フェイス・オフ   作:その辺の残骸

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蛇足2 ザイレム制圧・前編

 

 ロックスミスは航宙艦用のものを転用した急ごしらえのブースターを背負い、上昇している。ベイラム製頭部パーツのカメラが目標を捉えると、自動的に拡大映像を表示した。

 

 巨大な航宙艦は後部メインスラスターノズルからプラズマを噴射している。その中に飛び込めばACなどは一瞬で熔解する熱量があった。

 

 ターゲットは恒星間植民船ザイレムだ。ルビコン3への入植に際して人々を運んだそれは、強襲艦をはじめとする戦闘艦と比べても巨大な船体を備えていた。今や植民船はルビコンの現地勢力を隠れ蓑にしたオーバーシアーなる秘密結社に制御されている。

 

 アーキバスのルビコン進駐の唯一の意義であるコーラル。その完全焼却がオーバーシアーの目的であると、ファクトリーで加工する前に行われた捕虜への尋問で明らかになっていた。

 

 ザイレム制圧は必達の任務であると命じたスネイルの様子を思い出す。

 同じくオーバーシアーによる独立傭兵レイヴンの脱走以来、スネイルは苛立ち、かつてないほどヒステリックになっていた。そしてザイレムが息を吹き返し、飛び立った時、ついに精神の均衡を欠いたように思えた。

 

 第二隊長閣下には申し訳ないが、フロイトにとって歓迎すべき状況だった。スネイルが追い込まれる事態であれば、そこには好敵手がいる。良い戦いができる。

 

「灼けた空の上でレイヴンが戦っている、か」

 

 地上からの打ち上げ直後、多数の回線を通してルビコン全土に伝えられたメッセージを反芻した。

 ワーム殺しの傭兵であり、再教育センターから捕獲部隊殲滅のおまけ付きで脱出劇を演じたレイヴンの名を多くのものが畏れている。

 だが、フロイトにとっては闘志を沸き立たせる、心躍る名であった。

 

 視界の端に一機のACを捉えた。見た事のないパーツで構成されたその軽量二脚ACはヴェイパートレイルを曳きながら、物凄いスピードでザイレムに突入していく。

 

 フロイトは並外れた視力とある種の第六感で、その機体が何者であるのか直観した。

 ヴェスパー部隊にV.Ⅳとして所属していた頃と違い、轡を外された狼のエンブレム、高速戦闘に特化したAC。ラスティだ。先を越された。

 

 レイヴンの加勢に駆け付けたのだろう。ますます好ましい流れになった。血が滾り、心臓が戦いを求めてビートを刻む。

 今、この瞬間からは力こそが全てだ。

 

『こちらV.Ⅰ、ザイレムに接近した。これより突入する』

 

 凡人ならば身動ぎするのがやっとの重圧のなかで、フロイトは操縦桿に割り当てた、パージトリガーを引く。

 ここまでロックスミスを運んできた巨大なブースターからボルトが炸薬によって外れ、機体とブースターが分離する。

 

 ちょうど燃料を使い切った四基のロケットブースターは花開くように分解して空を墜ちていく。

 

 慣性による加速にアサルトブースターの点火で得た速度を加えながら、フロイトは第一射の狙いを定めた。数日前から大改修を加えてあり、ロックスミスの武装と内装は様変わりしている。

 

 右背部、新型の可変式レーザーキャノンを最大までチャージして発射する。エネルギーの弾体が残光を残しながらザイレムに着弾し、装甲の一部を青白く輝かせた。高温を帯びた装甲に向かって突っ込み、ロックスミスは蹴りでぶち破った。

 

 ACサイズの通路に侵入すると曲がり角の手前まで前進した。

 センサーのスキャンをかけつつフロイト自身の感覚を動員して索敵し、敵影を確かめる。二機来る。

 

 ブーストダッシュで躍り出て、ロックスミスが先制攻撃を仕掛けた。相手は円筒形に機体を変形させてボールのように転がってる。

 製造元はRaD、オーバーシアーの隠れ蓑になっていたドーザーがトイボックスと名付けて方々に売っていた重戦闘MTだ。

 

 ロックスミスは手近な敵機に突進する。ブーストキックで蹴とばした先に、変形して背骨状のフレームを露わにガトリングガンを構え、攻撃態勢を取るもう一機の姿があった。

 二機のトイボックスが激突して重い衝突音が通路に木霊してから、オレンジ色の爆発が起こった。

 

 通路を進み、次に遭遇したのはより手強い相手だ。

 ガトリングキャノンを装備した四脚のMTで、RaDによる改修も加えられ、ベイラム製のAC用実弾兵器がありったけ取り付けられている。

 狭い空間ではこの改造型MTの火力はまさに致命的で、防衛戦に配備するにはうってつけの機体ではあった。

 

「だが、無人機は動きが鈍い。それが欠点だ」

 

 MTが弾を吐き出し始める前にフロイトは動く。ロックスミスの左腕部武装を試すことにした。それは地下技研都市から回収したルビコン調査技研の遺産、IA-C01W2:MOONLIGHTだった。

 

 接近戦の間合いより少し離れた位置からフロイトは攻撃した。鋭い三日月状のユニットが青緑色に輝く刀身を形成し、ロックスミスが左腕を勢いよく振るう。

 

 放たれた刀身は光の波となって四脚MTを両断して、爆散させた。驚異的な破壊力だ。

 

「大したものだな、ルビコン調査技研という連中は」

 

 地下都市から回収されたのは、アイビスの火以前に開発された遺物と呼ぶべき兵器の数々だったが、その性能はアーキバスの最新兵器を遥かに上回り、先進開発局の技術者たちに嫉妬や感嘆といった強い感情を抱かせた。

 

 強力かつ高負荷のエネルギー兵器で武装した今のロックスミスに合わせ、アセンブルは最適化されており、MOONLIGHTはその威力を十全に発揮できていた。

 

 封鎖機構執行部隊から接収した機動兵器で編成された友軍との合流が最初のミッション目標だ。マーカーに従い、友軍の信号の地点まで向かう。

 

 道中はフロイトのみならずヴェスパー部隊の誰にとっても簡単だった。ライフルで的確に急所を射抜いてACSによる防御を無意味にすることで進路上のMTを即座に落とす。交戦する度に三秒と経たずに敵機を撃墜していた。

 

 ザイレムに多数設けられた貨物庫の一つに友軍は待機している。電子制御のゲートに近寄ってレーザー通信の範囲に入れる。後はスイッチを入れればオートでハッキングが行われる。

 

 ロックスミスは重々しい音と共に開いたゲートから貨物庫に侵入した。そこには四機のLCと隊長機のHCの残骸が転がっている。友軍信号は無傷なACから発されていた。

 

(オールマインド製ACか、フルフレームの機体を見るのは初めてだ)

 

 フロイトを待ち構えていた白銀色のACは、ルビコン3で活動する傭兵を支援するオールマインドを名乗る組織が開発したフレームで構成された機体だった。

 

 滑らかな形状のフレームパーツは磨き抜かれた像のようで傷一つない。フレーム以上に右手で装備している長大なエネルギーライフルが目を引く。二丁のエネルギーライフルを水平に組み合わせたユニークなコンセプトの武装だった。

 

 パイロットはACのコクピットを解放したことでせり出した装甲板の上に立ち、フロイトを待っていた。

 

 この上なく美しい黒髪の女だ。くびれた腰、豊かな乳房と臀部。背は高く、凛々しく佇んでいる。

 それはまるで美の女神をクローン再生したかのような完璧な肢体だ。

 おまけに女は黒を基調に白銀色の装甲で各部を保護した、艶やかなボディスーツを身に着け、肉体美を浮き彫りにしていた。

 

 神秘的な光を宿す碧眼にダークブルーの中量二脚ACの機体が反射している。

 

「私はケイト・マークソン、独立傭兵です。まずは友軍を偽り、この場に誘い出したことを謝罪させてください、V.Ⅰ フロイト」

 

 ライフルを向けたロックスミスに臆することなく、女傭兵は名乗った。その笑みと声は人の心に暖かく響くものだ。

 

 フロイトはケイト・マークソンの姿に対して、"戦場の聖女"をテーマに創られた精緻な工芸品のようだと率直に感じた。

 瑞々しい女の肉体は性的魅力に富み、立ち振る舞いと声音には高潔さとカリスマが溢れている。

 形姿の全てが他者を操作する意図で設計されているように思えてならないのだ。

 

 フロイトはただ押し黙り、モニター越しに女を観察する。それを謝罪を受け入れたと解釈したのか、ケイトは続けた。

 

「私はレイヴンの声明に触発され、この場に参じました。コームのためではありません。ルビコンの人々とコーラルの未来のための決断です。今、ルビコンを焼き尽くそうとしている二度目のアイビスの火を食い止める。それが私が自らに課したミッションなのです」

 

 本来、大量の物資を納めるための貨物庫は広く、高い天井にある照明が妙に眩しい。

 その下で聖女の如くありながら、煽情的な身振りを交えてケイトは語り掛けてくる。

 

「V.Ⅰフロイト。貴方は誰よりも強く、輝かしい戦歴を持った戦士です。その貴方が私利私欲に塗れて肥え太り、限りある資源と人命を浪費するだけの企業の元で、闘争を餌に飼われ続けるのは悲劇に他なりません。企業に盲従し戦い続ける人間にあるのは破滅のみ。ここに横たわる彼らのように」

 

 女傭兵の演説に悲嘆のトーンが強まる。転がっている残骸の搭乗者達を悼むかのような表情になってもいた。

 ケイトは両腕で己の体を抱き締め、目を閉じる。世界の残酷から自身を守るように、スーツがぴったりと形に沿って覆う、豊かな乳房で他者を誘惑するかのように。

 

 それから目を開けると、ケイトはロックスミスに向かって手を差し伸べた。この女が役者であったのならば、どこの経済圏でも末永く語られる大女優になったろう。

 

「力ある者は選ぶことができます。その意志で全てを変えられるのです――――V.Ⅰフロイト、無辜の人々の自由と安寧、そしてその先にある進化の未来のために私と同じ道を歩むことはできませんか?」

 

 選択の刻だと、ケイトの眼差しは語っていた。フロイトはその誘いに応じなかった。

 

『舞台劇をするためにここまで来たわけじゃない。戦いが望みだ』

 

 はっきりとV.Ⅰは伝え、ロックスミスを突撃させるタイミングを計る。

 同時に白銀色のACの周囲に転がる残骸を見やってから、我ながらズルい物言いをした。

 

『それにお前はアーキバスの兵士を殺した上で待ち構えていた。アーキバス・コーポレーションの資産を故意に損なう、明確な敵対行為と見做す。だから俺はヴェスパー部隊首席隊長として同胞の仇を討たねばならない』

 

 フロイトは拒絶し、ロックスミスは戦闘態勢を取る。ケイト・マークソンを名乗る女傭兵に驚いた様子はない。

 

「V.Ⅰフロイト、貴方は私の予想した通りの男ですね」

 

 ケイトの精巧な美貌がくすりと微笑みを浮かべる。

 嘲るような嗤いがこの女の本来のものなのだろう。黒髪が靡き、ピグマリオンめいて若く美しい女体が躍った。

 

 ケイト・マークソンはACに乗り込んだようだ。フロイトが断言できないのは、女がコクピットに戻る動きを捉えきれなかったからだ。

 ケイトの動きは俊敏で、高度な機械的、生物学的強化を施されているのは明らかだった。

 

 ケイトはコクピットに滑り込み、操縦桿を握った。運動性と心理効果を最大限に引き出す、極薄のボディスーツの腰部にはコネクタがあり、ACと直結することができる。操縦桿とペダルは単なる四肢の置き場に過ぎないのだ。

 

《トランスクライバー、メインシステム 戦闘モード 起動》

 

 搭乗者を迎え入れたことで、白銀色のACトランスクライバーの正面装甲が閉ざされた。

 

『本来のミッションターゲットの排除が遅れますが、許容範囲内です。貴方の選択はこちらとしても望ましいものですよ、V.Ⅰフロイト。次のステージのためにも企業の尖兵は一人でも多く排除する必要があります。特に大きすぎる力を持つ者は』

 

 聖女の仮面を脱ぎ捨て、冷酷な陰謀家としてケイト・マークソンは告げた。

 

『ならば同じだな。俺にとってもお前は本来の目標ではない。だが、望ましい敵だ。楽しませてくれ』

 

 アイカメラの映像が直接投影されたケイトの視界にはブースターを轟かせながら突進してくるダークブルーの中量二脚ACの姿がある。

 

 ケイトと完全に同調するよう調整されたトランスクライバーのジェネレーター出力が上昇し、人体同然の滑らかな動作で迎撃態勢を取った。

 

 オールマインドという組織の唯一の実体が遺伝子工学とサイバネティクスの粋を集めて構築した生体端末。それが、ここにいるケイト・マークソンの正体だった。最終目標のトリガーとしての資質は持たないが、能力においては人類を凌駕する、一種の生体兵器だ。

 

 彼女は情勢の変化を機敏に捉え、悲願たるコーラルリリース計画を再編した。企業の搾取から解放されたルビコンでの新たな計画の為にもバスキュラープラントの防衛は必須事項なのだ。

 

 ザイレムはオールマインドの最高傑作たる端末とACを送り込むべき戦場であり、ケイト・マークソンとトランスクライバーは全ての障害を排除できる確実な一手であった。

 

 何よりもルビコンの解放者の名声は、調停者たる傭兵として崇敬と畏怖を集めつつ、コーラルリリースに至る情勢を創り上げるというケイトの今後の任務に役立つ。

 

 さあ、脆弱なヒトの限界を教育して差し上げましょう。

 

『このトランスクライバーが負けることはあり得ません。残念ですがV.Ⅰフロイト、貴方にはここで果てていただきます』

 

 ケイト・マークソンあるいはオールマインドは、己の肉体と合一したトランスクライバーを疾走させ、ロックスミスとの交戦を開始した。

 

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