オタク文化の創造神と呼ばれた俺がVtuberになった訳 作:ユリガスキー
──確かに私はあのお方に、親友の面影を見た。あのお方なら、きっとこの傾いた卯月家を再興するであろう、と。
だが、いったい誰が予想できただろうか。
わずか1ヶ月で卯月家内部の膿を一掃し、家中のことを掌握するなど。
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植物のように穏やかに、一切の感情の揺らぎなく、ただ黙々とコーヒーを淹れている老人がいた。電気ケトルを持つ手、真一文字に結ばれた口、お湯の分量を注意深く観察する目……どこを見ても深いシワが刻まれている。強く叩いてしまったら折れてしまうのではと錯覚してしまうほどに痩せこけている。こうして老人の特徴を挙げれば挙げるほど、花盛りをとうに過ぎた枯れ木を連想するかもしれない。
しかし、鋭い眼光と活力に溢れた瞳を目撃してしまえば、そういった印象はすべて覆るはずだ。
老人の名は
柴田がコーヒーを淹れるひと時、その僅かな間だけ彼は無心になる。そうやって心を落ち着かせ、コーヒーを飲みながらリラックスする……それが彼のルーティンであった。
しかしその日は違った。淹れ終わってホッと一息つくと同時、堰き止められたダムが決壊するかのように止まっていた思考が次々と溢れ出した。柴田はその流れに逆らうことなく、天井を見上げ目を閉じて、思考の海へと沈んでいった。
柴田の脳内を埋め尽くすのは、彼の新たな主人"卯月凪"のことだ。
1ヶ月前のあの夜、突如柴田の目の前に現れた凪は瞬く間に家中の情報を掌握すると、勢力争いの均衡を呆気なく崩壊させ、1年は続くかに思われた次期後継者争いを2週間で終わらせた。さらにはこの一連の暗躍、極一部の者を除いて誰にも気づかれていない。その極一部ですら柴田が裏で糸を引いている首謀者だと思い込み、凪の存在に勘づいた者はいない。
あまりにも鮮やかな手腕、卯月家一の政治家と自他共に認める柴田ですら舌を巻くしかなかった。
この2週間の間に5つ以上の勢力が消え、突然当主が決まったため、卯月家は上を下への大騒ぎだ。
本来であれば柴田はこんな場所で、旧館の給湯室で油を売っている暇などない。彼の能力は卯月家でも一二を誇るものだ。いつものように旧館に仕事を持ち込んで1人黙々と業務をこなす……など、今のひっ迫した状況では到底許されることではない。だというのに柴田にはコーヒーを淹れる時間がある。たっぷり思考の海に浸る余裕すらある。
それも全て凪が家中のすべてを裏で操っているからだ。
上を下への大騒ぎ──そのような機会を凪が見逃すはずがない。混乱に乗じて彼女は布石を打っている。新たに湧き上がった勢力には不和の種を、今後味方になりうる勢力には陰ながらのサポートを、先の後継者争いで散り散りになった人員を利用して……何手先を読んでいるのか柴田ですら把握しきれない布石を、目的のためにひたすら打っている。
他家からもスパイが山ほど侵入してくることだろう。「傾き始めた日本一の家」が「御家騒動により外に気を配る余裕がない」上に「今侵入すれば易々と情報を手に入れられる」……こんな儲け話、乗らない者はただの阿呆だ。そうして侵入したスパイに流す情報を選定をすることで、凪は他家すらも操ろうとしている。
その補佐として柴田を手元に置くため、旧館にいても違和感がないように仕向けているのだろう。どう人を動かせばこれらの所業を成し遂げられるというのか。
凪の才覚は末恐ろしさすら感じるものである。しかし、柴田にとっては感じ慣れたもの。かつて仕えた凪の祖父、柴田の親友もまた恐ろしいほどの才覚の持ち主であった。
ゆえに柴田は、凪を見て懐かしさすら感じる余裕があった。
「おっと、危ないあぶない」
考え事が長引いてしまい、いつもより蒸らしの時間がほんの僅かだけ伸びてしまった。幸いにも味に支障が出るほどではなかったため、急ぎ次の工程に移った。
そうして準備が整った柴田は、諸々をトレーに乗せて給湯室を出て、凪が待つ執務室へと向かった。
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「凪様、コーヒーをお持ちしました」
「ご苦労」
柴田が凪に会って、もう既に1ヶ月が経つ。だというのに柴田は未だ凪の容姿に慣れそうもない。1秒にも満たない僅かな時間とはいえ、視界に凪の姿を収めると硬直してしまうのだ。
凪の祖父はかなりの美男であったし、彼が選んだ
とはいえこれは異常だ。凪の両親祖父母は確かに皆美しい。しかしそれはあくまで「上の上」という人の尺度に収まる程度のもの。凪の美しさはそれを遥かに超えている。
これでまだ8歳。この先成長すればいったいどうなってしまうのか。柴田が先程まで考えていた末恐ろしさを感じる才覚も合わせて、まるで生まれながらにして人を越えることを宿命づけられているかのような……
朧げながらに浮かんだ考えを、馬鹿らしいと心の中で一蹴した柴田は凪にコーヒーを差し出す。そのまま自らの椅子に座って中断していた業務を再開させた。
卯月家、そして侵入したスパイすべてを把握して思うがままに操る。それらを実行するためにもやるべきことは多い。今の柴田の業務量は、以前と比較して10倍以上に膨れ上がっている。とてもじゃないが、別のことを考えながらこなせる業務量ではない。コーヒーをひと口含んで気持ちを切り替えた柴田は、早速資料を手に取って──
「よう、邪魔するぜ」
反射的に声がした方へ振り向くと、そこにはがっしりとした身体つきの男が扉にもたれかかっていた。スーツをビシッと決めているのに髪や髭を無造作に伸ばしているアンマッチな格好が、なんともいえない雰囲気を醸し出している。ガタイの良さに強面の顔、逆立った髪ともみあげに繋がった髭から、どこかライオンのような印象を与える男だった。もっとも、彼はライオンのように優しくはないが。
「良い匂いだ。やはりコーヒーはブルーマウンテンに限る。俺にも注いでくれないか」
「邪魔する気で来たのなら帰ってくれ、総隊長殿。見ての通り、私は仕事をしているんだ」
「ハハハ、そう邪険に扱わないでくれ柴田さん」
わざとらしく笑いながら執務室へ無断で入室した男は、空いた椅子へと無造作に座った。
旧館とはいえ、かつて卯月家当主が使っていた執務室へと何食わぬ顔で侵入し、足を組みながら堂々と座っている姿からは男の荒々しい性格が読み取れる。
男の名は
現代日本にて華族を名乗ることを許された12の家の分家の1つ、雨水家当主の弟である。
もっとも、彼のことを「雨水家当主の弟」という肩書きで見る者は少ないだろう。
卯月家が抱える精鋭部隊を統括する最高責任者、卯月家の「武」を司る者、日の本一の武芸者……それが雨水岳斗という人物だ。
「柴田さんは相変わらず
「あまりこの老骨を頼りにしてもらっては困る。この25年、私が率先して動いていたばかりに後進の育成がままならなかったのだ。今回の騒動は彼らを成長させるのにもってこいだろう。
それに、慣れているこの部屋で作業するほうが効率が良いんでね」
「ほーん……成る程ねぇ……」
話題を振った張本人は、小指で耳をほじくりながら適当に相槌を返した。そんな失礼な態度にも柴田は何の反応も見せず、雨水の次の行動を静かに待っていた。
ここ最近の騒動によって忙しくなったのは雨水も同じこと。そんな彼が何の意味もなくふらっと立ち寄っただけな訳がない。何かを探ろうとしている雨水とそれを逸らそうとする柴田。両者の間には沈黙が流れ、時が経つにつれて場の空気が重くなる。
そんな沈黙を破いたのは、雨水が頭を掻く音だった。
「あー……俺には向いてねぇな、こういうの。華族的というか、なんていうか。やっぱ慣れねぇことはするもんじゃねぇわ。
単刀直入に聞こうか。アンタのバックにいるのは誰だ」
「バック? どういうことかね?」
──厄介だ。
柴田は素直にそう思った。
こと舌戦において、柴田の実力は頭ひとつ抜けている。言葉を捏ねくりまわしながら湾曲な物言いをする華族間のやり取りにおいて、彼の右に出る者はいないだろう。そんな彼が相手するのは舌戦を苦手とする雨水。本来なら赤子の手を捻るように会話を制していたはずだ。
しかし雨水は、舌戦そのものを放棄してきた。これは華族間ではあり得ないことだが、良くも悪くも華族的ではないこの男はそんな無法をおかした。
しかしこの場に置いて、雨水が望む結果を得るには最良の一手だ。これには柴田も心の中で苦い顔をした。そんな胸中をおくびにも出さず、意味がわからないという風に惚けてみせる。
「そういうのはいいんだよ。アンタのフィールドで戦おうと思っていた俺が間違ってた。
ここからは俺の独り言だ」
そう言って組んでいた足を地面につけて、太腿の上に肘を置いて顔の前で手を組んだ。そうして獲物を狙う獰猛類のような目つきで睨みつけてきた。
「ここ1ヶ月で起きた騒動。これにより次期後継者として有力な候補が次々と消えていった。たった1つの派閥を残してな。そうして半ば消去法で次の当主が決まった」
「外から見れば偶然に偶然が重なってそうなったようにしか見えない。残った派閥……新当主らは策略をこなせるようなお利口さんとはほど遠いからな」
「けど目敏い者は気づいてる。一連の騒動はすべてアンタが仕組んだものだと。目を凝らしてよーく観察しないと見えないような細い糸が、すべての騒動とアンタを結びつけている」
「そうだ糸が繋がっているんだ。ご丁寧に一つ一つの騒動にな。まるで察しのいい者に勘づかさせて、これが意図的なものだと言葉を使わずに意識させるようなやり方。
アンタの好きなやり方だ」
「
「アンタは確かに優秀だ。ここ1ヶ月の騒動の黒幕になってもおかしくない能力は持っている。
けどアンタは「ナンバー2」の器でしかない。誰かを補佐するにあたっては優秀であっても、自ら先導するような器では決してない。アンタにこの一連の騒動は起こせねぇ」
「…………褒めてるのか貶してるのか、よくわからないな」
いうなれば、雨水はただの憶測で物事を語っている。こんなの推理でもなんでもない。だというのに1番真実に到達しているからタチが悪い。これが卯月家の武を1つにまとめる男の野生の勘なのかと、柴田は心の中で戦慄した。
「1ヶ月前といやぁ、俺の部下がある家に襲撃をかけた日と重なるんだ」
「なんでもその家には公にされてない「魔王」の孫娘が住んでいるのが発覚したらしく、その存在が知れ渡って後継者候補になる前に潰そうとしたみたいだ」
「だが部下たちは返り討ちにあい、件の首謀者はいち早く後継者争いからコースアウト、孫娘の存在は有耶無耶になった」
「話は変わるんだが、1000年以上前の寛弘……だったか。卯月家で凄惨な御家騒動が起きて候補者が皆相打ち、当主になる資格を持つ者は誰も知らない妾の子だけだったそうな。
この妾の子を公開して当主にすればどうなるかは火を見るより明らか。そんで当時の奴らはこう考えた。「ならば公開しなければいい」ってな。
そうして時の帝と示し合わせて内密に継宗の儀を行った。存在だけ仄めかし、名も姿も性別すらもすべてを非公開にして、妾の子が成人するまで見事守り切った」
「くっくっくっ、卯月家の恥として歴史から葬り去られていたが……れっきとした前例ではあるな。その前例を振りかざし、似たようなことをしようとしてるんじゃねぇか?
4年後か5年後か、そんくらい後に今のボンクラ当主を降ろして魔王の孫娘を当主の座につけようっていう算段なんだろう?
孫娘の存在だけ知らせて表舞台には一切姿を見せず、裏で操ろうとしているやつがいるはずだ」
ひと息に言い切った雨水は、柴田の眼を睨みつける。
いや、違う。睨みつけているのは柴田の眼ではない。柴田の"奥"にいる誰かを、柴田の眼を通じて睨みつけているのだ。
自身の眼を中継点にしていること。そしてなにより、"奥"にいる凪を不遜にも睨みつけている雨水に対して、怒気を滲ませながら柴田も睨みつける。
その感情の波に思わず焦点を
「俺の部下たちが戻って来た時にな? 皆襲撃した時の記憶が抜け落ちていたんだ。車に乗り込んでいざ出発……ってとこから、卯月家の近くで気を失って発見された時までの記憶がごっそりとな。おそらく"そいつ"がやったんだろ? 俺はただそのカラクリが知りたいだけなんだ」
「……部下のための報復と?」
柴田の推察を聞いた雨水はキョトンとしたかと思ったら、急にケタケタ笑いだした。
「はははっ! そういやそうだったな。アンタと俺とでは畑が違うもんな! 「魔王の右腕」と称されたアンタでもこの感性はわからんか。
あぁ悪い悪い、つい笑ってしまった。俺は言葉の意味のまま、カラクリが知りたいだけなんだ。あいつらの仇をとろうなんざ微塵も思っていねぇよ」
──その二つ名で呼ぶのはやめて欲しい。
柴田はシンプルにそう思った。若かりし頃は凪の祖父と2人浮かれながら「魔王」「魔王の右腕」と言い合って喜んでいたが、老齢に差し掛かったあたりで普通に恥ずかしくなってきたのだ。
そんな柴田の態度を見て疑っているのだと勘違いしたのだろう。雨水は言葉を足して疑惑を晴らそうとした。
「任務の内容が内容だから記録には残していない。実行者は記憶を失い、依頼者はフェードアウトしている。俺以外に知る者もいないからプライドは一切傷ついてない。
それにあいつらが負けたのはあいつら自身が弱かったからだ。死んでもおかしくないところを5体満足で返してくれたことに礼を言っても恨み言は吐かねぇよ」
「というかここまでのことをたった2週間で成し遂げちまったバケモノをどうこうしようとは思わねぇ。こういった時の「武」が「政」に勝てないのは俺が1番知っている」
「ここまでお膳立てしたバケモノを──次の卯月家当主の顔を拝みたいと思って顔を出したんだが……どうやらこの部屋にはいないみたいだ」
そう言って
ノブを捻って、あとは扉を開けるだけという状態で顔だけ振り向いた雨水は、ニヤッと笑いながら柴田に話しかけた。
「言い忘れていたが、俺はアンタらに敵対する気はねぇ。むしろ俺の力が必要だと言うならいつでも手を貸すぜ。
まっ、これで俺の推理が全部外れていれば、俺はただのこっ恥ずかしいやつなんだがな」
最後にそう言って、柴田の返事を待たずに部屋を出て行ってしまった。
誰もいなくなった室内で、柴田は1人安堵していた。
寛弘の事例を見つけ出し、凪と柴田の目的を言い当てる者が現れることは柴田の想定外であった。凪を襲撃した事件を知っていたとはいえ、そこから柴田の裏にいる存在に結びつけるのは至難の業。裏に潜む者と
(しかし、偶然凪様がいなかったからいいようなものの、もし出会してしまえばどうなっていたことk)
「さて、これでひと段落ついたな」
声変わり前のカナリアのように高い声なのに、聞く人の背筋が自然と伸びてしまうような威厳がある。そんな特徴的で凛とした声が柴田の耳に入る。
錆びついたロボットのように当主の席の方を向いてみれば、そこには凪がいた。
そんな馬鹿な、あり得ない。そうやって目の前の現実を否定しながらも、柴田の視線の先には確かに凪がいた。
雨水と会話している間そこに凪は座っていなかったはずだと、あの時あの場には2人しかいなかったはずだと、いったいいつからそこにいたのだと考えたところで、唐突に霧が晴れたかのように思考がクリアになる。
(いつからそこにいた、だと? 違うだろ、凪様は初めからここにいたはずだ。ただ私がその事実を忘れてしまっただけ……!)
まるで今の今までナニかに認識を誤魔化されていたかのような、そんな不気味な感覚に襲われて思わず身震いしてしまった。
いったい何をどうすれば、そんなことが可能になるというのか。武に疎い柴田が知らないだけで、そういった技術があるのだろうか。だとすれば、凪は武の頂点に立つ男すらも欺く技術を有していることになる。
まさか、幻術や妖術を使ったとでもいうのか。常ならばオカルトなど馬鹿らしいと鼻で笑う柴田も、凪という「人の尺度を超えた存在」を前にして、嫌でも頭に浮かんできてしまう。
「しかし、面白い男だったな、あいつ」
そんな恐怖に染まろうとしていた柴田の思考も、凪の声1つでピタッと止まる。
凪の声には聞く者を落ち着かせ、ずっと耳を傾けていたくなるような不思議な魅力がある。加えて、先述した威厳も持ち合わせているため人々を惹きつける力がある。ゆえに、柴田の思考は凪の声1つでリセットされたのだ。
「えぇ、あれほどまでとは思いませんでした。もし雨水の助力を得られるのであれば後々動きやすくなるのでは?」
「必要ない」
「と言いますと?」
「ここから先、あの男が力を振るう場はない。私には「右腕」が1人いれば十分だ」
そう言って凪はコーヒーをひと口──
「不味い」
「お気に召しませんでしたか? 別の飲み物を淹れなおして──」
「いや結構だ。なるほど、我が祖父はあまり舌が肥えていなかったとみえる」
唐突な凪の祖父への謗りに、柴田は一瞬呆けた後すぐにムッとした。当然だが、凪の祖父が舌を肥えていなかったというのは誤りだ。すぐに反論しようと口を開きかけたところに、凪は被せて発言した。
「蒸らしの時間が1秒変わるだけで、コーヒーの味は大きく変化する。何を考えながら淹れていたのかは知らんが……いつもより3秒ほど蒸らしの時間が長いな。
コーヒーカップを置いた凪が柴田と目を合わせると、気迫に当てられた柴田は硬直してしまった。
「先ほど私は「右腕が1人いれば十分」だと言った。しかしそれは「魔王の右腕」のことではない。「私の右腕」が必要なんだ」
柴田が初めて凪を見た時に感じた「王者の資質」、それを猛烈に感じながら考える。
──今の凪様は親友と変わらないレベルの迫力を持ち合わせ……いや、この迫力はもはや……
「私のために思考し、私のために行動する、そんな右腕がな。私を見ずに祖父の面影を追っている……そんな魔王の右腕はいらないんだ」
柴田も本当は気づいていた。凪の資質は親友のそれを大きく超えていることを。ただ彼は、それを認めてしまうことがかつての主人を貶すことのように思えてしまい見ないふりをしていただけ……
「選べ。ここから先、私は祖父を、人類の限界を飛び越える。
柴田基嗣、お前は過去の幻想に囚われてここで足を止めるか、私と共に未来に向かって歩き続けるか。選べ、今ここで」
「ともに、凪様とともに歩ませていただきます」
椅子から降りて地面に膝をつけた柴田は、凪に対して臣下の礼をとった。当主が代わるたびに求められてきた臣従儀礼をすべて断ってきた男が、人生で2度目となる臣下の礼をとった。
この時初めて、柴田は凪に心からの忠誠を誓った。
それを見て満足した凪は人差し指を1本立てる。
「1年だ。1年で私は卯月家の当主になる。そのための手筈はすべて整った」
「だからその後、当主の座についた後のことを見据えて、私が今からしようと思っていることを共有しておこう」
そう言って4つの資料を柴田の足元へと放り投げた。臣下の礼をといて資料を拾って読んだ柴田は、内容を確認していくほどに身体の震えが大きくなっていく。
「インターネット関連のサービスと製品に特化した『ゴーグル』、デジタル家庭電化製品、ソフトウェア、オンラインサービスの開発・販売に専念する『アッペル』、オンライン・ソーシャルメディアおよびソーシャル・ネットワーキング・サービスを展開する『フェイス・クック』、数多くの商品を取り扱う総合オンラインストアの『アマソン』……ただのパクりだがな」
凪の最後の呟きは柴田の耳には届いていなかった。彼はそんな一言を聞いている余裕がなかったのだ。
優秀な彼の頭脳は、これらすべてが実現すればどうなるか嫌でもわかってしまう。
──これは世界がひっくり返るぞ……!
柴田のその考えは正しい。
凪の前世でも、パクり元となった企業は『GAFA』と纏められて世界四大企業と称されていた。
この世界は凪が元々いた世界とは歴史が少しだけ変わっている。織田信長が女だったり、ナポレオンがスペイン・ロシア遠征を成功させたり、イギリスがアヘン戦争を起こさなかったり……
中でも第三次世界大戦が勃発したのは大きな違いだろう。これにより前世と比べ現代の経済・文化レベルや情報ネットワークは50年ほど遅れをとっている。
これを利用しない手はないと、凪は前世で成功した企業を自らの功績に変えようとしているのだ。
「卯月家……なんて小さなことは言わない。私が変えるのは世界そのものだ」
ナーロッパに未来(前世で数十年後に通る道)の知識を持ち込むことが許されるなら、50年前のレベルで止まっている世界に知識を持ち込むのも許される……よね?
風邪で2日、個人的な事情で1日、スランプで6日も投稿が止まっていました。誠にごめんなさい。