オタク文化の創造神と呼ばれた俺がVtuberになった訳   作:ユリガスキー

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間話【春風凪,Episode0】

 その日は凪が3歳になる誕生日だった。

 

 凪は祖母と東京郊外の広い邸宅に2人だけで住んでいる。というのも、凪の父母は彼女が産まれてすぐ、祖父は20年ほど前に亡くなっているからだ。

 ただ親戚はたくさんいるらしい。凪は親戚の顔など一度も見たことがないが、祖母の電話の内容を偶然耳にしたのだ。しかし、親戚と通話している時の祖母は決まって顔を曇らせていたため、凪は自然と親戚の話題を避けるようになっていった。

 そのため凪は血縁者を祖母しか知らない。

 

 さらに凪は生まれてこの方、一歩も家を出たことがない。保育園にも通っていなければ、買い物のため出かけたことすらない。そのため年の違い友人や近所に住む者との交流は一切ない。

 そう聞くと凪の境遇を思って同情するかもしれないが、当の本人は自身が置かれた現状について何も思うことはなかった。

 まだ3歳の凪にとっては住んでいる邸宅こそがすべてであり、自分と祖母だけがこの狭い世界の住人だったからだ。

 

 

 

 祖母は凪と一緒に早めの朝食を済ませた後「誕生日のための買い出しをしに行く」と言い出掛けていった。

 「大人しく、いい子に過ごしているのよ」という言い付けをよく守り、人形を手に1人遊んでいた。

 最近のお気に入りは、囚われの姫を戦隊ヒーローが救いだすお話しだ。30分にわたる超大作もいよいよ佳境に入り、ボス怪獣とヒーローがついに対面した。

 そんなクライマックスを稀代の演出家として盛り上げている最中、時計の針が12時を指した。

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、凪は唐突に前世の記憶を思い出した。

 

 突然の出来事に呆けてしまい、遊んでいた人形がするりと手から零れ落ちた。

 身体はぴくりとも動かないのに思考だけはぐるぐると凄まじい勢いで働きだす。

 

 

 親はどうしてるだろうか、悲しんで泣いているかもしれない、あいつらと旅行に行く約束もあった、そういえばまだ金を返してもらってない、まだ手を付けていないゲームがあったのに、完結を待たずに死ぬなんて、職場にも迷惑をかけた、忙しい時期に死んで申し訳ない、転生したってなんだ、ここはどういう世界なんだ。

 

 

 押し寄せてくる感情の波も時間とともにやがて収まり、代わりに凪の頭をよぎるのは女神から授かった力のことだった。

 そう、「妄想したことを叶えるだけの力」のことだ。

 

 

 

 もしその力が、思い描いたことすべてが叶う力だとしたら。

 自由自在に全てを操り、新たな生命を生み出し、精霊を呼び、神獣を従え、万物を創造し、己が理想を具現化させる。

 まさに神の御業、全知全能の力と言っても過言ではない。

 

 いやいや、そんなはずがない。叶う力には限度があるはずだ、とも考えられる。

 本当にすべてが叶うのなら、それは「妄想」ではなく「想像」や「空想」であるはずだと。

 

 だが仮に「妄想したことを叶えるだけの力」というのが凪が妄想していた・したであろう範疇のことしか叶わない力だとしても、彼女は創作の世界を妄想し、あらゆる天才を妄想していた。

 自由自在に空を飛び回り、手から炎を生み出し、雨雲を呼び、人々を従え、価値を創造し、己が妄想を具現化させる。

 全知全能とは程遠い力かもしれないが、それでも万能の力とは言えるだろう。

 

 果たして叶う力に上限はあるのか。今この場には凪しかいない。検証するのにはうってつけだ。

 はやる気持ちを抑えるため1つ深呼吸をしてから、空を飛ぶ妄想をした。

 

 

 

 ──もし、これが()であったのなら、きっと今もまだ慌てふためいていたはずだ。彼が彼女になってまだ数分しか経っていないのに、もう乖離が始まっている。しかし、彼女はそのことに気づいている様子はなかった──

 

 

 

 しかし何も起こらない。彼女の足は未だ地面に着いたままだ。

 やり方が悪かったのかもしれない。そう思いあらゆる方法を試した。声に出したり、座禅を組んだり、机の上から飛び降りたり……しかし何をやっても駄目だった。

 

 ただ、すべてが無駄になった訳ではない。何度か試してみるうちに、漠然と「何かが足りない」という不思議な予感がしたのだ。

 しかし、その肝心の何かがなんなのかさっぱりわからない。

 

 

 

 行き詰まった凪の目に、机の上で開かれたままの英字新聞がとまった。

 それは祖母が出かける直前に読んでいたものだった。

 普段読まない英字新聞をわざわざ取り寄せ、埃をかぶった英字辞書を取り出して、いったい祖母は何を知りたかったのか。

 

 記憶が戻る前は何とも思わなかったが、今日の祖母の行動はどこかおかしい。

 誕生日のための買い出しと言って出掛けたが、準備はすべて前日のうちに済ませていたはずだ。料理もプレゼントも、凪が考えうる限りでは足りないものはないはず。

 

 思いかえしてみれば、祖母は凪に対して何かを隠している気がしてならない。

 あれはそう、半年前のことだ。祖母と2人で見ていた映画に出てきたお姫様を見て「凪も将来はこのお姫様より美人になるね」と笑った祖母に、凪は祖母の元を2,3歩離れてくるりと向き直り、映画で見たお辞儀を完全に再現してみせた。自慢げに顔を上げた凪の目には、複雑そうに微笑む祖母の顔が映った。

 しかしその表情も一瞬で消え去り、手を叩いて喜んでいたので、今のはきっと見間違えたのだろうと思ったのだが、どうにもその時の顔が忘れられずにいたのだ。

 

 これは祖母の秘密に迫るチャンスかもしれない。そう思い、辞書を片手に英字新聞を読んでいった。

 

 

  conference……評議

        League of Nations……国際連盟

      Prime minister……総理大臣

 

 

      conflict……

 

 

「紛争…………!」

 

 凪はその字の、conflictの意味を知らなかったはずだ。それが意味を調べる前に自然と日本語訳が声に出てきた。

 同時に気づく。文字を読む速さが上がっていることに。

 

 雷に撃たれたような衝撃が全身を貫く。これは、もしかすると、そういうことなのかもしれない。

 

 しかし結論付けるにはまだ早いと、凪は検証のために英字辞書を1ページ目から読み進めた。

 最初は見開き1ページを読むのに5分もかけていたが、2ページ、3ページと読み進めるうちに、4分、3分と読む時間も早くなっていく。半分読み進めたあたりには、目で追う速度に手が追いつかなくなっていた。

 

 そうして凪は、わずか30分で分厚い英字辞書を読破した。

 目頭を抑えながら天を仰ぐこと数秒、意を決した凪は翻訳していた箇所の英文を読んでみた。

 

 

 

『イギリスを訪れている佐藤総理大臣は、日本時間の18日、チャーリー大統領との首脳会談に臨んだ。激化する紛争によって第四次世界大戦が引き起こされる懸念を払拭すべく行われた一連の会談も、イギリス国内の一部では抑止力として疑問の声も──』

 

 

 

「くくっ、ふはっ、ははははは!」

 

 英字辞書を暗記したからと英文が読めるはずがない。単語を覚えたからといって熟語や文法を理解していなければ完璧に読めるはずがない。

 しかし事実として凪は英文を読んでしまった。

 

 そのカラクリの答えを()()()()()凪の頭は導き出した。

 

 

 

 ──これはスキルツリーだ、と。

 

 

 

 最初は何もできないが条件を満たすことによって能力が解放されていく、それがスキルツリーだ。

 凪が速読や英文を読んでみせたのは「文字を読む」「英単語を覚える」という条件を満たしたからだ。

 「何かが足りない」というのも解放条件が足りなかったからだろう。空を飛ぶためには空を飛ぶための解放条件があるはずだ。

 

 さらに1つ、わかったことがある。

 凪は速読に興味がない。前世で妄想の対象にしたこともなければ、しようと思うこともない。

 現段階では検証が足りないため確証できないが……おそらくこれは全知全能の力であるはずだ。

 

 それにこの力は凪の想像通りだとすると……

 

 ただ1つ面倒なのが、解放条件が何なのか知るすべがないということ。

 

 なら、出来ることを増やしていけばいい。

 ありとあらゆることに手を付けて、己の糧にすればいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、確か最近「ボーカルノイド」が流行りだしていたはずだ。

 

 ──才能を解放する。

 

 ただ()()()()()()()で、凪はボカノPとしてのアカウントを作成した。

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