あー。なんて言おうとしたんだったか……。
そうだそうだ。
俺にとって彼女がどんな存在なのか。相応しい言葉が見つかんなくて、ぼーっとしちまったぜ。
彼女は俺が餓鬼の頃から世話になってんだけどよぉ、俺がこんな草臥れたオッサンになったってのに、いつまでも若々しくて羨ましい限りだぜ。いや、茶化すようなことじゃなかったな。
彼女は年を取らねぇ。不老なんだ。俺が知る限りじゃ、な。
ギルドじゃ半ば暗黙の了解だ。彼女の老化や年齢を追求するのはな。しばしば気になって問いかけるような新参者もいるにはいるが、彼女は困った顔をしながらいつもはぐらかす。流石にその様子を見て、それでも掘り下げようなんて不届き者はギルドにはいねぇ。うちのギルドは良い奴等ばかりだからな。彼女が触れてほしくなさそうなら、ちゃんと自制できてんだ。
そういう風に慮るってことができる奴は、世の中では案外少ないってもんだ。今でこそ、知名度も高くなって彼女を知る者も増え、人々と日常的な交流をしているから減ってはきているが、昔は永遠に変わらない美貌に目が眩んで、彼女目当ての野次馬とか、取材やスカウト、あるいは襲撃なんかも日常茶飯事だったもんだ。全て捌ききっていたのは見事だった。
俺がギルドに加入した時には、既にギルドのトップ魔導士で名を馳せていて、その実力と美人っぷりから内外問わず、憧れの的だったな。同時に少し遠い存在でもあった。当時は今ほどS級魔導士の層も厚くなかったから、今の俺ほどじゃないが良く遠征にも出向いていて、交流を深める機会も多くなかったからな。
今のように、街とギルドにいて、のほほんと過ごすようになったのは、結構最近の話だ。最近? いや、5年くらい前か? か~、いやだね、年を取るってのは。
まあいいか。もうナツたちの世代じゃ、のんびりと酒でも飲んで、みんなを見守っているような姿の方が馴染み深いかもな。その方が彼女には似合っているって俺も思う。
おっと。また話が脱線しちまったな。
つまりだ。彼女に対する印象は昔と今じゃ少し変わっているが、変わらずにギルドを支え見守っている母のような存在ってのは全員一致してるだろう。だが、俺は少し違う。母のように慕ってはいるが、同時に少しばかりの畏敬の念が俺にはある。
俺にとって彼女は、破壊の化身だ。
俺が使う魔法はクラッシュという、触れたものを全て粉々に砕く超上級破壊魔法だ。長い年月を費やした鍛練の果てに習得に至った、曲がりなりにも最強と持て囃されるに足る魔法だ。
この魔法で、S級魔導士昇格試験に合格し、数々の高難易度クエストをこなしていた若かりし頃の俺は、正直な話、天狗になっていた。当時から、ギルド最強候補談義は良く話題に上がっていて、その有力者として名を挙げられていたのも鼻高々で鵜吞みにしていた。
マスターも既に初老の域だし、イワンの糞野郎は実力はあるくせに隠れて犯罪まがいのことをして小遣い稼ぎをするような小物だったから、俺こそが最強だと自信満々だった。今では恥ずかしい黒歴史でしかねえ。
その鼻っ柱を圧し折ったのが、リュウさんだ。
最強候補として持ち上げられていた俺は、もう一人の対抗馬である彼女に模擬戦を挑んだ。雌雄を決する、なんて意気込んだ糞ガキに時間を取らせてしまったのは、今でも申し訳ねえと思っているが、彼女は快く承諾してくれた。
場所は霊峰ゾニア。
模擬戦ではあるが、本気で闘うことを求めたから、周囲に被害が行かないような無人の山岳地帯で闘うことになった。俺の魔法は本気で振るうと、周囲一帯を更地にするし、彼女も長きにわたってギルドを支えた女傑でもあったから、この場所を選んだのは的確だった。
結果は、俺の負け。
しかも俺が疲労困憊で地面に倒れ伏したのに対し、彼女は涼しげな顔で息切れもしない立ち姿で、更には闘い方を指摘し、論評してくる余裕さだった。
俺は全霊を賭して挑んだ筈だった。周囲の地形だって変わっているほどだ。俺たちの戦闘で、丘は切り取られて崖になり、地面は抉れて湖にもなった。深山幽谷な霊峰が、山肌が剥きだしとなった断崖絶壁の秘境と化していた。
それでも、彼女は悠然と佇んでいた。俺はそんな彼女を見上げることしができなかった。さながら大鷲を仰ぎ見る井の中の蛙だった。
傲り高ぶっていた自信は喪失して、どこか侮っていた心は畏敬へと変わった。
「リュウ、さん。模擬戦、ありがとう、ございました」
「うん。私もいい運動になったよ。ギル坊も強くなったよ。これからのギルドは安泰だねぇ」
俺の全力を、いい運動なんて評価されたことに愕然としたが、それ以上に俺には聞きたいことがあった。
彼女の使う魔法について、その時の俺は詳しくなかったから、模擬戦でも彼女の闘い方に度肝を抜かれた。
それは、俺の使う魔法。クラッシュに酷似していたからだ。
彼女が腕を振るうと樹林が割れて、岩石が破砕される。足を叩きつけると大地が裂けて、地層が隆起する。俺の使うクラッシュよりも洗練され、研ぎ澄まされた破壊の美。それは、大雑把にクラッシュをぶつけるしか能のなかった俺に、無駄を省いた純然たる破壊の極意というものを感じさせた。
「リュウさん。おま、貴方の使う魔法って、まさか……俺と同じ?」
「ああ、いや。私が使うのは魔法じゃないのさ」
俺の推測を、彼女は否定した。そもそも魔法ですらない、という答えに困惑した。
リュウさんは
だから、その言葉を頭が咀嚼しきれず、鸚鵡返しで尋ねてしまった。
「魔法じゃ、ない?」
「うん」
そして、彼女は答えた。ずっとミステリアスだった正体の一端を明かしてくれた。
「そもそも私は純粋な魔導士じゃないの。使っているのも、魔法じゃなくて、権能。この
彼女は右手の掌を複雑そうな表情で見つめていた。
そんな風に、身の程を知った俺だが、決して挫折した訳じゃない。むしろ素直に自らを省みることができ、色眼鏡なしで彼女の実力を見ることができた。そして、その《破壊》の力を純粋に参考にする心持ちになった。それからも模擬戦を重ねることで、クラッシュという魔法が洗練されていった。
俺ぁ最強だなんて囃し立てられてるが、俺にとっちゃ最強は間違いなく彼女だ。今の俺がいるのも彼女のおかげで、彼女の実力や精神を見習うばかりだ。遠征するほどになっても、結婚して所帯を持っても、中年になっても、彼女の事を越えられたなんて思ってねぇし、一生敵わないんだろうと思ってる。
まあ、そんなことに拘るつもりなんてさらさらねえから気にもしてねえがな。
っと、結婚つっても離婚されたダメ男だがな。心を入れ替えて仕事に邁進していた頃、一人の女に巡り合った。名前はコーネリアっつう愛嬌と度胸を兼ね備えた魅力的なヤツだ。それまで何人かと付き合ってきたが、俺は他の誰でもないコーネリアっつう女に惹かれ、惚れ込んでいた。口説き落とした末に結婚に至った訳だ。まあ、仕事にかまけ過ぎた俺に愛想が尽きて出て行っちまったが。
そん時はしんどかったな。愛した女に捨てられるということがあんなに苦しいとは思わなかった。しかも、風の便りで逝っちまったことを知ったときは絶望した。死に目にも会えなかったことに自責の念が募って、酒に溺れていた時期もあった。
そん時は、彼女やマスター、そしてギルドの連中に心配され、励まされたことで立ち直ることができた。
仲間たちの有難みを感じて、恩返しする気持ちで仕事に復帰した。まあ、どうやら俺はそもそもクエストに没頭する方が性にあってたみたいで、ギルドにいることは少なく、あまり帰ってこないままなのは変わらなかったが。多分これは死ぬまで治らねえだろうな。
帰ってくる家と、仲間がいてくれる。それだけでも十分すぎるほどだ。
そう思っていた俺に、実の娘がいたと知ったのはそれから何年もたった後のことだ。
コーネリアの忘れ形見が、父親を尋ねて来て、そしてずっと傍にいたのに、俺は気づいてなかった。
自責と後悔と不甲斐なさと、そして喜びがないまぜになった心のまま、俺はそいつを、カナを力強く抱き締めた。
オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛
絶望は唐突にやってきた。
地響きにさえ感じる雄叫び。空間を震わしてると錯覚するような唸り声。
周りの連中が呆然としているなか、俺だけは聞き覚えがあって、背筋が凍った。経験と本能が最大級の危機感を訴えてくる。治してもらったはずの怪我が幻肢痛を引き起こす。
天狼島の上空を飛翔している漆黒の影。今や伝説でしか語り継がれていない究極の生物。ナツがずっと探し求めている父親と同じで、されど真逆な、人類の敵対者である存在。
それは、ドラゴン。
名はアクノロギア。
そいつは決して分かり合えるようなものじゃない。俺が100年クエストで失敗した原因で、左腕左脚と内臓をぶっ壊されたことで痛感した事実だ。地形の変わった霊峰ゾニアにて遭遇した俺は、その地形を更に滅茶苦茶にした圧倒的な暴力に、もう一つの破壊の化身を見た。
「お前!! イグニ―ルが今どこにいるか知ってるか!? あとグランディーネとメタリカ―ナも!!」
「よせナツ!!!」
父親の手がかりとして呼びかけるナツを必死に制止した。
こいつが現れたら最後、戦ったり逃げたりなんて次元は終わって、誰が生き延びれるか、という話になった。そのことを分かっているのは俺だけで、他の連中は未だに現実に戻っていない。
それは致命的な出遅れだった。
「降りてくるぞ!!」
上空の奴が島へと降り立って、咆哮を上げた。
オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛
誰もが声を失って蒼褪めた。
絶体絶命であるという現実感に萎縮し咄嗟に動くことができておらず、歴戦の魔導士たちが命の瀬戸際に立ち竦んでしまっていた。
「逃げろおおおおおおお!!!」
俺が叫ぶと同時に、奴が破壊を開始した。
人間はドラゴンには勝てない。
俺が瀕死になって得た真理だ。
存在としての規格に隔絶とした格差がある。竜翼は人類の届かない空を支配し、竜殻は人類の武器を通さず、竜鱗は人類の魔法を歯牙にもかけない。その巨体から繰り出される動作は人間を蟻のように潰し、その威容は絶対的強者として君臨している。
ドラゴンに備わった機能からして、人間とはかけ離れている。
だから、とにかく一目散に逃走することしか許されない。マスターが命を張って、足止めしてくれたなか、そんなマスターを見捨てて尻尾を巻いて船まで逃げる。それしかないと、俺は思っていた。
だが、ガキどもは違った。勝てずに死ぬと分かっても、マスターを見捨てて生き延びることを良しとしなかった。誰もが、命を賭して、マスターを助けようと絶望に歯向かっている。
俺は馬鹿なことを、と誇らしく思った。
頭の片隅、冷徹な部分が無駄な足掻きで全滅するだけだと囁くが、俺もまた絶望を破壊しようとクラッシュを解き放つ。しかし、やはり奴には通用しなかった。他の連中の攻撃も効いている様子がない。
効いていないが、俺たちもまた一人も死んでいない。
理由は明らかだ。奴は遊んでいる。必死の抵抗を弄びながら、少しずつ甚振る悪辣さに、強者としての余裕を感じ取った。俺が霊峰ゾニアで敵対した時の、破壊の一端を見せることもなく、じわじわと嬲り殺そうとする魂胆を察した。
その傲慢さに、俺はブチぎれた。
確かに俺は奴に惨敗し、さっきも遁走を選んだ。だが、心が折れた訳じゃねえ。霊峰ゾニアで敗北した後、いつか一泡吹かせようと虎視眈々とリベンジを狙って研鑽を続けてたんだ。そのいつか来る機会が今になっただけの話だ。
破壊の力なら俺にも一家言あるぜ。アクノロギアさんよ。
彼女に《復元》してもらった左腕に全魔力を集中する。そして、遊んでいる奴の下顎に、渾身の一撃を振り上げた。
「破邪顕正 絶天!!!」
爆発を伴い、破壊力を増したアッパーカットが奴の巨体を地表から浮かせることに成功して、距離をとらせることができた。
「ギルダーツ!!!」
「す、すっげえええ!!」
「へっ、流石はお父さんってとこかな」
口々に賞賛されるが、俺は奴から目を離さずに聞き流した。
空に飛ばすことができただけで、ダメージを与えられていない。怯む様子なく、本当にただ浮かせただけだった。俺の全身全霊の一撃は、奴にとってはちょっと押された程度のものだったということだ。
まったく。凹むぜ、マジで。
奴は再度、地上に降りることはなく、そのまま上空へと飛翔していく。撃退したなんて思うのは妄想だ。奴は俺らが手出しできない空から、全てを破壊するために上体を仰け反らせる。
「
離れていても感じ取れる圧力。それが放たれたら、島ごと俺たちは木端微塵だ。
全員、すぐに防御魔法で身を守ろうと動き出す。防御魔法を使える奴に全員の魔力を譲渡して、最大限の防御力を発揮しようとした。
「みんな、手を繋ごう!!!」
「俺たちはこんな所で終わらねえ!!!」
「うん!!! 絶対あきらめない!!!」
みんな、両手を繋ぎ合わせて魔力を巡らせる。魔力と絆の輪を作って、想いを一つにする。
アクノロギアの咆哮が落ちてくるなか、みんな目を瞑って、同じことを願った。
その願いは、破壊の化身でも破壊できない。
帰ろう…………
俺たちは
ただし、7年後に。
正直死んだと思っていたが、生きていたみたいだ。全員無事だった。
俺たちを探しに来てくれた居残り組が少しばかり老けていて、時間の流れを感じさせる一方、俺たちは年齢も身なりもアクノロギアに襲撃された時のままだった。
困惑しきりのみんなの前に、事情を説明してくれたのが、見たこともない幼い少女だった。
俺たちが助かったのは、初代ギルドマスター、その少女、メイビス・ヴァーミリオンのおかげだった。
故人であるはずのメイビスが幽体となって現れて、俺たちが無事だったのも、時間の乖離が起きていた理由も説明した。それが妖精三大魔法の一つ、あらゆる悪からギルドを守る絶対防御魔法
だが、命があるだけ御の字だ。誰もが初代ギルドマスターの偉業に感謝している。
俺たちの絆、信じ合う心を魔力へと変換して発動したのが
初代ギルドマスターは偉大だった。
その屈託ない笑顔でマスターが褒められたことが誇らしく感じた。
「良いギルドになりましたね、三代目」
天狼島から7年ぶりに帰還したギルドは、7年前と同じくマグノリアの街の中心地で出迎えてくれた。
ギルドは中心的なメンバーを欠いてしまったことで大きく衰退していた。フィオーレ最強の看板は下ろされて、今やフィオーレ最弱。大勢の魔導士たちで賑わっていた酒場はがらんどう。何人もの魔導士たちが脱退していた。掃除が行き届いていないのか埃だらけで、家財や装飾品は売りに出されたのか味気のないギルドハウス。隙間なく張り出されていた依頼板《リクエストボード》は数える程の依頼書しかない。更にはマグノリアには別の新興ギルドが結成されて、勢力は拮抗しているどころか、劣勢らしい。見る影もない有様だった。
だが、それでも
俺たちがいない間に、四代目ギルドマスターとなったマカオや補佐のワカバを始めとして、残されたメンバーが必死に維持し続けてくれていた。面目ねえと謝られたがとんでもない。こちらこそ申し訳ない限りだ。彼らの苦難が想像できるってもんだ。7年間、憐憫や侮蔑、嘲笑と諦念と、終わりが見えないまま戦い続けていたはずだ。だが、彼らはそれでもそんな苦労を露程見せずに心から無事を喜んでいた。
7年もの空白を埋めるように、だだっ広いギルドで小さく開かれた祝宴は、飲んで歌って踊って笑った最高の一日になった。
だが、そこに彼女の姿はなかった。
「ああ、リュウさんな。今は遠征に行ってる」
祝宴の前に彼女の姿が見えないことに気づいて問われたマカオがそう答えた。
「遠征じゃと?」
「ああ。この7年間、リュウさんがいなければとっくに心が折れていた。彼女はずっとギルドを支えてくれたんだ。評議院とのコンタクトをとって支援を引き出して、右も左も分からなかった俺たちに事務仕事を教えて、マグノリアの町長や住民に頭を下げて協力をお願いして、みんなの調査活動も主導してくれた」
「俺もマカオの補佐をし続けてきたんだが、やっぱりリュウさんには及ばねえな。で、今遠征してんのもギルドを守るためだ。ロクに依頼も回らされないなか、特例で彼女は高難易度のクエストを引き出して、それで世界中を飛び回ってんだよ。そのおかげで、ギルドの財政も赤字にはなってなくて、このギルドハウスも売らなくて済んでんだ」
「弱みに付け込む輩ってのはいてな、力になりますよとかほざいて高利で借金させようってやつが度々来たんだよ。同じ街の
「そーそー。ほんっと卑怯な奴等だぜ、
その言葉には深い感謝の心が込められていた。
俺も良く知っている通り、彼女は縁の下の力持ちだ。誰よりもギルドを愛し、ギルドを支えてくれる人だ。帰還を誰よりも信じて、ギルドを守り続けた献身に頭が上がらねえ。
流石、妖精の守り人の面目躍如だな。ああいや、あんまり好んでないんだったか。これ以上ない呼び名だと思うんだがなあ。昔も今も、彼女はギルドを守ってくれていた。
だからこそ、直接礼を言いたかったが、この祝宴にいないのが残念でならない。
「連絡用
「えーっと。そのう。ない袖が振れないなら身を削って袖を縫うというか、質に入れたというか」
「売れるものは売っちまったし、居場所が分からないから連絡手段がないんだよ。リュウ姉は定期的に帰ってくるから、多分祭りの後くらい?」
「祭り?」
彼女のことを話題にしながらも、夜が明けるまで、そして明けた後も、この奇跡的な再会を喜び合った。
帰還してから二週間。
ようやく落ち着き、みんなの生活も安定してきた頃。
俺はマスターに連れられて、ギルドハウスの地下通路を共に降りていた。隠し扉で厳重に秘匿されていた通路を下へ下へと進み続ける。
「しっかし知らなかったな。ギルドの下にこんな深い地下通路があったとは……」
「誰にも言っておらんからのう」
「そいつはどうして?」
「まあ……見れば分かるわい」
そう言って辿り着いた最下層の扉を潜ると、そこはギルドの紋章が多く刻まれている大部屋があった。
「な、なんだここは……」
薄暗くただならぬ雰囲気があるが、空中に漂う魔力のおかげかどこか清浄な空間だった。ここまで隠し通されているから、ギルドの聖域といったところか。
いや、違う。その大部屋の更に先があった。マスターの進む先には大きな扉があって、魔法によって封印され、閉ざされていた。マスターが、腕を振るい封印を解除すると、扉が開かれる。
俺は、その光景に言葉を失った。
「我がギルド最高機密。ルーメン・イストワール」
俺は呆けたように、言葉にならない声を、途切れ途切れに漏らすしかできなかった。
「な、何だ……これは……どういうこった」
「メイビスは記した。これが
「こ……言葉が見つからねえ…………」
「無理もない。ワシも
「何でこんなもんがギルドの下に…………」
混乱してばかりだが、ふと疑問が浮かぶ。
これはおそらくギルドを揺るがすような事実だ。ここまで厳重に秘匿してるのも頷ける。本当に限られた者しか知らされないもののはずだ。
「何で俺にこれを見せやがる」
そんな光景を明かした意図を把握しきれなかった俺を、マスターは真っ直ぐな目で俺を直視した。
「お前が次の
マスターなんてガラじゃねぇわ。パスパス。
マスターの決意を無下にするのは悪いが、五代目就任を辞退させてもらうことにした。
置き手紙をミラに託して、俺は気ままな一人旅に赴いた。無責任かもしんねえが、この方が性に合ってるし、多分俺がマスターを務めるよりもこうした方がギルドは良い方向に向かうだろ。
一応、二つ仕事をしておいた。
一つ、ラクサスの破門を解いて、一員として復帰することを認める。
二つ、六代目ギルドマスターにマカロフ・ドレアー氏を任命する。
つまりは元鞘だな。
懸念点はねえ訳じゃねえが、まああいつらなら大丈夫だろ。強くてしぶとい奴等ばかりだからな。
ああいや、カナのことは何も言わずに置いていっちまったのは悪かったな。気丈に振る舞うのはコーネリア譲りだが、寂しがらせてしまうのはいけねえと思って、緊急連絡用の魔法カードを渡しておいた。これがあればすぐにでも駆け付けることができる。
すぐ破りさられたみたいだが。お父さん、悲しい。
今でこそ、フィオーレ最弱と侮られているが、それは本当の
それをあいつらは必ず証明してくれるだろう。再びフィオーレ一の魔導士ギルドに返り咲く。俺が帰ってくるときまでに、成し遂げてくれる。俺はそう信じて託すことにした。
俺は空へ腕を突き上げて、健闘を祈った。