私は母子家庭だ。生まれてから父親の顔を見たことはない。
そいつは仕事人間で家庭を省みないばかりか、放浪癖がある上に女好きだということだ。
これだけでも父親として失格だし、現に仕事にかまけてばかりで愛想を尽かしたお母さんは産まれたばかりの私を連れて離婚した。
そんな父親のことなんて嫌って軽蔑するのが普通でしょ?
でも、肩を怒らせながら悪態つく母のその表情は、どこまでいっても微笑んでいて、私にとっては幸せそうに見えた。
お母さんは最期まで一人のまま、私を育てていた。復縁を提案した時は、誰があんなロクデナシと、なんて好き勝手暴言を吐いていた癖に、別の男と再婚することなんてなかった。
死ぬ間際になっても、悪いところをあげつらうだけで、結局恨み言をいうことなく天国へと昇っていった。
だからだろうか。私にとってそいつは母を見捨てた怨敵じゃなくて、一体どういう男なんだろうという興味の対象だった。
お母さんが亡くなった時も、養子縁組を勧めてきた近所の人たちよりも、真っ先にその男の存在が浮かんだ。浮かんだけれど、名前も居場所も分からなかった。お母さんは確かにその男を愛してはいたと思うけど、話す言葉は罵詈雑言の嵐だったし、思い出したらイライラもしていたから、わざわざ私から聞き出そうともしなかった。だから、探そうと思ってもどうすればいいか分からず途方に暮れた。
手掛かりが見つかったのは葬式も終わって、落ち着いた頃。お母さんの遺品整理をしていた時だ。お母さんが残していた遺書に、その男のことが書かれていた。
その情報を辿って、私は生まれ育った村を出て、マグノリアの街、魔導士ギルド
父親の名は、ギルダーツ。
私が父親、お父さんと初めて会ったのは、ギルドの門だった。
ギルドでの呼び名、その風貌と顔立ち、お母さんの遺書にある通りだった。
ようやく会えたお父さん。とにかく嬉しさで一杯になって、娘だって名乗り出ようとした。
けど。
「お嬢ちゃん。こんな所で何してんだ? 早くウチに帰んな。服が酒くさくなっちまうぜ」
お父さんは軽く一瞥した後、笑ってそのまま歩き去っていってしまった。
「……………………えっ?」
何で気付かないの? 私はあなたの娘なのに。
立ち去っていくその後ろ姿を呆然と見送るしかなかった。
ここで衝動に任せて、そのまま名乗れ出れば、ここまで拗らせることもなかったのかな、と今なら思う。でも、この時言いそびれちゃったことで、一度閉じた口を再び開くのに勇気を出さなくちゃいけなくなった。そして今に至るまで、打ち明けることができなかった。
責めるつもりなんてない。私はお母さんの容姿に似通ってはいるけど、生き写しという程ではないし、子供だったから、お母さん、コーネリアとの関係に気づかないのも無理はないと思う。遺書にも、私の誕生を告げないまま出て行ったから、娘がいるなんてことを知らないはずだ。
正直、悲しかったけど。
また機会はあるはずだ、と思って、私はお父さんの帰りを待って、ギルドに入り浸った。お父さんとの関係をみんなに隠した私は、身寄りのない子供として扱われ、ギルドにある簡易宿泊所で寝泊まりを続けた。
けれど、無関係者がずっとギルドにいるのは目立つ。お金の稼ぎ方も知らないから、無銭飲食してた。最初の数日間なら大目に見られていたけど、それが続くのは流石に見咎められた。
そんな時に、ギルドの加入を勧めてきてくれたのが、リュウさんだった。
「おや? 見慣れない子がいるねぇ」
当時、お父さんと二枚看板を張ってた彼女も良く仕事で遠出をしていて、私と会ったのはその帰還直後だった。
受付で達成報告した後、グラスを持って座る場所を探していた彼女が、テーブル席でぶらぶらと足を揺らしてお父さんを待っていた私の近くに寄ってきた。
「君、名前はなんて言うんだい?」
「え、えっと……カナ、です……」
「カナ嬢か。良い名前だねぇ。私のことはリュウさんって呼んでねぇ。それでカナ嬢は、ギルドへ加入希望だったりするのかい?」
「え、その……えっと…………」
私は事情を説明せずにしどろもどろになってしまったけど、何かしら察したのか特に追求することもなく、私の隣に腰を掛けた。
「実は話に聞いていてねぇ、ここ何日か滞在しているみたいじゃないか。ああ、特に責めるつもりもないよ。
「……はい」
優しい口調だけど、語る内容は厳しく、正しかった。
私は反論もできずに俯くしかできなかったけど、続く言葉に顔を上げた。
「そこで提案なんだけど、カナ嬢。
「えっ、私が、魔導士に?」
それはスカウトだった。これからも
「危険な仕事ではあるけれど、子供でも受けられる簡単な依頼もある。ただ無理強いはしないよ。マグノリアには他にも色んな職業があるし、カナ嬢が望むなら斡旋もしようじゃないか。そっちを選んでも、ギルドに通うことを許さないなんてことはないからね」
「…………何で、私を?」
正直、魅力的な提案だった。幼心にお父さんと同じ職業、同じ職場というのは憧れを感じたし、そもそも生まれ故郷にいた時も、魔導士という存在、そして
でも、それ以上に困惑したのが、なぜ何の力もない子供である私を勧誘してくれたのかということだ。
私はそれまで魔法という物に触れていなかった。お母さんが遠ざけていたのもある。お父さんのことはともかく、放っておかれた原因である魔導士という職業と魔法というものに対しては一辺倒に嫌っていた。
だから私にとって、魔法は縁遠いもので、自分が魔導士になれるなんて思ってもみなかった。
けれど、リュウさんは真っ直ぐに私を見つめて断言した。
「長く生きているとねぇ。それなりに人を見抜く目には自信があるのよ。カナ嬢なら、一角の魔導士になれるさ。私が保証するよ」
そう言って、手元のグラスに入った琥珀色の液体を一気に流し込む姿は、格好よく見えた。
私は
最初は、魔法をまったく一から学ばなくちゃいけなかったから、直ぐに魔導士として活動することはできなかった。収入もなかったから、その期間はリュウさんの家に居候させてもらった。お母さんを亡くし、お父さんにも頼れなかった私にとって、久しぶりに温もりを感じられた時間だった。子守唄を聞きながら眠りに落ちる安心感が、お父さんに気づかれなかった悲しみを癒してくれた。
魔法を学ぶ中で、選択を迫られる。魔法は大きく二つに分けられて、覚えて身につけた魔法を
リュウさんに尋ねても、首を振るだけだった。
「魔法は簡単に身に着けるお手軽キットみたいなものじゃないよ。巷には一般人向けの魔法とか売ってあるけどね。でも、魔導士として生きていくためには魔法は文字通り生命線。
そうはいっても、魔法に対して初心者で、思い入れのあるような魔法なんてない。でも、リュウさんの真剣な表情に迫られて、何でもいいなんて軽く考えようとは思わなかった。
うんうん悩みながらも、私が選んだのは
元々、リュウさんの自宅に置いてあった魔道具の内の一つで、私が使っているのはそこから譲り受けたものだ。いくつかあった魔道具を全て試してみて、
それがカード占いだった。
お父さんはS級魔導士としてたまにか帰ってこなくて、帰ってきてもすぐ仕事に向かってしまう。だから、いつ頃帰ってくるのか、そして、無事に帰ってきてくれるのか。それが気になって、良く占っていた。
占いが的中して、お父さんと再会できた時には、
「うん。カナ嬢にぴったりじゃないか。本当は上級者向けなのに、
リュウさんは笑って褒めてくれた。
その時は、無邪気にその言葉を信じ込むことができた。
でも、結局今に至るまで、打ち明けることはできないままだった。
お父さんはギルドの人気者だ。実力もあって人望もある。帰ってきたお父さんはいつもギルドの連中に囲まれていた。私はその光景を遠目で眺めて憧れているばかり。ナツなんかは素直に飛び込んでいって、お父さんは嬉しそうに構ってあげている姿は、よっぽど仲の良い親子に見えて、羨ましく思うことしかできなかった。
お父さんはいつも輝いていた。一方で私は魔導士になったばかりのただの女の子。そんな私が、娘だって名乗り出ていいのかな、なんて考えてしまったせいで、伝えたかった言葉は心の奥底にしまいこんでしまった。
本当の事が言えないまま時が流れて……いつしか本当の事を伝えるのが怖くなっていた。
ずっと燻っていた想いは、一つの感情に支配されていた。
娘に相応しい存在になりたい。
娘だっていう資格が欲しい。
それなら、お父さんだって、私を娘だって認めて、受け入れてくれるはずだから。
きっかけは、S級魔導士昇格試験だった。
「え、私が?」
「おう。リュウさんが推挙していたし、俺もお前なら出場しても良いと思った。初めてだろうが気負わずにがんばれよ」
「うん!」
S級魔導士は名実ともにトップの魔導士。みんなの憧れ。その試験に私が選出された。
その時に決意したんだ。これに合格したらお父さんに娘だって伝えようって。
お父さんと同じ、S級魔導士になれば、誰にだって文句は言われない。
堂々と娘だって名乗り出せる資格が手に入るんだ!
決意は呪縛になった。
結果は4年連続不合格。
最初はただ落ち込んだ。でも、次こそはって踏ん張れた。
でも、落第を繰り返すと、現実逃避を続けるのも難しい。否応なしに自分の素質を直視せざるを得なかった。
私より後にギルドに入ったエルザやミラが次々と合格していく。一方で、古株の筈の私は追い抜かれたままで停滞し続けた。
認めざるを得なかった。
私は落ちこぼれなんだって。無能でしかなかったんだって。
ギルダーツの娘である資格なんてなかった、って。
本当なら去年、もう諦め、ギルドを辞めて街から出て行くつもりだった。でも、リュウさんに止められた。
「カナ嬢。もう少しだけ奮起しないかい? 私も鍛練に付き合うからさ」
「もう、ダメ。頑張れない。苦しいの、リュウさん」
試験後はいつも自棄酒を呷りながら、泣いてばかりの私を慰めてくれていた。
「私はカナ嬢がいなくなるなんて悲しいよ。それに、ギル坊だって、近くにいたはずの実の娘が気づかない内に去ってしまうなんて、こんな悲しい話はないよ。ああ見えて寂しん坊だからね」
「…………っぷ。寂しん坊って」
お父さんが寂しがり屋。思ってもみなかった評価に思わず笑ってしまった。
リュウさんは私の頭を撫でながら、私が知らなかったお父さんの一面を教えてくれた。
子供の頃は悪餓鬼だったことや、クエスト中の面白おかしい大失敗について、など、だらしない部分を教えてくれた。私が神聖視していたお父さんを、あくまでただの人間の一人だって伝えようとしてくれていたんだと思う。
そして、結婚した後の幸せ一杯だった頃と、お母さんが出て行った後の憔悴しきった様子、そしてその死を知った後の取り乱した姿を伝えてくれた。
「ギル坊は今は気丈に振る舞っていて、頼れる姿を見せているけど、本当は家族思いの男でしかないよ。ちょっと仕事に熱心になりすぎて後悔しきっていたけど、誰よりも自分の奥さんを愛していたさ。だから、カナ嬢が名乗り出れば必ず喜んで泣いてくれる」
リュウさんはいつの間にか私の抱えていた事情を知っていた。
私からは伝えていないけれど、お父さんが帰ってきたときの私の態度や、クエストの合間に集めた情報から、親子関係であることを見抜いていた。そして、私が打ち明けられない心情を汲み取って、いつも私に促してくれた。
「家族に資格なんてあるわけがないよ。その繋がりを断ち切ることなんてできるわけがない。カナ嬢が勇気を出せるその日まで、ずっと支えているからさ。勝手にいなくなったりしないでほしいねぇ」
リュウさんがそこまで願ってくれたから、今もみっともなく足掻いている。
この一年間、リュウさんと訓練も重ね、実力も上がってきた。
でも、だからこそ、不安でいっぱいになる。ここまで強くなってなおも試験に合格しないようじゃ、私はS級魔導士の器ではないってことだ。ギルドの人気者のお父さんとはつりあわない、不出来な娘でしかなかったと諦めるしかない。
もう今回も不合格だったら、リュウさんに説得されても、ギルドを辞めようと思う。
今回で最後にしよう。
そう心に誓った上で、選んだパートナーがルーシィだった。
試験では、仲間との絆を確かめるためにパートナーを自分で選んで
ナツはハッピー、グレイはロキ、ジュビアはリサーナ、エルフマンはエバーグリーン、フリードはビックスロー、レヴィはガジル、メストはウェンディをそれぞれ選んだ。
そして私はルーシィを選んだ、というよりもルーシィから願い出てきた。
「あたしがカナのパートナーになる!!! 絶対ギルドをやめさせたりなんかしない!!! あたしがカナをS級魔導士にするから!!!!」
ルーシィがここまで強く言ったのも、私が事情を説明したからだ。本当は誰にも打ち明けるつもりはなかったけど、雪の中で泥酔していたところを助けられた流れで思わず吐露してしまった。
最後まで聞き終えたルーシィが涙ながらに叫んだ。その真剣な表情を見て、私はルーシィをパートナーにすることに決めた。
そして、そんなルーシィを私は裏切っちゃったんだ。
一次試験を突破し、二次試験。天狼島のどこかにある初代ギルドマスター、メイビス・ヴァーミリオンの墓を最初に探し出したものが今回のS級魔導士昇格者となる。
広大なフィールドと危険な原生生物に溢れていて、初めの印象とは真逆の困難極まりない試験だった。
何のヒントもなく、制限時間6時間の中でクリアすることは不可能だと思った。今まで4回も試験を受けた私には違和感を感じる。こんな理不尽すぎる試験内容は初めてだ。
だから、何かしらのヒントが隠されているはず。
そう思って、ルーシィと頭を突き合わせて、共に悩んでばかりだった。恐らく、二次試験は知力を試すもの。お世辞にも私は頭が良いとは言えないから、いくら考えてもヒントさえ思いつかない。
だけど、ルーシィは墓の在処に思い当たったみたいだった。
ルーシィをパートナーにして正解だった。このまま、ルーシィの指し示す所に向かえば、私はS級魔導士になれる。そうして、ようやく私は資格が手に入るんだ。
娘だよって、名乗り出る資格が。
なのに、空に打ちあがった赤い信号弾が水を差してきやがった。
赤い信号弾はコンディションレッド。急襲に備えて、迎撃態勢に入れという命令。誰かしらがこの天狼島に襲撃をしかけてきたから、各員迎え撃つことになる。つまり、試験は一時中断になるということだ。
冗談じゃない! 折角手を伸ばせば手に入るところに合格があるのに、みすみす手放すなんて。
邪魔立てなんかさせるもんか! 私は進退を賭けてまでこの試験に挑んでるんだ!
他のみんなが試験を一旦諦めて、戦闘態勢に入るなか、私だけがそんな風に意固地になって試験を続行した。
何か言いたげなルーシィを連れて、そして、ルーシィを置き去りにして。
敵はバラム同盟の一角、最大の闇ギルド、
本当は力を合わせて対抗しなくちゃいけなかったのに、
戦場で無防備にさせてしまうことが、どれほど危険で最低なことだったか。私はルーシィを見捨てたも同然だった。
我に返ってそのことに気づいたのは、メイビスの墓に辿り着いた時だった。
そこに待っていたのはマスターでもなく、S級魔導士の資格でもなく、ただ
この期に及んで、S級魔導士になれるかどうかということだけ考えていた私を、
震える手でそのカードを呆然と見て、その場に崩れ落ちた。
「何をやってるんだ……私は……」
思い出すのはルーシィのこと。私のことを想って泣いて、今までずっと支えてくれた大切な仲間。
そんな彼女を、私は見殺しにした。
取り返しのつかないことをしてしまったことに気づいて、泣きじゃくった。
「違う!! こんなハズじゃなかった!! 仲間を裏切るつもりなんてなかった!!!」
自分の最低さに打ちひしがれて、その場に蹲る。
「私はもう……だめ……」
このまま消えてしまいたかった。私はもう、娘どころか、仲間としての資格も失ってしまった。
私はもう、私を許せない。
でも。
「S級魔導士になんてなれなくてもいい」
地面を握りしめて、体に力を込める。
「お父さんに気持ちを伝えられなくてもいい」
その場から立ち上がって、光輝く墓へと駆け出す。
「それ以上に私は…………仲間を守りたいんだ!!!」
光の中に、右手を挿し込んだ。
「もう何もいらない!!! みんなが無事ならいい!!! このギルドにいられなくてもいい!!! 私がどこにいようと、心はいつも同じ場所にあるから!!! だからお願い!!!! 私にギルドを守る力を貸して!!!!!」
膨大な魔力に右腕が浸食されて、激痛が走る。でも、そんな痛みも、心の痛みに比べれば無いも同然だ。
私なんかが言えたことじゃないけど、やっと思い出した、当たり前すぎて、自覚していなかった素直な気持ち。
「私は、このギルドが大好きなんです」
目も眩む陽光の輝きのなか、声が聞こえた。
--ならば何も恐れることはない--
聞き覚えのない、幼い少女のような声だった。
--過ちは人の歩みを止める枷にあらず。心を育てる糧である--
その声が、許されない過ちを犯してしまった私の背を押してくれた。
--さあ……行きなさい。
「……はい!」
初代マスターメイビスの声。大昔の故人の声だから、幻聴かもと疑われるかもしれないけど、そこに宿るギルドの意思を確かに感じ取った。
光が止んだ後の私の右腕には、ギルドの紋章を元に更に模様を足した魔力の刻印があった。
太陽と月と星の魔力を集束し濃縮させて放つ超攻撃魔法
ルーシィの注意音を鳴らす
私が到着したときはまだみんな生きていた。
大きく地面が窪んでいたところに、ルーシィと、ナツやウェンディ、ハッピーにシャルルがいた。
敵対しているのは、大柄な猿顔の男。どうやら重力を操る魔法を使う男で、この大きな窪みもこの男の仕業みたいだった。
ナツたちを圧倒していることからも強大な敵だけど、この
「お前かぁ!!!」
「お」
「カナ!」
「カナさん」
私の登場にみんなが喜んでくれたけど、今は一刻も早くこの男を撃退したいといけない。
睨み付けてくる男に向けて、
「これ以上仲間をキズつけんじゃないよ!!!」
そのカードは全部重力魔法によって、男に当たることなく逸れて地面に突き刺さったけど、その魔法の隙を狙って、右腕を解放しようとした。
でも、その時の攻撃は不発に終わった。相手が素早く重力魔法を再使用して、地面に叩きつけられてしまったからだ。
ルーシィに、置き去りにしてしまったことを謝りながらも、相手から目を離さずに状況を窺う。私が言えた義理じゃないけど、一人だけじゃ敵わなくても、力を合わせれば隙を作り出せるはずだ。
相手の広範囲重力操作によってみんなが吹き飛ばされて、私も重力下で自由に動くこともままならず、
私だけじゃ手も足も出なかった。決定的な隙を作り出してくれたのがナツだった。
「火竜の……咆哮!」
同じく重力下で一歩も動けないナツは機転を利かせて、地面に顔を突っ込み、地中を伝うブレスを放った。足元から吹き出たブレスを食らった相手から、私は解放された。
「邪魔だクズがぁ!」
相手が魔法でナツ達を吹き飛ばす。その隙に距離を取って、今度こそ右腕を発動させた。
「ナイス! ナツ!!」
右腕を空に掲げて、詠唱する。右腕に宿った時に、この魔法の発動方法は頭に浮かんでいた。
「集え!! 妖精に導かれし光の川よ! 照らせ!! 邪なる牙を滅する為に!!!」
最後に右腕を敵対者に向け、その魔法の名前を叫んだ。
「
膨大な魔力の奔流。雨雲で暗くなっていた空間を塗りつぶす聖なる輝き。
その破壊の閃光が、ギルドの敵を打ち砕く、はずだった。
「落ちろぉ!!!!」
輝きは圧倒的な重力によって、潰されてしまった。
決まりさえすれば倒せる。仲間を助けることができる。
脳裏に浮かんだ
「この程度が
敵の罵倒に、反論する気力も湧かなかった。
結局、私は失敗してばかりだった。本来の威力を引き出せていれば、どんな敵対者でも倒すことができる魔法なのに、私が非力だったせいで真価を発揮できなかった。その事実に、右腕の刻印から噴き出す血と激痛も構わず、ただその場に倒れることしかできなかった。
徐々に迫り来る死の気配。仲間を助けることも、お父さんに名乗り出ることもできないまま、私は死んでしまう。絶望のまま諦めて、目を閉じた。
颯爽と現れた黒い外套を羽織った男。死を覚悟した私の前に飛び込んで、敵を突き飛ばし、救ってくれたその男は、見たこともない憤怒の形相を浮かべていた。
ギルダーツ、私のお父さんがそこにいた。
「ギルダーツ!!!」
「ギルダーツだあ!!!」
ナツ達が歓声を上げる中、その表情は一切揺らぐことなく、こちらを見ないまま言葉少なく命令してきた。
「ここを離れろ」
そう言って、直ぐにお父さんは立ち向かった。
相手の重力魔法とお父さんのクラッシュが衝突する異次元の戦闘。
地面が捲れ、粉砕される。天地がひっくりかえる中、巨大な魔力がぶつかり合って、空間がゆさぶられた。
助力なんて到底不可能だ。この戦闘に、私たちは足手纏いでしかない。
「行こう。私たちがいたら、ギルダーツの邪魔になる」
何か言いたげなルーシィに気づかないフリをして、みんなと一緒にお父さんを残して離脱した。
相手は強大だ。私たちじゃやられていた。
それでも、私のお父さんなら、必ず勝利してくれる。今までもそうだった。娘に出来ることは、無事を祈ることだけだ。
後ろ髪を引かれる思いのまま、心の中で呟いた。
必ず帰ってきて。伝えたいことがあるの。
お父さんも無事勝利したし、敵の首領も天狼島を訪れていたラクサスの助力もあって、ナツたちが撃破した。残りの七眷属もそれぞれ打倒して全滅したから、残りの残党も勝ち目がない及び腰で、直ぐに撤退していった。
全員無事だった。お父さんもいつの間にか戻ってきていて、あんなに心配してたのに杞憂に終わったのは良かったけど、何食わぬ顔で破門中のラクサスを弄ってたのは感動もあったもんじゃなかった。思わずココナッツミルク吹いたし。
最早みんな満身創痍だったから、結局試験は中止になっちゃった。釈然としないものもあったけど、しょうがないね。それに、既にS級魔導士になると固執していた私はもういない。そんなことよりも大切なことに気づくことができた。
傷ついた体を癒すため薬草の泉で一緒に浸かっていたルーシィに、改めて自分の行いを詫びた。仲間を裏切ったことは一生忘れないし、一生後悔する。このままルーシィに見放されても当然だと思った。けど、ルーシィは笑って赦してくれた。ルーシィはどこまでも私の事情に寄り添ってくれた。
そんなルーシィの手前、いつまでもうじうじなんてしていられない。私も、勇気を振り絞らなくちゃ。
S級魔導士にはなれなかったけど、本当のことを伝えよう。
ナツ、ハッピーと一緒に渓流釣りをしていたお父さんのもとにルーシィと向かった。ナツが釣りなんて似合わないけど、お父さんって釣りするんだ、なんて気を紛らわせるようなことを考える。でも、ルーシィがナツとハッピーを連れて離れて、二人っきりにしてくれたから、もう後には引けなくなった。
私とお父さん。こんな風に対面で話すことなんて今までなかった。ずっと、遠目でみんなに囲まれているのを眺めてばかりだったから。
「どうした?」
重苦しく閉ざされた口を必死に動かした。
「私……ギルドに来た理由って……父親を捜して…………なんだよね」
「そりゃ初耳だな……つー事は、お前の親父さんは
「う……うん」
怖い。拒絶されるのが怖い。
お父さんはキラキラしていて。私はただの凡愚で。
娘に相応しい存在になりたかった。そうすれば堂々と娘であることを誇れるだろうから。
でも、そんな呪縛から解放させてくれた仲間がいる。私の独りよがりを赦して、最後まで背中をしてくれた仲間がいる。
だから、12年間の胸に秘め続けた想いを伝えることができた。
「ギルダーツなんだ」
最初は何を言われたか分からなかったみたいだけど、お父さんは呆然として、そして驚いて叫んだ。
「え? ええーーーーーーーーっ!!!!??」
「いろいろあって……ずっと言えなかったんだけど…………」
「ちょ……ちょっと待て……オマエ…………!!!」
「うん…………受け入れ難いよね」
口をパクパクさせるばかりだから、やっぱり唐突に言われても混乱させるだけだったみたい。
そりゃそうだ。今までずっと隠しながら、中途半端にしか関ってなかった私がいきなり娘だって言っても飲み込めない。
一体何を言われるのか、覚悟をして待っていると、お父さん、いや、この男はとんでもねーことをぶちまけやがった。
「誰の子なんだ!!? サラ、ナオミ、クレア、フィーナ、マリー、イライザ……いやいや!! 髪の色が違う!! エマ、ライラ、ジーン、シドニー、ミシェル、ステファニー…………」
「オッサン!!!!!」
ふざけんな!
「どんだけ女つくってんだよ!!!」
「わ、わかった!! シルビアだな!! そっくりだぜ!!! 性別とか!!」
過去の女挙げられる娘の気持ち考えろ!
ずっと言い出せなかったのに、よりにもよってその反応がこれとかありえないって!
苦悩とか恐怖とか覚悟とか、一切合切吹き飛んでただただ怒りが込み上がってくる。
「あーーーーーっもう!! ハラ立つ~~~!!! こんなしょうもない女たらしがオヤジだなんてぇ~~~!!!」
お母さんの愚痴が正しかったことが証明されてしまった。こんなこと、こんな時に知りたくなかった。
「とにかくそういう事だから!!! それだけ!!!」
怒りのままにその場から立ち去ろうとしたけど、呼び止められた。
「ま、待てって!」
「私が言いたかったのはそれだけ!!! 別に家族になろうとかそういうのじゃないからっ!!!」
嘘じゃない。今更、父娘の二人暮らしとかやろうとも思わないし、娘に束縛させようとも思ってもいない。
ただ、名乗り出たかった。そして、いつか娘だって認めてくれればいい。今はこんな頓智気なことほざいてやがるけど、これからゆっくりと関係を再構築出来ればいいと思った。
「今まで通りでかまわ……」
だけど、お父さんはしっかり私を抱きしめてくれた。
「コーネリアの子だ。間違いねぇ」
そう。私はギルダーツとコーネリアの一人娘。カナ・アルベローナ。
お父さんはちゃんと、お母さんのことを覚えていてくれた。
「放せよ」
さっきの意趣返しで憎まれ口を叩いてしまう。でも、お父さんは抱きしめ続けてくれた。
「何で今まで黙ってたんだ……」
「言い出しづらかったんだ。そんなこんなで今頃になっちまったのさ」
「……コーネリアは俺が唯一愛した女だ。結婚したのもコーネリアだけさ。仕事ばかりの俺に愛想をつかして出て行ったのが18年前。風の便りで逝っちまった事は知ってたが…………子供がいたなんて」
抱きしめる力が一層強くなった。
「スマネェ……オマエに気づいてやれなかった…………」
抱きしめるその腕で微かに震えていた。
気付かれなかったことは初めは悲しかったけど、そのことはもう気にしていない。お母さんは何も語らずに出て行ったみたいだし、出産した後も連絡さえ取らなかったみたいだったから。
そんなことよりも、私はちゃんと両親の愛から産まれたということが何よりも嬉しかった。
一度、抱擁を解いて、お父さんに微笑みかけた。
「いいよ。わざとバレないようにしてたの私だし……勝手で悪いけどさ、私はこれで胸のつかえがとれた」
「こんなに近くに…………娘がいたのに…………」
「よせって。責任とれとかそういうつもりで話したんじゃないんだ。いつも通りでいいよ」
そういつも通り。お父さんはS級魔導士でいつも仕事にいなくて、娘はただの一般魔導士で酒を飲みながら、お父さんの帰り待つ。そんな今までと変わらない日常でいい。
でも、ずっと、こう伝えたかった。
「ただ……一回だけ言わせて……」
今も悔い続ける姿に、いつも通りの私の笑顔を向けた。
「会えてよかったよ。お父さん」
お父さんはそう呼ばれると、徐々に涙やら鼻水やら垂らしてみっともない顔になって。
「カナ!!!」
そしてもう一度私を抱きしめた。今度はより強く、二度と離さないという想いを感じた。
私も、お父さんを抱きしめ返した。
「もう寂しい想いはさせねぇ!! 二度とさせねぇ!!! これからは仕事にいくのも酒飲むのも……ずっと一緒にいてやる」
「それはちょっとウザいかな?」
「だから…………」
私も、涙を流した。久しぶりの嬉し涙だった。
「俺にオマエを愛する資格をくれ」
愛することに資格なんて必要ないよ、と思って、ようやく腑に落ちた。
リュウさんが言っていた通りだ。家族に資格なんてある訳がない。繋がりを断ち切るなんてできる訳がない。
彼女には迷惑をかけっぱなしだった。ギルドに戻ったら、心配かけてごめんなさいって言おう。そして、お父さんに伝えられたのも、リュウさんのおかげですって、ありがとうって言いたいな。
そう言えば、帰ったら良いお酒で待ってるって言ってたな。乾杯が楽しみだ。
私がお酒好きになったのも、彼女の影響だった。大人っぽくて格好良かったから、真似をし始めたのがきっかけだった。大人になれば一人前になれる、なんて思ってまだ子供なのに飲み始めたんだった。かなり注意されちゃったけどね。
サシで飲む約束だったけど、お父さんも入れて三人で飲むのもいいかもしれない。
早くお父さんと一緒にギルドに帰りたくなった。