オタク文化の創造神と呼ばれた俺がVtuberになった訳 作:ユリガスキー
「ウタウマー」
俺が持つハンドルネームの1つであり、1番最初に作られたハンドルネームでもある。
ウタウマーでは主に楽曲作成をしている。その範囲はボカノだけに留まらず、アニソンにロック、J-POPや洋楽、さらにはクラシック音楽まで手掛けている。
ジャンルの壁を越えて活動し、そのどれでもで圧倒的な人気を獲得、昨年の「世界で一番聞かれた楽曲トップ100」では実に8割以上が俺が作った楽曲という異常な事態になっていた。
そんなウタウマーの特徴の1つは7色の声、いや無限の声を使い分けていることだろう。高音低音、老若男女、ありとあらゆる声を曲ごとの最適解で使い分けている。そのため俺自身が「ウタウマーは1人」だと言っているのにも関わらず世間では100人以上のミュージシャンの共有ペンネームだと思われている。
でもそれも仕方のないことなのかもしれない。声だけならまだ100歩譲ったとしても、ここ3年の間ずっと週1のペースで新曲を出していたらそう思われてしまうのも無理はない。過去には日に3度新曲を出す、なんてことを半年間毎日やっていた時もあった。
そんなの物理的に不可能じゃないか、と疑問に思うだろうが、それについてはまた別の機会に話そうと思う。
……こうやって改めて考えると、そりゃあ共有ペンネームだと思うわな。
そんなこともあって、数多く使い分けてる名前のうちでも知名度はかなり高い方であり、最近ユーツーブの「ウタウマー.jp(日本語版)」の登録者が日本人口を超えたと話題になった。
知名度があり、実績があるということは踏み潰された蕾がたくさん存在していたということだ。
前世の頃、好きだったボカノPがいた。ボカノPの名前なんてわざわざ調べない俺ですら知っている、とても有名な人だった。
大人になってボカノを聞く機会がだんだんと減り、自分から調べることもめっきり減ったが、この人の呟きだけは常にチェックしていた。
この人が作ったと通知がきたらすぐに聴きにいくほどこの人が作る曲が好きだったのだ。まぁわざわざアンテナを張らずとも遅かれ早かれ流行り出すだろうから意味のないことだったんだけどな。
そしてその人は今世にもいた。
俺という才能に踏み潰されて
もしかしたら俺のせいではないのかもしれない。今世は前世とほとんど似ているが全く同じというわけではない。もしかしたら、俺という存在がなくともこの世界の彼はなんらかの事情で活動休止していた運命だったのかもしれない。
そう自分に言い聞かせてもダメだった。
もし、もし俺が何もしなかったら? あの人は前世のように多くの人に慕われて、尊敬されて、賞賛されていたのではないか?
俺が、俺の存在があの人を歪ませた。
いやきっとそれだけじゃない。もっともっと多くの人がウタウマーという
心の奥底に黒いシミが滲み出た瞬間だった。
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ベッドから飛び起きた俺は荒い呼吸を落ち着かせ、額につたっている汗を拭う。
……はぁ、最悪の目覚めだ。久しぶりに悪夢を見た。
まさかアスライテ先輩に死ぬほどカレーまんを食わされる夢を見るとは。
おそらくは、昨日の「肉まんvsピザまんvsカレーまんvsあんまん、1つだけ無くなっていいのはどれ?」というお題に対して「カレーまんに決まってるジャマイカ」と即答したらブチ切れたアスライテ先輩にカレーまんの魅力を30分語られたのが原因だろう。
もう今後2、3年はカレーまんを見たくない……
いっそ寝直そうかと考えたが、壁にかけられた時計を見るともうそろそろ昼になりそうで、用事があって事務所に行くことを考えると2度寝する時間はなさそうだった。
重い腰を上げてベッドからなんとか脱出した俺は、1階へと降りていった。
俺が住んでいる家はかなり広い。面積もそうなんだが、住んでいる人が俺しかいないというのもあって余計に広く感じる。
両親は俺が産まれて1ヶ月後に交通事故で他界し、育ての親であった祖母も11歳の時に天寿を全うした。
とはいえ天涯孤独というわけでもない。親戚はたくさんいるし、数人ではあるがかなり頻繁に連絡を取り合っている。
……そこら辺の説明はかなり面倒臭いというか時間がかかるのでまたいつかの機会に喋るとしよう。
「おはようございます、マスター。料理をお持ちします」
1階のリビングへと降りた俺を迎えたのはメイド服の美少女、アイだった。
……さっき俺1人しか住んでないって言ったじゃないかって?
…………この説明もだいぶ面倒くさい、それこそ親戚云々よりも面倒なので機会があれば、そう機会があればきっと喋るよ、うん。
喋るのは面倒と笑顔でサムズアップした俺を見て呆れた表情を浮かべたアイは、キッチンへと戻っていった。
さてと、何か面白い番組でもやってねーかなー。
「日本が誇る作曲家、ウタウm」
「でもでも〜、やっぱり1番尊敬してるのは〜、ウt」
「『しろi」
「どいつもこいつもつまんねー番組垂れ流しやがって。だから視聴率も下がるんだよ」
「視聴率を稼ぐのならマスターの話題を出すのは当然のことなのでは?」
「おっ、ベーコンに目玉焼き、それに白米と味噌汁。いいじゃないか、朝食はこういうのでいいんだよ、こういうので」
「朝食……というよりも昼食ですけど。マスターの仕事を考えると仕方ないですが」
「おま、VTuberとしての活動を仕事とか言うなよ。いやまぁ確かにお給金が発生してるから仕事なんだろうけどさ? 仕事って言われるとなんか嫌じゃん」
「『しろいの』や家のことを指してたんですが…………本当にエトワールでの活動が楽しいのですね」
「な、なんだよその目線は。お前は俺の親か」
「どちらかというと子どもではないですか。
……そんなやりとりをしている間にもう13時になりました。車の準備をしてきます」
えっ、マジかよ。まだ半分しか食ってねーぞオイ。最近はほんと時間の流れが速いよな。
俺もさっさと食って準備するとしますか。
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私、猫道凛……じゃなかった。いや、猫道凛でいいのでは? ……まぁいいや。とにかく私は今エトワール事務所の階段を駆け上がっている。
まだまだ予定の時間よりもだいぶ余裕はあるけど、初の案件、そして何よりも同期の2人と会えると考えると自然と足も速くなる。
リアルの渚ちゃんや彗月ちゃんはどんな子たちなんだろうか?
……流石に配信でのあれこれは演技でやってることだよね?
…………うん、きっとそうに違いない。なんだかさっきよりも足が進むスピードが落ちてる気がするけど。
進むスピードが遅くなったといってもここまで駆け足できてたからスタジオの扉の前まで来てしまった。
い、いよいよこの先に渚ちゃんと彗月ちゃんが……
「って集合1時間前だからまだ誰も来てないんですけどねー」
そう言いながら扉を勢いよく開けたスタジオの中には数人のスタッフさんがいた。
そそそ、そうだよね!? 私はなんでスタッフさんの存在を忘れていたのかな!?
私の変な行動に驚いたのか、固まってしまって動かないスタッフさんと下を見て目線を合わせないようにして、用意されていた座席に座った。
あ、危なかった。いやもうかなり恥ずかしいし既にアウトなんだけど、もしここに渚ちゃんがいたら今のがリスニャーのみんなにも知られるところだった。
なんとか落ち着いてほっとひと息つくと、ふと隣の座席に人の気配を感じた。
このスタジオには、中央のテーブルに3つイスが用意されてて、そのイスが私たち三期生の座席だった。
扉を開けた時は背もたれのせいで見えなかっただけで本当は私が来るよりも先に2人のうちどっちかはもう待っていたのかもしれない。
私は声をかけようと左の方を──
──そこには天使がいた。
世間で1000年に1人の美少女と騒がれている女性がいたけどそんなレベルじゃない。もう次元が違う。人類史上一の美少女と言っても過言じゃない。というか私と同じ人間なんだろうか?
「雪のように白い髪と肌」「ルビーのように赤い瞳」そんな彼女を形容するためのありとあらゆる言葉が、正しく伝わらずに彼女の美を歪ませてしまう。言葉では伝えることのできない存在があるということを私は今初めて知った。
そんな彼女が、私に見られていることに気づいたのか、イヤホンを取りながらこちらに視線を──って、
「──…………っぁ、帽子……」
うぁぁああ!! な、何言ってんだ私!
あまりの美しさに動揺しちゃって、彼女が被っていた帽子がポシェモンの限定品だって言ってしまった! いや、ってか「帽子」ってしか言ってないから言えてないじゃん! うぁぁああ!!
彼女は私の挙動に小さく首を傾げながら(やばいめちゃくちゃかわいい)帽子を取っ「ガサッ」て……え? 今なんか変な音しなかった?
「ん? あぁこれ? 俺の思考が抜き取られないようにアルミホイルを中に敷き詰めてんだよ。外出る時の必需品」
「謎の組織とか超能力者に頭の中を覗かれるわけにはいかないだろ?」
「もしかして猫道凛ちゃん、かな? なんというかイメージ通りの人……いや猫人間だな」
「って、おーい……やっべ、これ完全にフリーズしてるわ」
にゃあーーー