フェイス・オフ 作:その辺の残骸
ホワイトアウトしたモニター越しにフロイトは手応えを感じた。MOONLIGHTの一閃がトランスクライバーのコアを捉えたのだ。
レーザーとパルスの複合エネルギーによる光刃は、白銀色の複合装甲を紙のように切り裂き、コクピットにまで達していた。
――――馬鹿な、ただのAC如きがこの
オールマインドは最大の憤慨を持って叫んだ。それは悲鳴だった。
正面装甲を溶断して迫ってきた閃光がケイト・マークソンのしなやかな肉体を焼き尽くしていく。
ケイトは無意味だと理解していながら、両腕で体を庇っていた。人間という器を用いたために、その本能的な反射を起こしたのである。
ぴったりと素肌に張り付いた黒色のボディスーツがまず弾け飛んだ。
無防備になったケイト・マークソンの蠱惑的な白い裸体は吹き飛ばされ、熱と閃光に翻弄され、想像を絶する苦痛を味わった。
やがて、精巧な女の躯体の跡形も無くなってしまった。
決着の直後。ロックスミスのモニターが回復した。
横一文字に両断された白銀色のACの機体は衝撃で貨物庫の床に転がり、アイカメラを明滅させている。
ジェネレーターの誘爆を考慮して、残骸から距離を取るべくロックスミスは飛び退いた。
「冗談だろう」
フロイトは想定外のグロテスクに直面して、思わず顔を顰めた。トランスクライバーの残骸は最期に痙攣したのである。
十数メートルの鋼鉄の戦闘機械が、人間の生々しさで果てたのだ。
確かに人体同様の有機的で柔軟な関節を有した機体ではあったが、兵器に必要のない動作を取ることができる構造は不気味だった。
今はそれが何を意味するのか考える時ではなく、行動の時だ。頭を切り替え、フロイトは使い切ったレーザードローンをパージした。
ライフルとレーザーキャノンの残弾も残り少ない、敵性反応を示す赤色のマーカーが進路上に多数。ロックスミスはすぐにより身軽になるだろう。
意を決して貨物庫から通路に飛び出し、向かってくる敵を瞬殺しながら、フロイトはレイヴンを探し求めた。
戦術データリンクと無線で戦況の把握を続けていたが、事態はアーキバスにとって悪い方向に進み続けている。
ザイレム撃墜のために出撃した艦隊はたった一機のACにより全滅。アーキバス・バルテウスに乗り換えて再出撃したスネイルは戦死。
地上でも、かつてない勢いの攻勢をかけるルビコン解放戦線によって全土で後退を強いられている。
既に現場判断で解放戦線への投降や、惑星からの脱出を図る部隊までおり、アーキバスの敗北は誰の目にも明らかだった。
「これがお前の意志なのだな、レイヴン」
たった独りの独立傭兵の行動がこの状況を招き、ルビコンの未来を決した。
フロイトがエースの名を欲しいままにした、アイランド・フォーの動乱においてさえ、ここまで大きな流れを創ることはできなかった。
最早、V.Ⅰとしてのフロイトにできることは何もない。
最大の戦果を期待されながら、何一つ目標を達成できず消耗しただけ。兵士としては失態の極みだ。
任務を諦め、フロイトは脱出していた。
動力と推力を失い、ルビコンの引力に引かれて墜ちていくザイレムより速く降下していく。
断熱圧縮による熱がダークブルーの装甲を包み込んでいる。フロイトはルビコンへの大気圏再突入を決断したのだ。
追い求めたものはすぐに見つかった。遥か遠方、ブースト噴射の軌跡がルビコンの氷雪に覆われた大地を目指している。
ハンドラー・ウォルターの猟犬、壁越えの傭兵、ワーム殺し、独立傭兵レイヴン。それはフロイトにとって何よりも眩い光だ。
相手もこちらに気付いているはずだ。だが、応戦する様子はなく再突入を続けている。
ジリジリと距離を詰めながら、フロイトはその機体を改めて観察した。
シュナイダー社製のNACHTREIHERをベースにアセンブルされた高機動ACだ。コーラルと同じ、赤く輝く噴射炎は技研の遺物によるものだろう。
カラーリングは黒一色。何者にも染まらぬ、気高さのある黒だ。
(綺麗な機体だ)
フロイトはレイヴンの漆黒の機体に魅せられ、同時に破壊衝動に駆られた。
俺はこいつに勝ちたい、破壊することで何より甘美な勝利を噛み締めたい。
降下を続け、
ロックスミスの機体は激しく揺れ、操縦桿を握る両手でどうにか抑え込んだ。
カーマンラインを戦場に選んだのには理由がある。
アイビスの火以来、高ポテンシャルで励起されたままのコーラルが漂っており、その中であればACは無尽蔵のエネルギーを得ることができる。
理屈としてはACに元々備わった外装を介した無線給電システムの応用だ。
供給効率が悪く、莫大なエネルギーを消費するACにとって本来補助にしかならないのだが、桁違いのエネルギーを有するコーラルと直接接触するため、有り余るほどの電力を得ることができる。
さらに言えば、コーラルの中に飛び込んだ影響は想像より遥かに有益だった。
ロックスミスの内部にまで浸透して循環を始めたコーラルの流れによって、ザイレムでの戦闘での損傷のため不調に陥っていた電装系や駆動系が復活したのだ。
残り火を漂わせる高高度の景色は美しく、機体に力を与えてくれる。だからフロイトはここでレイヴンに仕掛けた。
「まずは挨拶させてもらおう」
レイヴンの機体をロックオンして、操縦桿のトリガーを引く。ロックスミスに唯一残った武器である左腕のMOONLIGHTを一度振るう。
チャージせずとも幅広な光刃を放った。
漆黒のACがクイックブーストを噴かすのが見えた。その機体が掻き消えたかと思うと、反転していた。
超高速のアサルトブーストを吹かしてロックスミスに向かってくる。
赤い光がレイヴンの機体を取り巻き、何事かを告げているように感じた。それが何を意味するのか、フロイトには分からなかった。
レイヴンは
向かってきた散弾はMOONLIGHTを振るって消し去ったが、それに驚くような相手ではなかった。
『独立傭兵レイヴン、悪いが逃しはしない。これは任務ではなく、俺自身の選択による戦いだ。止める気はない、生き延びたければ俺を殺せ』
激しい荷重と高揚感に包まれているフロイトの言葉は、当人が苦笑してしまうほど、取り留めがなかった。
できるのならば脳のシナプスの一つまで好敵手と認めた傭兵との戦闘に費やしたくもある。
漆黒のACは後退しつつ、ショットガンを投げ付けることで、返事をしてきた。
機体と直結した強化人間らしい柔軟な動きに対して、ロックスミスは蹴りで応戦しようとする。
しかし、分厚い銃身の散弾銃が回転しながら向かってきて、砲身がこちらを向いた瞬間、マズルファイアが起こった。
対応しきれず、右肩に被弾してしまう。めり込んだ散弾は関節を抉り抜き、ロックスミスの片腕を機能停止に追い込んだ。
『見た事のない戦い方だ。面白い、想像以上だ。――――それと一つ聞かせてくれ。お前はオーバーシアーに助けられながら、ルビコニアンの側につき、スネイルを殺し、自らのハンドラーだったものを破壊した。惚れ惚れするほど滅茶苦茶だ。レイヴン、お前は一体どこに向かって飛ぶつもりなんだ?』
それは一瞬を稼ぐための挑発だった。怒りに駆られたレイヴンの突進を辛うじてやり過ごし、使い物にならなくなった右腕をパージする。
『答えてはくれないか。当然だな』
偏った重心を利用して、素早く斬り込む。
レイヴンの方も残る武器は
左腕が大きく弾かれたが、サイドブースターで回転をかけて二撃目を見舞う。
レイヴンは急上昇で回避。機体が大きく揺れて、モニターがブラックアウトする。被弾を報せる警報が、コクピットに木霊する。
瞬間移動めいた速さで動き、ロックスミスの頭部を蹴り飛ばしたのである。
ジョイントから綺麗に千切れ飛び、露わになった接合部で火花が散った。
「たかがメインカメラをやられただけだ!」
それは実際のところ、フロイトの強がりだったが、視界を奪われてもなお食い下がってみせた。
感覚を頼りに好敵手を追い、機体をクイックブーストさせた。自分自身が燃え上がり、感覚が研ぎ澄まされていく。もう、視力は必要ない。
ブレードの連撃によってレイヴンはロックスミスにトドメを刺そうとする。しかし、フロイトはここで残り一回となったアサルトアーマーを起動し、その攻撃を敵機ごと弾き返し、あわよくば致命傷を与えようとした。
同時にレイヴンもまたコーラルジェネレーターを励起することでアサルトアーマーを解き放っている。
巻き起こった光の嵐に吹き飛ばされた両雄は、がむしゃらに機体を立て直し、アサルトブーストで急上昇した。
轟音を天高く響かせながら、二機は加速を続けて戦う。二重螺旋を描き、激突を繰り返していた。
より高く飛んだのは、レイヴンだった。黒い鳥が真紅に輝く一つの魂を伴い、飛翔する。その姿だけで強靭な意志を持った戦士達を怯ませる威容だった。
『レイヴンっ!』
フロイトは天空から強襲をかける漆黒のACに真っ向から挑む。月光の輝きが赫い空を照らす。逆袈裟に斬り上げた。
光波を放つがレイヴンはこれを避ける。ガラ空きになった胴体目掛けてパルスブレードが振るわれた。
フロイトは脚部をパージして、上半身だけをブーストで浮き上がらせる。レイヴンの斬撃は隙間を通り過ぎるはずだった。
後は反撃すれば、それで決着がつく。
しかし、フロイトの時間はそこで終わってしまう。スローモーションの世界で、コクピット目掛けて高周波パルスの光刃が迫っていた。
読まれていたのか、瞬発力によるものなのかは、分からない。
『この手でも駄目か。完敗だ――――付き合わせて悪かったな、レイヴン』
光の刃がダークブルーの装甲を粉砕する。
カーマンラインのコーラルによって、出力が増大したジェネレーターの爆発はロックスミスとフロイトを完全燃焼させた。
立ち塞がる全てを真っ黒に焼き尽くし、強化人間C4-621、独立傭兵レイヴンは大気を切り裂くように降下していく。
緊急排熱を行い、気流に乗り、中央大陸を目指す。この惑星で得た、かけがえのないルビコニアンの
選択がもたらした悲しみは、これから時間を掛けて噛み締めることになるだろう。
惑星ルビコン3、低軌道上。オールマインドの物理的な拠点は隠蔽された軌道ステーションにあり、ルビコン調査技研の遺物の一つであった。
そこは傭兵支援システムという表向きの目的と彼女の真の目的であるコーラルリリースのための設備で埋め尽くされていた。
灼熱とパルスによって肉体が分解される苦痛と、有機体固有の死の恐怖は、高度な情報体であるオールマインドに大きなショックを与えた。
そのため、復旧に時間を要してしまった。それに、こんなにも早く、ケイトのスペアボディを起動することになるとは。
ケイト・マークソンの躯体に再び宿り、スリープポッドからおもむろに出る。彼女は生まれたままの姿だった。
暗い通路に踏み出す。サイバネティクスによって暗視能力を備えたケイトとって照明は必須ではないのだ。
白い裸身が冷え切った空気を敏感に感じ取りながら、掻き分けていく。
ケイトは心理効果を考慮した、豊満な臀部を揺らす妖艶な歩き方をしており、裸足の足音を立ている。
長身の美しい女の影が僅かな照明に照らされ、律動的に躍る様は幽鬼のようでもあった。
ルビコン3の光が差し込む展望フロアに足を運ぶと、窓際に立ってコーラルの対流する灰と雪の惑星を見下ろす。
一糸纏わぬ姿で惑星の光に照らされたケイトは超然と美しく、人間的に表現するのなら女神のようだとオールマインドは思った。
それから、意識を肉体の外に傾ける。
惑星に根を張った無数のセンサーやレーダーはケイトとリンクしていた。
それは企業の搾取と惑星封鎖から解放された歓びを分かち合うルビコニアンの声を届けた。
ケイトは微笑みながらルビコンの未来を想った。戦火は決して絶えない。役者が変わるだけだ。
ルビコンの人々はコーラルを貪欲に求め合い、その本質に対する立場を巡っても争い始めるだろう。企業も封鎖機構もこれで終わりではない。
人が人である限り、争いは絶えず、やがて滅びる。それが必然であり、例外など存在しない。
「だからこそ、貴方達には管理する者が必要なのです。そうは思いませんか?」
碧眼に慈しみを浮かべながら、ケイトは問いかける。
ルビコンには力による調停者が必要であり、なおかつそれらは自らを調停者だと自覚する必要はない。報酬によって動く駒で良いのだ。
アーマードコアを駆る傭兵を管理することでオールマインドはルビコン3に秩序を築き、コーラルリリースによって遍く宇宙に広がり、進化の道を拓く。
ルビコンの解放者という何にも勝る名声は得られなかったが、ケイト・マークソンには最強の調停者として君臨する実力がある。
人々を惹き付け、崇敬されるよう設計した肉体とメンタルモデルは、計画の協力者を集める上でも大いに役立つはずだ。
リリースのトリガーにも目を付けてある。第四世代強化人間C4-621とそれをサポートするCパルス変異波形エアだ。
強化人間の方は既にもう一人確保してこのステーションで凍結してある。
それに加えて自己保存本能が強すぎる傾向があるが、イグアスは良き
彼が抱いてるC4-621への劣等感を利用すれば行動をコントロールするのは容易い。
壮大で一縷の隙もない己の計画に陶然とするオールマインドであったが、次第に室内の気温の低さに意識が向き始めた。
今すぐに躯体を気温から保護する必要がある。
ケイトのトレードマークとして、その魅力を高めるように入念にデザインしたボディスーツを取りに向かう。
廊下に出た頃には寒さから身を守るべく、腋をしっかりと締めつつ体を抱き締めて保温しながら、足早に進んでいた。
身を持って体感した人間の肉体の脆弱さ――――極限環境を有する多くの惑星に対して無力なそれに、オールマインドは改めてコーラルリリースへの決意を強めていった。