妖精の尻尾のリュウさん   作:ただの馬鹿

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風たちぬ

私にはお母さんが2人います。

 

生んでくれたお母さんと育ててくれたお母さんです。

 

物心ついた頃には既に育ててくれたお母さんのもとにいましたから、生んでくれたお母さんのことは知りません。言うなればみなし児だったという訳ですが、育ててくれたお母さんがずっといてくれたので天涯孤独だったという感覚はありませんでした。

 

育ててくれたお母さんは実は私と同じ人間ではありません。ドラゴンです。

 

天竜グランディーネ。私を育ててくれたお母さんです。

 

グランディーネはいろんな事を教えてくれました。言葉や文字、文化や常識、そして魔法などです。

 

教えてくれた魔法は滅竜魔法といいます。自分の身体をドラゴンと同じようにして、ドラゴンと同等の力を使うことができる魔法です。

 

グランディーネは天竜だから、私は天空の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)になります。

 

他にも、治癒魔法や付加術なども習いました。誰かを傷つけるよりも、こういった誰かを助ける魔法の方が好ましくて、あまり攻撃魔法を特訓したりはしていませんでした。

 

それでも、私は天空の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であることを誇りに思っていますし、グランディーネのことも慕っていました。それこそ、実の母親のようにも思っていました。

 

そんなグランディーネが突然、私の前からいなくなってしまって、そこで初めて孤独の寂しさというものを痛感したんです。

 

 

 

 

 

 

一人路頭に迷っていた私を助けてくれたのがジェラールでした。

 

ジェラールもまた一人迷っていたらしく、孤独だった私をお供にして一緒に旅をすることになりました。それまでずっと孤独だったのもあり、二人旅はとても楽しかったものでした。

 

ですが、二人旅は1か月ほどで終わりました。というのも、ジェラールがこれからの自分の旅には危険が伴うといって同行を認めなかったからです。

 

その時に言っていた、アニマ、という言葉の意味は今でも分かりません。でも、攻撃魔法を習ったことはあれど使うことはなく、身を守る術がなかった私は押し切ることができずに、ジェラールと別れることになりました。

 

ジェラールが連れて行ってくれると約束したギルドが今私がいるここ、化猫の宿(ケット・シェルター)です。人里から遠く離れた集落で生活する村人のみんなで結成されたギルドです。私だけ後から加入したよそ者でしたが、みんな私の加入を喜んで受け入れてくれました。

 

集落での生活は今までと勝手が違いましたが、家事や機織を手伝っていくなかで慣れていくことができ、今では胸を張って化猫の宿(ケット・シェルター)の一員だと言えます。私が作った料理や織物はみんなにも好評なんですよ?

 

でも、ワース樹海への採集などは危ないからと言って、同行を許してはくれませんでした。みんな過保護で心配性だなあ、と思っていましたが、私のことを想ってのことなのは分かります。

 

後は、別の村や街に行くことも認めてくれませんでした。ここはワース樹海という危ない場所に囲まれているし、そこまで行くための道はきちんと整備されてなくて、何が起きるかわからないからだと言われました。それなら村人のみんなの誰かがついてきてくれないかな、と提案しましたが、何かしら事情があるらしく、言いくるめられて渋々諦めていました。

 

みんなが私を大切にしてくれていることは分かってましたが、やはりどこか寂しい気持ちがあったのは否定出来ません。どうしても私は外から来た訳だから、村人のみんなからは守るべき対象であり、少しだけ距離を感じてしまっていたのは否定できません。

 

そんな中、生まれてくれたシャルルは唯一無二の親友になりました。

 

集落の片隅にポツンと置いてあった私の身長ぐらいの大きな卵。何が生まれるのかな、もしかしたらドラゴンかも! と思ってマスターにお願いして、自分で世話をすることにしたんです。

 

そして生まれたのが子猫でした。卵から猫? と思いましたが、その可愛らしさに疑問も吹き飛びました。

 

どこかボーっとしている子猫に手を差し伸べました。

 

「私はウェンディだよ! よろしく! シャルル!」

 

「シャ……ルル…………?」

 

「うん! あなたの名前!」

 

どうやらその子猫は喋れるみたいでした。マスター曰く、なぶらそういうこともある、だそうです。

 

シャルルが生まれてからの生活は私にとって大きく変わりました。村人のみんなに不満なんてある訳ありませんが、やっぱり同年代の女の子として気がおけない関係というのはとても嬉しいものなんです。

 

シャルルは村人のみんな以上に心配性で過保護。お小言も多くて、引っ込み思案で弱気だった私をしかることもたくさんあったけど、私のことを誰よりも大切に想ってくれていることが分かってた。時には、私の意見を尊重して、村人のみんなと対立することもあって。

 

だから、あの日、私の我儘にシャルルが賛成してくれたんです。

 

 

 

 

 

 

「私、一度は外の街に行ってみたいです!」

 

「むぅ。ここの周囲は危ないからのぉ。あまり賛成できないんじゃが……」

 

「今はシャルルがいます! ねっ、シャルル!」

 

「そうね。私も翼魔法(エーラ)が使えるようになったし、認めてあげてもいいんじゃないかしら? いざとなったら空に逃げればいいんだし」

 

「う~む」

 

私は集落の外に出て、別の街に行ってみたいという思いがありました。ここはみんなが優しく、自然も豊かな場所でしたが、外への憧れというものが抑えることができなかったからです。グランディーネとの暮らしでいろいろな国や街の話を聞いたり、実際にジェラールとの二人旅では驚きと楽しさに満ちたものでしたから、ここの暮らしは安心できるものだけれど、ちょっとした冒険心をずっと秘めていました。

 

今までは、私一人しかいなくて認めてくれませんでしたが、シャルルと二人なら大丈夫、シャルルは空を飛べるから大丈夫だと思って、その日は強く説得しました。

 

マスターは最後に根負けして、私の外出を認めてくれました。

 

でも、それは楽しい冒険にはなりませんでした。

 

 

 

マスターの不安は的中してしまいました。子供でしかない私と猫のシャルルの遠出は、格好の的でしかないみたいでした。そのことを私はよく分かっていなかったんです。

 

集落を離れて、獣道を歩み、少しばかり大きめの道へと抜け出して、近くの街へと向かっていた私たちは人攫いに襲われてしまいました。

 

浮かれ気味歩いていた私は、死角からの攻撃で避ける暇もなく、何も分からないまま地面に倒れました。

 

「きゃっ! な、なに」

 

「ウェンディ!」

 

突然の事態で混乱していた私を助けようとシャルルが翼魔法(エーラ)を使いました。それで、私の身体を掴み、空へと羽ばたきます。

 

でも、逃げ出すことはできませんでした。

 

シャルルは翼魔法(エーラ)を習得してからまだ日が浅かったから、今のように急上昇や複雑に旋回することなんてできませんでした。ゆっくりと直線的に飛ぶ軌道は、狙いやすい標的でしかありませんでした。

 

人攫いには遠距離で攻撃できる魔導士がいて、撃ち落されたところを包囲されてしまったんです。

 

「こ、の……はな、しなさいよ」

 

「シャルル! あぐっ!」

 

大きな男の人が小さなシャルルの首を掴んで持ち上げて、助けようとした私はお腹を思いっきり蹴られてしまい、地面に蹲まってしまいました。蹲った私の背中を足で抑えつけながら、男の人たちが談笑するのが聞こえました。

 

「へ~、喋る猫って珍しいな。高く売れるんじゃねえ?」

 

「見たことねえしな。好事家に吹っ掛ければいい。世の中には人間に欲情できねえ奴ってのがいるからな。良い声で鳴いてくれることだろう」

 

「こっちの女も良い買い手がつくだろうな。見た目もいいし、いい感じに幼い。権力者が好みそうだ」

 

「純朴そうだから未通女(おぼこ)だろ。高値がつく。お前ら手を出すんじゃねぇぞ」

 

「「「うっす!」」」

 

私はこの人たちが何を言っているのか分かりませんでした。でも、身の毛がよだつ悪意が漂ってきたのを感じて、本能的に逃げ出そうと必死になりました。でも、私の小さな体じゃ抜け出すこともできず、シャルルを救うこともできなかった……。

 

私は無知で無謀なだけだった。警戒心もなく、危機感もなく、根拠もない自信だけでシャルルまでも危険に晒してしまった。

 

後悔と、自分への怒りと、シャルルへの心苦しさで涙を流すしかなかった。

 

そんな私たちを救ってくれたのが、リュウさんでした。

 

 

 

「白昼堂々こんな往来の真ん中で幼気な女の子たちを甚振るのなんて見過ごせないねぇ」

 

その声に、私を含めて全員が目を向けました。そして、そこに立っていた女性の姿に誰もが目を見開いて動きを止めました。

 

世間知らずの私でも、最も美しいと思ったほどの女性でした。私より少しばかり年上で、ここにいる男の人たちと比べても小柄な方が、危ない状況にも関わらずに声をかけてきたことに、私は自分の状況も忘れてじっと見続けてしまいました。

 

助けにきたにしてはその女性は一人だけで、一見非力に見えます。男の人たちもそれが分かったのか、見たくもない笑顔を浮かべて、その女性のもとへと近寄って行きました。

 

「これが棚ぼたってやつかあ。もう一人上等な女が手に入るなんてなあ」

 

「なに、正義心出しちゃった感じ? うける!」

 

「残念だったな、嬢ちゃん。こっちには魔導士がいるのさ。安易に声をかけた自分を呪ってくれや」

 

ゲラゲラと気持ちの悪い笑い声で、新しい獲物に標的を定める様子に、私は我に返ってその女性に向けて大声を出しました。

 

「わ、私のことはいいですから、今すぐ逃げ、あがっ!」

 

「余計なこと言わなくていいの。もうすぐお仲間が増えるからね~」

 

自業自得で別の人を巻き込みたくなかった私の言葉は、背中を抑えつける足に力を込められたことで止められました。声をかけられたとしても、今更逃げ出せるような状況ではありませんでした。

 

男の人たちが十数人に対して、その女性は一人だけ。その絶望的な状況でも、その女性は顔色一つ変えることはありませんでした。

 

「見逃すんだったら許してあげたんだけどねぇ」

 

そう言った女性は一瞬の内にその場から離れ、気づいた時には私を抑えつけていた男の人に吹き飛ばしていました。

 

「「「なっ!」」」

 

「悪い事する子はお仕置きだよ」

 

 

 

それからは目にも止まらぬスピードで一人ずつ殴ったり蹴ったりして気絶させていく大立ち回りでした。魔導士が魔法を使う前に昏倒させ、使われた魔法は紙一重で避けてから倒しました。

 

その女性は戦っている最中は魔法を使わなかったので魔導士だと思いませんでしたが、魔導士以上の強さで、私は呆然とするしかありませんでした。

 

「これでおしまいっと」

 

そして最後の一人を気絶させ、手をパンパンっと叩いた女性が私を見てきました。私はシャルルを抱き抱えて地面に座っているしかできませんでしたが、その様子を見た女性は、その場に屈んで目線を会わせると安心させるような柔らかい笑顔を浮かべたんです。

 

「私のことはリュウさんって呼んでね。二人とももう大丈夫だよ」

 

その言葉で助けられたことの実感が湧いてきて、安心からか大声で泣いてしまいました。

 

 

 

「ウェンディ嬢とシャルル嬢ね。良い名だねぇ」

 

「ありがとうございます!」

 

「…………」

 

リュウさんと自己紹介をして、打ち解けることができましたが、シャルルはまだ警戒心を持ち続けていて黙っていました。シャルルの反応も無理はないです。さっきまで危機感のなさから危ない目にあった訳ですから。

 

でも、私はリュウさんに対して安心感を覚えていました。助けてくれたこともありますが、何故かどこか懐かしい雰囲気を感じて、初対面であるはずなのに既にもう信頼したいという気持ちがありました。そして自分たちが人里離れた集落に住んでいて、初めて外の街へと向かっていた最中に襲われたという経緯を説明しました。

 

「そっか、それじゃあ今からそこに向かうのかい?」

 

「…………いえ、私たちだけじゃ、また誰かに狙われるかもしれませんから大人しく戻ることにします。ここからならまだ集落の方が近いですから」

 

「いいの、ウェンディ? あんなに行きたがってたじゃない」

 

「うん、でもシャルルを私の我が儘で危ない目に合わせたくないから」

 

私は、外の街に行ってみたいという思いを諦めることにしました。自分の無力さを痛感したからです。些細な好奇心でしかなかったので、そのためにシャルルを危険に晒すようなことはもうしたくなかったんです。

 

お礼を言って踵を返そうとした私たちにリュウさんが声をかけてきました。

 

「それじゃあ私が送っていこうかい?」

 

「え、いいんですか?」

 

「ちょっと、ウェンディ」

 

リュウさんの申し出を受けようとした私をシャルルが咎めてきました。

 

「私たちを助けてくれたといっても得体のしれない女よ。良く知らないのに付いてくるなんて何か企んでいるかもしれないのよ」

 

「シャルル、失礼だよ」

 

明け透けに警戒していることを言うものだから、注意をしたけど、シャルルは納得のいっていない様子でした。

 

「いいっていいって。あんなことがあったばかりじゃしょうがない。むしろこんなにしっかりしているなんて良いことじゃないか」

 

でも、助けた相手に警戒されることを当たり前だと言って、リュウさんは笑ってくれました。

 

「それでもやっぱり心配なのよ。実際襲われてしまったところを見た訳だからねぇ。まあ、老婆心ってやつだよ」

 

「老婆心って…………」

 

リュウさんのおどけるような口調にシャルルが呆れました。リュウさんはどう見ても私より少しばかり年上にしか見えませんから、場を和ませるための冗談なのかな、って思いました。

 

「はあ、分かったわよ。ただし! ちょっとでも変な素振りしたらすぐに逃げるからね! それと、5mは離れて歩くこと!」

 

シャルルは最後には渋々折れました。シャルルとしても一度襲われたことで、帰り道も不安に思っていたんだと思います。後は、助けてくれた恩人ですから、そのご厚意を無下にするのは憚られたんじゃないかと思いました。でも、ただ認めるのではなく、シャルルは矢継ぎ早に同行の条件を付け足しました。

 

「シャルル~」

 

私は咎めるように名前を呼びましたが、シャルルはそっぽを向くだけでした。

 

「構わないさ。それじゃあ、早速行くのかい?」

 

「あ、そうしたいんですが、この人たちは……」

 

私は周囲で倒れている人たちを見渡しました。リュウさんの手によって全員が気絶させられて地面に横たわっています。これ以上の被害を出すわけにいかず、できれば取り締まってくれる軍や評議院に引き渡したいものでしたが、三人だけで運ぶこともできないと思って頭を悩ませます。

 

「おっと、そうだったね。放置するわけにもいかないからねぇ。ちょっと待っててね」

 

リュウさんはそういうと少し沈黙した後にこう呟きました。

 

「唯識簒奪」

 

そしたら、倒れていたはずの人たちがその場に立ち上がりました。突然のことに驚き、身構えましたが、立ち上がったその表情は虚ろで、立っているのに意識がないように見えました。

 

「大丈夫だよ、ウェンディ嬢、シャルル嬢」

 

緊張していた私たちを安心させるようにリュウさんは穏やかな口調で言いました。冷静に考えれば、リュウさんが何か呟いた後に立ち上がった訳だから、リュウさんの仕業であることが分かります。

 

何をするつもりだろう、と思っていると、リュウさんは次にこう呟きました。

 

「嚮導入道」

 

恐らく何かしらの呪文か詠唱のようなもので、魔法を使ったんだと思いました。この人たちを素手で倒していたのでそうだとは分かりませんでしたが、どうやらリュウさんも魔導士なんだと知り、この人たちを魔法で対処するつもりだと思ったんです。

 

意識のないまま立っていた人たちが何かに導かれるように一方向へとぞろぞろと歩いて行きました。やがて、遠くに行ってしまって見えなくなりました。

 

私たちを襲った脅威が目の前から消えたことで、思わずホッと溜息をもらします。どうやら、気絶していたとしてもずっとどこかで緊迫感を抱いていたみたいです。

 

「彼らはいま、この近くの軍の駐屯地に向かってて、そこで自首することになるよ。そのように仕向けたからね」

 

リュウさんの説明を受けて、私は更に尋ねました。

 

「今のは魔法、ですか?」

 

私が知っているのは滅竜魔法と治癒魔法、付加術にシャルルの翼魔法(エーラ)だけでしたので、どんな魔法か検討がつきませんでした。他人を意のままに操る魔法、なのでしょうか?

 

そんな都合の良い魔法がこの世にあるのでしょうか?

 

私の疑問に、リュウさんが首を捻りながら答えてくれました。

 

「う~ん、魔法というより私だけの固有の力ってところかな。ま、魔法みたいなもんって思っていいよ」

 

「???」

 

リュウさんの言葉が良く分からずに首を傾げてしまいました。

 

リュウさんは苦笑しながら、その解説をしてくれました。

 

「唯識簒奪は対象の意識と無意識を奪い、嚮導入道はそれによって生まれた空白に命令を与えてその通りにさせるもの。元は同じ、私の《与奪》の力なのさ」

 

 

 

 

 

 

集落に戻るときは特に何も起こらず、無事に到着することができました。

 

そして私たちがどんな目にあったのか報告するために、リュウさんをマスターの下へと連れて行きました。

 

集落の中心、猫型テントにリュウさんと一緒に入ると、ちょうどマスターはお酒を口に含んでいたところでした。そしてどこか沈んだ顔でいた私たちを見て、察してくれたのか労わるように声をかけてくれました。

 

「おお、ウェンディや。無事に戻ってきたか」

 

「マスター、私…………」

 

「みなまで言わんでいい。おぬしが無事であるだけで儂はそれでよいのだ。それで、横にいる者は?」

 

「あ、そうですね。こちらの方はリュウさんです。私の恩人です!」

 

「やあ、リュウさんって呼んで頂戴」

 

私が紹介すると、リュウさんは軽く片手を上げて挨拶しました。

 

「おお、ウェンディの恩人か。リュウさん、なぶらありがとう」

 

マスターはお礼を言って頭を下げました。

 

「そんなかしこまらなくていいのに」

 

「なんの。ウェンディの恩人なら儂らの恩人じゃ。どうじゃ、少しばかりもてなしをさせてはくれんかのう」

 

「それはいいですね!」

 

「ええ……もういいじゃないの……」

 

マスターの提案に私は賛成しました。シャルルは消極的だったけど。

 

「う~ん。ご厚意はありがたいんだけど、そろそろ日暮れだろうし、お邪魔するのも悪いよ」

 

「それなら宿泊していってくれてもよいぞ? 客人一人くらいなら問題ないわい」

 

「それも悪いよ。せっかくだけどお断りさせて」

 

「美味い酒や料理もあるぞ」

 

「そこまで言われたら仕方ない。饗応されようじゃないか」

 

リュウさんはいきなり態度を変えて泊まっていくことにしました。どうやら、お酒や食事が大好きみたいです。

 

 

 

ちょっとした歓迎会の後はもう夜になってて、解散することになりました。マスターはリュウさんと話したいことがあると言って、そのままお酒を飲み交わし続けていましたが、私とシャルルはもう眠る時間だったので自分たちの家に戻りました。

 

お風呂に入って、寝間着に着替えてシャルルと一緒に布団の中に入ります。いつもなら、腕の中にシャルルを抱きしめるとその暖かさに安心してすぐに眠ることができます。

 

でも、その日は全然眠ることができませんでした。目を閉じていると昼の襲撃を思い出してしまって、背筋が凍って冷汗が溢れてしまい、ちっとも心が休まらなかったんです。

 

「…………シャルル、起きてる…………?」

 

「…………ウェンディ、さっさと寝なさい…………」

 

「…………眠れないの…………」

 

「…………私もよ…………」

 

明かりもなく真っ暗で、物音一つない静まり返った寝室に、シャルルと二人ぼっち。今まで気にもしなかったのに、心細く感じてしまいました。

 

あの時、リュウさんが助けてくれなかったら、私とシャルルは引き離されて、マスターや村人のみんなとももう会えず、グランディーネやジェラールと再会することもできないまま、酷い目に遭わされていたんだということが、今になって鮮明に想像できて身震いしました。

 

眠ることができないから、身を起こして布団から出ます。シャルルも一緒でした。寝室から出ても、二人暮らしの家には他に誰もいなくて、寂しく感じるくらい広々と感じました。

 

思わずシャルルと一緒に家を出ます。夜だけど、篝火が焚かれているので足元が見失う程暗い訳ではありません。私の家は集落でも中心の方に位置しているので、マスターたちがいる猫型テントから近く、暗闇で迷うということはありませんでした。

 

私とシャルルは、さっきまでいた猫型テントに戻ってきました。

 

リュウさんとマスターはまだ話合っていて、一緒にお酒を飲み続けています。二人は戻ってきた私たちを見ると、ぱちくりと瞬きしました。

 

「おや、ウェンディ嬢。眠れないのかい?」

 

「ふむ、なぶらそういうこともあろうな」

 

「あの、マスター、リュウさん。ごめんなさい」

 

どこか恥ずかしくなって思わず謝ってしましましたが、二人とも柔らかく微笑むだけでした。

 

「大変な目にあったわけだから落ち着かないのも無理はないさ。このテントに眠る場所はないのかい?」

 

「うむ。寝室のようなものはないが、一応地面に莚や茣蓙を敷くスペースはある。今から準備させよう」

 

「ああいや、スペースさえあれば良いよ。私が造るから」

 

立ち上がったリュウさんが、マスターの案内でテントの奥へと移動します。私とシャルルもついていくと、特に何にも使われていない空間がありました。何かのために空けていた予備の空間でそこそこ広いですが、地面は剥き出しで、眠るようなところではありません。

 

そこに立ったリュウさんが手を合わせると、その空間に光が満ちます。

 

「ほいっと」

 

そして光が収まったときには、その場になかったはずのベッドが存在していました。私とシャルルは驚きに目を見開いていましたが、マスターは顎髭を撫でおろしながら冷静に褒めていました。

 

「おお、流石リュウ様じゃのう」

 

「さっきも言ったけど、リュウさんでいいのに」

 

「いやいや、リュウ様はリュウ様じゃろう」

 

「頑固者だねぇ」

 

「ちょっと! そんな簡単に流せないんだけど!」

 

軽口で話合う二人にシャルルが嚙みつきました。

 

「リュウさんは、何の魔法、力でしたか、を使うんですか?」

 

私は質問しました。助けてくれたときの体術と、襲撃してきた人たちを操るときの、えっと《与奪》の力だったかな、その二つしか知らなかったけど、今ベッドを作り出したのは全く別の力だと思ったからです。

 

「今のは《創造》の力だよ。いろんなものが造れる。《与奪》や《創造》を含めて、私には八つの力があるのさ」

 

「なによそれ……」

 

シャルルが唖然とします。私も同じ気持ちです。

 

正に万能、神のような力だと思いました。

 

でも、リュウさんは自分の力を誇るではなく、自嘲の笑みを浮かべていました。マスターもまた、どこか神妙な面持ちで、リュウさんのことを見ています。

 

「まあそんな凄い力でもないさ。色々できるけど、肝心なときに役に立たないんだからねぇ」

 

 

 

 

 

 

猫型テントの中、リュウさんの造ったベッドでシャルルと一緒に寝ます。

 

毛布もフワフワで肌触りが良く、居心地の良い暖かさに包まれます。それ以上に、周りにマスターや村人のみんな、そしてリュウさんがいるということの安心感がありました。

 

さっきまで感じていた不安がどこかに消え去っていたんです。

 

リュウさんはベッドの傍で椅子に座り、唄を歌い始めました。私のように眠れない子を寝かしつけるための子守唄です。

 

その優しくて透き通るような唄声が、徐々に眠りに落ちていくなか聞こえてきました。

 

 

 

 

 

ℒ〜ℒ〜ℒ〜 ℒ ℒ ℒ〜 眠れ千年

 

ℒ〜ℒ〜ℒ〜 ℒ ℒ ℒ〜 栄える大地

 

真っ白な上り竜は 世界に虹色の 雨を降らす

 

生命の実を分け合い 共に生きる 大地は芽吹き

 

赤い月と 蒼い月は 紫の夜を呼ぶ

 

永遠に 栄えよう 星の 海を越えて

 

 

 

 

 

その唄声は、まるでお母さんのようで、眠りに落ちる最後に、グランディーネのことが見えた気がしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

朝起きた時にリュウさんがいてくれたことを確認して、ほっと安心しました。眠っている間に出立していたら、別れも告げられずにもう会えないと思ってしまったからです。

 

朝食を一緒にとった後は、もうリュウさんは用事もなく帰るだけでした。

 

その時、私はあることをリュウさんに懇願しました。

 

「リュウさん! あの、私を強くしてくれませんか!」

 

「ちょ、ウェンディ!?」

 

それは魔法の鍛錬の指導者になってもらおうということです。深く頭を下げる私にシャルルが驚きます。シャルルに相談しなかった私の独断です。

 

「……ふむ。ウェンディ嬢、それはなぜだい?」

 

「このまま、シャルルを、誰かを守れないままでいたくないからです!」

 

私は朝起きた後も、朝食を食べている時もずっと考えていました。私は攻撃魔法が苦手で、ずっと戦うということを避けていたんです。それが、自分のみならず、大切なシャルルまでも危険に晒してしまいました。リュウさんが助けてくれなかったら、私もシャルルも今ここにいません。

 

自分の弱さが許せなかったんです。

 

だから、今まで特に練習もしていなかった滅竜魔法も使いこなせるようにならないとと思ったんです。

 

「ウェンディ……」

 

私の独白を聞いて、シャルルも特に反対しませんでした。シャルルもまた現実を知り、私の決意を無下にできないようでした。

 

リュウさんは目を閉じていましたが、やがて目を開くと真っ直ぐ私を見つめてきます。

 

「ウェンディ嬢は、どういった魔法が使えるのかな?」

 

「えっと、治癒魔法と付加術、あと天空の滅竜魔法が使えます」

 

「そうかい。私は特にそれらの魔法を使えるという訳ではないけど、それでも良ければ力になるよ」

 

「いいんですか! ありがとうございます!」

 

リュウさんが快諾してくれたことに、私は嬉しくなって、また頭を下げました。

 

「あんた、驚かないのね。確か、治癒魔法や滅竜魔法ってとても稀なんじゃなかったっけ? 強くするってどうやるのよ」

 

シャルルが横から指摘しました。そういえば、シャルルの言う通りです。私はグランディーネから教わったので、そういった意識は薄かったのですが、どうやら治癒魔法や滅竜魔法は使い手が滅多にいない希少な魔法みたいです。

 

私にとって、強い人と言われて思い浮かんだのがリュウさんでしたから、勢いのままリュウさんに頼み込んでしまいましたが、リュウさんにとって未知の魔法を使う私のことを鍛えるなんて無茶ぶりだったかもしれません。

 

少し萎縮してしまった私に、リュウさんは悩むことなく笑って言いました。

 

「そうだったね。確かに、治癒魔法や滅竜魔法は今だとほとんどいないけど、まあやりようはあるよ。それに滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)ならうちのギルドに一人いるからね」

 

「えっ!!」

 

私はその言葉に身を乗り出します。私と同じ滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の存在を知り、とても気になりました。

 

「いったいどういう方なんですか!?」

 

「ナツ・ドラグニル。イグニールに育てられた炎の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)さ」

 

それからリュウさんはナツさんのことを語ってくれました。やんちゃで向こう見ずで無鉄砲な人で、いつもトラブルばかり起こすけど、人一倍ギルドや仲間を大切に思ってくれる心根の真っすぐな男の子だと言ってました。そして、既に一人前の魔導士として活躍していて、魔物や盗賊などを倒すこともできているとのことでした。

 

その語り口は嬉しそうで、誇らしげで。

 

「そうだねぇ、ウェンディ嬢さえ良ければ一度うちのギルドに来てみるかい? 私がいれば道中も安全だよ」

 

「ふむ。確かに一度別のギルドを見てみるというのも良いじゃろうな」

 

リュウさんとマスターは、ナツさんの事を気になっていた私を思って、一度会うことを提案してくれました。ナツさんも私と同じく、育ててくれた親であるドラゴンが突如姿を消したらしくて、一度話をすることができればいいな、と私も思いました。

 

「……いえ、今はまだいいです」

 

でも、私は断ることにしました。

 

「いいのかい?」

 

「はい、ナツさんはもう滅竜魔法を使いこませている一人前の魔導士なんですよね?」

 

「そうだねぇ。ナツ坊はもう妖精の尻尾(フェアリーテイル)でも上位の魔導士だよ」

 

「だったら、私も一人前になってからお会いしたいです」

 

私は滅竜魔法を十全に使えていなくて、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)として未熟です。治癒魔法や付加術もまだ覚束なくて、話に聞くナツさんと比べると、私はなんて弱くて拙いことなのでしょうか。

 

同じ滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)として会うんだったら、一人前の魔導士として胸を張って会いたいと思ったのです。

 

「ウェンディがここまで言うんだから、あんたもちゃんとしてくれないと困るわよ!」

 

「うん、分かった。ウェンディ嬢の覚悟は見届けたよ。私のできる限りをもって鍛えようじゃないか」

 

それから、リュウさんと私の関係が始まって、今に続いているんです。

 

リュウさんはお忙しい身で、頻繁にこの集落を訪れることはできませんが、リュウさんの訓練で私は少しずつ魔法が上達している実感を得ていました。

 

リュウさんとの修行は実際に魔法を使うことだけではありません。

 

組み手や受け身の取り方などの実践的なものや勉学や魔法理論の座学もあります。

 

付加術については、リュウさんも《与奪》という力で味方を強化したり、耐属性や耐異常の付与もできるみたいなので、それを元に感覚やコツを教えるというものでした。

 

治癒魔法についても、リュウさんには似たような力があるらしく、同じように指導を受けました。体力や生命力の回復や異常状態の解除、外傷治癒や解毒解熱といった幅広いことを訓練することができました。

 

ただ、リュウさんがとった方法は実戦形式で、リュウさんを対象に魔法をかけるというやり方で、付加術はともかく治癒魔法については異議を唱えようとずっと思っていました。最初は掌に薄い切り傷をつけて治癒魔法で治すというもので、それも嫌でしたが、確かに上達を実感できたため、言わずにいました。

 

それが段々と深い傷を自ら付けるようになっていき、私が何か言う前に治癒魔法の駄目出しをしてくるので、言うタイミングを逃してしまいました。自分から訓練を申し出ておいて、治癒魔法を使いこなせる前に物申すことができずにいました。

 

そのことについては、自分自身が許せなかったです。自分で傷つけて練習できるならそうすべきでしたが、治癒魔法は自分には使えません。だから、すぐにでも上達してリュウさんの方法を止めさせようと我武者羅でした。今になってようやくリュウさんを説得できて、ほっと安心しています。

 

そして、滅竜魔法です。

 

付加術や治癒魔法はリュウさんに会う前から少し使っていましたが、滅竜魔法については使う機会がありませんでした。いや、私自身使うことを避けていました。ですから、攻撃魔法として使うには、それ以前に必要なものが多く、そこから始めるべきことが多かったです。

 

「滅竜魔法とは、自分の体質をドラゴンそのものへと変質させ、ドラゴンと同等の力を振るうことができる魔法。ウェンディ嬢がその魔法を習ったのは?」

 

「グランディーネ。天竜です」

 

「うん、だからウェンディ嬢は天空の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)。その力の源泉は、空気、空、天、この世界に遍在し、この世界の生命を包み込む天空そのものになる。まずはその天空を取り込んで自らの魔力へと変換できるようにすることからだね」

 

「天空を、取り込むですか?」

 

「空を見上げてごらん」

 

私は顔を上げます。どこまでも晴れ渡る空がありました。

 

「イメージしなさい。ウェンディ嬢の目に映るもの全てが自分の力になる。攻撃魔法よりも、まずはそこからだね」

 

そうして、私の滅竜魔法はすぐに攻撃に使うようにするのではなく、基本から学び直すことになりました。

 

グランディーネからは、滅竜魔法の簡単な説明と魔法陣を習っただけだったので、リュウさんの訓練方法は今までの考え方とは違ったものでした。

 

「グランディーネにケチをつける訳じゃないけれど、ドラゴンが自分の力を使う感覚と、人間がその力を扱うのとは当然違いがあるさ。生態も違ければ体組織だって違う。炎の竜が火を吹くのなんて、呼吸と同じようなものだけど、それを人間に教える時に、自分の感覚で伝えても上手くいく訳がないのよ」

 

リュウさんの説明をふむふむと頷きながら記憶していきます。

 

どうやら、私が本格的に滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)として一人前になるのはまだ先のようでした。

 

「一歩ずつ、しっかりと土台を固めていくよ。なに、心配することはないさ。ウェンディ嬢ならやれるよ。頑張ろうね」

 

リュウさんが帰った後も、その言葉を思い出しながら、私は滅竜魔法を鍛えていきました。

 

今なら、攻撃魔法も扱えるようになりました。実戦はまったくしていないので、誰かと戦うのはまだ怖いのですが、大切な人を守れるためなら戦うことも厭わないつもりです。

 

私の成長と覚悟を認めてくれたのか、マスターから少しずつ依頼を頼まれるようになり、集落の外へ出ることも多くなりました。昔とは違い、現実をしっかり見て考え、危険に対処することの大切さを分かっています。私も少しは強くなったつもりですし、シャルルも翼魔法(エーラ)に磨きが加わって、ちょっとのことでは危機に陥るようなことはありませんでした。

 

まあ、それでも世間知らずなのは変わらないので、価値観の違いで狼狽えたり、詐欺にあったりしたこともありましたが。

 

そうして、化猫の宿(ケット・シェルター)の魔導士として働くなかで、この話を受けることにしたんです。

 

六魔将軍(オラシオンセイス)の討伐という大きな依頼を。

 

どうやら妖精の尻尾(フェアリーテイル)の方々も参加するみたいで、そのことを聞いた私はこの作戦に志願することにしたんです。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)には、私と同じ、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)のナツさんがいるからです。

 

とても危険な作戦で、まだまだ一人前と胸を張って言える訳ではありませんが、ナツさんと肩を並べて、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)として役に立てるよう頑張ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の依頼の集合場所に到着しました。ワース樹海の近くにある青い天馬(ブルーペガサス)が所有する館らしいです。私が来た時には、既に他の人たちは全員集まっているみたいで、私は急ぎます。

 

六魔将軍(オラシオンセイス)を叩くために、ギルド同士で連合を組むことになりました。化猫の宿(ケット・シェルター)からは私とシャルルだけ参加します。本当はシャルルを危ない目に会わせたくなかったけど、心配だからって付いてきました。そして、今いる方々はそれぞれ別のギルドから派遣されてきた魔導士です。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)青い天馬(ブルーペガサス)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)

 

みんな噂やリュウさんが持ってきてくれる雑誌などで見聞きしてきた有名な方々です。ちっぽけな私たちでは、場違い過ぎて萎縮しそうです。でも、私も昔の気弱で軟弱な私ではありません。毅然として胸を張っていかないと。

 

「きゃあっ」

 

そう意気込んだのですが、むしろ意気込み過ぎたのかもしれません。急ぎ過ぎて足元が覚束なくなってしまい、皆さんの目の前で転んで悲鳴を上げてしまいました。その声に反応して、全員の目線が私に集中したのを感じます。

 

うぅ、折角気合い入れてきたのに……恥ずかしい。

 

転んだ拍子に埃や砂がついたのを、立ち上がってからぱんぱんと払います。

 

気を取り直して、挨拶しました。

 

化猫の宿(ケット・シェルター)から来ましたウェンディです! よろしくお願いします!!」

 

「子供!?」

 

「女!!?」

 

反応は大体同じでした。小さな女の子が危険な作戦に参加することにみなさん驚いているみたいです。私もみなさんと同じ立場だったら心配してしまうことでしょう。頑張って足を引っ張らないようにしないと。

 

「ウェンディ?」

 

一人だけ別の反応をしている男の人がいました。桃色の髪とマフラーが特徴的な方です。リュウさんが言っていた特徴です。この方が私と同じ滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)のナツさんでしょうか。

 

ナツさんは私の名前を呟きながら首を捻っています。な、なんかやらかしたかな。初対面のはずなんだけど。

 

私の登場にみなさんが動揺するなか、一際大きい男性が場をまとめるように声を出します。

 

「これで全てのギルドが揃った」

 

「話進めるのかよっ!」

 

「大掛かりな討伐作戦にこんなお子様一人よこすだけなんて……」

 

その男性、蛇姫の鱗(ラミアスケイル)のジュラさんが場をまとめようとしてくれましたが、やはり私の存在が気になってしまっているようです。ちょっと申し訳なく思ってしまいますが、その不安をなくせるように気合を入れ直します。むん。

 

「一人じゃないわよ、ケバいお姉さん」

 

「シャルル」

 

私の後ろをついてきたシャルルが隣にきて、苦言を呈してきた女の人に強気に言い返します。でも、その、シャルル、言葉に気を付けないと。

 

「それに、ウェンディはそれなりに強いんだから。ウェンディも言われっぱなしじゃいけないわよ」

 

「でも、子供なのはその通りだから」

 

私がいくら言ったって、実戦経験もない小さい女の子なのは変わらないから。

 

「あの、今まで戦ったことはありませんが、みなさんのお役に立てるサポート魔法なら使えます。自衛の手段もありますので、その……だから、仲間はずれにしないでいただけると…………」

 

ああ、未だに顔を出す弱気な私。シャルルが言いきれない私に溜息をついちゃってる。

 

「すまんな、少々驚いたがそんなつもりは毛頭ない。よろしく頼む、ウェンディ」

 

綺麗な緋色の髪をしている凛々しい女の人が受け入れてくれました。この人が妖精の尻尾(フェアリーテイル)で、強くて美しいと有名なエルザさんだ。確かにその評判通りで、ちんちくりんな私にとって憧れの姿をしていて、思わず目を輝かせてしまいました。

 

「エルザさんだ……話に聞いてた通り、格好良くて綺麗だなぁ」

 

「ふ~ん。彼女が言っていたけど、確かにいい女ね」

 

「あ、ありがとう」

 

無意識に褒めてしまっていて、エルザさんが少しばかり顔を赤くしていました。いけない、流石にいきなりすぎて失礼だったかな。

 

「オ、オイラのことは知ってる? ネコマンダーのハッピー!」

 

「…………ふん」

 

シャルルと同じ、喋る猫さん、ハッピーさんがシャルルに声をかけるが、シャルルはぷいっと顔を背けてしまいました。さっきからハッピーさんは挙動不審だけど、どうしたのかな。二人とも仲良くなれたらいいのに。

 

「ウェンディ、そしてシャルルだったか。話を聞いていたとはいったい?」

 

「あ、そうですね。妖精の尻尾(フェアリーテイル)のみなさんのことはよく話を聞いてます。エルザさんだけじゃなくて、ナツさんやグレイさん、ルーシィさんやハッピーさんのことも」

 

それぞれの顔を見渡しながら私は言いました。まだきちんと自己紹介は終わっていませんが、特徴や外見を聞いていましたので間違っていないと思います。

 

「私、実は魔法の先生がいまして。リュウさんって言うんです」

 

種明かしをするようにその名前を告げると、みなさん一様に驚きました。

 

「なに!?」

 

「マジで?」

 

「リュウが!?」

 

「どういうこと!?」

 

やはりリュウさんはギルドでも慕われているらしく、見ず知らずの私がなぜリュウさんと関係があるのか、と聞いてきました。

 

私は簡単に、助けられたこととそれから定期的に集落に来てくれていること、そしてその度に魔法の指導を受けていることを話しました。

 

「そういうことだったのか」

 

リュウさんとの関係を説明するとみなさん納得してくれました。

 

「リュウさんは良く人助けをするからな、そういう話は枚挙にいとまがない。流石に魔法を教えるということはあまり聞かないが」

 

「俺はあくまで同じギルドだからな。違うギルドの奴にも教えているなんて初耳だ」

 

「なんか、他にもそういう人いそうね……あまり自分の活躍とか語らない人だし」

 

リュウさんのことを話しているところに、違うギルドの方が話に入ってきました。

 

「いま、リュウさんとおっしゃったかね、お嬢さん」

 

青い天馬(ブルーペガサス)の一夜さんです。

 

「はい、リュウさんのことをご存じなのですか?」

 

リュウさんのような美人で強い人だったら、他のギルドのみなさんにも有名なんでしょう。

 

一夜さんは頷いて、顔をキリっとさせます。ただ、ちょっと目元がだらしないような……。

 

「リュウさん、それは天よりもたらされた極上の香り(パルファム)。エルザさんがマイハニーなら、リュウさんはマイラブ。彼女と出会ったその時から、私は愛に生きると誓ったのだ……」

 

「「「かっけーっす! 師匠!!」」」

 

一夜さんの言葉に青い天馬(ブルーペガサス)のヒビキさん、イヴさん、レンさんの三人が感激してます。

 

「呼び名統一しなさいよ…………」

 

ルーシィさんが呆れたように呟きました。聞くと“一夜様”だったり“アニキ”だったり、ポンポン変わるみたいです。ルーシィさんは頭が痛いと言っていましたが、私はそこまで慕われている一夜さんのことを凄いと思いました。

 

「一夜殿も知り合いだったのか」

 

「ジュラさん、リュウ、というのは?」

 

蛇姫の鱗(ラミアスケイル)のリオンさんが、ジュラさんに尋ねます。リュウさんは有名人とは言っても知らない人だっているみたいです。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)のリュウ殿。おそらくイシュガルでも最上位に位置する魔導士であろう。儂以上の実力の持ち主だ」

 

それは私も知らなかったです。ジュラさんって確か聖十大魔導の一人、でしたよね。リュウさんがそれ以上に強いなんて。戦っているところを目の当たりにしたのは初対面の時だけなので、その本気をまだ私は見ていません。

 

「私も噂には聞いておりますわ。確か、妖精の守り人、と」

 

そのことも初耳です。確かに有名な方には代名詞のような二つ名がつきます。ナツさんなら火竜(サラマンダー)になります。リュウさんにもあるんだろうな、と思って直接尋ねたことがありましたが、リュウさんは自分のことをマグノリアの便利屋さん、って言っていたはずです。

 

「確かに昔はそんな異名があったな。あまり好んでなさそうだったから、うちではその名で呼ぶ者はいないが……」

 

エルザさんが肯定しました。ただ、リュウさん自身はその呼び名を苦手にしているみたいです。なんでだろう。リュウさんにぴったりな素敵な名前だと思うんですが。

 

「…………ふん。ジュラさんの言葉でも信じきれません。あなた以上の魔導士だなんて」

 

リオンさんは面白くなさそうに鼻を鳴らします。ちょっとむっとしてしまいましたが、それはリオンさんがジュラさんを尊敬しているからこそ、というのは分かります。

 

そんなリオンさんを窘めて、ジュラさんが一区切りを打ちました。

 

「世界は広い。聖十大魔導といっても、儂などは所詮末端よ。さて、そろそろ本題に戻るとしよう」

 

私が発端となって、リュウさんの話題が続いてしまいましたが、本来は作戦会議を行うべき時間でした。横道に逸らしてしまったことの申し訳なさと、いっぱいお話ができたことの満足感を抱きつつ、真剣になって対六魔将軍(オラシオンセイス)の作戦に耳を傾けました。

 

「作戦の説明は私の方から…………の前にトイレの香り(パルファム)を」

 

「おい」

 

「そこには香り(パルファム)ってつけるな……」

 

その前に、一夜さんがお花を摘みにいきましたが。

 

 

 

 

 

 

 

 

気を取り直して、改めて作戦を聞きます。

 

この館から北に行ったところにあるワース樹海には、古代人たちが封印した強大な魔法があるといいます。

 

ニルヴァーナ、という名前ですが、私は聞いたことがありません。他のみなさんも知らないみたいでした。青い天馬(ブルーペガサス)の方々もその魔法の詳細を把握していないみたいでしたが、六魔将軍(オラシオンセイス)はその魔法を狙って、ワース樹海に集っているという情報を掴んだらしいです。

 

もし、そのニルヴァーナを取られてしまった場合は甚大な被害が想定されます。それを阻止し、六魔将軍(オラシオンセイス)を倒すこと。それが今回の目的です。

 

とは言え、六魔将軍(オラシオンセイス)は6人だけでありながら強大な闇ギルドであり、倒すと言っても容易ではありません。そこで連合を組んだ私たちは数的有利を活かしながら、各個撃破ではなく、その拠点を発見し、一か所に誘導したところを拠点ごと破壊するということを目指すみたいです。

 

青い天馬(ブルーペガサス)の魔導爆撃艇クリスティーナによる飽和攻撃。それが今回の作戦の要である、そう一夜さん方は言いました。

 

その、合理的なのかもしれませんが、非人道的なのでは……。

 

「てか……人間相手にそこまでやる?」

 

ルーシィさんが少し引いてました。私も同じ気持ちです。

 

「そういう相手なのだ。よいか、戦闘になっても決して1人で戦ってはいかん。敵1人に対して必ず2人以上でやるんだ」

 

ジュラさんが気を引き締めるように注意すると、ルーシィさんが青ざめます。私も、血の気が引く思いでした。私はこの作戦が初陣であることを忘れてはなりません。攻撃魔法はちょっとだけ使えるだけで、恐らく戦闘では役立たずですから、敵が強大であることを肝に銘じます。

 

「おしっ!!! 燃えてきたぞ!」

 

しかし、ナツさんはジュラさんの忠告もなんのその。

 

「6人まとめて俺が相手してやるぁーーー!!!!」

 

「ナツ!!」

 

「作戦聞いてねえだろ!!」

 

ナツさんは我先にと館を飛び出して行ってしまいました。忠告を無視した宣言にエルザさんやグレイさんが頭が痛そうにしています。そして、仕方がない、といった様子でエルザさんたちがナツさんの後を追いました。他の方々も置いていかれまいとして、走りだして行きました。

 

私も、頑張らないと!

 

「行こう! シャルル!」

 

「はいはい」

 

「あ! 待ってよ~」

 

私と、シャルル、まだ残っていたハッピーさんの3人でみなさんを追いかけました。

 

 

 

館には、最後に2人、ジュラさんと一夜さんが残されていました。

 

まもなく私たちの後に付いてくる、はずでしたが、実はこの時二人は奇襲を受けていたんです。

 

六魔将軍(オラシオンセイス)による能力により、二人は一時戦闘不能となり、私たちの作戦は筒抜けとなっていました。

 

そのことに思い知らされたのは、ワース樹海の入り口まで来たとき、作戦のキモである魔導爆撃艇クリスティーナが撃墜された時でした。

 

クリスティーナが墜落し、呆然とする私たちの前に、その土煙の中から現れたのが、私たちの標的であるはずの六魔将軍(オラシオンセイス)でした。

 

「うじどもが、群がりおって」

 

急転する事態に実戦経験のなさが出てしまい、頭が真っ白になってしまった私をシャルルが近くの岩陰へと手を引っ張って隠れさせます。シャルルに手を引っ張られたおかげで我に返りますが、いきなり戦闘する局面にあたったことで、どうすれば良いか分からずにいました。

 

 

「探す手間がはぶけたぜーーーっ!!」

 

そんな私とは対照的に、率先して立ち向かったのがナツさんでした。他のみなさんも臨戦態勢になります。

 

しかし、事前に知らされていましたが、やはり六魔将軍(オラシオンセイス)は強敵でした。使用する魔法も初めて見るものばかりで、歴戦の魔導士であるはずのみなさんはなすすべもなく翻弄されてしまっています。

 

エルザさんに至っては、動きを見切られて隙をつかれ、大蛇に腕を嚙まれてしまいました。遅効性の猛毒らしく、激痛に倒れてしまい身動きできなくなってしまっています。

 

エルザさんだけでなく、みなさんが地面に倒れてしまったなか、傲然と立つ六魔将軍(オラシオンセイス)

 

絶体絶命の大ピンチでした。

 

「ゴミどもめ。まとめて消え去るがよい」

 

そして、六魔将軍(オラシオンセイス)のリーダーが手に持つ杖を掲げました。

 

背筋が凍るような気味の悪い魔力が集まります。黒と緑の波動で、大気が震え、大地が揺らいでます。その魔法が解き放たれてしまえば、みなさんの命は、消えてしまう。

 

そんなことは絶対だめ!

 

何をしてるの、ウェンディ! もうあなたは怯えて震えているだけの少女じゃないでしょ!

 

リュウさんに宣言した通り、私が強くなりたいのは、誰かを守れないままの自分が許せなかったからだ。

 

それなのに、何もできずに隠れて見ているだけなんて、そんなの、私は私を一生恨む。

 

だから立ちなさい!

 

天空の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)!!!

 

 

 

岩陰に隠れながら大きく息を吸う。いや、天空を取り込む。

 

今なら、誰も気づいていない。

 

常闇回旋曲(ダークロンド)

 

そして相手の魔法が解き放たれる直前に、震える足に力を込めて、私は隠れていた岩の飛び乗りました。

 

「!!」

 

「なんだぁ?」

 

私の存在に気づいた彼らの視線を浴びます。動揺したのか、発動していたはずの魔法が停滞し、それが私が攻撃を行う絶好のチャンスになりました。

 

 

 

「天竜の……咆哮!!!」

 

「なっ!!!」

 

「なんだと!!?」

 

天竜の肺で取り込まれた空気は、体内で圧縮され、質量を持った暴風となります。

 

六魔将軍(オラシオンセイス)は、全滅させたと思い、油断していたため、まったくの無防備で竜の攻撃をその身に受けました。6人とも暴風に巻き込まれ、その場から吹き飛ばされていきました。

 

「ぐっ!」

 

「なん、なのデス~!?」

 

そして、復帰される前に一刻も早く助けないといけないエルザさんの下へと駆け寄ります。大蛇の毒で悶え苦しんでいるエルザさんに治癒魔法をかけます。

 

「大丈夫ですかっ!? エルザさん!! いま治します!!」

 

「ぐ、ウェンディ……これは一体……!?」

 

エルザさんの体を蝕む猛毒を解毒すると、苦しそうな表情が和らぎました。

 

以前の私なら一回使用するだけで魔力が尽きて疲労困憊になる治癒魔法でしたが、リュウさんとの特訓の成果で、今の私はエルザさんを解毒した直後も問題なく動き回れます。

 

解毒をしてすぐに六魔将軍(オラシオンセイス)の方へと向き直ります。既に6人とも復帰しており、横槍を入れた私を睨んでいます。いえ、リーダーの人は苛立ちつつも喜色を隠し切れない様子でした。

 

「ウェンディ…………所詮は小娘だと侮ってはいたが、流石は天空の巫女と言っておこうか」

 

「天空の巫女? ブレイン、なんだそれは?」

 

「我々の求める鍵の一つさ。小娘、貴様には私たちに付いてきてもらうぞ」

 

その敵意と不気味さが込められた視線を浴びて、また背筋が凍りつきます。

 

でも、もう私には隠れるなんて選択肢はありません。

 

「ウェンディ。お前は……」

 

後ろで倒れているナツさんの視線を感じながら、私は答えました。

 

「私はウェンディ・マーベル! 天竜グランディーネからその力を授かった、天空の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)です!! みなさんは、私が守ります!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は決死の覚悟で奮闘しましたが、闇ギルドの頂点に立つ6人に対して、実戦経験もない少女1人であり、結果は目に見えていました。それが抗わない理由にはなりませんが、結局私は六魔将軍(オラシオンセイス)に捕らえられ、彼らの拠点である洞窟へと連れてかれてしまいました。

 

私が時間を稼いだ間にジュラさんが到着したことで、他の皆さんは間一髪助け出されていましたが、逆に私が危機の真っ只中です。

 

いつも一緒にいたシャルルもいなく、敵陣にたった1人。

 

このままでは、何をされるか分かったものではなく、リュウさんに助けられた時以上の危機感に身震いが止まりません。

 

しかし、どうやら彼らは私を何かに利用するつもりらしくて、それ以上の乱暴を加えられることはありませんでした。とは言っても、攻撃魔法を身に受けたことで用心したらしく、拘束はされてしまいましたが。

 

私は悪い人たちに手を貸すつもりはありません。拒絶の意図を込めて睨みつけて威嚇します。

 

でも、実際に彼を目にしてしまったとき、その決意は揺らいでしまいました。

 

「ジェラール…………」

 

六魔将軍(オラシオンセイス)の目的は、ニルヴァーナ。そして、その在処を知っているのが、私の恩人でもある、ジェラールでした。そのジェラールが今、棺桶のようなものの中で鎖で拘束された状態で、私の目の前にいます。

 

ジェラールは、全身がエーテルナノに侵されて崩壊寸前で、このままでは死んでしまうような状態でした。六魔将軍(オラシオンセイス)は私に治癒魔法を使わせて、ジェラールを復活させ、ニルヴァーナへと案内させるつもりだったんです。

 

彼らの思惑通り、私はジェラールを助けたいと思ってしまいました。ですが、噂では、ジェラールは評議院に潜入して悪いことを沢山した大罪人だということです。ジェラールに助けられた私は嘘だと思っているけれど、それでもジェラールを助けるということはニルヴァーナを手に渡らせてしまうことを意味します。

 

助けたい心と助けてはいけないという理性がせめぎ合います。躊躇っている私に見せつけるように、ジェラールの身体にナイフが突き刺されました。

 

「やめてっ!!!」

 

「なら、早く治すんだな!」

 

拘束されて抵抗できない私に杖を振り降ろして殴ってきます。とても痛かったけど、それ以上に心が痛かったです。誰かを守れるようにと強くなったはずなのに、恩人を前に助けるかどうかの判断ができず、狼狽えることしかできないことが苦しかったです。

 

最終的に私はジェラールを助けること選んでしまいました。ジェラールを、恩人の身体を刻みつけられる様を見せつけられ、私は見捨てることができなかったんです。

 

でも、全て思い通りにさせるつもりはありません。助けるという決断をしたのも、洞窟の外に私の大切な親友が近くまで来ていることに気づいたからです。私の聴覚は鋭敏で、相手は気づかないような声も、風に乗って私の耳まで届くんです。

 

そのことを、おくびにも出さないようにして、私は声をかけました。

 

「あ、あの、治癒魔法をかけるためにも拘束を外してはくれませんか?」

 

「…………よかろう。だが、余計な動きをしたら、即、殺す」

 

嘘はついていません。私の治癒魔法は対象とする方に手を掲げないといけないので、拘束されたままではジェラールを回復させることができませんから。

 

手枷を外された私はジェラールの前に立って治癒魔法をかけました。

 

魔力がごっそりと抜かれる感覚。先ほどの戦闘とエルザさんの解毒に引き続いて、魔力をかなり使ってしまい、疲労感が強いです。

 

でも、まだ、いけそうです。

 

治癒魔法で回復したジェラールは意識を取り戻しました。拘束を外されたその姿は後遺症もなさそうで、無事そのものでした。つまり、ジェラールは1人で動けるようになったということ。

 

「はははははは!! さあ、ジェラール。私をニルヴァーナの下へと連れていくがいい」

 

大笑いしている姿は隙だらけです。油断大敵ですよ。

 

「天竜の翼撃!」

 

「なっ!」

 

両手に風の渦を纏わせて、吹き飛ばします。意識の外からの攻撃を食らって洞窟の奥へと吹き飛ばされます。今ので魔力が尽きかけましたが、倒れている場合ではありません。今すぐ逃げ出さないと。

 

「シャルルーーー!!!」

 

「分かってるわよ!!」

 

シャルルの名前を叫ぶと、洞窟の外から翼魔法(エーラ)で飛び込んできてくれました。さっき、私を呼ぶシャルルの声が聞こえてきたから、私は決断することができたんです。

 

シャルルがいれば、ここから脱出できる。

 

それはジェラールも。

 

「バーニア! アーム!」

 

「ウェンディ!?」

 

移動速度を上昇させるバーニア。攻撃力を上昇させるアームズの低位術で膂力のみ上昇させるアーム。いきなり2つの付加術をかけられたシャルルが驚きましたが、それには理由があります。

 

これによって、普段は1人だけしか運べないシャルルが2人運べるようになります。つまり、私とジェラールを同時に運んでもらおうと思ったからです。

 

「ジェラール! 一緒に!!」

 

私はジェラールに手を伸ばします。

 

「……………………」

 

でも、ジェラールは私の手を取らずに、違う方向へと歩み出してしまいました。

 

「ジェラール!?」

 

「良く分からないけど! 今は一刻も早く逃げ出さないと!!」

 

「そんな、シャルル! だってジェラールは…………」

 

私の恩人なのに。

 

そう続けようとしましたが、急に意識が遠のきました。魔力が底をついた時の感覚です。初めての戦闘で、今までにない以上に魔法を連続で使用したことで、既に私の魔力はすっからかんでした。

 

ジェラールを連れていくことができず、シャルルに運ばれながら私は気絶してしまったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に目を覚ました時には事態は大きく進んでいました。

 

六魔将軍(オラシオンセイス)は半数が脱落。2人は倒され、1人はなぜかこちら側に寝返っていました。

 

寝返った理由こそ、彼らが狙っていたニルヴァーナの力だそうです。

 

光と闇が入れ替わる魔法。悪の心を抱いた善人を悪に、善の心を抱いた悪人を善人に。そのように精神を変容させます。

 

悪い人を改心できるといえば素晴らしい魔法なのかもしれませんが、ニルヴァーナの恐ろしいところは、操作する人が意図的にコントロールができるというところでした。

 

同士討ち、裏切り、背信、理由なき戦争。

 

信頼や結束を破壊し、混乱を生み出す超反転魔法。

 

それこそが、ニルヴァーナ。

 

その正体は、古代人ニルビット族の幻想都市であり、6つ脚をもって大陸を闊歩する移動要塞でした。

 

ワース樹海の奥地から天にまで伸びる光の柱。それが最後に勢いよく噴き出ると、樹海に響き渡るおっきな音とともに、地面から6つの巨大な脚が地面を突き破ってせり上がります。その脚に支えられて天上に浮遊する建造物が姿を現しました。

 

 

 

目を覚ました私は目の前に映る光景に呆然としました。

 

六魔将軍(オラシオンセイス)の1人が寝返ったことは彼らにとっても予想外でしょうが、私が治療したジェラールの後を追って、目的を果たしていたんです。私がジェラールを助けたせいで、敵はニルヴァーナを手にしてしまったんです。

 

私の、せいで。自責の念に心が折れかけました。

 

それでも、視界の先に見えたみなさんの姿に、再び心に火が灯りました。

 

ニルヴァーナの脚にしがみつき、本体まで駆け上がっていく妖精の尻尾(フェアリーテイル)のみなさん。みなさんは、決して諦めることなく闘い続けようとしていました。

 

希望は、まだ繋がっていたんです。

 

「シャルル!!! 私たちもあそこに行こう!!!」

 

「わかったわ!!!」

 

シャルルの翼魔法(エーラ)に乗って、ニルヴァーナの本体まで飛んでいきます。一度気を失ったことで、感じていた疲労感は和らいでいて、少しは魔力も取り戻していました。シャルルに運ばれつつも、深呼吸を繰り返し、少しでも魔力回復に努めます。

 

そして、私とシャルルはニルヴァーナに乗り込むことに成功しました。

 

「はあ、はあ、はあ」

 

「ごめんね、シャルル。無理をさせちゃって」

 

「はあ……私のことはいいの。それより、ウェンディ、これからどうするの?」

 

シャルルに問われて、少し言葉に詰まります。でも、すぐに返事をしました。

 

「ニルヴァーナを止める。私にも何かできることがあるはずだから」

 

拳をぐっと握りしめて決意を強くします。このまま六魔将軍(オラシオンセイス)を野放しにできませんし、ニルヴァーナによる破壊を認める訳にはいけません。それに、私はみなさんのことをちゃんと守れていないんです。

 

シャルルは仕方がないように表情を緩めてくれました。けれど、すぐ何かに気づいたかのように啞然とすると、崖ぎわへと歩きました。

 

「どうしたの、シャルル」

 

「……偶然、よね?」

 

シャルルの視線はニルヴァーナの進行方向に向けられていました。そこに広がるのはワース樹海だけのはずです。

 

いえ、シャルルは、正確にはワース樹海の更に向こう側を見ていたんです。

 

「この方角、このまま真っすぐ進めば……化猫の宿(わたしたちのギルド)があるわ」

 

「え?」

 

まさかの言葉に私も急いで視線を飛ばします。確かにシャルルの言う通り、ニルヴァーナの進む先には化猫の宿(わたしたちのギルド)があります。

 

偶然なのか、それとも……。

 

どちらにせよ、ニルヴァーナがこのまま行進するんだったら、化猫の宿(ケット・シェルター)は踏みつぶされてしまいます。頭を悩ませている暇はありません。

 

「急ごう! シャルル!!」

 

「ええ!」

 

私たちは駆け出しました。

 

 

 

 

 

 

微かに聞こえる戦闘の音を辿っていきました。徐々にその音は大きくなり、到着したのはニルヴァーナの中央、そこでは空中戦が繰り広げられていました。

 

シャルルと同じ翼魔法(エーラ)を使ったハッピーさんに運ばれているナツさんが戦っていました。

 

相手は六魔将軍(オラシオンセイス)の魔導士コブラ、さん。彼が連れている大蛇はエルザさんに嚙みついて毒に侵した毒蛇でしたが、それだけでなく翼を生やして空中も飛べるらしく、その背に乗ってナツさんを迎え撃っていました。

 

ナツさんの攻撃は全て避けられてしまっています。どうやら、相手は心の声を聴く魔法を持っていて、ナツさんの思考を読むことができるみたいです。

 

作戦が筒抜けになる状態で、どうやって対抗するのか。私には見当もつきません。

 

けれど、ナツさんは私には思いつかない方法で相手に攻撃を当てることができました。それは、何も考えないという方法でした。頭を空っぽにして特攻を仕掛けることで、相手の読心を突破して何回か攻撃を加えることに成功してました。

 

た、確かに考えなければ思考の読みようがないだろうけど……。

 

でも、リュウさんが言っていたように型破りな戦い方で、実際に攻撃が通用していたのを見ると、私なんかよりもずっと先を行く滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)なんだということを実感します。

 

やっぱり、ナツさんは凄いんだなあ。

 

でも、相手もそれだけで終わるような魔導士ではありませんでした。

 

ナツさんの炎を纏った拳を受け止めたその腕は、形を変えていきます。赤黒い霧を発しながら、鱗が浮き出て、爪は尖っていきます。それはまさしく、ドラゴンの腕でした。

 

「毒竜のコブラ。本気でいくぜ」

 

相手の正体は、私とナツさんと同じ、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だったんです。

 

「かーっ!!!」

 

「うおっ」

 

突然の事実に呆然としていたナツさんでしたが、相手が近寄り腕を振るって切り裂いてくるのを見ると、我に返ってすぐに回避します。

 

しかし、相手は身体を捻って蹴りを放ちました。言わばサマーソルトキックといった攻撃ですが、それだけではありません。赤黒い毒霧を纏った蹴りがナツさんの頬を捉え、攻撃を食らったナツさんは痛み、そして痺れに悶絶していました。

 

「ぐああああああ!」

 

「毒竜の一撃は全てを腐敗させ、滅ぼす」

 

更に追撃を加えようとしてきました。ナツさんは毒に侵されながらも、すぐに対応します。ただ、毒のせいで動きに精彩はなく、相手の連続する打撃を食らってしまいました。

 

蹴りでナツさんが弾かれてしまい、二人の距離が離れます。

 

「キュベリオス!!」

 

その時、相手は大蛇の名前を呼びました。キュベリオス、と呼ばれた大蛇はその大口を開けると、赤黒い毒の霧を吐き出します。

 

それは攻撃ではなくて、補給でした。毒竜の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)であるならば、毒を食べて魔力を回復することができるんです。ナツさんが火、私が空気を食べるように。

 

毒の霧を食べて回復した魔力を使い、相手は肺を膨らませて攻撃を放とうとしました。その予備動作はナツさんや私には馴染み深いもので、すぐにどんな攻撃か分かりました。

 

「毒竜の……」

 

「ブレス!?」

 

「まずい!!」

 

「咆哮!!!」

 

赤黒い毒の渦が直進し、回避が間に合わなかったナツさんが直撃してしまいました。

 

「ぐあああああああああ」

 

「うわああああああああ」

 

ナツさんたちは咆哮の勢いに煽られてしまい、何とか態勢を立て直すものの、ハッピーさんの翼が力を失ってしまったかのように滞空ができなくなりつつありました。毒が蝕み、二人とも態勢を維持するだけでもやっとの様子です。

 

「どうした! ハッピー! しっかりしろって!! おい!」

 

「オイラ、なんだか、体がうまく動かなくて……」

 

「毒竜のブレスはウイルスを体に染み込ませる。そして徐々に体の自由とその命を奪う。このブレスをくらった瞬間、てめえらの敗北は決まって……」

 

相手が勝ち誇るかのように喋っていますが、ナツさんたちは諦めませんでした。両腕に炎を翼のように纏い、一気に接近して薙ぎ払って攻撃しました。

 

「火竜の翼撃!!」

 

しかし、衰弱するなかで振り絞った攻撃も、心を読まれて回避されてしまいます。

 

「てめえの動きは聴こえている」

 

「くそお!」

 

ナツさんの攻撃は全て読まれ、同時にナツさんたちは毒で徐々に衰弱していく。そんな形勢を打破できずにいる状況を見て、目まぐるしく動く戦闘にタイミングが掴めずにいましたが、私も加勢しないといけないと足に力を込めます。

 

そこに、相手の嘲るような言葉が聞こえてきました。

 

「しかし俺の毒をくらってまだこれほど動けるとは、旧世代の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)にしてはやるじゃねーか」

 

「旧世代だあ?」

 

旧世代、その言葉に私は足を止めてしまいました。

 

「俺は自らの体内にドラゴンの魔水晶(ラクリマ)を埋め込む事によって、竜殺しの力を手に入れた新世代の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)

 

「ラクサスと同じだ! こいつ……本物の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)じゃないよ!」

 

「本物? 元々ドラゴンのみが修得しているという滅竜魔法を人間が修得する術はねえ。俺からすれば、てめえらの方が偽物だろ。この世界にドラゴンなんていねえんだからな」

 

本物とか、偽物とか、旧世代とか、新世代とか。魔法体系とか歴史とかに疎い私には飲み込めない言葉ばかりです。でも、その言葉だけは受け入れる訳にはいきませんでした。

 

だって。

 

「イグニールはいるっての!!!」

 

グランディーネはいるんだから!!!

 

「いねえよ!!! ドラゴンは絶滅したんだ!!! 毒竜双牙!!!」

 

二対の毒の双撃がナツさんを襲ったのと同時に、私はシャルルに頼んで、地面から飛び出しました。はるか上空へと吹き飛ばされたナツさんの下へと接近します。

 

「体が……動かねえ……!!」

 

「ナツさん!!!」

 

「ウェ……ウェンディ……!?」

 

「シャ、シャルル~」

 

「まったく。ださいわね、オスネコ」

 

いきなり現れた私たちに、ナツさんとハッピーさんが驚いています。私が六魔将軍(オラシオンセイス)に攫われてからの対面ですから驚くのも無理はありません。

 

しかし、相手は私の存在に気づいていたみたいで、特に驚いた様子もなく、私たちを見上げていました。

 

「聴こえていたぜ、小娘。てっきり縮こまっているだけかと思っていたが」

 

心の声を聴く魔法。その射程範囲がどれぐらいなのかは分かりませんが、見えない位置にいたはずの私たちの声も捉えていた様子でした。私たちが参戦しても動揺することなく、冷静に迎え撃つ態勢になっています。

 

でも、私が来たのは勢いでしたが、勝算がない訳ではありません。まずは、毒に侵されているナツさんを回復させないと。

 

「ナツさん、ハッピーさん。いま治します」

 

ナツさんたちに解毒と体力回復、痛み止めをかけます。相手に攻撃の隙を与えないために、全速力で魔力を巡らせます。

 

「お、おおおおおおお! すげえ、体が!!!」

 

「治っていくよ~! ナツ~~~!!!」

 

ナツさんたちは私の治癒魔法で快復していきます。魔力量的に全快することはできませんでしたが、衰弱から立ち直ったことで、大はしゃぎで体の調子を確かめています。

 

「ちっ。厄介だな、その治癒魔法ってのは。だが、元に戻ったところで戦況は変わんねえ。心の声を聴く魔法と毒の滅竜魔法がある限り、てめえら偽物が増えたところで俺の勝ちは揺るがねえよ」

 

舌打ちしながら忌々しく睨んできますが、その表情には余裕が窺えます。確かに言う通り、見ていただけでも、私なんかが横入りできるような戦闘ではないことは分かります。

 

でも、私はどうしても、この男の言葉を認める訳にはいかないんです。

 

「んだと、てめえ~!」

 

「ナツさん」

 

「なんだ、ウェンディ」

 

挑発に憤っていたナツさんが私の方へ振り返ると少し目を見開きました。

 

私は、険しく眉根を寄せて、それでいて涙が一筋零れている、見苦しい表情を浮かべていました。

 

その表情から何を感じたのか分かりませんが、ナツさんはとても真剣な目で私の目を見てくれました。

 

「ナツさん。お願いします。私じゃ、勝てないんです。でも、私は負けたくなんかないです。グランディーネを馬鹿にする人なんかに……!」

 

「ウェンディ……」

 

「私たちこそが、本当の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だって、証明してください! お願いします!!」

 

「任せろおおお!!!!!」

 

私の願いに応えてくれるナツさんに、秘策を授けます。

 

「な! ちい!」

 

私の心の声を聴き、その策を潰そうと相手が接近してきます。修行中の時には、発動に時間がかかっていて、その時のタイムラグのままだったら接近を許してしまったことでしょう。しかし、リュウさんの言った通り、何度も反復練習を続けて、発動の感覚を掴んできた私は土壇場で瞬時に発動することができました。

 

イルバーニア(移動速度倍化)×アームズ(攻撃力強化)×アーマー(防御力強化)!!!」

 

付加魔法(エンチャント)の重複発動。

 

秘策なんて奇をてらったものではありません。狙いは単純です。心の声を聴かれて避けられるんだったら、聴かれても避けようがないくらいの速度で叩けばいいという考えでした。

 

修得したばかりのバーニア(移動速度上昇)の上位術、イルバーニア(移動速度倍化)を含めた三重付加魔法(エンチャント)をナツさんに与えました。

 

これで私はまた魔力が尽きて、意識を失いそうになりました。

 

でも、この戦いは最後まで見届けなくてはなりません。

 

接近してくる相手をナツさんが迎え撃ちます。炎を纏った拳で振るうのを相手が避けますが、今まで以上の速度であり、回避に手一杯の様子です。態勢を崩したところにナツさんが追撃を加えました。

 

「火竜の鉤爪!!」

 

「がっ!!!」

 

ナツさんの炎の蹴りが頬を穿ち、まともに食らった相手がたまらず離脱していきます。

 

ナツさんは不敵に笑うと、両手拳を叩き合わせて叫びました。

 

「燃えてきたぞっ!!!」

 

 

 

形勢は逆転しました。

 

先程、ナツさんは何も考えないでやたらめったらに攻撃をすることで相手にダメージを与えることができましたが、今回は違います。その動き方は整然としていて、思考が伴っていることが見て取れます。

 

ただ、その速度が段違いに速くなっていました。その速度に翻弄されて、心の声を聴こえるはずの相手は回避することもままならずに次々に攻撃を受け続けます。

 

そして、最後にナツさんが相手の死角から接近すると、とどめの一撃をぶつけました。

 

「火竜の咆哮!!!」

 

直近から灼熱のブレスを受け、ニルヴァーナの地面へと吹き飛ばされたことで、この戦いはナツさんの勝利で終わったのでした。

 

それを見届けた私は、情けないのですが、再び魔力が尽きたことで気絶してしまいました。

 

 

 

 

 

 

次に目を覚ましたときは、ニルヴァーナの中央、王の間にいました。古代都市の中心で一際高い建造物であり、その頂上にある祭壇のような空間で、ニルヴァーナを制御する場所になります。

 

私が気絶している間に、シャルルがここまで運んできてくれました。王の間には私だけではなく、ナツさんとハッピーさんに加えて、ニルヴァーナに乗り込んでいたルーシィさんとグレイさん、ジュラさんがいらっしゃいました。

 

実はジュラさんはここに来るまでの間に、六魔将軍(オラシオンセイス)のリーダーを打倒していたとのことでした。ルーシィさんが興奮気味に語ってくれ、流石は聖十大魔導の一人なんだと感心するばかりです。

 

ですが、リーダーがやられたはずなのに、ニルヴァーナは止まる様子がありませんでした。

 

ニルヴァーナは化猫の宿(ケット・シェルター)を第一の標的として進行していることは確からしく、ジュラさんがその目的を聞き出そうとしてくれましたが出来なかったみたいです。

 

仕方なくこの王の間に集結した訳ですが、操縦席のようなものがありません。六魔将軍(オラシオンセイス)は誰もおらず、リーダーも倒されました。それなのに、ニルヴァーナは止まらないことに、グレイさんが推測を述べます。

 

「まさか自動操縦か!? 既にニルヴァーナ発射までセットされて……」

 

止められる方法も分からず、私たち全員が焦燥感ばかり募らせていきます。

 

いえ、1人だけそれどこではない方がいました。地面に突っ伏して吐き気を堪えています。

 

「ナツさん、大丈夫ですか?」

 

先程まで、六魔将軍(オラシオンセイス)の1人と死闘を繰り広げていたナツさんです。解毒の魔法をかけて既に回復しているはずなのに、一向に具合が良くなりません。

 

頭を悩ませる私にハッピーさんが理由を教えてくれました。

 

「ナツは乗り物に弱いんだよ」

 

「情けないわね」

 

「乗り物酔い?」

 

どうやらナツさんは馬車や魔導列車のような乗り物に酔いやすい体質みたいで、この移動要塞ニルヴァーナも激しく揺れ動くため、乗り物として感じてしまうということでした。

 

「それなら……トロイア」

 

私には、バランス感覚をやしなう魔法がありました。トロイアは平衡感覚を正常化し、神経系を和らげる魔法です。

 

「おお!? おおおおおっ!! 平気だっ、平気だぞ!!」

 

この魔法をかけられたナツさんは地面に倒れていたのも嘘のように、その場に立ち上がると、地面を何度も踏んだり、飛んだり跳ねたりするはしゃぎようです。よっぽど乗り物に酔わないという感覚に喜んでいるみたいでした。

 

「すげえな、ウェンディ! ていうか、俺、お前に助けられてばかりだな!! ありがとうな!!!」

 

「いえ、そんな。私なんて誰も倒せていませんし……」

 

「はあ。あなた、何言ってるのよ」

 

私は謙遜しますが、シャルルが溜息を吐いて叱咤してきました。

 

「ウェンディは自分のこと卑下しすぎ。あなたがいなければ最初にみんなが殺されて終わってたわよ」

 

「そうよ! 私なんてジェミニのコピーに動揺して何もできなかったんだから! …………自分で言ってて凹んできたわ……」

 

「そうだぜ。流石はリュウから教わっていただけはある」

 

「うむ。希少な滅竜魔法を扱えており、治癒魔法や付加魔法においてはイシュガルでも他の追随を許さぬほどの腕前だろう。実際、ウェンディ殿がいなかったらエルザ殿の命はなかったはずだ」

 

次々にみなさんが励ましてくれました。最後にナツさんが満面の笑みを浮かべて、私の肩を叩いて言いました。

 

「俺が勝てたのもお前のおかげだ。だから、この礼をさせてくれ」

 

ここまで言われたら、素直に受け入れない方が失礼です。みなさんからの率直な言葉に心が暖かくなるのを感じながら、私はみなさんに向けて頭を下げて頼みました。

 

「ありがとう、ございます…………みなさん、どうか……私たちのギルドを助けてください」

 

みなさん、真剣な表情で、私の頼みを聞き届けてくれました。

 

「必ず止めてやる!!!」

 

 

 

とは言っても、ニルヴァーナを止める方法は分からないままでした。ナツさんは破壊すればいいとはいいましたが、こんな巨体を破壊するなんて不可能ですから、八方塞がりのままです。

 

ただ、私には心当たりが一つありました。ジェラールのことです。六魔将軍(オラシオンセイス)がニルヴァーナを手に入れたのもジェラールあってのことでした。ですから、ジェラールならニルヴァーナを止める方法も知っているんじゃないかと思ったんです。

 

「あの、私、心当たりがあります」

 

「ほう、それは?」

 

「それはジェ「ウェンディ! ちょっと、ごめんね。こっちに来てくれる?」」

 

しかし、私が伝えようとしたときにシャルルに遮られてしまいました。

 

「シャルル殿?」

 

「ごめんなさいね。勘違いよ。ウェンディ、こっち」

 

訝しむみなさんを尻目に、シャルルが強引に私の手を引っ張って離れていきます。あまりにも唐突でシャルルらしくない振る舞いに困惑していると、シャルルが説明してくれました。

 

「心当たりって、あのジェラールのこと?」

 

「う、うん。そうだよ。シャルル、どうしたの?」

 

そういえば、シャルルにはジェラールとの関係を説明していませんでした。私がジェラールのことを伝えたのはリュウさんだけです。それはシャルルを除け者にした訳ではなく、リュウさんならイシュガル全土をまたにかける魔導士ですから、ついででもいいから探して欲しいと思ったから伝えていたんです。

 

なので、シャルルにとってはジェラールについて初耳なはず。でも、シャルルはジェラールの名前に敏感に反応して、まるで口止めでもするかのように言葉を遮ってきました。

 

それも理由があり、私が気絶している間に起きたある出来事をシャルルから聞いて驚きました。

 

「えっ!!? ジェラールが、ナツさんたちと!!?」

 

実は、ナツさんたち、特にエルザさんがジェラールと因縁があり、ジェラールはエルザさんを傷つけ、ナツさんたちを弄び、評議院を壊した張本人だということでした。私が聞いてきた悪い噂は事実だということでした。それでも、私は信じられず、例えば別に操っているような黒幕がいるんじゃないか、と考えてしまいます。

 

でも、ナツさんたちがジェラールを目の敵にしているのは確からしく、ジェラールの存在を知ったナツさんが激怒している姿をシャルルは目撃したんだそうです。

 

「よっぽどの確執があるみたいね。あの男があそこまで敵愾心を剥き出しにするなんて思ってもみなかったわ」

 

「そう、なんだ……」

 

シャルルが止めてくれたのは的確な判断だと思います。そこまで険悪だったのなら、私がそのまま口に出していたら、ニルヴァーナを止めるどころではなく、一悶着を起こしてしまったことでしょう。

 

私の恩人と今の仲間たちの仲が悪いことに心を痛めていると、頭に念話が聞こえてきました。

 

それは、六魔将軍(オラシオンセイス)なのにニルヴァーナによって寝返った方、本名はリチャードさんという方からでした。どうやら、ニルヴァーナは生体リンク魔法によって六魔将軍(オラシオンセイス)と接続し、魔力供給されることで動き続けているため、最後の1人のミッドナイト、さんを倒すことができれば、ニルヴァーナを止められるとのことでした。そして、その人は王の間の地下にいるということでした。

 

その念話を聞いて、ナツさんたちは足早に王の間の地下へと移動していきます。私も後を追うか迷いましたが、一方でジェラールのことが気になってしかたありませんでした。悩み抜いた末に、ナツさんやジュラさん方が行けば、大丈夫だろうと思い、私はジェラールの方を探すことに決めました。

 

「シャルル。ごめんだけど、ジェラールを探しに行ってもいい?」

 

「……まあ、別にウェンディがそうしたいなら私はかまわないけれど」

 

そうして、私とシャルルはナツさんたちと別行動で、ジェラールを探しに行きました。

 

 

 

 

 

 

さっきの念話は罠だったみたいです。

 

リチャードさんからの念話ではなく、リチャードさんの真似をした六魔将軍(オラシオンセイス)のリーダーからの念話であり、王の間の地下には最後の1人はおらず、爆弾が仕掛けられていたんです。

 

罠に嵌められたなか、ジュラさんが身を呈してナツさんたちを守り、自分1人の犠牲に抑え込んだとのことでした。

 

これらのいきさつは事件の後に聞いたことです。

 

そして、実のところ、最後の1人はニルヴァーナの街中にいて、ちょうど爆弾が爆発した時に、ジェラールとエルザさんが遭遇していたんです。

 

戦い始めるジェラールとエルザさん。いえ、ジェラールは大きく魔力を消耗していたらしく、すぐに敗れてしまい、エルザさんが主に戦っていました。

 

エルザさんは始めは苦戦していましたが、戦うなかで相手の魔法の弱点を看破しました。鋭い洞察力と戦闘勘で優位に戦いを進めていましたが、相手にはまだ奥の手がありました。

 

私が2人の下に辿り着いた時にそれが発動していたんです。

 

「がはっ! ああああああああ!!」

 

「エルザーーーーーーーーーー!!!」

 

「ハハハハハハハハハハ!!!」

 

私が見たのは、地面に蹲る2人。そして相手が高笑いする姿でした。相手は特に何かをしている訳ではないのに、攻撃を受けていないはずの2人は激痛に苦しむような絶叫を上げていました。

 

最初は混乱しましたが、やがて合点が行きました。相手が行っているのは幻覚です。視覚を通して五感を支配し、肉体にも損傷を与えるほどの精神攻撃でした。2人は今、幻覚の中で耐え難い攻撃にさらされていたんです。

 

私が、相手の死角から現場に来られたのは幸運でした。相手に認識されてしまったら私もその術中にさらされたことでしょう。

 

その幸運に感謝しながら、エルザさんとジェラールに幻覚に対抗するための付加魔法を飛ばしました。付加魔法なら、対象者から離れていても発動することができます。

 

「レーゼ!!」

 

状態異常を回復する魔法レーゼ。これなら、幻覚状態を解除することができます。

 

一瞬きょとんとして正気に戻ったエルザさんは素早く現実を認識すると、目にも止まらぬ速さで接近し、手に持つ薙刀で一閃しました。高笑いして油断していた相手は、一瞬の内に袈裟切りされた事実に呆然とすると、やがて地面へと倒れこみました。

 

良かった。これでニルヴァーナは止まるはず。

 

気を抜いた私は緊張から開放されて尻餅をついてしまいました。

 

「君!? 大丈夫かい!?」

 

ジェラールが心配して駆けつけてくれます。でも、どうやら私のことを憶えてなさそうで悲しくなってしまいました。私は1日だって忘れたことなんてないのに。

 

「ジェラール……本当に私だよ……憶えてないの…………?」

 

「えっと」

 

「ウェンディ。ジェラールは記憶が混乱している……。私の事も、君の事も憶えていないらしい」

 

俯いてしまった私を見かねて、エルザさんが事情を教えてくれました。どうやら、ジェラールは記憶喪失らしくて、ほぼ全ての記憶を失っている状態みたいでした。私にとって大事な思い出だった二人旅が、ジェラールにとっては些細なことだと思われていたということがショックだったんですが、それは誤解だったみたいでほっと安堵しました。

 

「それと、ウェンディ。君に助けられたのは2回目だな。本当にありがとう」

 

エルザさんがそう言って感謝してきます。さっきシャルルに注意されたばかりなので、私も素直にお礼を受け入れることができました。

 

「はい! 助けられて良かったです!!」

 

 

 

 

 

 

六魔将軍(オラシオンセイス)は全員が倒されました。しかし、それでもニルヴァーナは止まりませんでした。ジェラールを頼りに来たのに、自立崩壊魔法陣という手を潰されたことで、打つ手がないと言われてしまいました。

 

さらには、六魔将軍(オラシオンセイス)には6人とは別に、マスターがいたんです。その名は、ゼロ。六魔将軍(オラシオンセイス)のリーダーが持つ2つの人格の内の1つ。生体リンク魔法で6人と接続して、人格を封印していたのですが、6人が倒されたことで表へと出てきてしまいました。

 

ニルヴァーナを止める術はなく、強大な敵はまだ残っている。

 

諦めと絶望に屈しそうになるなか、遂にニルヴァーナから破壊の一撃が放たれてしまいました。その先にあるのは化猫の宿(私たちのギルド)。私にとって大切な仲間(家族)のみんな。

 

ただ、叫ぶことしかできませんでした。

 

しかし、救いの手が突然降ってきたんです。

 

それは、青い天馬(ブルーペガサス)の持つ魔導爆撃艇クリスティーナ。撃墜されたはずの空船を、ニルヴァーナに乗り込まなかった青い天馬(ブルーペガサス)のヒビキさん、イヴさん、レンさんの3人と蛇姫の鱗(ラミアスケイル)のリオンさんとシェリーさんの2人が動かして駆け付けてくれたんです。

 

クリスティーナから投下された魔導弾がニルヴァーナの脚に着弾し、その威力でニルヴァーナは大きく傾いたことで照準がずれて、ニルヴァーナの一撃は私たちの集落をギリギリで上空に逸れていきました。

 

本当に間一髪の救いで、今すぐにでもみなさんに会ってありがとうって伝えたいです。

 

 

 

最初の攻撃を止めただけで、まだ終わった訳ではありません。

 

でも、ニルヴァーナを止める方法は、古文書(アーカイブ)を探してくれたヒビキさんが見つけてくれました。

 

それは、ニルヴァーナの脚の付け根にある魔水晶(ラクリマ)でした。大地から魔力を吸収し、その魔力を制御する役割を持っているとのことです。ニルヴァーナは6つの脚だから、その魔水晶(ラクリマ)は6つ。これらを同時に破壊することでニルヴァーナは全機能を停止するということでした。

 

同時破壊のタイミングはヒビキさんが送信してくれました。ニルヴァーナが再装填するまでの20分です。頭の中にそのタイミングが分かるように情報が送り込まれたことで、タイミングを外すことはありません。ヒビキさんってすごい人です。

 

途中で、マスターゼロが念話をジャックして勝ち誇るかのように高笑いを上げていました。彼が言うには、ナツさんやグレイさん、ルーシィさんにハッピーさんを既に破壊したなんて笑っていたんです。

 

だけど、念話を通して諦めず呼びかけ続ける私たちの声に、ナツさんたちは返事をしてくれました。声からも満身創痍であることなんてすぐ分かりましたが、それでも立ち上がってくれたことに心が熱くなりました。

 

ヒビキさんが送ってくれた各魔水晶(ラクリマ)の地図と割り振った番号を元に、ばらけて各個撃破ができるように意思疎通をします。

 

6個の魔水晶(ラクリマ)の破壊に必要なのは6人。

 

ナツさん、グレイさん、ルーシィさん、実はいた一夜さん、エルザさん、そして私の6人です。

 

実はジェラールが私に頼み事をしてきました。エルザさんが予想していたことですが、ナツさんはマスターゼロと戦うことになるだろうと言い、その回復役を打診してきたんです。しかし、ナツさんは連戦かつ、罠の爆弾やマスターゼロによる暴力を受けていて、弱りきっていました。だからこそ、回復が必要だとジェラールは言ったんです。

 

でも、本当に悔しいことに、私は魔力は底を尽きかけていて、治癒魔法1回分の魔力を回復するには間に合わない状態でした。最後の最後で役に立てそうにない自分の情けなさに唇を嚙みしめます。

 

だけどジェラールはそんな私を責めることなく、ナツさんの回復は自分が担うと言ってくれたんです。

 

ナツさんのことをジェラールに任せて、私は自分のできる限りのことをします。

 

 

 

担当になった場所に到着しました。円柱の石造物に乗る球体の魔水晶(ラクリマ)

 

後数分後に、この魔水晶(ラクリマ)を破壊することになります。刻一刻と迫るその時を待ちながら、深呼吸を繰り返して魔力を回復する私は、今戦っているだろうナツさんと、その場に向かったジェラールのことを考えていました。

 

「大丈夫かな……」

 

「あいつらのこと?」

 

「うん……仲が悪いんでしょ?」

 

「そうね……ジェラールのことを知ったときの剣幕はすごかったもの」

 

ナツさんが嘘を言うなんて思えないし、恩人が罪を犯して人を傷つけていたなんて信じられない。

 

頭の中がごちゃごちゃで堂々巡りばかりで、結局私は無難なことしか言えませんでした。

 

「仲直りできたらいいのになあ……」

 

 

 

そして最後に頭の中のカウントダウンが迫ってきて、大きく肺一杯に空気を吸い込んで、この戦いに終わりを告げたのでした。

 

「天竜の咆哮!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナツさんはマスターゼロを破り、ニルヴァーナを止めることできて、この事件は終結しました。

 

魔水晶(ラクリマ)を破壊した後、崩壊するニルヴァーナからの脱出するときに転んでしまい、無事だったジュラさんに助けられたので、最後に恰好はつきませんでしたが。

 

でも、誰一人欠けることなく、ニルヴァーナを脱出できました。ナツさんとジェラールも、リチャードさんが助けてくれたので無事でした。

 

感極まって、涙を流しながらナツさんに抱き着いてしまいましたが、ナツさんは笑顔でハイタッチしてくれました。

 

これで、作戦は完了になります。

 

心配していたナツさんとジェラールの関係も、良好とは言えないものの、ナツさんもむすっとするだけで険悪なものじゃありません。それが、とても嬉しかったです。

 

けれど……ジェラールとは別れることになってしまいました。

 

新生評議院の強行検束部隊が来てしまったんです。

 

私たちは術式によって閉じ込められてしまい、隊長のラハールさんは犯罪者の引き渡しを要求してきました。

 

私たちを助けてくれた六魔将軍(オラシオンセイス)のリチャードさんと、ジェラール。

 

二人とも抵抗することなく、連行されることを良しとしました。

 

ジェラールには記憶がないことを主張しても却下されてしまい、私はぐっと体を震わせることしかできません。ジェラールは私との記憶がないことを謝ってきましたが、そんなことよりも、ジェラールが投獄されて、二度と会えないことが一番悲しいんです。

 

何も行動を起こせなかった私とは違って、ジェラールのことを嫌っていたナツさんが暴れ出しました。ナツさんとしてはジェラールではなく、エルザさんのためを思って突発的にした行動みたいでしたが、周りのみなさんも同調して抵抗していました。私もまた、ジェラールを連れていかれまいとして歯向かいました。

 

でも、エルザさん自身がみなさんを諌めました。どうして、って思ってしまったけれど、私よりも苦しそうに悲痛な顔を浮かべるエルザさんを見ると何も言えなくなってしまいました。

 

ジェラールは私たちのもとから去ってしまいました。最後まで記憶は戻らず、私を助けてくれたことのお礼も、再会の喜びも伝えることができないまま。

 

苦い幕引きとなってしまったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事件が終結し、今回の作戦に参加したみなさんが私たちの集落、化猫の宿(ケット・シェルター)に集まりました。

 

今回の事件で初めて知りましたが、化猫の宿(ケット・シェルター)はニルヴァーナを造った古代人ニルビット族の末裔であり、化猫の宿(ケット・シェルター)が狙われたのも、ニルヴァーナを封印したニルビット族の末裔を滅ぼすことで再封印を免れようとしたものだという事です。

 

なんて酷いことを、と腹が立ちましたが、敵の目論見は破れ、ニルヴァーナも破壊することができたので、私たちの集落は守られました。

 

そう安堵している私は、マスターから衝撃の真相を伝えられたのです。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)青い天馬(ブルーペガサス)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)。そしてウェンディにシャルル」

 

集落の中央、広場にギルドのみなさんと、村人のみんなが全員集まるなか、マスターが感謝の言葉を述べました。

 

「よくぞ六魔将軍(オラシオンセイス)を倒し、ニルヴァーナを止めてくれた。地方ギルド連盟を代表してこのローバウルが礼を言う。ありがとう。なぶらありがとう」

 

深く頭を下げるマスターに、一夜さんが敬礼しながら返事をしました。

 

「どういたしまして!!! マスターローバウル!!! 六魔将軍(オラシオンセイス)との激闘に次ぐ激闘!!! 楽な戦いではありませんでしたがっ!!! 仲間との絆が我々を勝利に導いたのです!!!!!」

 

「「「さすが先生!!」」」

 

「ちゃっかりおいしいとこだけもっていきやがって」

 

合の手を入れる青い天馬(ブルーペガサス)の3人に対し、グレイさんは呆れていましたが。

 

みなさんがお互いに労う中、ナツさんが満面の笑みで拳を振り上げました。

 

「この流れは宴だろー!!!」

 

「あいさー!!!」

 

みなさん、今回の勝利を喜んでいます。一夜さん方は喜びが高じてなにか踊り始めました。

 

「一夜が」

 

「「「一夜が!?」」」

 

「活躍」

 

「「「活躍!!」」」

 

「それ」

 

「「「「ワッショイワッショイ!!」」」」

 

そしてそのまま両手を上げて跳ねるような踊りを続けます。ちょっと、楽しそうかも。

 

「わっしょいっ」

 

思わず私もぴょいっと跳ねてしまいました。すぐに冷静になっちゃって顔が赤くなるのを感じましたが。

 

私だけじゃなく、みなさんも踊りを止めます。なぜなら、マスターも村人のみんなも、ずっと黙ったまま神妙な面持ちで見ていたからです。

 

どこか寒々しい雰囲気の中、踊っていたみなさんが硬直しています。そんな沈黙を破ったのが、盛り上がるなかでもずっと黙っていたマスターでした。

 

「皆さん……ニルビット族の事を隠していて、本当に申し訳ない」

 

出てきたのは謝罪の言葉でした。ニルヴァーナのことや、ニルビット族の末裔であること。今回の作戦で重要な情報でありながらも、黙秘していたことの謝罪でした。

 

「そんな事で空気壊すの?」

 

「ぜんぜん気にしてねーのに、な?」

 

マスターの謝罪を受けても、特に気にした様子の方はいませんでした。終わり良ければすべて良し、というのはちょっと乱暴かもしれませんが、誰一人欠けることなく依頼を達成できた今では些細なことだと思ったのでしょう。

 

それは、私も同じ気持ちです。

 

「マスター、私も気にしてませんよ」

 

私やシャルルに隠し通されたことなんて、ちっとも気になりません。私だけ後から入った新参者ですし、村人のみんなは私たちのことを心から大事に想ってくれているのなんて分かりきっていますし、疎外感とか仲間はずれとか、そんな人たちじゃないのなんて知ってましたから。

 

でも、それ以上の秘密をマスターたち、いや、マスターは抱えていたんです。

 

マスターは溜息を一つついてから、真剣な表情でみなさんを、そして私とシャルルを見ました。

 

「皆さん。ワシがこれからする話をよく聞いてくだされ。まずはじめに……儂等はニルビット族の末裔などではない」

 

「え?」

 

聞いていた話を否定するマスターに、思わず声が出てしまいました。そして、続く言葉に声も失ってしまいました。

 

「ニルビット族そのもの。400年前ニルヴァーナをつくったのは、このワシじゃ」

 

 

 

 

 

400年前、世界中に広がった戦争を止めるために作られた善悪反転魔法、ニルヴァーナ。

 

戦火が広がり、蔓延する負の感情。絶望の中、唯一光を生み出す道標。

 

平和の国、ニルヴァーナ。

 

けれど、世界の理は表裏一体。秩序というものにはバランスがあるもの。

 

闇に対して光が生まれ、光に対して闇が生まれる。

 

中立に立ち、中庸を重んじ、将来を見据えたニルビット族は、世界から剥ぎとった分だけの闇をその身に宿してしまった。

 

その末路は、細かく語るつもりはない。

 

一言で言えば。

 

 

 

 

 

「地獄じゃ。儂等は共に殺し合い、全滅した」

 

マスターの言葉に、誰も何も言えませんでした。

 

私も、呆然となって震えることしかできなかった。

 

「生き残ったのは儂一人だけじゃ。いや……今となってはその表現も少し違うな。我が肉体はとうの昔に滅び、今は思念体に近い存在」

 

その瞳に映る深い悔恨の苦しみに、目が離せない。

 

「儂はその罪を償う為……また、力なき亡霊(ワシ)の代わりにニルヴァーナを破壊できるものが現れるまで、400年……見守ってきた」

 

マスターが400年もずっと抱え続けてきた宿業。

 

いったいどれほどの苦しみと絶望があったことなんだろう。

 

私には想像することもできない。400年もの間、自分を責め続けるだけの日々なんて。

 

「今、ようやく役目が終わった…」

 

ずっと固く険しい表情で懺悔するかのように語り続けていたマスターが、最後の言葉とともに表情を綻ばせました。憑き物が落ちたかのような、抱え続けた重荷を下したかのような、そんな柔らかいな微笑みでした。

 

「そ……そんな話……!」

 

私は、マスターの話を受け入れることができませんでした。そんな真実を認めたくなかったんです。

 

でも、真実は残酷で。

 

その場にいた村人のみんなが1人、また1人と光とともに目の前から消えていってしまって。

 

ずっと一緒にいた仲間(家族)が私のもとから去っていく。

 

「何、これ……!? みんな……!!」

 

「あんたたち!!!」

 

「イヤよ……みんな……!! 消えちゃイヤ!!」

 

私は狼狽えて叫ぶことしかできなかった。

 

「騙していてすまなかったな、ウェンディ。ギルドのメンバーは皆……ワシの作り出した幻じゃ」

 

「っ!!!」

 

「何だとぉ!!?」

 

真相を聞いて、薄っすらと感じていた残酷な事実。マスターや村人のみんなから感じとれた何かを惜しむような寂しげな表情。私はどこかで気づいていた。

 

マスターの声が聞こえる。

 

「儂はニルヴァーナを見守る為に、この廃村に1人で住んでいた。7年前のある日、1人の少年が儂の所に来た…………少年のあまりにまっすぐな眼に儂はつい承諾してしまった…………1人でいようと決めていたのにな…………」

 

思い出すのは、過去の記憶。

 

私がジェラールと別れた後の話。私が憧れていた魔導士ギルドの一員になったときのこと。

 

ジェラールとの2人旅に同行できなくなった後、ジェラールは魔導士ギルドへと連れて行ってくれると約束してくれた。私が眠っている間にこの集落に置いていき、ジェラールはいなくなってしまって、私はマスターと2人きりになった。

 

ジェラールと離れて悲しんでいた時、マスターは言ってくれた。ここは魔導士ギルドだと。外に出れば仲間たちが待っていると。

 

それが化猫の宿(ケット・シェルター)

 

私の居場所。

 

マスターが私を悲しませないために咄嗟に出た嘘からできた、実在しないギルド。

 

「そして幻の仲間たちを作った」

 

「ウェンディの為に作られたギルド…………」

 

そんな言葉を聞きたくなくて、そんな現実を見たくなくて、目を瞑って耳を塞ぐ。

 

「そんな話聞きたくない!!!! みんな消えないでよお!!!!!」

 

涙が止まらない。

 

そんな真実なんていらない。嘘でもいい、幻でもいい、ずっと騙されたままでいい、のに。

 

それでも、どこまでも優しいマスターの声が聞こえてきて。

 

「ウェンディ……シャルル……もうお前たちに偽りの仲間はいらない」

 

もう、周りのみんなはいなくなってしまった。

 

マスターだけが残っていて、その指を私に、いや、私の後ろにいるみなさんへと向けていた。

 

「本当の仲間がいるではないか」

 

マスターの笑顔が、光とともに薄らいでいく。

 

「お前たちの未来は……始まったばかりだ」

 

遂にマスターも、私たちのもとから去っていく。来てほしくなかった、別れの時。

 

たまらず私は駆け出したけれど、伸ばした両手はマスターに届かない。

 

マスターの姿は光とともにいなくなって、最後に声だけが聞こえてきた。

 

――本当にありがとう。ああ、それとリュウ様にも、ありがとう、と。皆さん、ウェンディとシャルルを頼みます――

 

そして、その声も聞こえなくなった。

 

もう、マスターはどこにもいない。

 

私とシャルルがずっと暮らしてきた化猫の宿(私たちの家)は消えてしまった。

 

右肩の紋章も消えて、大好きだったみんなを失ってしまったことを思い知った。

 

「マスターーーーーー!!!」

 

私はその場に崩れ落ちて、ただ嗚咽を漏らすしかなかった。

 

心にぽっかりと穴が開いたかのような喪失感。今まで立っていた地面がなくなってしまったかのような空虚感。耐えらない別離の悲しみ。

 

 

 

そんな風に泣いてばかりの私の肩に、そっと優しく手を置いた方がいました。

 

エルザさんです。

 

「愛する者との別れのつらさは……仲間が埋めてくれる」

 

振り返った私の目には、エルザさんが悲し気に目を細め、それでいて優しい微笑みを浮かべているのが映りました。

 

エルザさんは、私の悲しみに寄り添ってくれていたんです。エルザさんもまた、ジェラールや、他の方々との別れの悲しみに涙を流してきた人なんだと、そう分かったんです。

 

だから、私は、エルザさんのその言葉に頷きました。

 

「来い。妖精の尻尾(フェアリーテイル)へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

六魔将軍(オラシオンセイス)、ニルヴァーナ、ニルビット族と化猫の宿(ケット・シェルター)、そしてマスターのことの話で場が盛り上がります。

 

リュウさんと再会して、リュウさんが隠し事していたことを謝ってきたことを受け入れた後、ただ賑やかに楽しく会話をしています。

 

リュウさんとの訓練のおかげで、私でもみなさんのお役に立てたことを伝えると、リュウさんは首を振りました。

 

「ウェンディ嬢が頑張ったからこそだよ。凄く活躍したんだねぇ」

 

「そうだぜ! ウェンディがいたから、あの毒野郎にも勝てたんだ!」

 

「私も、ウェンディがいなければ命を落としていたことでしょう。ウェンディのおかげです」

 

みなさん私のことを褒めてばかりで、少し恥ずかしくなってしまいます。

 

「うんうん。みんなを守ってくれたんだねぇ。ありがとう、ウェンディ嬢」

 

「いえいえいえ」

 

思わず手を振って謙遜してしまいますが、みなさん私のことばかり話しています。嬉しいですが、やっぱりちょっと恐縮してしまうので、別の話題にしようと思って、目についたものを取り上げます。

 

「あの、リュウさんってお酒が好きなんですか?」

 

それはリュウさんが片手に持つグラスです。中には琥珀色のお酒が入っていて、リュウさんは美味しそうに飲んでいました。集落に訪れたときも、にごり酒ばかり飲んでいる印象が強かったので、お酒好きなんだろうなって思っていました。

 

リュウさんはグラスを揺らして、中の氷を鳴らしました

 

「うん。美味しいよ。大好きさ」

 

「リュウさんって飲兵衛だからなあ! はっはっは!!」

 

近くの人が囃し立てます。どうやら、妖精の尻尾(フェアリーテイル)でも共通認識みたいです。

 

「そうなんですね」

 

「ウェンディ、お酒は15歳からよ。飲まないようにね」

 

ルーシィさんが注意してきますが、流石に未成年飲酒なんてするつもりはないです。

 

でも、妖精の尻尾(フェアリーテイル)にはその当事者がいるみたいです。

 

「な~に、言ってのよお! 早い内から呑んでおけばお酒に強くなるし、こんな美味しい飲み物なのに法律守るなんて損よ、損!」

 

カナさんが酒樽を持ちながら笑ってます。どうやら、13歳の時からお酒を飲んでいるみたいで、妖精の尻尾(フェアリーテイル)でお酒好きって言ったら、リュウさんよりもカナさんの方が目立つみたいです。

 

「カナ。お前はウェンディの情操教育に悪すぎる。少しは控えたらどうだ」

 

「私にお酒を教えたのはリュウさんなんだから、文句はリュウさんにお願い~!」

 

「りゅ、リュウさん?」

 

まさかの事実に思わずリュウさんを見てしましました。法律違反を勧めるなんてっ、とか思ってしまいましたが、リュウさんは苦笑して、カナさんの言葉を訂正しました。

 

「私は諌めたと思うんだけどねえ。お酒は15歳からって」

 

「あんなに美味しそうに飲む方が悪いのよ~! 子供は真似するものなんだから~!」

 

どうやらカナさんがお酒を飲み始めたのはリュウさんの影響ではあるみたいですが、リュウさんが勧めた訳ではなく、美味しそうに見えたから自分から飲んだらしいです。

 

確かに美味しそうにお酒を飲む姿は大人っぽくて憧れますが、私はやっぱり15歳になるのを待とう、って思いました。

 

「リュウさん、私が大人になったら、一緒にお酒を飲みませんか?」

 

私がリュウさんに提案すると、嬉しそうに目を細めてくれました。

 

「そうだねえ。それじゃあ、ウェンディ嬢と飲み交わせるその日を楽しみにするとしようかねぇ」

 

「おっ、ウェンディもお酒に興味出た感じ? それなら、まずは度数が低いカクテルとかが良いよ。飲みやすいし」

 

「へ~」

 

お酒に詳しくない私は、そういったアドバイスを聞くのも楽しいです。

 

「他にはどんなお酒がおすすめなんですか?」

 

「そうだねぇ。梅酒とかがいいんじゃないかな?」

 

「梅酒」

 

思わず繰り返してしまいました。

 

私には嫌いな食べ物があります。梅干しです。あの酸っぱくて、口がぎゅってなる味が苦手で、どうしても食べられないんです。マスターやシャルルに何回か言われたけれど、結局どうしても克服することはできませんでした。

 

梅酒って聞いて梅干しを連想してしまい、しかめっ面になってしまいました。

 

「ウェンディ嬢? 苦虫を嚙み潰したような顔してどうしたんだい?」

 

「え、えっと。私、梅干しが苦手で…………」

 

「それはいけないねぇ。好き嫌いしてると大きくなれないよ。梅干しは疲労回復の効果もあるし、栄養も」

 

「にゃーーー」

 

リュウさんの小言が始まってしまって、私は耳を塞いでしまいました。

 

 

 

 

 

 

私にはお母さんが2人います。

 

生んでくれたお母さんと育ててくれたお母さんです。

 

そして、仲間(家族)がいました。

 

みんな、今はもういません。

 

グランディーネなら、どこかにいると信じてますが、どこにいるのか分かりません。

 

でも、新しい仲間たちとお母さんみたいな人なら今でも目の前にいます。

 

強くて、優しくて、賑やかな、そんな新しい家族です。

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