蛇足《彼の最後の仕事》   作:Jasさん(Jasmine)

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第二話《独立傭兵Ⅱ》

※※※

 

感傷に浸る暇は無い。

 

ルビコンへの密航の最中、連絡が届いた。

617達が"任務"を果たし、全滅したという。

これで、封鎖機構の目を逸らせる。

密航の成功率は格段に増すだろう。

織り込み済みだったとはいえ、これで621単騎でのルビコン突入となる。

617達を呼び戻す必要が無くなった、とはいえ。

単騎で作戦を遂行し続けるリスクを鑑みれば、喜べたものではない。

 

「……」

 

…617達が、全滅した。

あれ程の小隊が、帰還できなかった。

 

その事実は、堪えるものがある。

 

いずれ俺たちが相手にしなければならないモノの強大さを、これ見よがしに見せられているような感覚だった。

 

彼らの作戦データは、よく分析する必要がある。

今後の作戦計画に反映しなければならないだろう。

 

…未練がましい、だろうか。

 

617達には、本来そのような役目を託したはずだった。

作戦成功と生還、という、確率の最も低いほうに過剰な期待を注いでいたのは俺自身だ。

 

彼らは第一目標を果たした。

それだけで、意味はあった。

 

意味は、あったはずだ。

 

…まだ衝撃が大きい。

 

だが、ここで冷静さを欠くのは愚者のそれだ。

 

「意味はあった」

「無駄死にではない」

 

それは蟲惑的な言葉だ。

人は苦痛に晒されるほど、論拠なき理屈に心を傾けてしまう。

 

それは生理的にもっともな、正常な反応だ。

だが、それを全て跳ね除けられなければ、到達出来ない場所がある。

 

それに何より、彼らが全てを賭した価値は、願って示されるほど安いはずがない。

 

価値の有無は、引き継ぐ者によってのみ示される。

ならば俺のすべき事は、願うことでも、祈ることでもない。

 

俺は、友人たちの使命を果たさねばならない。

そこではじめて、彼らの有用性が本来的に証明される。

 

…しかし、不安もある。

その為に使役された命を、俺は抱え切れるのだろうか。

 

いや、違う。

使命を果たすまで、抱え切らなければならない。

 

決して甘んじてはならない。

覚悟は、とうに決めていたはずだ。

 

だが。

言葉の上での覚悟など、容易に瓦解するものだ。

人の弱さはそこにある。

 

言葉は顕在意識の表象だが、ともすれば無意識に抑圧した己の本来性をも映し出す。

 

 

「617達は…俺に…」

 

だから、図らずとも溢れたその言葉に、俺は背筋が凍りつくような感覚を味わった。

 

そして、その先は、口にすることが出来なかった。

越えてはいけない、最後の垣根のように感じたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

《各勢力の詳細は、追って知ればよい。今のお前が知るべき情報は伝えた》

 

「ああ。状況を整理すると」

 

この機体、HAL 826は放棄するほかない。

俺が生きているのは、奇跡といっても過言ではないだろう。

それほどまでにダメージが大きいのだ。

残っているのはコアブロックとジェネレーター周りの一部のみで、辛うじて最低限の動力システムが動作しているという状況だ。

 

そして、共に落下したザイレムの船体は、大部分が燃え尽きず、地上へ落着した。

残骸の位置は、ここから直線距離にして約30㎞程度離れている。

 

あれだけの大きさの船である。

落下のエネルギーも相当なものだったと思われるが、意外にも原型をとどめている部分は多いという。

 

この船は、失われた技研の技術の宝庫だ。内部に残る資源や兵器は利用価値が大きい。

そのような事情から、解放戦線・アーキバス・惑星封鎖機構の各勢力が、残骸から盗掘を続けているという。

小競り合いもしばしば発生している。丸腰での移動は危険だ。

 

「ともあれこの機体を脱し、何らかの移動手段を手に入れる必要がある」

 

《ここから北西へ80kmほど進めば、ザイレムの工業ブロックがある。そこでACを入手するのが良い。移動については、第11世代の、お前の身体なら問題は無い。機を捨てる前に、コーラルを補給しておけば良いのだからな》

 

真人間が摂取すれば、様々な副作用を引き起こすコーラル。

だが、この身体は純粋なエネルギー源としてコーラルを利用することが出来る。

 

第11世代型強化人間は、有人型C兵器を運用するための技術だと、かつて「ファクトリー」で聞かされた。

つまり、高濃度コーラル環境に置かれても支障のない肉体が必要とされた。

その副産物というわけだ。

 

しかしコーラルの体内摂取に関して、技研に出入りしていた時からずっと、良い記憶は一つもない。

身近な人間が、次々とあれによって脳を焼かれたのだ。

それに俺自身も、望まぬ形でコーラルを流し込まれた身である。

 

今更過ぎることは分かっている。

それでも、やはり抵抗はある、というのが本音だった。

 

「本当に大丈夫なのか」

 

《何がだ。時間はかかるだろうが、移動については…》

 

「違う。コーラルの摂取、だ。俺がこの機体で戦った時…あの前後で、俺の意識はひどく混濁していた。…今ならば思い出せるが、あれはファクトリーでコーラルを大量投与されたためだ」

 

《冗談で言っているのか》

 

「事実だ」

 

《コーラルに耐えるようにつくり変えた強化人間を、コーラルで黙らせようとしたのか。くくく…そうか、そんなことが…》

 

珍しい。

この男が嘲笑以外で笑っている。

 

《全く、何を心配しているのかと思えば…一思いに飲んでしまえ。過剰に摂らねば影響は出ない》

 

この男の言っていることは正しい。

 

…分かっている。

今は俺自身の問題に悩むより、正しい選択を採るべきだ。

 

《残骸に近づけば、戦闘に巻き込まれる可能性がある。案ずるべきはそちらだ》

 

「そうだな」

 

《ここを出れば長丁場になるぞ。途中で斃れてはかなわん》

 

「…そうだな。ジェネレーターを解放しよう。コーラルを直接取り出すには、燃焼室を解放する必要がある」

 

足元の非常用ハッチ解放レバーを引く。

外に出る、という行動に躊躇いはなかった。

 

爆発音と共に頭上のハッチが吹き飛び、コクピットに茜色の光が差す。

 

身体の感覚を確かめるようにして、コクピットから這い出る。

2年間、眠りこけていたのが嘘のように、身体は軽快に動いた。

強化人間とは、このようなものか。

 

太陽は頭上にあった。

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見渡す限りの荒漠が広がる、その背景には、あの時見た赤い塔がそびえていた。

空がコーラルに満ちているのではないかと思わせるほど、不気味なほどに赤い。

 

「この色は…閉鎖空間ではないんだぞ」

 

《これが今のルビコンだ。ハンドラー・ウォルター》

 

確実に、破綻は近づいているのだろう。

猶予は決して長くはない。

 

「…急がなければな」

 

HALのコアから飛び降りる。

四肢と頭部は無く、コアは3分の1ほどが地面に埋まっていた。

 

背面に回ると、装甲が剥がれ落ち、剥き出しになったジェネレーターが、微かに唸りを上げている。

 

「本当に、稼働し続けているんだな。理想的には半永久機関たりうるものとはいえ…」

 

ジェネレーターに取り付けられた、エジェクトレバーのカバーを外す。

外部から強制停止させる為のものだ。

これを引けば炉心が解放され、内部に保持されたコーラルが放出される。

 

レバーは重い。ギリギリと、砂が噛んでいるような感触だった。

引き切ると、ジェネレーターの唸りが止まる。

すぐに、炉心が側面に迫り出した。

 

《機構は死んでいないようだな》

 

炉心がコーラルを吐き捨てる。

だが、すぐに散逸はしない。

粘度の高い液状の燃料用コーラルが、地面に滴り落ちていく。

 

《どうした、早く飲むんだ》

 

垂れ落ちるコーラルを掌で受け止めると、グローブから煙が上がる。

ジェネレーターから排出されたばかりで、極めて高温になっているのだ。

熱の感覚が明らかに鈍っている。感覚抑制の影響、なのだろうか。

 

だが、俺は熱を確かに感じ取っている。

これまでような、白昼夢のような感覚ではない。

どれだけ改造されようが、変わらないものはある。

その事実に、今は安堵した。

これは、俺の身体の感覚だ。

 

掌から、コーラルを啜る。

 

コーラルを飲むことで、またこの世界で生きてゆく権利と義務を得る。

これは再び生を受ける、その為の禊のようなものだ。

 

俺はまだ、生きてゆかねばならない。

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