抗争は
戦線復帰したマスターの究極審判魔法
犠牲がない訳ではなかったわ。今回の抗争で私たちのギルドハウスは修復不可能な程破壊された。前線で戦ってくれた皆の活躍でそれ以上破損させることはなかったけど、そもそも最初の夜間襲撃で半壊された状態がもう既に元通りに直せる状態じゃなかったみたい。
それでも皆悲しまずに前を向いている。もちろん思い出の場所が取り戻せないことは悲しいことだけど、直せないならいっそのこと新しくしようってことで、ギルドハウスを一度解体して、新しく建て直すことになったの。
皆が慣れない土木作業を笑いながらやってる。
皆が勝利と無事の喜びを分かち合っている。
でも私は、笑顔の仮面の中で悔しくて申し訳ない気持ちを噛みしめていた。
結局私はリュウさんに託された使命を果たすことができずに、ルーシィを危険に晒してしまった。
前線が衝突して、全面戦争が始まったなか、私はリーダスと一緒にルーシィを
ルーシィは自分が原因だから残って戦うって主張したけど、
目立つ大通りを避けて、住宅街の小路を移動していた。魔導士を引退して以降、マグノリアの街を出る機会がめっきり減った私は、ギルドの事務や受付を担当していく中でマグノリアの街の地理を他のメンバー以上に熟知している。
その事をリュウさんに見込まれて、ルーシィと一緒に避難することを頼まれた筈だった。役立たずで自分を責めていたけど、リュウさんの言葉で自分にもできることがあると使命感に燃えていた。
そして、私はその使命に失敗した。
マグノリアは
ルーシィだけじゃなく、私もまた彼に攫われてしまった。
どうやら私を人質にするつもりらしかった。
そんなエルフマンの人質として、私は
けど、エルフマンは私を助けるべく、むしろ自分を奮い立たせた。トラウマを克服して、全身
正に大金星だ。姉としても鼻が高い。
エルフマンだけじゃない。今回の抗争で、皆がそれぞれ自分の為すべきことをなしている。
ナツとグレイはエレメント4にそれぞれ勝ち星を上げたし、ナツに至っては私が守れなかったルーシィを救出して、同じ
リュウさんの示した防衛線に加わったカナやロキ、それ以外の皆も
でも、一方の私は何なのだろう。
エルフマンのようにトラウマを克服できないままで、仲間を守るため戦うこともできず、託された使命も果たすことができなかった。
私は抗争が終わった後も、自己嫌悪に苛まれたままだ。
皆を心配させないために、私はいつも通りの笑顔を浮かべる。建築作業の間も給仕として皆を支えて、土木業者とも打ち合わせを行う。役に立てなかった私はせめてこういう裏方仕事で活躍しなくちゃいけないから、いつも以上に力をいれて働くことにした。
普段よりも忙しく動きまわりながらも、笑顔を絶やさずにいたおかげで、皆から私の気持ちを見抜かれることはなかった。
いや、肉親の目は誤魔化せなかったみたいだった。
「姉ちゃん……大丈夫か?」
「エルフマン。うん、大丈夫よ。気にしないで」
エルフマンが心配そうな表情で声をかけてくれるのを、何ともないような笑顔で答える。でも、エルフマンは納得しないまま、私のことを見つめていた。その視線に耐えられなくなって、私は忙しさを理由に仕事へと戻る。
エルフマンには悪いけれど、私の胸中は誰にも見抜かれたくなった。
ルーシィが実家への帰省からギルドに戻ってきた。ルーシィがいなくなってしまったのを聞いた時は、責任を感じてギルドを辞めてしまったと思っちゃったけど、どうやら父親と絶縁をしてきたみたい。そこまで
ギルドハウスの新築はまだまだだけど、仕事をしないことにはギルドは維持できない。工事現場に隣接した広場を仮設ギルドとして、仮設のカウンター、
「そういや、ロキいないのかな?」
ルーシィが思い出したようにロキの事を尋ねてきた。ロキは
そんなルーシィがロキの事を聞いてくるなんて初めてだった。おやおや、これは春が来たのかな、とからかってみる。
「はあ、ルーシィもとうとうロキの魔の手にかかっちゃったのね」
「なっ!? 違います!」
聞き逃せない、とばかり身を乗り出して否定してくるルーシィはリアクションも大きくて可愛い。私はニマニマと笑って反応を見ていると、ルーシィは頬を膨らませて不満を表したが、気を取り直すと聖霊の鍵束を見せてきた。
「なんか、鍵見つけてくれたみたいで。一言お礼したいなーって」
「うん、見かけたら伝えておくわ。鍵落としたこと、聖霊には怒られなかった?」
「あ、あはは……それも、怒られるなんてもんじゃなかったですよ…………思い出しただけでお尻がズキズキと……」
ルーシィは聖霊魔導士だ。聖霊魔導士とは、聖霊界という異界から鍵を使って聖霊を呼び出して、その能力を使役する魔導士で、聖霊の鍵は文字通り生命線だ。その鍵を紛失することは聖霊を蔑ろにすることと同義らしくて、不可抗力だけど鍵を落としちゃったルーシィはキツイお仕置きを受けたことが察せられる。
大体、お仕置きするのはアクエリアスで、他の聖霊は気にしないみたいだけどね。そのアクエリアスから受けた罰を思い出してルーシィが自分のお尻を押さえている。お尻ぺんぺんでもされたかな。
「冷やしてやろうか?」
「さり気ないセクハラよ、それ…」
グレイ、そのジョークは流石にアウトよ。常日頃の脱ぎ癖はもう諦めてるけど。
「ルーシィ、赤いお尻見せて~」
「堂々としたセクハラよ、それ!」
ハッピー、あなただから許されてるけど、完全にアウトよ。
「もっとヒリヒリさせたらどんな顔すっかな?」
「鬼かお前は!!」
ナツ…………はぁ。
でも、目の前で繰り広げられるコントみたいなやりとりを見て、良かったなって思った。肉親の繋がりを自分の決意で断ち切るなんて、私には想像もつかない想いがあったはずだ。それでも、ルーシィはいつものような明るさでもう前を向いている。
その前向きさがちょっとだけ、羨ましかった。
「もういっぺん言ってみろ!!」
そんな怒号が突然仮設酒場に響き、賑やかな話し声が静まった。
ナツやルーシィ、グレイにハッピーが騒ぎの中心に視線を向けた。私も目を向けるとそこには対立するエルザとラクサスの二人がいた。
どうやら先程の声は、エルザがラクサスに怒った声らしい。エルザの魔物も逃げ出すような形相を受けて、ラクサスが嘲るように口角を上げた。二人の剣吞な雰囲気に周りのみんなが息を呑んで注目している。
「この際だ、ハッキリ言ってやるよ。弱え奴はこのギルドには必要ねぇ」
「貴様……」
「ファントムごときになめられやがって……恥ずかしくて外も歩けねぇよ」
ラクサスが好き放題に酷い事を言っていた。ファントムとの抗争で助力を拒んだラクサスの暴言にギルドの皆が眉を顰めているにも関わらず、ラクサスの口は止まらない。
ラクサスが後ろを振り向いて、まだ体に傷が残りながらも復帰することができたシャドウギアのみんなを指差した。
シャドウギアはレヴィ、ドロイ、ジェットの三人組チームだけど、
みんなが三人のことを想い、怒っていたのに、ラクサスにとっては嘲笑の対象でしかなかったらしい。
「元はと言えばオメーらがガジルにやられたせいってことじゃねぇか。情けねぇなぁ、おい! つーか、誰だよ、名前知らねぇや!!」
ラクサスの侮辱に、レヴィたちが悔しそうに俯いている。レヴィのその姿に親友のルーシィが怒りを抱き、ラクサスに対して嫌悪感を露わにした。
「ひどい事を……」
そのルーシィの言葉を聞き逃さなかったラクサスが次にルーシィを標的にした。
「これはこれは元凶のねーちゃんじゃねぇか。てめぇのせいで……」
「ラクサス!!」
もう我慢できない。やっと自分の負い目に折り合いつけることができたルーシィをこれ以上傷つけるなんてさせない。
大事な仲間を見捨てた男に、仲間を思って泣いた女の子を愚弄する資格なんてあるものか。
「もう全部終わったのよ。誰のせいとか、そういう話だって最初からないの。戦闘に参加しなかったラクサスにもお咎め無し。マスターはそう言ってるのよ?」
私は、助力を拒んだときのラクサスの嘲笑を覚えている。ずっとギルドを見守り、心を砕き、窮地に駆けつけてくれる母親のような女性を貶した笑い声が頭に残り続けている。
ラクサスだって分かっているはずだ。リュウさんがどれほどギルドを大切に思っているかなんて。
そんな献身を蔑ろにするラクサスが許せない。けれど、マスターはラクサスを不問にすると言った。リュウさんも笑って特に気にした様子もなかった。なら、私もこの怒りをぐっと飲みこむしかない。
でも、ラクサスはそんなマスターの温情を理解できなかったらしい。
「そりゃそうだろ。オレには関係ねえ事だ。ま……オレがいたらこんな無様な目にはあわなかったがな」
「貴様……!」
ギルドのみんなが息も絶え絶えになるほどの死闘の末、一丸となって仲間を守りぬいて掴んだ勝利を無様と罵ったことに、エルザが実力行使にでるかのような怒気を放った。私も、昔のような力があったら、すぐにでも手を出していたところだ。
でも、エルザや私以上に喧嘩っ早い子がいた。
「ラクサス! てめぇ!!」
ナツが拳に炎を纏わせながらラクサスに突撃した。
いいぞ、やっちゃえ! なんて思う反面、上手くいかないんだろうな、なんて予測をする。
不意打ち気味の拳は、ラクサスの身体が一筋の電光とともにその場から消えたことで空振りに終わる。勢いのままたたらを踏んだナツの後ろに、また一筋の電光を瞬いてラクサスの身体が現れた。
隣のルーシィが唖然としたが、ラクサスならこんな芸当くらい簡単なこと。伊達にS級魔導士じゃない。
「ラクサスぅ! オレと勝負しろ、この薄情者が!!」
「ふっはははっ! オレを捕らえられねえ奴が何の勝負になる?」
ナツの啖呵を鼻で笑うラクサス。その実力差は歴然だった。確かな実力に裏打ちされた傲慢な態度。ラクサスの言葉が不愉快なものであっても、見過ごされてきてしまっているのはその実力と、そしてその出自によるものだ。
ラクサスが傲慢不遜に宣言した。
「オレがギルドを継いだら、弱ェ奴はすべて削除する。そして歯向かう奴も全てだ! 最強のギルドを作る! 誰にも舐められねぇ史上最強のギルドだ!!」
そして高らかに哄笑しながらその場から立ち去って行った。その後ろ姿を誰しもが敵意に満ちた眼差しを向けている。私もまた、険しい表情を崩すことができずにいた。
普通なら大言壮語と切って捨てるようなものだけど、ラクサスに限っていえばそうと言い切れない事情がある。だからみんな、もしかしたら、なんて不安が拭えない。
「継ぐって、何ぶっ飛んだ事言ってんのよ」
「それがそうでもないのよ……」
ルーシィが苛立ちながらも呆れたような言葉に、私も困ったような顔で説明するしかなかった。
「ラクサスはマスターの実の孫だからね……」
「えーー!!?」
ルーシィにとって衝撃の事実だったらしく、いつものように大きな声で驚いた。まあ、気持ちは分かるわ。
私がギルドに加入した時には、既にラクサスは他のみんなと一線を引いていて、楽しく遊んだり話したりした覚えはなかった。今のようにあからさまにみんなを侮辱するような言動こそとっていなかったものの、仲間思いの人だったという記憶はない。
リュウさんは、あれでも子供の頃は無邪気にマスターを慕ってて、ギルドは大切な仲間たちだと公言していたと言っていたけれど、リュウさんの言う事でも素直に受け入れられなかった。
でも、ラクサスはマスターの孫というのは事実。その事実は無視できなかった。
「だからマスターが引退したら次のマスターがラクサスになる可能性はすごく高いの」
「そ、そんな……」
ラクサスが次のマスター候補だという情報は仲間思いのルーシィには大きなショックだったみたい。
マスターに求められる要素は数えきれないほどあるけれど、S級魔導士の中から選ばれるのは間違いないはずだ。そして、今いる候補者はそれぞれ欠点を抱えているから、筆頭として考えられる人は現状いない。
ラクサスは見ての通り仲間を蔑ろにしているから、
みんながオヤジと慕うギルダーツはしょっちゅうクエストや旅に出かけてて、ギルドにいることなんて滅多にないほどの放浪癖がある。
ミストガンはマスターやリュウさん以外との関わりがないというコミュニケーションに難があり過ぎる人物。
エルザは実力と人格、人望の厚さと多くの面で優れていて、私としてはエルザを推したいけどマスターとしては若すぎるのがネックなところ。
……本当はリュウさんがマスターになってほしい。でもリュウさんはマスターになることを固辞しているし、マスターもそれを認めているから、何も言えない。
だから、残念なことなんだけど、実力だけを考えるなら、ラクサスが名乗りを上げるのも当然のことだった。
「でもあたしは嫌だな……仲間のことをあんな風に言う人がマスターになるなんて」
でも、ルーシィは認められないみたいで、私も同じ気持ちだった。もし、リュウさんが言うような昔の性格に改心でもすれば認めなくもないけど、いや本当はかなり疑わしいけれど、ラクサスがマスターになる未来があるのかもしれない。
もちろん、今のままのラクサスじゃ誰も納得しないのは当然だ。
「だからマスターも中々引退できないんじゃないかって噂なの」
マスターがラクサスの改心を待っている、なんて噂だ。マスターの心中は分からないし、マスターが口に出したこともないから、あくまで噂だけどね。
「あ! リュウさんは? リュウさんなら強いしとっても優しいし! みんな認めてくれるはず!」
「うん。気持ちはすっごく分かるけど、リュウさんはマスターにならないって固辞してて、マスターもその意思を尊重してるの。だから、残念だけどそれはないのよ」
「え~そんな~」
良いアイディアと両手を打って明るくなったルーシィに現実を教えると、へなへなとカウンターに突っ伏した。
ルーシィがエルザに誘われて、ナツとグレイ、そしてハッピーとの正式なチームを結成することになった。
それを見て、みんなが最強チームだなんて囃し立てていた。私が前に最強チームだって評したらグレイに鼻で笑われたのに……なんか釈然としないわ。
でも、個人での実力はともかく、チームとして比べるならこの五人組のチームが最も強いのは間違いないと思う。
エルザは最強候補に名を連ねているし、ナツも滅竜魔法という極めて稀な
エルザ以外のS級魔導士は個人主義でチームを組んでいないこともあって、エルザの加わるこのチームが最強チームだとみんなが言うのも納得がいく。いや、まあ一応ラクサスには雷神衆ってシンパがいるけど、チームじゃなくて親衛隊だし。
そんなエルザたちが早速依頼を受けて、ルピナス城下町へと旅立っていった。暗躍する魔法教団を壊滅させるという難度の高いものだったけど、エルザ達なら問題なくこなしてくれると思う。
エルザたちだけじゃなく、他のみんなも続々と依頼を受けに行った。昨日まで受付できなかった分の反動でかなり忙しかったけど、受付嬢としてみんなの無事を祈りながら見送った。
今日は、ラクサスとの騒動や受付再開もあって心身ともにとても疲れた。慌ただしい時間が過ぎると少し手持ち無沙汰になって、カウンター席に腰掛ける。
思い起こすのはマスターたちのこと。
マスターは今、ファントムとの一件について、評議院へと足を運んでいた。
悪いのはどう考えてもファントムだけど、ギルド間抗争禁止条約を破ってしまったのは確かだ。だから、評議院としても何もしないで終わり、なんてことはできない。丁度いまマスターが評議院の裁定を受けているところだろう。無罪放免とまではいかなくても、状況証拠や証言がファントムの罪を明らかにしているだろうから、
そして、リュウさんもまた、共に評議院へ行っている。
マスターの付き添いでもあるけど、それとは別に評議院からの依頼を受けてのことだ。リュウさんは時折、評議院から依頼を受けることがある。どんな仕事を任されているのか分からないけれど、評議院が毛嫌いする
今まで問題を起こしたことがないからか、リュウさんの評議院からの評価は良いと聞いている。噂では、ギルドを辞めて評議員入りしないかとスカウトまでされているらしい。見る目があるわね。絶対に渡さないけど。
そんなマスターやリュウさんももう少しで帰ってくる予定だ。
早く顔を合わせたい反面、ファントムとの抗争で役立たずだったから顔向けできないと感じているところがある。
リュウさんから直に頼まれたからこそやり遂げたかったのに。
いつになったらこの返しきれないほどの恩を返すことができるのかな。
リュウさんと初めて会ったのが、ギルドに入る更に前、私と弟エルフマン、そして妹リサーナの三人での村暮らしの時だ。
その時の私はちょっぴりやんちゃでちょっとだけ口が悪い、怖いもの知らずな女の子だった。
両親が亡くなって弟と妹を守って生きていかなくちゃいけなかったから、二人を心配させないよう虚勢を張っていた。怖いものや危ないものから二人を守るために、不安で寂しい心を隠して強気に振る舞っていた。
だから、村の教会の悪魔が悪さをしていると聞いたときには、怖がる二人を安心させるために退治しようと考えた。
そして、悪魔を退治できたと思ったら、自分の右腕が悪魔のものに変化してしまったのがすべてのきっかけだった。
それまで両親を亡くした私たちに優しくしてくれていた村のみんなが、態度を急変させて私や更にはエルフマンやリサーナにまで冷たく当たるようになった。私はその時は
事態は一向に好転しないままで、村の雰囲気も危ういものを感じるようになっていた。
これ以上、村にはいられない。このままじゃ取り返しのつかないことになる。
そう思って村を出ようと決心した頃だった。悪魔退治に来たリュウさんと出会ったのは。
どうやら村の誰かが魔導士ギルドに悪魔憑きの娘を討伐するようにと依頼を出したらしかった。それで派遣されてきたのがリュウさんで、私は討伐対象だった。
間に合わなかったという絶望とそこまでするのかという悲観。
そして家族を守らないとという決意。
私は古くて半分廃墟になった我が家の中で、二人を背中に庇いながら、リュウさんと対峙した。まだ幼かった私には、リュウさんが家族諸共殺しにきたヤツだと勘違いしていた。刺し違えてでも二人だけは守る。そんな必死の思いで睨む私をリュウさんは困ったように笑いながら宥めることになった。
「うーん。聞いていた話と違うようだねぇ。村を脅かす人の皮を被った悪魔だと聞いてたけど、私にはただの女の子に見えるかな」
そう言ったリュウさんが遠くに待機していた村人に一言二言声をかけてその場から解散させてから、改めて私たちに向き直った。そして、わざわざ身を屈めて目線を合わせた上で問いかけてきた。
「さて、それじゃあまず名前を教えてくれるかい?」
「……………………ミラジェーン」
こいつは私を殺しに来たヤツだと自分に言い聞かせて黙っていたけど、久しく感じてなかった真っ直ぐで優しそうな眼差しに、固く閉ざしていた口が勝手に開いた。
「うん、良い名前だね。それじゃあ、ミラ嬢と呼ぶよ。そっちの二人の名前も聞かせてくれるかい?」
次に私の背にいたエルフマンとリサーナにも声をかける。二人とも暫く無言だったが、おずおずと名前を答えた。
「リサーナだよ」
「エ、エルフマン」
「二人も良い名前だ。うん、それなら、リサーナ嬢とマン坊と呼ぶね」
「いや、それは変だろ」
警戒も忘れて思わず口を出してしまった。エルフマンの呼び名があんまりなものだったから。
エルフマンは呆気にとられていたし、リサーナも可笑しそうにクスクス笑っていた。
「うん? どうしたんだい?」
だけど、当の本人は何がおかしいのか分からない様子で首を傾げていた。その仕草が更に可笑しくて、張りつめていた緊張の糸が切れて、私もクスっと笑ってしまった。
「それはね、
「魔法……テイクオーバー……」
聞いたこともない単語を繰り返す。村で生きてきて初めて知った言葉だ。その言葉自体が気になった訳じゃなくて、自分の身に起こったことが特に大したことじゃないということを確かめるようにその言葉を口にした。
「それじゃあ、私は悪魔に取り憑かれたわけじゃない?」
「うん。その通りだよ」
確かめるように呟いた私にしっかりと頷いて肯定してくれたリュウさん。その言葉にどれほど安堵したことか。私のせいでエルフマンとリサーナを辛い目に合わせてしまったという負い目にずっと苛まれていた。でも、彼女のおかげで私たちは新しい道を選ぶことができた。
「
「魔導士ギルド?」
「そ。魔導士ってのは君の
リュウさんは私たち家族を自分のギルドに誘ってくれた。初対面の人を生活の当てにするなんて今考えたら良く決心できたなって思うけど、そのまま村に居残ることも危ないし、村を出たとしても宛てもなく彷徨うだけだっただろうから彼女に頼ることを決めた。
あるいはそんな打算めいた考えだけじゃなく、私たちの苦悩を解決し、親身になって私たちのこれからを考えてくれるその姿に、失ってしまった親という姿を映していたのかもしれない。
まあ、その時のリュウさんも今と変わらず年若い姿のままだったけどね。
結局、私たち三人は話し合って、リュウさんについていくことにした。
「その前に、一応応急処置だけしておこうかね」
村を出て行くために必要な分だけ荷造りをして出発する直前にリュウさんは言った。そして、私の悪魔のものへと変形した腕を出すように指示をした。
いくつもの目玉が浮き出る黒く歪んだ異形の腕。
私はその腕を出すのに躊躇していた。ただの魔法によるもので、魔導士たちにとっては特に気にならないものと教えられていても、私たちはこの腕に苦しめられてきた。村ではずっと隠しながら生活していたから、人前に見せられるものではないと私自身思っていた。
でも、リュウさんは私の異形と化した手を包み込むように両手で握りしめてくれた。
「封魔天刻」
そう呟くと同時に、異形の腕が黒い粒子になって空中へと溶けるように消えていく。突起した部分や浮き出た目玉が消えていくにつれて、異形の腕が細くなっていき、最後に残ったのが私の、人間の腕だった。もう見ることはできないと思っていた、エルフマンやリサーナと同じ人間の腕。
「ミラ嬢の魔法を《封印》したよ。あくまで一定期間だけだからずっとは続かない。自分自身の力で制御できるようにならないとね」
何でもないように答えるリュウさんだったが、私にとっては地獄から救い上げてくれたようなもの。感極まって衝動的にリュウさんに抱き着いてしまった。見たこともないような私の姿にエルフマンとリサーナが驚きの声を上げたが、私は二人のことを忘れていて、ただの子供のように涙を流していた。
その時の優しく撫でてくれた手つきを今でも覚えている。
「うんうん。頑張ったねぇ。えらいえらい」
久しく忘れていた安心感に私は眠りに落ちてしまった。その後はリュウさんに運ばれて村を出たみたいで、エルフマンとリサーナには散々からかわれた。
それが私たちとリュウさんとの出会い。まさしく私たちにとっての恩人だ。
でも、恩はそれだけじゃない。ギルドに着いた後もリュウさんの世話になることばかりだった。
そんな風に孤立しかけていた私を見かねてギルドで面倒を見てくれたのがリュウさんで、魔法の指導をしてくれたのもリュウさんだった。
魔法の制御が上手くいかずにギルドに馴染めないのなら、エルフマンとリサーナをリュウさんに任せてギルドを離れた方が良いんじゃないか、なんて悩む私をリュウさんは諭してくれた。
「マン坊とリサーナ嬢がそんなこと喜ぶと思うかい? 二人ともみんなと話すときはいつもミラ嬢の自慢ばかりしているよ。そんな自慢の姉なんだから踏ん張んなさいな」
リュウさんは優しいけど甘い訳じゃない。時には私の怯えや逃げようとする心を咎めてくることもある。
「別に私は可哀想だからスカウトした訳じゃないよ。悪魔因子を取り込むことができるなんて稀有な才能さ。そんな才気に溢れる若人が仲間になってくれるなら心強いと思ったから誘ったのよ」
リュウさんは励ますことはあれど憐れむことはなかった。自分の才能を疑っていた私を誰よりも信じていた。
「やったじゃないか。これでミラ嬢も一人の魔導士となった訳だ。うん、これから頼りにさせてもらうよ」
ずっと鍛錬に付き合ってくれて、その成果を喜んでくれた。
リュウさんのおかげで、私は
私が魔導士を引退した時も、リュウさんは寄り添ってくれた。
引退の原因は、リサーナが亡くなってしまったから。
エルフマンとリサーナは明るくて心優しい自慢の弟妹。私が魔法の制御に苦労していたときも、私と同じ
大切なはずなのに守れなかった。不甲斐ない姉のせいで失ってしまった。
あの時、全身
エルフマンを責める気なんて一切ない。全身
私が恨んだのは自分自身だった。S級魔導士でありながら、肝心な時に守れずに、リサーナが自分の腕の中で
それからの記憶はあやふやで。
遺体なき葬式。遺体なき墓。
淡々と執り行われる中、みんなが涙を流しているけれど、私の心だけが取り残されてて、なぜみんなが泣いているのか分からなかったほどだ。それでも、墓石に刻まれた妹の名前を手で触れると、その瞬間だけが明確に甦って、ぼんやりとした心が八つ裂きにされて枯れたと思った涙が溢れ出す。
生きているのが苦しくて、いっそのこと自分も。そう考えたことも一度や二度じゃない。
それでも、私が逃げなかったのは、私以上に自責の念に駆られて謝り続けるエルフマンの存在と、そしてリュウさんのおかげだった。
外に出かける気力もなく、エルフマンと一緒に自宅に籠り続けていたところ、リュウさんは毎日足繫く通ってくれた。最初は対応するのも億劫で居留守を使ったり、帰ってくださいって冷たく拒絶したりしてた。それでも、欠かさず来てくれたリュウさんに、それまでの恩もあったから、遂に家に招き入れることになった。
碌にご飯も食べてなくて窶れていた私たちを見かねてご飯を作ってくれたり、片付けも儘ならずに散らかっていた部屋を掃除してくれたり。今思い出しても申し訳ない気持ちになる。
綺麗になった部屋で空腹に勝てなかった私たちはリュウさんのご飯を無我夢中になって食べた。
「心の傷ってのはそう簡単には癒せない。大切に思っていたからこそその傷は深く痛いものさ。でも、その傷は君だけが抱えないといけないものじゃないの。悲しみも苦しみもみんなで分かち合い共有することができるもの。ミラ嬢、マン坊、二人がまた立ち上がれるまで、私はいつまでも一緒にいるからさ」
そう言った言葉通りに、リュウさんはそれからも顔出ししてくれた。そのおかげもあって、私たちも絶望から立ち直れた。
でも、それでも完全に復帰できた訳じゃない。
自分の命よりも大切な妹がいなくなったことがトラウマとなり、エルフマンは全身
生計を立てるために、マスターの好意で受付嬢として雇ってもらうことになったけど、その際にもサポートしてくれたのがリュウさんだった。
魔導士として依頼をこなすことと裏方としてギルドを支えるのはまったく勝手が違うから、初めの方はいろいろと迷惑かけたこともある。今のように問題なく事務を回せるようになったのも、事務作業にも精通しているリュウさんが度々教えてくれたからだ。
私はずっとリュウさんに恩を受け続けてきている。その恩返しがしたいと思って、日々仕事を頑張っているつもりだけど、今に至っても少しも恩返しできていない。
数日が経った、日も暮れて夜も深まってきた頃。
みんなが受けに行った依頼も徐々に結果が報告されてきた。成功した人や失敗した人、いろいろいるけれど、ここは
その一つであるエルザ達がこなしてきた依頼の結果報告書を手にもって、建築現場へと足を運んだ。
そこには評議院から帰ってきたマスターとリュウさんがいる。
評議院の裁判結果は無罪放免とのことだった。
これでファントムはギルドとして死んだ。もう
その裁判結果を教えてくれたマスターは建築途中のギルドハウスの骨組みの上で月見酒に洒落こんでいた。
そして、その隣にはリュウさんもいた。マスターと話しているリュウさんの姿を見て、声かけようとしたのを躊躇ってしまったけど、エルザたちのことは報告しないといけないから聞こえるように大声を出した。
「マスター、こんなとこにいらしたんですか~?」
「ん?」
「おや」
声に反応して、マスターとリュウさんがこちらを見た。手に持った報告書を見せながら、エルザ達の不始末を報告した。
「またやっちゃったみたいです! エルザたちが仕事先で街を半壊させちゃったみたいで!」
ルピナス城下町で暗躍する魔法教団の壊滅。目的自体は達成したみたいだけど、同時に街半壊という損害を招いたことで早速評議院からお叱りを受け、始末書の提出を求められている。そのことを伝えると、マスターは灰になったかのような愕然とした表情をした後に夜空に向けて絶叫した。
「引退なんかしてられるかぁぁぁぁああああー!!!」
マスターの心労が手に取るように分かる程、その叫びは切実だったわ。
「ま、もうしばらくは現役でいて頂戴よ」
マスターが呆然とするなか、隣にいたリュウさんが骨組みから飛び降りて地面に降り立つ。
「ミラ嬢。今日もお疲れ様、久しぶりだったから一段と忙しそうだったねぇ」
「いえ、こんなことしか出来ませんから」
謙遜するように小さく笑うとリュウさんが少し目を見開いた。
「ん……そうだミラ嬢。今日もちょっとお酌してくれないかい? 私もちょっと疲れちゃってねぇ」
「あ、はい。分かりました」
そして未だに呆けるマスターを置いたまま、二人して建築現場を離れて仮設酒場のカウンターまで移動した。バックバーに並ぶ酒瓶の中から目当ての銘柄「竜王殺し」を探して取り出し、グラスに球状の氷を入れてそのお酒を注いだ。リュウさんは、この度数の高い蒸留酒をロックで飲むことを好んでいて、いつも同じものを頼んでいる。
「はいリュウさん」
グラスにコースターを敷いてリュウさんに渡す。するとリュウさんはいつものようにすぐに飲むことはせず、私に対してこう言ってきた。
「ミラ嬢も一緒に飲まないかい?」
「え、いや。私は……」
「おっと、それともまだ仕事が終わってなかったかな?」
「いえ、仕事自体は終わってますけど……」
「そう? なら少しだけ付き合ってくれないかな? いつもならみんなの喧騒でも聞きながら吞んでいるけど、こうも誰もいないと寂しくてねぇ」
リュウさんが誰もいない仮設酒場を見渡しながら頼んできた。リュウさんに寂しそうな様子で頼まれたら断りづらい。
「少しだけですよ」
結局私はリュウさんの頼みを受けて、自分用に度数の低いカクテルを用意した。
「それじゃ、乾杯」
「はい、乾杯」
グラスをカチンと軽く合わせて、一口飲む。リュウさんは一気に飲み干したから、二杯目を注いであげた。かなり度数が高い筈なんだけど、水のように飲み干すから、カナ以上の酒豪っぷりが感じ取れる。
「っは~。仕事帰りの一杯はやっぱり美味いねぇ」
「評議院からのお仕事でしたっけ。どんな内容だったんですか?」
「まあ、いつも同じだよ。魔道具の制作ってやつさ。は~人使いが荒いんだから」
そう言って二杯目も飲み干すから再度注ぎなおした。魔道具制作か~。確かにギルドには同じような内容の依頼がくるけれど、評議院が直々に依頼する魔道具ってどんなものなんだろ。詳しく聞きたくなるけど、どうやら守秘義務が課されているみたいで、それ以上深堀りすることはできなかった。
「ま、お互い本当に疲れたねぇ。ミラ嬢も後始末で大変だったねぇ。この一杯は私に奢らせて頂戴な」
「……私なんて、本当に、何も……」
そんなリュウさんの労うような言葉を聞いて、心の内に留めていた苦悩が零れ始めた。役立たずでしかなかった自分。そんな自分に対する失望をずっと隠していたけど、リュウさんの優しい視線に堪えきれなくなってしまった。
手元のグラスを包むように握りこんでいた私の両手を、リュウさんが更に上から両手で包みこんだ。
「私はねぇ、ミラ嬢に感謝しているんだよ」
「感謝?」
そんなこと言われると思ってなかった。私の方が感謝するならともかく、リュウさんから感謝されるようなことができた覚えがない。
「長くやってるとねぇ、色々と変わりゆくものばかり見ちゃうものよ。そういう変化が愛おしくもあるけど、それでも変わらないものが有難く感じることだってあるのよ。最近なら、仕事を終えてギルドに帰ってきたら、ミラ嬢が笑顔で迎えてくれてお酒を注いでくれる。それがなんて心地良いことか。だからいつも感謝してるのさ。ミラ嬢、そんなに自分の事を責めることなんてないんだから、自分を赦してあげなさいな」
リュウさんの言葉が心に沁みて、涙が溢れてきそうになる。目尻に浮かぶものを指で拭いながら、心からの思いを伝えた。
「……ありがとう、ございます」
我ながら現金な女だ。あんなにも苦悩していたのに、リュウさんから言葉をもらっただけでもうこんなにも心が軽くなっている。
また、恩を受けちゃったな。いつになったら恩返しができるのやら。
「ミラ嬢を悲しませたあの小童にはきつ~いお灸を据えておいたから、ファントムの件はもう忘れなさいな」
「お灸? ジョゼは聖十が剥奪されて禁固刑になったのでは?」
ギルド間抗争禁止条約を破り、未遂だけどマグノリアの破壊行為に及んだ責任者として、評議院の監獄にジョゼは拘禁されているとのこと。そんな彼にリュウさんがお仕置きをする機会なんてなかったんじゃ。
「私が評議院に行ったのはその目的もあったのさ。ちょっと目を盗んで独房にお邪魔してね」
リュウさんは品行方正として知られているけど、稀に突飛なことをしでかすから、やっぱり
「それで、何をしたんですか?」
「小童の魔力と魔法を《封印》して、生涯使えなくさせただけよ。魔導士をきっちり引退してもらって、真人間としてしっかり更生してもらおうっていうただの親切心さ」
「…………」
リュウさんの逆鱗に触れたジョゼに心から憐れんでしまった。