妖精の尻尾のリュウさん   作:ただの馬鹿

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師匠と先生

氷造形魔法(アイスメイク)は綺麗だと評価されることが多い。確かに、熟練された氷造形魔法(アイスメイク)は透き通るような透明度と複雑で繊細な形状の氷を作り出すことができる。そうして生成された氷細工は確かに美麗で、そう評価されることも納得がいく。

 

だが、俺が氷造形魔法(アイスメイク)を習得するに至った動機はとても綺麗なんて言えるものじゃなかった。

 

悲しみ、怒り、恨み、憎しみ。言い表しようもない負の感情に支配され、復讐の道具として求めたのが氷造形魔法(アイスメイク)だった。故郷と家族を奪った悪魔を殺すためだけに習得したもの。

 

そして、今では、過去の罪であり、同時に誇りにもなったのが、俺にとっての氷造形魔法(アイスメイク)だ。

 

俺にとって、氷造形魔法(アイスメイク)の先達は二人いた。

 

教え導いてくれた師匠ウルと鍛え強くしてくれた先生リュウ。

 

俺の魔法は彼女達によって形作られている。

 

 

 

 

 

 

ギルドのルールを破って勝手にS級クエストへと向かおうとした馬鹿共を連れ戻しに行った俺は、ハルジオンの港で出航前に追い着くことができた。

 

そこで油断してしまったのが不覚となり、一瞬の隙を突かれて気絶させられた俺は、気付いた時には捕縛された状態でガルナ島行きの小舟に乗せられてしまった。馬鹿共のルール違反の共犯者にしようという魂胆らしい。

 

連れ戻しに来たのに逆に連行される。更には縄で固く束縛され、魔法が使えないように両手も拘束されいて、俺は無様な姿を晒していた。

 

ふざけんじゃねえ。リュウに自信ありげに言っておいて何やってんだよ、俺は。

 

あまりにも不甲斐ない自分に腹が立つ。だが、必ず挽回するチャンスは来る筈だ。

 

やがて、船頭が悪魔化した片腕を見せ、これから待ち受けるS級クエストの一端を明かした。そして絶句して少し目を離した間に、忽然と姿を消す。

 

更には大波で小舟が転覆し、海に投げ出されてしまった。

 

拘束されてなす術もなかった俺は、大波に飲み込まれて意識を失い、目を覚ました時には既にガルナ島へと馬鹿共と一緒に漂着してしまっていた。

 

馬鹿共が起き上がって、そのまま島の奥へと入っていこうとするところに声をかけた。

 

「待ちな」

 

「何だよ! ここまで来たらもう連れ戻せねーぞ」

 

「いや、俺もいく」

 

いきなり態度を変えて同行することを伝えた俺に馬鹿共が呆然とした。肩を竦めて仕方がない、という素振りを見せてこう伝える。

 

「やっぱ、お前らだけが先に二階に行くのもシャクだ。破門になったらそれはそれでつまらねぇ。きっちりこなして逆に実力で認めさせようじゃねぇか。行こうぜ、S級クエスト」

 

「おおっ!!」

 

納得の行った様子で馬鹿共が意気揚々と島の奥地へと入り込んでいく。俺は、その後ろ姿に追随した。

 

悪いが今言ったことは嘘だ。

 

マスターとリュウに託されたことを投げ出す訳がねぇ。今度はこっちが油断させて、隙をみて氷造形魔法(アイスメイク)で拘束する。馬鹿は馬鹿だが、厄介なことに実力はある馬鹿だ。正面から実力行使するにはリスクが高い。完全に捕まえられる確信を得るまでは機会を伺うことにした。

 

それから、ガルナ島の集落を訪れて依頼内容を聞く。どうやらガルナ島の村民は体の一部が悪魔の形に変形していて、夜を迎えるとその全身と心が悪魔そのものへと変貌してしまうらしい。そしてその呪いの原因は夜空に浮かんでいる紫色に光る月であると主張してきた。数年前から、月の色が紫へと変わり、それ以降このような有様だということだ。

 

そして、依頼内容は原因である月を破壊してくれ、とのことだ。

 

 

 

あまりにも突飛な依頼に、馬鹿共が呆然とする。一瞬俺も言葉を失っちまった。だが流石に月を破壊するなんてのは非現実的に過ぎる。恐らく、村人を悪魔へと変貌させる原因は別にある筈だ。それを探して解決するのが本当に求められていることだ。

 

だが、村人たちには悪いが、俺は解決に協力するつもりはなかった。俺がここにいるのは馬鹿共を連れ戻すためだ。一向にチャンスが訪れず、依頼主から依頼を聞き届けてしまうことになってしまったが、それでも俺の意思は揺るがない。依頼を聞いた後に、それを放棄して帰ってしまうのは申し訳ねぇとは思うが、そもそも正式に依頼を受けている訳じゃない。

 

馬鹿共を拘束した後にでも、頭を下げて正式にS級魔導士を派遣して解決することを約束すればいい。数日の内にエルザも帰還するだろうし、事情を話してこの依頼を頼み込めば村人をあまり待たせることなく解決できる筈だ。最悪、自分の恥を晒すようで気が進まないが、リュウが戻り次第頼むことも考えた

 

だが、その考えも遺跡の地下で目撃した氷漬けのヤツを見たことで吹き飛んでしまった。

 

デリオラ。

 

俺にとって全ての元凶で、復讐の相手。生まれ育った故郷を破壊し、両親を殺し、何もかもを蹂躙した怨敵。

 

そして、師匠ウルがその身を賭して氷結の中に封印した厄災の悪魔。

 

こんな所にこいつがいる訳がねぇ! だが、事実として俺の眼前にデリオラの氷牢が立っている。つまり、誰かによってウルが封印を施した場所からこの場所へと移動されたという訳だ。

 

誰がどういう目的で移動させたのかは分からねぇが、こいつを見てしまったからには見過ごすことはできねぇ。マスターやリュウには悪いが、こいつは俺にとってそれ程の存在で、未だに忘れることができない仇だった。

 

それまで連れ戻すことだけを考えていたが、事情が変わり、俺も依頼解決のために協力することにした。いるはずのないデリオラと村人を蝕む紫色の月。まったく関係がないはずがない。その糸口を辿れば、事の真相が明らかになるはずだ。

 

やがて、この島で怪しげな儀式を行う集団と、月の光を集める魔法儀式月の雫(ムーンドリップ)に辿り着いた。

 

そして、俺は過去に置いてきた因縁と自身の罪に向き合うことになる。

 

月の雫(ムーンドリップ)により、デリオラを復活させようとした主導者零帝。そいつは俺の兄弟子リオンだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

デリオラによって壊滅させられた村を訪れたウルに拾われて、兄弟子リオンに次いで俺もウルの弟子となった。弟子入り後、兄弟子リオンと師匠ウルとの雪山での三人暮らし。

 

ウルが扱う魔法が氷造形魔法(アイスメイク)だ。己の魔力で氷を生成し、自由な形状で自由に操作する魔法。

 

故郷も家族も失って天涯孤独の身になった俺は、その身を突き動かす復讐心に従うまま、ウルの修行に明け暮れた。無力で何もできずに、恐怖に身を縮こませて震えることしかできなかった自分を憎み、力を身に着けて復讐することだけを考えていた。

 

リオンはウルに憧れていて、ウルを超えることを目標に前向きに修行に励んでいる。一方の俺はデリオラへの殺意を滾らせながら、力を得ることだけを考えて鍛錬に参加していて、馴れ合いを嫌っていた。

 

無礼で可愛げのない弟子だった。だが、ウルはそんな俺を見放すこともなく、根気よく魔法を教えてくれた。

 

まあ、ウルの修業のせいで変な脱ぎ癖がついちまったけどな。冷気を操りたくば冷気と一つになれ、と言って雪山を走らされたり、寒中水泳させられたりした。体を低気温に慣れさせ、氷造形魔法(アイスメイク)を十全に扱うようになるためとはいえ、日常生活で弊害が残っちまった。

 

そんな修行生活も長く続き、失ってしまった団欒の暖かさにどこか俺も心地よく感じていたんだと思う。ひねくれてウルをクソ女呼ばわりしていたが、俺はウルを師匠と認めていたし、ウルを超えようとひたむきだったリオンとも良好な関係を築けていた。

 

それでも、俺のデリオラに対する憎しみは風化することはなかった。

 

修行を続けていたある日、デリオラが近くの街に現れたという情報が俺の耳に届いた。居ても立っても居られなくなった俺は三人で住んでいた家を飛び出した。

 

「よせ! デリオラに敵う訳がないだろ!? お前じゃ無理だグレイ!!」

 

「うるせえよ。おまえなんかにわかるかよ。オレは父ちゃんと母ちゃんの仇をとるんだよ!! 何か文句あんのかよ!!」

 

「出て行けば破門にする!!」

 

「ああ、せいせいするよ! オレが死んだらもっと強い魔法を教えてくれなかったアンタを恨む……!」

 

「グレイ!!」

 

ウルの修行が途中でありながら、ウルの制止を振り切ってデリオラの元に向かう。そんな状態で挑んでも、結果は分かりきっている。彼我の差を見誤った未熟者の末路は死あるのみだ。

 

俺の魔法をデリオラは歯牙にもかけない。氷造形魔法(アイスメイク)は悉く破壊され、敗れた俺は地に伏して動くことができなかった。

 

そんな俺をウルは助けに来た。恨み節すら吐いたのに、見捨てることをせず命を張って救おうと駆け付けた。

 

だが、後を追って助けに入ったウルも、デリオラの力には及ばなかった。戦闘の中で片足を失い、全身から血を流しながら、俺とウルに同行してきたリオンを守るように立つのを見て、悔しさと申し訳なさ、それと恐怖で体を震わせて涙を流すことしかできなかった。

 

ウルは俺を抱きしめて安心させようとした。そして心配させないように、欠損した足を氷造形魔法(アイスメイク)で補強し、ウルは気丈に笑った。

 

「あの怪物がお前の闇ならば、私も戦う理由があるという事だ」

 

最後の手段として、ウルが発動したのが、自身の肉体を氷と変えて相手を永久に封じ込める絶対氷結(アイスドシェル)だった。自身の肉体を氷と変え、その中に相手を永久に封じ込める魔法。

 

つまり、ウルは俺の独りよがりな憎悪のせいで、俺とリオンの前からいなくなってしまう。

 

「頼む……もう、やめてくれ……これからは何でもいう事を聞くからぁ……っ!」

 

俺は泣きながらウルを止めようとするが、魔法の余波で近寄れずに吹き飛ばされた。最後に目に映ったのは体が消えながらも暖かな笑みを浮かべるウルの表情だった。

 

「お前の闇は私が封じよう」

 

ウルが目の前から消え去り、残されたのは氷漬けにされたデリオラだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の浅はかさと愚かさで恩人である師匠を失い、リオンから目標を奪ってしまった。リオンとの決別は決定的なものとなり、その日以降、俺はリオンと出会うことはなかった。リオンがデリオラを復活させるという凶行に及び、デリオラを倒すことでウルを超えるという妄執に囚われているのも、俺の罪が原因だった。

 

なら、俺は犯した罪の責任を取らなくちゃいけねぇ。

 

だが、月の雫(ムーンドリップ)の儀式に乱入しリオンと戦闘に入ったが、動揺とリオンから突き付けられた罪深さへの後ろめたさで集中力を欠いていたために俺はリオンに一度敗れてしまった。

 

気絶した状態から覚醒したときには、村の物置で治療されていて、醜態を晒してしまったことに歯噛みする。

 

再びデリオラの復活を阻止し、リオンの凶行を止めるため遺跡に向かおうとした俺の前に立ちはだかったのが、いつの間にか来ていたエルザだった。エルザはルーシィを縛り上げ、そして俺の事も睨んでいる。ナツ達を連れ戻すどころか、あろうことか共にS級クエストに携わることになったことに対して、怒り心頭の様子だった。

 

「大体のことはルーシィから聞いた。お前は連れ戻しに来たんじゃなかったのか? 呆れて物もいえん」

 

村の被害、デリオラの存在、俺の過去を把握した上でエルザは続けた。

 

「正式に受注した別の魔導士に任せればいい。早くナツを捕まえてギルドに連れ戻す。それ以外に興味はない」

 

ああ、間違っちゃいねぇよ。けどな、俺だけはそうしちゃいけねぇんだ。俺は自分の罪から目を背ける訳にはいかない。

 

「勝手にしやがれ。俺は帰らねぇ」

 

「……何だと?」

 

エルザが剣を換装し、切っ先を俺に向ける。

 

「お前までギルドの掟を破るつもりか」

 

その低く冷たい声にエルザの本気度が伝わってくる。だが、俺はその刀身を握りしめて言葉を曲げなかった。手から血が滴り落ちるのも気にせず、エルザの目を強く見つめた。

 

「例え破門されるとしても、やらなくちゃいけねぇことなんだ」

 

ここで過去の罪から逃げたら、それこそ俺は師匠と先生に顔向けできねぇ。

 

エルザに構わず、俺はリオンの待つ遺跡へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウルとの修行生活の中、雑談の中で魔導士の強さについて話題に上がったことがあった。リオンはウルを最強だと信じていたが、ウルは頭を横に振って否定した。

 

「私よりも強い魔導士なんていくらでもいるさ。特に西の方にはな」

 

「嘘だって! ウルより強い奴なんているもんか」

 

「世界は広いぞ、リオン。私の氷造形魔法(アイスメイク)だって、独学で学びこそしたが、今の領域まで至れたのは造形魔法の頂を知ったからこそさ」

 

リオンは意固地になってウルの言葉を聞き入れなかった。リオンはウルを超えるべき目標だと慕っていたからこそ、ウルが自分を卑下しているように聞こえたらしい。

 

沈黙するリオンに代わって、俺が問いかけた。

 

「お前より強いってどんなヤツだ?」

 

「そうだな。まだ私も未熟だったころ、魔物に襲われていたところを助けてもらったことがある。そいつが使っていた魔法は私とは違うものだったが、氷造形魔法(アイスメイク)も使えたみたいでな。昔は私も魔導を探求して魔法を強くすることにかまけていたから、一度せがんで見せてもらったことがある」

 

ウルが言う事には、それまで狭い世界で調子に乗っていたところにそいつと出会ったからこそ、いかに自分が井の中の蛙だったかを痛感したとのことだ。

 

「造形魔法は最も自由な魔法だと教えたな。凝り固まった固定観念を壊して、自由な発想を描くことが造形魔法の真髄だと。私もそいつに教えられたのさ」

 

リオン程ではないが、俺にとってもウルは最も強い魔導士だと信じていたし、ウルのその言葉を鵜吞みにはできなかった。だが、リオンとは違い、俺はその存在が気になって詳細を聞いた。

 

「そいつの名前は?」

 

「正確な名前までは知らないけど、本人曰く、りゅうさん、とか言ってた。フェアリーテイルのりゅうさんだと」

 

「りゅうさん……か」

 

「……ふん」

 

リオンがこれ以上聞いてられないとばかりに席を立ってしまったので、それ以上の話はできなかった。

 

だが、俺の頭の片隅にはその名前が残っていた。その内、忘れるとばかり思っていたが、ウルという指針を失った時にその存在を思い出した。

 

ウルがデリオラを封印し、リオンと決別したその日。

 

リオンがその後、どういう人生を送ったのかは分からないが、俺はウルの言葉を頼りに西の方へと向かった。

 

俺は強くなりたかった。心の弱さ故にウルを失い、ウルとの修行は途絶してしまった。だからこそ、師匠から教わった氷造形魔法(アイスメイク)を完成させることが出来る目的地を目指した。

 

西の方には、ウルを凌ぐ程の魔導士、そしてウルの先達とも言える氷造形魔法(アイスメイク)の使い手がいる。

 

紆余曲折の旅路の果てに、俺はフィオーレ王国に入り、最も強いと評判の魔導士ギルド、ウルが言い残した妖精の尻尾(フェアリーテイル)に辿り着いた。

 

絶対氷結(アイスドシェル)?」

 

「ああ、その魔法の解き方はねぇか」

 

「いや、無駄じゃろうな。絶対氷結(アイスドシェル)は術者の身体を代償に行う永久封印魔法じゃ。それを解くことは…………できないじゃろう」

 

「そうか……」

 

少し言い淀んだが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスターが断言した。目的の一つが潰されてしまったが、落胆こそあれ、絶望することはなかった。ウルを取り戻すことはできないと頭のどこかでは分かっていたから。

 

だから、俺はもう一つの目的を口にする。ウルが口にした氷造形魔法(アイスメイク)の先達。俺は強くなるために、そいつに鍛えてもらおうと思い、ここに来たんだ。

 

「なら、ここにりゅうさん、とか言うやつはいるか? 俺はそいつに会いに来た」

 

「む、リュウさんじゃと? おるにはおるが、知り合いかの」

 

「いや。実は……」

 

「はいはい、呼んだかい?」

 

俺とマスターの会話が聞こえたのか、りゅうさんという名で現れたのが、ウルが造形魔法の頂だと評したにしては、餓鬼だった俺より少しばかり年を重ねたぐらいの若い女だった。ウル以上の魔導士と言うからにはもっと年嵩で熟練の魔導士を想像していたから、出てきた女を疑わし気に凝視してしまった。

 

「……お前が? 本当か?」

 

「これ、初対面なのに、なんて目でリュウさんを見るんじゃ」

 

「あっはっは。いいっていいって。それで、このギルドでリュウさんって呼ばれてるのは私一人さ。私に何か用かい?」

 

「ウルって、氷の魔導士を知ってるか?」

 

質問しておいて何だが、良い返事はないだろうと思っていた。ウルも一度助けられて魔法を見せてもらった程度で、それ以降の付き合いはなかったと言っていたから、そんな存在を憶えている可能性は低いと考えたからだ。

 

「ああ、ウル嬢。知ってるよ、なかなか良い氷造形魔法(アイスメイク)を使いこなす子だったねぇ」

 

だが、その女は即答した。懐かし気に笑う様子に、俺は手掛かりが実を結んだことにする安堵と逆にどう見ても魔法を師事には若すぎる姿に不安を持っていた。

 

悩む俺に女は言葉を投げかける。

 

「君は彼女の弟子かな? 彼女は元気かい?」

 

「ウルは俺の師匠だ…………もう、いない」

 

「……そうかい」

 

苦しく呻くような俺の声に、残念そうに眼を閉じて、ウルの事を悼む女。

 

「まったく……前途有望な若人が老輩を置いて夭折するなんてねぇ……」

 

一度しか会ったことがない人をここまで偲んでくれた事に、俺は心から感謝した。

 

俺が失わせてしまったウルの繋がりが残っていてくれたことに、さっきまでの不安感も忘れて、その女に深々と頭を下げる。

 

「俺を鍛えてください。俺は強くならなくちゃならないんです」

 

慣れない敬語を使ってお願いをする。俺は弱いままでいたくはなかった。弱いままだと、大切な人を失ってしまうから。

 

二度とそんな罪を犯しちゃならねぇんだ。

 

「これこれ。いきなり言われてもリュウさんはリュウさんで忙しい身でのう……」

 

「いや、大丈夫だよ。私で良ければ力になろう」

 

マスターが窘めるのにかぶせて、女は俺の願いを聞き届けてくれた。

 

「良いのか!?」

 

「むう、本当に大丈夫なのかのう」

 

「うん。そんなに時間をかけてあげられる訳じゃないけどねぇ」

 

俺はその日、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員となって、女はその日、俺の先生になった。

 

 

 

リュウは言ってた通り、俺との修行時間を多くとれていた訳ではなかったが、可能な限り時間を割いてくれていたのは傍から見てても分かった。当時は今ほどS級魔導士を抱えていた訳ではなかったから、リュウはS級魔導士として第一線を張っていたのに、何の義理もない俺を鍛えてくれた。

 

擬氷造形魔法(アイスメイク)撃竜槍(ドラゴネイター)

 

「すっげ……!!」

 

リュウが生み出した氷槍は、俺が辛うじて作り出せる貧弱な氷槍とは違って、城塞を穿つ程の巨大さと長大さを持った魔導回転槍(ドリル)状のものだった。魔力を更に込めると槍身が回転し、切削部分で抉ることができるとも言った。俺の想像の埒外にあった造形に度肝を抜かれる。

 

「私は本職じゃないから君の師匠のように氷造形魔法(アイスメイク)を的確に指導はできないけどねぇ。お手本を見せて、模擬戦闘に付き合うぐらいならできるからさ。遠慮なく頼ってくれるといい」

 

作った氷槍を解凍しながら鷹揚に笑うリュウに、俺はここに来れて良かったと実感した。

 

本職ではないと言っても、指導内容は充実したものだったし、時にはウルから仕込まれた技術を見抜くこともあった。

 

「グレイ坊の所作は丁寧で良いねぇ。きちんとした指導を受けたことが分かるよ」

 

「所作?」

 

リュウは俺の氷造形魔法(アイスメイク)の構え方を指摘して褒めた。片方の掌にもう片方の握り拳を置いた両手での造形は、ウルの教えからだ。

 

リオンは片手での氷造形魔法(アイスメイク)を行って度々ウルから修正をされていたが、片手での造形は出来なかった俺は愚直にウルから教わった構えを続けていた。

 

リュウはそれで正しいんだと言った。

 

「造形魔法は数ある魔法の中でも最も自由度の高い魔法だよ。外観、形態、機能、性質といった要素を自分の想像力で構成する必要がある。片手だけでこれらの要素を網羅するのは不可能さ」

 

リュウは片手で氷剣を作り出し、自分で握りしめて破壊する。

 

「片手で生み出した造形魔法は強度、密度、バランスなど、どこかしらに欠陥ができるものさ。巧遅は拙速に如かず、なんて言うけどねぇ。こと造形魔導士においては、急いては事を仕損じるものだよ」

 

リュウはウルの教えを肯定した。リュウの氷造形魔法(アイスメイク)を見た時点で、既に師事する相手として認めていたが、ウルと通じる考え方に信頼を抱き始める。

 

とはいえ、リュウにとって氷造形魔法(アイスメイク)は専門じゃなかったみたいだから、ある程度指導を受けた後は、自分で氷造形魔法(アイスメイク)を突き詰めていく必要はあった。

 

時には無茶な修行で自分を痛めつけ過ぎてしまうことがあった。特に、ウルが消え、リオンから憎悪を向けられたあの日の悪夢を見た日なんかは。

 

度が過ぎた修行はリュウが見咎めて、俺を落ち着かせてくれた。

 

「グレイ坊。そんな無茶しても直ぐには強くなれないよ。大丈夫、とことん付き合ってあげるからさ」

 

「……でも、俺はもう、あんな失敗はしちゃいけねぇんだ」

 

苦悩する俺の頭を撫でて、リュウは穏やかに言った。

 

「確かに過去は変えられない。取り返しのつかない失敗なんてのもある。でも、未来は変えられる。それに贖罪する機会が来ることだってある。その為にも、焦らず一歩ずつ進むのさ。訪れたチャンスを逃すことのないようにね。ま、伊達に年季が入ってないよ。信じて頂戴な」

 

それからも一人前と判断するまで、根気よく鍛錬に付き合ってくれた。魔法だけじゃない。ギルドの掟や身の立て方など、魔導士として生きていくために未熟だった俺をここまで鍛え強くしてくれたのはリュウのおかげだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けてやりたかったが、もう限界だ」

 

デリオラを封印している氷は、絶対氷結(アイスドシェル)で肉体を氷へと変えたウル自身だ。

 

ウルの最期を見届けていないリオンにはウルは死んだと伝えたから、リオンは知らないと思い、リオンがしていることはウルの意思を無駄にし、殺そうとしていることだと説得した。だが、リオンは既に知っていて、それでもなおデリオラの氷を溶かそうとしていた。そんなことは許しちゃおけねえ。

 

ウルを氷クズだと断じたリオンに、これ以上の言葉は通用しないと悟り実力行使に出る。

 

氷造形魔法(アイスメイク)弩弓(アロー)!」

 

氷の弓矢を作り出し、矢を射る。リオンが回避した隙に近寄り、その顔面を殴りつけた。

 

吹き飛ばれたリオンが壁に手をつき、立ち上がりながら激高する。

 

「この俺がグレイごときに膝をつくなどあってはならんのだ! 氷造形魔法(アイスメイク)白竜(スノードラゴン)!」

 

氷造形魔法(アイスメイク)拘束縄(アイスロープ)

 

リオンが造形した氷の竜を、作り出した氷の縄をしならせて縛り上げる。リオンが驚愕して、片手を動かして白竜(スノードラゴン)を暴れさせるがビクともしない。

 

「な。馬鹿な!! こんなちんけな縄ごときで! くそっ! 氷造形魔法(アイスメイク)(スノーバード)!」

 

氷造形魔法(アイスメイク)鳥籠(アイスケージ)

 

リオンが次は数で攻めてきた。十数匹の氷鳥が空を舞いながら俺の元へと迫るが、一匹一匹を空中で氷籠の中へと閉じ込める。閉じ込められた鳥は籠を抜け出すことが出来ずに地面へと落下して割れた。

 

「くっ、ふざけるな! 十年、十年だぞ! 仲間を集め、知識を集め、三年かけて儀式を行い、ようやくここまで来たのだ!! こんな、ギルドで道楽していたような奴に俺が負ける訳がない!!」

 

「……俺はウルの言葉を信じただけだ」

 

リオンが吠える。その叫びは俺には空虚に聞こえた。リオンは俺のせいで目標を見失い、道を誤ってしまっている。なら、俺がその目を覚まさなくちゃいけねぇ。

 

氷造形魔法(アイスメイク)白虎(スノータイガー)!!!」

 

氷造形魔法(アイスメイク)牢獄(プリズン)!」

 

リオンの白虎(スノータイガー)を檻の中に閉じ込める。白虎(スノータイガー)が外に出ようと檻にしがみつき壊そうとするが、牢獄(プリズン)は罅が入ることもなく、白虎(スノータイガー)を無力化した。

 

絶句するリオンを牢獄(プリズン)の上から見下ろす。

 

「これがお前の姿か、リオン」

 

「なにぃ……!」

 

「世界を知らない、哀れな猛獣だ。俺はギルドに入って知ったんだ。世界の広さと仲間たちと競うことで強くなれるということを」

 

地面に降り立って、リオンにとどめをさす。

 

氷造形魔法(アイスメイク)氷雪砲(アイス・キャノン)!!!」

 

両手で氷の大砲を造形し、その弾丸がリオンの体を直撃した。吹き飛ばされたリオンが後ろの壁へと吹き飛んで、ぶつかった壁が粉砕する。リオンはしばらく白目を向きながらも直立していたが、やがて地面に倒れ伏した。

 

リオンとの勝負が終わり、リオンの倒れている姿を見ながら俺は言った。

 

「片手での造形はバランスが悪くなる。ウルの教えだろ」

 

 

 

 

 

 

リオンを倒したはいいものの、儀式自体は完了してしまい、デリオラが復活の雄叫びを上げた。

 

遺跡中に響き渡るデリオラの叫び声に、すぐさま俺はデリオラの下へと駆け付けた。

 

俺は両手で氷造形魔法(アイスメイク)の構えを取る。無謀にも未熟なまま挑んだ子供時代とは違って、リュウの薫陶を受けて成長した今の俺ならデリオラに勝てる筈だ。それにここにはナツやエルザだっている。十分な勝機を見出して、氷造形魔法(アイスメイク)を発動しようとした。

 

その時、復活したデリオラの肉体に亀裂が入る。亀裂はやがて大きくなって全身に広がり、その巨体が崩れ落ちた。

 

「なっ……!」

 

「デリオラは……既に死んで……」

 

ウルの絶対氷結(アイスドシェル)は、ただ氷の中に封印しただけではなく、デリオラの生命力を徐々に奪っていた。十年間の封印で生命力を全て奪われたデリオラが死んでいく瞬間を俺たちは目撃していた。

 

「かなわん……オレにはウルを越えられない」

 

共に師匠の偉大さを目撃した兄弟子リオンが涙を流す。その表情にはそれまで囚われていた妄執が消えていた。

 

俺もまた堪えきれなくなった涙を流す。その顔を見られないように手で隠しながら。

 

ーーーお前の闇は私が封じようーーー

 

「ありがとうございます……師匠……」

 

 

 

 

 

 

デリオラの一件が片付き、リオンとの確執も消えてこれで万事解決、とはならなかった。

 

リオンが言う事には、村の異変が月の雫(ムーンドリップ)に原因があるということには疑問が残るということだ。なぜなら、リオンもその仲間たちも三年間月の雫(ムーンドリップ)の光に晒され続けているというのに村人たちのような症状は欠片もないからだ。

 

まだまだ終わりそうにないS級クエストに頭を悩ませながらも、疲れ果てた体を動かして、ナツ達が村の方へと歩み出した。俺はすぐに追いかけず、傷だらけの体を岩にもたれかけているリオンを見る。

 

「なに見てやがる」

 

リオンが睨んでくるが、俺は伝えたかったことを伝えた。

 

「お前もどこかのギルドに入れよ。仲間がいてライバルがいて、尊敬できる先達もいる筈だ。きっと新しい目標が見つかる」

 

「……くだらん。さっさと行け」

 

目線を外して顔を背けるリオンを最後に、俺もナツ達の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リュウは氷造形魔導士じゃねぇんなら、一体何の造形魔導士なんだ?」

 

鍛錬の合間に質問したことがある。ウルが造形魔法の頂だと評した先生は、俺の前では氷造形魔法(アイスメイク)を見本として披露してくれたが、それ以外の造形魔法を見せたことがなかった。ギルドメンバーに聞いてもリュウが一体何の魔法を武器としているのか分からないらしい。

 

リュウは俺の質問に苦笑した。

 

「私は造形魔導士じゃないよ。似たようなことができるだけさ」

 

「造形魔導士じゃない?」

 

あれほどの氷造形魔法(アイスメイク)を扱えているのに、氷造形どころか造形魔法自体がメインの魔法じゃないらしい。

 

ウル以上の力量を有しておきながら否定する言葉に釈然としない俺は更に質問した。

 

「じゃあ、なんの魔導士なんだよ?」

 

「うーん、どう言えば良いのかねぇ……」

 

両腕を組んで言葉に悩む先生はこう答えた。その表情はどこか苦いものを宿していた。

 

「私が使ったこの力は、《創造》を司る力。擬氷造形魔法(アイスメイク)はただの真似事に過ぎないんだよ」

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