フェイス・オフ 作:その辺の残骸
フロイトが白銀色のACに真っ向から突進すると、相手は素早く垂直上昇した。貨物庫の天井は高く、貨物の一切が取り出されているため、庫内は広く、機動戦に最適な戦場だ。
しかし、トランスクライバーは高度を高く取ると、それ以上動くことなく空中にぴたりと静止している。
(小手調べのつもりか)
トランスクライバーが右背部のオービットを分離させ、レーザーを連射する。
ロックスミスの傍の床で幾つもの光条が弾け、粒子を散らせた。
ケイトが一切の回避動作を取らないのは予想外だったが、フロイトはライフルを撃ち込みながら機体を左右に揺らしてレーザーを避け続け、次の展開を心待ちにする。
トランスクライバーの左背部で、弾かれたように作動したVP-61PSパルスシールドがライフルの弾丸を全て受け止めていた。それは、ヴェスパー部隊にも採用されている優秀な装備であるため、フロイトも良く知っている。
本来、発振器から広がったパルス防壁は機体の正面をカバーするのだが、白銀のACが使うそれは機体の全周を囲んでいた。
高度な技術を持つ者によって改造されたパーツだった。左腕部との干渉も改善されており、自由に振り回せる位置に発振器が構えられていた。
右にブーストして回り込むように、フロイトは攻撃を続けた。
「行け、ドローン!」
ロックスミスの背後から六つの光が飛び立つ。レーザードローンは、薄緑色の障壁に包まれて滞空を続けるトランスクライバーを囲み、レーザーを浴びせようとするが、機敏に反応したオービットが全機を撃墜した。
「簡単にやってくれる」
自分の放ったドローンが易々と撃墜されるなど、フロイトにとって初めてのことだった。トランスクライバーのオービットが単純なAI制御ではないと悟った。
上昇し始めたロックスミスに反応したのか、オービットに攻撃させるだけだったケイトが動き出す。
右手のエネルギーライフルを誇示するように掲げてから構えた。プラズマ化した気体が砲身の中で加速、射出される。
流石のフロイトもその攻撃の激しさに目を見張った。
トランスクライバーのライフルが高エネルギーのプラズマを驚異的な速さで連射してきたからだ。
球形パルスを神気の如く纏ったACが、稲妻さながらの光弾を撃ち下ろす姿は裁きを司る天使か神を気取るかのようだ。
直撃はしていないが、床に当たって炸裂したプラズマにロックスミスは煽られた。動きを阻まれたのは確かだ。
さらにタイミングを見計らい、エネルギーライフルのもう一つの砲口から高速のレーザーが照射される。レーザーは眩い光に相応しい熱量を帯びていた。
フロイトは左腕を振るって光波を放ち、レーザーを切り裂いてみせた。エネルギー同士の干渉によって光が炸裂して視界が塞がる。
それは織り込み済みであり、センサーをフル稼働させたスキャンでケイトの位置を捉えている。モニターが再び敵ACをロックオンして、その輪郭を示す。
思わず目を見張った。トランスクライバーのサイドブースターが轟音と共に膨大なプラズマを炸裂させたのだ。
音速に達する急加速でロックスミスの照準を切り、今度は高速で後方にクイックブーストする。
そのクイックブーストの間もパルスシールドは展開し続け、完全な防御力を発揮していた。
速度は驚異だが、動きそのものは比較的読みやすい。フロイトはレーザードローンを高出力モードで発射して、追撃をかけた。
六機のドローンが空中で合体して二機になり、高威力のレーザーを標的に浴びせた。全周パルスシールドは青く輝く二条の閃光に押され、輝きを失っていく。
トランスクライバーが左に背負ったパルスシールドの正体は、高出力パルスアーマーを張り続けるための装置のようだ。
『これがヴェスパー部隊最強の実力なのですね』
ケイトはフロイトに聞こえるように通信で言ってきたが、その台詞は感心しているのではなく、むしろ期待外れだと伝えてきた。
アサルトブーストによる高速機動に切り替えたトランスクライバーは、ドローンをレーザーダガーで切り払い、ライフルのプラズマとオービットのレーザーを敵機に浴びせる。
二機は距離を保ちながら、互いに側面に回り込むように射撃戦を演じ始めた。それはACの基本に忠実な戦闘機動だったが、桁違いに速く、激しい。
ロックスミスは背部可変式レーザーキャノンとライフルにレーザードローンという、三つの兵装を投入したが、ケイトはオービットだけで上空からの射撃を続けている。
右手のレーザー、プラズマ複合型ライフルは力場に膨大なエネルギーをチャージ中であり、その威力がACの域に収まるものでないのは明白だった。
撃たれる前に叩きたいが、それは叶いそうにない。
戦闘において思いのままに流れを造り出すのが常のフロイトが、自らそう判断するほど、ケイト・マークソンが操るトランスクライバーは強敵だった。
ロックスミスより上の高度を取り続けるトランスクライバーが、レーザーキャノンを避け損ねた時、フロイトは畳み掛けた。
流麗な動作で回転し、MOONLIGHTの青緑色の光波を放ったのだ。オービットからのレーザーの雨に叩かれながらも、光波はケイトに命中し、ついにパルスアーマーを打ち破った。
『くっ……!』
この被弾はケイトに少なからず動揺を与えたようで、トランスクライバーはすぐさまクイックブーストを連続で吹かして、ロックスミスから距離を取る。
一次的に機能停止したパルスアーマーの発振器を格納すると、白銀色のACがエネルギーライフルを向けてきた。
『良い武器をお持ちですね、V.Ⅰフロイト。ですがそのブレードは所詮技研の遺物。私のKRSVには劣ります』
ケイトの声は傲慢な誇りを滲ませていた。KRSVというのがトランスクライバーのエネルギーライフルの名称らしい。
KRSVがチャージしたエネルギーをついに解き放ち、剣を振るうように照射してくる。
ロックスミス、アサルトブースト。推力を頼りに攻撃を切り抜けようとするが、プラズマとレーザーが融合した巨大な閃光は執念深く迫ってくる。
エネルギーの奔流は貨物庫の壁を易々と撃ち抜き、直径二十メートルを超える風穴を開けていた。
「もっとだ、もっと速く!」
フロイトが叫べば、ロックスミスが応える。
空中で静止したトランスクライバーから照射されるエネルギーの奔流から逃れるため、ロックスミスを最大以上に加速させていた。アサルトブーストの轟きはかつてないほど甲高い。
強烈なGにフロイトは奥歯を噛み砕きそうになりながらも機体を操っていた。
急旋回しつつ接近してくるロックスミスを見つめ、ケイトは「ほう」と少しばかりの感心の声を上げた。
曲線美を追求した蠱惑的な躯体に宿ってシートに座するオールマインドからすれば、V.Ⅰが発揮しているパフォーマンスは驚くべきものだったからだ。
中量二脚のACの手に余る、強力な武装を物欲しげに積み込んだV.Ⅰの機体は明らかに破綻しているが、パイロットの並外れた技量が機動力と火力を高レベルで両立している。
トランスクライバーの真の名はマインドβ。オールマインドが自らの計画のために開発した専用機であり、イレギュラーを排除するべく、異次元の戦闘力を発揮するよう設計されている。惑星封鎖機構の特務機体でさえ、この機体とその制御装置であるケイト・マークソンの前では無力なのだ。
だというのに、フロイトは自らの戦闘能力だけで、遥か上の性能を持ったACと戦っていた。
(ですが、それがヒトの限界なのです)
マインドβは当座の完成系となるマインドγへの進化の過程に過ぎない。
この戦闘でのデータを反映して創造されるそれは、誰にも超えられない最強のACとして生まれ落ちるだろう。
(V.Ⅰフロイト。貴方は死とともに進化の現実を思い知ることになるでしょう。その時、何を感じるのか私に見せてください)
ケイトは口元に残忍な笑みを浮かべ、愉悦に浸りながらKRSVを敵機の未来位置に向かって振った。
彼我の距離は詰まってきている。
だが、ロックスミスはパイロットの消耗のために動きが鈍っている。巨大な閃光は跡形もなくACを消滅させるはずだった。
フロイトのその動きはブラフであった。機体を上に傾けると、クイックブーストで一気に上昇したのだ。
ロックスミスは、ぎりぎり一回分のエネルギーを残してこの機動をやってみせた。
KRSVの照射を終えたトランスクライバーは滞空したまま、オービットで迎撃しようとするが、そこにレーザードローンが射出されたため、浮遊砲台同士のドッグファイトが起こる。決着は一瞬だった。
「ちぃっ!」
ケイトの貌から余裕の笑みが消えたのは、オービットがドローンと相討ちになったからだ。想定していない事態とダークブルーのACの気迫に判断が遅れてしまった。
ロックスミスが上空から襲い掛かる。ライフルを突き出すロックスミスをレーザーダガーから発された長刀身の刃が牽制し、発射された砲弾は高熱の刃に切り払われてもいた。
目にもとまらぬ速さで、トランスクライバーが二撃目を繰り出す。ブーストによって位置と距離を調整しつつ、左腕を後ろに引く。
一撃目でエネルギーを使ったため、本来のダガーと呼べる長さに刀身を縮める必要があった。ケイトはフェンシングの要領での突きをコクピット目掛けて打ち込もうとした。
神速の突きよりもさらに速く、ロックスミスが下から左腕を振り上げた。それは青緑色の美しい光を纏っている。
MOONLIGHTの斬撃はあまりにも速く、ケイトとトランスクライバーの知覚でも捉えられなかった。左腕部の肘から先が失われ、虚しく宙を舞う。
その時、ロックスミスのジェネレーターは息を吹き返し、同時にクイックブーストかけてフロイトは機体を体当たりさせた。空中で衝突した二機の額が金属同士がぶつかる音を響かせる。
『人間風情が調子に!』
苛立ちを怒りへと、殺意へと高まらせながら、ケイトはアサルトブーストを吹かしてロックスミスを押す。
そのまま、壁に叩きつけてやるつもりだった。
有機体に意識を宿して初めて、オールマインドは怒りという強い感情を覚えていた。
フロイトは既に跳ね上げてあったセーフティカバーの下にあるアサルトアーマートリガーを引いた。
ジェネレーターが唸り、パルスエネルギーが眩い輝きを伴って放出される。
荒れ狂う高周波パルスの嵐によるダメージは、ぴったり密着したままのトランスクライバーを吹き飛ばし大きなダメージを与えた。
アドレナリンがフロイトの意識を保ってくれた。ロックスミスを着地させ、油断なく使用可能な兵装を構える。
ロックスミスは二つの砲身の先で混ざり合った、破壊的なエネルギーと相対した。
白銀色のAC。無機質な美を備えたトランスクライバーは、片腕を失い、装甲を損なうだけでなく、至る所から火花を散らしていた。しかし、あの強固なパルスアーマーが再度展開され、傷ついた機体を守っている。
『まだやれるのか。嬉しいな』
フロイトはレーザーキャノンをフルチャージしつつ、MOONLIGHTを構え、最後のレーザードローンを射出する。
『見事ですV.Ⅰフロイト。確かにその力はトップエースの称号に相応しいものです。しかし、私は人類を導き、進化させる存在。ヒトを超えるものなのです』
KRSVを向けながら言い放つケイトの発言が単なる誇大妄想ではないと、フロイトは既に気付いている。
この女は人間ではない、異なる高度な知性の入れ物に過ぎない。
『そうか。だが俺は負けられない。まだレイヴンと闘っていないのだからな』
フロイトは戦闘者だ。闘争こそが天命であり宿命であり、彼自身の歓びだ。
素っ気無い口振りにケイトがどう感じたか分からないが、KRSVから再びエネルギーの奔流が解き放たれた。
フロイトもレーザーキャノンと頭上に従えたドローンからの射撃を行っていた。フロイトは無計画に正面からの撃ち合いに臨んだのではない。
トランスクライバーとの機動戦を続けられないほど消耗しているため、エネルギー同士を干渉させ、爆発を起こそうとしてるのだ。
作戦が功を奏せば、そのままMOONLIGHTでトドメを刺すつもりでいた。
光条がパルスアーマーを抜けたタイミングで干渉が起こるよう、計ったつもりだった。これが決まるかどうかで、勝敗が決する。分の悪い勝負ではあった。
モニターが白い光に包まれ、コクピットに警告が鳴り響く。強力なエネルギー同士の干渉は衝撃波を発生させ、二機は弾き飛ばされないようにブースト噴射で抗った。フロイトは迷うことなく、最大戦速で敵の気配がするほうに駆け出し、月光の光波を叩き込む。
――――決着だケイト・マークソン。それと、待っていろよレイヴン。