夜間の襲撃により、全体が鉄杭に穿たれたためだ。ファントムによるマグノリア襲撃の際には、マグノリア防衛線が張られ、マスタージョゼによる
しかし、それならばいっそのこと一度解体して、一から新築工事を行うこととなった。ついでに旧ギルドに比べて、より大きな間取りと充実した設備を備えたものにしようと考え、この数週間は工事が行われていた。
旧ギルドハウスは、
彼女にとって、昔を思い出せるような懐古の情と古き友人を偲ばせるような愛着もあって、実はあまり肯定的には思っていなかった。彼女の《復元》の力も以てすれば、一時間足らずで元通りにすることができたのだが、マスターマカロフの決定に異議を唱えるようなことはしなかった。どこか一抹の寂しさを抱えながらも、移り変わっていくのは世の常でもあるため納得もしている。
休暇を終えてマグノリアの街に戻ってきたときに、彼女を出迎えたのは、立派な外観を備えた新しいギルドハウスだった。
「これはまた……張り切りすぎじゃないのかねぇ」
門扉の前で少し圧倒されていた彼女の姿を見たギルドメンバーから声がかけられる。
「あっ! リュウさん、帰ってきてたんですか!!」
「うん。久しぶりの休暇、満喫させてもらったよ。それにしても……」
「どうです? 新しいギルドは!」
彼女がギルドハウスを見上げる姿に、どこが自慢げな様子だった。
「いやはや、凄いねぇ。私みたいな老人は驚くことしかできないよ」
「そうでしょ! 初めてだろうから案内しますよ!」
「いや、有難いことだけど、自分で見て回りたいかな?」
彼女は若いギルドメンバーの提案を断って、中へと入っていった。
旧ギルドとは内装も設備も大きく変化している。入場者を出迎えるオープンカフェやグッズショップは、一般人も客層としており、マグノリアの住民でも自由に行き来できるようになっていた。
さらに奥に行って内部に入ると、旧ギルドハウスと同様の酒場と受付がある。ただ装飾や家具類が一新されていて、また備え付けられたステージもあり、前とは異なる雰囲気を醸し出している。
酒場の奥にはプール、地下には遊技場と前にはなかった娯楽施設が整備されている。ギルドの魔導士の慰労目的だろうか。今も多くの魔導士で賑わっていた。
そして、S級魔導士しか立ち入りできなかったはずの二階が一般魔導士にも開放されていた。聞けば流石に一般魔導士はS級クエストを受注することはできないが、S級魔導士の同行があれば参加ができるという。
まったく新しい装いに、新鮮さよりも寂しさの方を強く感じてしまった彼女だったが、ギルドメンバーの騒々しさはまったく変わっていない。その様子に笑みを零しながら、彼女は受付へと向かった。
「ただいま、ミラ嬢」
「あっ、リュウさん!」
何か慌ただしく準備をしている様子のミラジェーンに声をかけると、ミラジェーンは一旦手を止めて満面の笑みで出迎えた。
「おかえりなさい。ゆっくりできましたか?」
「うん。しっかりと休ませてもらったよ。久しぶりだったけど、休暇ってのは良いものだねぇ」
「なら良かったです。ですから、これからもきちんと定期的に休んでくださいね」
「おっと、これは一本取られたかな? うん、これからはそうするよ」
元はと言えば、ずっと働き詰めだった彼女を見かねて、ミラジェーンが半ば強制的に休暇を取らせたのが始まりだった。彼女としても、ミラジェーンの好意をしっかりと受け取り、休暇の良さを再確認したので、今回のような無茶な連勤はしないようにと心に決めた。
「おお、帰ってきたかのう、リュウさんや」
そんな彼女にマカロフが笑顔で声をかけた。もうそれはにっこにこだ。
「うん。ただいま。どうしたんだい? そんなに笑っちゃって」
「それがのう。新しくなったギルドについて取材したいってことで、明日記者が来るんじゃ」
そう、マカロフの笑顔の理由は取材だった。
毎週水曜日発売の週刊ソーサラーの取材だ。週刊ソーサラーとは、新しい魔法商品や話題のギルドの紹介、美人魔導士のグラビアなどで人気を博する魔法専門誌だ。ルーシィの愛読書であり、ミラジェーンもモデルとして掲載されており、
購読者は魔導士非魔導士問わず、老若男女幅広く存在しており、それに掲載させるというのは一種のステータスでもある。マカロフの思惑としては、この取材をもって、
彼女はそれを聞いて、うげっ、という嫌そうな表情を浮かべた。
「え~~~…………明日? 明日、週刊ソーサラーの記者が来るのかい?」
「その通りじゃ」
「あの、くーるくーる言ってる子かい?」
「誰が来るかは知らんが、まあ、あやつじゃろうな」
「…………」
彼女にとって、嫌いなものは一つしかないが、苦手なものはいくつかある。それは、週刊ソーサラー、そしてその記者、ジェイソンだった。
彼女には、不特定多数からちやほやされたいなんていう承認欲求もなければ、自分の存在をひけらかしたいという自己顕示欲もない。しかし、彼女の容姿は世界を探しつくしてもこれ以上はないだろうと思える美しさと神秘性に溢れ、実力もまた大陸でもトップレベルの実力を有している。そんな彼女を周りは放っておけない。
過去に一度、数日間に渡って取材を頼み続けられたことがある。その熱意と鬱陶しさに根負けして、一度だけ取材を受けたのだ。記者ジェイソンが一つの回答ごとに絶頂して、COOL以外の言葉を忘れて叫び続ける機械と化したり、最後に写真が取れた暁には昇天して気を失ってしまったり、彼女をして精神的に疲労困憊にするような取材だった。
また彼女を特集した週刊ソーサラーは爆売れしてプレミア化したほどだ。その反響は彼女の仕事や生活にまで影響を及ぼすほどだった。いつも触れ合っているはずのマグノリアの住民からは羨望と憧憬の眼差しを向けられて会話もままならず、マグノリアの外に出ると誰からも凝視されて、数多くのファンが誕生していたことを知った。勇気を出したファンからサインを頼まれることもしばしばで、彼女はほとぼりが冷めるまで自宅に籠ったことがある。
そんな週刊ソーサラーが、記者ジェイソンが明日取材に来る。
彼女は沈黙を破って、断言した。
「私、明日は来ないからね」
「えっ」
「元々明日まで休暇申請してるから、明日は自宅でゆっくりするつもりだったけれど、そういうことなら是が非でもギルドに来ないから」
彼女の確固たる拒絶の意思に、彼女を当てにしていたマカロフが焦る。
「ちょ。待ってくれんか、リュウさん。明日の取材は汚名返上のチャンスなんじゃ。リュウさんがいてくれたら確実に……」
「い・や・だ」
「……の、のう、ミラや。ミラからも説得を」
「うーん、ごめんなさい、マスター。ここまで嫌がっているリュウさんに無理強いはしたくないわ」
頼みの綱も切れて、マカロフががっくしと項垂れた。
「他のみんなで頑張って頂戴な。それじゃ、ミラ嬢。一度自宅に戻るよ」
「はーい…………いや、リュウさん、ちょっと待ってください」
「ん? なんだい?」
「ほら、マスター。彼らのこと紹介しないと」
「おっと、そうじゃった」
ミラジェーンに催促されて、マカロフが気を取り直す。
「彼らとは何だい?」
「実は新しく
「ほう。そういえばルーシィ嬢以来かねぇ、新規加入者は」
「うむ。リュウさんも歓迎してくれることじゃろう、おーい」
マカロフがそう言って一人の女性を呼び寄せた。青髪のショートヘアーと水色の装い。
彼女は面識がなかったため、誰なのか分からなかったが、マカロフから告げられてた名前で得心がいった。
「ジュビア・ロクサー。この度
「ああ。ファントムのエレメント4だった子かい」
「ええ。熱烈に希望してまして。マスターも快く受け入れることにしたんです」
「そうかい。グレイ坊から話は聞いていたよ。これからよろしくね、ジュビア嬢」
「……………………」
彼女からの歓迎の言葉にジュビアは沈黙で応えた。失礼な行為であったが、纏う雰囲気にはじっとりした剣呑さがあり、周囲の者はその態度を責めるよりも、冷や汗を流しながら困惑するしかなかった。
「どうしたんだい、ジュビア嬢」
ただ彼女には湿気に満ちた視線は通用せず、ただ冷静に首を傾げただけだった。
少しの沈黙の後、ジュビアが重苦しく口を開いた。
「…………貴女が、グレイ様の、先生、とかいう方ですか?」
途切れ途切れの湿った声音に、周囲の者はあっ、と声ならない声をあげる。
少しでもジュビアと関わった者からすれば、導火線に火がついた爆弾を錯覚するようなものだった。
事はファントムとの全面戦争時。彼女の指示により、ファントムのエレメント4を打倒する時のことだ。エレメント4に勝ち星をあげたのか、ナツ、エルザ、エルフマン、そしてグレイだった。
グレイはジュビアと戦闘に入り、勝利した。実はその時、ジュビアはグレイに一目惚れしていた。更に、幼少期より雨女と蔑まれ、晴天を見上げたことがなかった自分に、過去を吹き飛ばすような晴れ晴れとした空を見せてくれたグレイに対して、その恋心を強固なものにした。
それ以降、事あるごとにグレイへの恋心を謳い、グレイに近い女性を恋敵認定して嫉視しているのだ。
そんなジュビアの前に立つ彼女は、グレイが子供の頃から魔法の指導を行う先生で、しかも絶世の美少女だ。
ジュビアがどう思うかなど自明の理だった。
「そうだねぇ。一応、彼の先生ってことになるのかねぇ」
ただそんな視線も何のその。普段通りの様子に逆に周囲が慌てるほどだった。
とはいえ、ジュビアもまた視野狭窄な女性ではない。いや、確かに恋心が暴走する気質ではあるが、彼女はファントムの幹部であったところをマスター達の厚意で加入を認めてもらったということをきちんと理解している。そんな立場で、
更には、ファントムの切り札、
ジュビアにとって彼女は恋敵候補だが、手出しができない得体の知れない強い女といったところだ。
しかし、やはり恋敵は恋敵。微笑んでジュビアを歓迎する彼女を威嚇することは忘れなかった。
「例え、幼少のグレイ様のことを知っていようと、付き合いが長かろうと、ジュビアは負けませんから! グレイ様のお体も魔力もずっと馴れ親しんでそんな気はなかったのに、成長したグレイ様の肉体美と格好よさにドキドキして、秘密の訓練でみんなにばれないようにグレイ様に手を出してゴールインするなんて……!!! そんな禁断の師弟愛なんてジュビア許しませんから!!!!!」
目に涙を溜めた真剣な様子で妄想を吐露するジュビアに、流石の彼女も面を食らった。
「…………うん。グレイ坊もこんな別嬪さんに慕われるなんて果報者だねぇ」
「べ、別嬪……!! グレイ様が、果報者ぉ!!?」
「そうさ、ジュビア嬢の恋路を応援するよ。グレイ坊を押し倒してやんなさい」
「おし、たお……っ!」
あまりにも真っ直ぐな言葉にジュビアは口に両手をやって昇天した。ジュビアから感じてた圧迫感も収まり、彼女は一息ついた。
そんな彼女に呆れたような視線を向けるミラジェーン。彼女はジュビアを言いくるめるためにグレイを生贄にしただけのことだった。
「リュウさん……そんなこと言ったら、この子、本当に押し倒しますよ」
「惚れさせた責任くらいとってやればいいじゃないか。据え膳食わねば男の恥ってね」
「リュウさん…………」
「そんな顔で見ないでくれるかい? 悋気嫉妬は女の常といっても、とぼっちりを受けるのは勘弁さ」
ミラジェーンは、先生と慕っている彼女に秒で売られたグレイを憐れむしかなかった。
「まあ、そんな訳で仲良くしてやっとくれ。そしてもう一人いるんじゃ」
妄想がエスカレートして、自身の身体を両腕で抱き締めて身悶え始めたジュビアを置いて、マカロフがもう一人の加入者を呼んだ。
その男は酒場で鉄屑を貪っていたが、マカロフに呼ばれると頭を掻いて渋々といった様子で立ち上がると、面倒くさいという雰囲気を醸しながらゆっくりと近づいてきた。背まで伸びている逆立った髪と、顔面に埋め込まれたネジのようなピアスが特徴的な青年だ。
「紹介しよう。彼は……」
「おや、ガジル坊じゃないか」
だが、彼女はガジルの存在に驚愕することはなく、ただ新しく加入してくれることへの喜びに口元を綻ばせていた。聞くところによると、あてもなく一人で過ごしていたところをジュビアの勧めで
「む、リュウさんは知っておったのか」
「まあね。評議院で何回か顔を合わせた程度だよ。ガジル坊が
「…………ふん」
彼女が微笑んで差し出した手を一目見ると、ガジルは鼻を鳴らして元の席に戻ると食事を再開した。握手を拒否されたことに気分を害することもなく、彼女は苦笑して肩を竦めた。
「あらら。嫌われちゃったかな?」
「うーん。マスターには悪いですけど、リュウさんにあんな態度をとるのはちょっと……」
「まあ、のう。彼も根は良い奴……のはずじゃ。今はまだ戸惑っているだけで、その内ちゃんと仲良くよっていける……と信じたい」
マカロフが胸を張りながら出る言葉は願望交じりで、聞くものを不安にさせた。
「えらく不安な物言いじゃないか。もっとどっしりと構えて欲しいものだねぇ」
「マスターが決めたことですから、私も反対する訳じゃないです。でもやっぱり、レヴィたちを直接傷つけた張本人ですし、複雑です」
「まあまあ。昨日の敵は今日の友って訳じゃないけどさ、道を誤った若者を導くのも私たち大人の役割さ。大丈夫。いざとなったら私が責任とるからね。だから一度、彼を信じてあげないかい?」
「リュウさんがそう言うのでしたら……」
「…………マスターとして形無しなんじゃが」
彼女たちの会話が聞こえてるのか聞こえてないのか、ガジルは我関せずといった様子で鉄屑をガジガジと齧り続けている。
彼女は一度自宅に戻り、身支度を整えることにした。
マグノリアに戻った直後、既に完成したギルドが見えたので、気になって直接ギルドに寄ってしまったため、自宅に戻っていなかった。だから、一旦自宅に戻って荷物を置き、風呂場で軽く汗を流して、衣服を着替えてから、もう一度ギルドに行くつもりだ。
実は、ミラジェーンに一度自宅に戻る旨を伝えたときに、今日はステージで歌を披露するので再度ギルドに来るよう言われていた。ミラジェーンの歌唱力は
そうして準備を整えてから、彼女は再びギルドを訪れた。
「新しい
その彼女の目の前には、新しいギルドハウスの大きさに驚愕している集団がいた。
ナツ、グレイ、ルーシィ、エルザ、ハッピーの暫定最強チームである。彼らはアカネビーチに休暇に行っていた筈が、楽園の塔の事件に巻き込まれていた。その事件が終結して、今日やっと帰還したという訳である。
彼女はエーテリオンの投下という暴挙や評議院が現在再編中であることは知っているが、楽園の塔との関係を知らない。そのため、エルザたちが事態の渦中にいたことも知らない。その内、事件について聞くことになるだろうが、今はただ休暇から帰ってきた者同士、新しいギルドの驚きを分かち合おうと考えて、声をかけることにした。
「やあ、みんな。おかえり」
「あ、リュウさん!」
「おうリュウ」
「リュウさん。ただいまです」
「…………」
彼女の存在に目もくれず、新しいギルドの大きさにただ呆然とするナツ。
「おや、ナツ坊。黙ちゃって、言葉もないかい?」
「だ、だってよう。前と全然違うじゃねぇーか」
「そりゃ、新しくした訳だからねぇ」
「あい!」
ナツの気持ちも分からないではない。かつての面影がほとんど感じられない装いに心が追いつかないのだろう。ナツのギルドに対する愛着は人一倍強いことを彼女は知っている。だが、仲間たちが変わった訳じゃない。少し過ごせば、変わらない
彼女がそう苦笑しているところに、エルザが近くまで寄ってきた。
「おや、エルザ嬢。どうしたんだい?」
「いえ、ちょっと。すいません、失礼します」
そう一言断ってから、エルザが彼女を抱き締めた。
「おっと?」
ルーシィとグレイ、ハッピーがエルザの突然の行動に驚き、ポカンと口を開けている。ナツは気づいていない。
彼女はエルザの意図が分からず、頭を悩ませたが、エルザの身体が微かに震えているのを感じるとエルザの背中に両手を回して彼女も抱擁を返した。
エルザがギルドに来た時と比べて大きく成長したその背丈と体躯は、既に彼女の小柄な体を上回っている。彼女の体がすっぽりエルザの懐に収まるような形だ。それでも彼女にとっては、エルザは可愛い子供のままだ。彼女はエルザの心の奥の怯懦を感じ取って、安心させるように背中を優しく撫でた。
抱擁は少しの間だけで終わり、エルザは彼女から離れた。
「リュウさん。失礼しました。もう、大丈夫です」
「そう? もっと頼ってくれても良いのよ。ただでさえエルザ嬢は頑張りすぎちゃうんだからねぇ」
「いえ……いや、はい。ありがとうございます」
そういってエルザは少し頬を赤らめると、今更気恥ずかしくなったのか、足早にギルドの中へと入っていった。
ルーシィたちは特に何も言えずに、エルザの後を追従するだけだった。突然すぎて茶化すにはタイミングを逃してしまい、何とも言えない空気の中、新しく変わった設備や内装に目を向けて気を取り直すことにした。
入り口近くに設置されたグッズショップに足を運ぶと、みんなして和気藹々とそのラインアップを物色することになった。屋台形式で
「うわー! マックスが売り子やってる!!」
「いらっしゃい! つーかお前らか。おかえり~」
そのラインナップは、
その中で、最も売り上げを叩きだしている目玉商品がマックスが手に持つものだった。
「中でも一番人気はこの魔導士フィギュア。一体3000
「いつの間にこんな商売を……」
マックスが持っているものは、
「見てー! ルーシィのフィギュアもあるよー!」
「えーっ!!? 勝手にこーゆーの作らないでよぉ……」
「オイラはよく出来てると思うけど」
ハッピーが手に取ったのは、ルーシィのフィギュア。星霊の金鍵を持って走り出すかのような造形は、ルーシィの特徴を捉えている。
許可を取られることもなく、いつの間にか自分のフィギュアが販売されていたことに、ルーシィは羞恥から顔を赤らめている。
ハッピーが、ルーシィのフィギュアをまさぐっていると、フィギュアの衣装部分が外れて白い下着姿のルーシィに早変わりした。
「わ」
「もちろん、キャストオフ可能」
「いやーーーーーー!!!」
ルーシィの羞恥に満ちた悲鳴が響き渡った。
勿論フィギュアはルーシィだけではない。ナツやグレイの分も販売されているし、エルザやミラジェーンといった女性魔導士のフィギュアは殊更売れ行きが良いみたいだった。
「つーか、オレのは何で最初から裸なんだ」
「私のも出来がいいとは言えんな。甲冑には本物の鋼を使うべきだ。そもそも私の肌はこんなに固くないぞ」
グレイとエルザも自分のフィギュアを手に持って物申している。それは勝手に商品化されたことではなく、出来栄えに対する文句だった。エルザに至ってはフィギュアというものを理解していない斜め上の指摘をしている。
とはいえ、最高売上を叩きだしているだけあって、クオリティは高く、また有名どころは網羅しており、彼女をして唸らせる商品であることは間違いない。
ただ、彼女が一通り目を通したところあることに気づき、マックスに尋ねた。
「おや? 私の分はないのかい?」
「あ、リュウさん。お久しぶりです」
「うん、久しぶり、マックス坊。修業の方は一段落ついたのかい?」
「ええ。販売業の腕を磨くため商会でひーこらしてましたけど、ようやっと認められたんで戻ってきたんです。それで、リュウさんのフィギュアなんですけど、そうです。ないんです」
マックスが彼女の疑問を肯定すると、隣にいたグレイやエルザが詰め寄った。ちなみにナツはそもそもフィギュアに興味なく、ルーシィは涙ながらにキャストオフした衣服をいそいそと着せ直している。
「おい、マックス。リュウのがないってのはどういうことだ」
「まさか、リュウさんを仲間はずれにする訳じゃないだろうな? 事と次第によっては……」
「待て待て待て! 落ち着けって! リュウさん大好き勢め!」
マックスが冷静になるよう言ってから、彼女のフィギュアがないことの弁明を始めた。
「商品として出すからには本物と遜色ない出来で出すのが俺のプライドなんだけどよ、リュウさんの分の出来にどうしても納得できなくてさ。特に髪色の再現に四苦八苦してんだよ。俺の力量不足を晒すようで恥ずかしいだけど、完成したら出すから待っててくれ」
「なるほどな」
「そういうことなら仕方ない」
「えぇ……」
納得した様子の二人にむしろ困惑しているのが彼女だ。別にそこまでこだわり抜かなくてもと思ってしまうが、一人の矜持に関わることなら口を挟むのも野暮だと感じて、そのまま口を噤んだ。
グッズを一通り見渡して満足したため、ナツ達がギルドの奥へと進んでいく。彼女もその後ろを付いていこうとしたが、マックスが彼女を呼び止めた。
「あ、リュウさん。例の件は考えてくれました?」
「例の……ああ、あれね。正直、需要なんかないんじゃないかい?」
「ば、そんな訳ないですよ! 需要ありまくりですって! というかマグノリアの住民からも、他のギルドメンバーからも滅茶苦茶頼まれてるんですよ。ほら、俺の顔を立てると思って、頼みますって!」
「う~ん、でもねぇ。こんな老体を晒すなんて目に毒じゃないかねぇ」
「まあ、目に毒なのはその通りかもしんないですね。違う意味ですけど」
「悪いけど、もう少し考えさせておくれ」
「ほんっと、お願いします!」
両手を合わせてすりすりと彼女を拝む必死さに絆されそうになりそうになるが、このまま勢いで頷くのは良くないと考えて、一言断ってその場から立ち去った。
ナツ達の後を追った時には、既に新規加入者のジュビアとガジルとの顔合わせが終わっていた。
二人ともファントムの一員だったことはナツ達も知っていた。ジュビアについては、グレイへの恋心を全面に押し出した態度と楽園の塔の事件で共闘したこともあり、気心の知れた仲を既に構築していたため、すんなりと加入を認めていた。
だが、ガジルは実際にギルドを破壊し、仲間を傷つけている。ナツ達は全員、ガジルの加入に難色を示した。更にガジルも売り言葉に買い言葉で、一番ムカつくギルドで働くことになってうんざりだ、と吐き捨てている。
マカロフの言葉に一応の納得を見せてはいたものの、疑心暗鬼を生じているような状態だ。エルザに至っては、マカロフに監視をするよう進言しているほどだ。
彼女は声をかけようか迷ったが、ちょうどメインイベントが始まったところで、酒場の照明が落とされてステージにスポットライトが照らされたため、ナツ達のところへは向かわずに壁の花になることにした。
舞台にいるのはミラジェーン。先ほど伝えられたように、ミラジェーンによる弾き語りが始まった。
観客たちの歓声を受けながら、椅子に座っているミラジェーンがギターを手に前奏を引き始めた。落ち着いたバラード調の旋律に次第に客席が静かになる。そしてミラジェーンの透き通るような歌声に、観客たちは静かに耳を傾けて、うっとりと酔いしれていた。
ミラジェーンが奏でる、仕事に向かう魔導士たちの歌。危険と波乱に満ちら冒険に向かうものたちへの無事と帰還を願った祈りの歌。
「ミラちゃーん!!」
「最高~~~!!」
「いいぞ~~~!!!」
歌い終わったミラジェーンに惜しみない賛辞と拍手が降り注ぐ。
彼女もまたミラジェーンの歌声を聞けたことへの感謝として拍手を送った。彼女をしてミラジェーンの歌声はギルド一だと思わせるものだった。
だが、彼女以外の者にとって、
ミラジェーンが立ち上がり、一礼すると照明が一度落とされた。続いて歌う者がいるらしい。一体誰だと少し楽しみにしていた彼女に、スポットライトが照らされた。
「……………………うん?」
暗闇からいきなり照らされた照明の眩しさに少し目を細めていると、やがて事態が把握できてきたのか、彼女が呆けた声を漏らして周囲を見渡した。
誰もが彼女のことを見つめて期待に胸を膨らませている。
「おお!! 次はリュウさんか!!」
「珍しいんじゃないか! リュウさんが歌うのなんて!」
「
口々に期待を寄せる観客たちに口を引き攣らせながら、檀上に視線を戻すと、そこにいたミラジェーンが彼女を手招きしていた。
嵌められた、と彼女はようやく理解した。
彼女は溜息をつきながら、ステージに上がると、ミラジェーンを恨みがましく睨んだ。ミラジェーンには応えた様子はない。
「やってくれたねぇ、ミラ嬢」
「ふふっ。新しいギルドと新しく入った子たちを祝うには、リュウさんの歌声が一番だって思いましたから」
「そんなにレパートリーがある訳じゃないんだけどねぇ」
そう言って、彼女はミラジェーンからギターを受け取った。ミラジェーンが舞台袖にはけるなか、彼女はギターのチューニングを済ませると、スポットライトが当たるなか、壇上で一人歌い始めた。
眠れ 永久に
哀れを止め
寂しき子よ 口惜しい想い
赦しを請う かの時を
人と人は 決して交はらず
さりとて 生きて 認め合いて
幸を分かつ この歌と
眠れ 眠れ 静かに おやすみ
彼女の歌声は穢れなき清廉さと透き通る透明感がありながらも、込められた感情は母親が子供を寝かしつけるような温もりに満ち溢れている。
彼女の曲のレパートリーは少なく、ほとんどが子守唄の類だ。流行りの歌もあまり知らないので、持ち歌の中から選曲したが、ミラジェーンの弾き語りの雰囲気を継いだものを選んだところ、優しくゆったりとした曲調のものとなり、場を盛り上げるようなものではなかった。
それでも、その美声と心を鎮めるような響きが、観客を感動させる。歌い終わった後に、ミラジェーンの時のような歓声は起きず、場が静まり返っていたが、やがて誰かが拍手をしたのを皮切りに、酒場を揺らすほどの拍手の渦で満ち溢れた。
彼女はその場で一礼すると、ミラジェーンにギターを返した。彼女は嵌められた文句をつけようと思ったが、ミラジェーンの満面の笑みに毒気を抜かれてしまい、苦笑するに留めることにした。
「流石ですね。やっぱりリュウさんの歌声が私は一番好きです」
「うん、褒めてくれてありがとうね。でも、こんなサプライズは心臓に悪いから勘弁願いたいねぇ」
「はえ~~~。リュウさんって歌もすごい上手なのねぇ……」
ルーシィは彼女の歌声に度肝を抜かれて、そんなチープな感想しか言えなかった。ルーシィは密度の濃い日々を送ってきているが、それでも加入してから日が浅く、今まで彼女の歌を聞いたことはなかった。今日初めて聴いたのだが、財閥令嬢だったルーシィをも唸らせるような歌声だ。
同じ卓についていたカナがそんあルーシィの感想に自慢するかのように笑みを浮かべている。
「そうだね。フィオーレでも一番の歌唱力の持ち主だと思うよ。芸能事務所やタレントギルド、劇団からもスカウトされてるしね」
「あ! 確かにシェラザード劇団の仕事をやったときに座長さんにも言われたわ」
ルーシィが正式にチームアップした最初の仕事で、ルピナス城下町を半壊させてしまったことによって金欠だったときに受けた次の仕事がシェラザード劇団の舞台だった。ハチャメチャな公演とこき使われたことの激務で封印していた記憶だったが、確かに座長のラビアンから、彼女の話を聞いた覚えがある。
「あまりこういった場で披露することはないから聞く機会はないんだよね」
「そうなんだ。ちょっと残念かも」
「ただまったく歌うのが嫌いという訳じゃないぞ。孤児院とかの子守りの時は良く歌っているみたいだからな」
ルーシィとカナの会話に、ケーキに舌鼓を打っていたエルザが参加してくる。
「後は、ギルドの身寄りのない子供を自分の家に泊まらせる時なんかも良く歌っているんだ」
「へ~。それって実体験?」
「そうだね。私やエルザ、ナツにグレイ、レヴィやミラ達は子供の時に加入したんだけど、独り立ちするまでの数日間はリュウさんの家に世話になってたよ」
「ああ、懐かしいな……」
「痛えー!!!」
そんな会話の途中、いきなりナツが大声を出した。驚いてナツを見ると、ナツは肩を怒らせて机に片足を置いてガジルを睨んでいる。
「何すんだてめえ!! わざと足踏んだろぉ!!!」
どうやらガジルと何かトラブルを起こしたみたいだった。実は机の下でガジルがナツの足を足蹴にしていたので、ナツの憤りももっともなことだったが、しめやかな空気の中で大声で怒鳴るナツは周囲の顰蹙を買ってしまった。
「うるせぇよ! 黙って歌聴けねぇのか!!」
観客が騒音のもとへとコップを投げつけ、ナツとガジルに直撃する。
「物投げたの誰だコラァ!!!」
「ひいいい!」
「うわあ」
ナツが激高して机をひっくり返す。顔面すれすれまで迫る机にルーシィが悲鳴を上げて、カナが椅子から転げ落ちた。ちなみにジュビアは体を水化できるので動じていない。
「ナツてめえ!! 暴れてんじゃねえ!!!」
ナツの横暴を見かねたグレイが立ち上がってナツを抑えにかかる。だが、その際にエルザの肩にぶつかってしまい、エルザが手にもって堪能していたイチゴケーキが地面に落ちてしまった。
エルザが呆然とその残骸を見て震え始める。
「わ、私の、イチゴケーキ……」
やがて、その震えは大きくなっていき、エルフマンの叫びによって爆発した。
「てめえら! 漢なら姉ちゃんたちの歌聴きやがれ!!」
「やかましい!!!」
エルザがエルフマンの顔面を蹴り抜き、その巨体が飛んで行った。とんだとばっちりである。
やがて乱闘は激しく、ギルド全体を巻き込んでいった。
「うらあ!!!」
「やんのか、てめえ!!!」
「誰かナツを抑えろ!!!!!」
壇上でその惨状を見ていた彼女が肩を竦めた。
「やれやれ」
「もうバラードなんか歌ってる場合じゃありませんね」
ミラジェーンがそう言って、変身魔法でパンクファッションに様変わりする。
「ロックで行くわよぉ!!」
ミラジェーンがそう叫ぶとギターをさっきまでとは打って変わって荒々しくかき鳴らし始めた。
他のギルドメンバーも壇上へと上がってきて、各々自分の好きな楽器に手をつけて思いのまま演奏を始める。あるいは、演奏せずに壇上で踊り始めるものもいた。
彼女も仕方ないと表情を緩めると、自分の好きな楽器である龍笛を造り出して奏で始めることにした。
「まったく。変わらないんだから」
翌日。
マカロフに宣言した通り、彼女は自宅でずっと大人しくしていた。
さらに後日。
記者ジェイソンによる取材をもとに
いつも通りのギルドの様子を取り上げているため、大方の予想通りの結末だった。
暴力と騒動、自分勝手な振る舞いをすっぱ抜かれた内容は悪名を更に高める結果となってしまった。マカロフも思惑が失敗し、涙目である。
ちなみに記者ジェイソンは完全なる善意で記事を書いている。
後日、届いた見本誌を見て、さもありなん、と彼女は思った。