「つまらぬ。」
血溜まりに散らばる肉の塊を眺めて、彼女は唾を吐き捨てる。
「くだらぬ。」
自分の姿を見て恐れ慄く同族を見て、彼女は落胆する。
「─
恐慌したまま向かってくる同族たちの頭を潰し、首を折り、肉体を四散させ、雑兵をあしらいながら彼女は進む。
「だ、黙れ!この混血の化け物が…何時か同族がお前を殺す!!必ず…必ずだ!!!」
叫ぶ群れの頭目に呆れた表情を見せた彼女は作業のように首を掴み、喉を握力のみでねじ切る。
潰れた喉を抑えてのたうち回る頭目の顔面を掴み、持ち上げ、戯言を咎めるように彼女は問う。
「その『何時か』はいつ来る?悪いが妾は狭量でな。いつまでもその時を待っておるほど優しくなどないぞ。」
「そら、鬼なら一矢報いてみよ。
煽るように顔を近づけ、攻撃を誘う。
「~~~~~~~ッ!」
恐怖で混乱した頭目は、彼のその力を見せつけるように剛腕を振るう。
岩すら砕くであろうその一撃を顔面もろに喰らった彼女は…嘲笑した。
「…その程度か?」
「ッ…!?」
「その程度か、と聞いている。耳は潰しておらぬはずだが?」
頭目を投げ飛ばし、起き上がるのを待つ。
瀕死の様相で起き上がる頭目を眺め、構えずに攻撃を待ちながら挑発の言葉を言い放つ。
「ほれ、隙だらけぞ?ぼさっとしておらんで、早うかかってこんか。」
頭目はその挑発に怒りをあらわにし、潰れた喉で雄叫びを上げる。
猪のように突進し、鬼の膂力・妖力…彼の持てる全てを解き放ち、殴りかかる。
頭目の鬼にとっては間違いなく、全身全霊の一撃。
しかし。
「…興が醒めた。純血の鬼の群れでこの程度とはの。」
全力の攻撃をもってしてなお、彼女は微動だにしなかった。
あちこちに擦り傷は出来ている。
返り血で染まった着物は破れ、所々はだけて肌を露出している。
しかしそれでも、致命傷どころか有効打すら…彼女には与えられていなかった。
その事実に頭目は顔を歪め、全てを諦め首を垂れる。
首から上を一撃で吹き飛ばし、力なく崩れていく鬼の肉体を見た彼女は…
「嗚呼、本当に…つまらない。」
退屈に覆われたこの地底の天蓋を眺めて、そう呟いた。
数日後。
彼女が群れを成した純血の鬼を蹴散らしたことは瞬く間に地底に広まった。
本来、純血の鬼にとっては群れを成して個を襲う行為自体が恥である。
ましてや、それを問題にせず蹂躙したのは人間と鬼の混血。
存在自体が畏れられ、嫌悪されるのは当然だった。
地底に唯一存在する鬼の棲む町の話題は、混血の話で持ち切りとなっていた。
「あーあ、誰だよ?あの混血殺さずに放っておいた馬鹿は。」
「さぁな、だがもうあの混血には手出しできねぇ。生半可なやつじゃあな。」
「忌み子風情がここまでくるたぁな。憎まれっ子世に憚るとはこのことだ。」
「だが聞くところによるとまだ妖力の操作までは憶えてないらしいぜ。誰も使ってるところを見たことないってよ。」
「だから何だってんだ。そもそも素の膂力で俺ら普通の鬼を遥かに超えてるらしいじゃねぇか。」
「そりゃそうだけどよぉ、弱点になるかもしれねぇじゃねぇか。地表から妖術使いなんかも来るかもしれねぇしさぁ。」
「馬鹿な事言ってねぇで帰って寝るぞ。触らぬ神になんとやらだ。」
「…童が黙って聞いておれば、随分な言い草じゃな。有象無象の口を塞ぐのはなかなか大変なものじゃ。」
夜闇に紛れて屋根の上で流れゆく魑魅魍魎を眺める彼女。
「ここで町ごと全員潰すのは造作もないんじゃがな。妖力の操作を憶えていないのではなくて出しておらんだけじゃというのに。」
溜息をついて、持ち前の脚力を活かして跳ぶ。
「ま、酒の肴にもならぬ有象無象のくだらぬ話を聞くより酒でも探すかの。もう手持ちの酒がなくなってしもうた。」
次々と屋根の上を跳んでいき、あっという間に町の外に出た。
この地底において娯楽は貴重だ。
食事はただの生肉。調理技術など毛ほどもない。
地表から流れてくる食物などはほとんどなく、流れ着いていても大半腐っているため、地底に住み着いた獣などを狩ってそれをそのまま日々の糧とする。
しかし、地表から流れてくるものの中には稀に酒の入った木箱が混じっていることがある。
彼女や他の者の唯一の娯楽と言ってもいい。
酒のために殺し合いをする者すらいる。
「今日は何が流れ着いてくるかの~~」
ほどなくして。
地底唯一の入口についた彼女は目を丸くする。
「…なんじゃあれ。」
通常、一日の中で地底に流れてくる木箱の総量は4~5箱程度が相場である。
彼女はそのうちの3箱は必ず自分のものとし、1日か2日ほどで飲み切る。
しかし、明らかに今回はそれよりもはるかに多い。
目算ですら50箱を超えているのだ。
─地底に流れ込む水流は出所が分かっていない。
どこかの運河の底の底であるという者もいれば、海の底の底であるという者もいる。
分かっているのはこの水流が流れている地底につながる唯一の通路は一方通行であり、入ることすら容易ではないということだけ。
地底から出ようとしても、誰一人として地上にたどり着けた者はいない。
地上に住む結界師が阻んでいる、などとまことしやかに囁かれているが、証明できる者は誰一人としていないだろう。
今回は少し前に輸送船でも転覆し、たまたま流れついたのかもしれないが…
「うお~~~!!!もしやこれ全部酒じゃ!?宝の山じゃ~~~~!!!!!」
今の彼女には、割とどうでもいいことのようだった。
「どれを開けても酒ばかり!!此処が地底における極楽浄土じゃな!!?!?!?」
「これは全部童のモノじゃ!!」
「む、でもどうやってねぐらに持ち帰るかの。重さは問題ないじゃろうが、いかんせん運ぶために縛る縄もない…」
怒涛の勢いで思考を巡らせ、彼女がたどり着いた結論は。
「よし、しばらくの間ここは童のねぐらとしよう。幸いにも周辺に獣もおるし。」
─他の者には、最悪の結論だった。