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感傷に浸る暇は無い。
ルビコンへの密航の最中、連絡が届いた。
617達が"任務"を果たし、全滅したという。
これで、封鎖機構の目を逸らせる。
密航の成功率は格段に増すだろう。
織り込み済みだったとはいえ、これで621単騎でのルビコン突入となる。
617達を呼び戻す必要が無くなった、とはいえ。
単騎で作戦を遂行し続けるリスクを鑑みれば、喜べたものではない。
「……」
…617達が、全滅した。
あれ程の小隊が、帰還できなかった。
その事実は、堪えるものがある。
いずれ俺たちが相手にしなければならないモノの強大さを、これ見よがしに見せられているような感覚だった。
彼らの作戦データは、よく分析する必要がある。
今後の作戦計画に反映しなければならないだろう。
…未練がましい、だろうか。
617達には、本来そのような役目を託したはずだった。
作戦成功と生還、という、確率の最も低いほうに過剰な期待を注いでいたのは俺自身だ。
彼らは第一目標を果たした。
それだけで、意味はあった。
意味は、あったはずだ。
…まだ衝撃が大きい。
だが、ここで冷静さを欠くのは愚者のそれだ。
「意味はあった」
「無駄死にではない」
それは蟲惑的な言葉だ。
人は苦痛に晒されるほど、論拠なき理屈に心を傾けてしまう。
それは生理的にもっともな、正常な反応だ。
だが、それを全て跳ね除けられなければ、到達出来ない場所がある。
それに何より、彼らが全てを賭した価値は、願って示されるほど安いはずがない。
価値の有無は、引き継ぐ者によってのみ示される。
ならば俺のすべき事は、願うことでも、祈ることでもない。
俺は、友人たちの使命を果たさねばならない。
そこではじめて、彼らの有用性が本来的に証明される。
…しかし、不安もある。
その為に使役された命を、俺は抱え切れるのだろうか。
いや、違う。
使命を果たすまで、抱え切らなければならない。
決して甘んじてはならない。
覚悟は、とうに決めていたはずだ。
だが。
言葉の上での覚悟など、容易に瓦解するものだ。
人の弱さはそこにある。
言葉は顕在意識の表象だが、ともすれば無意識に抑圧した己の本来性をも映し出す。
「617達は…俺に…」
だから、図らずとも溢れたその言葉に、俺は背筋が凍りつくような感覚を味わった。
そして、その先は、口にすることが出来なかった。
越えてはいけない、最後の垣根のように感じたからだ。
※※※
《各勢力の詳細は、追って知ればよい。今のお前が知るべき情報は伝えた》
「ああ。状況を整理すると」
この機体、HAL 826は放棄するほかない。
俺が生きているのは、奇跡といっても過言ではないだろう。
それほどまでにダメージが大きいのだ。
残っているのはコアブロックとジェネレーター周りの一部のみで、辛うじて最低限の動力システムが動作しているという状況だ。
そして、共に落下したザイレムの船体は、大部分が燃え尽きず、地上へ落着した。
残骸の位置は、ここから直線距離にして約30㎞程度離れている。
あれだけの大きさの船である。
落下のエネルギーも相当なものだったと思われるが、意外にも原型をとどめている部分は多いという。
この船は、失われた技研の技術の宝庫だ。内部に残る資源や兵器は利用価値が大きい。
そのような事情から、解放戦線・アーキバス・惑星封鎖機構の各勢力が、残骸から盗掘を続けているという。
小競り合いもしばしば発生している。丸腰での移動は危険だ。
「ともあれこの機体を脱し、何らかの移動手段を手に入れる必要がある」
《ここから北西へ80kmほど進めば、ザイレムの工業ブロックがある。そこでACを入手するのが良い。移動については、第11世代の、お前の身体なら問題は無い。機を捨てる前に、コーラルを補給しておけば良いのだからな》
真人間が摂取すれば、様々な副作用を引き起こすコーラル。
だが、この身体は純粋なエネルギー源としてコーラルを利用することが出来る。
第11世代型強化人間は、有人型C兵器を運用するための技術だと、かつて「ファクトリー」で聞かされた。
つまり、高濃度コーラル環境に置かれても支障のない肉体が必要とされた。
その副産物というわけだ。
しかしコーラルの体内摂取に関して、技研に出入りしていた時からずっと、良い記憶は一つもない。
身近な人間が、次々とあれによって脳を焼かれたのだ。
それに俺自身も、望まぬ形でコーラルを流し込まれた身である。
今更過ぎることは分かっている。
それでも、やはり抵抗はある、というのが本音だった。
「本当に大丈夫なのか」
《何がだ。時間はかかるだろうが、移動については…》
「違う。コーラルの摂取、だ。俺がこの機体で戦った時…あの前後で、俺の意識はひどく混濁していた。…今ならば思い出せるが、あれはファクトリーでコーラルを大量投与されたためだ」
《冗談で言っているのか》
「事実だ」
《コーラルに耐えるようにつくり変えた強化人間を、コーラルで黙らせようとしたのか。くくく…そうか、そんなことが…》
珍しい。
この男が嘲笑以外で笑っている。
《全く、何を心配しているのかと思えば…一思いに飲んでしまえ。過剰に摂らねば影響は出ない》
この男の言っていることは正しい。
…分かっている。
今は俺自身の問題に悩むより、正しい選択を採るべきだ。
《残骸に近づけば、戦闘に巻き込まれる可能性がある。案ずるべきはそちらだ》
「そうだな」
《ここを出れば長丁場になるぞ。途中で斃れてはかなわん》
「…そうだな。ジェネレーターを解放しよう。コーラルを直接取り出すには、燃焼室を解放する必要がある」
足元の非常用ハッチ解放レバーを引く。
外に出る、という行動に躊躇いはなかった。
爆発音と共に頭上のハッチが吹き飛び、コクピットに茜色の光が差す。
身体の感覚を確かめるようにして、コクピットから這い出る。
2年間、眠りこけていたのが嘘のように、身体は軽快に動いた。
強化人間とは、このようなものか。
太陽は頭上にあった。
見渡す限りの荒漠が広がる、その背景には、あの時見た赤い塔がそびえていた。
空がコーラルに満ちているのではないかと思わせるほど、不気味なほどに赤い。
「この色は…閉鎖空間ではないんだぞ」
《これが今のルビコンだ。ハンドラー・ウォルター》
確実に、破綻は近づいているのだろう。
猶予は決して長くはない。
「…急がなければな」
HALのコアから飛び降りる。
四肢と頭部は無く、コアは3分の1ほどが地面に埋まっていた。
背面に回ると、装甲が剥がれ落ち、剥き出しになったジェネレーターが、微かに唸りを上げている。
「本当に、稼働し続けているんだな。理想的には半永久機関たりうるものとはいえ…」
ジェネレーターに取り付けられた、エジェクトレバーのカバーを外す。
外部から強制停止させる為のものだ。
これを引けば炉心が解放され、内部に保持されたコーラルが放出される。
レバーは重い。ギリギリと、砂が噛んでいるような感触だった。
引き切ると、ジェネレーターの唸りが止まる。
すぐに、炉心が側面に迫り出した。
《機構は死んでいないようだな》
炉心がコーラルを吐き捨てる。
だが、すぐに散逸はしない。
粘度の高い液状の燃料用コーラルが、地面に滴り落ちていく。
《どうした、早く飲むんだ》
垂れ落ちるコーラルを掌で受け止めると、グローブから煙が上がる。
ジェネレーターから排出されたばかりで、極めて高温になっているのだ。
熱の感覚が明らかに鈍っている。感覚抑制の影響、なのだろうか。
だが、俺は熱を確かに感じ取っている。
これまでような、白昼夢のような感覚ではない。
どれだけ改造されようが、変わらないものはある。
その事実に、今は安堵した。
これは、俺の身体の感覚だ。
掌から、コーラルを啜る。
コーラルを飲むことで、またこの世界で生きてゆく権利と義務を得る。
これは再び生を受ける、その為の禊のようなものだ。
俺はまだ、生きてゆかねばならない。