妖精の尻尾のリュウさん   作:ただの馬鹿

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ノブレス・オブリージュ

エドラス王国第一王子ジェラール。

 

アースランドの妖精の尻尾(フェアリーテイル)のS級魔導士ミストガン。

 

どちらも私のことだ。

 

 

 

私はエドラス王国にて第一王子として生を受けた。王族としての教育を受けて、自分が王族として何をすべきかを考え続けていた。

 

エドラス王国に目下最大の課題事項がある。それは魔力という資源の枯渇だ。

 

エドラス王国は魔法によって社会が保たれている。経済や文化、交通網や娯楽、日常生活など、全て魔法と結びつき、魔法という基盤の下に支えられている。魔力を持つ魔水晶(ラクリマ)等を、武器や生活用品と組み合わせて作成する魔道具。エドラスではこの魔道具を魔法を総称していて、魔法があるからこそ戦闘や生活をすることができている。

 

だが、エドラスでは魔法は有限。魔力も有限。アースランドとは異なり、魔力を人体に持たず、大気中にも魔力は存在しないため、やがて魔力は底をつく運命にあった。

 

王国の官僚から市井の民に至るまで、今ある生活が途絶えてしまうことに不安を覚えない者などいない。ましてや、王国を預かる身である王族としては何とかしてでも解決しなければならない至上命題だった。

 

我が父上、ファウストはその解決策を別世界アースランドに求めた。

 

アースランドでは、魔力は豊富にある。人体や大気中、物質に至るまで様々だ。エドラスの高度に発展した魔法技術が次元を超えた別世界の観測を可能としており、アースランドの存在を認知したときには、高官たちが小躍りしたことだろう。

 

その時からだ。父上が妄執に囚われるようになったのは。

 

それ以前の父上の姿は、幼心にぼんやりと記憶がある。王としての厳格で苛烈だったことが印象に強いが、同時に寛容で賢明であり、責任感の強さから常に我が国の行く末に腐心していたことは分かっていた。父と子の家族間の情など露程も見せることはなかったが、尊敬の念を抱いていたことは憶えている。

 

だが、王国の魔法省の研究員から、アースランドの存在を報告された時、父上の王としての在り方が捻じ曲がってしまった。

 

王に即位してからずっと苦悩し続けていた魔力枯渇問題。一向に解決の兆しが見えない暗中模索の月日。悪化する国民感情。付随して発生する治安の深刻化やインフラの退廃、蔓延する漠然とした不安。それらを一身に受ける父上の苦悩など想像に難くないが、その苦悩を本当に分かることなどできはしないだろう。

 

そんな父上の目の前に現れた、魔力の枯渇など無縁の世界。豊富な魔力があり、魔法という文明の利器を謳歌する人々。何処までも続く明るい未来を信じて疑わない姿が、父上に屈折的な感情を抱かせてしまった。責任感と愛国心が、羨望と嫉妬によって反転し、世界を侵すルサンチマンへと変貌を遂げた。

 

父上が良く口にする言葉がこの時に生まれた。

 

永久、永遠、未来永劫続く偉大なるエドラス王国。

 

だからこそ、よこせ。有限など許されぬ。神聖なるエドラス王国に、さらなる魔力を与えるがいい。

 

 

 

それからの父上の専横は目に余るものがあった。

 

超亜空間魔法アニマによるアースランドから魔力を簒奪するアニマ計画。

 

魔法を独占し管理下に置くための、所持・売買の禁止。

 

全魔導士ギルドへの解散命令並びに反逆者への粛清。

 

王政の中央集権強化と王都への資源一極化と娯楽事業の推進による国民統制。

 

かつての父上からは考えられない、刹那的で先見性もない政策の数々。国家の分断を生み、国民の薄っぺらい人気だけを集め、国の将来を真に憂う有志を排除する独裁。それらは、アースランドから魔力を簒奪するという思想の下に成り立つものだった。

 

今に至っては、政権に反対する者など存在しない。みんな不安から目を逸らして父上の政策を正当化している。王国軍は積極的に粛清に向かい、王都の民は父上の名を持て囃す。

 

 

 

…………正直、俺もリリーに命を助けられていなければ、父上に反対していなかったかもしれない。

 

エドラス王国の歴史を語る上で、エクシードの存在は欠かすことはできない。エドラス王都の上空に浮かぶ浮遊島エクスタリアに住まう崇高なる種族エクシード。その姿は二足歩行する猫とでも言うべき種族で一見するとか弱いものだが、エドラスでも唯一体内に魔力を持ち、エドラスの人々の生死を決定づけ運命を操る女王シャゴットが統治する上位種である。その威光には父上も歯向かうことはできず、王国の方針に口出しすることができる権限を持っている。

 

そして、エクシードの掟に、人間を助けてはならないというものがある。その掟を破った者、他にも女王の命令に逆らう者や危険分子は堕天とされ、エクスタリアを追放される。

 

俺の命の恩人であるパンサーリリーは、俺を救出したことで堕天とされてしまった。

 

俺が子供の時分の話だ。郊外の視察の際、魔物の襲撃に会い、視察団から逸れて崖から転落してしまった時に、地上を巡回していたリリーが俺を発見してくれて、治療するためにエクスタリアに連れ戻った。おかげで俺は命を拾うことができだが、代償にリリーはエクスタリアを追放されてしまった。

 

それでも、リリーは俺を責めることはせず、王都へと返してくれた。故郷を追われ行き場を失ったリリーはそのまま王国軍に編入し、今や第一魔戦部隊隊長にまで昇りつめている。

 

だが、王国に身を寄せたリリーとは逆に、俺は王国から退くことを決めた。自らの立場を失くし、同族から疎まれても、ただ人間の子供1人のために行動したリリーの姿に目を覚まされたからだ。

 

それまで、俺は父上の決定を致し方ないと割り切っていた。子供心に間違っていると感じながらも、それが王国のためであり、国民のためだからと言い訳をして目を逸らしていた。

 

しかし、リリーのおかげで生還した俺の目には、父上の野心が濁って見えて仕方なかった。

 

この世界の為と言えど、そのために全く無関係の罪もなき世界の人々を犠牲にするなどあってはならない。掠奪で延命を続ける国に将来なんてあるはずがない。

 

王子でありながら俺は、いや、王子であるからこそ私は父上の暴走を止め、誤った方向へと突き進むエドラス王国を本当の意味で未来へと繋がるようにしなければならないと決意した。例え、世界中から憎まれようとも、リリーと同じように、自分が正しいと思う道を選択しなければならない。

 

それこそが、私の果たすべき責務(ノブレス・オブリージュ)だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アニマ計画が実行されるよりも先に、私はエドラス王国を失踪して、アースランドへと赴いた。

 

アニマを阻止するための対策を練るとともに、実際にその世界を巡り、父上が奪おうとしているものを目に焼き付けるためだ。

 

私が想像していた通り、そこには確かに人々の営みや息遣いがあった。もちろん、犯罪者や闇ギルドのような者もいたが、善良な人々が互いに助け合い、支え合って一生懸命に生きている姿があった。決して、横から手を出して、毟り取って良いものではない。

 

一層、決意を固めている時に1つ目の出会いがあった。

 

それが、ウェンディとの出会いだ。ウェンディは育ての親であるドラゴン、グランディーネが突如いなくなって孤独に彷徨っていたところに私と遭遇した。子供だった私よりも更に小柄で、見放すことができなかったから一緒に旅をすることにした。

 

ウェンディは天真爛漫で可愛い笑顔の少女であり、自国を出奔して別世界に渡ったばかりで実は不安だった私の心の支えでもあった。アースランドという世界を良く知らずに、思わず本名のジェラールを名乗ってしまったけれども、その旅路は楽しく、見るもの全てが新鮮で、自分の責務の重荷を忘れさせてくれた。

 

だが、それも1か月程で終わってしまった。

 

アニマの前兆を感じとったからだ。上空に渦巻くエドラスの魔力。アースランドの民では気づきにくい特有の予兆をエドラス出身の私は感知することができた。それならば、私はアニマを閉じて回らなければならない。アースランド側からアニマを閉じれば、父上に知られずに妨害も受けずに済む。だが、確実に安全だとは断言できなかった。

 

だから、私はウェンディに魔導士ギルドへ連れていくと嘘をついて、近くの廃村に住む老人にウェンディを託した。

 

さぞ恨まれているだろうな、と思っていたがウェンディはあくまで純粋に私との再会を願っていたみたいで心が痛くなる限りだ。ウェンディの軌跡と活躍を小耳にはさみ、あんなに小さかった女の子が驚くほどに成長していたことに勝手ながら微笑ましく思ったものだ。

 

ウェンディと別れた後に、アニマを塞ぐため各地を巡っていたが、別世界で行動するにも生活基盤というものが必要だった。路銀は底をつくもので、自給自足なんてしている余裕なんてない。だから、私は魔導士ギルドに所属することにした。

 

フィオーレ王国で魔導士ギルドと言えば、妖精の尻尾(フェアリーテイル)幽鬼の支配者(ファントムロード)の両雄が有名だったが、私は旅路の最中に得た情報から、妖精の尻尾(フェアリーテイル)を選んだ。

 

そこで得た2つ目の出会いが、リュウさんだった。

 

加入する前には、既にアースランドがどういった世界なのか把握していて、私は活動しやすくするために正体を隠さなければならなかった。エドラスとアースランドには、鏡のように全く同じ姿形をした別人物がいることが分かった。私も、ジェラールという名前の人物はいなかったが、評議員であるジークレインという有名人がいたことは分かった。だから、覆面をして外套で全身を覆うことにして、ミストガンという偽名を名乗った。

 

その出で立ちは不審者そのものだ。そんな私をすんなりと受け入れてくれたのが彼女だった。

 

加入を希望した私を二つ返事で認めてくれた時のことは今でも憶えている。

 

「それじゃあ、これで、君も妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員だよ。これからよろしくねぇ、ガン坊」

 

「ガ、ガン坊?」

 

……ネーミングセンスの衝撃で、だが。

 

正体を隠し続けて、他人との交流を絶ち、孤独に責務に没頭する私を、彼女は常に気に掛けてくれた。

 

ギルドに戻ったときは必ず声をかけてきて無事を喜び、依頼に向かうときは成功と帰還を祈ってくれた。S級魔導士に昇格した時も彼女だけが祝宴を開いてくれた。

 

私が避け続けても根気よく関わろうとした彼女は、やがて私の素顔と体内に魔力がない異邦人であることを突き止めた。そこで、魔法契約書(コントラクトスクロール)で口止めをした私にしょうがないね、と笑って許してくれた時は申し訳なさで一杯だった。

 

けれども、彼女がずっと見守ってくれていたことが、孤独な自国との闘いの中で、どれほど励みになったことか。

 

 

 

しかし、結局私はアニマの根絶に失敗し、やがて抑えられない程の巨大なアニマがマグノリアごと妖精の尻尾(フェアリーテイル)を飲み込んでしまった。

 

私の責務は失敗した。

 

自らの非力を悔やみ、諦念に苛まれていたが、そんな私の目を覚まさせたのがウェンディであり、そんな惰弱を吹き飛ばしてくれたのがリュウさんだった。

 

私には膝を抱えている時間なんてない。今でも、ウェンディとナツは王国を相手に奮闘していることだろう。ハッピーやシャルルも、エクシードでありながら、ただ仲間(家族)を助けたいという一心で、自らの世界と種族を敵に回す決意を固めた。ルーシィとガジルもまた、今まで隠し続けていた私に文句を言いながらも、救出することは即決した。そして、リュウさんも即答した。ならば、私もみんなを助けるためにすぐに行動するべきだ。

 

必要な情報と物資を授けて、リュウさんをエドラスへと送りこんでから、私自身はエドラスにすぐさま直行することはせず、別に仲間たちを取り戻る一手に講じることにした。

 

マグノリア全体を飲み込んだ上空にあるアニマは発動直後であり、再利用することはできない。だから、私はマグノリアの大地を後にすると、同等の巨大さを誇る別のアニマの残痕を探して、イシュガル大陸を東奔西走し始めた。

 

アニマは、アースランドからエドラスへと吸収するだけではない。アニマ自体は次元を行き来できるようにする大穴であり、エドラスからアースランドへと返還させることができる。全てを元に戻すだけのアニマがあれば、エドラスで魔水晶(ラクリマ)へと変えられ魔力にされそうになっている仲間たちともども、元通りの状態に戻すことができる。

 

探している間にも、エドラスでは刻一刻とタイムリミットが迫っている。休む間もなく、睡眠もほとんど取らず、大陸中を駆け巡る。

 

そして、それをようやく発見することができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、アースランドへと帰ったのだ。全てを元に戻すだけの巨大なアニマの残痕を探し、遅くなった事を詫びよう。そして、みんなの力がなければ間に合わなかった。感謝する」

 

眼下にいる妖精の尻尾(フェアリーテイル)の仲間たち、そしてエクシードの者たち、リリーとそのために王国に逆らってくれた全員に向けて、感謝の想いを告げる。間一髪ではあったが、魔水晶(ラクリマ)にされた仲間をアースランドへと帰すことができた。

 

父上は永遠の魔力を手に入れようとするため、別世界だけではなく、仮にも神として君臨していたエクシードに対しても反逆することを選んだ

。王都の上空に浮かぶ仲間たちの魔水晶(ラクリマ)とエクシードたちのエクスタリアを激突させて、両者の魔力は融合して王都中に降り注ぐ。永遠の魔力を手に入れるための、狂気の沙汰だ。

 

父上はエクシードの正体を察していた。そして、魔力に悩むエドラス王国を支配しているのが、魔力を有しているだけの弱者であるということが許せなかったのだろう。だから、神を天上から引きずり下ろすという凶行に及んだ。

 

元来、エクシードとは人間から迫害されていた脆弱な種族。それを憂いたエクシードの先祖が一計を講じたのが、人間管理という真っ赤な嘘だった。代々エクシードの女王となる者は予知能力を持つ。それにより、将来死ぬ人間を言い当てることで、あたかもエクシードには人間の生死を司る権能があると錯誤させた。

 

エクシードの力を恐れた過去の人間たちはひれ伏すことを選び、エクシードを神として崇めたという訳だ。このことは私を助けて追放されたリリーから知らされたことだ。当てつけなのか、リリーはエクスタリアを偽りの国と蔑んでいた。

 

それでも、憎み抜いて王国に与して破壊しようとしても、エクスタリアはリリーの生まれ故郷だった。ウェンディとシャルルの想いにより、偽りを脱ぎ捨てたエクシードたちの決死の行動が、リリーの心を動かした。

 

そして、彼らが魔水晶(ラクリマ)とエクスタリアの激突を身を張って食い止め、時間を稼いでくれたことで、私は間に合うことができたのだ。

 

父上の野望は水泡へと帰した。

 

魔水晶(ラクリマ)はもう一度、アニマを通りアースランドで元の姿に戻る。全て終わったのだ」

 

私の言葉に、我に返ったみんなが歓声を上げた。アースランドのみんなも、エクスタリアも無事だった。ここに至ることができたのも、私にとって、全ての始まりとなった出会いのおかげだ。

 

「リリー。君に助けられて命だ」

 

私は、リリーのことを見た。

 

「君の故郷を守れてよかった」

 

「ええ…………ありがとうございます、王子」

 

こうして、彼と言葉を交わすのも久しぶりだ。話したいことや伝えたいことが沢山ある。

 

だが、それ以上再会を喜び合うことは許されなかった。

 

突如、放たれた魔導レーザーがリリーの身体を貫通する。

 

「リリー!!!」

 

翼魔法(エーラ)で空中に浮遊していたところを穿たれ、リリーが脱力して浮力を失う。咄嗟に彼の名前を叫んだが、リリーはただ涙に濡れながら墜落していくだけだった。

 

「誰か……リリーを助けて!!!」

 

「任せてください!!!」

 

女王シャゴットの懇願に、エクシードの1人がリリーの救出へ向かう。私もすぐにリリーの下へと向かいたかったが、リリーを狙撃した相手が相手なため、ここを離れることができなかった。

 

「まだ終わらんぞーーーーーっ!!!」

 

その人物こそ、エルザ・ナイトウォーカー。エドラス王国軍第二魔戦部隊隊長であり、アースランドのエルザと遜色ない実力の持ち主だ。別名を妖精狩りのエルザといい、冷酷で非情な人物だが、偏に王国に対する忠誠心によるものだ。それなら、私の肩書が彼女を萎縮できるだろう。

 

アースランドのエルザを睨みつけているが、2人を戦闘に入らせないように手をかざした。

 

「エドラス王国王子であるこの私に刃を向けるつもりか、エルザ・ナイトウォーカー」

 

「くっ」

 

やはり効果的だったようで、彼女が尻込みする。

 

だが、そんな肩書を認めない者がいた。

 

「儂は貴様を息子などと思っておらん」

 

他の誰でもない、血の繋がった父上の声だった。空間を反響し、どこから聞こえているのか分からないが、私たちのことを見ているということは分かった。

 

「7年も行方をくらませておいて、よくおめおめと戻ってこれたものだ。貴様がアースランドでアニマを塞いで回っていたのは知っておるぞ。この売国奴め」

 

私の反抗は筒抜けだったらしい。売国奴という謗りも父上からすればもっともだろう。だが、他者を犠牲にして掠奪した富を啜って生き延びようとする国に平穏なる将来など訪れることなど、ありはしない。

 

現に、アースランドの者たちによって父上の思惑は覆された。

 

「あなたのアニマ計画は失敗したんだ。もう戦う意味などないだろう?」

 

「意味? 戦う意味だと?」

 

私の言葉に対して嘲笑を返す父上。今更戦っても、手にした魔力の源は失われたのにも関わらず、父上の暴走は止まらない。

 

そこに宿るのは、ただただ自分に歯向かう者を弾圧しようとする意志だった。

 

「これは戦いではない。王に仇なす者への報復……一方的な殲滅」

 

「な……何あれ!?」

 

地上にて駆動する魔導兵器に、誰もが目を剥いている。

 

同時に父上の声がどこから響いているのかも分かった。この魔導兵器に乗り込み、己の手で反逆者を駆逐しようと出陣したのだ。

 

「儂の前に立つはだかるつもりなら、たとえ貴様であろうと消してくれる。跡形もなくなぁ」

 

血縁など、唾棄すべき繋がりだと吐き捨て、容赦なく抹殺することを宣言してきた。

 

そこには、王として、父として、私が確かに尊敬していた姿は、ない。

 

「父上……っ!」

 

「父ではない。儂は、エドラスの王である」

 

思わず呟いた言葉は、最後に残った一縷の望みを込めた呼びかけだった。

 

それを父上は否定した。

 

「そうだ……貴様をここで始末すればアースランドでアニマを塞げる者はいなくなる。、また巨大な魔水晶(ラクリマ)を造り上げ、エクシードを融合させる事など、何度でもできるではないか」

 

妄執に突き動かされた凶王が、傲然とした哄笑を上げた。

 

「フハハハハハっ!!!! 王の力に不可能はない!!!! これこそが、絶対的な王の力、ドロマ・アニムなり!!!!」

 

ドロマ・アニム、エドラスの言葉で竜騎士を意味する。鋼鉄によって構築された体躯、強靭な四肢と長大な尻尾を持ったその姿は、翼こそないものの、ドラゴンを模した機械である。

 

対魔専用魔水晶(ウィザードキャンセラー)が搭載された強化装甲は、外部からの魔法をすべて無効化し、武装された兵器は敵対者を確実に葬り去る威力がある。

 

エドラス王国に伝わる禁断の兵器。それは、膨大な魔力を代償としており、常に世界中の魔力を吸収し続ける。魔力の枯渇という国難から封印され、世界が滅亡に瀕した時のみ解禁される最終兵器だ。

 

だが、今、父上はあらゆる誓約を無視し、ただ外敵を駆逐するためだけに解き放った。すなわち、眼下にいるドロマ・アニムは救世の御旗ではなく、苛斂誅求の棍棒でしかないのだ。

 

父上は最早正気ではない。

 

「我が兵たちよ! エクシードを捕らえよ!」

 

「「「「「はっ!」」」」」

 

号令を受けた魔戦部隊が、飛翔する生物レギオンを駆って、エクシードたちに襲い掛かる。

 

「まずい! 逃げるんだ!!」

 

私はエクシードたちに避難指示を出した。

 

恐怖に怯えながら散開し、逃げ惑うエクシードたち。

 

「逃がすなっ!」

 

そこに魔戦部隊が魔力化の光線を照射する。浴びてしまったエクシードは魔水晶(ラクリマ)へと変えられてしまい、地上へと落下していく。その惨状に更に恐慌状態に陥って、四方八方に飛んでいくが、次々と魔水晶(ラクリマ)になる者が増えていく。女王シャゴットが必死に逃げるよう呼びかけるが、魔戦部隊による犠牲は止まらない。

 

「王国軍からエクシードを守るんだ!! ナイトウォーカーたちを追撃する!!」

 

「そうだね!」

 

「あのデカブツはどうする!?」

 

「相手にするだけ無駄だよう! 魔法が効かないんだから!」

 

エルザ・ナイトウォーカー率いる魔戦部隊がエクシードを追い立てるのを見て、エルザたちが救出する意思を見せた。だが、地上にいるドロマ・アニムの脅威は無視することはできない。エクシードたちを救出するために、追いかけたところを攻撃されてしまう。

 

「躱しながら行くしかない! 今のエクシードは無防備だ! オレたちが守らないと!!」

 

結局、大した対抗策もなく強行突破をするしかなかった。

 

「よし! 行くぞ!」

 

エクシードたちの下へと向かおうとした私たちを、やはり父上は見逃そうとはしない。

 

「人間は1人として逃がさん!! 全員この場で死んでもらう!! 塵も残さず消え失せるが良い!!!」

 

怒号とともに、ドロマ・アニムの口内に武装された砲身にエネルギーが集約され、眩い光がエルザたちの下へ発射された。高速に迫る光線は回避させることを許さず、このままでは直撃してしまう。

 

私はすぐにエルザたちの目の前に割り込んで、防御の魔法陣を形成した。

 

「くっ!」

 

「ミストガン!」

 

食い止めることはできたが、その凄まじい威力で身体が軋み、苦悶の声が漏れてしまう。

 

エルザが呼びかけてくれるも返事をすることもできない。

 

「ミストガン? それがアースランドでの貴様の名か、ジェラール」

 

父上の嘲るような声が聞こえる。

 

ドロマ・アニムの光線は持続して照射され続けている。防御の魔法陣も展開し続けなければ、私諸共エルザ達を葬ってしまう。そして、世界中の魔力が供給され続けるドロマ・アニムとは違って、私は所持している魔道具によるもので限界がある。

 

その前に、エルザ達を離脱させなければ。

 

「エルザ!! 今のうちに行け!!」

 

「しかし!」

 

「行くんだ!!」

 

催促すると共に反撃に出る。食い止めている魔法陣に更なる魔法陣を重ね合わせ、反射の効果を追加する。

 

「三重魔法陣! 鏡水!!!」

 

私が魔法を発動させると、光線が歪曲し、ドロマ・アニムへと跳ね返される。強大な魔力を伴った攻撃が自分の下へと返されたことに父上が驚くなか、着弾して大爆発が起こる。

 

「ぬう」

 

だが、ドロマ・アニムには傷一つ付けられなかった。大爆発の土煙が晴れると、無傷の機体が現れて、強化装甲の堅牢さをまざまざと見せつけられた。

 

「ドロマ・アニムに魔法は効かん!!!」

 

勝ち誇るような言葉とともに、ドロマ・アニムからの再攻撃が放たれて、私はそれに直撃した。

 

「ぐあああああああ!!」

 

「ミストガン!!!」

 

絶叫とともに足場にしていた大鷹から地上へと落下していく。まるで断末魔を上げるかのように。

 

エルザが私を案じて名前を呼んでくれた。だが、すまない、これは演技だ。今度の攻撃は致命的な威力は含んでおらず、直撃しても命に別状はないと判断して、倒されたふりをすることにした。

 

みんなには悪いが、ドロマ・アニムやエクシードたちのことは任せて、私は父上や王国軍に気づかれないように別行動を行うことにした。

 

目的の1つは、リリーのことだ。エクシードの1人が救出に向かったが、やはりリリーのことが心配だったので確認しに行きたかった。

 

だから、敵を騙すにはまず味方から、と言うが、あたかも殺られたかのように墜落していった。

 

「ファーハッハッハ!! 貴様には地を這う姿が似合っておるぞ! そのまま地上での野垂れ死ぬがよいわ!!」

 

父上が歓喜に湧く声が、聞こえてくる。実子を自らの手で潰したことに、なんの痛痒も感じていない様子だった。

 

無理もない、か。父上にとって、私は祖国の裏切者でしかないのだから。

 

そして、それは間違っていない。なぜなら。

 

私の目的のもう1つが、エドラスを滅ぼすということなのだから。

 

 

 

 

 

 

ずっと悩んできたことだが、アースランドに対する知見を深め、そしてエドラスの現状を省みたことで、ようやく決心することにした。

 

エドラスで生きる者たちは、エドラスのことを死にゆく世界と考えている。魔力と言う資源の枯渇を目前に控え、不安に駆られながら、将来から目を逸らして奪い取った魔力で娯楽に耽る日々だ。

 

それもすべて魔力によるものだ。ならば、いっそのこと根本の原因である魔力を手放してしまえばいい。

 

魔力がなくても人は生きていける。人は本来、助け合い、分け合い、向かい合うことができるのだ。一からやり直すには困難が伴うことだろう。だが、今まで争い奪ってきたとしても、エドラスという世界は必ず辿り着けるはずだ。

 

私はそう信じている。

 

 

 

王宮にあるアニマ創造装置のある一室に潜入した。

 

普段なら、厳重な警備体制で鼠一匹入らないような部屋だが、現在の緊急事態下で警戒が解かれていて容易に入室することができた。

 

そして、一緒に入ったリリーに、私の考えを説明した。

 

それこそ、アニマを逆展開して、エドラス世界の全魔力を消滅させるというものだ。魔力の豊かなアースランドならば、エドラスの魔力を問題なく受け止めてくれる。

 

リリーには、暴論すぎると言われたが、それでも私は実行した。

 

必ずエドラスは立ち上がってくれると信じて。

 

「ま……まさか本当にやってしまうとは」

 

エドラス上空に開いた史上最大のアニマが、エドラス中から魔力を流出させていく。

 

リリーが呆然と空を眺めながら、言葉を続けた。

 

「確かにしばらくは戦争は起きんだろうが…………しかし」

 

「分かっている」

 

視線を地上にある城下町へと落とす。そこには、人々の恐怖と絶望の嘆きが響き渡っていた。

 

「うわーーー!!! なんなんだよ、なにが起きてるんだーーーーー!!!!!」

 

「火の魔水晶(ラクリマ)が突然壊れた!!! これじゃあ料理ができない!!!」

 

「水の魔水晶(ラクリマ)が、噴水がとまったぞ!!」

 

「街灯の魔水晶(ラクリマ)が全部消えちまった!!!」

 

「これが、神に逆らった我々への天罰だというのか…………」

 

浮遊島が魔力を失って落下するという天変地異と、魔力に依存していた社会が機能不全に陥っていくなか、世界の滅亡を感じ取って誰しもが阿鼻叫喚としている。あるいは、黯然銷魂と膝を屈して、訪れた終末の前でただ諦めていた。

 

「国民はみな混乱している。変化する世界に素早く順応できる人間はそういない」

 

私は新しい世界の夜明けだと信じているが、それでもすぐに立ち上がることは困難だろう。

 

時代の過渡期には混沌が生まれる。小競り合いや紛争、暴動が起き、たくさんの人が苦しむことになる。そんな本末転倒な結末は許すつもりはない。

 

だからこそ、精神的支柱となり、不安に揺れる人心をまとめ上げ、明るい道標を示してくれる指導者が必要になる。

 

すなわち。

 

「新しい世界の新しい王」

 

「なるほど、それを王子が…………」

 

私の思惑を理解し、リリーの表情に納得と喜びの色が映る。だが、肝心なところで誤解をしているようだ。

 

「いや、私ではない」

 

今更私が王族面ができようか。長い間出奔し、別世界に渡って生まれ故郷を放置し、挙句の果てには王国に逆らって魔力を消滅させた。私は自分が果たすべき責務を果たしたつもりだが、世界中の民にとって滅亡を齎した張本人であり、私にはそんな資格も権利もない。

 

新しい王は、青天の霹靂である終末によって大混乱している群衆を終息させなければならない。そして、分かりやすい形で正当性をすぐに民に示さなければならない。

 

つまりは、悪役と英雄だ。

 

「この世界を混乱に陥れた悪を晒し、処刑する者こそ英雄となり、その英雄は民を一つにまとめ、新しい王となる」

 

「そ……その悪と英雄は、誰なんです?」

 

ここまで話せば理解しているだろうに、リリーは確認してきた。

 

私は、新しい王に相応しいものを真っ直ぐと見つめて、答えた。

 

「エドラス王に反旗を翻し世界の魔力を奪った私こそが悪。その悪を混乱している民の前で君が処刑するんだ。王国軍の1人でエクシードの1人でもある君こそ、種族間の誤解と偏見を調和できる英雄に相応しい。魔法のない世界……新しい世界の王となれ」

 

私、いや俺にとって英雄はリリーのことだった。関係のない子供を、生まれ故郷から迫害されてもなお、助けようとしてくれた。リリーなら、この世界の人々を導いてくれる。

 

だが、リリーは怒り、吠えた。

 

「あなたは本気でそんな戯言を言っておられるのかぁ!!! 王子!!!!!」

 

リリーは拒絶した。そこからは押し問答だ。

 

この混乱を鎮めるための犠牲が必要で、滅亡を招いた自分が死ぬことで、リリーはその悲劇を乗り越えてくれると主張する私。

 

それは、助けた命を自ら処刑するという十字架を背負わせる非道な行いだと糾弾し、滅亡させた責任は死ぬことではなく、再びこの世界を導くことが贖うものだと断じるリリー。

 

言い合いをしている間にも、民たちの混乱が悪化していく。

 

「俺が悪役になりましょう」

 

「!」

 

悲鳴や怒号が聞こえてくるなか、リリーが逆に自分が身代わりになると言ってきた。

 

「俺はエクスタリアを追放され、そして今回、王国を裏切った。人間にもエクシードにも付けないはぐれものだ。帰る場所のない俺が全ての悪となり、処刑される役は」

 

「ならん!!」

 

私は言葉を遮った。そんなことは認めない、認めたくない。どこの誰が命の恩人を処刑できるというのか。

 

「君は私の恩人だ! 死ぬことは許さない! 君は幸せにならなければならない!!」

 

「では、その言葉、そっくり王子に返しましょう」

 

言葉を失った。そして、私がリリーに強いた選択のむごさを知った。

 

ずっと世界の行く末ばかり考えていた。いかに混乱を治め、新しい世界を安定させるか、ということだけに心を傾けていた。だが、私もまた、目が眩んでいて、人の心を蔑ろにしていたのだ。

 

「誰かが責任をとって死ぬなど……不幸しか呼ばぬのです」

 

リリーの言葉が、独り善がりだったことを自覚させてくる。私が処刑されても、リリーが処刑されても、深い悲しみが生まれてしまう。今更、どっちが死ぬべきかなんて、再び言い合うつもりははい。

 

だが、国民の混乱は今もなお続いている。早く治めないことには取り返しのつかないことが起きてしまう。

 

「ではこの混乱をどうやって鎮めれば」

 

「…………」

 

解決策が思い浮かばず2人揃って沈黙してしまう。

 

アニマを起動させたときにはこれしかないと思って強行したが、ただの愚策でしかなかったのか。エドラスは生まれ変わることもなく、本当に混沌としたまま滅びてしまうのか。

 

俺が果たした責務は、間違っていたのか。

 

 

 

そうしている我々の下に、王国軍の1人が駆け込んできた。

 

「パンサーリリー様! 大変です! 城下で暴れている者が次々と街を破壊していて!!!」

 

焦燥しながら報告された内容は、混乱が悪化してきているというものだった。

 

「予想以上にひどい混乱のようだな。はやく何とかしなくては…………」

 

「今は暴徒を止めるのが先です」

 

「そうだな。これ以上広がる前に手を打とう」

 

国民の暴徒化は予想していたが、こんなに早く現れてしまうとは。一つ、顕在化してしまうと次々と波及していってしまう。

 

混乱の根本的な解決にはならないが、放置しておくわけにもいかない。

 

私のことを知らない報告者が怪訝そうに見てくるなか、リリーと一緒にバルコニーへと出て、城下を見渡す。

 

そこで目にした暴徒の正体に唖然とした。

 

暴徒の数は3人。

 

先程まで、父上と死闘を繰り広げていたはずの滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)たち。

 

「ガハハハハハハハハハハ!!! 我が名は大魔王ドラグニル!!! この世界の魔力は俺様が頂いたぁ!!!!! レッドフォックス! マーベル! 我が下僕たちよ!! 街を破壊せよ!!」

 

「ギヒヒ!」

 

「が、がおーーーっ!」

 

ナツ、ガジル、ウェンディだった。

 

 

 

 

 

 

何をやっているんだ、あいつらは!

 

ナツは民家の屋根に父上を縛り上げて、大衆の面前に晒していた。別世界を侵し、魔力を独占しようとしていたが、王都の民にとっては遊興政策もあって多くが支持する国王でもあったため、父上の有様に憤っている。

 

そして、街中に破壊行為を行っていて、人々が逃げ惑い、嘆き悲しんでいた。

 

「よせーーー!!! ナツーーー!!!」

 

不逞な行いを制止するために、王宮からでも届くような大声を張り上げる。

 

城下に響く大声に、民衆が私の存在を認知した。だが、長期間エドラスを離れていた私の存在を知る者は少なく、多くの民が不審人物を見る目で困惑していた。

 

だが、ナツが尊大な態度を崩さずに放った言葉に、誰しもが驚愕した。

 

「お前に俺様が止められるかな。エドラスの王子さんよぉ!!」

 

「な、なんだとっ!!」

 

「王子!? 王子だって!!?」

 

「7年前に行方不明になったていう……!」

 

「ジェラール王子!?」

 

ざわめく群衆の様子を見て、ナツの真意を察した。

 

悪役と英雄。

 

私がエドラスの出発点となるように組んでいたプラン。私も、リリーも、互いを悪として処刑することなんてできやしなかった。そこで、ナツが悪役を買って出ようとしているということなのだろう。

 

なぜ、私のプランをナツ達が知っているのか。それは、傍らにいたナディというエクシードが会話を聞き取って、ナツ達に伝えていたからだった。ナツ達は、魔力を奪ったと公言し、城下を破壊し、分かりやすい悪役を演じている。

 

ナツが挑発するように、私に向けて手を差し向ける。

 

「来いよ。来ねえとこの街を跡形もなく消してやる」

 

演技だとしても、一見すると真に迫るような雰囲気がある。私のように、ナツの素性を知る者ならば、ともすれば柄に合わない滑稽さを感じてしまうが、民の目線からすると自分たちから奪った魔力を自由自在に使いこなし、見たこともない魔法で国の崩壊を招く破滅の使者だ。

 

人々はナツの存在に怯え、恐怖している。

 

「ナツ!! そこを動くな!!!」

 

このまま、何もせずに見ているだけなどできるはずもない。欄干を乗り越えて、ナツの下へと駆け出す。

 

人だかりが割れ、遠巻きに見てくる人々の中には、王子だという私の存在に対して猜疑心を抱く声もあった。

 

「馬鹿者め。お前のやろうとしていることは分かっている。だがこの状況を収拾できる訳がない」

 

魔力を持たない英雄が、強大な魔力を持つ悪役を倒し、国民に新しい道標を示す。私は英雄となり、故郷を見捨てた王子は晴れて国民に認められて国王となる。大方、そんな筋書きだろう。

 

だが、演技で騙すようなことは国民には通用しない。そして、私はナツを討ち取るようなことはしない。結局は、茶番でしかなく、その場しのぎにもなりはしない。元より破綻しているのだ。

 

とにかくナツを黙らせるために、睡眠魔法を仕込んである魔法杖を発動させた。

 

「眠れ……!!」

 

だが、フシュウと、気の抜けた音だけが漏れ、魔法は不発に終わった。

 

当然の結果だ。アニマは今もエドラスの魔力を放出し続けている。私の魔法杖も同様に魔力を消失し、物言わぬ棒切れへと変じている。

 

「どうした! 魔力がねぇと怖ぇか! そうだよなぁ!! 魔法は力だ!!!」

 

ナツが魔力を誇示するかのように、大雑把な炎を拳に纏うと、自身の乗っていた民家に叩きつけて粉々に粉砕した。

 

見せつけるような破壊行為に、人々が悲鳴を上げる。思わず制止の声をかけるも、ナツは意にも介さない。

 

崩落した民家の跡地で、私はナツと対峙した。

 

「もうよせ、ナツ。私は英雄になれないし、お前も倒れたフリなどこの群衆には通じんぞ」

 

周囲の人々が事の成り行きを固唾をのんで見守っている。衆目を集めている現状では、演技なんてものは一瞬にしてばれる。その場合、民は怒り狂い、何をしでかすか分かったものじゃない。

 

ならば、ナツと闘う必要なんてない。そう説得した私に対する返答は、顔面への殴打だった。

 

「勝負だぁ!!!」

 

振り抜かれた拳で顔面を穿たれ、油断していたのもあって危うく意識が飛びそうになってしまった。

 

反射的に私もまた拳を握りしめて応戦した。

 

「茶番だ!! こんなことで民を一つになど、できるものかっ!!!」

 

しかし、この戦いに価値を見出せていない拳は軽いものだった。あくまで、演技。その意識が抜けない私はナツに対して真剣になれていなかった。

 

そんな、私とは対照的に、ナツはあくまで本気だった。

 

「本気で来いよ」

 

軽々しく受け止めたナツが挑発してくる。その挑発が、私の奥の意地を引き出してくる。

 

「ぬおおっ!!」

 

S級魔導士として研鑽を続けた身体が無意識に動いた。片足を軸に体幹を支え、全身を回転させながらナツの頬を蹴り抜く。

 

「おおっ!」

 

「いいぞ、王子! やっつけろー!!」

 

「お願い!! 頑張って!!!」

 

直後聞こえる民たちの応援。それまで世界の滅亡に絶望し悲観していた声ではなく、希望を信じ、未来を願う声だった。皆が私という存在を求めていた。そんな歓声が、力をくれているように感じた。

 

それからは泥臭い決闘だった。

 

思えば、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の仲間たちと闘ったことなどなかった。ずっと交流を拒んでいたから。このように、ただ我武者羅に拳を交え合う経験なんて初めてだった。

 

心の奥の澱が抜けていくような、そんな爽快な気持ちだった。

 

「これは俺流の妖精の尻尾(フェアリーテイル)の壮行会だ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)を抜ける者には三つの掟を伝えなきゃならねぇ」

 

殴り合いの最中、ナツが話し始める。

 

それは、妖精の尻尾(フェアリーテイル)を離れる者たちへ送る言葉だった。

 

「一つ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の不利益になる情報は、生涯他言してはならない」

 

脱退者には三つの掟が課される。長い歴史がある妖精の尻尾(フェアリーテイル)は、多くの脱退者を見届けてきた。その度に、暖かくも厳しいエールを送って、その者への新しい道行を祝してきた。

 

いきなり、この掟を言われて面を食らったが、ナツは次の掟を忘れていたので、私が次の言葉を紡いだ。

 

「二つ、…………なんだっけ?」

 

「過去の依頼者に濫りに接触し、個人的な利益を生んではならない」

 

「そうそう」

 

そして、最後の掟。例え離れ離れになろうとも、お互いのことを心に刻みつける祝詞。

 

「三つ。例え道は違えど、強く力の限り生きなければならない。決して自らの命を、小さなものとして見てはならない。愛した友の事を……」

 

「生涯忘れてはならない……」

 

それぞれの拳が互いの顔へと叩きこまれた。

 

応援していた民たちも息を呑み、静寂に包まれる。

 

一瞬、時が止まったかのように感じた。だが、やがて、ふらっと2人の身体が揺らいだ。ナツはそのまま地面へと倒れていき、私は踏みとどまって態勢を維持した。

 

倒れていくナツが笑みを浮かべながら言った。

 

「届いたか? ギルドの精神があればできねえ事なんかねえ!」

 

それは別れゆく仲間への、最大限のエールだった。

 

「また会えるといいな。ミストガン」

 

歓声が沸き上がった。

 

 

 

 

 

 

私も想定外の事態だったが、エドラスの全ての魔力を放出するということは、魔力を持つ者も巻き込まれるということだった。アースランドの者たちだけではなく、エドラスにいたエクシードたちもまた、体が光に包まれて、上空のアニマの方へと昇っていき、アースランドへと流れていった。

 

茶番劇だと思っていたナツたちの振る舞いも、このことを見越していたという訳だ。いや、ナツは本気で殴り合いをしていただろうが、迫真の決闘と実際にその場から消えていく光景を見たことで、民たちも一時代の終焉と、新しい世界への希望を抱いて前を向くことができていた。

 

そして、私はその旗印とならなければならない。

 

感じる重圧。世界を背負うという責任。

 

だが、去り行くリリーの言葉が私を励ましてくれる。

 

歩くような速さでも、人はその一歩を踏み出せる。未来へと向かっていけるということを。

 

そう、エドラスはここからなのだ。そして、私はみなを率いる義務がある。

 

それこそが、私の果たすべき責務(ノブレス・オブリージュ)だ。

 

アニマが閉じて、アースランドとの繋がりは途絶えた。私は瓦礫の上に立ち、ただの杖を掲げながら、エドラスの王として宣誓した。

 

「魔王ドラグニルはこの私が倒したぞ!!! 魔力など無くても、我々人間は生きていける!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王として即位した後にすべきことは山のようにある。魔法を前提とした文明を築き、生活基盤を魔法に依存していた国が魔法を失ったのだ。全てを一から立て直す必要があり、膨大な数の仕事量が山積している。

 

法体系の再編や軍部や官憲の再構築、陳情解決、経済・産業の抜本的な見直しなど、魔法なしで再出発するにも現実的に解決しなければならない課題はたくさんあり、国王としてみなを纏め上げ、指示し、あるいは自らも学習し続けなければならない。

 

そのなかで、まず初めに取り掛からなければならないのが、事後処理のことだった。

 

アニマ計画を主導し、アースランドから魔力を掠奪しようとした前国王ファウストと魔戦部隊の幹部たち。彼らがこの計画を推し進めたからこそ、この事態を招いたとも言える。別世界を侵したことで、その世界に住む者たちの反抗に遭い、計画は頓挫し、国を混乱させたことになる。とはいえ、エドラスのための行動であり、魔力を消滅させたのは私であるから、父上は完全な悪という訳でもなく、かつての価値観で言えば、私こそが断罪を受けるべきだろうし、私もそのつもりだった。

 

だが、既に国民は魔力がない世界にも順応しようと前を向き始めている。そして、私のことも新しい王だと仰いでいる。今更、私が王を辞するなんて認められないし、かといって父上が再度、王の座に舞い戻るなど混乱に逆戻りだ。

 

さらには、私と父上が対立していたことは王国軍の軍人をはじめとして、数多くの国民の知るところとなった。魔力に固執していた過去の王と、魔力がなくても明るい未来を築こうとする現在の王。そんな二人が同じ王都にいるということは、様々な軋轢や摩擦を生じさせてしまう。変な憶測や邪推が生まれ、政争のきっかけとなりえてしまう。

 

だから、私は父上をけじめとして王都から追放しなければならなかった。

 

アースランドの妖精の尻尾(フェアリーテイル)であれば、反目し合っても決闘でもすれば大体すぐに仲直りできる。だが、王族である以上、そのような和解はできない。道を違えた以上、たとえ改心したとしてもその存在を許容できないのだ。いわゆる政治的理由というものだ。

 

一方で、エルザ・ナイトウォーカーを初めとする魔戦部隊の幹部たちは逆に王都から出ることを禁止し、再興に尽力することを裁定とした。今は一人として遊ばせておく余裕などなく、復興活動をいち早く進めることが急務だからだ。

 

父上一人だけ追放するという非情な決定にエルザたちは異議を唱えた。付き従った王だけが罰せられるのに、自分たちだけがほとんど無罪同然で刑を受けないなど、生き恥でしかないと。また、仲間を思い、命令に逆らったココもまた、共に罪を償うと言って、父上に課せられた罰に反論した。

 

だが、その抗議を止めたのが、父上自身だった。その顔は憑き物が落ちたように落ち着いている。魔力に狂っていた妄執の気配は、もうなかった。

 

「新たな王の、寛大なる処分に感謝する」

 

ただ深謝の意を表して、頭を下げる父上の姿に心をかき乱される。

 

父上……。申し訳ございません。私にはあなたを助けることができませんでした。

 

でも、あなたのその顔が見れただけでも安心できました。

 

「ココ……これからもよく走れよ!」

 

「はいっ……!!」

 

最後にココに声をかけて、父上は王都を去っていく。ココの反乱に怒り、その足を痛めつけた父上だったが、両者の間に禍根はなく、お互いの前途を願いながら別れることができた。

 

これが、新しい旅立ちとなることを切に祈るばかりだ。

 

王都の外、荒野の中、簡単な荷物だけ持ってただ一人歩いていく父上。徐々に小さくなっていく姿に、私は天高く右手を上げて、人差し指と親指を立てながら掲げた。アースランドの妖精の尻尾(フェアリーテイル)の送別の印、ずっと繋がっているということを示すポーズだ。

 

もう二度と会うことはないかもしれません。でも、あなたの行く末に幸多からんことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数週間が経ち、復興作業も順調に進んでいた時のことだ。

 

トラブルも少なくないが、概ね国の将来像が見通せるようになり、私自身の公務も軌道に乗り始めたところだった。

 

王宮の門番から報告があった。その内容は、見知らぬ女性が新しい王へのお目通りを望んでいるというものだった。本来認めるはずもなく門前払いにするような相手だが、どうやら相手はアースランドでのミストガンという呼称を知っているらしく、先の事件との関係が疑われているので念のため報告したということだった。

 

そして、見たこともないほどに美しい少女だということだった。

 

ピンときた私は予定を無理矢理あけて面会をすることにした。

 

「危険です陛下! 御身を大事になさってください!」

 

「大丈夫、恐らく私の知人だ」

 

落ち着いてきたとはいえ、まだ私の治世が始まったばかりであり、不審人物との面会をエルザは危惧していたが、私の想像どおりであるなら、彼女以上に安心できる方はいない。

 

王宮の門扉まで出向いたところ、思った通りの人物が待っていた。

 

「やあ、ガン坊」

 

「お久しぶりです、リュウさん。まさか、お会いできるとは思いませんでした」

 

それは、アースランドの妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士で、私の恩人でもあるリュウさんだった。

 

 

 

 

 

 

「こんなもてなしを受けちゃうなんて心苦しいんだけどねぇ」

 

「何を言ってるんですか。これぐらいはさせてください」

 

貴賓室でリュウさんを歓待することになった。エドラスが用意できる最上級の調度品に、最高級の紅茶とスイーツをもってリュウさんに振る舞う。宮廷官僚に頭を下げて準備してもらった品々であり、無理を通してしまった形だが、事情を汲んでくれたみなには頭が下がるばかりだ。

 

そんな、スイーツを気品ある所作で口にし頬を緩ませる姿に私も微笑みを浮かべた。

 

「……………………」

 

だが、同じ室内には私とリュウさんだけじゃなく、三人目がいた。二人きりにしてほしいという私の命令に、陛下の安全を守る義務があると強硬に反対し、リュウさんの許可もあって同席したエルザのことだ。私の後ろに立って控えているエルザは警戒心を剥き出しにして無言で睨んでいた。

 

「話には聞いていたけどねぇ。確かにエルザ嬢そっくりだねぇ、こりゃびっくり」

 

「貴様、そんな不躾な目線をやめろ!」

 

「エルザ」

 

「はっ、失礼いたしました!」

 

「似ても似つかないけど。いや、ごめんねぇ」

 

エルザの急変する態度にリュウさんが苦笑した。

 

 

 

しばらく他愛のない歓談をした後に、それぞれの事情を説明することになった。

 

私からは、王都で起こった前王ファウストとの戦いと結末までを話した。しきりに頷きながら、特にナツ達の活躍には嬉しそうに微笑みを浮かべていた。

 

そして、リュウさんからは、私が送った後に遭難していたことを明かされた。王都がある大陸とは別の、聞く限り未知の大陸に転送されたらしかった。

 

私が気がかりに思っていたのがリュウさんの行方だった。リュウさんの実力があれば、戦いも早く解決すると思っていたが、私がエドラスに帰還した時にはその場に姿はなかった。直後、父上からの襲撃やアニマの逆展開、王位継承から復興まで事態は急速に進んだため、思い起こすことも少なく、どこかにいるか分からなかったけれども、ナツ達とともにアースランドへと既に帰還しているものだと思っていた。

 

しかし、彼女は今も私の目の前にいる。ずっと向かうべき方向も分からずに彷徨っていたらしい。

 

「申し訳ありません!」

 

「いいのいいの。気にしないで。それよりもそっちが決着を付けられたんなら良かったよ。ほら、顔を上げて頂戴な」

 

きちんと送ることが出来ず、放浪させてしまったことを深く頭を下げて謝罪したが、リュウさんはからからと笑いながら許してくれた。汗顔の至りでしかないが、リュウさんから言われて恐る恐る顔を上げた。その表情は本当に何も気にしていない様子だった。

 

申し訳ない限りだが、それでも抱えていた疑問が思わず口から出てしまった。

 

「しかし、なぜこんなにも座標がずれてしまったか……そして、なぜ今も此処におられるのか…………」

 

アースランドからエドラスへの移動は確かに次元を跨ぐとはいえ、狙った場所から大きくずれることはないし、別大陸へと飛ばされるとは想定していなかった。それに、アニマの逆展開で魔力を持ったアースランドの人々は送還されたはずが、今もリュウさんはエドラスにいることも予想外だ。

 

「それなんだけどねぇ…………ちょっと思い当たる節があるのよ」

 

「リュウさんに、ですか?」

 

私は首を傾げた。

 

リュウさんはエドラスについて私から伝えたことで始めて知り、アニマの知識も詳しくないはずだ。アースランドの人であるリュウさんが持つ仮説とは一体何なのだろうか。

 

「うん。もうガン坊になら話してもいいかな。ちょっと耳を貸してくれるかい?」

 

指を曲げる仕草で顔を寄せるように言うリュウさんにエルザが嚙みついた。

 

「貴様! 陛下に近づくな! それになんだその珍妙な呼び名は! 陛下を侮辱しているのか!!?」

 

「エルザ」

 

「はっ、失礼いたしました!」

 

即座に深々と頭を下げるエルザ。

 

「申し訳ありません、リュウさん」

 

「大体分かったよ。その子のことは。それにしても珍妙か……」

 

少し傷ついて目を伏せるリュウさんだったが、そのことについて私は否定も肯定もしなかった。

 

「…………まあ、それはさておき。お聞かせくださいませんか?」

 

「ああ、ごめんねぇ」

 

 

 

 

 

そうして、聞かされて仮説、いや彼女の正体に言葉を失った。

 

驚天動地の事実に頭が真っ白になり、何を言うべきか分からなかった。

 

あんなにも優しく暖かくギルドを見守り続けていた彼女の抱える絶望に、胸が苦しくなった。

 

なんと、残酷なことなのだろうか。

 

「…………このことを知っている者は? マスターは知っているのでしょうか?」

 

「ううん。このことを知っているのはギルドでは一人だけだよ」

 

「そうなんですね。誰かに打ち明けたり……」

 

「うんにゃ。そんなつもりはないよ。これは私の過ち、私の罪業、私の果たすべき責務だよ。仲間(家族)に押し付けるつもりなんて、ないさ」

 

「……………………」

 

微笑みに隠れた罪苦の重さは、私如きでは測ることはできない。そして、既にエドラスを背負っている私は、その苦しみを取り除くことの一助となることはできない。

 

重苦しく沈黙することしかできない私に、彼女は頼み事をしてきた。

 

「私が王都に訪れたのは二つお願いしたいことがあるんだ。一つはもちろん元の世界に帰還することだよ。アニマの魔法理論を教えてくれないかい? そうしたら、自力で帰れるからねぇ」

 

「…………それはもちろんです。もう一つは?」

 

「まあ、先程の話と通じることなんだけどねぇ。ここに図書館とかあるかい? 出来ればこの世界の歴史書とか、伝説とか、創世記とかを読ませて欲しいんだよねぇ。こっちは駄目なら良いんだけどさ」

 

「……いえ、大丈夫ですよ。エルザ、案内して差し上げろ」

 

「はっ! おい、ついて来い」

 

「うん、ありがとねぇ」

 

頼み事を快諾し、王立図書館の使用を許可した。エドラス中のあらゆる書籍を保有するここなら、彼女の知りたい情報も存在していることだろう。エルザに案内を命令し、リュウさんはその後ろを追随していく。

 

「……………………」

 

貴賓室から出て、廊下を歩いていく彼女を眺めながら、私は思わずにはいられなかった。

 

どうか、自分を赦し、自分を愛せる日を迎えることができますように。

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