妖精の尻尾のリュウさん   作:ただの馬鹿

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別世界より

ある日の昼下がり。

 

カルディア大聖堂の鐘楼から、マグノリアの街中に号鐘が鳴り響く。

 

時報の鐘が響き渡るのは良くあることだが、今回の不規則で幾度も繰り返される鳴らし方は極稀に行われるものだ。今回の鐘は前回から数えて実に3年ぶり。

 

マグノリアの住民ではなく、最近になって妖精の尻尾(フェアリーテイル)に来たようなメンバーは、聞きなれない鐘の音に首を傾げるばかりだ。

 

「何!?」

 

「鐘の音?」

 

「?」

 

ルーシィやウェンディ、シャルルにジュビアといった加入して日が浅い者が困惑する一方、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちがその鐘の音に浮足立ち、喜びを露わにしている。

 

「この鳴らし方は……!」

 

「おお!」

 

「まさかっ!」

 

その鐘の音は、とある男の帰還を知らせるものだった。

 

その男は、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のS級魔導士にして、最強の男。

 

「ギルダーツが帰ってきたぁ!!!」

 

「あいさーーー!!!」

 

ナツが喜びに満ちた声で、その男の名前を呼んだ。

 

その名前に聞き覚えのないウェンディが、ルーシィに尋ねる。

 

「ギルダーツ?」

 

「あたしも会った事ないんだけど……妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の魔導士なんだって……」

 

「うわあ」

 

ルーシィの言葉に目を輝かせるものの、そこに少し引っかかるところがあったのか、ウェンディが重ねて質問してきた。

 

「えっと……それじゃあ、リュウさんよりも強いのでしょうか?」

 

ウェンディにとって、強い魔導士と言われたら真っ先に彼女のことが思い浮かぶ。助けられたときの圧倒する姿や、神の如き万能な能力を考えると、彼女以上に強い存在を思い浮かべられない。

 

「ええと……私も全然詳しくないし、リュウさんは最強って印象が正直ないのよね……」

 

ルーシィもその質問には歯切れが悪くなってしまった。

 

ルーシィは幽鬼の支配者(ファントムロード)との戦いでは、魔導収束砲ジュピターを無傷で防御したり、魔導巨人の煉獄砕破(アビスブレイク)を封殺したり、敵を圧倒する姿を目撃している。ファントムとの一件の直後は遠い存在に思えたものだ。

 

けれども、日頃の活動は、マグノリアの街で雑用ばかりしていて、帰ってきたらお酒を飲むという、S級魔導士らしからぬ平凡なものだ。強者特有の威圧感や風格なんてものを感じたことがあまりない。日々その姿ばかり見ていると、強者であることを忘れてしまいそうになる。

 

最強候補談義はS級魔導士の名前が上げられる。もちろん、彼女もその対象ではあるが、誰かと決闘するところも見たことなく、強敵を打倒したなんて情報も聞いたことのないルーシィにとって、最強か、と問われたところで言葉を濁すしかなかった。どちらかというと、エルザの方が最強の名に相応しいとも感じてしまう。

 

だが、そのエルザはルーシィの思い違いを正そうと声をかけた。

 

「あまりリュウさんを見くびらない方がいい、ルーシィ。今でこそ、私たちの世代が知られるようになったが、一昔前の妖精の尻尾(フェアリーテイル)はリュウさんとギルダーツの二枚看板だったんだ」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ。だから私たちは2人を同格だと思っている。闘ったところは見たことないからどちらが強いかは分からんが、2人とも、私なんて足元にも及ばないさ」

 

「ええ~!」

 

エルザは謙遜するでもなく、単なる事実を語るかのように話すが、どこか誇らしさも感じられるような口振りだ。

 

ルーシィにとって強さの象徴でもあったエルザが素直に兜を脱ぐ相手、その1人がもうすぐ此処に帰ってくると知り、ルーシィもまたどこかソワソワしてしまう。

 

それ以上に騒いでいるのが周りのメンバーだ。いつも喧騒ばかりのギルドだが、更に拍車をかけて騒いでいる。

 

「それにしても、この騒ぎようは何なの!?」

 

「お祭りみたいだね、シャルル」

 

「ホント騒がしいギルドね」

 

「みんなが騒ぐのも無理ないわ」

 

今までにないほど有頂天になっているメンバーを見て、呆れたり感心したりワクワクしたりしているところに、ミラジェーンが近いて説明した。

 

「3年ぶりだもん……帰ってくるの」

 

「3年も!? 何してたんですか!?」

 

「もちろん仕事よ」

 

ギルダーツはギルドの中でもみんなから慕われ、同時に憧れられている気のいい男だが、クエストでギルドを留守にすることが多い。特に今回は受注したクエストがクエストであるため、3年という長期間の旅路に出ており、本当に久しぶりの帰還で、ギルドにいるメンバーはみな熱狂している。

 

一体どんなクエストなのか。それはミラジェーンの口から語られた。

 

ギルダーツはS級魔導士だ。だから、S級以上のクエストを受ける資格がある。

 

そして、S級以上のクエストはSS級クエストがある。ギルドの頂点に位置するS級魔導士でも困難で危険なクエストだ。

 

更に、その上に10年クエストがある。10年間誰も達成できずにいた超高難関クエストだ。数限りあるS級魔導士と言えども、イシュガル中の魔導士ギルドが挑んで成し遂げることができなかったことからも、その飛びぬけた難易度の高さがうかがえる。

 

「ギルダーツはそのさらに上。100年クエストに行ってたのよ」

 

100年クエスト。100年間、誰も達成できなかったクエスト。

 

それは最早、難易度なんて言葉で区別できるものではない、別次元の領域だ。

 

ルーシィは言葉を失うしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「マグノリアをギルダーツシフトへ変えます。町民のみなさん。速やかに所定の位置へ。繰り返します」

 

空飛ぶ拡声器がマグノリアの街に警告を鳴らす。街全体に響く放送を聞き、マグノリアの住民は慌ただしく走り回っている。

 

ギルダーツシフト。それを聞いて、ぼんやりとその場から動かないような命知らずはマグノリアにはいない。

 

「マグノリアのギルダーツシフトって何~?」

 

聞きなれない単語にルーシィが疑問符を浮かべると、その疑問にミラジェーンが催促する。

 

「外を見てみれば分かるわよ」

 

百聞は一見に如かず。そう言われて外を眺めたルーシィの目に飛び込んできたのは驚くべき光景だった。

 

マグノリアの街が地響きとともに変貌していく。住宅街が区画ごとに移動を開始し、地面がせり上がり横へとスライドしていく。街中を通る河川は一時的に堰き止められ、河底から橋桁と高欄が上昇してきたことで、河川を横断する橋が形成される。

 

そうして現れた、マグノリアの街を真っ二つに分割する一本道。マグノリアの東にある森から、妖精の尻尾(フェアリーテイル)までを繋ぐこの道は、その男、ギルダーツのためだけに街を改造して作り出したものだ。

 

ギルダーツシフト。その正体である。

 

「ま、街が……割れたぁーーっ!!?」

 

ルーシィは度肝を抜かれた。それほどまでに、非現実的な光景に自分の目を疑ったが、何回見直しても、普段のマグノリアはなく、両断された街の姿があるばかりだ。

 

「ギルダーツは、クラッシュという魔法を使う」

 

「触れたものを粉々にしちゃうから、ボーっとしてると民家も突き破って歩いてきちゃうの」

 

街を割ってまで一本道を作りだした、その理由が語られた。

 

ギルダーツの扱うクラッシュという魔法。接触した対象物を全て粉々にする超上級破壊魔法だ。修得しただけでも喝采を浴びるような魔法だが、これがマグノリアの首長、住民たちの悩みの種になってしまっていた。

 

ギルダーツの悪癖に、放心癖がある。

 

戦闘時や危機的状況下では、最強と謳われるに相応しい身のこなしと機転の速さを見せるギルダーツだが、一方で平常時ではそんな勇姿はどこに行ったのか、呆けたままフラフラと歩き、壁や建物にぶつかってしまう。

 

そこに発動されるクラッシュ。結果、ギルダーツの進む先には破壊されたものの残骸が散乱するという訳だ。

 

その惨状と戦い続けたマグノリアの街が編み出したのが、このギルダーツシフトである。莫大な費用と時間を要して街を改造し、たった1人のためだけに作り出した一本道には、嵩む被害額に悪戦苦闘した末の苦渋の決断が見て取れる。

 

「すごいね、シャルル!!」

 

「ええ……すごいばか…………」

 

純粋に感銘を受けるウェンディと、反対に呆れ果てるシャルル

 

「たった1人の為だけに街を改造したっていうの?」

 

ルーシィはどんな感情で受け止めればいいのか分からず、白目を剥いてしまった。

 

「私やエルザが加入した時にはもうあったからね~。慣れちゃってたから、ルーシィたちの反応が新鮮で面白いわね」

 

「ふっ。ある種の洗礼というやつか。懐かしいな」

 

ミラジェーンとエルザも、初めて目撃した時の気持ちをしみじみと思い出した。その時、エルザはウェンディのような、ミラジェーンはシャルルのような反応をしていた。

 

そして、そんな反応を悪戯が成功したかのような笑みで見ながら説明してくれたのが彼女だった。

 

ギルダーツシフトができてからもう長いが、成立するまではやはり喧々諤々とした論争があったらしい。当時は反対論も根強く、更にはこれを幸いとした評議院や幽鬼の支配者(ファントムロード)の横槍もあり、遂には除名勧告も検討されそうになったとのことだ。

 

彼女はただの笑い話だと簡単に言っていたが、受付嬢としてギルドの図書館で働くこともあるミラジェーンは知っている。

 

彼女がギルダーツシフトの実現のために奔走したということを。評議院やマグノリアの街との交渉や、幽鬼の支配者(ファントムロード)の妨害工作の阻止、住民たちとの信頼関係の構築。これらの歴史があったということを、ミラジェーンは引退後に活動記録から知ることができた。

 

そんな功績を誇るでもなく、彼女は今なお、カウンターで1人の仲間(家族)が無事に帰ってくるのを待ちわびている。ミラジェーンは、彼女の姿を横目に見ていると、視線に気づいたのか彼女がミラジェーンに向き直って微笑み、手を振った。

 

ミラジェーンも手を振り返すと、ギルドにやって来る男に視線を戻す。

 

 

 

「来たーーーっ!」

 

ナツが喜びを露わにして大声を上げた。喜んでいるのは、ナツだけじゃない。ギルダーツの事を知る者は全員がその帰還を待ち望んでいる。

 

そして、一本道を歩き終えて、ギルドの門扉を潜り抜け、ギルダーツは3年ぶりの帰還を果たした。

 

「……ふう……」

 

赤みがかった茶髪をオールバックにした無精髭の男で、真っ黒な外套と背中の荷物袋を背負った出で立ちからは草臥れた印象を抱かせる。ぼんやりとした表情には覇気が薄く、ともすれば平凡な中年男性に思えるが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちは知っている。桁外れの実力の持ち主と、尊敬するに相応しい人格者であるということを。

 

「ギルダーツ!! 俺と勝負しろぉぉ!!!」

 

「いきなりそれかよ」

 

ナツは帰還してそうそう勝負を吹っ掛ける。いつものことではあるが、労いの言葉すらかけないナツにエルフマンがツッコミを入れる。

 

そんな2人の言葉に反応せずに立ち尽くすギルダーツに、ミラジェーンが迎えの言葉をかけた。

 

「おかえりなさい」

 

「む?」

 

その言葉にようやく反応したギルダーツが、ミラジェーンに向き直った。未だに気だるげな雰囲気は変わらないが、ギルダーツは返事をした。

 

「お嬢さん。確かこの辺りに妖精の尻尾(フェアリーテイル)ってギルドがあったはずなんだが……」

 

「ここよ。それに私、ミラジェーン」

 

「……ミラ?」

 

一瞬理解が遅れて首を傾げながら、ギルダーツはミラジェーンの顔をまじまじと見る。よく見てみると、ギルダーツの記憶の中の生意気な少女と、目の前の優しい笑顔の女性には同じ面影が見て取れた。雰囲気こそ違えど、言われてみれば確かにミラジェーンだった。

 

ギルダーツが目を見開き表情を一変させる。

 

「おお! 随分変わったなぁ、お前!! つーか、ギルド新しくなったのかよーっ!!」

 

「外観じゃ気付かないんだ……」

 

ギルドをキョロキョロと見回すそのはしゃぎように、ルーシィは呆れた。新築されたギルドハウスは以前のものと大きさも見た目も違うのは一目瞭然だ。3年も離れていたとはいえ、今更ギルドの変わりように驚くなんて、ぼーっとしすぎじゃない、とルーシィは思った。

 

「ギルダーツ!!!」

 

そんなギルダーツの下にナツが飛び込んでいく。さっきは無視されたが、めげずに決闘に挑もうとするナツにギルダーツは破顔した。

 

「おおっ! ナツか! 久しぶりだなぁ」

 

ミラジェーンとは異なり、顔だちも雰囲気も、とる行動も代り映えしないナツのことはすぐに気づいた。

 

「オレと勝負しろって言ってんだろーー!!!」

 

言うや否やナツはギルダーツ目掛けて拳を振り上げる。ナツが突然攻撃を仕掛けるのなんて日常茶飯事だ。そのことを良く知るギルダーツは特に構えることもなく、自然体のままナツに対応した。

 

ナツの軌道を読み切り、その腹に右手をかけて器用に回転させる。その勢いのまま上へと放り投げて、ナツの身体を天井へとめり込ませた。瞬殺だった。

 

「また今度な」

 

ギルダーツは軽く笑ってナツをあしらった。

 

流れるようにナツを行動不能にした手際を目撃し、ルーシィをはじめとした初対面組はその力の片鱗を感じ取った。エルザがナツを一撃でのす力業とは異なり、軽快で洗練された動作には隔絶した力の差が感じられる。

 

「や、やっぱ……超強ぇや……!」

 

ナツもまた、その圧倒的な力量を実感して目を輝かせる。

 

「変わってねぇな、オッサン」

 

「漢の中の漢!!」

 

ナツだけじゃない。グレイやエルフマンもまた、ギルダーツの強さに対して憧れを持っている。いや、ギルドの若い層、特に男たちはほぼ全員がそうだ。

 

最強の男。その名声に偽りなし。尊敬と羨望を集めるカリスマ。

 

それが、ギルダーツという男だった。

 

「いやぁ、見ねぇ顔もあるし……ホントに変わったなぁ……」

 

3年ぶりのギルド。ギルドハウスは一変していたり、離脱や新規加入でメンバーの顔触れが変わっていたり、3年も経てば若い連中は大きく成長していたり、ギルダーツは月日の流れをしみじみと感じ取った。

 

だが、3年経っても変わらない者が妖精の尻尾(フェアリーテイル)に1人いる。

 

「おかえり、ギル坊」

 

「おお! リュウさんかぁ!! あんただけは何も変わらねぇなあ!!」

 

カウンターに座っている彼女だけは、3年前とまったく同じ風貌のままだ。ギルドが新しく変わりゆくことも嬉しいものだが、彼女の代わり映えがしない姿には、どこか安心感が湧いてくるものだった。

 

だが、その彼女のギルダーツを見る表情は険しかった。とは言え、彼女に限って、ギルダーツの長期に渡る留守を咎めるような意思はない。その表情には、ただただ心配そうな色だけが宿っている。

 

「ギル坊、それは……」

 

彼女の言葉は小さく、周りには聞こえなかった。ただ浮足立ち、ギルダーツばかりに集中しているギルドのメンバーのなかで、彼女の様子に気づく者は少なかった。

 

彼女の意図を察して、ギルダーツは罰が悪そうにしながら言った。

 

「あーっと。まあ、それは後にしてくれ」

 

「……それもそうだね。ごめんねぇ、ギル坊。改めて、おかえりなさい」

 

ギルダーツの抱える事情。3年間の100年クエストで得たもの。

 

彼女はそれを看破していたが、この場で暴くようなものではないことは確かだった。折角の再会に水を差すようなことは両者ともにしたくなかったから、この話はここで打ち切ることにする。

 

彼女は表情を崩すと、今度こそギルダーツの帰宅を迎えるために微笑みを浮かべた。

 

「おう、ただいま」

 

ギルダーツもまた、にかっと爽やかな笑みを返した。

 

 

 

「ギルダーツ」

 

「おっと、マスター!!! 久しぶりーっ!!!」

 

タイミングを見計らっていたマカロフが、ギルダーツに声をかける。ギルダーツが喜びを露わにして返事をした。マカロフもまたギルダーツの帰りを喜んではいたものの、その表情は真剣でギルダーツを見据えている。

 

マスターとして、聞かねばならないことがあったからだ。

 

「仕事の方は?」

 

それは3年間という長期間に渡る遠征を行った結果。ギルダーツが挑戦していた100年クエストのことである。

 

その成否を確認しなければならないため、マカロフは第一声に結果を質問した。

 

「がっはっはっはっは!!」

 

ギルダーツはすぐには答えずに、徐に後頭部に手をやると、軽く搔きながら呵々と大笑いした。

 

周囲の者が訝しむ一方、マカロフと彼女はその様子に何かを悟ったのか、無言で目を閉じる。

 

特に聞き返すこともなく、ひときしり笑い終わるのを待つと、ギルダーツは告げた。

 

「ダメだ。オレじゃ無理だわ」

 

その報告に、ギルド中に衝撃が走る。

 

「何!?」

 

「ウソだろ!!?」

 

「あのギルダーツが……クエスト失敗……!?」

 

ギルダーツは妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の男であるのは、誰もが認めるところだ。ギルド内外問わず、その武勇は広く知られている。

 

その男が、3年という年月をかけても達成できずに終わってしまったという事実に、ギルドのメンバーが驚愕する。昔からギルダーツのことを知っている者だけではなく、ルーシィたちのような良く知らない者たちも動揺している。

 

100年間未達成という前人未到の領域を踏破することは不可能だった。

 

帰還は凱旋とならず、逃げ帰ってきてしまったことをギルダーツは謝罪した。

 

「すまねぇ……名を汚しちまったな……」

 

「いや、無事に帰ってきただけでよいわ。儂が知る限り、このクエストから帰ってきたのは、主が初めてじゃ」

 

そんな謝罪をマカロフは笑って吹き飛ばす。マカロフにとって、生きてギルドに戻ってきた、それだけでも十分すぎる。隣にいる彼女もまた、五体満足とはいかなくとも、命を持ち帰ってきたギルダーツに対して安堵した。

 

今までも、100年クエストに挑戦してきた魔導士たちは数多くいた。だが、マカロフが調べた限り、生存者は誰もおらず、悉くが命を落としたという惨憺たる歴史がある。

 

100年という月日は重い。

 

「俺は休みてえから帰るわ。ひ~疲れた疲れた」

 

ギルダーツは気の抜けた声を出しながら、歩き出す。

 

直後、彼女はギルダーツに声をかけた。

 

「ギル坊。明日あたり時間とれるかい?」

 

「ん、ああ。そっか。できるんだったか」

 

「うん。ちゃちゃっと済ませようとは思うけど、私は今日は仕事だからねぇ」

 

「んじゃあ、頼むわ」

 

わざと目的語を抜かして会話する2人に周囲の者は首を傾げる。

 

というのも、彼女が先ほど聞きかけた事情についてのことだった。ギルドメンバーが集まっている此処で話を蒸し返す訳にもいかないが、彼女はギルダーツの状態を見過ごすつもりはない。

 

誰も見ていないところで対処するため、2人が示し合わせた形である。

 

それから、ギルダーツはギルドから退出した。壁を突き破って。

 

ギルダーツのクラッシュは、行く手を阻むもの全てを粉砕する。戦闘であれば頼もしい限りなのだが、民家もギルドの外壁も構わず破壊して歩いていくから頭が痛いものだ。

 

「ギルダーツ!! 扉から出てけよ!!!」

 

ウォーレンのツッコミが全員の呆れを代弁した。

 

 

 

 

 

 

ギルダーツが自宅へと帰っていき、更にギルダーツに自宅まで呼ばれたナツもギルドを出て行くのを見届けてから、彼女も仕事へと向かった。いつも通り、マグノリアの便利屋さんとしての仕事だ。ギルダーツシフトが解除されて元の姿に戻ったマグノリアの街中を歩き回り、依頼を片付けていく。

 

今頃は、ナツとギルダーツが土産話に花を咲かせているところだろうか。一体どんな話をしていることやら、と彼女は頭の片隅で考えながら、仕事に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

日暮れ時、ギルドへと戻ってきた彼女はいつものように受付へ向かう。

 

珍しいことに、ギルドハウスにいるメンバーは少なく、ミラジェーンも別件のためか受付にいない。

 

閑散としたギルドには、カウンターの上で胡坐をかくマカロフが傍らに徳利をおいて一人酒をしていた。

 

カウンター席に腰掛けた彼女がその徳利を持ち上げると、注ぎ口を軽く傾けながらマカロフに笑いかける。

 

「注ぐよ」

 

「おお、すまんのう」

 

マカロフが手に持った猪口に、彼女が酒を注いだ。マカロフが酒を呷って、空になった猪口をカウンターに置いた。

 

その表情は、酒の美味さを味わうようなものではなく、どこか遠くを見ているかのような神妙なものだった。

 

彼女が自分用にグラスを用意し、いつもの銘柄を注いでいると、マカロフがぽつりを呟いた。

 

「このギルドに、3人の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)…………」

 

「うん? まあ、珍しいよねぇ」

 

ウェンディが加入したことで、妖精の尻尾(フェアリーテイル)には滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)が3人所属していることになった。

 

火竜のナツ。鉄竜のガジル。天竜のウェンディ。

 

かつてはラクサスもいたが、騒動の責任をとって破門され、今は流浪の旅に出ている。さらには、ドラゴンから直接魔法を授かった3人とは異なり、ドラゴンの魔水晶(ラクリマ)を埋め込んだことで得た滅竜魔法だ。

 

だから、ドラゴンの系譜を継承する滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)は3人だ。既に絶滅したと考えられるドラゴンから魔法を引き継いだ者など、世界中探しても極僅かのはずが、3人も妖精の尻尾(フェアリーテイル)に集結しているなんて、お伽話のように現実離れした話だ。

 

最早それは、偶然というよりも必然と言ってもいいのかもしれない。マカロフの脳裏に旧友の予言が甦る。

 

「ポーリュシカが言っておった。運命が動き出そうとしている、とな」

 

「それが、あの3人だと?」

 

マカロフは次は自分で酒を注いで、猪口に浮かぶ水面を眺めながら沈黙した。3人、いや仲間(家族)たちの行く末を案じながら、ただ何事もなければ良いとマスターとして思う。

 

そんなマカロフの姿に溜息を吐いた彼女は、殺人的度数のアルコールを一気飲みしてグラスをカウンターに叩きつけた。鈍い音を響かせ、マカロフの視線を受けた彼女が不機嫌そうに吐き捨てた。

 

「運命だとか因果だとか、くだらないよ。あの子たちはただ自由に、自分らしく生きていくためにいるんだ。何の関係もない子たちに、世界の宿痾を押し付けるような、そんな無責任な存在(やつ)なんてろくでなしでしかないさ」

 

マカロフと彼女の付き合いは長い。そんなマカロフでさえ、ここまで不快感を露わにしたような姿は初めて見たかもしれない。マカロフをして、彼女とは慈悲深く寛容的で仲間(かぞく)思いの女性であり、誰かに対して、憎悪や憤怒といった負の感情をぶつけるようなことがあろうとは思わなかった。

 

彼女の苛立ちを感じるが、当たり散らすような八つ当たりめいたものではない。その分、彼女の内側で、煮え滾るような、それでいて底冷えするようなものが滲み出てきたように感じた。

 

彼女がふっと、表情を緩めて雰囲気を霧散させると、申し訳なさそうに謝った。

 

「ポリュ嬢のことを悪く言うつもりはないのよ。私はただただ、あの子たちにはそんなものとは無縁でいてほしいと思っているだけなんだけどねぇ。うん、別に空気を壊してまで私が言うべきことじゃなかったかな。ごめんねぇ」

 

自虐めいた笑みでまた酒を呷る姿が、マカロフには忘れられそうになかった。

 

 

 

 

 

 

翌日。夕方頃。

 

彼女はギルダーツの自宅へと訪れていた。

 

「邪魔するねぇ」

 

「おう」

 

マグノリアの街から少し離れたところにポツンと佇む一軒家。妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の男に似つかわしくないこじんまりとしてみすぼらしい年季の入った平屋だが、仕事で遠征してばかりで滅多に自宅に戻らないギルダーツにとっては、寝る場所さえあればいいため、改築も増築もしていなかった。

 

だが、その内部は掃除が行き渡っていて清潔さは保たれていた。人が住まない家屋は一気に傷みが激しくなり老朽化が進むものだ。ギルダーツは3年間クエストに出ており、その間空き家だったため、埃や損傷が酷いものになっているものだと予想していたが、出迎えた我が家は3年前と変わらない、いや、それよりも綺麗に整理されている姿で残っていた。

 

帰宅直後は呆気に取られていたが、お節介焼きの存在を思い出してギルダーツは苦笑した。

 

「リュウさんだろ? 俺ん家掃除しててくれてたのは」

 

「さてねぇ。妖精さんのおかげじゃないかい?」

 

「いや、餓鬼じゃねぇんだから、世話になったんなら借りを返さねぇと」

 

はぐらかすように笑う彼女だがギルダーツも流させる訳にはいかない。若造の時ならいざ知らず、既に自分はとうの昔に自立しているし、頼んではいないが不在中に管理をしてくれていたのなら返礼をしないと大人として立つ瀬がない。

 

何か返せるものはないか、と思っているところに、男の触れて欲しくない所を彼女は追求した。

 

「ちゃんと妖精さんの方にお礼言わないと悪戯されるかもねぇ。ほら、タンスの二重底に隠している……」

 

ギルダーツが絶叫した。

 

「ああああああ!!! わーったわーった!!!! ありがとうな、妖精さん!! だからそれ以上言わないでくれ! 中年にもなってんなこと言われたら気まずいってもんじゃねぇぞ!」

 

彼女のえげつない攻撃にギルダーツは即刻白旗を上げた。年齢を重ねても衰えることのない旺盛さで集めた至高の宝物の数々をあっさり発見されて嫌な汗が噴き出た。思春期の男子にとって致命的なムーブを中年でやられたギルダーツの心に深い傷が刻まれた。

 

「ったく。俺ぁもう45だぜ。勘弁してくれよ」

 

「いくつになっても私にとってギル坊はギル坊さ」

 

苦い顔を浮かべるギルダーツに朗らかな微笑みを向ける彼女だったが、やがて真剣な表情に切り替えると、一歩ギルダーツに近寄った。

 

「さて。ギル坊、診せてくれるかい」

 

「…………」

 

ギルダーツは無言で羽織っていた外套を脱いだ。

 

 

 

その体の生々しい傷痕に彼女が痛ましげに表情を暗くした。左腕と左脚は欠落しており、代わりに義肢が取り付けられている。また、上体に幾重にも巻かれた包帯と刻まれた縫合痕は体内の損傷も物語っている。いくつかの臓器に欠損があり、文字通り血反吐を吐くような重体だったことだろう。

 

ギルドに帰還した際に他のメンバーが気付かなかったのは、全身を覆う外套で義肢や傷痕を隠していて、高性能な義肢で不自由なく動けていたからだったが、彼女は一目見ただけでその惨状を看破していた。

 

「……良く、生きて帰ってきたねぇ」

 

「ああ、運が良かった」

 

治療後の姿を見ても、生還できたことが奇跡だったことは疑いようがない。

 

むしろギルダーツという実力の持ち主だったからこそ、その強運を掴み取ることができたと言える。

 

長年、魔導士として歩み続けた彼女は数多の別れを経験してきた。仲間(家族)だったり、同業者だったり、知り合いの一般人だったり。そんな彼女でもやはり死別というのは痛切な悲しみを齎すもので、ギルダーツが生きて帰ってきたことに心から安心した。

 

「それじゃあ、ベッドに寝転んで頂戴な。これだけの大怪我、戻すのに時間がかかるからねぇ」

 

「すまねぇな。リュウさん」

 

「それは言わないで欲しいねぇ。仲間(家族)なら当たり前のことだよ。ありがとう、って言ってくれればそれで良いのよ」

 

「……ああ、ありがとうよ」

 

ギルダーツはベッドに腰掛けると外套を脱ぎ去って、義肢と包帯を外してから布団に伏せる。

 

準備が整った後、彼女は《復元》を行う前に、《与奪》の力を行使した。

 

全身が一瞬で元通りになる訳ではない。彼女をして、力の行使には限界があり、この四肢や内臓の修復は時間がかかる。ギルダーツを完全に回帰させるには今から始めて夜を徹する必要があるだろう。

 

人体の再生は激痛を伴うものではないが、下手に動かれてしまうと何が起こるか分からないし、ベッドに長時間拘束し続けるのも気が引ける。

 

だから、彼女はギルダーツの意識を奪い、眠りへと落としてから、《復元》を開始した。

 

深い傷跡も相まって眠る姿は痛々しい。だが、その表情は安らかで、大人になった後でも彼女の記憶にあるあどけない姿と変わらないように見えた。

 

「一体、どんなクエストだったのやら」

 

100年クエストの詳細は伝わっていない。今までに生存者がいなかったとともに、恐らくは依頼者が秘匿を命じたのだろう。口外厳禁を守り、ギルダーツもその内容を明かすことはなかった。彼女もまた暗黙の了解を守り、詮索するような真似はしなかった。

 

だから、ギルダーツを殺しかけた下手人の存在を彼女が知ることは、この時にはなかった。

 

一足先にギルダーツの家に訪れていたナツは知らされていた。それは、ナツがドラゴンであるイグニールに育てられ、イグニールを探し続けているという事情を抱えていたからだ。例え100年クエストの本題から外れている原因だったとしても失敗の経緯を明らかにすることは秘匿事項に抵触するグレーゾーンの行いだったが、それでもギルダーツが教えたのはそういったナツの事情を汲んでのことだ。

 

だから、長い付き合いだろうとも、ギルダーツは彼女にその存在を教えることはなかった。

 

ギルダーツを瀕死にさせた、黒いドラゴンの存在を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先程まで晴れていた空に雨雲が到来し、視界を覆う程に篠突く雨が降り注ぐ。

 

天気が悪いと気分も乗らなくなるのか、妖精の尻尾(フェアリーテイル)では依頼に行かずにギルドハウスで時間を潰す者が多い。酒盛りをしたり間食をしたり、中枢メンバーはギルドの方針や依頼の持ち回りなどを話したりしている。

 

また、マグノリアの住民も豪雨の中、外出するのを止めて屋内に籠っていた。晴れていた時は外で遊ぶ子供たちの声や主婦たちの井戸端話が聞こえてきたものだが、本降りになるにつれて家に戻っており、屋外からはざあざあと雨が降りしきる音だけが聞こえている。

 

そのため、マグノリアの上空の異常を察知できた者は少なかった。

 

ギルドを訪れずに自宅にいた彼女もまた、カーテンを閉め切って読書をしていて、外を見ていなかったから、突然の事態に対処することができなかった。

 

 

 

マグノリアの上空では、暗雲がある一点へと流れていくように渦を巻き始める。暗雲が収束する螺旋の中央部には、奥まで見通せない暗闇があり、時折白く明滅している。その間隔が速まっていくと、やがて暗闇が反転して、白い閃光が強く輝きだした。

 

同時に、マグノリアの街にも異常事態が波及していく。

 

地面が捲り上がり出し、建物や石畳が空へと浮かびあがる。そして、白い光の粒子となって、上空へと溶けていった。上空で白く輝く深淵へと乱気流が発生し、地表から剥されていく街並みは悉くが白い光の粒子と化して吸い込まれていく。それは妖精の尻尾(フェアリーテイル)も例外ではなかった。

 

やがて吹き荒れる竜巻と眩い白光が収まり、光の柱が天空へと昇って消えていった。天候も異常といえる暗雲の渦動がなくなって、何の変哲もない夜空が広がっていた。

 

だが、地上に残された光景は先程までの現象が現実に起こったことであることを示している。

 

見渡す限り真っ白な大地と空へと浮かびあがる無数の気泡。世界から存在が剥ぎとられたように、何もかもが存在しない漂白された更地は、マグノリアの街があった場所だと信じられそうにないくらい、まっさらだった。

 

 

 

先程の異常現象が一体何だったのかを知る者はたった2人。

 

そして、この大地に取り残された者が複数人。

 

その取り残された者、ウェンディとナツ、ハッピーは、事態を把握していた者、シャルルから説明を受けた。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)ともどもマグノリアの街を吸い込んだ天空の大穴は、超亜空間魔法アニマといい、別世界エドラスからの魔の手であったということ。魔力が枯渇しているエドラスでは、その魔力資源を別世界に求め、その掠奪の矛先を向けられたのが、強大な魔導士の集う妖精の尻尾(フェアリーテイル)、ひいてはマグノリアの街であるということ。ウェンディとナツは滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の特殊な魔力のおかげか、吸収を免れたが、その他のみんなは魔力へと変換されてしまうということ。

 

そして、ハッピーとシャルルはエドラスからの来訪者であるということを。

 

ウェンディとナツが反論した。シャルルもハッピーも自分たちが卵を孵して生まれた、この世界の生まれでこの世界の育ちであるだろう、と。

 

シャルルは肯定しながらも、生まれた直後から備わっているエドラスの知識と情報、そしてアニマとは別のとある使命から、そのルーツはエドラスにあることを知っていて、アニマの一件は自分たちに責任の一端があると告白した。

 

「んじゃ……話もまとまった事だし、いっちょ行くか!? エドラスってとこ」

 

懺悔のようなシャルルの言葉を聞いた後、ナツはからっと言い放った。

 

「まとまってないわよ!! てか、あんたまったく理解してないでしょ!!」

 

抱えていた苦悩とは逆に、楽天的に感じた物言いに聞こえシャルルは憤慨する。だが、ナツは真剣だ。その行動原理は至極単純。

 

「エドラスにみんながいるんだろ? だったら助けに行かなきゃな」

 

仲間が攫われたなら取り戻す。仲間思いのナツにとっては当たり前のことだ。

 

ナツだけじゃない。ウェンディもまた救出の意思は固い。その想いを受け取ったシャルルは、何の愛着もなく横暴極まりない世界を見限ることに決めた。元より、エドラスの事情や与えられた使命なんて知ったことではなかった。

 

エドラスから送り込まれたシャルルには、アニマとは別のとある使命が刷り込まれていると言う。その内容を明かすことはしなかったが、シャルルはその使命を放棄することにした。

 

そして、ナツとウェンディ、ハッピーとシャルルがエドラスへと乗り込んでいったのだ。

 

別世界であり、次元で断絶しているエドラスに行くことなど本来は不可能だ。しかし、今も上空にはアニマの残痕があり、次元が不安定な状態であるため、そこを突破することで世界を跨ぐことができる。

 

ハッピーとシャルルの翼魔法(エーラ)で、上空を飛行し、アニマの残痕を突き抜けて、4人はこの世界から姿を消えていった。

 

 

 

 

 

 

マグノリアの街の跡地に、残された者はナツ達だけではない。

 

同じ滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)のガジルもアニマに吸収されず、空間の歪みを察知した聖霊ホロロギウムによって、別空間へと退避させられていたルーシィもアニマの被害を免れた。

 

そして、当事者でもあり、エドラスの者でもあったミストガンがいた。

 

ミストガンの正体は、エドラスの国の王子ジェラールだった。

 

エドラスに対して、この世界はアースランドと言う。アースランドとエドラスは別世界であるが、影法師のように同一的でありながら別の存在である人々が生きている。

 

エドラスに突入していったナツ達は、エドラスの妖精の尻尾(フェアリーテイル)に侵入しており、姿形が同じだが、まったくの別人であるメンバーと顔を合わせていた。例えば、エドラスのルーシィはがさつで横柄であり、アースランドのルーシィと違って狂暴な性格の持ち主だった。例えば、エドラスのウェンディはナイスバディな大人の女性であり、面を食らったアースランドのウェンディはこの世の無常を感じていた。

 

同様に、アースランドとエドラスには、ジェラールという者がいた。アースランドのジェラールは楽園の塔を引き起こした大罪人であり、エルザの宿縁の相手で、六魔将軍(オラシオンセイス)の事件の終結時に連行されて投獄中の身である。そして、エドラスのジェラールは、エドラス王国の王子でありながら、アースランドの妖精の尻尾(フェアリーテイル)でミストガンを名乗っていたという訳だ。

 

ウェンディが一緒に旅をしていたジェラールも、アースランドのジェラールではなく、ミストガンのことだった。その誤解はミストガンがウェンディに名乗り出したことで氷解した訳だが、その直後にアニマによる吸収が始まり、旧交を温めるどころではなかった。

 

ミストガンがその時に言っていたことだが、アニマ計画は遅々として進んでおらず、エドラス王国の思うような成果が上がっていなかったのだが、その理由はミストガンが各地に展開されていたアニマを閉じてまわっていたからだ。

 

なぜ、エドラス王国のアニマ計画を王子であるミストガンが潰しまわっていたのか。それはアニマ計画を主導しているのがエドラス国王ファウストであり、王子でありながら実の父親に異議を唱えていたからだ。

 

ミストガンはアニマ計画を阻止するためにアースランドへと赴き、ウェンディと出会い、別れ、やがて妖精の尻尾(フェアリーテイル)に加入した。

 

S級魔導士として活躍しながら、アニマを閉じてまわっていてが、今回の巨大なアニマは1人の力では阻止することができず、マグノリアの街全てが飲み込まれてしまった。

 

ミストガンは諦観に支配されていた。結局、父親の横暴を止めることができなかった。せめて、ウェンディだけでも逃がそうと思い、ウェンディに名乗り出した。

 

だが、ウェンディが仲間たちを見捨てることを拒否し、救おうと駆け出した姿を見て、ミストガンは自分の愚かさを自嘲して、最後まで諦めないことに決めた。

 

やるべきことは2つ。

 

1つは、エドラスに乗り込む人員を増やし、戦力拡充を図ること。

 

何もなくなった白い大地を駆けずり回り、難を逃れた者たちを探し出す。ルーシィやガジルを見つけると、事態を説明した後にエドラスへと送り込む。

 

特に、ガジルの役割は重要だ。滅竜魔法は、魔水晶(ラクリマ)へと変えられた仲間たちを元に戻す力を秘めている。エドラスでも魔法が使えるエクスボールを持たせれば、ガジルは仲間たちを解放してくれるだろう。

 

ルーシィに続いてガジルを送り込み、他に残された者がいないか探していると、ミストガンの目に飛び込んでしたのは、妖精の尻尾(フェアリーテイル)で最も頼りになると思っている彼女の姿だった。

 

途方にくれている彼女にミストガンが呼び掛けた。

 

「リュウさん!!!」

 

「おや、ガン坊」

 

ミストガンの存在を認めると、彼女は優しく笑ってくれた。

 

その笑顔が、当事者であるミストガンの罪悪感を刺激してくる。

 

「すいません……リュウさん……俺は、失敗しました…………」

 

ミストガンは膝をつき深く項垂れて謝罪する。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)に加入してから、ずっと気に掛けてくれた彼女の恩に仇を返す形になってしまった不甲斐なさを悔やんでいた。アースランドの世界を旅し、自分と同じ容姿のジークレインという評議員の存在を知った時から、混乱を招かないようジェラールという本名を偽り、覆面で素顔を隠し、ギルドメンバーとの交流を閉ざして、孤独な任務に身を投じた。

 

そんなミストガンに寄り添おうとしたのが彼女だった。ギルドに帰還したミストガンに必ず声をかけ、安全を祈ってくれた。魔法契約書(コントラクトスクロール)を使って騙し討ちし、秘匿を強制したときも、事情を汲んで許してくれた。ウェンディの存在を伝えて再会を促してきたのを拒絶した薄情者に対し、ウェンディの成長ぶりを教え、ずっと再会を望んでくれた。

 

ミストガンがアースランドで孤独に戦い続けられたのも、彼女あってのことだった。そんな彼女から、自国が大切なものを簒奪していく。客観的にミストガンのせいではないが、ミストガンは自分を責めていた。

 

「顔を上げなさいな」

 

彼女は、ミストガンの事情は詳しくは知らない。何かしらの使命を抱えていて、それが原因でいつも1人でいるということだけだ。

 

大事なのは、ミストガンもまた、彼女の大切な仲間(家族)の1人であるということだけだ。仲間(家族)が苦悩する姿を見過ごすことなんて彼女にはできない。

 

ゆっくりと顔を上げるミストガンの肩に手を置きながら、彼女は微笑みかける。

 

「私はガン坊がずっと頑張ってきた姿を知っているから、ガン坊のせいだなんて微塵も思っちゃいないよ。自分を責めるのはおよしなさいな。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員なら、悔やんでばかりじゃなく、何ができるかを考えるべきさ。さあ、まずは事情を私に教えてくれないかい」

 

彼女のどこまでも慮る声音には、ミストガンの不甲斐なさを叱咤激励する想いが宿っている。

 

ミストガンは彼女の想いを受け止めると、自らを奮い立たせてずっと隠してきた事情を説明した。

 

 

 

「そうだったんだねぇ……」

 

事態を把握した彼女は空を見た。

 

「尻拭いをさせるみたいで申し訳ありません。リュウさんも、協力してくれませんか?」

 

「それはもちろん。でも、どうやったらエドラスに行けるのかな? 私、今は空を飛べるような力はないよ」

 

一時的に浮遊することはできるが、ナツたちがしたように天空にあるアニマの残痕へと飛び込むことはできない。

 

頭を悩ませる彼女に、ミストガンが解決策を持ち出した。

 

「大丈夫です。俺が送り込むことができます」

 

ミストガンは先んじてルーシィとガジルをエドラスへと送り込んでいる。両者とも空を飛ぶような術を持っていないが、アニマという魔法を熟知しているミストガンの手によれば空を飛べずとも次元の壁を突破できる。

 

ミストガンは彼女にエクスボールを持たせると、エドラスへと転送を開始した。

 

「申し訳ありません、リュウさん。俺はすぐにエドラスへと向かいません。エドラスで魔水晶(ラクリマ)とされたみんなを元に戻すために、俺は別の巨大なアニマの残痕を探してきます」

 

それが、ミストガンがやるべきことの2つ目だ。

 

全てを元に戻すためには、マグノリアの街を吸収したアニマと同等の巨大さを持つアニマの残痕を探して、アースランドへと逆流させる必要がある。

 

エドラスという国全体が敵に回るなか孤軍奮闘させてしまうことを心苦しく思いながらも、起死回生の一手を打つためにミストガンは別行動を取ることを選んだ。そこには、仲間たちへの強い信頼があった。

 

その信頼を感じて、彼女は安心させるように力こぶを見せつける動作をした。

 

「任せなさいな」

 

その一言とともに、彼女の姿は白い光となってアースランドから消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ここは一体どこなんだろうねぇ…………」

 

ちょうどエドラスの王都で戦闘が開始していた頃、彼女は王都から遠く離れただだっ広い荒野に1人ポツンと立っていた。見渡す限り、不毛の地であり、どこに向かえば良いかとんと見当もつかなかった。

 

ミストガンの狙った座標から大きくずれた場所である。ルーシィやガジルを狙った場所に送り込むことに成功しており、アースランドからエドラスへと人を飛ばす方法を知っているミストガンは、同様に彼女を王都へと送り届けるよう魔法を使用したが、その思惑は外れ、彼女は異界の地で行方知らずの身となった。

 

彼女は途方に暮れた。

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