妖精の尻尾のリュウさん   作:ただの馬鹿

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イシュガルを舞う伝説の翼

妖精の尻尾(フェアリーテイル)は、元評議員ミケロの護衛の元、冥府の門(タルタロス)の迎撃に成功し、ミケロから情報を引き出すことに成功した。

 

評議院が秘匿する魔導兵器、白き遺産フェイス。

 

その正体は魔導パルス爆弾。大陸中の魔力を消滅させる戦略兵器。フェイスの起動は、大陸中の全魔導士の無力化と弱体化を引き起こす。それだけではない。冥府の門(タルタロス)の幹部、九鬼門の正体は魔導士ではなくゼレフ書の悪魔であり、魔法ではなく呪法を使って人類を脅かす。

 

つまり、魔導士が魔法を使えず苦しむなか、冥府の門(タルタロス)だけが力を振るうことができる世界の誕生だ。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちが戦慄するなか、ナツがミケロの胸倉を掴みながら、フェイスの情報を更に聞き出そうとする。しかし、元評議員三ノ席であったミケロでさえ詳細を掴むことができない機密だ。フェイスの所在地は不明のまま、その封印方法だけ聞き出すことができた。

 

それは三人の評議員の生体リンク魔法による封印だということ。冥府の門(タルタロス)は評議員全員を有無を言わさず殺戮している。それは冥府の門(タルタロス)は既にフェイスの隠し場所自体は掴んでおり、ただ封印を解除するために評議員を標的にしているということだった。

 

その三人の評議員が誰なのかを知っているのは恐らく元議長のクロフォードの筈だというミケロの推測の元、妖精の尻尾(フェアリーテイル)は対策を取る。新たに割り出されたその他の元評議員の住所を基に、他のギルドの協力も得ながら護衛を行うとともに、元議長のクロフォードの元には最大戦力であるエルザとミラジェーンを派遣した。

 

それが裏目に出る。

 

元議長クロフォードは裏切者だった。彼女の人物評では、低俗で矮小な人物であり、その慧眼には外れはない。引退後のクロフォードは富と権力を再び得たいがため、闇ギルドへの関与を強めていた。そしてやがて、闇ギルドの頂点である冥府の門(タルタロス)に接近し、その甘言に乗って冥府の門(タルタロス)側に寝返ることを決めたのだ。冥府の門(タルタロス)の後見の元で再び議長に返り咲き、魔法界の頂点として再臨するために。

 

冥府の門(タルタロス)がフェイスの情報を掴み、今になって評議員への襲撃を行ったのも、クロフォードの裏切りによるものだった。

 

まさか元議長が裏切者だと気づくことはできなかったエルザとミラジェーンは、接客の際に振る舞われた睡眠剤入りのハーブティーを疑いもせずに飲んでしまい、眠らされた後に冥府の門(タルタロス)の本拠地へと拉致されてしまった。クロフォードは一見物腰が柔らかく、曲がりなりにも魔法界の元トップという立場であり、家中に漂うハーブの香りに嗅覚を麻痺させられていたこともあり、エルザたちを迂闊だと責めることは難しいだろう。

 

その元議長の怪しさをいち早く察知したのが、ナツだった。

 

評議院という組織や魔法界での序列などに対して一切興味関心がなく知識も持っていないため、物事をフラットに見る事ができたからだ。冥府の門(タルタロス)がフェイスや元評議員の住所といった情報を入手できたのは、評議院でも偉い立場にいる者が横流ししたからではないか、というナツの推測は当たった。

 

クロフォード邸についたナツの前に、エルザやミラジェーン、そしてクロフォードの姿はなかった。ハーブが咲き誇る豪邸には襲撃を受けた跡だけが残っていた。床に零れたハーブティーから睡眠薬の匂いを嗅ぎ取ったナツは確信する。元議長は冥府の門(タルタロス)の仲間だったということを。

 

激昂したナツが邸宅のハーブを全て焼き尽くし、忌々しい香りのチャフを抹消してから、エルザたちの痕跡を研ぎ澄まされた滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の嗅覚で辿った。

 

 

 

冥府の門(タルタロス)の本拠地は、大陸の遥か上空を浮遊し移動する四角い島、冥界島(キューブ)。人の手の届かない天空でどのような軌道で動くのかは不明で、評議院ですら長年把握できなかった理由でもある。

 

ナツは本拠地に乗り込むことには成功したが、逆に九鬼門の一人、シルバーによって拘束され、投獄されてしまった。牢獄には、リサーナもいた。エルフマンとの元評議員の護衛に失敗し、虜囚の身になっていたらしい。エルフマンは今どこにいるのか不明で、エルザは執拗な拷問にあい、ミラジェーンは悪魔化の改造を受けている。頼りになる仲間たちが次々とやられていくという事実にリサーナの不安は増していく。

 

だが、それでもナツは逆転の時を諦めていなかった。そして、その時は訪れる。

 

ナツと別れたハッピーからの情報を基に、冥界島(キューブ)の進行経路を計算したレヴィにより、冥府の門(タルタロス)の座標を補足できた。丁度、マグノリアの上空に漂っていることを突き止め、妖精の尻尾(フェアリーテイル)は総出で乗り込もうと意気込む。

 

同時に、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドは爆発した。

 

それはエルフマンによる仕業だった。リサーナとともに護衛に向かったエルフマンは九鬼門セイラによる人を操る呪法によって、爆発物を仕掛けるよう仕向けられた。リサーナは連れ去られ、失意の下、体を操作されながらエルフマンは大切なギルドを破壊してしまった。

 

しかし、その様子を訝しんだカナによって間一髪窮地を脱することができた。暴走するエルフマンをカード化して無力化するとともに、意気込むギルドメンバーや怪我人病人を含めた全員をカード化する。そして、ハッピーたちエクシードにカードを持たせ、爆発したギルドを背に、(エーラ)で空中を突き抜け冥界島(キューブ)へと進攻することに成功した。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)全員が冥府の門(タルタロス)に乗り込み、ナツとリサーナは脱獄してエルザを解放し、ミラジェーンの悪魔化改造は悪魔因子の接収(テイクオーバー)ができるため失敗に終わった。

 

劣勢に立たされていた妖精の尻尾(フェアリーテイル)により逆転劇が始まった。

 

だが、冥府の門(タルタロス)の目的も着実に進行していた。

 

フェイスを封印していた三人の評議員の内、二人の死亡が確認され、最後の一人は元評議員だったジェラールであることが判明した。その時、ジェラールは釈放された元六魔将軍(オラシオンセイス)との激闘の最中であった。元六魔将軍(オラシオンセイス)はコードネームコブラ、本名エリックが仲間たちを殺され復讐に燃えるドランバルドとの取引の末、冥府の門(タルタロス)の情報と交換条件で解放を勝ち取った。とはいえ、ドランバルドも野放しにするつもりはなく、差し金として大魔闘演武で見逃した貸しを返させるためにジェラールたち魔女の罪(クリムソルシエール)を仕向けた。

 

ジェラール一人によって元六魔将軍(オラシオンセイス)は全員倒されたことで、エリックたちは魔女の罪(クリムソルシエール)に下る。ジェラール、ウルティア、メルディにエリックたちを加えた新しい魔女の罪(クリムソルシエール)は新しい償いの道を歩むこととなる。

 

つまり、ジェラールは死んでいなかった。しかし、冥府の門(タルタロス)はフェイスの起動に成功していた。

 

なぜなら、ジェラールの持っていた生体リンクの鍵は元議長の力によりクロフォードへと譲渡されたからだ。そして、クロフォードの思惑とは裏腹に、その情報を知った九鬼門キョウカの手によりクロフォードは即座に殺され、フェイスの封印は解かれた。

 

冥府の門(タルタロス)によるフェイス発動と妖精の尻尾(フェアリーテイル)によるフェイス破壊。両者が相争い、イシュガルの命運を決めようとしていた。

 

 

 

冥界島(キューブ)の表層で戦うしかなく、本拠地への突破口を見出せていなかった妖精の尻尾(フェアリーテイル)だったが、エルザにより冥界島(キューブ)に陥穽が開かれて、侵入経路が確保された。続々と侵入し、フェイスを破壊する糸口を探しに行く魔導士たち。内部では九鬼門との衝突が起きつつも、フェイスの所在地を掴むことができた。

 

無類の機動力を誇るシャルルとともにフェイスの破壊に向かったのがウェンディだった。

 

冥界島(キューブ)から遠く離れた渓谷の大空洞でフェイスが発動していて、ウェンディは大量の蟲に涙目になりながらも発動前に到着することができた。しかし、そこには発動するために派遣されていた九鬼門のエゼルが門番として立ちはだかり、ウェンディを圧倒し破壊を妨害してくる。

 

ウェンディのピンチに歯向かおうとしたシャルルが食い殺されようとした時、ウェンディが新たな力を目覚めさせた。フェイスの周囲に漂う高濃度エーテルナノで満ちた空気を取り込み、竜の力(ドラゴンフォース)を手に入れたウェンディは荒々しく吹き荒れる暴風を操り、空間を支配する。その力はエゼルごとフェイスを破壊することを可能にした。

 

しかし、フェイスの像を破壊してもカウントダウンは止まらない。そこでシャルルが自らの未来予知でフェイスを止める方法を手繰り寄せた。それは超高魔力を変換して自立崩壊魔法陣を組み込むことによる自爆だ。起爆するために魔法陣を操作するために一人が犠牲にならなくてはならない。シャルルはウェンディを生還させようとするがウェンディは拒否し、二人で起爆のスイッチを押した。ウェンディとシャルルを巻き込むほどの大爆発が渓谷を破壊した。

 

そこに間に合ったのが、ドランバルドだ。瞬間移動魔法(ダイレクトライン)の使い手であり、爆発に巻き込まれる寸前でウェンディとシャルルを爆心地から遠ざけることに成功した。妖精の尻尾(フェアリーテイル)は犠牲を出すことなく、フェイスの破壊に成功した。

 

 

 

これでフェイス計画は頓挫した、かに思われた。冥府の門(タルタロス)の現トップ、冥王マルド・ギールは微塵も揺るがない。フェイスが一つ、壊された程度で大局に影響などないためだ。問題なくフェイス計画は進行する。

 

全ては大陸中の魔を滅し、呪力満ちる世界にて冥府の門(タルタロス)のマスターENDが目覚め、創造主たる黒魔導士ゼレフの下へ還るため。

 

歓喜に湧く人間を前に、冥王マルド・ギールが動き出す。

 

「アレグリア」

 

冥界島(キューブ)が肉塊の如く鳴動し、暗血色の膜のようなものが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士と取り込んでいく。身動きが取れないまま吞み込まれていき、意識を失った魔導士たちが冥界島(キューブ)の一部と化してしまった。

 

「侵食。生贄。死と再生。絶望と希望。愚かな種族だ。この冥界島(キューブ)自体が巨大な監獄なのだよ」

 

変貌を遂げた正方形の島は一体の生物となっていた。元の島の形から巨大な触腕と鋭角を生やし、島全体に渡るほどの大口を開いた化け物が、マグノリアの上空にて孵化した。

 

冥王獣(プルトグリム)の体内という名のな」

 

突如として出現した怪物にマグノリアの住民が困惑する中、街の蹂躙が開始される。象徴たるカルディア大聖堂が捕食され、その恐怖に住民たちが逃げ惑った。

 

マルド・ギールの思惑は順調に進む。全ての魔導士たちが冥王獣(プルトグリム)と一体となり、その同化逃れられた者は一人としていない。このままでは、妖精の尻尾(フェアリーテイル)冥王獣(プルトグリム)に消化されてしまい、フェイス計画は達成されて悪魔の満ちる世界が生まれてしまう。

 

だが、マルド・ギールの誤算が一つある。それはかつて君臨していた王が未だに存命していて、それが人間たちの味方をしていたということだ。この400年間一度も姿を現さなかったため、マルド・ギールの策謀に、はなから考慮されていなかった例外(イレギュラー)が計画の破綻を招き始める。

 

 

 

 

 

 

冥王獣(プルトグリム)の頭頂部に降り立った者の魔力に残っていた九鬼門が戦慄を覚えた。

 

「な、んだこの魔力は…………!」

 

「なんて存在がいたのか。これは人間が持ちうる魔力か……!?」

 

「此方ですら恐怖を覚えるほどの力……一体…………?」

 

最も動揺したのが冷静沈着だった筈のマルド・ギールだった。

 

「ば、馬鹿な!? ありえん!! この魔力は…………!!!」

 

マルド・ギールの脳裏に、400年前に遭遇した世界の支配者たる長大な姿が想起された。今すぐにでも対処に動こうとするも、間に合わなかった。

 

「明けの明星」

 

《破壊》の権能()冥王獣(プルトグリム)の体内を通り、光輝とともに炸裂する。中心から冥王獣(プルトグリム)の全身へと光が広がっていき、身体が割れて瓦解していく。マグノリアの街から少しばかり離れた場所で、雪崩のように地上へと崩落していき、驚愕の表情を浮かべた九鬼門、そして冥王もまた地上へと落下していった。

 

冥王獣(プルトグリム)の残骸が落ちた地上で、マルド・ギールは上空に佇む彼女を見上げていた。

 

「やあ。久しぶり。冥王」

 

「…………まさか。貴様が生きていようとは思わなかった。それにしてもなんだその姿は。かつての名が泣くというもの」

 

「慣れると案外小回りが利いて便利なものだよ。それに愛着が湧いちゃってねぇ。気に入っているのさ」

 

「それで人間の真似事か。それにその服装に刻まれた紋章、妖精の尻尾(フェアリーテイル)…………なるほど人間(羽虫)に交じって家族ごっことは、失われた同族の代替行為といったところか。王といえど感傷からは免れないと…………そこまで愚かだったとは、この冥王の眼を以てしても見抜けなかった」

 

見上げながら侮蔑の言葉を吐くマルド・ギールは体内の呪力を巡らせ、彼女へと攻撃を仕掛けた。

 

「荊!!」

 

棘が生えた蔓が無数に生えて襲い掛かる。荊の呪法の名の通り、呪力によって生み出された大小さまざまな荊が空間を支配し、彼女の小さな体躯を捉えようとする。

 

彼女は身を翻して荊を避けていく。彼女が取り戻した飛空能力は空中を自在に舞うことができ、紙一重で回避することができていた。だがやがて、無数の荊の包囲網が彼女の行く手を阻んでいく。このままでは、逃げ場を失い荊に捕捉されてしまうところだったが、彼女は一際大きな荊に手を置いて権能()を行使した。

 

「絶圏奈落」

 

そう唱えたと同時に荊を構成していた呪力が掻き消される。同時に荊の攻勢に大きな隙間が生まれ、彼女は包囲網から脱することができた。

 

彼女の司る権能()の一つ、《消滅》による呪法の滅却。それが大きな荊から繋がっていた他の荊にも伝播していき、空中を覆う程の荊が解けるように消えていった。

 

だが、マルド・ギールはその光景を見て、むしろ余裕の表情を浮かべた。

 

「どうした? 以前会った時より大きく弱体化しているみたいだが?」

 

「……………………」

 

その問いに無言を返した彼女の顔は脂汗が吹き出ている。彼女は特に消耗する《浄化》の権能()を町一帯に行使し、そのまま休むことなくマグノリアまで戻って冥王獣(プルトグリム)を《破壊》した。それにより普段よりも大きく疲弊しているのは確かだ。

 

しかし、マルド・ギールが比較したのは400年前の理不尽なまでの強さだった。

 

「以前の貴様なら先程の荊も刹那の内に全てを《消滅》させることができていたはずだ。それが荊に接触しないと発動できず、そしてその効果範囲も狭くなっている。今の貴様は脅威ではあるものの、天災ではない」

 

「……好き勝手言ってくれるねぇ。ゼレフ坊の落とし子風情が」

 

彼女の憎まれ口もマルド・ギールには強がりに見えた。かつて相対し、瞬殺された経験を持つマルド・ギールにとって、大きく弱体化した彼女の醜態は笑えるほどに哀れなものだった。

 

「今の貴様に王という称号は荷が重いように見える。冥王マルド・ギールが引導を渡してくれよう! 荊!!!」

 

「お生憎様だけど、今の私はただのリュウさんさ。擬銀造形魔法(シルバーメイク)八竜遁甲の結界壁」

 

マルド・ギールが再び荊の呪法を展開すると同時に、彼女は八重に張り巡らされた純銀の防御壁を展開する。呪法に対する特防を持つ純銀により荊の勢いは弱まるが、複数枚の壁が貫通され、更に徐々に押し込まれつつあった。

 

このまま少しもすれば中心部にいる彼女の身体を荊で穿つことができる、とマルド・ギールは確信した。

 

「無駄だ! 時間稼ぎでしかない!」

 

「時間稼ぎができれば良いんだよ」

 

徐々に迫りくる荊に狼狽えることもなく、彼女は祝詞を紡ぎ出した。

 

太極(たいきょく)神留座(かむづまりま)御祖神龍(ごそしんりゅう)(みこと)(もち)て……』

 

「っ、禊祓詞か!? 貴様!」

 

彼女の狙いを理解し、マルド・ギールは荊に呪力を込めて妨害しようとした。しかし、一足早く彼女の祝詞は成就した。

 

(かしこ)(かしこ)(もう)す…………禊祓詞:龍吟ずれば雲起こし龍興りて雲致す』

 

彼女から発される純白の輝きが広がっていき、上空を、マルド・ギールを、冥王獣(プルトグリム)の残骸を包み込んでいった。異端である呪力の巡りを抑止し、魔力を持つものを活性化していく《浄化》の領域。荊の動きは停止し、マルド・ギールも呪力が滞り大地に片足を付く。

 

そして、冥王獣(プルトグリム)の同化は解かれ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちは自由を取り戻すこととなった。

 

困惑と状況把握の声が聞こえてくるのを、マルド・ギールは忌々しく思い、彼女は柔らかく笑った。

 

「アレグリアを解くほどの《浄化》の権能()…………だが、どうやら貴様も消耗は激しいようだな」

 

「はぁ、はぁ。いんや? まだまだこれからだよ……」

 

地上に降り立った彼女は肩で息をしながら不敵な笑みを浮かべている。マルド・ギールの指摘通り、広範囲に渡る《浄化》の行使により疲労困憊となっていたが、彼女は続いて両手を合わせて《創造》を発動させた。

 

擬銀造形魔法(シルバーメイク)閻魔の匣」

 

マルド・ギールを囲うように出現した純銀の正方形。刻み込まれた紋様には《封印》の効果が付与されていて、その思惑はマルド・ギールの打倒ではなかった。

 

「おのれ! このマルド・ギールを足止めするつもりか!」

 

「ちょっとその反省部屋で篭っていて頂戴な」

 

閉じつつある箱の隙間から見える彼女の笑みを、マルド・ギールは睨みつけた。彼女と再会してから、この400年間揺らぐことのなかった感情が揺り動かされていた。かつてマルド・ギールを歯牙にもかけなかった絶対的強者が、この人間の時代に現れ、計画を破綻させて冥府の門(タルタロス)を翻弄しているという事実にふつふつと湧き上がるものがあった。

 

そして、マルド・ギールはその感情の名前を思い出した。それは怒りだった。

 

「貴様の大切な家族を全て消し去ってくれる……再び骸の山の上に君臨するが良い、裸の王よ!」

 

箱は閉じ切り、マルド・ギールの恨み言ごと密閉した。マルド・ギールの言う通り、消耗しきった彼女は最後の力を振り絞って時間稼ぎを行っただけだ。マルド・ギールを打倒する力はなく、この箱も少しの時間が経てば破られることだろう。

 

だが、彼女は心配はしていなかった。かつての同族とは違い、妖精の尻尾(フェアリーテイル)は団結し協力し合うことができる。その絆はどんな敵だろうと乗り越えてくれるだろう。

 

そう信じて、マルド・ギールを封じ込むことにした。冥王を打倒するのは、他の仲間(家族)が果たしてくれる。彼女は疲労困憊の身体を引きずってマルド・ギールの箱から離れていった。このままここにいてもやれることはなかったからだ。

 

「そうはならないよ、冥王。そんな過ちは二度と起こすものか」

 

彼女は仲間(家族)と合流しようと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冥府の門(タルタロス)のフェイス計画は、ウェンディとシャルルがフェイスを破壊しようとも滞りなく進行している。

 

なぜなら、フェイスの総数は約三千機。地中から大地を突き破り、大陸中に出現した魔導パルス爆弾は発動と同時に大陸中の魔力を消失させる。その時、マルド・ギールの抱える悪魔の書から、史上最悪の悪魔、マスターENDが降臨し、ゼレフの下への帰還という悲願は達成されるとマルド・ギール麾下の九鬼門は信じている。

 

その九鬼門も復活した妖精の尻尾(フェアリーテイル)と再び対決し、少しずつ敗れ去っていく。だが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)側の勝利条件はあくまでもフェイス発動の阻止。そのためにも、管制室で遠隔操作している元議長を止めなければならない。

 

元議長は死亡したが、その亡骸は九鬼門キースの死人操作呪法(ネクロマンス)によって動かされ、約三千機のフェイスを発動しようしていた。

 

止めに向かったのはエルザ、そしてミネルバだ。太陽の村で闇ギルド夢魔の眼(サキュバス・アイ)の一員として行動していたミネルバはやがて冥府の門(タルタロス)に接収され、悪魔化改造を施された後にエルザと激闘を繰り広げていた。

 

しかし、強さを追い求めていたミネルバは、悪魔化されてまで手に入れた強さに虚しさを覚えていた。醜い自分の姿に絶望し、エルザの手により死ぬことを望んでいたが、エルザの説得と迎えに来た仲間、スティングとローグの姿に涙を流し、冥府の門(タルタロス)への反逆を決心する。

 

そこに乱入してきたのが剣咬の虎(セイバートゥース)の元マスタージエンマだった。ジエンマはミネルバと同じく悪魔化改造を施され、かつて以上の力を有している。だがミネルバとは違い、強さに固執し、自ら悪魔となることを望んだジエンマは既に身も心も悪魔となったと言えよう。

 

まさかの敵に呆然とする剣咬の虎(セイバートゥース)の三人の隙をついて、ジエンマがスティングとローグを吹き飛ばす。かつての支配者に萎縮してしまったことによる隙だが、エルザの一喝を受け、スティングとローグは過去を乗り越えるためにジエンマと死闘を繰り広げる。

 

そんな二人を心配そうに眺めながらも、フェイスを止めることを最優先に、ミネルバはエルザとともに管制室へと向かった。かつての父上の成れの果ての激昂を背にして、その場を後にした。

 

「さらばだ、父上」

 

 

 

 

 

 

エルザたちが管制室に到着した頃には、フェイスの起動シーケンスは既に始まっていた。

 

元議長は九鬼門キースの死人操作呪法(ネクロマンス)、途中から九鬼門セイラの命令呪法(マクロ)により、遠隔操作を終えていた。キースがジュビアにより撃破され、死人操作呪法(ネクロマンス)が解除されたために、死人の元議長の操作をセイラが引き継いだ形だ。

 

そして、死人操作呪法(ネクロマンス)が解除されたのは元議長だけではない。それは九鬼門の一人、シルバーだ。その正体は太陽の村を凍土に変えた氷の滅悪魔導士(デビルスレイヤー)であり、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の氷造形魔導士グレイの実の父親だった。

 

グレイの過去に忌まわしき影を落とした厄災の悪魔デリオラ。その存在により命を落としたシルバーは死人であり、キースの実験の産物で甦っていた動く死体だった。復讐のために滅悪魔法を習得し、陰ながら悪魔を滅していたシルバーだったが、死んだと思った実の息子が実は生きていたことを知り、グレイに後を託すべく立ちはだかったのだ。

 

グレイはシルバーを打倒し、デリオラという過去を乗り越え、失ったはずの抱擁を受けた。キースの撃破とともに死人であるシルバーは昇天し、グレイはシルバーの滅悪魔法を継承した。

 

残りの九鬼門も、次々と撃破されていき、残すはキョウカだけだった。エルザはフェイスを止めるため、キョウカへと突撃していく。

 

 

 

フェイスを巡る戦いも佳境に至る。

 

しかし、そこに誰も想定していなかった乱入者が近づいて来ていたことに、真っ先に気づいたのは彼女だった。

 

「ここで来るかい…………」

 

オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ

 

遥か遠くからでも聞こえる雄叫びに、彼女は表情を歪ませた。

 

その雄叫びは徐々に近づき、大きくなっていく。やがて、他の魔導士たちや冥府の門(タルタロス)もその存在に気づいた。

 

オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛

 

それは絶望。かつて天狼島で妖精の尻尾(フェアリーテイル)を急襲し、7年という時の牢獄へ閉じ込むこととなった元凶。生命の終点、時代の終局、世界の終焉を齎す暗黒の翼。

 

オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛

 

「この声……間違いねぇ」

 

その名は、竜王アクノロギア。

 

その襲来と同時に、マルド・ギールを閉じ込めていた箱が爆散し、冥王も戦地に解き放たれた。マルド・ギールはアクノロギアの存在を認めると、冷や汗を流しながら皮肉気に口角を釣り上げた。

 

「まさか奴が来ようとは。強大な魔に引き寄せられたか、それともゼレフを追ってきたのか…………竜王が相まみえるとは何という喜劇か。だが、勝つのはこのマルド・ギールである」

 

 

 

 

 

アクノロギアが遂に戦場へ到達し、蹂躙を開始しようとした。空中を飛翔する勢いと、旋回するときの衝撃波だけで大地を破壊し、魔導士たちを吹き飛ばす。その次元の異なる圧倒的な力に、誰もが絶望に膝を屈しかけた。

 

だが、更なる有り得ない出来事が起き、人類は希望を抱くこととなった。

 

アクノロギアの来襲に合わせて、ナツを始め、ドラゴンから魔法を授かった滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)たち全員に異変が起きる。心臓が痛いほどに鼓動を起こし、全身の血潮が駆け巡る。

 

 

 

そして、ナツの脳内に語り掛けてくるのは、懐かしい父親、イグニールの声だった。

 

(ナツ……時が来たようだ…………)

 

ナツは忘れることなくずっと探し続けていたイグニールの声に反応し、周囲を見渡した。

 

「イグニール……!!?」

 

(お前なら必ずENDに勝てると信じている)

 

「イグニール!!? 何でイグニールの声が!!?」

 

ナツが一心不乱に視線を巡らすも、どこにもイグニールの姿はなかった。そんなナツの姿にルーシィは困惑し、只事ではない様子を心配そうに見つめた。

 

(アクノロギアは俺が何とかしよう)

 

「!!」

 

イグニールの宣言とともに、ナツの胸が炎色に輝く。体内から解き放たれようとする力の奔流に、ナツはたまらず唸り声を上げた。

 

「うぁあ あ あ あ あ あ あっ!!!!!」

 

(今まですまなかったな、ナツ…………)

 

そして最後の衝撃とともに、ナツの体内から飛び出たのは一体のドラゴン。巨大な四肢に威容を放つ両翼、赤褐色の鱗に纏う炎の息吹。それこそがナツの父親、炎竜王イグニールだった。

 

(イグニール)はずっとお前(ナツ)の中にいた」

 

ナツの眼前に現れたイグニールは両翼を広げ、ナツとの再会に喜ぶこともなく、上空で暴虐の限りを尽くす仇敵アクノロギアの下へと飛翔していった。

 

「今は全てを語る時ではない。まずはアクノロギアを排除する」

 

現代の天空で、かつて滅んだドラゴンが再び激突した。

 

「生きよ、ナツ」

 

「父ちゃん」

 

ナツは身体を震わせて、静かに涙を流した。

 

 

 

 

 

 

「闇の翼アクノロギア、炎竜王イグニール、そして時代の敗残者であるあの女。誰にもこのマルド・ギールの計画を邪魔させる訳にはいかんぞ。策は加筆修正された。滅びるのは貴様等だ。忘れられし種族(ドラゴンども)今を蔓延る種族(人間ども)よ」

 

マルド・ギールが念話を飛ばし、管制室のキョウカに命令を下す。それはフェイスの発動を早めること。管制室中央のメイン魔水晶(ラクリマ)は各地のフェイスと接続しており、それと生体リンクをすることによりシーケンスを加速させることができる。

 

成果は魔導士の無力化し、ドラゴンの生命力を奪う事。そしてマスターENDの復活という冥府の門(タルタロス)の悲願成就である。

 

代償はキョウカ自身の命。だが、キョウカはその使命に殉じる。生体リンクを果たしたキョウカにより、空中に浮かび上がっているフェイス起動のカウントダウンが早まった。一方で、キョウカを殺すことができれば、一体となっているフェイスは停止することになる。

 

エルザとキョウカの死闘が終わりへと向かい始めた。

 

 

 

マルド・ギール自身も戦闘に入る。相手はドラゴンの子、ナツだ。

 

ずっと探していたイグニールが自分の中に隠れていたことに憤り、ナツはイグニールの背中に飛び乗り不満と疑問をぶつけた。だが、イグニールと相対しているのはかつてドラゴン族を滅ぼした竜王アクノロギアである。ナツの相手をする余裕はなかったため、イグニールはナツに別の相手を依頼に出した。

 

それがマルド・ギールの打倒。そして、マルド・ギールの持つENDの書の奪取だ。

 

ナツは報酬を要求し、イグニールは今まで隠していた事情を全て話すことを提示した。そして、ナツはイグニールによってマルド・ギールの下へと飛ばされ、勢いよく襲い掛かった。

 

「もうどこにも行くなよ!!! 約束だからな!!!!」

 

「ああ」

 

イグニールから託された。それだけで最高潮だった。

 

「燃えてきたああああぁぁぁ!!!!!」

 

マルド・ギールが荊の呪法で迎え撃つ。四方八方から生やされる荊がナツを貫こうとしたが、ナツは優れた動体視力と反射神経により初見で回避ルートを見破り、一度も攻撃を食らうことなくマルド・ギールまで接近した。

 

「火竜の……」

 

ナツの炎を纏った拳が、奇しくもイグニールの拳とタイミングが重なり、それぞれの敵に炸裂した。

 

「鉄拳!!!!!」

 

渾身の一撃は敵を怯ませるだけだったが、その一撃は相手の余裕を奪い去った。

 

マルド・ギールが追撃しに来たナツにカウンターを叩き込み、床下が崩れ、ナツは地下へと落下していった。

 

「ナツ!! っ!!!」

 

地上でナツが反撃を食らったことに気を取られたイグニールの一瞬の隙をついて、アクノロギアが咆哮(ブレス)を放つ。イグニールは紙一重で回避に成功し、再びアクノロギアへ集中し直した。

 

イグニールの射抜くような眼光を受けて、アクノロギアが言葉を発した。

 

「まだドラゴンが生きていたとは、不快」

 

「ほう。やっと口を開いたか、アクノロギア」

 

「貴様を我が敵と認識。滅竜する」

 

アクノロギアが400年前の暴虐の再現を始めようとしていた。

 

 

 

 

 

 

マルド・ギールの怒りは憤怒に変わる。

 

新しきドラゴンの子、スティングとローグが手塩に掛けた下僕(悪魔)、ジエンマを潰してナツに合流した。人間(羽虫)どもは自分の庭で不届きを働き、大願を阻止しようと邪魔ばかりする。上空では二頭のドラゴンが我が物顔で争い、自分の城を破壊した怨敵は冥府の門(タルタロス)の配下を潰して回っている様子だった。

 

全てが腹立たしかった。だが、それもマスターENDが復活さえしてしまえば些末事に変わる。

 

ENDはゼレフ書最強の悪魔。大陸の魔力が消え、ENDが復活することでゼレフの下に行く。それは全てのゼレフ書の悪魔が持つ根源的な使命であり、ゼレフが悪魔を創造した理由でもある。強迫観念のように魂に染み付いた回帰の願いは、ある一つの事実に帰結する。

 

それこそが、ゼレフを殺す為に生まれし存在、ゼレフ書の悪魔。

 

冥府の門(タルタロス)の目的は、ゼレフを倒すということだった。そのことを自覚していたのはマルド・ギールだけであり、フェイス計画もマルド・ギールが主導したものだった。フェイスを発動させ、ENDが目覚め、ゼレフを殺す。

 

その時にようやく、この激情は収めることができよう。マルド・ギールはそう確信している。

 

 

 

 

 

冥府の門(タルタロス)の悪魔はそれぞれ真の姿(エーテリアスフォーム)を持つ。

 

普段の活動時の擬態を解き、体内の呪力全てが表出した姿はその悪魔が持つ本質を象る。全身全霊を以て敵を屠る時にのみ解放する真の姿(エーテリアスフォーム)は、マルド・ギールにとっては400年ぶりの目覚めでもある。黒紫色の外骨格に雄々しき両翼を携えた君臨者。

 

その名はマルド・ギール・タルタロス。冥府の王にして絶対の悪魔。

 

冥界の植生を司り、現世に呼び出す呪法が強大なものになる。膨大で巨大な荊が高速度、高密度で展開される。滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)といえど、呪法に対抗する力は強いとはいえず、苦戦を強いられていた。滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)は竜を滅する者だからだ。

 

ならば、悪魔を滅する者は? それこそ、滅悪魔導士(デビルスレイヤー)である。

 

苦戦するナツたちに遅れて加勢したのは、父親から想いを引き継いだ新しい氷の滅悪魔導士(デビルスレイヤー)、グレイだった。

 

悪魔を滅するために悪魔の体質を取り込んだグレイの右腕には、滅悪魔法の証である漆黒の刻印が浮かび上がっている。それは決して見かけ倒しではなく、最上位悪魔であるマルド・ギールの呪法を凍てつかせ、その肉体に傷を負わせることができた。

 

そして、呪法に対する防御力も有し、相殺することを可能にしていた。マルド・ギールが編み出した究極の呪法メメント・モリ。不死者であるゼレフを殺すために、生と死の概念ごと無に帰すための消滅の力。マルド・ギールにとって業腹なことに、彼女の《消滅》の権能()に着想を得た技だが、その完成を確認し、ゼレフを殺すことができると歓喜した。

 

だが直後、グレイによって他の三人が守られたことを目撃し、マルド・ギールは強く動揺した。

 

三人の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)竜の力(ドラゴンフォース)を発動し、マルド・ギールに攻め込んでくる。スティングとローグが呪法の露払いをし、ナツが接近して最後の一撃を叩き込んだ。マルド・ギールはそれでも倒されることがなく、ナツを破壊しようと足掻いたが、そこにグレイが滅悪魔法を遠距離攻撃で狙撃し、悪魔の核を穿たれたマルド・ギールは今度こそ敗北した。

 

しかし……フェイスの発動を阻止することはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

キョウカが絶命してまで発動させたフェイスが大陸の中の魔力を消し始める。

 

管制室のメイン魔水晶(ラクリマ)に映し出されたフェイスの座標が光った。それは同時に、各地に点在するフェイスが白く輝いていることを意味した。

 

魔導士たちが魔法が使えなくなり、フィオーレ中の生活を支えていた魔水晶(ラクリマ)も機能しなくなり、混乱が生じ始める。更には体内に魔力を蓄蔵する器官を持つ者は魔力欠乏症を引き起こし、命にも関わるようになってしまう。誰しもが魔法界の終わり、いや人類の終わりを予感していた。

 

地に伏したマルド・ギールが勝ち誇る。例え自分が破れようと、マスターENDさえ復活してしまえば、悲願は成就される。ゼレフの終わりに立ち会えないことは悔やまれるが、使命を全うしたことを冥土の土産としようと笑みを浮かべた。

 

そのマルド・ギールの言葉を浮かべて、ナツが叫んだ。

 

「ちくしょオォオォオォオォオォオ!!!!!」

 

 

 

 

 

直後、上空からナツたちの前に落下してきた黒き竜。それはアクノロギアだった。

 

その場の全員が目を丸くした中、アクノロギアの巨躯をイグニールが組み伏せに来る。

 

勇ましい炎の竜が、絶望に屈する人間たちに希望の灯を焚べた。

 

「あきらめるな人間たちよ」

 

イグニールの一喝を受けて顔を上げた人間たちは、信じられない奇跡を目の当たりにする。

 

いち早く状況を察知したのが管制室にいたエルザたちだ。表示されていたフェイスのマークがアラームとともに次々と消されていく。それはつまり、発動していたフェイスが破壊されていっているということ。

 

 

 

それを為したのが、イグニールの同胞たちだった。

 

天竜(グランディーネ)……!?」

 

鉄竜(メタリカ―ナ)

 

「死んだはずの白竜(バイスロギア)の気配を感じる……」

 

影竜(スキアドラム)もいるのか!?」

 

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)たちはかつての親の存在を感じ取った。イグニールと同様にそれぞれの滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の体内で眠っていたドラゴンたちは、アクノロギアの来襲とともに起きた動悸の際に、体内から現れていたのだ。

 

広大なイシュガルの天空を飛翔し、人間たちではどうしようもなかったフェイスを破壊し回っていた。

 

それは400年ぶりの伝説の再演だった。

 

「解放されしドラゴンが……大陸(イシュガル)の空を舞っておる」

 

やがて、ドラゴンたちの姿が視認できるようになると、人間たちは歓喜の声を上げた。奇跡を目の当たりにして涙を流し、安堵の息を吐く。

 

ドラゴンの子、ナツは偉大なドラゴンの姿に感嘆の声を漏らした。

 

「すげぇ」

 

 

 

 

 

 

「敗北……」

 

茫然自失としていたのはマルド・ギールだ。ENDの復活を確信していた直後、ドラゴンたちによってひっくり返された。悲願は崩れ去り、フェイスも全て破壊された。自身も人間に敗れ、もう為す術はない。

 

まごうことなき人類の勝利、そして悪魔の敗北だった。

 

しかし、全ての決着はついてなかった。

 

「炎竜王!!!」

 

「ぐっ、アクノロギア!」

 

イグニールに抑えつけられていたアクノロギアが身体を起こし、両竜は再び上空に舞い戻る。一時、アクノロギアを組み伏せたとはいえ、よく見ると傷が多いのはイグニールで、アクノロギアの黒き肉体は無傷だった。

 

「イグニール!!」

 

ナツが叫ぶも、イグニールはアクノロギアの相手で手一杯であり、ナツに頼んでいた依頼を念押しをするだけして再び死闘を開始する。

 

「こいつを片付けてからだ!!! 本を手に入れろ!!!!」

 

ENDの書。

 

マルド・ギールが破れたことで、誰にも邪魔されずに回収することができた。その本を持っているのはグレイだった。

 

「こいつの事だろ」

 

「グレイ」

 

「約束したんだ。必ずENDを倒すと」

 

仲間であり、共闘していたナツとグレイはENDの書を巡り睨み合った。

 

ナツはイグニールから託された。ENDの書は破壊することもなく開くこともなく、ただ手に入れるということを。

 

グレイはシルバーから託された。デリオラ、冥府の門(タルタロス)。全て悪魔の仕業であり、その原点であるENDの書を目覚める前に破壊し、因縁を終わらせることを。

 

両者が譲れない思いを胸に対立していたが、そこに全ての元凶が現れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様の目的は何だ! アクノロギア! 貴様の恐れるENDはもういない! 人間にかまうな!!!」

 

「恐れる? この我がゼレフ書の悪魔ごときに? 下らぬ。恐れるものはもういない。我は竜の王アクノロギアぞ」

 

「貴様が騙る竜王とは邪なる放伐で得た僭称に過ぎぬ!!! これ以上我等ドラゴンの誇りを穢させるものか!!!」

 

「我が望みこそ全ての破壊! 破壊!! 破壊!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この本は僕の物だ。返してもらうよ。大事な本なんだ」

 

黒魔導士ゼレフ。悪魔たちの創造主であり、冥府の門(タルタロス)の願いそのもの。

 

一種の隙をついてグレイの手から奪い戻したENDの書を片手にもったゼレフが姿を現した。

 

「ゼレフ」

 

「こいつが…………」

 

「……………………」

 

ナツとグレイは天狼島にて接触しており、突如として姿を見せたゼレフを睨みつけた。スティングとローグは初対面であるが、身に纏うただならぬ気配に緊張している。

 

「マルド・ギール。君は良くやったよ。ENDが甦るまであと一歩だった」

 

ゼレフがマルド・ギールに語り掛ける。しかし、その呼びかけはゼレフの独白に近いものだった。マルド・ギールを名指しにしておきながら、マルド・ギールを慮るような声色は込められていない。

 

「もう眠るといい」

 

マルド・ギールは察してしまった。400年の悲願も、使命も、献身も、ゼレフにとっては取るに足らないものであったということを。絶望に震えながらも、その事実を認められずに震える手をゼレフの方に伸ばす。

 

「マルド・ギールは…………あなたの望みを…………叶える事は…………」

 

「君には無理だ」

 

ゼレフが指を鳴らすと、マルド・ギールの肉体は消え、本体たる書物の姿に戻る。薔薇の模様が描かれた古ぼけた悪魔の書が炎に包まれ、灰になって崩れ落ちた。

 

感慨も情もなく、ただ(ゼレフ)のためだけに尽くそうとした(悪魔)を始末したことにナツたちが絶句する。

 

その沈黙の中、透き通った美声が響いた。

 

「自分の為に頑張ってくれた子に対して思うところはないのかい? ゼレフ坊や」

 

「…………君か」

 

崩落した建物の陰から現れた彼女に視線が集まった。

 

「リュウ!? なんでここに!」

 

ナツたち瞠目した。魔障粒子の対処に出て行ったはずの彼女が冥府の門(タルタロス)の跡地にいるとは思わなかった。彼女は途中から冥府の門(タルタロス)の対処のために帰還し、そのおかげでナツたちは救われていたが、彼女はそのことをおくびにも出さずに軽く答えた。

 

「みんなが頑張ってるのに私が頑張らない訳にはいかないからねぇ。とはいえ、どうやら無駄骨だったみたいだけど。良く頑張ったねぇ」

 

彼女は優しく目を細めた後、ゼレフに視線を戻す。

 

「さてと。ゼレフ坊、君がここにいるってことは落とし前でもつけに来たのかい?」

 

「まさか。僕が造ったとはいえ、冥府の門(タルタロス)の悪魔たちは自主的に活動していた。僕には関係のないことだよ」

 

「…………薄情だねぇ」

 

「不死者だからね。それに、それこそ君には言われたくないよ。人の心がないのは君の方じゃないかな? 無情の傍観者」

 

「「てめぇ!」」

 

ゼレフの言葉に激昂したのはナツとグレイだ。彼女自身は口を噤み、反論しなかった。

 

ゼレフがナツの方に目を向けると、独り言のように話し始めた。

 

「僕は今日、決着を付けるつもりだった。だがアクノロギアという邪魔が入った。彼がもう一度歴史を終わらせるのか、奇跡が起こるのか……僕には分からない」

 

意味不明な台詞に、ナツが問いかけた。

 

「何言ってやがる」

 

ナツの様子に目を細めたゼレフは踵を返して姿を暗ませた。最後に黒魔導士としての裁定を下しながら。

 

「もしもこの絶望的な状況を生き残れたら、その時は……………………僕が更なる絶望を与えよう」

 

既にいなくなった後の何もない空間を睨みながら、グレイは歯ぎしりをし、ナツは奥歯を噛みしめた。

 

「あの野郎…………本を持っていきやがった」

 

「ゼレフ」

 

彼女は、悲しそうに見つめていた。

 

「そっか。君はその結論に至ってしまったんだね…………ゼレフ坊」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冥府の門(タルタロス)の決着とともに、ドラゴンの死闘も決着を迎える。

 

イグニールとアクノロギアの争いは終結した。

 

イグニールは終わりを察するとともにナツに念話で語り掛ける。ナツに頼んでいた依頼の報酬として、事情を全て語ろうとしたためだ。ナツは、嫌な予感に我に返ってイグニールの下へと疾走する。それはまるで、今際の際の遺言のように思えてしまったからだ。

 

イグニールの加勢をしようとナツは急いで駆け付ける。イグニールの制止も振り切って、再会した父親を守ろうと疲弊した体を動かした。

 

 

 

そんなナツが目の当たりにしたのは残酷な結末だった。

 

 

 

イグニールが最後に振り絞った攻撃はアクノロギアの片腕を嚙み千切り。

 

アクノロギアの攻撃は、心の臓ごとイグニールの胴体を破壊してしまっていた。

 

呆然としたナツに、イグニールの最期の言葉が届く。

 

「ナツ…………ずっと、お前の成長を見守っていた。大きく……なったな…………」

 

アクノロギアの止めの咆哮(ブレス)。避けることもできず、イグニールが眩い閃光に掻き消されながらも、その親愛の言葉は伝えられた。

 

「お前と過ごした日々が一番の幸せだった。人を愛する力をもらったんだ」

 

ナツが絶叫した。

 

「イグニイイィィィィィィィィィィィィィィィィィル!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冥府の門(タルタロス)との激戦地から少し離れた広場。

 

イグニールを除いたドラゴン、グランディーネ、メタリカ―ナ、バイスロギア、スキアドラムが鎮座する場所に、戦っていた魔導士たちが集まっていた。非戦闘員であるポーリュシカや、途中から戦線に復帰していたラクサスと雷神衆もいた。グレイやスティングとローグも彼女に先んじて合流していた。

 

「ドラゴンが味方って……すげー優越感」

 

「だな!!」

 

「フェイスを全部壊したのか?」

 

「す……すげーな…………」

 

魔導士たちがまさか会うことができるとは思ってもみなかったドラゴンの姿に高揚感を抑えきれずにざわついていた。

 

そんな魔導士たちに語りかけるように、グランディーネが話し始めた。

 

「皆の勇気とイグニールがアクノロギアを退けた」

 

優しく慈悲深い声が響き、魔導士たちが静まり返る。

 

次にグランディーネ自らの子、ウェンディの奮闘を褒めた。

 

「フェイスの破壊、良く頑張ったわね」

 

「シャルルが一緒だったから」

 

まごうことなき母親の言葉に、ウェンディが目尻に浮かんだ涙を拭った。

 

グランディーネの隣にいたメタリカ―ナは自らの子、ガジルをじっと無言で眺める。ガジルも思わず口を閉ざして、父親の言葉を待っていた。

 

「相変わらず目つきが悪いのう」

 

「うるせぇ!!!」

 

まさかの一言にガジルはツッコンでしまった。

 

スティングとローグは、再会を喜びつつも、記憶では確かに死んだはずの父親の姿に困惑していた。

 

「俺は確かにアンタを殺した」

 

「俺も影竜(スキアドラム)が死んだのをこの目で見た」

 

自らの子、スティングとローグの困惑に微笑みながら、バイスロギアとスキアドラムは種明かしをした。

 

「人間の記憶などいくらでも改竄できるわい」

 

「イグニールには反対されたのだがな…………あの時は滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)にドラゴンを殺したという記憶と実績を与えるつもりだった」

 

ドラゴンを殺したという事実は自信になり、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)としての箔をつけることが出来ると信じたためだった。だが、どうやらイグニールの反対通り、スティングとローグの純粋な強くなろうという気持ちを曲げてしまった結果になったことを、バイスロギアは自嘲気味に笑った。

 

だが、その笑みも引いて、次の言葉を紡いだ。

 

「…………と言っても、“死んだ”というのは半分正解だな」

 

「!」

 

バイスロギアの言葉の真意を、グランディーネが引き継いで答えた。

 

「私たちは既に死んでいるのよ」

 

「え?」

 

ウェンディが疑問に思う。だって、目の前のグランディーネは確かに生きていて実体もある。

 

だから、既に死んでいると言われても、混乱するしかなかった。

 

「全ての事情を説明するわね。400年前に何が起きたのか…………そのためにも、相応しい語り部がここに来るわ」

 

「語り部?」

 

「私さ」

 

後方から届いた言葉に、魔導士たちが振り返った。

 

その場にいたのは、彼女だった。

 

ゆっくりと歩いてくる彼女の姿は、見たこともないほどに真剣な表情であり、超然な雰囲気を纏っている。いつもとは違うただならぬ気配に、誰もが口を出すことなく、彼女の道を自然と空けていた。

 

その人垣の真ん中を悠然と歩き、やがて人間たちに振り返った。

 

丁度四頭のドラゴンの中央に立ち、グランディーネ、メタリカ―ナ、バイスロギア、スキアドラムが頭を下げて彼女を迎え入れた。

 

その姿はまるで、竜の支配者だった。

 

何が起きているのか分からずに沈黙する中、四頭のドラゴンが臣下の礼を取った。

 

「「「「御尊顔を拝し、恐悦至極に存じ奉ります。我らが王。竜王様」」」」

 

「うむ。汝等の使命、この第九代目竜王がしかと見届けた。大儀であった。グランディーネ、メタリカ―ナ、バイスロギア、スキアドラム」

 

「「「「はっ!!!」」」」

 

 

 

目の前で繰り広げられた光景に言葉を失って呆然とする人間たち。

 

その人間たちを前に、一頭のリュウが申し訳なさそうに力の無い笑みを浮かべていた。

 

「隠しててごめんねぇ。私はかつての竜王。そしてアクノロギアに敗れ、同族たちを滅ぼされてしまった愚かな龍さ」

 

みんなの眼に映る妖精の尻尾(フェアリーテイル)のリュウさんは今までになく小さく見えた。

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