妖精の尻尾のリュウさん   作:ただの馬鹿

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7年後の現実

7年という歳月は長い。人も、街も、国も、生活も、文化も、人間関係も大きく変わってしまっている。

 

天狼島でアクノロギアの襲撃を受けた妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーは、メイビスが守るために発動した妖精の球(フェアリースフィア)によって生き延びることはできた。だが、その封印の解除には7年間の月日を要し、世界の時間と7年間という乖離が起きていた。

 

その時間の重さというものに直面することとなった。

 

フィオーレ一という名誉は過去となり、今や最弱と嘲笑われている妖精の尻尾(フェアリーテイル)。大人数の魔導士たちで賑わう活気は消え、閑古鳥が鳴く有様。マグノリアの街で一際大きい建造物だったはずが、管理の行き届いていない廃れ具合でハリボテのように感じられる。更には、同じ街にできた悪質な新興ギルドが幅を利かせる始末。

 

帰還したメンバーが一番時間のズレを感じさせたのは、居残り組の年を重ねた姿だ。ロメオは第二次性徴を迎えて少年から青年へと成長しつつあるし、アルザックとビスカに至っては結婚して一人娘をもうけている。マカオは頭部が後退しているし、マックスは髭が伸びているし、リーダスはスリムになって、ドロイは太っていた。

 

そんなみんなが、涙を流して再会を喜ぶ。鬱屈とした日々を辛うじて心折れずに待っていた彼ら彼女らが、歓喜と安堵で噎び泣く姿は痛切に迫るものがあった。

 

それぞれが7年間というあまりにも重い時間の断絶を噛みしめ、その現実を受け入れようと努めている。

 

そんななか、ルーシィが7年間の空白の重みを痛感したのは、ギルドに帰還した時ではなかった。

 

 

 

 

 

 

商業都市アカリファの病院の一室。そこで娘と父が再会していた。

 

娘の名はルーシィ・ハートフィリア。父の名はジュード・ハートフィリア。

 

かつては財閥として名をはせたハートフィリアという家名を巡り、勃発した幽鬼の支配者(ファントムロード)とのギルド間抗争。実家から出奔していたルーシィを政略結婚の駒に使うため、ジュードが幽鬼の支配者(ファントムロード)に連れ戻すように依頼をしたことが発端だった。

 

その依頼を口実に、妖精の尻尾(フェアリーテイル)を潰そうと画策したファントムのマスタージョゼが襲撃を嗾けたことから始まった抗争は妖精の尻尾(フェアリーテイル)の勝利に終わり、ファントムが解散したことで幕を閉じる。

 

そして、ルーシィは元凶でもあった父ジュードとの決別を告げて、実家との縁を断ち切った。

 

ただ、そこで関係は終わらなかった。

 

ハートフィリア財閥はその後解体。事業の失敗により、ジュードは破産して無一文となった。ちょうど収穫祭の後日に、もう会うこともないだろうと思っていた父親と再会した時の、みすぼらしい浮浪者のような出で立ちにルーシィは絶句した。

 

ルーシィのあずかり知らぬ実情だが、ジュードの失敗は彼が長年恨みを買い続けてきた競合他社による半ば罠めいた買収工作によるものだ。中核事業でもあったハートフィリア鉄道の事業拡大に私財を担保に入れてまで打って出たが、それは敵対企業が作り出した虚偽情報に基づく計画であり、倒産への片道切符だった。路線延伸で進出した地域から見込んでいた筈の営業利益は虚像であり、事業再建の目途を立てようとした矢先に事業の買収が行われたのだ。

 

家族までも犠牲にするやり方を取っていたジュードは、その経営方針も他者を蹴落とすような非情なやり口で利益のみを追求していた。冷酷無比な実業家として悪名が高く、巨万の富を形成した資産家として界隈を牽制し続けた男は、最後は孤立無援となり、結託した他企業によって足元を掬われて全てを失った。

 

心血を注いだ会社を手放し、家も土地も失ったジュードが頼ったのが、絶縁した筈の娘ルーシィだった。

 

決別後に再会した父はまた一悶着を起こした。ジュードは再起を図るためにルーシィの下を訪れたが、それはルーシィに金の無心を迫るためでしかなく、ルーシィの心に更なる傷を負わせた。

 

ただ、その再会はそれだけでは終わらなかった。商業都市アカリファの商業ギルドLOVE&LUCKYが武装集団に占拠されたという情報がルーシィを突き動かした。正にここが、ジュードが再起を図ろうとした場所だったからだ。ルーシィはどんなに酷い仕打ちを受けたとしても、父親を見捨てるようなことはできなかったのだ。ルーシィは単身で乗り込み、武将集団を倒して人質たちを解放した。

 

とはいえ、そこにはジュードはいなかったが。ジュードは徒歩でアカリファを目指したため、ルーシィの大立ち回りの直後に遅れて到着したからだ。ルーシィの取り越し苦労になってしまったが、これが契機となった。

 

ジュードは道すがら冷静になり、今までの自分の言動と立ち振る舞いを客観的に振り返ることができた。そしてようやく眼を醒ますことができた。最愛の妻レイラを亡くし、その悲しみを振り払うべく仕事に打ち込み、それがやがて盲目的に利益を追求するやり方に変節してしまっていた。レイラが残してくれた愛娘さえも見えなくなってしまったということに気が付くことができた。

 

商業ギルドLOVE&LUCKYからレイラとともに独立する時、レイラは身籠っていた。レイラとともにギルドを出た時に、その看板の文字が欠けていて、LUCKYがLUCYとなっていたのが面白くておかしくて。二人して笑い合った後に、お腹の中の子供には、ルーシィと名付けようと二人で決めたことを思い出すことができた。

 

ジュードはルーシィに心から謝り、自らを改めることを決意した。その憑き物の落ちたような表情と、名付けの由来を聞かされたことでルーシィは、娘を商売道具にするような今までの父親ではなくなったことを認めた。決して許した訳じゃないが、父親の元気と、そして再会を願って別れることができた。二人の明るく前向きな気持ちには、和解の兆しが見え始めていた。

 

ルーシィが7年後に帰ってきた後に、ジュードに会おうと思ったのもそのおかげだ。カナとギルダーツが抱擁する光景は、ルーシィに父親の存在を思い起こさせた。7年間も消息不明で心配をかけてしまったと思い、商業ギルドLOVE&LUCKYで働くジュードの下を訪れた。

 

しかし、ルーシィを待っていたのは信じがたい現実だった。

 

ルーシィを迎えた受付嬢が驚愕と悲観と安堵が入り混じった複雑な表情をしながら、間に合って良かった、と呟いた後に紹介したのが都市病院だった。ジュードは今、そこにいると。

 

かつては破綻していた親子関係だった二人が病室で7年越しで再会していた。

 

 

 

清潔なベッドの上で横たわっているジュードの姿は弱りきっていた。体は痩せ細り、髪は抜け落ち、表情には死相が見える。ジュードは余命僅かと診断され、既に終末期医療に切り替わっていた。ジュードは最早、死を待つだけの病人だった。

 

それでも、まだ生き長らえていた。ひとえに連絡の途絶えた娘と、死ぬ前にもう一度だけでも再会したいという気力によるものだった。

 

そして、ルーシィは間に合った。しかし、その表情は冴えない。

 

ルーシィにとってジュードは厳格で冷酷な父親だった。破産後に再会した時はホームレスのような有様だったが、元気でしぶとくて、死んでしまうなんてことは予想だにしなかった。7年後に再会した死人のような姿の父親にルーシィはショックを受けていた。

 

一方で、ジュードの姿は穏やかだった。自分の天命を受け入れていた。

 

「……ルー、シィ…………さいごに、いちど、めにできて、よかった…………」

 

ジュードの声は擦れて聞き取りづらい。末期の患者特有の喘鳴が混じっていて、危篤状態であることをルーシィに痛感させた。

 

「最期って…………何言ってんのよ…………」

 

「…………ず、っと……しんぱい……だった…………」

 

「心配って! こっちの方がずっと心配よ! 何よ! 帰ってきたら何もかも変わってて! あんなに嫌いだったはずなのに! 元気にお金稼ぎに夢中になってると思ってたのに! 何でこんな所にいるのよ!!」

 

「は……ははは……すこし、がんばり……すぎて……しまったかな……」

 

ジュードがルーシィの行方不明の一報を聞いてから、不安を押し殺すように仕事に集中した。休日も取らず毎日徹夜し、遠方へと商談に赴き、商人として身を削り続けた。

 

その結果、過労で倒れて余命宣告だ。7年間検査もせずに働き過ぎたことで、ジュードの身体は臓器も血管もボロボロで、いくつもの疾患が合併して発症し、入院した時には既に手の施しようがなかった。

 

本来なら、倒れた時点で急死していたのだ。そこを助けられたことで、何とかルーシィが帰ってくるまで持ち堪えることができた。

 

「じつは…………ほん、とうは……もう死んでる…………はず、なんだ…………いっかげつ……まえ……てんにょさまが…………たすけて……くれた…………」

 

「……天女って、なによ?」

 

「わからない…………うつくしくて…………しんぴてきで…………おむかえがきた、とおもったよ…………」

 

ジュードは虚ろな思考で記憶を掘り返す。

 

「もうたすからないって…………せいめいりょくを、あたえても………うけいれる、うつわがこわれてる、から…………こぼれるだけだと…………それでも……わたしはうったえた…………むすめを、まってるんだと…………あうそのときまでしねない……と」

 

「おとう、さん」

 

ルーシィは無意識に言葉を漏らす。前は口にするのに勇気が必要だった言葉が、意図せずすんなりと胸から零れた。

 

「ならば、と……わずかなじかんを……あたえてくれた…………くるしいばかりで……ねたきりのままで…………むすめとあえないまま、死ぬだけかもしれないと…………それでもと……たのんだんだ…………わたしは、父親、だから…………」

 

ジュードは僅かに顔を傾けて、焦点の合わない視線を向ける。

 

視力も低下して、ぼんやりとしか映らない視界に、妻譲りの綺麗な金髪が映り込む。

 

ジュードはようやく会えたと満足して、最後に伝えたいことを語りだした。

 

「まだ……ちょっとさきだが…………たんじょうび、おめでとう…………ぷれぜんとは……もうおくっておいたから…………たのしみにしてるといい…………」

 

「あ……おぼえてて、くれたの…………?」

 

「……もちろん……だ…………うまれてきてくれて……ありがとう…………きみはわたしとレイラのほこりで…………まいにちずっときみのことを……おもっていたよ……」

 

最早呂律が回らず、うわ言のようになっても、その愛の言葉は最後まで伝えることができた。

 

「あ、ああぁ」

 

「ルーシィ…………わたしは……ずっと…………きみを……愛している…………よ」

 

「ああああああああっっっ!!! あたしも! あたしもずっと!! これからもずっと!!! お父さんのこと大好きだからっ!!!! お願い!!! 逝かないで!!! これからも見守っててよおおお!!!!!」

 

ルーシィは決壊して、ジュードの身体に縋り付いて泣きじゃくる。

 

ジュードは、現実を認めたくない我儘娘を仕方ないように目を細めて見守り、そのまま目を閉じた。

 

ルーシィは泣き続けた。

 

最期を看取るまで、そしてその後もずっと。

 

慟哭の涙は枯れることなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マクロな視点で捉えれば、7年間の一番の変化は魔導士ギルドの勢力図になる。

 

フィオーレ一だった妖精の尻尾(フェアリーテイル)は最弱に転落し、別のギルドにとって代わられた。更には魔導士自体の全体的なレベルも大きく進歩している。

 

天狼島で凍結されていたメンバーの実力は7年前と変わっていない一方、7年間の研鑽を費やしていた残留組の実力は大きく成長していて、7年前の実力差は埋められて拮抗するほどだった。実力トップ層のナツと中堅下位あたりのマックスが模擬戦をしたところ、互角に渡り合う結果となった。

 

そんな残留組がいた妖精の尻尾(フェアリーテイル)が最弱という汚名を被っている現状はつまり、帰還組は一部の最上位層を除いて、現代の魔導士レベルに大きく取り残されていることを示している。

 

ギルダーツが書き残した宿題、そしてメンバー全員の目標、それが再び妖精の尻尾(フェアリーテイル)がフィオーレ一のギルドに返り咲くことだ。そのためにも、メンバーの実力の底上げが喫緊の課題とも言える。

 

ちなみに、そういったギルドのランキングはどう決まるものなのか。以前は明確な基準はなかった。おおよそ世論や風評によって形成されるものであり、漠然とした比較の上で認定していたものだ。歴史や規模、実績や知名度、社会貢献度、所属する魔導士の数やギルドマスターの格といった様々な要素を複合的に判断していたもので、かつての妖精の尻尾(フェアリーテイル)は全てが高水準であり、幽鬼の支配者(ファントムロード)の壊滅後は確固たる立場を築き上げていた。

 

そして現在、そのランキングを正式かつ客観的に裏付ける指標がある。

 

それが7年の間に王国主催で新しく導入された魔導士たちの祭典。

 

年に一回、フィオーレ王国首都クロッカスで行われ、フィオーレ中の魔導士ギルドが参戦し、様々な“魔”を競い合い、名実ともに最強を決める大会。

 

その名も、大魔闘演武。

 

 

 

大魔闘演武への参加は意見が二分した。主に残留組が反対し、帰還組が賛成することになった。残留組は一貫性のない競技内容に翻弄され屈辱を味わった経験から見世物として晒されるだけだと捉えていたが、帰還組は落ち目の状態から一気に頂点へと飛躍する絶好の機会だと捉えた。

 

渋る残留組が必死に説得したが、優勝賞金3千万(ジュエル)に目の色を変えたマカロフの鶴の一声で参加が決定した。

 

参加すると決まったのなら、その祭りまでの3か月間で、帰還組は今の時代に付いていけるようにならなければならない。そのため、帰還組はそれぞれのチームに分かれて、特訓を行うことになった。

 

ストラウス一家とカナのチーム、ラクサスと雷神衆のチーム。

 

そして、ナツたちのいつものチームにジュビアとシャドウギアが加わったチームは、海合宿を行うこととなった。

 

 

 

「「「「「「海だぁーーー!!!」」」」」」

 

「あんたたち! 遊びにきたんじゃないのよ!」

 

「そうだぞーっ」

 

「そんな格好の奴に言われてもなあ」

 

海に到着した面々は水着姿ではしゃぎまわっていて、傍目にも分かるバカンス気分だった。シャルルが注意し、ハッピーが合いの手を入れるが、その姿は同じく水着で泳ぐ気満々であり、ドロイがツッコミを入れる。

 

緊張感のない姿に、残留組であるジョットとドロイは不安げだった。二人とも大魔闘演武での苦い経験から参加に反対しており、そんな自分たちに苦戦している帰還組の実力を憂いている。

 

「もちろん分かっている。こういうのはメリハリが大切だ。よく遊びよく食べよく寝る」

 

「肝心な修行が抜けているぞ」

 

凛とした表情でエルザが早速海へと入っていったのを見て、ジョットは呆れてしまった。

 

 

 

開放感を存分に味わいながら、海を思いっきりエンジョイする帰還組。遠泳したり、砂浜で城作りしたり、海の家で大食いしたり、日焼けをしたりで一向に修行に入る気配がない。

 

ジョットとドロイもそんな様子を物言いたげに見ていたが、初日だからと大目にみることにした。女性陣の水着姿に目を焼かれたともいう。

 

しかし、一人だけバカンスを心から楽しめていない者がいた。

 

「でね、秘密の特訓とか言ってさ。私もついていこうとしたら断られたんだよ!」

 

「……………………」

 

「……ルーちゃん?」

 

「えっ? あ、えっと、そうね。あたしもそう思うわ」

 

「……ルーちゃん、聞いてなかったでしょ」

 

「うっ……ごめん」

 

レヴィの話を聞き流していたことにルーシィは謝った。ガジルのことについて愚痴を零していたレヴィに、いつもなら茶化していたところだが、上の空だったルーシィは反応しなかった。

 

レヴィは無視されたことに憤ることもなく、ルーシィのことを気遣わしげに見るだけだった。

 

「……やっぱり、お父さんのこと?」

 

「……ううん。何でもない。さっ、折角海来たんだし遊ぼうよ!」

 

「…………」

 

ルーシィは笑顔を浮かべて、ビーチボールを空へと放り投げる。レヴィはそんなルーシィの空元気を追求することはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

和解とともに死別したことはルーシィに深い心の傷に負わせた。

 

アカリファの病院で父ジュードを看取り、簡素な葬式を執り行って、母レイラの墓と隣り合う場所に埋葬を終え、ルーシィはギルドへと戻ってきた。

 

周りの者は既に7年間の空白を埋めるために動き出していた。7年間の負債を返済すべく依頼に向かったり、模擬戦を通して力不足を痛感し訓練に励んだりしていた。今回の海合宿も、大魔闘演武で優勝し、7年前の栄誉、と大金を得るために行っている。

 

誰もが、今ある現実に立ち向かっている中、ルーシィだけが心にぽっかりと穴が空いたかのようで、現実から取り残されている感覚が拭えていなかった。

 

平静さは取り戻せているとルーシィは思っている。帰宅後は部屋に籠って涙に暮れることもなく、いつも通りナツのクエストに付いていくこともできた。ナツとマックスの互角の模擬戦は驚きつつ見守っていたし、ウェンディがポーリュシカから魔法の指導書をもらった時も一緒にいたし、大魔闘演武に殴り込むことに決まった時はギルドのみんなと威勢を上げた。

 

それでも、ふとした時に心が地に足つかない瞬間が訪れる。そして思い出してしまう。冷たくなった父親の身体と部屋に積まれた誕生日プレゼントの山を。

 

「…………ストップです。ルーシィ様」

 

「っはあ!」

 

今もまた、集中できずに修行が身に入っていない。

 

「ルーシィ様。先ほどから上手くいっていない様子。少しばかり休憩しましょう」

 

「うっ……ごめん」

 

「いえ。集中できないときは誰にもあるものです」

 

指導役のカプリコーンの指摘にルーシィはバツが悪くなった。

 

 

 

海で思う存分バカンスを楽しんだ面々は午後からは修行を開始した。

 

ルーシィは自らの弱点である魔力持続性を強化する修行を行っている。肝心なところで魔力切れを起こし、ピンチを招くことがままあった。だから、海辺で座禅を組み、魔力を体内に循環させることで魔力の器そのものを底上げしようとする修行だ。

 

指導を頼んだカプリコーンは、天狼島で仲間になった新しい黄道十二門の星霊だ。ルーシィの星霊のなかでも卓越した魔力操作が光る星霊で、指導を頼んだ時には快く引き受けてくれた。

 

そんな仲間に応えたいと思いながらも、修行が上手くいかないことにルーシィは恥じ入るばかりだった。

 

「大地を、風を、気を肌で感じ、自然と一体化するように呼吸を整えながら、少しずつ魔力を解放していく。少しでも気を抜くと魔力が無駄に放出されてしまいますよ」

 

「やっぱりあたし集中できていない?」

 

「……そうですね。初めはスムーズに精神統一が出来ており、見事です。ただ、少しばかり時間が経つと魔力の巡りが固くなってしまっているようですね…………ルーシィ様は心当たりがあるようですが」

 

「…………うん」

 

カプリコーンが躊躇うように声をかけると、ルーシィは小さく俯いた。

 

邪念を排して、無心になろうと努めても、その光景が勝手に思い起こされる。周りのみんなが我武者羅に鍛練を重ねている一方、自分は父親の死に囚われたまま停滞していることが情けなかった。

 

結局、その日はそれ以上の進捗がないまま打ち切ることになってしまった。

 

 

 

海合宿二日目。

 

ルーシィ以外のメンバーは充実した修行に励むことができていた。効率よく魔力を鍛えられており、大きな成長が見込めることが実感できている。最初は3か月という期間を短いものだと捉えていたが、まだ二日目でありながら成長速度は著しく、この調子で励めば現代の魔導士のレベルに追いつくことが出来ると自信を持つことができた。

 

ルーシィがそんな面々を笑顔で見ながら焦燥感に駆られていると、突然ルーシィの座っている地面が隆起し、尻からルーシィが持ち上げられた。

 

「姫! 大変です」

 

ルーシィの星霊バルゴだった。

 

「キャー! どこから出てきてんのよーっ!!」

 

ルーシィが悲鳴を上げる。星霊バルゴは能力で地面を自在に潜ることができる。それを利用してちょくちょくルーシィを驚かせているが、バルゴが地面から頭だけ出してルーシィの桃尻を支えている絵面は危うくて間抜けなものだった。

 

「お仕置きですね」

 

そして、事あるごとにルーシィからの罰を求める姿に、不健全な性が見て取れる。

 

ルーシィがバルゴと再会したのも7年ぶりとなる。そんなバルゴの姿は7年前と変わらないように見えるが、地面から抜け出てきたバルゴは沈黙したままどこか陰のある表情を浮かべていた。

 

「どうしたの?」

 

レヴィに問いかけられたバルゴが答えた内容に、一同が驚愕した。

 

「星霊界が滅亡の危機なんです。みなさん……どうか助けてください」

 

「…………!」

 

「何だと?」

 

「そりゃ一体……」

 

「星霊界にて王がお待ちです。みなさんを連れてきてほしい、と」

 

まさに寝耳に水だ。星霊は確かに星霊の鍵を通して星霊魔導士に力を貸す存在であり、人類にとっても比較的身近に感じる存在であるが、星霊たちの住む星霊界という異界は人類が訪れたことがない未知の世界だ。

 

別世界の存在自体はエドラスの一件があるからそこまで非現実的には感じなかったが、そんな星霊界が滅びると言われても、すぐに飲み込むことはできなかった。

 

「おし! まかせとけ!! 友達の頼みとあっちゃあ……」

 

いや、ナツは二つ返事で助けに向かおうと承諾していた。

 

「待って!! 星霊界に人間は入れないハズじゃ」

 

ルーシィがバルゴに問いただす。ルーシィの言う通りで、以前ロキが人間界に追放の刑を受けたときには生命力を枯渇させていたのと同じように、人間は星霊界で生命活動を行うことはできない。

 

だが、バルゴがその懸念を払拭する。

 

「星霊の服を着用すれば星霊界にて活動できます。それでは行きます」

 

「ちょ、まだ心の準備が……」

 

ルーシィの逡巡もよそに、星霊界への転移魔法陣が展開されて、一帯が光に包まれた。

 

眩い光が収まると、海辺に集まっていたメンバーが忽然と姿を消していた。

 

「……なんで俺たちだけ」

 

「おいてけぼり?」

 

ジョットとドロイだけ残して。

 

 

 

 

 

 

「うわっ」

 

「きゃ」

 

「あう」

 

転移した衝撃で軽く悲鳴を上げていたルーシィたちだったが、降り立った世界の光景に目を見開いた。

 

「ここが星霊界!?」

 

「わあ……きれい…………」

 

星霊界はその名の通り、星屑煌めく幻想的な夜空が広がっていた。玲瓏たる小惑星が星空に架かる橋で連なり合い、神秘的な色彩で輝いていて光彩陸離に夜空を彩っている。

 

ルーシィが降り立ったところも小惑星の一つだ。虹色に光る石畳の広場から星霊界を見渡している全員がその美しさに感動していた。ルーシィが懸念していたことも、星霊界でも活動できる衣装がいつの間にか全員着込んでいたため解決していた。

 

そんなメンバーを見おろすように、何もなかった虚空から巨体が現れた。

 

「よく来タな。古き友よ」

 

「あんたは……」

 

「でかっ!!」

 

「ヒゲ―!!」

 

誰もがその巨躯に度肝を抜いた。ハッピーだけはその雄々しく伸びた大きな髭に目がいっていたが。

 

だが、ルーシィだけは見覚えがあった。それはかつて、ロキを死の淵から救うために啖呵を切った相手だった。

 

「星霊王!!!」

 

巨大で重厚な鎧甲冑と、威風堂々たる巨体は、星霊たちを束ねる王、すなわち星霊王だ。

 

全ての星霊を束ねる統率者であり、星霊界を治める君臨者でもある存在だ。

 

「おまえがここの王か」

 

((おまえって言ったー!?))

 

そんな規格外の存在をエルザがおまえ呼ばわりしたことに、ウェンディとレヴィが白目を剥いた。

 

「いかにも」

 

ただ星霊王はエルザの言葉に気にした様子もなく首肯しただけだ。器の大きさも規格外らしい。

 

「星霊界が滅亡の危機って……」

 

ルーシィが本題に入る。ルーシィたちが星霊界を訪れたのもバルゴが突然現れて、詳しい説明もなくいきなり連れて来られたからだ。転移前は尻込みしていたが、既に星霊界に到着したのなら助ける覚悟を決めていた。

 

だからルーシィが星霊王に尋ねたが、星霊王はしばらく沈黙した後、ニッと口角を上げた。

 

「ルーシィとその友の!!! 時の呪縛からの帰還を祝してぇ!!! 宴じゃーーーっ!!!!!」

 

「「「「「わー!!!」」」」」

 

星霊王が両手を広げて宣言すると同時に、ルーシィが契約している全星霊が姿を現した。

 

「……………………へ?」

 

全員、ポカーンとして話についていけなかった。

 

聞いていた話と全然異なり、星霊たちは笑顔で和気藹々としている。

 

ルーシィが呼び寄せた張本人であるバルゴに問い詰めた。

 

「星霊界の滅亡って?」

 

「てへ」

 

「何ー!!」

 

つまり、星霊界の滅亡の危機は嘘。ルーシィたちをサプライズで祝宴に招くための口実だった。

 

星霊たちから口々に理由が説明される。7年間の凍結から解放されたルーシィとその仲間たちを、星霊たち全員が祝したかったが、全員が一気に人間界に現界することは不可能だ。一人一人現界して祝うこともできたが、どうせだったら逆にルーシィたちを星霊界に招いて、祝宴を催そうと考えた。

 

今回だけの特別な措置であり、星霊王も賛成した。ひとえにルーシィの人徳の賜物である。

 

「なーんだそーゆー事かーっ!!」

 

「もしもしー!」

 

「ビックリさせやがってーっ!!」

 

ナツとグレイ、星霊のサジタリウスが肩を組んで喜び合う。身構えた分、拍子抜けだったが、星霊たちの善意を感じてすぐに順応した。

 

「久しぶりだねーみんなー!! さあ!! 僕の胸に飛び込んでもいいよ ルーシィ」

 

「……もう」

 

ロキの相変わらずな様子に、ルーシィも安堵して息を吐いた。

 

「さぁ! 今宵は大いに飲め!! 歌え!! 騒げや騒げ!! 古き友との宴じゃ!!!」

 

 

 

祝宴は薄い虹色に輝く星霊界の宮殿で開かれた。

 

星霊界の料理や音楽で歓待を受けながら、ルーシィたちは星霊たちと親睦を深め合う。グレイはS級魔導士昇格試験でパートナーだったロキと無事を喜び、ウェンディは悪魔の心臓(グリモアハート)のマスターハデスとの戦いで助けてくれたホロロギウムに礼を言った。ジュビアはアクエリアスから恋人はできたかと茶化され、レヴィは星霊界の書架に目移りしクルックスから一冊どうかと言われて目を輝かせる。

 

ナツは料理を貪ってその美味さに手が止まらなかった。

 

「うめぇー! 何だこの食いモン」

 

「カニのペスカトーレ星屑バター添え」

 

と、巨蟹宮のキャンサー。

 

「そっちはハマルソースの子羊(ラム)ステーキです」

 

と、白羊宮のアリエス。

 

「ごべんだざいっ」

 

ナツは吐いた。

 

 

 

「それにしても不思議な所だよな」

 

「あたしも星霊界がこんなふうになってるなんて知らなかった」

 

盛り上がりも一旦落ち着いた後、改めて星霊界の様相に感嘆の声を上げるルーシィたち。

 

星霊王がその言葉に反応する。

 

「それは当然。いくら古き友といえど、ここに招いたのはそなたが初めて」

 

星霊界と人間界の関わりは幾星霜の歳月を経ていて、それまで何人もの星霊魔導士が星霊を使役してきたが、ルーシィのように星霊界に訪れることを認められた星霊魔導士はいない。それはルーシィが持つ星霊魔導士としての素質以上に、星霊を仲間として大切に思う心故にこそだ。

 

星霊王の言葉に、ルーシィは顔を赤らめた。

 

「それだけ認められてるって事だな」

 

グレイがくしゃくしゃとルーシィの頭を撫でた。

 

「ちょっと! 何してんのー!」

 

ジュビアが嫉妬から猛った。

 

 

 

ポロン♪ ポロロン♪

 

祝宴もやがて終わりへと向かうなか、琴座のリラがハープを奏で始めた。リラは戦闘用の星霊ではなく、音楽が得意な遊戯用の星霊だ。月に三回しか呼べない契約を結んでいて、人間界ではあまり聞く機会はないが、この星霊界でなら存分にその歌に酔いしれることができる。

 

「古き友~私は見える。あなたがそこにいる」

 

人間と星霊が肩を組み合い、笑顔で喜びを分かち合う。

 

「古き友~私は誓う。決して、とぎれぬ絆」

 

そんな光景が見られるとは、星霊たちも思っていなかった。

 

「歩き出す無限の荒野。涙こらえて明日へと進む。あなたの為の星だから」

 

星霊がここまで人間に近づいたことはなかった。人間と星霊は主従関係。それが魔法界と星霊界の常識だった。

 

「私は輝ける。あなたの為の歌だから」

 

その垣根を越えて、星霊を友人として手を繋ごうとしてくれた一人の女の子。

 

「笑顔を見せて」

 

ルーシィが暗く沈んでいたから、その苦しみを拭い去ってあげたいと、星霊たちは思ったのだ。

 

 

 

心を癒す優しい旋律が、ルーシィの心に覆われた暗闇を晴らしていく。

 

ルーシィの脳裏には、今までの父親との思い出が駆け巡っている。

 

物心を覚えたあたりの仲睦まじい夫婦の様子。母親が亡くなって悲観に暮れる父親の姿。記憶がはっきりした頃には既に厳格で冷血な経営者の顔で、幼心に恐怖の対象だった。家族の情なんてないような父親への反骨心で飛び出したことで、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に巡り合えた。ファントムの襲撃の原因となった父親への失望と、決別を突き付けた時の唖然とした表情。全てを失ったことで、ようやく娘の顔を真っすぐと見つめてくれるようになった雪解けの日。

 

病院の一室で枯木のような体で横たわる痩身。商業ギルドの同業者に慕われ、多くの参列者が駆け付けた葬式。母親の隣に建てられた墓石。ルーシィの部屋に積み上げられた誕生日プレゼントと手紙の束。

 

次々と瞼の裏に過ぎる父親との人生。苦く辛い記憶ばかりで、親子らしい暖かい関係だったとは到底言えない。父親が亡くなってからは、白黒な光景ばかりがフラッシュバックしていた。

 

それでも、最後に見た父親の表情は、娘を想って穏やかな微笑みを浮かべていた。

 

ルーシィはようやく、その顔を思い出すことができた。

 

「ありがとう……みんな…………だいすき…………」

 

心の澱を洗い流すかのような涙が零れ、ルーシィは久しぶりに心から泣き、笑うことができた。

 

 

 

 

 

 

「古き友よ。そなたには我々がついてイル」

 

宴は終わり、星霊王を始め、多くの星霊たちがルーシィたちを見送っている。

 

ルーシィを死別の悲しみから立ち直って欲しいという気持ちが届いたことを星霊たちは喜んでいた。

 

「うん!!!」

 

その心強い祝福の言葉を受けて、ルーシィは満面の笑顔で頷いた。

 

「これからもよろしく頼むぜ」

 

「いつでも私たちを呼んでください」

 

「またギルドに顔出すよ」

 

「みなさん。ルーシィさんをこれからもよろしくお願いします!!」

 

星霊たちがこれからもルーシィの力になることを宣言し、それを受けてルーシィの仲間たちも笑顔で応えた。

 

「では!! 古き友に星の導きの加護があらん事を!!」

 

星霊王は外套を翻すと、星霊界の夜空へと溶けて消えていった。

 

「本当におまえは星霊に愛されているな」

 

「みんな最高の仲間だよ」

 

エルザが率直に褒めると、ルーシィは気恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 

星霊界での祝宴は本当に時も忘れる程に楽しく、星霊たちのルーシィを想う心を感じられた素敵な時間だった。

 

ルーシィは一生、この時の思い出を忘れることはないだろう。

 

とはいえ、祝宴も終わったとあれば、現実に戻らないといけないものだ。

 

「さーて! だいぶ遊んじまったし、帰ったらたっぷり修行しねーとな」

 

「そうだ! 3か月で他のギルドの奴等に追いつかねーと!」

 

ナツとグレイの言う通り、海で強化合宿の途中であり、大魔闘演武で優勝するために修行中の身だ。祝宴で英気を養った訳であり、これからの修行により一層励むことができるというものだ。

 

「そういえば一つ言い忘れてた事が」

 

気を入れ直したナツたちに、バルゴが重要な事を伝えてきた。

 

聞けば真っ青になる重要な事実を。

 

「星霊界は人間界とは時間の流れが違うのです」

 

「まさかそれって、こっちでの一年が人間界での一日……みてーな?」

 

「夢のような修行ゾーンなのかっ!?」

 

「いいえ逆です」

 

小説や漫画でありそうな展開に心躍らせる二人に、バルゴが絶望を突き付けた。

 

「星霊界で一日過ごすと人間界では3か月経ってます」

 

「……………………え?」

 

全員が茫然自失となった。現実が飲み込めず、頭が真っ白になったまま、いつの間にか星霊界から海辺へと帰ってきていた。

 

3か月。

 

海合宿は夏の真っ只中だった。そこから3か月経ったとすれば、秋になる。確かに吹きつける潮風は少し肌寒い。

 

ただそれ以上に、3か月とはもっと重要な意味を持っていた。

 

海合宿は3か月後の大魔闘演武に向けた修行だった。そして、既に人間界で3か月が経っているということは。

 

「みんな~待ちくたびれたぜ」

 

「大魔闘演武はもう五日後だぜ! すげー修行してきたんだろーなぁ!!」

 

取り残されていたジョットとドロイが期待した表情で声をかけてきた。二人にとっては三ヶ月間星霊界で修行してきたという認識なのだろう。否が応でも現実を理解させられた。

 

「終わった」

 

ナツたちが砂浜にばたりと倒れ込んだ。

 

「ヒゲ―!!! 時間返せーーーっ!!!!」

 

ルーシィの叫びが海へ響き渡った。

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