妖精の尻尾のリュウさん   作:ただの馬鹿

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S級クエスト

闇ギルド鉄の森(アイゼンヴアルト)による集団呪殺テロ未遂事件は、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士たちによって人的被害もなく解決することができた。

 

解決に貢献したのは新しく結成された、ナツ、ルーシィ、グレイ、エルザ、ハッピーのチームだ。

 

エルザを筆頭に、喧嘩ばかりするナツとグレイ、ギルドに入ってまだ日の浅いルーシィ、そして戦闘力は皆無のハッピーで構成された、他のギルドメンバーに一抹の不安を抱かせた即席のチームである。

 

チームワークにやや難がありながらも、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の中でも上位の実力者が集まっており、ここぞという時には爆発的な実力を発揮する面子によって、鉄の森(アイゼンヴアルト)は壊滅された。

ただ万事解決という訳でもなく、人的被害こそなかったものの大規模な物的被害があったため、面目を保とうとした評議院による形式だけの逮捕劇により、エルザが評議院へと連行された。

 

それを不服としたナツが、評議院へと殴り込みに行ったのが昨日の話。

 

本来であれば、ただの儀式、有罪判決を下しながらも罰則を科さない形だけの裁判で当日の内に帰れた筈のエルザだったが、ナツによる裁判所の破壊行為の責任を取らされる形で、両者ともに一晩中牢屋に拘禁されてしまうこととなった。

 

そして、短い拘留期間から釈放されたナツとエルザが帰還し、これにて鉄の森(アイゼンヴアルト)の一件は幕を閉じた。

 

いや、まだ少しばかり続きがある。

 

鉄の森(アイゼンヴアルト)鎮圧の報酬としてナツが要求していたエルザとの決闘。評議院からの横やりによって未決着のままだった勝負がたった今、ギルドメンバーが見守っている中始まった。

 

「しゅーりょーーー!」

 

と同時に、ナツが瞬殺されて決着した。

 

 

 

あまりにも早すぎる幕引きに周りの者が唖然としたが、ハッピーのコールとナツの気絶した姿を見て、やがてギルド中が笑い声に包まれた。

 

「ぎゃははっ!! だせーぞナツ!!」

 

「やっぱりエルザは強ェ!!」

 

「おいこの間の賭け有効か?」

 

敗者であるナツを笑う者。勝者であるエルザを称える者。前回の決闘の最中に行われた賭博のオッズを必死に思い出す者もいる。

 

ギルドメンバー同士の決闘後に見られるいつもの風景に苦笑しながら、彼女は勝者に近寄り賞賛の声をかける。

 

「いやあ。エルザ嬢、見違えるほど強くなったねぇ。ナツ坊もそれなりに強くはなっているはずなんだけどねぇ」

 

「リュウさん。いえ、私なんかまだまだです。ナツも、鉄の森(アイゼンヴアルト)との戦いでかなり成長したのが分かりましたし、潜在能力は私以上ですよ」

 

「そうかいそうかい。若者の成長ってのは速いねぇ」

 

彼女はナツの成長を我が事のように喜び、気絶しているナツを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

そんな中、彼女は誰よりも早く、ギルドに妙な魔力が漂ってきたのを感知し、一瞬警戒する。だが、その魔力が馴染みのあるものであることに気づくと、力を抜いて警戒を解いた。あわせて我が身を侵すその魔力に自身の力を行使して無力化する。ただ彼女の無力化は自身に掛かる効果に対してのみで、大気中に漂う魔力を全て消し去るようなことはなかった。

 

魔力がギルド中を蔓延し始めると、徐々にその魔法の効果が現れ始める。それは強力な睡眠の魔法だった。

 

「む……」

 

カウンターに腰をかけていたマカロフが魔法の効果を感じ取り、眠気に目を細めた。ミラジェーンがマカロフの様子に気づき、声をかける。

 

「どうしました、マスター?」

 

「いや……眠い…………奴じゃ…………」

 

マカロフがそう答えると同時に、その睡眠魔法が猛威を振るい始めた。ギルド中に充満した睡眠魔法が中にいた魔導士たちを次々と眠りに誘い始める。

 

カウンター前に立っていたミラジェーンは眠気を感じると一瞬の内に眠りへと落ち、その場に崩れ落ちた。

 

「これは……!」

 

「くっ……」

 

「眠……!」

 

「まさ、か……」

 

ミラジェーンを皮切りに、強烈な睡魔に抗えず次々とギルドの面々が倒れこんでいく。ある者はテーブルに上体を預け、ある者は床に倒れこんだ。

 

ギルド内が寝息と寝言のみが聞こえる静寂の中で、睡眠の魔法に抗い、意識を保っていられたのは、彼女とマカロフ、そして2階にいるある男だけだった。

 

彼女とマカロフが待ち構える中、ギルドを眠りへと落とした張本人が悠々と門扉から入り込んできた。

 

全身を紺色の外套で纏い、頭部をバンダナと覆面で覆い隠した怪しげな風貌の人物。

 

床に倒れ伏して眠っているギルドの面々の間を縫うように歩いてきたその人物は、彼女とマカロフが見守る中、依頼板(リクエストボード)の前で立ち止まる。

 

「ミストガン……」

 

「やあ、久しぶりだねぇ。元気だったかい?」

 

半分ほど寝ている状態で彼の姿を視認したマカロフがその人物の名を呼んだ。一方、彼女は眠気を感じさせない声色でその人物に挨拶した。

 

その人物、ミストガンは依頼板(リクエストボード)に貼りだされていた一枚の討伐依頼を剥ぎとると、近くにいた彼女にその依頼書を差し出した。

 

「はい。預かりますよっと。ガン坊、ギルド来る度にみんな眠らせちゃうのはやめたほうがいいんじゃないかと思うんだけどねぇ」

 

彼女は軽快な動きで依頼書を預かるとミストガンに苦言を呈した。

 

「……その呼び名、気が抜けるのでどうにかなりませんか? それにリュウさんは分かってますよね」

 

「もちろん百も承知だけどねぇ。杞憂に終わると思うよ。エルザ嬢は……ちょっと分かんないけど。ま、呼び名を変えてほしかったら、ギルドのみんなと仲良くすることだね、ガン坊」

 

「……行ってくる」

 

「はい。行ってらっしゃい。任務は大変だろうけど、またおいでねぇ」

 

彼女の笑みに顔を背けたミストガンは、彼女の気遣いに何も答えることなく、足早にその場を去る。

 

「これっ、眠りの魔法を解かんか……」

 

マカロフが去り際に魔法を解除するように言った。ギルドが寝落ちした状態では仕事もままならない。

 

ミストガンはその言葉に返事はしなかったが、出入り口を目指して真っ直ぐギルドロビーを歩いていく途中でカウントダウンを行った。

 

伍…四…参…弐…壱…

 

そう数え終えると同時にギルドの出入り口に立ち込める霧の向こうへと姿を消した。

 

 

 

直後、眠っていた全員がパチリとその目を開き、突如として眠りから覚醒する。ギルド中にかけられた睡眠魔法が解除されたからだ。いや、未だにナツただ一人が呑気にいびきをかいて眠り続けている。

 

「この感じは……ミストガンか……!?」

 

「あんにゃろォ……!」

 

「相変わらず凄い魔法だね……」

 

眠りから覚めた者が目を擦りながら口々に先ほど現れた人物の事を話題に挙げる。今まで強制的に眠らされた経験から、睡眠魔法の使い手が誰だったのか知っているため、今回もその仕業だということを察したからだ。

 

「ミストガン……?」

 

分からなかったのは妖精の尻尾(フェアリーテイル)に加入したばかりの新人、ルーシィだ。ミストガンの詳細を知らないため、聞こえてきたその名をオウム返しする。

 

その疑問に答えたのは、いつの間にかルーシィの傍に寄っていた短髪刈りの男、ロキだ。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)、最強の男候補の一人だよ」

 

だが、そう答えたはいいものの、その質問の主がルーシィであることに気づいたロキはそれ以上言葉を続けることなく、後退りしてルーシィから離れてしまった。

 

聖霊魔導士と一悶着あったことが原因で、聖霊魔導士を苦手としているらしく、同じく聖霊魔導士であるルーシィに対しても当初口説いていたにも関わらず、苦手意識から今では関係を持とうとしない。

 

代わりに説明を引き継いだのは隣にいたグレイだ。

 

「どういう訳か誰にも姿を見られたくないらしくてな。仕事をするときはいつもこうやって全員を眠らせちまうのさ」

 

「何それ怪しすぎ!」

 

ルーシィは素性の不審さにツッコミをいれた。もし彼女の実家で周りにそんな人物がいたら、父親は危険人物認定して即刻排除に取り掛かるだろう。変人の巣窟、妖精の尻尾(フェアリーテイル)でも一際異彩を放つ存在である。

 

「ていうか最強候補って。こないだのチームが最強チームだったんじゃないの?」

 

ルーシィの記憶では、鉄の森(アイゼンヴアルト)鎮圧に向かったナツ、グレイ、エルザ(とハッピー)と一緒に向かった際のチームが最強チームと評価されていたはずだ。ギルドに加入して日は浅いが、ギルドメンバーとの交流も増え、なおかつその三人の実力を目撃しているため、ギルドの大体の番付を把握していたつもりだった。

 

だが、そうじゃないらしい。どうやらガセ情報を掴まされたみたいだ。

 

「くっだらねぇ。誰だ? そんな下らねぇこと言ったの」

 

「……ミラさんだけど」

 

そしてその事をルーシィに教えてくれていたのは、ミラジェーンだった。そう伝えると、グレイはやらかしたという表情になって、バッとカウンターの方へ振り返る。話を聞いていたミラジェーンが目尻に涙を溜めているのを見て、グレイは即座に頭を下げて謝った。

 

グレイが謝罪で説明どころじゃなくなったので、さらに説明を引き継いだのがエルフマンだ。

 

「確かにナツたちの漢気は認めるが、“最強”と言われると黙っておけねえな。妖精の尻尾(フェアリーテイル)にはまだまだ強者がたくさんいるんだ。オレとかな!」

 

エルフマンが付け加えるように自分の事を顕示したが、ルーシィはその言葉を疑って半目を向ける。ギルドの喧嘩でナツとグレイに一蹴された姿を目撃しているため、エルフマンの主張は空回りして聞こえた。

 

「それは流石にないよ~」

 

「寝言は寝て言えって」

 

近くにいたチーム、シャドウギアの三人がエルフマンをあしらって、言葉を紡いだ。レヴィ、ジェット、ドロイの三人で構成されたチーム、シャドウギアはルーシィが最も懇意にしているチームだ。とはいっても、同姓で同年齢で趣味が合うレヴィと意気投合してよく話しているだけで、他二人とはその延長線上での関係である。

 

それでも、前の連中よりは真面目に正しく説明してくれると思い、ルーシィは耳を傾けた。

 

「最強は誰か? って話題になるとやっぱり盛り上がるよね。実際には、一堂に会して闘い合って決めることなんてないし、最強候補って言われる程強い人は仕事でギルドにいることも少ないしね」

 

「ただ、最強の女って言ったら、エルザで間違いないだろ。……あー、一応リュウさんも候補か? いやまあ、最強って感じじゃないしな。俺は今ならもうエルザだと思うけどな」

 

「最強の男は本当に分かんないよな。ラクサス、ミストガン、あとあのオヤジもか?」

 

「こんな風に最強っていうと候補が複数人いるんだよね。ま、少なくともあの二階に行けるようじゃないと、最強候補に名乗りを挙げることなんてできないと思うよ」

 

さっきまでとは違って、出てくる出てくる有用な情報。やっぱり聞くべき人は選ぶべきだわ、とルーシィが感心するが、同時に気になる情報があったので首を傾げる。

 

そして疑問を解消しようと口を出そうとしたところで、謝罪が一段落ついたばかりのグレイが会話に復帰してきた。

 

「ルーシィ、こういうことは早く言ってくれよ。泣かしちまったじゃねぇか」

 

「鼻で笑う方が悪い。それで何よ?」

 

「最強は誰だって話だろ? やっぱ戦わねえと分かんねぇだろ。ラクサスもミストガンもあのオヤジも滅多にギルドに帰ってくることねえし、ミストガンに至っちゃ、魔法どころか素顔も誰も知らねぇしな。マスターとリュウだけが知ってるみたいだけどな」

 

魔法を使ってギルドを眠らせてまで、その素性を徹底的に隠し通す有様にはある種の感心まで抱くほどだ。同時にエルザやグレイといった実力者まで眠らせる力量の高さも感じ取れ、その正体が一層気になる。

 

 

 

 

 

 

「いんや、オレは知ってっぞ」

 

その時、ギルドの二階から男の声が降ってきた。

 

ルーシィにとって聞き覚えがない声だ。その声に反応して、ギルド中の目線が二階へと向けられる。ルーシィも同様に二階に目を向けると、そこにはルーシィの面識のない男がいた。

 

柄の悪そうな短い金髪の男が、欄干に頬杖を突きながら、どこか嘲るように口元に笑みを浮かべて見下ろしていた。

 

その存在を認識した一階のギルドメンバーたちが声を上げる。

 

「ラクサス! いたのか」

 

「いつの間に」

 

「珍しいな……」

 

ルーシィの耳に届くのは、先程も聞いたことのある名前だった。

 

「もう一人の最強候補だ」

 

ルーシィの困惑に答えるようにグレイが説明を加えた。そう、先程も聞いた通り、妖精の尻尾(フェアリーテイル)で最強の男候補として挙がっていた名前だ。

 

見上げてくるギルドメンバーを二階から眼下に収めながら、ラクサスは言葉を続ける。

 

「ミストガンはシャイなんだ。あんまり詮索してやるな」

 

言葉に込められたのはミストガンに対する気遣いではなく、目下の者への嘲りだ。ミストガンの魔法になすすべもなく意識を刈り取られた弱者とは違い、魔法の影響を受けることなく、そしてその素性を看破した自分は強者であるという優越。

 

ラクサスの登場で浮足立ち、誰も反応できないなか、いつの間にか眠りから起き上がっていたナツが気炎を上げた。

 

「ラクサスーー!! オレと勝負しろーー!!!」

 

威勢よく叫ぶナツ。しかし、周囲の反応は少し冷めたものだった。

 

「さっきエルザにやられたばっかじゃねえか……」

 

グレイが呆れたように言う。先ほどエルザに瞬殺されて今の今まで沈んでいた癖に、性懲りもなく喧嘩を売る姿は空回りして見える。

 

ラクサスもそのザマを見ていたのか、失笑しながら挑発した。

 

「そうそう、エルザごときに勝てねえようじゃオレには勝てねえよ」

 

「どういう意味だ……」

 

その挑発を聞き逃せなかったのは、引き合いに出されたエルザだ。怒気を発しながらラクサスを睨みつける姿に周囲の人間は戦々恐々とする。しかし、その怒気を真っ向から受けた筈の当人は動ずることもなく、自らを誇示するかのように両手を広げた。

 

「オレが最強って事さ」

 

臆面もなく告げた言葉が静まり返ったギルドに響いた。飾らぬ簡潔さは自信の表れで、傲然たる立ち振る舞いはまさしく強者のものだった。

 

ラクサスが支配する場の雰囲気にほとんどのギルドメンバーがたじろぎ、冷や汗を流す。

 

例外は、そのまま睨み続けるエルザ、無表情なミラジェーン、溜息を零すマカロフ、そして柔らかく微笑む彼女だけだった。

 

いや、その静寂を打ち破るように声を荒げて啖呵を切るナツもだった。

 

「降りてこいコノヤロウ!!」

 

二階から見下すラクサスにナツが人差し指を向ける。

 

「おまえが上がってこい」

 

一階で吠えるナツをラクサスは指を曲げて煽る。

 

「上等だ!!」

 

ラクサスの仕草にのせられたナツが駆け出して、二階のラクサスの下へと走り出す。二階に行くには、カウンター横の階段を登らなければならない。

 

ナツが階段を目前にした瞬間、マカロフが片手だけ巨大化させ、登ろうとしたナツを押し潰して行動を阻止した。

 

潰された蛙のような声を上げるナツにマカロフが叱咤する。

 

「二階に上がってはならん! まだな……」

 

「ははっ! 怒られてやんの」

 

「ラクサスもよさんか」

 

マカロフの鉄拳を食らいながらも、身を捩って抜け出そうとするナツ。じたばたとあがく様子を見下しながらラクサスが呵々と笑った。

 

挑発をして省みないラクサスをマカロフが窘めたが、ラクサスは反応することなく、ギルド中に響くような声で宣言した。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の座は誰にも渡さねぇよ。エルザにも、リュウにも、ミストガンにも……あのオヤジにもな」

 

ラクサスのその言葉に、それまで沈黙を保って事の推移を見守っていた彼女が目を丸くしながら意外そうな声を上げた。

 

「おや。私も頭数に入るのかい?」

 

彼女がそう問いかけると、ラクサスの表情が変わった。

 

それまで、自信と傲りに満ちていた表情が鳴りを潜め、彼女に蔑むような冷たい目線を向けた。

 

「はっ。確かに、別に名前を挙げる必要なんてなかったか。自分の責務を放棄した昼行燈なんかに、俺が負ける訳ねぇからな」

 

ラクサスの侮辱が逆鱗に触れたのは、彼女本人ではなく、別の人物だった。

 

「ラクサス! 貴様、撤回しろ!」

 

それはエルザだった。先程まで睨んでいた時以上の形相を浮かべ、実力行使に出るのではないかと思わせるほどの怒気を滾らせる。

 

次に声を荒げたのがグレイだ。

 

「てめぇ……!」

 

グレイは額に青筋を浮かべながら、両手を自身の魔法、氷造形魔法(アイスメイク)の構えにしていた。無意識からの行動か、その身の魔力は巡ってはおらず、魔法の行使まで行くことはなかったが、冷静さを失っていることが分かった。

 

二人だけではない。彼女と関係が深い者たちは、先程まで空気に飲まれて黙っていた時と一変して、ラクサスの物言いに目に角を立てている。温和な性格でいつも柔らかく笑っているミラジェーンも、今では滅多に浮かべることのない憤怒の表情でラクサスを睨みつけていた。

 

ナツもまた抜け出そうとする足掻きが激しくなる。マカロフは押さえつける力を強める方に集中せざるを得ず、自身の孫の暴言を戒めることができずにいた。

 

彼女と関係が浅い者であっても、みな一様に表情に不快感を滲ませる。ルーシィもまた、新参者ではあるけれど、加入の際に歓迎してくれた彼女の暖かさを知っているだけに、口をへの字に結んだ。

 

「はん……何か文句でもあんのか?」

 

ラクサスはギルド中から敵対的な視線を向けられたが、動じることもなく、されど面白くないような表情を浮かべ、さらに怒りを加速させるようなことを言った。

 

 

 

一触即発の空気が漂う中、その空気を破ったのは話題になっていた彼女だ。

 

「はい、ストップ」

 

パンっと両手の掌を叩いて衆目を集めた彼女は、気分を害した様子もなく穏やかな笑みでギルドを見回した。

 

「みんな、私のために怒ってくれてありがとねぇ。でも、争い合うのはだめ。仲間同士で傷つけ合うのだけは見せてほしくないよ」

 

その静かな言葉を聞いて皆それぞれ怒気を収めた。渋々ではあるが、当の本人から説得されてなお続けようとする者はいなかった。

 

そうして場を静めた彼女はラクサスの方へ向き直る。その場では声をかけずに、ゆっくりとラクサスの下へと歩き始めた。

 

つまり、ラクサスのいる二階へと。

 

階段を上がる彼女の姿に、ギルド内がざわめきだした。二階は限られた魔導士だけが立ち入ることが許される領域だ。そこに貼り出される依頼書はほとんどの魔導士が達成困難で、難題を乗り越えるための実力と知識、そして覚悟が問われるS級以上のクエストが待っている。

 

そのクエストを受注できるのは、妖精の尻尾(フェアリーテイル)でも数えられる程しかいない上位者、すなわちS級魔導士のみだ。

 

彼女はS級魔導士だった。

 

しかし、彼女が高難度クエストに挑む姿を多くのギルドメンバーが見たことがなかった。マグノリアの街でばかり依頼をこなす彼女が二階へと赴くところを目撃して、驚きに目を丸くする。

 

二階で待っていたラクサスも自分の下へ近寄る彼女に不意を突かれたが、やがて彼女が側で立ち止まると片眉を上げて言葉を投げかけた。

 

「まさか、あんたがここにくるとはな。老いぼれてそんな気力もなくなったと思ってたわ」

 

「あっはっは。老兵は死なず、ただ消え去るのみとは言うけどねぇ。若人にああまで焚き付けられちゃ、良いとこ見せたいって老骨に鞭打ちたくなるものさ。ラクサス坊」

 

「……その呼び方やめろ。餓鬼じゃねぇんだよ、ばばあ」

 

ラクサスが怒気を孕んだ目で睨みつけるが、彼女は柔和な笑みを崩さなかった。

 

「いつまでも、私にとっては、ラクサス坊はラクサス坊さ。大切な仲間(かぞく)だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミストガンの来訪、ラクサスとの一悶着があった翌日。

 

彼女はギルドで朝食を取っていた。久しぶりのS級クエストに向けて、必要な備品を詰め込んだバックを傍らに置いて、これからの長旅に向けて英気を養う。今回は北方の地へ遠出することになるため、今のうちにギルドの美味しい料理を堪能しているところだ。

 

彼女が朝食を取り終わると同時に、二階からミラジェーンが慌ただしく駆け下りてきた。その珍しい様子に視線を向けると、ミラジェーンはどこか焦った表情で発生した問題をマカロフに報告した。

 

「マスター! 二階の依頼書が一枚なくなってます!!」

 

「ブホォッ!!?」

 

とんでもない報告内容にマカロフが啜っていたコーヒーを噴き出した。

 

彼女もまた、あってはならない事態に珍しくポカンと口を開けた。

 

原則、クエストを受注する際には依頼書を受付に提示し、帳簿との照合を行ってからギルドの承認を受けなければならない。受注した者と受注した日付、受注した内容を記録しておく必要があるからだ。この手続きは、ギルドメンバー毎の依頼達成度と貢献度を蓄積するほか、その行方を確認するというきちんとした理由がある。

 

受付嬢のミラジェーンが慌てているということは、依頼書は紛失した訳ではなく、誰かが受付を通さずに依頼を受けに行ったということだ。それも二階のもの、S級魔導士しか挑戦できない依頼をだ。一回の依頼書とは訳が違う。

 

重大な事件にギルド中が騒然とするなか、2階で椅子に腰かけて机に足をついていたラクサスが不敵な笑みを浮かべて、昨夜起こった出来事を説明した。

 

「それなら昨日、猫がちぎっていったのを見たぞ。翼の生えた、な」

 

心底可笑しそうに笑うラクサスのその言葉を聞けば、下手人が誰なのかなんてすぐに分かる。

 

「ハッピー!?」

 

「つー事はナツとルーシィも一緒か!?」

 

「何考えてんだあいつ等!!」

 

「バカだとは思ってたけど、ここまでとはね……」

 

「S級クエストに勝手に行っちまうなんて……!」

 

下手人が誰か分かれば首謀者も分かる。ギルドの面々は、資格がないにも関わらずギルドの規約を破って、無謀にもS級クエストへ旅立った彼らについて言及する。

 

「これは重大なルール違反だ……。じじい! 奴等は帰り次第破門……だよな? つーか、あの程度の実力でS級に挑むとは……帰っちゃこねえだろうがな」

 

動揺する面々とは対照的に、他人事だとして平然とするラクサス。

 

「ラクサス! 知っててなんで止めなかったの!?」

 

その態度が気に障ったミラジェーンは、現場を目撃しながら何もすることなく見過ごしたことを糾弾した。

 

「オレには泥棒ネコが紙キレ咥えて逃げてったようにしか見えなかったんだよ。まさかあれがハッピーで、ナツがS級に行っちまった、なんて思いもよらなかったなあ…」

 

詰め寄るミラジェーンに、ラクサスは悪びれる様子もなく返答した。それは聞けば誰もが分かる欺瞞に満ちたものだった。ミラジェーンが威圧感を感じさせる表情で凄むが、ラクサスに堪えた様子はない。むしろ懐かしむように目を細めただけだ。

 

「不味いのう……消えた依頼書は?」

 

「呪われた島『ガルナ』です」

 

「悪魔の島か!!」

 

マカロフの確認にミラジェーンが答えると、ギルドが更に愕然とする。

 

そこは、フィオーレ王国でも有数の危険地帯とされる島。海を縄張りにする無法者たる海賊でさえも近寄らない場所だ。

 

マカロフがラクサスに対して叫ぶ。

 

「ラクサス! 連れ戻してこい!!」

 

「冗談……オレはこれから仕事なんだ。てめえのケツをふけねえ魔導士はこのギルドにはいねえ。だろ?」

 

「くっ……」

 

マカロフの命令は、ギルドの信条を盾に拒否された。そう、魔導士は自己責任が原則だ。例え、ナツがS級クエストで命を落としたとしても自業自得でしかない。

 

マスターとして、ラクサスの言葉の正当性を否定できない。しかし、いくら馬鹿をやらかしたと言っても、みすみす死にに行くような仲間を見過ごすことなど、マカロフには出来そうになかった。

 

マカロフが次に頼ろうとしたのが、彼女だった。

 

「リュウさん! 馬鹿どもを捕まえに行ってはくれんか!?」

 

「……そうしたいのは山々なんだけどねぇ。私も同じく仕事なんだよ。ガルナ島に行くならハルジオンに行くだろうけど、私の行先は真逆なんだよねぇ」

 

ただ彼女も同様に拒否するしかなかった。あまりにもタイミングが悪すぎた。昨日の一件から、彼女はいつものようなマグノリアの街で終わる依頼ではなく、S級クエストのために遠方へと出立する予定だった。これが、今日もいつものようにマグノリアの街で簡単な仕事だけするところだったら、二つ返事で連れ戻しに向かったことだろう。

 

頼みの綱が切れて、頭を抱えるマカロフに名乗りを上げた者がいた。

 

「じーさん……俺がナツを連れ戻しに行く」

 

グレイだった。ナツとは同程度の実力を有しているため、今いるギルドメンバーの中では、彼女とラクサスを除けば、一番連れ戻せる可能性が高い。マカロフはナツ達の回収をグレイに任せるしかなかった。

 

グレイがギルドを出立しようとした時に、彼女が申し訳なさそうに声をかける。

 

「グレイ坊。私が行けたらよかったんだけどねぇ」

 

「大丈夫だ、リュウ。俺があの馬鹿をきちんと連れてくるからよ」

 

「うん。任せたよ」

 

彼女の信頼に応えるべく、グレイは力強く頷いて、すぐに全速力でギルドを駆け出した。ガルナ島に行くためには、ハルジオンの街で船を探す必要がある。つまり、ナツ達を捕まえるには、出航される前にハルジオンの街で確保しなければならない。

 

グレイは急いで駅へと向かい、ハルジオン行きの魔導列車に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

 

そして、ハルジオンの街でナツ達に追いついたグレイは、逆にナツ達に確保されてS級クエストへと連れていかれることとなったのだった。

 

木乃伊取りが木乃伊になる結果に、話を聞いた時は苦笑するしかなかった彼女であった。

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