妖精の尻尾のリュウさん   作:ただの馬鹿

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遠き過去の記憶

大魔闘演武で無事、優勝することができたわい。我らが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の強さを世に知らしめることができた。これで儂らを守ってくれた初代に顔向けができるというものじゃ。

 

天狼島から帰ってきたときには、妖精の尻尾(フェアリーテイル)はフィオーレ最弱と言われておった。だからこそ、大魔闘演武を好機と捉え、かつての栄誉を取り戻すべく出場することにした。

 

マカオの奴は妖精の尻尾(フェアリーテイル)の名を落としてしまって不甲斐ないと言っておったが、それを言うならば、7年間もガキどもを放置した儂の方が立つ瀬がないわい。ずっと儂等の帰る場所を守り続けてくれただけでも十分じゃ。立派にマスターを成し遂げたと言える。

 

とはいえ、儂等が帰ってきたことで、マカオはマスターを返上すると言ってきおった。7年間の経験があるとはいえ、癖があり、やんちゃなガキどもをまとめ上げるには腕っ節の強さは必要じゃ。ナツを筆頭に問題児どもをさばくには荷が重いと笑っておった。惜しく思いつつも現実的に見て、マカオの気持ちを汲むことにした。

 

次のマスターはギルダーツ。ギルド最強の男として称えられ、その実力は折り紙付き。今までは仕事にかまけてばかりでギルドに帰ってくるのが稀だったのがネックじゃったが、今はカナという実の娘もおるし、責任をもってギルドを率いてくれることじゃろう。儂もようやく引退の時が来たということか…………。

 

なんて思っておったら、ギルダーツの奴は置き手紙だけおいていなくなりおったわ!

 

ガラじゃないなんて何を言うておるのか、と憤りつつも、自由気ままに動く雲のような在り方には清々しさまで感じるわい。ありゃ一生治らんな。

 

結局、儂がまたマスターに就任することとなった。こうなりゃ死ぬまでやってやろう。生涯現役じゃ。

 

そうして昔のようなギルドに戻り、そして昔の名誉を取り戻すべく出場したのが大魔闘演武。儂らがいない間になんとも粋なイベントを企画したものじゃのう。儂の人生でここまで大々的な催し物はなかったわい。

 

魔導士ギルドのあり方も大きく変わったように感じるのう。

 

魔導士とは魔法を扱う者。そして魔導士の数はこの国において1割程度じゃ。魔導士がいない集落も珍しくなく、魔法に対して理解が少ないことで、偏見や差別も横行するものじゃった。うちのガキどもも、魔法由来の迫害にあった者もいて、魔導士というものは必ずしも受け入れられる存在ではなかった。

 

儂が生まれる前はこの国は戦乱期であり、領土争いが絶えなかったという。そんな戦争で駆り出されるのが魔導士じゃ。非魔導士が鉄剣や弓矢で小競り合いを続ける一方で、超常現象を引き起こす魔導士は戦局をひっくり返すほどの活躍ができた。領主たちはこぞって魔導士たちに参戦依頼を出しておったらしい。つまりは傭兵じゃ。

 

初代ギルドマスターメイビスの呼び名、妖精軍師もこの時の活躍で生まれたという。

 

傭兵とは総じて疎まれやすい。金銭次第で雇われ、己が身で闘う兵士たちに得体のしれない術で攻撃してくる卑怯な者たち。騎士道に悖る下賤な輩。そういう風に見られておったそうじゃ。

 

まったく。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士は未知なる冒険に挑むために集った同志であり、戦争に関わったのも終わらぬ混乱を見かねて、自らの正義を問うた末に下した苦渋の決断だったと聞いた。かつての仲間(家族)が歩んだ苦難の道を思うとやりきれんものがあるのう。

 

とはいえ、荒くれものばかりというのは否定できん。儂もその喧騒の中、生まれ育った訳じゃしのう。我が父ユーリと我が母リタに連れられて、物心ついた時からギルドには通っていた。その影響も受けて、儂も若かりし頃は武闘派として名を馳せたものじゃ。

 

おっと、脱線しかけたの。

 

つまり魔導士の様相は変遷を遂げておるということじゃ。かつての魔導士は傭兵としての活躍が求められ、それに応じて大衆からは好ましく思われてなかった。だが、時代が下るにつれ、この国は平和を維持し続けるとともに、現在の魔導士も便利屋のような仕事をこなすようになり、広くその活躍が知られるようになった。また魔水晶(ラクリマ)を用いた生活魔法が社会基盤を支えるようになり、魔法に対する理解も浸透していった。魔導士は人々とともに支え合う立場であると認められ、いまや尊敬や憧れの的にもなっておる。

 

その一つの到達点が大魔闘演武ということなのじゃろう。

 

闘技場にはフィオーレ中から観客が殺到し、映像魔水晶(ラクリマ)を通して大陸中の国民に視聴される。魔導士の知名度や人気が窺えるというものじゃ。

 

そんな大魔闘演武で優勝できたということは、名実ともに妖精の尻尾(フェアリーテイル)はフィオーレ一のギルドに返り咲くことができたということ。これで一つ、初代と帰りを待っておった者たちに恩返しができた。

 

そう安心するのも束の間、事態は急転した。

 

 

 

大魔闘演武が幕を閉じたその夜。フィオーレ王国のトーマ国王から知らされた話に耳を疑った。

 

それはドラゴンの大群が首都クロッカスを襲撃するというもの。ドラゴンは伝説上の生き物であり、現代では既に滅亡した種族じゃ。荒唐無稽な話だと一笑に付すようなものじゃろうが、儂等は眉唾物だと捨てる訳にはいかんかった。うちのギルドにはドラゴンに育てられたガキどもがおるし、更には7年間も帰りが遅くなったのも、ドラゴンの仕業だったからじゃ。

 

そして本当にドラゴンは来襲した。

 

聞いたように1万頭という前代未聞の数ではなかったが、実に7頭ものドラゴンが現れた。空の彼方からではなく、街中にいきなり出現したみたいじゃが、些細な問題じゃ。全身全霊を以て対抗することには変わらん。それにドラゴンとは少し違う小型竜が数多く産み落とされ、結局は多対多の混戦となりおった。

 

ドラゴンには滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)が、小型竜はその他の魔導士が相対することとなった。その戦況は、劣勢になったと言わざるを得ん。滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)はドラゴンに対する決定打がなく足止めに苦慮し、小型竜の物量に押し負けかけていた魔導士たちはいつ犠牲者が出てもおかしくなかった。

 

そんな絶体絶命の状況に、彼女が、リュウさんがようやっと戻ってきた。

 

儂は小型竜の迎撃に出ておったから、彼女がいつ来てどう動いたかは分からぬ。だが、ドラゴンたちが拘束され、小型竜が動きを止めたのは彼女のおかげだと後から聞いて分かった。命を失う瀬戸際におった者たちを彼女は掬い上げたのじゃ。

 

相も変わらず出鱈目な権能()じゃの。ずっと追いかけた背中だというのに、この年にもなっても未だに追いつけた気がせんわい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てが無事に終わった。ガキどももドラゴンとの戦いを生き延び、他のギルドも目立った死傷者はいなかった。ドラゴンという規格外と戦い、この結果は奇跡じゃ。

 

その立役者も、ようやくギルドに合流した。後はマグノリアに凱旋するのみ、と思っておったが、王国側から大魔闘演武の労いとドラゴンとの戦いで迷惑をかけたことの詫びを兼ねた祝賀会を開くということで王宮へと招待された。箝口令を敷かれたが、どうやら王国側の暗躍がドラゴンの襲来を招いたとのことらしい。王族一同が頭を下げた光景は胃に来るものがあるが、王宮の盛大な宴の歓待を受けることに否やはない。

 

数日後、宮殿の絢爛豪華な大ホールで煌びやかなドレスやタキシードを身に纏い、豪勢な料理と高価な酒に舌鼓を打つこととなった。

 

長い人生で、宮殿で饗応を受けることになるとは想像だにしなかったのう。長生きはするものじゃな。

 

出場者だけではなく応援に来ていたガキどもも参加して良いとのことじゃったから、ここには妖精の尻尾(フェアリーテイル)の全メンバーが参加しておる。優勝ギルド以外も、本選に参加した他のギルドの者たちも呼ばれており、みな和気藹々と親交を深めておる。特に剣咬の虎(セイバートゥース)とは、大魔闘演武中の対立とは一転して、互いに認め合い、友好関係を築くことができておった。それもこれも、ガキどもが信念を貫き、体当たりで彼らとぶつかったからじゃろう。

 

青春じゃなあ。

 

「な~に、しみじみとしてるの。マカロフ坊」

 

「リュウさん」

 

ヤン坊と酒を飲み交わしているところに彼女がやって来た。彼女は大魔闘演武に関わっていなかったからと言って遠慮しようとしておったが、ドラゴンとの戦いでみなを守った功績から、ヒスイ姫が是非にと誘ったことで参加することとなった。

 

その格好はいつも通り飾り気の少ない白衣を身に纏っているだけで、他の女性陣が豪華なドレスで着飾っているのと対照的じゃったが、そもそもの素の美貌が存在感を有しておるので見劣りするなんてことはまったくない。

 

それでも、どうせなら綺麗なドレス姿が見たかったと年甲斐もなく思ってしまったわい。

 

「リュウスんか。ひさスぶりじゃの」

 

「やあ、ヤジマ坊、久しぶり」

 

「ようやっと、元の妖精の尻尾(フェアリーテイル)に戻れて良かったのう。スんごく心配しておった」

 

「ヤジマ坊も、7年間色々支えてくれてありがとうねぇ」

 

ヤン坊の奴もリュウさんの帰還を喜んでおる。元々妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員で、辞めて評議院入りしたとはいえ、彼女との付き合いは古く仲も悪くない。

 

彼女とヤン坊は乾杯するとグラスを傾けた。ヤン坊はちびちびと飲むのに対して、酒豪である彼女は一息にシャンパンを流し込みおった。

 

「ふぅ、やっぱり良いものを揃えてるねぇ。流石と言うべきかな」

 

「相も変わらずワクじゃのう」

 

「もう一杯いただこうかな」

 

彼女はすぐにおかわりを頂きに給仕に話しかけにいった。7年ぶりの再会に感傷的になっている様子はなく、あくまで普段通りの様子じゃった。それは儂等の帰還を何とも思っていない、なんて訳がなかろうて。マカオたちからも知らされた通り、儂等のことを知らされた時の様子は尋常じゃないものだったとのことじゃ。それは儂でも知らない彼女の一面で、そこまで想われていたことに不覚にもじ~んと胸に来るものがあったわい。

 

「まったく、彼女は変わらないのう、マー坊」

 

「それが彼女の良いとこじゃ、ヤン坊」

 

儂もヤン坊も年老いた。ヤン坊は既に評議院を辞め、趣味だった料理から、レストランを経営しており、優雅に余生を過ごしておる。一方で儂は現役ギルドマスターでまだまだ踏ん張らなくちゃならん。ただ、二人とも、既に老い先短い身。旅路の終着点を前に、人生を振り返ることが度々ある。

 

そんな人生の中で、既に記憶も薄れる若き日々からずっと変わらない姿で居続けておることがなんと支えになることか。ギルドが変わりゆくなか、彼女と語らうことでギルドの古木の香りと遠き過去の喧騒を想起し、懐古の情を抱くことができる。

 

無鉄砲な青春から、悩み多き朱夏、道が定まった白秋、そして若き芽らの開花を待ち望む玄冬と、人生の四季折々に必ずそこにいた彼女の微笑みを思い出せば、儂等はいくらでも昔の自分に立ち返ることができる。

 

儂やヤン坊、ポーリュシカの奴も彼女より先に旅立つじゃろう。そのことを申し訳なく思うが、今もギルドのガキどもに囲まれている光景を眺めておると安心してしまうのう。みな口々に感謝と喜びを伝えておる。他のギルドのものも遠巻きに見ておるが、決して排他的ではなく、興味関心といった友好的なものじゃ。彼女は孤独じゃない、と思うのは定命の者の願望に過ぎないのじゃろうか。

 

叶う事なら我が人生、彼女が隠していた秘密を打ち明けてくれるまでに至りたいものじゃ。

 

 

 

その彼女は今はヒスイ姫と談笑をしておる。今回の事件はヒスイ姫が主導で引き起こしたとのことじゃが、それは王国を守りたいという一心じゃったらしい。騙されておったとはいえ、自らが引き起こした事態に罪悪感を抱いておる様子じゃった。彼女のおかげで人的被害が抑えられたとはいえ、一歩間違えれば尊い人命が失われておったことじゃろう。

 

だからこそ、ヒスイ姫は深く頭を下げて謝意を伝えておる。

 

「リュウ様。この度私の未熟さと浅慮が引き起こした事態を収拾してくださって誠にありがとうございました」

 

「リュウさんって呼んでねぇ、ヒスイ嬢。今回は運良く私が間に合ったけれど、これからも誰かがカバーしてくれるとは限らないからさ。王族の決断は、今回以上の被害を生み出すかもしれないほど、重大で責任が伴うもの。猿に木登り河童に水練みたいなお小言だけど、既に痛感しているみたいだからねぇ」

 

「…………はい」

 

「なら何も言う事はないさ。王国を守ろうという意思と手痛い経験があれば、道を違えることはないだろうさ。これからのフィオーレは安泰だろうねぇ」

 

「……いえ……いや、はい。私はこの失敗を絶対に忘れず、必ず活かすようにします。本当にありがとうございました。リュウさん」

 

どうやら、後腐れもなく終わりそうじゃの。ヒスイ姫のやらかしを尻拭いしたことも特に何とも思ってなさそうで責めるような言葉をつくこともなかったが、それがかえってヒスイ姫の決意を固めたみたいじゃ。ヒスイ姫の表情は決然としたものがあり、覇気に満ち溢れておる。

 

次期女王とも目される箱入り娘が一皮むけて成長した。一国民として喜ばしいことじゃわい。かつてのイシュガルみたいに混迷を極めるなんてこともなかろうて。

 

 

 

なんて明るい未来を予感しながら二人のやり取りを見ておったが、別の場所で言い争いが始まりおった。だがそれは悪口の応酬みたいではなく、一人の娘を巡る争奪戦のようじゃった。

 

どうやら、剣咬の虎(セイバートゥース)が一度は放逐したユキノをもう一度ギルドに戻ってきて欲しいとスティングたちが頼み込んだことが発端らしい。

 

かつての剣咬の虎(セイバートゥース)は元マスターの影響を受け、勝利と統制を第一に掲げたギルドを至上のものだと刷り込まれておったが、内部のいざこざとガキどもの勇姿を目の当たりにして、一から建て直すこととしたらしい。マスタージエンマは行方知らずとなり、新しいマスタースティングの元、ユキノを加えて、仲間を大切にするギルドを目指すとのことじゃ。

 

そこに異議を唱えたのが人魚の踵(マーメイドヒール)のカグラ。大魔闘演武でユキノとの一騎打ちに勝利したカグラはその時にした賭け事を持ち出して、自分たちの仲間にすると言った。

 

横槍を受けて、スティングがカグラとバチバチと睨み合うところに、更に争奪戦に加わるものがおった。

 

「待てーーーい!!! それはウチも黙ってられんな」

 

「いいや、君のような美しい女性は僕たちのギルドでこそ輝くものさ」

 

「そういう事なら我々もユキノ争奪戦に参加しよう」

 

「漢くせぇギルドに一輪の華ってのも魂が震えらぁ」

 

というより全てのギルドが手を挙げておったわ。

 

「ちょ、ちょっと皆様……」

 

当の本人が困惑しておるが、ギルド総出で迎えようというのならマスターとして黙ってはおられんの。

 

「やってやろうじゃねえか」

 

「大会の憂さ晴らしに丁度いいぜ」

 

「回るよ」

 

「若い頃の血がふつふつしちゃうわ~」

 

儂だけじゃなく、他のマスターたちも滾っておるわい。

 

「マスターたちまで……どうしよう……」

 

「愛だね」

 

「ウェンディ嬢、シェリア嬢。巻き込まれたくなかったら今の内に下がった方が良いよ」

 

「あ、リュウさん!」

 

「わ~! あなたがリュウさん!? 愛に溢れているんだね!」

 

「やあ、初めまして。親交を深めるのも良いけど、とばっちりを食らうのも勘弁だから一緒に端に寄ろうか。ほら、メイビスも」

 

「ありがとうございます、リュウさん」

 

彼女たちが退避する一瞬の静寂の後、争奪戦の火蓋が切って落とされた。

 

「オラーーー!!!!!」

 

「食らえーーーーー!!!」

 

「やっちまえーーーっ!!!!」

 

「マカロフの髪を毟れ!!!」

 

やめんかっ!

 

「バカヤロォ!!!」

 

「ババア脱ぐなーーーっ!!」

 

やめいっ!! 目が腐る!!!

 

「大乱闘だーーーーーーっ!!!」

 

殴り合い掴み合いの実力行使。血気盛んな奴らが有り余る熱をぶつけ合うのに触発され、年甲斐もなく滾ってしまったわい。

 

時代が下り、魔導士の在り方も大きく変わったとは言え、結局本質は変わりそうにないの。向こう見ずで我儘な奴等じゃわい。儂も含めてな。

 

そして、仲間思いであることも。

 

ユキノを巡る争いじゃが、全員が共通して持つ思いは彼女の居場所になりたいという純粋な想いじゃ。ユキノは嬉し涙を流しておった。であれば、この馬鹿騒ぎにも意味があったというもの。

 

とはいえ、収拾がつかなくなるのはよろしくないの。そう思っておったら、バルコニーにいた騎士団長が一喝して争奪戦を止めてくれたわい。

 

「皆の者!! そこまでだ!!! 陛下がお見えになる」

 

ピタリと騒動は鎮まった。流石に国王を前に争い続けるような非常識はおらんか。儂も参戦した手前言い辛いが、そこまで頭の螺子が外れたような奴はおらんで幸いだわい。

 

「この度の大魔闘演武の武勇と国の危機を救った労をねぎらい、陛下直々に挨拶なされる。心せよ」

 

と思ったのが罰当たりだったのか。登壇してきた奴を見て、口から魂が抜けた。

 

「皆の衆!!! 楽にせよ!!!! かーーーーーっかっかっかっかっかぁ!!!!!」

 

ナツの馬鹿者めが、国王の王冠とマントを奪って我が物顔で高笑いしておった。

 

誰しもが白目を剥いて呆然としておるが、儂のはもう周りを見ておる余裕なんてねえわい。

 

胃が! 頭が痛い!! ストレスで毛が!!!

 

「俺が王様だーーーっ!!! 王様になったぞーーーっ!!!!!!」

 

「返すカボ! 返すカボ!」

 

呆然と沈黙しているホールに響く、ナツの馬鹿笑いとマスコットキャラクターのマト―くん、いや国王トーマの悲痛な声。

 

「いいだろ優勝したんだからっ。俺にも王様やらせろよ。お前ら子分な! あーーーはっはっはっは……」

 

「へぇ…………ナツ坊が王様にねぇ…………」

 

そして、彼女の穏やかな美声。

 

全員がビクゥっと肩を震え上がらせた。ナツもだ。

 

「りゅ、りゅう……さん…………」

 

「おや、リュウさんだなんて。王様で偉いんだからいつも通り呼び捨てにすれば良いのに……ねぇ、ナツ国王陛下?」

 

調子の乗っていたナツが遠目でも分かるくらい冷や汗をダラダラと流しておる。それを見て溜飲が下がったわい。

 

久しぶりに見たのう。リュウさんの逆鱗モード。儂も若い頃一度だけ大目玉食らった事があったが、この記憶だけは永遠に封印しておきたかったが、今の彼女の姿から連鎖して思い出してしもうたわい。背筋が凍る思いじゃ。

 

大概の悪ふざけは笑って見守る彼女じゃが、どうやら一線を越えてしまったようじゃの。ご愁傷様じゃ、ナツ。

 

支配(ドミネイト)

 

彼女がそう呟くとナツがかくんと力を失い、その場に立ち竦む。意識を失っておるようじゃが、そのまま操り人形のようにホールに降りてくると、彼女とともに外へと向かっていった。

 

「りゅ、りゅう様?」

 

誰もが固唾を呑んで見守るなか、ヒスイ姫が声をかけたが相当な勇者じゃの。これだけでも王国の前途は明るいわい、なんてズレたことを考えてしまった。

 

彼女がにっこりと笑って会釈する。空恐ろしい。

 

「え、っと…………ナツ、さまは…………?」

 

「大丈夫。大丈夫だよ、ヒスイ嬢」

 

「あの、その…………」

 

「大丈夫。大丈夫だよ、ヒスイ嬢」

 

「あ、はい」

 

「うん。みんなもそのまま楽しんで頂戴な。私は一足先に失礼するよ。さ、ナツ坊、行こうか」

 

そう言って彼女とナツはこの場からいなくなってしまった。

 

楽しむなんて空気じゃないわい。その後も、トーマ国王の祝辞や舞踏会が続いたが、全員の脳裏にナツの末路が焼き付いておったことじゃろう。解散する時も、ナツの弔辞を述べられたわ。

 

 

 

翌日、ナツは品行方正で規行矩歩で謹厳実直な好青年になっておった。

 

…………妖精の尻尾(フェアリーテイル)のみならず、その他のギルド、王国すべてが彼女を怒らせまいと心に誓ったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マグノリアに凱旋し、住民から大々的に歓迎を受けた。隣の街からも人が押し寄せ、大魔闘演武で活躍したガキどもを一目見ようと列をなしておった。

 

この7年間、マグノリアでの評価は黄昏の鬼(トワイライトオウガ)と二分しておったが、今回で確固たる立場を築き直すことができたと言えるじゃろう。反目し合ったらしい奴らが掌返したように歓声を上げていたが、大魔闘演武での活躍が奴らの侮りを覆したとなれば喜ばしいことじゃ。

 

これで完全に汚名は払拭できたと言えよう。

 

町長も快く儂らの帰還を受け止めており、妖精の尻尾(フェアリーテイル)をマグノリアの誉れとまで称賛してくれた上に、手入れが行き届いていなかったギルドの改修や掃除を行って新築同然にしてくれた。リュウさんのおかげで常日頃から住民たちとの距離は近かったが、ここまでギルドに心遣いをしてくれようとは思わなんだ。まさかのサプライズに、マグノリアへの感謝が深まるばかりじゃわい。

 

ナツが優勝の証として、国王杯を掲げたことで、より一層住民たちが歓声を上げた。優勝の喜びを分かち合うことができた一日となった。

 

あ、数日も経てば、ナツは元通りになったわい。良かったと安堵するべきか、残念だと思うべきか。ただ、元通りになった後もしばらく彼女に近寄らなくなったがのう。

 

 

 

マグノリアの住民も巻き込んで数日間はパーティーをしておったが、優勝の興奮も落ち着いてくると普段通りの日々に戻っていく。ガキどももクエストに出かけ、儂はガキどもを見守りながら積まれていく始末書に頭を痛め、彼女はマグノリアの便利屋として細々とした仕事をしたらギルドに戻って酒を飲む。

 

そんな、当たり前の光景を7年越しに取り戻すことができた。

 

とはいえ、大魔闘演武の優勝は大陸中に知れ渡ったため、7年前以上の忙しさで目が回るような日々を送るようになった。次から次へと振ってくる仕事の山を捌いていくのも慣れるのに時間がかかりそうじゃ。

 

更に、ナツやグレイは、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の創設者、ウォーロッド・シーケンからも使命の依頼が回されるほどになった。更にはその依頼も無事に解決することができ、更なる躍進が期待できる程に成長しておった。

 

ギルドの未来は明るい。そう思った。

 

 

 

ただ、その依頼にはきな臭い動きがあったという。

 

冥府の門(タルタロス)

 

闇ギルドの頂点に君臨するバラム同盟、その残された最後の一角。本拠地も構成員も目的も活動内容も、一切合切が闇に包まれた正体不明の不気味なギルド。儂も暗部の動向に目を光らせ、独自に情報収集を続けておるが未だに全貌が見えないギルドじゃ。それがナツ達が受けた依頼から、遂にその足取りを掴むことができたらしい。

 

悪魔化した魔導士、下部組織夢魔の眼(サキュバス・アイ)剣咬の虎(セイバートゥース)のミネルバ、滅悪魔導士(デビルスレイヤー)、ゼレフ書の悪魔と、END。

 

どうやら水面下で闇が蠢動しておるようじゃ。またもや大きな試練に直面する予感がするのう。まったく、あの帝国の存在も忘れてはならぬというのに。気が抜けない日々が続きそうじゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嫌な予感が的中したのは、ギルドの門扉からジョットとドロイが駆け込んだ時じゃ。

 

「大変だぁーーーっ!!! 大ニュースーーー!!!」

 

握りしめた朝刊を儂らの前で広げると、その一面に書かれた内容に誰しもが絶句した。

 

「評議院が襲撃!? ぜ、全滅だって!!?」

 

「は、はあぁっ!!?」

 

「ど、どういうことだよ!!!」

 

それは魔法界の秩序を牽引する評議院が何者かによって襲撃を受け、現役評議員9人全員の死亡が確認され、死傷者数も膨大な数にのぼるというものじゃった。

 

有り得ぬ。評議院は正しく魔法界の中枢。そのセキュリティや警備する魔導士のレベルも高く、生半可な襲撃じゃ容易く返り討ちになるはずじゃ。それが悉くを破壊せしめようとは。

 

まさか、とあのギルドが脳裏に過ぎる中、儂の隣で朝刊に目を通していたリュウさんが寂しそうに呟いた。

 

「そう……オーグ坊も、ラハール坊もかな……仕事がなくなっちゃったねぇ…………」

 

それを聞いて儂も思い出した。前の評議院で妖精の尻尾(フェアリーテイル)を目の敵にしておったオーグ老師。かつては彼女を巡って対立しておったが、新生評議院では擁護する面も見られ、強硬派から穏健派に変わった評議員じゃ。正直儂は好ましく思っておらんかったが、彼女は付き合いはそれなりにあったらしく、彼女はまた親しい間柄に先立たれたみたいじゃ。

 

また、ラハールという者も知っておる。彼女が評議院で契約魔法の手解きを行っていた評議員の内の一人じゃ。彼女との雑談で度々出る名前じゃったから覚えておった。彼女は知人のみならず弟子も失ってしまったらしい。

 

後はメストの奴は無事じゃろうか。評議院に記憶を捏造してまでもスパイ活動をしてくれておる奴じゃ。朝刊の犠牲者一覧には載ってないから生きておると信じたい。これ以上、彼女を悲しませるような犠牲者がいないことを祈るばかりじゃ。

 

彼女の表情に何と声をかければ良いか分からなくなった。数多くの仲間(家族)を見送り続け、その度に沈痛な面持ちで献杯を行う彼女を餓鬼の頃から見ておるが、今になっても正しい言葉をかけてやることができない歯がゆさがあった。

 

 

 

だが、儂も立て続けに起きる事態に余裕を失ってしまった。

 

それは妖精の尻尾(フェアリーテイル)に急患として運ばれた者たちに冷静でいられなくなってしまったからじゃ。

 

ヤン坊のレストランでアルバイトしておった雷神衆、そして我が孫、ラクサス。元評議員も標的にしていた敵は、ヤン坊の命を狙いに白昼堂々襲撃しおった。襲撃自体は居合わせたラクサスが敵を返り討ちにして防ぎ、ヤン坊たちの命は救われた。

 

じゃが敵は自爆と共に、有害な魔障粒子を街中にばら撒いた。魔障粒子は、魔力の源であるエーテルナノを破壊し汚染する性質があり、魔力の器を体内に宿す魔導士はもちろん、非魔導士にとっても致命的な危険な物質じゃ。

 

ラクサスに敵わぬと見た襲撃者が卑怯にも魔障粒子を飛散し、あろうことかラクサスは街の住民たちを守るために魔障粒子を全て吸い込もうとした。

 

それを聞いた時、憤慨した。卑劣な敵にも、我が身も省みず自殺行為を図ったラクサスにもじゃ。決して、他の者を見捨てよなんてことを言うつもりはない。じゃが、どんなに尊い行いであれ、大切な家族が己が命を捨てようなぞ、親として認める訳にはいかんのじゃ。

 

息も絶え絶えになりながら、ラクサスたちをギルドまで連れ帰ってくれたフリードに感謝しながら、診察を終えたポーリュシカに詰め寄った。

 

「ポーリュシカ!!! ラクサスたちはどうなんだ!!? 無事なのか!!? おい!!!」

 

「大丈夫、生きてはいるよ……かなり魔障粒子に侵されているけどね。元々少量の摂取でも命にかかわる危険な毒物だ。特にラクサスは体内汚染が酷かった……ここまで生きて帰ってこれただけでも幸運だよ」

 

ポーリュシカは病室を眺めながら説明した。その表情は険しくも、決して悲観に暮れたものではなかった。

 

なぜなら今も病室で治療を行っている彼女への絶大な信頼があるからだ。儂も純白の光に包まれている病室に目を向けると少し冷静さを取り戻すことができた。

 

彼女が権能()を行使し、ラクサスたちを救おうとしている姿が目に映った。

 

太極(たいきょく)神留座(かむづまりま)御祖神龍(ごそしんりゅう)(みこと)(もち)て 神代(かみよ)より(たまわ)りし御世(みよ)(ころろ)黄泉軍(よもついくさ)を 御禊祓(みそぎはら)(たま)ひし(とき)生座(あれませ)祓戸(はらえど)竜王(りゅうおう) 諸々(もろもろ)枉事(まがごと)罪穢(つみけがれ)を (はら)(たま)(きよ)(ため)へと (もう)(こと)(よし)を (かみ)(たつ)(とも)に (あま)斑駒(ふちこま)耳振立(みみふりたて)聞食(きこしめ)せと (かしこ)(かしこ)(もう)す』

 

彼女が紡ぐ神聖で霊妙な祝詞が清浄な領域を構築しておる。彼女の有する権能()、《浄化》の能力が仲間(家族)を蝕む邪悪を消し去っていく。

 

『禊祓詞:千金の珠は必ず九重の淵の而も驪龍の頷下に有り』

 

最後に彼女が呪文を唱えると、病室に満ちていた純白の光が収縮していき、悶え苦しむラクサスたちの体内へと吸収していく。そして、光が収まった所には、安らかな表情で寝息を立てるラクサスたちの姿があった。

 

ほっと安堵の溜息を吐く儂とは別に、ポーリュシカは呆れたように鼻息を鳴らした。

 

「まったく。あんたがいると商売あがったりさね。何度店仕舞いしようと思ったことか」

 

「たった一人の固有の権能()より、人類が積み上げる叡智の結晶の方が尊く素晴らしいものだよ。ポリュ嬢。ここは緊急ってことで私に華を譲って頂戴な」

 

平然と笑いかける彼女じゃったが、よく見ると脂汗が滲んでいて、若干の疲労が見て取れた。いつも人知を超えた権能()を恣に扱っておるように見えるが、付き合いの長い儂やポーリュシカなら彼女の負担が軽いものではないことをよく理解しておる。

 

リュウさんは全知全能の神という訳じゃない。そのことを決して忘れてはいけないのだ。

 

「う、ラクサスは……あの町は無事ですか?」

 

ベッドに横たわっていたフリードが上体を起き上がらせようとしながら問いかけて来る。魔障粒子に侵されてはおったが、ラクサスの自己犠牲のおかげで比較的軽度な状態であったため、彼女の《浄化》で口をきくことができるようになったようじゃ。

 

だが、儂はその縋るような問いに答えを詰まらせかけた。その間にも、リュウさんが代わりに即答してくれた。

 

「もちろんだよ、フリード坊。ラクサス坊が頑張ってくれたおかげさ」

 

「良かった……」

 

安堵のため息をつくフリードの肩に手を置きながら、彼女は優しく語りかけた。

 

「ほら、フリード坊。まずは体を休めないと。魔障粒子を取り除いたとはいえ、すぐに動くと体に毒だよ」

 

「い、いえ。俺も、動かないと……奴等が」

 

「大丈夫。他のみんなに任せて。必要な時には起こすから」

 

そういって彼女は何かを口ずさむと、フリードは目を閉じて意識を手放した。その体を再度ゆっくりとベッドに横たえて、布団をかけ直した。

 

彼女の権能()でフリードは眠りに落ちた。その配慮を有難く思う。

 

実は、ラクサスが命を省みず救おうとした町はいま壊滅的な被害に見舞われている。魔障粒子の拡散範囲は拡大の一途を辿り、死傷者共に増加している悲惨な状況だった。

 

ラクサスの決死の行動が無駄だったなどとは口が裂けても言えんし、誰にも言わせるつもりなどない。だが、フリードの想像と大きくかけ離れた現実であり、フリードの希うような視線に口を開くのを躊躇ってしまった。

 

なんと不甲斐ないことか。自分自身への苛立ちと、それ以上の怒りが下手人に対して湧き上がってくる。

 

それの名は、冥府の門(タルタロス)。奴らは元評議員を含めた全評議員の殺戮を行おうとしておる。敵の正体と狙いをギルドまで持ち帰ってくれたフリードたちに感謝しながら、ギルド全員が戦意を高めていく。

 

みなの総意は、ナツの一言に集約された。

 

「戦争だ」

 

 

 

 

 

 

冥府の門(タルタロス)との全面戦争。

 

じゃが、奴らは情報が少なすぎる。本拠地も分からなければ、目的も分からん。闇雲に探しても無駄骨でしかない。

 

唯一の手がかりは、現評議員を抹殺した後は、元評議員の命も標的にしているということ。とはいえ、元評議員の住所は秘匿情報。悪用されないためといっても、敵の襲撃を防ごうとする今では歯痒いものじゃった。

 

そこにその情報を握る者が現れた。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員で、ルーシィの契約星霊であるロキじゃ。なぜそんな情報を得られたのか、と思えば、どうやら元評議員の身内女性を誑し込んで得たものらしい。星霊なのに、と思わんでもないが今更じゃの。今は感謝するとするか。

 

ロキのおかげで、元評議員4名の住所が分かった。それなら行動を起こすことができる。チームを結成して、元評議員を守りつつ迎撃し、合わせて他の元評議員の住所や冥府の門(タルタロス)が命を狙う理由といった情報を聞き出す。

 

細い糸を手繰り寄せるような方法だが、やるべきことを見据えた妖精の尻尾(フェアリーテイル)は無類の実力と団結を発揮することができる。ギルドの力を結集すれば、正体不明の冥府の門(タルタロス)であろうと打ち破ることができよう。

 

だが、彼女は一人だけ別行動を行うこととなった。

 

「私はヤジマ坊の町に行くとするよ。これ以上の拡大は放置できないし、自然消滅するのも時間がかかる。それに、フリード坊に申し訳が立たないからねぇ」

 

「そうか……気をつけてくれよ」

 

見送りながらも心配は拭えない。先程ラクサスたちを蝕む魔障粒子を除去したことでも多少なりとも疲労が見えた。それが町一帯となった場合、大きな負担となろうことは分かっておる。それでも、命を救い、ラクサスの献身に報い、フリードの希望を掬い上げようとしてくれる彼女を止めることはできん。

 

ならば儂等にできることは、冥府の門(タルタロス)を撃破し、ギルドで彼女の帰還を待つことだけじゃ。

 

儂は壇上で決起を呼びかけた。

 

「敵は冥府の門(タルタロス)!!! 六魔将軍(オラシオンセイス)悪魔の心臓(グリモアハート)に並ぶバラム同盟の一角!!! しかし!!! 儂等はその二つを撃破してきた!!! 冥府の門(タルタロス)も同じように我々を敵に回した事を後悔するだろう!!!」

 

ラクサスたちの瀕死の姿を思い出す。

 

「仲間がやられた!!! それは自身の痛み!!! 仲間の流した血は我が体より流れた血と同じ!!! この痛みを……苦しみを闘志と変えて敵を討て!!! 我等は正義ではない!!! 我等は意志で動く!!!」

 

妖精たちが雄叫びを上げた。

 

「我等が絆と誇りにかけて!!! 家族の敵を駆逐する!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遥か昔のことじゃ。

 

父ユーリと母リタに連れられ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)を訪れた時が最初の記憶じゃ。

 

当時はギルドも新築で、今はもういない大人たちの喧騒があった。色褪せた古写真のようにぼやけた記憶じゃ。その時、ギルドにどんな印象を抱いたとか、どんな会話をしたとか、最早虫食いだらけで思い出すことも叶わない。

 

だが、その時に出会った彼女だけは明確に憶えておる。その美しさ、その色彩、その声色、その佇まい、全てが衝撃的で幼心に魂の奥深くまで刻み込まれたために。

 

当時と現在で、姿形が一切変わっておらん。若い頃はともかく、彼女が不老であろうとも不死であろうとも今さら気にするようなものではない。彼女が大切な仲間(家族)であることは揺るがぬ事実である故に。

 

 

 

じゃが、全てがまったく変わっていない訳じゃない。

 

儂が初めて彼女と言葉を交わした時。

 

「あ、ぇ、ぼ、ぼくとけっこん、くだしゃい」

 

…………ぬおおおぉぉ、黒歴史じゃ。忘れてしまいたいのに忘れられない過去じゃ。

 

たどたどしく求婚してしまった幼年期の儂を父がからかいながら頭を撫で、母が微笑ましく頬に手を当てているなか、彼女がその綺麗な瞳で見つめてきた。超然とした雰囲気を身に纏い、無表情で儂を見つめていた。

 

「ふむ。人間とは早熟なものだと分かってはいたが、まさか幼児に求愛されようとはな。なるほど、やはり(わたし)もまだまだ蒙昧の身であったか」

 

「んな小難しいこと言ってねーで早く袖にしてやれよ、リュウ」

 

「ちょっと、言い方があるでしょ、ユーリ。リュウさん、きちんと返事をしてもらっても良いかしら。折角この子が勇気を出したんだから」

 

「…………そうか。人間の求愛行動は言葉で是非を決めるのか。また一つ学びを得た。感謝する、ユーリ坊、リタ嬢」

 

父母に催促され、彼女がぎこちなく口角を上げた。その不器用な笑みを未だに記憶に残っている。

 

「すまない。(わたし)には為すべき贖罪(しめい)があるゆえ、汝の求愛に応えることはできない。なに、(わたし)よりも素敵な人間に出会えるはずさ、マカロフ坊」

 

生涯初の告白は物の見事に失敗した訳で、しばらくの間、父ユーリにはからかわれ赤面する羽目になったことを憶えている。

 

 

 

それから妖精の尻尾(フェアリーテイル)に加入し、魔導士として活躍することとなった。その旅路は辛く険しいものでありながら、仲間(家族)のおかげで乗り越え、走り続けることができた。

 

少年時代に父母を亡くし荒れていた時は傍に寄り添ってくれた。仲間(家族)を失った時は一緒に悲しみにくれた。マスターという重責を背負うことになった時はサポートに徹してくれた。身内が不祥事を起こした時は胸の内の苦悩を聞いてくれた。そして、新しい時代を担う子供たちを一緒に見守ることができている。

 

儂は老いさらばえたが、彼女の姿は変わらぬあの時のままじゃ。それでも、一緒にギルドで生きていく中で、彼女もまた成長していっておる。話し方は柔和になり、表情は豊かになり、仲間(家族)を大切に思う心は大きくなっていったことを、儂は誰よりも知っておる。

 

それでも、この時の青臭い思い出は死ぬまで、いや死んでからも忘れることはないだろう。

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