フェイス・オフ   作:その辺の残骸

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蛇足

 

 VR空間にて、フロイトが漆黒のAC「デュアルフェイス」と繰り広げた激闘は、基地内で共有された。

 

 シミュレーターが記録していた戦闘映像は、娯楽に乏しいルビコンにおいて、稀有な刺激となったのだ。

 あのV.Ⅰフロイト、誰もが認める不動のトップエースと互角に戦えるパイロットが、仮想現実とはいえ存在していたというのは、驚くべきことだった。

 

 単なる娯楽というだけでは終わらなかった。

 記録されていた未知の技術で造られたACに興味を抱いたスネイルは情報収集を命じると共に、捕らえた惑星封鎖機構上級将校への尋問と再教育を強化していた。

 

 戦艦並みの攻撃力と装甲を持ったあの機体が実在しており、アーキバスが手にすることができれば、さらなる躍進に臨めるのだから。

 ルビコンにおけるコーラルの専有という勝利さえ、企業の貪欲さを満たすには到底足りていなかった。

 

 戦闘の当事者であったフロイトはジノーヴィーとの勝負の決着が付かず、煮え切らない思いを抱きながら退屈な任務をこなしていた。

 

 そこに朗報が舞い込んだ。

 

 資材管理部が同様のストレージを発見したのである。

 一部損傷していたが、スネイルの指示で部隊の予算を用いて復元された。復元作業には少なくない労力を支払っていた。

 

「ロックスミスの全システムは正常だ。装置とVRシミュレーターのマッチングにも問題は起きていない」

 

 フロイトは淡々と報告した。

 

「よろしい。三分後に検証を開始。V.Ⅰフロイトは命令があるまで待機しなさい」

「了解だ、スネイル」

 

 オペレーターが詰める管制室ではアーキバスのルビコン派遣部隊の全権を握る第二隊長閣下自らが指揮を執っている。

 

 今すぐにでも闘りたいが、今回の戦闘はヴェスパー部隊としての正式な任務であり、まどろっこしい段取りを踏まねばならない。

 仮想現実での戦闘はリアルタイムでモニタリングされることになっていた。

 

 修復後、内部データの本格的な解析にかかったが、やはりあの年代物の記録装置は妙な代物だった。

 不自然なほど厳重なプロテクトが施されていて一部のデータしか読み取ることができなかった。

 完全な読み取りには、手に入る見込みのない専用の機器が必要なようだった。

 

 現状、内部の情報を確かめるには、ACのシミュレーターに繋いで仮想空間上で戦闘を行い、その戦闘ログを分析するしかない。

 装置を修復したといっても不安定でいつ破損するか分からない。そのため、挑戦回数は限られていると見ていい。

 

 フロイトはこの任務に適任だった。

 

「ロックスミス、今度の相手はどんな奴だと思う?」

 

 フロイトは鋼鉄の半身に呼び掛けた。

 答えが返ってくることはない。コクピットに沈黙が流れる。シートに身を預けた。

 

 VRシミュレーションのセッティングは、前回と同じく一対一の戦闘。

 今回の戦闘区域の名称は断片化していて読み取ることができなかった。高層ビルが立ち並ぶ都市という外観だけは把握できていた。

 

 対戦相手のAC名及びパイロット名もまた不明。

 部分的に読み取ることができたデータは『Raven』『Next』『Kojima Particle』などの僅かな文字列だけで碌な情報はなかった。

 

 演習コードは『Griffon』。そのコードの通り、化け物が出てくることを期待していた。

 

「これより仮想戦闘データの検証を開始します。シミュレーターを起動しなさいフロイト」

 

 スネイルの言葉に応えることなく、フロイトはVRシミュレーターを起動して仮想空間の戦場に没入した。

 

 青い空に眩い太陽が輝く。地球だ。深青色の装甲が陽光を鈍く反射する。

 愛機をアサルトブーストで巡航させながら、フロイトはビルの陰にまで目を配り、警戒している。

 ルビコンでは見られない景色に感心している暇はない。

 

「さて、どこから仕掛けてくる?」

 

 レーダーに一瞬目をやってから、スキャンをかけた。フロイトの操縦桿を握る手に力が籠る。興奮しているのだ。

 ACに搭載されているセンサーとレーダーの複合体は収集した情報から、遮蔽物の内側にいる敵影や光学迷彩を用いた敵機さえ捉えることができる。

 

 予想外の速さで、敵は飛来してきた。高層ビルの間を駆け抜けてくるのは、アーマードコアで間違いなかった。

 

「速いな」

 

 V.Ⅳラスティが駆っていたスティールヘイズよりもさらに高速で飛翔していく。

 超音速のスピードによるソニックブームを叩きつけられ、ビルの窓ガラスが砕け散って光を反射している。

 

 カメラの倍率を上げ、その姿を捉える。美しい機体だ。

 敵機である中量二脚のACは鎧を纏った騎士のようだ。それもラーンスロットのような。

 頭部には象徴的なブレードアンテナユニットを戴いている。

 

 視覚情報とセンサーの電子的分析は、今回の撃破目標が高度な技術を惜しみなく投じて建造された強力なACであることを示していた。

 

 特に熱源反応とジェネレーターの駆動音は、異常な出力を物語っている。

 敵機の周囲で、わずかに歪む大気は高エネルギーを帯びた未知の粒子によるもので、パルスアーマーのような防御機構を有していることを表わしている。

 評価試験で戦った封鎖機構の特務機体バルテウスが近いが、遥かに手強いという確信めいた予感があった。

 

 騎士めいたACはビルの屋上に降り立つと、警戒しながらも何かを探す素振りをしていた。戦闘態勢ではない。

 

 俺は眼中にない、フロイトは即座に理解した。あの機体にとって俺は敵ですらないのだ。

 

 怒りはなかった。ただ、レーダー照射をかけて、ロックオンした。

 

「挨拶だ」

 

 急角度の上昇をかけ、ライフルとレーザードローンによるコンビネーション攻撃を仕掛ける。

 ビル屋上から動かないACにライフル弾が次々に着弾していくが、不可視の球体が緑色に瞬き、弾いてしまう。

 

 ドローンは事前に入力したパターンのうち最も単純な、現在位置から動かない目標に対する包囲攻撃の位置につき、レーザーを照射。

 照射の直前になって初めて敵ACは動いた。サイドブースターから猛烈なプラズマ噴射が起こり、その姿が掻き消えた。

 次の瞬間には、右側に大きくスライドして飛行していた。

 

「クイックブーストの出力でも負けているか」

 

 機能としてこちらのACと変わらない四方への瞬間加速ではあるが、出力の桁が違う。

 

 ロックオン警告が表示される。相手はやる気になってくれた。長槍めいたライフルが向けられる。

 他の武装にも改めて目をやる。左腕部にはレーザーブレード。

 背中にはミサイルポッド、そして恐らくはエネルギー兵器であろう、剣呑な気配を放つキャノンを装備している。

 中量二脚ACとしては、極めて典型的な構成の機体だった。

 

 速力差の不利は壁を蹴っての加速で少しでも補う。複雑な機動により、様々な方向からかかる重力加速度による負担は大きい。

 それでも、ライフルと併せて散布するように放たれる一塊のミサイル群を浴びるよりマシだ。

 

 敵ACは天使さながらに高く空を舞い、戦闘機動を開始。

 高速の瞬間加速や超音速巡航に比べれば通常ブーストの速度はついていける範囲だ。

 

 ロックスミスの空戦能力を把握したのか、高度を維持しながら射撃してくる。

 こちらもライフルとレーザードローンを駆使して応射する。

 だがライフル弾は緑色の粒子の輝きに防がれており、レーザーは回避されている。

 

 交戦後ただちに撃墜されてもおかしくないほどの性能差があった。

 不利ながら戦闘が成立しているのは、フロイトの隔絶した技量のおかげだ。

 

 数度、ライフル弾同士が衝突した。

 

 フロイトの戦闘力を認めたのか、騎士の動きが変わる。

 

 甲高い吸気音の直後、激しい噴射炎を迸らせ、超音速の旋回機動にバレルロールさえ交えながら接近してきた。

 近接戦闘で一気にケリをつけるつもりだ。

 

 牽制のライフル弾を避けつつロックスミスは突撃から逃れようとする。

 コアだけでなく、頭部や四肢にも狙いをつけた攻撃だ。関節にきっちり食い込むように弾を送り込み、たった一発で致命傷を与える卓越した射撃技術だった。

 敵の砲火を凌ぐのにこれほどフロイトが集中力を要したことはなかった。

 

(下がれば死ぬな)

 

 音よりも速く突撃してくる敵に、フロイトは反射的に後退しそうになるのを堪えた。

 敵のACを操っているのは、絶対的な性能差に胡坐をかく素人ではなく、恐ろしく経験豊富なパイロットであり、それがヴェスパー部隊最強のエースを苦戦させている主な要因だ。パイロットの技量がもっと低ければ、ロックスミスで互角に渡り合える。

 

 肉薄してくる敵機に対する定石の動きをすれば、そこに弾を置かれて叩き落される。

 レバーを引き、アサルトブーストを点火。あえて突っ込む。

 

 二機の動きは互いを射線から逸らした。騎士は俊敏なクイックターンをかけて、ライフルの照準を修正する。

 

 砲弾は数瞬後にロックスミスのコクピットがあるはずの空間へと突き進む。

 

「ここだ!」

 

 背部の拡散バズーカを発射。反動で一瞬その場に静止するロックスミス。

 騎士の武器に相応しい、長槍めいたライフルから放たれた徹甲弾は脇を掠めた。

 

 一方でバズーカの散弾が命中して爆炎が騎士を包み込む。次の瞬間、騎士は無傷な姿で現れて、散布型ミサイルを発射してきた。

 

 ロックスミスは九十度回頭しつつアサルトブーストを再度点火。

 執拗に追い縋るミサイルを避けていくが連続で放たれた後続のミサイル群が命中する。

 

「全て避けられるとは思っていないさ」

 

 それが着弾する前にパルスアーマーを起動して身を護る。

 パルスアーマーが効いている間にビルの陰に潜り込み、遮蔽を取る。と同時に反撃する。

 

 独立して浮遊するレーザードローンは激しい攻撃に自機が晒されている時に役立つ。

 ロックスミスに注意を向け、隙を突いて騎士を狙った。

 レーザー弾幕の一部が命中して、先ほどの被弾で輝きが薄れた緑色の粒子装甲を射抜き、本体装甲にダメージを与えた。

 直後、六つの爆発が起こる。レーザーブレードの一振りでドローンが撃墜されたのだ。

 

「レーザーは有効か。通りで避けて回るわけだ」

 

 凄まじい高揚感が、フロイトの全身を駆け巡った。騎士の全周囲を守る光の膜は絶対無敵の鎧ではない。

 レーザーが有効打になることを掴んだ時、希望がV.Ⅰに活力を与えた。

 

 意気揚々と壁を蹴り、高速度での機動を続けながら、レーザーを主体にした戦闘プランを練る。こちらにはドローンだけでなくブレードがある。

 懐に潜り込めば勝機があるはずだ。

 

 思考を巡らせながら、反射神経と瞬発力だけで戦闘を続行する。ライフル弾が薄れた粒子装甲を貫通して、騎士の鎧を強打した。

 拡散バズーカによるダメージで、粒子の層が著しく減衰したようだ。

 

 だが、フロイトの攻勢は長くは続かなかった。被弾が続くと、敵はさらに高速で飛び始めた。

 目まぐるしくクイックブーストを吹かし、予想外の方向にスライドしていく。

 慣性を活かし、時に殺し、決して未来位置を予測させない。騎士は重力加速度を支配していた。

 

 フロイトは絶え間なく首を振り、視線を動かして敵を捕らえ続けたが、攻撃はぎりぎりで回避されている。

 

「これならどうだ」

 

 やっとのことで再び拡散バズーカを直撃コースに載せる。大きなダメージを期待していた。

 

 着弾の直前、騎士の周囲で稲妻が迸り、粒子装甲が再展開された。榴弾の雨を防ぎ、あの甲高い吸気音を伴う超加速で飛び出してくる。

 

「少し理不尽だな、それは」

 

 騎士が鎧った粒子装甲は時間経過によって完全性を取り戻すようだ。強固かつ再生する装甲に超音速機動。

 出鱈目なマシンだ。そんな機体に最高以上の技量を備えたパイロットが乗っている。あれは戦闘機械として受肉した死神だ。

 

「だが、俺もロックスミスはそれほど安くはない」

 

 フロイトの底なしの体力と集中力にも限界が近づいていたが、この男は常に限界を超えて勝利してきた。

 闘志を奮い立たせ、鴉の翼を持つ死神に抗う。

 

 空中で相対する二機。高出力のブレードを振りかざして、敵対者に死の舞踏を踊らせんとする騎士。

 ロックスミスはレーザードローンを指揮しながら対抗する。

 最高密度のレーザーの弾幕で相手の機動に干渉していく。ドローンの大半を騎士への供物にしたが、どうにか撃墜を免れる。

 

 ドローンポッドをパージしつつ、超至近距離で一か八かの勝負に出た。

 爆風から身を守るため、パルスアーマーを展開しながら拡散バズーカを発射。期待通り、部分的に命中した。

 直前からスキャンをかけており、共に黒煙に囚われた敵を補足している。

 

 目くらましの効果があり、騎士の動きが僅かに鈍る。

 

「はぁッ!」

 

 敵ACの上を取ると、左腕部レーザーブレードを発振させ、縦に斬りつけた。機体の重量を上乗せした斬撃で粒子装甲を切り裂く。

 

 頭から真っ二つに裂くはずだった一撃はクイックブーストで避けられたが、右腕を捥ぎ取っていた。

 

「どうだ。まず腕を一本貰ったぞ」

 

 フロイトは会心の笑みを浮かべた。直後に激しい衝撃がきた。レッドアラートが鳴り響き、機体がコントロールを失う。

 騎士が残った左腕部のブレードで一閃したのだ。

 

 深青色のACが爆散する前に、騎士はクイックブーストを吹かして離脱した。

 

 ロックスミスが撃破されたことでシミュレーションは終了した。

 フロイトはVRデバイスを外し、ストレージを確かめる。問題なさそうだ。これならば再戦できるだろう。

 

 管制室ではオペレーターはおろか、スネイルさえ言葉を失っている。モニタリングしていた仮想空間の戦闘はそれほど壮絶だった。

 

 フロイトはシートに深々と身を沈めた。実戦でさえこれほど消耗し、かつ充実したのは数えるほどだ。

 

「次は勝つぞ、ロックスミス」

 

 あのキャノンを使わせられなかったのが悔しい。アセンブルをレーザー中心に変更して粒子装甲に対抗できるようにしよう。

 それにパルスアーマーはアサルトアーマーに変更して短期決戦を挑むべきか。等々思考が楽し気に巡る。

 

 フロイトはこの瞬間、頂点に立つ者ではなく、挑戦者になったのだ。

 

 

――――この仮想戦闘試験が行われたのは、独立傭兵レイヴンが再教育センターから脱走する前日であった。

 

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