妖精の尻尾のリュウさん   作:ただの馬鹿

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新しい風

収穫祭が終わり、ラクサスによる騒動も一段落だ。

 

マグノリアの街も落ち着きを取り戻している。収穫祭後も浮かれ具合は少しばかり後を引いたが、一週間も経てば通常通りの街並みに戻る。出店の類も撤収し、祭りの後も観光をしていた者たちも帰路に入る。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)では、ラクサスの破門によるショックがそれなりに大きかった。ラクサスの暴走で命に危険に晒されたことは事実ではあり、マカロフがマスターとしてけじめをつけたことは分かるが、皆どこか飲み込めないところがあった。

 

特に顕著だったのが、ナツだ。

 

ラクサスの暴走を間近に受け止め、体を張って止めた張本人だが、ラクサスの苦悩をその身で実感したからこそ、破門という処分に抗議をしていた。また、ラクサスと1対1(サシ)でリベンジする機会を逃したくなかったから、沈黙するマカロフに説得を続けようとした。

 

そんなナツを止めたのがエルザだ。マカロフの心内を斟酌し、駄々をこねるナツを一喝して黙らせた。エルザとて、思う所がないわけではない。だが、ラクサスの暴挙は軽率に許すようなものではなく、マカロフの判断を妥当なものだと理解していた。また特に実の家族を破門にするという苦渋の決断に対して、その心情を慮っており、抗議を続けるナツを自らが制止したのである。

 

マカロフもまた責任を取るつもりだと言い出した。自身の孫の暴走を止められなかった責任を取るために、マスターの座をおりると宣言した。流石にそれはギルドメンバー全員で思いとどまるように説得したが。

 

特に雷神衆のフリードが長髪を刈って頭を丸めるという反省の姿勢を見せたことで、マカロフはようやく思いとどまった。

 

またフリード含め、雷神衆はギルドに少しずつ馴染み始めてきた。今まではほとんどギルドに寄り着かず、ラクサスに付き従うか、雷神衆のみで依頼に行っていたが、彼らなりに反省し変わらなくてはいけないと思ったのか、各人それぞれが他のギルドメンバーに話しかけるようになっていた。

 

ラクサスも雷神衆も一つの転換点となったということだ。

 

そして、ギルドには滅多によらないあの男についても、また変化したことがあった。

 

「リュウさん。あの男は、ミストガンは一体何者なんですか?」

 

バトル・オブ・フェアリーテイルに途中参戦したミストガンのことだ。ミストガンは以前までギルドでも正体不明の謎の人物であり、ギルドメンバーとの関わりを徹底的に避けてきた。だが、カルディア大聖堂にてラクサスと激突した際に、普段顔を隠しているバンダナや覆面を隙をつかれて剥ぎとられ、その素顔をエルザとナツに目撃されてしまったのだ。

 

その顔が、エルザの因縁の相手、ジェラールとまったく同じ風貌をしていた。エルザにとって、楽園の塔で死んだはずのジェラールがまさか妖精の尻尾(フェアリーテイル)のミストガンだったのかと呆然としたが、ミストガン曰く、自分はエルザの知るジェラールではないとのことだった。

 

冷静に考えれば当然だ。エルザの知るジェラールは楽園の塔の建設だけに執念を燃やし、思念体たるジークレインを評議院に送り込んでエーテリオンを投下させるという計画に全てを費やしていたはずだ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入り、ミストガンという偽名でクエストを行うなんて、ジェラールにとって完全に無駄な行為でしかなく、別人だというのも頷けるところがある。

 

だからといって、ジェラールとはまったくの無関係と言われて素直に納得するには、完全に容姿が一致し過ぎている。エルザはミストガンの正体を他人の空似だと捨て置ける訳もできず、ミストガンの素顔を知っているという彼女に詰め寄っていた。

 

「う~ん。本当に悪いんだけど、ガン坊から口止めされているんだよねぇ。だから話すことはできないの」

 

「がんぼう……いや、口止めと言われても、私にとって無視できない事情が……」

 

魔法契約書(コントラクトスクロール)まで使って制約させられたから反故には出来ないんだよねぇ。エルザ嬢の事情はこの前聞いたけど、それでもダメなのよ。許して頂戴」

 

「…………いえ、分かりました」

 

不承不承といった様子でエルザは引き下がった。彼女が話すことができないと一貫しているのなら、それを曲げさせることはできないだろうと分かったからだ。

 

楽園の塔の事件が解決しておらず、仲間たちが支配下にあった状態ならともかく、塔は崩壊し、仲間たちは解放され、ジェラールは死んだ。

 

全てが終わっていて、ミストガン本人が否定したのなら、それ以上の詮索はエルザの我儘でしかなくなる。口止めをしているのなら相応の事情があるのだろうが、それはいつか本人に問い質すべきことで、彼女の口を割らせるのは筋が違うだろう。

 

エルザはマカロフにも質問したが、求めていた回答は得られなった。マカロフはミストガンのことを詳しく知っていないらしく、エルザは数日間、思考が堂々巡りになってしまった。

 

このようにここ一週間でギルドが大きく変化していたが、徐々に皆も慣れてきて、雰囲気も落ち着いてきたのだった。

 

ちなみに、ミス・フェアリーテイルは、アピールをしていないにも関わらずぶっちぎりで彼女が優勝し、50万J(ジュエル)を獲得した。彼女はあぶく銭だとして、優勝賞金で宴会を開いて大盤振る舞いだった。皆喜んだ。ルーシィは泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イシュガルにおける魔法界の秩序を保つ組織を評議院と呼ぶ。

 

魔導士ギルドも評議院の認可が下りて正式に活動することができる。一方で評議院の認可が下りずに独自に活動するギルドも多く、特に犯罪行為や破壊工作活動まで行うギルドは闇ギルドと呼ばれる。

 

大半の闇ギルドは、中枢を担う三つの闇ギルド、六魔将軍(オラシオンセイス)悪魔の心臓(グリモアハート)冥府の門(タルタロス)によるバラム同盟の傘下として活動している。

 

評議院は、魔導士ギルドの統括、フィオーレ王国との折衝、犯罪を犯した魔導士の処罰といった重要な役割を持つ中でも、バラム同盟の壊滅が目下最大の目的である。

 

そんなバラム同盟の一角、六魔将軍(オラシオンセイス)の討伐に妖精の尻尾(フェアリーテイル)が参加することとなった。この頃、活動が活発になり、何かしらの思惑を秘めていることを察知した地方ギルドマスター連盟における決定だ。

 

ただ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)だけではなく、その他いくつかのギルドと連合を組んでことに当たることとなり、ナツ達いつものチームが派遣されることとなった。

 

 

 

一方、彼女はナツ達が出発する数日前に評議院へと呼び出され、足を運んでいた。

 

評議院は魔法界において重要な組織だ。しかし、楽園の塔の事件でエーテリオンを投下し、それが黒幕の思惑に踊らされていた事が判明したことで、当時の評議員の責任が問われた。

 

それにより、評議院は再編を求められ、任期を待たずに首のすげ替えが行われるとともに、職掌の変更や法令改正、各評議員の身元調査など、再編成中は混乱の極みだった。

 

また、闇勢力への牽制も担っていた評議院が機能不全に陥ってしまったことが、闇ギルドの活性化にも繋がっており、六魔将軍(オラシオンセイス)の動向も評議院の混乱の下、水面下で進行していた形となる。

 

そのため、評議院の回復は急務とされていたが、今ようやく再編が終わり、新生評議院としてスタートすることができた。

 

そこで、彼女は新生評議院に招聘を受けたのだ。

 

理由は二つある。

 

一つは、容疑がかけられたことによる査問だ。

 

彼女が発明したとして評議院に導入された魔道具、魔法契約書(コントラクトスクロール)。評議院の実務を革命的に向上させた魔道具であるが、これは、評議院を凍結させた張本人ジークレイン、正確にはジェラールが評議院入りのため持ち込んだものだ。つまり、彼女はジェラールとの関係者、ひいては共謀者として疑惑がかけられたので、評議院へと呼び出された。

 

もう一つは、新生評議院との顔合わせだ。

 

容疑があるとは言っても、魔法契約書(コントラクトスクロール)は既に評議院にとって重要な魔導具である。そして、彼女はその魔道具作成の第一人者である。彼女はこの魔道具の作成と、別の魔導士でも作成できるようにする指導の依頼を評議院から受けており、新生評議院でもその依頼は継続する方針となった。

 

容疑が晴れさえすれば、評議院も後腐れなくこの魔道具を使用できる。そして、厳しい追及と尋問の末、ジェラールの事件との無関係が証明されたことで、新任の評議員からも一応認められたことになる。

 

魔法契約書(コントラクトスクロール)の発明者ということでジロジロと無遠慮に眺められたが、顔合わせも無事に済み、彼女はそのまま新生評議院の依頼を受けることとなった。

 

 

 

 

 

 

「新しくなろうとも人使いが荒いところは変わらないねぇ、評議院というものは」

 

「…………仮にも評議員たる儂の前で言うのか」

 

依頼である魔道具作成と指導の初日を終えた彼女は、評議院の応接室にてある人物と対面していた。

 

評議員のオーグである。

 

「それでどうだい? 組織は上手く回りそうかい?」

 

「組織の再編をこの短期間で成すことができたのは誇るべきことだろうな……いや、儂が言うべきことではなかったか」

 

年月を重ねて、評議員としての経験と魔法界を牽引してきたことへの自負を感じさせる威容の持ち主だったが、彼女の目の前で椅子に腰をもたれかかっている古老は自嘲の笑みを浮かべていた。

 

オーグは以前の評議員にも名を連ねて二ノ席という地位についていた老翁だ。円卓に座して協議する評議員では位の違いによって決定権に優位が出る訳ではないが、それでもナンバー2にいたということは評議院でも発言力の強い方だったということである。

 

しかし、現在の発言力は落ちている。以前の評議員は責任を取られてほぼ全てが引退した中で、オーグだけが新生評議院にも続投した訳だが、評議院の名を貶めた本人であり、その求心力は低下し、新任の評議員からの評価も低い。

 

故にオーグは自責の念が強く、未だに評議員の椅子に固執しているような有様の自分を誇れていない。

 

だが、彼女にとっては、半ば針の筵の状態でありながらも、魔法界の秩序のためにその政治力を振るうという意思の強さには敬服していた。

 

「そんな寂しい笑顔をしないでほしいねぇ。今まで頑張ってきたんだから、そんなに自分を責めることはないんじゃないかい?」

 

「……あまり子供扱いしないでくれんか? もちろん悔やんでばかりはおられん。取り返しのつかない失敗であるからこそ、一層身を粉にして職務に邁進するつもりではあるのだ。あまり見くびらんでくれ」

 

そう言ったオーグの顔は、古老には似つかわしくないくらい猛々しく滾っていた。

 

「そうかい。逆に失礼だったかな」

 

彼女は目を細めて謝った。

 

 

 

彼女とオーグの関係は良好だ。

 

オーグは以前の評議員時代では、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に対して解散決議を出すほどの強硬派だった。だが、彼女に対しては、人柄と実績、何よりも損害を出さないという点で大きく評価していた。毛嫌いしていた妖精の尻尾(フェアリーテイル)に似つかわしくない彼女について、評議院への引き抜きも検討していたし、もし妖精の尻尾(フェアリーテイル)が解散した際には重要なポストを用意することも考えていたほどだ。

 

今はもうそんな発言力もないが、同時に妖精の尻尾(フェアリーテイル)への嫌悪感も薄れ、彼女に対する勧誘しようという気持ちも落ち着いてきている。もちろん評議院入りしてほしい気持ちは変わっていないが、彼女と会って雑談するだけになるとはオーグ自身も思っていなかった。

 

「新しい議長は以前とはだいぶ雰囲気が違うねぇ」

 

「グラン・ドマ議長か。歴代評議員の中でもかなりの武闘派で、恐らく妖精の尻尾(フェアリーテイル)にも儂以上に強い姿勢をとるだろう。気をつけるといい」

 

「おや、注意をしてくれるのかい。大分丸くなったんだねぇ」

 

「なに、年相応になっただけかもしれんぞ?」

 

カラカラと軽く笑う彼女にニヤリと口角を上げるオーグ。

 

蟠りもなく、こんな軽口も叩けるようになるとはオーグは思ってもいなかった。

 

 

 

若くして評議院の門戸を叩き、実績を積んで出世を重ねる日々。魔法界の秩序を保つという大義のもと働き続けるなか、秩序とは相反するギルドの存在を認知する。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)。正規ギルドとは名ばかりの問題児集団。実力こそあれど引き起こす騒動は限りなく、質実剛健、品行方正を良しとするオーグにとって、知れば知るほど嫌悪が募る存在だった。

 

評議員として実権を握ってからは幾度となく解散させるように働きかけた。損害を伴いながらもその確かな実力と実績、そしてヤジマをはじめとした穏健派の擁護によって頓挫し続けたが。

 

そんな中だ。彼女と出会ったのは。

 

それは彼女に対する聖十大魔導の称号を授与するか否かを決定するため、その人格を見定めるために評議院へと招いて面会した時のことだ。

 

現れたのは天上の女神かと思うが如き女性だった。

 

評議員として濃密な経験を重ねてきたオーグをして、これ以上はありえないと感じさせるほどの美だった。噂には聞いていたが、実際に目にしてしまうと年甲斐もなく魅了された自覚があった。周りの評議員もその美貌に動揺していた。

 

気に食わない妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士だという先入観が消え去るほどだった。事前調査でも、妖精の尻尾(フェアリーテイル)にあるまじく清廉潔白な人柄であるとわかり、オーグは聖十大魔導の授与に肯定的になっていた。

 

だが、彼女は断った。自分は純粋な魔導士ではなく、魔導士の名誉は他に相応しい者たちに与えるべきだと言って、何の未練もなく固辞したのだ。

 

彼女程の人物が聖十大魔導という称号を受け取らず、ただの一般魔導士として妖精の尻尾(フェアリーテイル)に所属していることがオーグは認め難かった。だから、事あるごとに評議院へ勧誘していた。彼女は毎回辟易としていたが。

 

結局、その思いは叶わず、彼女を自分のいる評議院へと引き入れることはできなかった。

 

そして、かつての地位から失脚し、自分を顧みることができた今では、それでよかったかもしれぬ、と思い始めていた。

 

彼女を一人の魔導士として、その意思を尊重する。そうして彼女を見てみると、彼女はただ自分たちの仲間を大切にしているだけだという事が分かった。彼女からこうも暖かく見守られている妖精の尻尾(フェアリーテイル)の者たちを少しばかり羨ましくもあった。

 

「そういえば、うちの子たちが六魔将軍(オラシオンセイス)の討伐に向かったんだけど、何か意図でもあるのかい?」

 

「なんじゃと……!? 評議院ではそのような決定をしておらん!」

 

「あぁ、なるほど。地方の独断かい。こりゃ、新生評議院も大変だねぇ」

 

「他人事と思ってからに……! 今から胃が痛くなるわ……」

 

本来、バラム同盟の討伐などの大きな案件は評議院の領分だ。評議院で決断し、その決定を各地方ギルドマスター連盟に通達して、そこでギルドが動くことになるのが正規の流れである。独断専行は、責任の所在や後始末など多くの問題が残されるからだ。

 

もちろん、危急の事態には迅速果断の対応が求められ、評議院の決定を待っていたら手遅れになるケースもある。一概に間違っているとは断定できないが、評議員たるオーグからしたら統制が取れていないことの表れである。

 

オーグは思わず自分の腹部に手を当てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

評議院で数日間に渡る依頼に従事した彼女は帰路についていた。

 

自分の《契約》の力を魔道具に落とし込んた魔法契約書(コントラクトスクロール)。自分であれば短時間で作成することができるが、現在、別の魔導士が作成することはできていない。

 

魔法契約書(コントラクトスクロール)を作成するための魔法。契約魔法とも言うべきか、彼女はその理論化と実践方法を成立させ、評議員の魔導士に伝授している。だが、未だに実現にこぎつけた者はいない。

 

既存の魔法体系から逸脱した理論、難度の高い工程、必要な魔力量。どれをとっても、ほぼ全ての魔導士たちの手に負えたものではない。彼女が最も天才だと評した魔導士プレヒトでさえも、さわりだけ聞いて匙を投げるほどのものだ。

 

彼女自身、指導に関しては扱える者は出てこないと思っている。とは言え評議院の意図も分かってはいる。評議院の活動に欠かせなくなりつつある魔法契約書(コントラクトスクロール)の作成を、民間の一魔導士に委ねることを良しとできないのだ。依頼を出される以上、彼女は協力を拒まないことにしている。

 

「依頼料も悪くないしねぇ。あ、売り子さん、このお酒もう一本くれるかい?」

 

「は~い」

 

彼女は手にした依頼料で車内販売のお酒を買い込んでいた。

 

彼女が依頼を受けるのは、大金が手に入り、妖精の尻尾(フェアリーテイル)への敵意をある程度帳消しにでき、評議員とのコネクションも保てるからだ。後は、マカロフが評議院に潜り込ませている人物の様子を確認できるのもあった。

 

神秘的な美貌とは裏腹に、彼女は打算的な考えで動いているのである。

 

 

 

 

 

 

マグノリアの街に戻り、自宅に戻って荷物を置いた後、彼女はギルドへと向かった。

 

ギルドハウスが近づくにつれて、賑やかで騒がしい様子が伝わってくる。いや、いつも以上に盛り上がっている様子で、彼女は首を傾げた。

 

「ん~? 特に特別な日じゃないけどねぇ。まあ、そんな日もあるかな」

 

とは言え、何の理由もなく喧嘩や宴会を開く者たちだ。彼女は特に深く考えることもなく、ギルドの中へと入る。

 

「ただいま~」

 

「おっ、リュウさん! おかえり!」

 

「リュウさんが帰ってきたぞ~!! きっとびっくりするぞ、こりゃあ!」

 

「新しい加入者、しかも滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だ。きっと度肝ぬくぜ!」

 

皆がギルドに入ってきた彼女に視線を向ける。その表情は、彼女のリアクションを期待して笑みを浮かべていた。

 

「加入者かい? それはめでたいねぇ。今どこにいるのかな?」

 

「あっ!! リュウさん!!!」

 

彼女が辺りを見回していると、集団の中から小さな影が飛び出してきた。小柄な体躯の彼女よりも小さい、藍色の長髪にワンピース姿の可愛らしい少女だ。

 

少女が懐に飛び込んできたところを受け止める。彼女はその少女の事を知っていた。

 

「おや、ウェンディ嬢。なんでここに?」

 

彼女が救出してからの付き合いで、定期的に訪れて魔法の指導を行っている少女、ウェンディだった。

 

「リュウさん会いたかったです!」

 

「ええ~! 知り合いだったのか!」

 

彼女の懐から見上げて笑うウェンディの姿に、一同が驚いた。

 

 

 

 

 

 

ウェンディに手を引かれ、ナツ達のいる卓へ来た彼女は六魔将軍(オラシオンセイス)との戦いについて話を聞いた。ニルヴァーナという兵器、生存していたジェラールの逮捕と化猫の宿(ケット・シェルター)の真実。

 

各自の成長と活躍を笑顔で頷きながら聞いていた彼女は、全てを聞き終えた後に目を閉じて天を仰いだ。過去の罪を清算し、未練なく成仏したローバウルを羨ましく思いながらその冥福を祈った。

 

「マスターがリュウさんにありがとうって言ってました」

 

「そっか…………」

 

化猫の宿(ケット・シェルター)の真実。それは、ニルビット族そのものでもあったローバウルがただ一人、ウェンディのために作り上げた幻想のギルドだということ。

 

400年前、争いが激化した中で、戦乱を治めるためにローバウルが作り上げた魔導兵器ニルヴァーナ。人々の感情を操作し、善悪を反転させるニルビット族の象徴だが、善と悪はつりあうものだ。際限なく善を作り続けることができず、ニルビット族自身を悪へと落としてしまう。結果、ニルビット族は殺し合い、全滅した。

 

ただ一人残されたローバウルは思念体となり、封印されたニルヴァーナを破壊できるものが現れるまで400年間近くの廃村で待ち続けた。

 

そんな中、ローバウルのいる廃村に訪れたのがウェンディだ。

 

ウェンディは育ての親であるドラゴン、天竜グランディーネが突如姿を消した後、孤独になってしまった。そんなウェンディを助け、一緒に旅をしていた男がローバウルの元へと導いたのである。

 

魔導士ギルドへ連れていくと言われていたウェンディを悲しませる訳にいかず、ローバウルが村人たちの幻影を作り出し、集落を形成したのが始まりだった。

 

ウェンディただ一人のためだけのギルド、化猫の宿(ケット・シェルター)

 

「ごめんねぇ、ウェンディ嬢」

 

「え、何がですか?」

 

彼女は知っていた。

 

ローバウルが思念体であることも、村人たちが幻影であることも、化猫の宿(ケット・シェルター)が幻想であることも。

 

だが、ウェンディには言わずにいた。既に化猫の宿(ケット・シェルター)の一員だったウェンディをローバウルから引き離すことなどできないし、400年間孤独だったローバウルをまた孤独にさせることもできない。だから余計な事を言わずに黙っていた。

 

彼女は理由があろうと黙っていたことに罪悪感かあり、ウェンディに謝罪の言葉を口にした。

 

「実は知っていたの。ニルヴァーナのことも、ニルビット族のことも、化猫の宿(ケット・シェルター)のことも。だけど、話せなかった。ごめんなさい」

 

「え……」

 

彼女の告解にウェンディが呆然とする。

 

逆に驚愕から彼女を問い詰めたのがナツだった。

 

「なんだよそれ! 黙っていたってのか!?」

 

「よさんかナツ! リュウさんが意味もなく黙っていた訳はないはずだ。何か事情があるのですね?」

 

エルザがナツを制止しながらも、彼女に説明を求めた。

 

「どんな事情があっても許されることじゃないさ」

 

そう前置きをしてから、彼女は今までのローバウルとの関わりを話した。

 

 

 

 

 

ウェンディを暴漢たちから救ったこと。

 

送り届けた先で、ローバウルと村人に出会い、思念体と幻影だと気付いたこと。

 

ローバウルから事情を聞き、ニルヴァーナが封印されているなか、ずっと破壊できる者を待ち続けていたこと。

 

破壊することを求められたが彼女は自分一人の力じゃ不可能だと断ったこと。

 

「俺たちを呼んでくれれば良かったのによぉ」

 

「ごめんねぇ。ニルヴァーナの破壊方法を知らなかったから、成功するか分からないような危険に誘うことはできなかったのよ」

 

「ジェラールは自立崩壊魔方陣で自壊させようとしてました。リュウさんもそうやれば良かったのでは?」

 

「…………そんなのがあったんだねぇ。ごめんね、知らなかったよ。もっと勉強すべきだったねぇ」

 

自立崩壊魔方陣は、六魔将軍(オラシオンセイス)のブレインが魔法開発局にいた頃に開発した新しい魔法だ。評議員として潜入してアーカイブにアクセスできたジェラールだからこそ知ることができた言わば秘技であり、彼女は知る由もなかったが、これもまた自身の怠慢だとして謝った。

 

謝ってばかりの彼女に周りが恐縮しきるが、説明は続く。

 

既に化猫の宿《ケット・シェルター》の一員だったウェンディを引き離すことは憚られ、真実を伝えて悲しませることもできずに黙ってしまったこと。

 

ウェンディから申し出されて魔法の指導をするようになり、定期的に集落を訪れたこと。

 

そして、全てが解決したなかで、自分の無力さを恥じていること。

 

 

 

語り終えた彼女は表情を暗くしながら、改めてウェンディとシャルルの方へと向くと頭を下げた。

 

「本当にごめんなさい。ウェンディ嬢、シャルル嬢」

 

「…………」

 

ウェンディもシャルルも黙っている。彼女が黙っていたことに思うところがないわけではない。

 

それでも、彼女が悪意を持っていた訳でもないし、恩人でもある彼女がそういう人物ではないことはこれまでの付き合いでも分かっている。

 

シャルルはウェンディの顔色を伺った。比較的冷静に受け止められたシャルルは、彼女が黙っていたことはウェンディを思ってのことだと分かったから、自分でもそうすると思って責めるつもりはなかった。ただ、ウェンディがどう思うかが心配だった。

 

そのウェンディは、くしゃっと悲しみに表情を歪ませると、彼女の懐に再度飛び込んだ。

 

「そんなに謝らないでください」

 

「ウェンディ嬢?」

 

その悲しみは伝えてくれなかったことに対してではなく、彼女が悲痛な顔で後悔に苛まれていることに対してだった。

 

「黙っていたことは、ちょっとだけ悲しいですけど、リュウさんがそんなに苦しそうに謝っている方がずっと悲しいです。私は、リュウさんに会えたことが嬉しいです。リュウさんが遊びに来てくれていたことが嬉しいです。色々教えてくれたことが嬉しいんです」

 

「ウェンディ……」

 

シャルルが覗いた時には、ウェンディはもう笑顔で彼女を見ていた。ウェンディは彼女から離れて、真っ直ぐな目を向けた。

 

「だから、許します。リュウさん、これからも同じ妖精の尻尾(フェアリーテイル)の仲間として、よろしくお願いします」

 

ウェンディの笑顔に、彼女もまた笑顔で応えた。

 

「うん、ありがとう。ウェンディ嬢、これからもよろしくねぇ」

 

 

 

 

 

 

彼女はもう一つ伝えたいことがあった。

 

ウェンディが探している男、ジェラールの正体のことだ。彼女はその正体を知っていた。

 

今、ギルドの2階からウェンディを見下ろしてくるミストガンこそが、ウェンディをローバウルの下へと導いた男だった。

 

だが、彼女はミストガンとの《契約》で口止めされてしまっていて、ウェンディに教えることができない。ウェンディからミストガンのことを教えられた時には、《契約》した後であり、必死なミストガンの様子に安請け合いしてしまったことを悔いていた。

 

彼女は2階にいたミストガンに視線をやって促したが、ミストガンはその場から立ち去ってしまった。

 

「……魔法契約書(コントラクトスクロール)を使うの、もうやめようかねぇ……」

 

自分自身の力に振り回されている現状を自嘲し、評議院からの依頼を受ける量を減らそうかと思案する彼女だった。

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