものか」

 

その返答は驚くほどスムーズに出た。

 

《構わん。私にも答えられないことはあるが》

 

HALのコクピット内は、セーフモード時に起動する、最低限のモニタ類だけが点灯していた。

そして、赤い火花のようなものが視界に浮かんでは、パチパチと弾けて消えていく。

励起した活性コーラルの、発光現象である。

 

「…これが、貴様なのか」

 

《そうだ、とも言える。だがこれは、おそらく射影のようなものだ》

 

「Cパルス変異波形…と言ったな」

 

《ああ。今の私に肉体は無い。空間に満ちるコーラルに生じた定在波…それが私自身、というわけだ》

 

「コーラルは、人間の個体意識を取り込むのか」

 

《結果論だが、起きうる現象だ》

 

つまり、詳細までは知らないのか。

あるいは、ハッタリをかけているのか。

いずれにせよ、この男のことだ。このまま聞き進めても、躱されるだろう。

 

「そうか。…では、貴様が俺に接触した理由は何だ?」

 

《お前を"再起動"させる為だ》

 

「…理由は、あるのだろうな」

 

一瞬、沈黙する。

 

《お前には、まだやるべき仕事が残っているからだ。そしてそれが、俺の思惑に重なった》

 

「いつ調べたのか知らないが、俺の素性まで知っているらしいな」

 

《ああ。この"身体"は情報収集に適していてな。お前の組織は調べさせてもらった。形骸化した監視者達(オーバーシアー)。全く、同情するぞ。全てをお前に押し付け…》

 

「…それ以上はやめろ」

 

この不可解な状況を前にしてか…不思議と少し、感傷的になっていた。

仇のような男に、吐露すべき言葉ではないのはわかっていたが。

それでも言葉は自然と出ていた。

 

「…それでも俺の友人達だった」

 

《…ほう》

 

「だがコーラルを焼けば、貴様も無事では済むまい。()()()

 

《今のお前に、コーラル焼滅を成せるだけの力があるとは思えんがな。ザイレムは墜ちた。バスキュラープラントは、未だアーキバスの手にある。それに…》

 

「…」

 

確かに、この男の言うことは正しい。

今の俺にはこの身体以外、何もない。

もはや計画は破綻した。

しかし、そうだとしたら。

奴は、俺の仕事と言っていた。

 

俺を利用し、何かを為すつもりでいるのか。

そう単純であれば良いのだが。

 

《他に聞きたいことは、無いのか?》

 

この男の力を借りることに、抵抗がないといえば嘘になる。

一度殺し、清算したとはいえ、仇のような男だ。

 

だが、利用価値は存分にある。

奴が俺を使うつもりならば、今の俺にとって、()()が最大の武器となる。

 

「…俺の"仕事"を果たすのに、お前の存在が鍵になると考えている」

 

《つまり、何が望みだ?》

 

「俺が眠りこけていた年月を教えてくれ」

 

《あの植民船が墜ちてから、2年半が経った》

 

「…俺はその2年半の出来事を知らない。今のルビコンについての知識が欠けている。この星で立ち回る為の、知識が」

 

《……》

 

「お前の情報収集能力を借りたい、スッラ」

 

《…ふむ。ではここで、調べ物でも始めるか》

 

「いや。ここに留まるつもりはない。だから足と、身分が必要だ」

 

《戻るつもりか?ハンドラーに》

 

「生憎そのつもりはない」

 

《ならば》

 

「…独立傭兵は、この星を見て回るのに適している」

 

というのは、621に学んだことだ。

 

《…くくく、はははは……!そうか、そのつもりでいるんだな。全く、馬鹿な男だ》

 

独立傭兵、か。

突拍子のない選択だろうか?

だが不思議と、その言葉に意外性は無かった。

 

俺も、自分を見極めなければならない。

621が、戦いの中で選んだように。

 

…そうか。

俺は、きっと。

 

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