妖精の尻尾のリュウさん   作:ただの馬鹿

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有意義な休暇の過ごし方

魔導士ギルドに所属する魔導士の生計の立て方は所属するギルドによって差異があるとはいえ、基本的には依頼料による歩合制だ。依頼を達成することでもらえる報酬が収入で、どれくらい依頼を受けるかは魔導士たちの自己判断による。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)も同じで、どれくらい依頼を受けるかは魔導士たちの裁量に任せていて、日程の組み方はフレックスに行うことができる。

 

とはいえ、自分勝手に仕事に行かれてしまうと様々な問題が発生してしまうため、魔導士たちは必ず依頼書をギルドに提出して、誰がどれくらいの期間、どの依頼に向かったかを把握することになっている。

 

このルールを破ったものは厳しい罰を受けることになっていて、前にS級クエストに勝手に行ったナツ、グレイ、ルーシィ、ハッピーも、ファントムの一件で有耶無耶になりかけたところを彼女がマスターに思い出させて罰が執行されることになった。全員とも二度としないと口を揃えるほどの罰だったが、ギルド中からいつかまたやると疑われたままという然もありなんといった評価を受けた。

 

それはさておき、依頼を受けた受付嬢たちは依頼帳簿を作成し照合することで、依頼受理状況を確認することができる。ギルダーツという名前が記載されたページには、ここ三年間クエストに出かけていることが分かるし、ナブという名前が記載されたページには、ここ三年間クエストに出かけていないことが分かる。

 

最近では、情報を魔力化して魔法でデータベースを作成するという考え方が生まれてきてはいるが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)では古き良き紙媒体の依頼帳簿で確認を行っている。

 

そんな依頼帳簿をペラペラと捲り、見逃せない内容を閲覧したミラジェーンがとある提案を行っていた。

 

 

 

 

 

 

「休暇、かい?」

 

「ええ。リュウさんはいつもお忙しいですから、ゆっくりと休んではいかがかと思いまして」

 

ミラジェーンが笑顔で彼女に提案するが、彼女は気乗りしない様子で頭を搔いていた。

 

「ありがたい提案ではあるけどねぇ。ちょっと前まで依頼を受注できてなかったじゃないか。依頼も結構溜まってるんじゃないかい?」

 

「大丈夫ですよ。ほかのみんなが我先にと次々に受けてくれるおかげで、そんなに問題がある訳じゃありませんから」

 

「でもねぇ」

 

尚も渋る彼女の目の前に、ミラジェーンが手元の依頼帳簿の該当ページを開いて彼女に見せつけた。そのページに記載されたのは彼女の名前、そしてその受注履歴は毎日のように書き込まれていて、見開き全体がインクの黒で占められていた。ミラジェーンが何ページか捲ってみても、どのページも受注の跡で黒かった。

 

「リュウさん。前回休暇をとったのはいつになります?」

 

「……一年くらい前かねぇ」

 

「三年前ですよ。三・年・前」

 

笑顔のまま帳簿を指で叩くミラジェーンには迫力が感じられ、カウンターからはいつの間にか客が退散していた。心なしか彼女の額には冷や汗が流れているように見える。

 

「リュウさんがいつもギルドのために働いているのは分かりますが、流石にこの連勤は見逃せませんよ」

 

「……そんな危険な仕事をしている訳じゃなくて、簡単に終わらせられるものばかりやってきているんだけどねぇ」

 

「だからそんなに疲れていないって言うんですか? 三年間の受注歴にはSS級や10年クエストも含まれてますけど? ちょっと前にはS級クエストで北の大陸まで行って、帰ってきたらファントムと戦って、それが終わったら評議院の依頼をこなしてますけど? それでも簡単にって言うんですか?」

 

「うん、悪かった。失言だったね。ごめん、ミラ嬢」

 

ミラジェーンの迫力が更に凄みを増したのを感じ取って、彼女は前言撤回して頭を下げる。S級魔導士を引退しながらも、纏う迫力は当時のもの以上に感じ取れる。

 

そのように詰め寄るミラジェーンだったが、少し息を吐いて空気を弛緩させた。

 

「リュウさん。おこがましいことかもしれませんし、本当に何の問題もないのかもしれませんけど、これを見て黙っていられるほど無関心ではいられないです。私にとってリュウさんは大切なんですから」

 

その言葉を無下にできるほど、彼女は薄情でもないし強情でもなかった。

 

「うん。分かったよ。流石に三年は自分でもやばいなって思うしね。ごめんねぇ、ミラ嬢。嫌な思いをさせてしまって」

 

「いえ、そんな。むしろこれは私の我儘に過ぎないかもしれません」

 

「そんなことないさ。ミラ嬢がきちんと見てくれていることがすごく嬉しかったよ」

 

ミラジェーンが先程までの詰め寄る姿勢から一転して申し訳なさそうにするのを、彼女は首を振って感謝を伝えた。

 

「うん。それじゃあ、悪いんだけど一週間、いや二週間程休暇を取ることにするねぇ」

 

「はい、分かりました! リュウさん、ゆっくりとお休みしてくださいね」

 

ミラジェーンの厚意を受けて、休暇を取ることにした彼女はギルドハウスを後にした。急にできた久しぶりの休暇をどうすべきか少しばかり頭を悩ませていたが、やがて脳内でスケジュールを立て終えると荷物をまとめるため一度自宅に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳳仙花村とは、マグノリアの西方に位置する王国有数の温泉街であり、東洋建築の並ぶ街並みは王国きっての景勝地だ。瓦葺きの木造建築が建ち並ぶ街路は、温泉の湯気と香りで彩られ、異国情緒溢れる風情を感じられる。そして湧出する温泉は良好な景色と様々な効能があり、旅館の雰囲気や東洋料理の美味しさに魅了され、フィオーレ王国中から多くの観光客が集まっている。

 

その需要に応えるべく、鳳仙花村には数多くの旅館が存在しており、日帰り、宿泊、入浴のみといった観光客それぞれのニーズに合ったサービスを提供している。そのため、いきなり休暇ができた人や仕事帰りといった人も飛び入りで宿泊することもでき、それが人気を集める要因でもあった。

 

つまり、急に休暇を取ることとなった彼女にとってはうってつけのレジャースポットでもある。

 

マグノリアからもさほど遠くはないため、いの一番に候補地として浮上し、休暇初日から早速空いている旅館にチェックインした。鳳仙花村に到着した時は、まだ太陽が中天に佇んでいたが、彼女は部屋について一息ついた後、すぐに温泉へと直行した。

 

鳳仙花村の温泉は多種多様だ。単純に無色透明なものもあれば、炭酸を発生しているものや白く濁っているもの、血の池と揶揄されるような真っ赤なものなど、全種類制覇するには相当に通い続けなければならないくらいだ。

 

そして彼女はその制覇者である。

 

最近こそ仕事にかまけて休暇を取り忘れていたが、長い間ギルド勤めをしている中で休みの日ができた時には鳳仙花村に必ず寄る温泉好きだ。他の温泉街にも足を運んだことがある彼女だが、マグノリアに近く他では味わえない趣深い風情が感じられるここを殊の外気に入っている。

 

そのように長い間温泉を愛好しているため、温泉の作法も初めて知った時から守るようにしている。

 

服を脱いでそのまま入浴するような暴挙は厳禁。浴室に入るとまずはかけ湯を行い、その肢体から軽く汚れを落とす。洗い場で隅々まで洗って綺麗になると、腰当たりまで伸びた長髪をゴムで束ねて湯船に落ちないように固定する。湯尻からゆっくりと湯船に浸かり、持っていたタオルを折りたたんで頭に置いた。

 

全身を癒す温めの温度が骨まで沁みて、彼女は魂が抜けるような声を漏らした。

 

「あぁ~~~…………ごくらくごくらく」

 

まだ昼頃であるとはいえ、珍しく人がほとんどいない空間に、彼女の脱力した間の抜けた声が響いた。体温と同じくらいの温度で調整された温泉は、体と湯の境界線を溶かして一体化するような心地よさを齎している。手と足の指を開いたり閉じたりすると、身体の強張りが解されて、隅々まで温泉の効能が行き渡るかのように感じる。

 

「ばばんばばんっと~~…………ここにお酒を持ち込めたらよいのにねぇ~~」

 

既に満足している彼女だったが、更にと望んでしまう欲深さが頭を擡げる。しかし、直ぐに頭から追い払った。

 

彼女にとって誰もいない温泉というのは得難いものだ。人にあらざる神秘的な容姿と凹凸が少ないながらも見る者を釘付けにする至高の曲線美。束ねられた長髪はタオルで隠されていても、薄虹色の光沢が漏れ出していて、プライベートな時間だとしても衆目を集めてしまうことは想像がつく。

 

ギルドメンバーやマグノリアの住民は見慣れているため、横目に見ることはしてもジロジロと凝視することはないが、このように外に出た時は、いつもの事とはいえ他人の視線が鬱陶しく感じてしまう。

 

だから誰にも見られないまま温泉を堪能できるという幸福を噛みしめながら、お酒の誘惑を振り払った。

 

 

 

 

 

 

お酒は晩餐で好きなだけ飲めるのだ。

 

数時間にも及ぶ長風呂を楽しんだ後、浴衣に着替えて足早に食堂へと向かった。日暮れ時の早めの夕飯を用意してもらい、東洋料理が出揃う中、食前酒から口につけた。

 

いつもなら決まった銘柄を頼むが、折角だからと東洋の酒を数種類を頂くことにした。マグノリアでは一般的ではない米という穀物から醸造されたらしく、清酒と言うらしい。製法により更に細かく分類される呼び名があるらしいが、彼女にとっては美味いか美味くないかだけが重要だ。

 

盃を傾けて口に含む。華やかな香りと繊細な甘みを舌で転がして味わってから呑み干すと、すっきりとしたアルコールのキレと滑らかなのど越しが幸福を与えてくれた。別のものを呑んでみるとこれまた味わいが異なっていて、先程の物が淡麗だと評するなら、こちらは旨味とふくよかさを強く感じる濃醇な酒だった。その差異を楽しみながら、配膳された料理に舌鼓を打つ。

 

「あ~染み入るねぇ」

 

彼女が食べているのはお酒に合う肴ばかり選んだ一品料理ばかりだ。ハルジオンの港でとれた新鮮な魚介の刺身やなめろう。ぶり大根の良く沁みた出汁の味は甘美の一言。出汁が染みたといえば肉じゃがとおでんも外すことができない。東洋のつゆという名のソースを気に入っている彼女は、茄子の煮浸しや揚げ出し豆腐なども頼み、次々とお酒と一緒に飲み込んでいった。

 

マグノリアでは味わえない異国の味を存分に堪能する。フィオーレ王国風の単純明快な旨味も好物であるが、東洋料理の、素材の味を尊重する繊細な味付けも好物だった。

 

 

 

快い満腹感を得た後は縁側に座って食後酒を飲む。売店で買ったいつもの酒だ。やはりこれが一番臓腑に沁みる。彼女の目の前には、この旅館が誇る東洋様式の庭園が広がっていた。

 

フィオーレ王国の庭園は、豪奢な彫像や鮮やかな刺繡花壇といった豪華絢爛なものであるが、東洋様式のこの庭園は逆に、余分なものを削ぎ落して素朴で質素なものであることを追求している。目の前に広がる庭園には、彫刻されていない自然石が点在し、敷き詰められた砂に模様が描かれている。仲居が言うには、この石庭は枯山水といい、わびさびという思想が反映されているらしい。

 

その庭を眺めながら彼女はただ酒を飲み続けた。

 

 

 

 

 

 

腹に溜まったものが徐々に消化され、腰の帯紐が緩く感じられる頃には、日も沈み、辺りが暗くなっていた。縁側で夜風に当たって程よく冷まされた体が温泉の癒しを求めたので、再び温泉に浸かりに向かった。

 

この時間帯になると、仕事帰りや観光地巡りをしていた者たちが宿を求めて、旅館が更に賑わいを見せる。人の目が増えると彼女の容姿をジロジロと見る者も老若男女問わず増えてくるが、その神秘的で超然とした空気を纏う様に気後れしてか声をかける者は少ない。

 

人の視線を集めながら、脱衣所の暖簾を潜ると、そこには思わぬ先客がいた。

 

「おや」

 

「む、リュウさん?」

 

「ええ!? なんでここに!?」

 

彼女の目の前には仕事帰りのエルザとルーシィがいる。二人はいつものチームで、近くの砦を根城としていたデボン盗賊一家の拠点を潰してきたが、ルーシィの提案で温泉宿で一泊することにしたとのことだった。

 

「奇遇だねぇ。私は休暇で来たんだよ。」

 

「休暇ですか、珍しい。私もここでリュウさんと会うとは思いませんでした。どうでしょう? ご一緒しても?」

 

「え、エルザ? え~と、い、いいんですか?」

 

「う~ん、私がいたら気が休まらないんじゃないかい?」

 

特に気後れしてそうなルーシィを見て彼女が心配そうに首を傾げる。

 

ファントムの一件以降、彼女とルーシィは話をする機会がなかった。ルーシィは一度実家に戻っていて、彼女は評議院に滞在していたからだ。そのためか、ルーシィの脳裏にはファントムを圧倒する彼女の雄姿が焼き付いていて、それまでの身近な印象が一転して手の届かない存在に感じてしまっていた。

 

そのルーシィの様子に遠慮しようとした彼女だったが、視線を向けられたルーシィが慌てて首を横に振った。

 

「いえいえいえ! ぜひ一緒に入りましょう!」

 

「そうかい? ならお言葉に甘えようかねぇ」

 

そういう訳で一緒に湯に浸かることになった。二人は仕事帰りで少し汚れた鎧や衣服を、彼女は旅館の浴衣を脱ぎ始める。

 

彼女の起伏の乏しさとは逆に、豊満な胸と引き締まった腰、スラっとした脚といった女性的な魅力に溢れる二人の体は週刊ソーサラーのグラビアを飾るミラジェーンにも匹敵するほどだ。だが、そんな二人でも、彼女の肢体の方がより魅力的に見えるらしく、裸になった彼女の姿を無遠慮に見てしまっている。

 

「…………そんなに見られると流石に恥ずかしいじゃないか」

 

「わ、わわ。ごめんなさい」

 

「いえ、相変わらず美しいなと」

 

「なーに言ってるの。こんな老体に見惚れてないで早く温まろうじゃないか」

 

裸になってタオルを持ち、一緒に浴室へと入る。彼女は温泉の作法にはうるさいので、二人にまずかけ湯をさせて、入浴前に体を洗うように言った。

 

「リュウさん。お背中流しますよ」

 

「おや。それじゃあ頼もうかねぇ」

 

一緒に風呂に入る機会もエルザが大人になってからはまったくない。エルザがギルドに来た当初は着の身着のままの浮浪者といった出で立ちで、見かねた彼女がエルザの世話を買って出て、お風呂でその汚れを落としたこともあった。

 

エルザはそのように世話になった恩を思い出しながら、彼女の柔肌を傷つけないように優しく擦る。

 

「なんか手馴れてるわね、エルザ」

 

「そうか? まあ、子供の頃は何回も一緒に風呂に入ってたからな」

 

「エルザ嬢が立派になってからは一度もないから久しぶりだけどねぇ」

 

隣で体を洗っているルーシィが彼女の体を横目に見る。見ないように意識をしても、その美しさには視線を引き付けられてしまう。肌理細やかな素肌はシミ一つなく美白なもので、濡れた髪は薄虹色の光沢がより際立っている。天女がこの世に実在するのなら、それは彼女だろうとルーシィには思えた。

 

「エルザ嬢、こんなに綺麗な緋色の髪なんだから大切にしないといけないよ」

 

「……いえ、所詮は戦うことしかできないですから」

 

洗う人が入れ替わり、今度は彼女がエルザの洗髪を行っている。エルザの長髪を手櫛で梳かすその表情は母性に溢れた表情をしていた。

 

その表情を見たルーシィはどこかに感じていた緊張感が薄らいできた。どんなに圧倒的な力を持っていようと、彼女はただみんなを大切に思っているだけの同じギルドメンバーの一人にすぎないんだと実感する。同時に母親を幼いときに亡くし、母親の愛情を受けた記憶が少ないルーシィはちょっとだけエルザを羨ましく思った。

 

 

 

体を洗い終わるとようやく湯船に浸かることができた。この温泉は熱めに設定されていて、体をぐっとしめるような温度で吹き出る汗が心地よい。

 

湯に浸かり、一息ついたところでルーシィが砦で起こった出来事を愚痴に出した。

 

「聞いてくれます? ロキが酷いんですよ」

 

「おや、ロキ坊になんかされたのかい? もしかしてルーシィ嬢もその毒牙に」

 

「やめて! ミラさんとおんなじこと言わないで!」

 

からかう彼女の言葉に両耳を抑えながら大げさに首を横に振るルーシィ。エルザが代わりに説明を行う。

 

「デボン一家の砦を壊滅した帰りにロキに会いまして。ルーシィが落とした鍵のお礼を言おうとしたんですが、話も聞かずにすぐ逃げてしまったんです」

 

「おやおや。ロキ坊もあの態度を早く改めれば良いんだけどねぇ」

 

彼女が肩を竦める。彼女にとってもロキは悩みの種だった。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)は大なり小なり騒動を招く問題児ばかりで、ナツはその筆頭だが、彼女にとってはロキが最も厄介だった。ロキの女癖の悪さは評議院にまで及ぶ。特に評議員の身内までたらしこむ手管はむしろ感心するほどだったが、それで文句を言われるのはマスターや彼女の方だった。評議院の仕事に行った時も、評議員直々に小言をもらったばかりであり、ある意味彼女もロキの被害者である。

 

とはいえ彼女は、もうあれは既に個性と化していると思っているため、窘めはするが矯正しようとまで思っていない。ただ、女癖の悪さはともかく、星霊魔導士への忌避感については、ルーシィも困っているため、早く克服してもらいたいと思っている。

 

彼の抱える事情を知っているとしても。

 

「リュウさんは、ロキが星霊魔導士との間に何があったか知らないんですか?」

 

「知ってるよ。でも教えない」

 

ルーシィは彼女の言葉に身を乗り出したが、彼女は明確に回答を拒否する姿勢を見せた。

 

「私はみんなの過去を吹聴する気はさらさらないからね。ロキ坊のことも首を突っ込むことはできないよ。これはルーシィ嬢が解決することさ」

 

「そう、ですか」

 

彼女の言葉は聞きようによっては冷たく感じるが、正論であり、込められた意思は固い。文句を言う筋合いはないと分かっているが、期待が外れたルーシィは溜息をついて夜空を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

温泉からあがると彼女はエルザとルーシィと別れた。エルザからは部屋に来ないかと誘われたが断ることにした。仕事帰りということなら、部屋にはナツとグレイ、ハッピーがいる。特にナツがいるなら、こういう旅館で大人しくする訳がない。あり余る元気を持て余して枕投げでも始めるだろうことは予想がつく。

 

今日は休暇に来ているから、存分に休むことにしている。休暇までナツに振り回されるのは流石に勘弁、と考えて彼女はひとり風流な小料理屋へと入店した。腕の良い板前による絶品料理が人気の店だ。久しぶりにも関わらず、彼女のことを覚えていた受付に個室へと案内された。

 

障子に遮られた少人数用の空間を独占する気分は悪くないもので、お品書きから高めの料理をいくつか注文する。既に夕食は済ませているので、小腹を満たす程度の数だけ卓上に揃えた。

 

うわばみである彼女も今日一日深酒ばかりなことを自重して、徳利数本だけ頼んでおちょこでちびちびと飲むことにした。熱燗と冷酒を並べ、味だけではなく温度も楽しみながら絶品料理に舌鼓を打つ。口内にじんわりと旨味が巡る熱燗も、キリっとしたのど越しで旨味をダイレクトに味わえる冷酒もどちらも素晴らしい。熱燗は邪道だという評価を聞いたことがあるが、彼女にとっては美味ければ何でもいいので、新しい熱燗を数本頼んだ。

 

 

 

 

 

 

そうして時間を忘れていると聞き覚えのある声とともに一組の男女が入店してきた。

 

ルーシィとロキだ。

 

さっきまで一緒だったルーシィと実はここに来ていたロキの来店に気づいたが、障子で隔たれた個室で黙々と食事している彼女の存在に二人は気づいていない。特に声をかける気もないので、そのまま食事を続けるが、二人の会話が自然と耳に入る。

 

盗み聞きをするつもりはないし、邪推してもいないのだが、何故か二人離れてカウンター席に座っているため、必然声が大きくなり、彼女の個室にまで声が届いた。

 

ルーシィが鍵のお礼を言い、ロキの過去を聞いている。それでもロキは頑なに口を閉じている。

 

そして諦めたルーシィが最後にナンパから助けてもらったことにお礼を言って帰るところを、ロキが手首を掴み突然抱きとめた。困惑と羞恥に赤くなるルーシィに自分の命はあと僅かなんだ、とロキが激白した。だが、直ぐにルーシィを離すと、ただの冗談、口説き文句に過ぎないといってあっけらかんとロキが笑った。ルーシィが激怒してロキの頬を張り、足を鳴らして退店していってしまった。

 

叩かれて落ちたサングラスを拾いあげるロキに、彼女は障子を開いて声をかけた。

 

「なにやってんのさ、ロキ坊」

 

「っ! ……リュウさん」

 

いるとは思わなかった彼女の登場にロキが驚き、そして沈痛な面持ちを見せる。

 

「リュウさん、盗み聞きですか?」

 

「ごめんね。そんなつもりはなかったんだけどね。いきなり抱き着くし、いきなり叩かれるし。思わず耳を塞ぐことを忘れちゃったよ」

 

「……いや、すいません。八つ当たりでした」

 

いつもなら彼女相手に美辞麗句を並べるロキだが、聞かれたくなかったところを聞かれてしまい、今はただ謝るだけだった。

 

彼女はロキの過去を知っている。そしてロキの正体も知っている。

 

だが、覚悟を決めていたつもりなのに、恐怖から思わずルーシィを抱きしめて心情を吐露してしまったのを見られていたことが無様に感じてしまった。

 

彼女が表情を暗くして、問いかけた。

 

「……そんなにももう時間がないのかい?」

 

「そう、ですね。リュウさんが休暇に入ったと聞いた時は、もう会えないとは思ってました。こんなところは見られたくなかった」

 

「……ごめんね。私にはロキ坊を救えない。結局余計なことして、ロキ坊を苦しませてしまっただけなんじゃないかって、今更ながら思うよ。まったく不甲斐なくて情けない限りだよ」

 

「そんなことはないです。ボクが妖精の尻尾(フェアリーテイル)に来れたのもリュウさんのおかげですから。この三年間、色々考えることができたし、楽しいこともありました。特にギルドのみんなに会えたことが最高の思い出です。だから、リュウさんには感謝しかありません」

 

ロキは自分の罪深さを知っている。たとえ彼女が自分を救える力を有しておきながら、それを行使できずに見殺しにするしかないとしても、彼女のせいではなく、自分の罪を転嫁するつもりはまったくない。

 

彼女はただの恩人で、自分は咎人。それだけの話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とはいえ。

 

「…………リュウさん。このお酒の量は?」

 

ロキの眼前に広がる空の徳利。卓上に所狭しと並べられたそれは彼女の享楽を物語っていた。

 

「…………私もこんなところは見られたくなかったよ」

 

神妙な顔をする彼女を恨めしく思うのは別の話だとロキは思った。

 

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