妖精の尻尾のリュウさん   作:ただの馬鹿

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夜雲開けて星輝く

罪には罰を。過ちには報いを。咎人には制裁を。

 

秩序とはそうして保たれている。

 

人の世が綿々と続くための理。

 

ましてや本来交わることのない異界同士ならば、崩されることのない絶対的な《契約》を必要とする。

 

 

 

 

 

 

星霊魔導士という種類の魔導士がいる。星霊の鍵を使って、異界たる星霊界から星霊を呼び出して使役し、その能力を行使する所持(ホルダー)系の魔導士だ。

 

星霊の使役には必ず契約を結ぶ必要がある。ああ、契約といってもそんな仰々しいものじゃないよ。例えば、何曜日は別件で呼べないとか、呼び出す際は決まったお菓子を用意しておくとかかな。

 

他には星霊自身の特性に合わせた決め事もある。宝瓶宮のアクエリアスなら必ず水場じゃないと呼べなかったり、処女宮のバルゴだったら所有者(オーナー)の希望する容姿に変えるように言われたり。

 

そういった様々な契約に基づいて、星霊は人間界で活動している。

 

ただ、星霊ごとに結ぶものとは他に、全ての星霊に適用される根本的な契約が存在するんだ。どんな事情があれ、過去に人間と星霊の橋渡しとして立会人のもと結ばれた盟約には逆らうことは許されない。

 

鍵の所有者(オーナー)を殺害することはその最たるものだ。もちろん星霊魔導士が全て善良とは限らないから、契約者によっては好ましくない扱いを受けることだってある。それでも、交渉やボイコットこそすれ、殺害は完全な禁忌だった。

 

星霊は人間よりも頑丈で強力な存在。使役中に致命傷を負ったとしても、それが原因で死に至ることはなく星霊界に返還されるだけで、実質的に不死なんだ。だから、脆弱で非力な存在である人間に対してその命を奪うようなことは過去の契約において禁止された。

 

…………うん、まあ、ナツとかエルザとか見ていると脆弱とは、とか思っちゃったけどね。

 

それでも、基本的に人間は星霊よりも圧倒的に弱いのは確かなことだ。

 

そしてその守るべき所有者(オーナー)を殺した罪人が、僕だった。

 

 

 

 

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)のみんなには内緒にしてたけど、本当はロキって名前じゃなくて人間でもない。

 

獅子宮のレオ。それが僕の本当の名で、つまり星霊だ。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)に魔導士として所属する前は、別のギルド青い天馬(ブルーペガサス)の一員だった。その時は魔導士ではなく使役される一星霊だった。

 

カレン・リリカ。その時の僕の所有者(オーナー)だ。

 

カレンは善良な星霊魔導士とは到底言えない人だった。確かに、鍛錬を重ねて身につける能力(アビリティ)系とは異なり、所持(ホルダー)系である星霊魔導士は鍵一本に魔力を込めれば呼び出せる手軽さが利点でもあると同時に愛着や思いやりが欠けている人が多い。更に星霊は契約さえ結べば思った通りに働くから、道具のように感じてしまうことも無理はないと思う。それでも、無茶な命令でも所有者(オーナー)の役に立つことが僕たち星霊の使命でもあり、矜持でもある。

 

だけど、カレンのそれは度が過ぎていた。

 

カレンの命令で命を懸けることを当然だったし、雑用や機嫌取りをやらされたこともある。それぐらいなら我慢できたけど、星霊の存在意義(レゾンデートル)を貶める命令も多々あった。

 

カレンは星霊を一つの生命とみなしていない女性だった。

 

戦闘特化型ではないアリエスではあるけど、決して戦闘が出来ないほど弱い訳ではない。それでも、魔導士に対する盾として、無抵抗に攻撃を受けさせるためだけにカレンはアリエスを利用していた。

 

カレンは男遊びの激しい女性だった。

 

男遊びが多いということは軋轢を生むということだ。その身代わりとして酷使されたのがアリエスだった。アリエスは人間基準で容姿端麗だと評価されている。そんな彼女を、ドタキャンや約束をすっぽかした男を慰撫するためだけにカレンは利用することが多かった。

 

それらは、星霊の、アリエスの誇りをずたずたに引き裂く行為だ。

 

ある時、カレンの振る舞いを青い天馬(ブルーペガサス)のマスター、ボブが見かねて苦言を呈し、尚も言い募るカレンに対して憤怒の表情で忠告したことがあった。

 

カレンは素直に聞き入れる女性ではなかった。見当違いにも、マスターボブの忠告をアリエスの密告のせいだと曲解したカレンは、アリエスを拘束して7日間人間界に留めておくという所業に及ぼうとした。

 

異界に留まることは生命力を削る危険な行為だ。人間は星霊界にはいられないし、星霊は人間界にいられない。頑丈ではないアリエスにとって7日間人間界に拘束されることは命を危険にさらされるということだった。

 

我慢の限界だった。僕だけなら耐えれたかもしれないけど、友人のアリエスを僕以上の酷い目に合わせることを無視できなくなった。

 

僕は強制開門を行って無理やりアリエスと入れ替わった。

 

 

 

開門とは、星霊界との(ゲート)を開くことで星霊を呼び出すこと。閉門とは逆に、星霊界との(ゲート)を閉じて星霊を返還すること。

 

そして、開門閉門ともに両者の合意の下で行われる。だけど、魔導士側、あるいは星霊側の意思だけで行うこともでき、それを強制開門、強制閉門って言う。

 

つまり、僕はカレンの許可なくアリエスと入れ替わって現界したということだ。

 

目的は、僕とアリエスとの契約解除。

 

もちろんカレンは拒否したよ。僕もアリエスも黄道十二門の星霊。カレンは他にも銀鍵を複数持ってはいたけど、僕たち二人は正に生命線。それを手放すことをカレンは認めなかった。

 

でも、僕が人間界に居続ける限り、カレンは他の星霊を呼び出せなくて仕事に行くことができない。僕が人間界にいるのに他の星霊を呼び出すことは二体同時開門となり、多大な魔力が必要でカレンにそれは不可能だったから。

 

だから、カレンを説得するために僕は命を削って抗議したんだ。

 

そのボイコットは3ヶ月に及んだよ。離れの廃墟でカレンが反省することを待つ日々さ。カレンは度々訪れて見せかけの反省を見せたけど、結局契約解除をすることはなかったよ。

 

……本当は、契約解除なんかよりも望んでいたのは、カレンに分かってもらいたかっただけだったんだ。星霊だって、意思と想いと心のある人間と変わらない存在だって。僕たちは道具じゃなくて仲間なんだって、カレンに認めてもらいたかっただけだったんたよ。

 

決してカレンが死ぬことを望んでいた訳じゃない。

 

3ヶ月も経つと現界の負荷にも慣れてきた。生命力が零れていくのは止められないけれど、自由に動き回れる程度の余裕が生まれていた。

 

その分、心にも余裕が生まれたんだ。だから、カレンのことをそろそろ許してあげようなんて思ってた。アリエスが酷い目にあってもその都度入れ替わって助けてあげればいいんだって。

 

その時さ、マスターボブからカレンの死を知らされたのは。僕がボイコットしてるから他の星霊を呼び出せないはずなのに仕事へと向かい、二体同時開門に賭けて、失敗して死んだ。

 

カレンの意地の強さを見誤ったよ。本当に星霊として不明の至りだ。それなりに長い間契約していたっていうのにね。

 

僕の方こそ、カレンのことを分かってなかったんだ。

 

 

 

星霊にとって、所有者(オーナー)の殺害は大罪だ。

 

それが間接的なものだとしてもね。僕がカレンを殺したも同然なんだ。

 

人間と星霊が結んだ盟約に背いた罪人。そして罪人には罰を。星霊界は罪人()を拒んでいる。

 

だから、僕がこうして消えるのも当然の報いなんだ。カレンに償う覚悟はとうにできてる。

 

でも、最後にいい思いができたかな。

 

正直、君に正体を見破られるとは思わなかった。君のことを侮っていたみたいだ。

 

こうやって看取られながら消えていけるなんて望外の喜びさ。

 

ありがとう、ルーシィ。ここまで来てくれて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルーシィが僕の懺悔を聞き届けてくれた。その表情は驚愕と困惑と憐憫が混ざり合ったようなもので的確に言い表す言葉を僕は持ち得ていない。ただ、罪深い僕に寄り添おうとしていることは、今まで遠ざけてきた僕でも分かった。

 

それでも、もう、限界だった。

 

ずっと騙し騙し動かしていた体がもう動かなくて、僕はその場に崩れ落ちた。

 

「ロキ!!!」

 

ルーシィが駆けつけて抱きとめてくれた。それだけでも、僕には過ぎた幸福だ。

 

罪深い僕を案じてくれる女性の腕の中で消えていく。大罪人にはもったいない最後だ。

 

うん。世界から自分という存在が消えていくのが分かった。もうすぐだ。

 

「時間か、な……」

 

「な、何言ってるのよ!!」

 

「カレンは僕のせいで他の星霊を呼び出せなかった……そんな状態で仕事に行って命を落とした…………僕が殺したのと変わらない…………」

 

あの時からずっと後悔してきた。なんでカレンが死んでしまったのかって。星霊を道具扱いする女だったけれど、全てが苦難に満ちていた訳じゃない。ふとした瞬間の気まぐれでしかない施しだったとしても、確かに楽しかった記憶はあるんだ。

 

そんな彼女が死んだ。なぜだ。僕のせいだった。

 

「あの日を境に星霊界に帰れなくなった。星霊界も主人の命令に背いた星霊を拒否している」

 

力を振り絞って自分の手を見る。透けては戻るを繰り返していた。

 

消える。僕が消えていく。

 

罪人()を抱きとめる星霊魔導士(ルーシィ)を最期に見つめる。感謝を、伝えないと。

 

「最期に君のような素晴らしい星霊魔導士に会えてよかった。ありがとう、ルーシィ」

 

「待って!!! 絶対助けるから!! 諦めないで!!!」

 

消えゆく意識を覚醒させるかのようなルーシィの叫び。

 

世界の理に対する、不条理に怒る拒絶の叫びだった。

 

「星霊界にさえ帰れたら生命力を回復できるのよ!! 絶対に帰らせてあげるから!!」

 

そんなことを言っても、何かできる訳じゃない。

 

ルーシィは素晴らしい星霊魔導士だ。でも、絶対的な掟を覆すことはできない。

 

彼女の願いを、星々は叶えない。

 

「だって! おかしいじゃない! そんなの殺したことにならないわよ!!」

 

消えゆく体を繋ぎとめるように、ルーシィが強くきつく抱き締めてくれる。

 

既に僕の命は、彼女の体温を感じることさえできていなかった。

 

だけど彼女は、その命に熱を吹き込むかのように魔力を注ぎ始める。

 

「開け!! 獅子宮の扉!!! 星霊界に帰して!!! 開いて!! お願い!!!」

 

夜空に響き渡る彼女の悲痛な叫び。

 

虚しく夜空に溶けていくだけだ。星霊界の門が開くわけがない。

 

これ以上、魔力を消耗してしまうと、ルーシィの身も危険だ。

 

虫の息で彼女を止める。

 

「…………もう、いいんだ…………やめてくれ…………」

 

それでも彼女は止まらなかった。

 

自分の身に構わず、魔力を注ぎ続ける。

 

でも、それは、ただの自殺行為でしかない。

 

「くうう!!」

 

「ルーシィ!! そんなに一気に魔力を使っちゃだめだ!!」

 

魔導士がいきなり全ての魔力を解放することは、魔力を内包する()に耐えきれない過負荷を齎す。場合によっては死に至ってしまう。

 

ルーシィが苦悶の表情を浮かべ、苦痛の声を嚙みしめている。

 

僕のせいで、ルーシィが苦しんでいる。制止の声を上げても、ルーシィは聞き入れてくれない。

 

「言ったでしょ!! 絶対助けるって!! 星霊界の扉なんてあたしが無理矢理開けてみせる!!!」

 

「やめてくれ!!! 星霊と同化し始めてるじゃないか!!! このままじゃ君まで一緒に消えてしまう!!!」

 

ルーシィの体までもが揺らぎ始めた。

 

消えていく罪人()に引っ張られ、星霊魔導士(ルーシィ)が道連れにされる。

 

僕の罪が、ルーシィまでも奪おうとしている……!

 

「これ以上僕に罪を与えないでくれーーーーー!!!!!」

 

「何が罪よ!!!! そんなのが星霊界のルールならあたしが変えてやるんだから!!!!」

 

 

 

時が止まった。世界が変わった。

 

僕とルーシィを包んでいた魔力の奔流がいきなり消失して、静寂のなか二人取り残されていた。

 

ふと消えていく筈の存在が安定して、生命力が零れていくのも一時的に止まっていることに気づいた。

 

これは、一体…………。

 

戸惑う僕たちの目の前で、世界が変容していく。

 

周りの大瀑布が流れを止め、夜空の星が日周運動を描いている。非現実的な光景にただ呆然とするしかなかった。

 

衝撃はそれだけに終わらなかった。止まっていた滝の水が空へと引き寄せられていき、そしてとある存在を象った。星霊である僕は目の前に現れた存在に目を疑った。

 

その荘厳な巨体に鎧甲冑を纏った威風堂々たるお姿。

 

星霊たちの頂点に君臨する大王。

 

「星霊王!!!」

 

ありえない……。このお方が出向いてくるなんて。

 

それこそ、星霊界が滅亡の危機に瀕したときなど、本当に限られた状況でのみそのお力を振るうような存在だ。

 

決して、一星霊が罪によって消滅するような場においでになるようなお方ではないはずだ。

 

「な、なんでこんな所に!?」

 

「王って、一番偉い星霊ってこと!?」

 

偉いなんてものじゃない。星霊たちを統合し統括する絶対的な象徴だ。全ての星の力を束ね、星霊界を統治しその安寧を司る権能は、もはや星霊界そのものの意思と言っていい。

 

そのお方が、威厳溢れる声で話し始める。

 

「古き友……人間との盟約において我ら……鍵を持つ者を殺める事を禁ズル……直接ではないにせよ……間接にこれを行ったレオ。貴様は星霊界に帰る事を禁ズル」

 

それは、僕がカレンを殺してしまったときにもくだされたものと同じご下命だった。

 

分かっている。罪深き僕は星霊界への帰還を拒否されて、このまま消えていくだけということは。

 

だけど、まったく同じことを伝えるためだけに顕現なされたというのか?

 

星霊王の御心が分からない。

 

ただ、星霊王の裁定をただ受け入れるつもりの僕とは違って、ルーシィが偉大なる存在へと反論を叩きつけた。

 

「ちょっと!! それはあんまりでしょ!!」

 

「よ、よさないか、ルーシィ!!」

 

星霊として、星霊王の裁定に不服を述べるなんて不敬にも程があったから、思わずルーシィを制止しようとしてしまった。

 

星霊王もルーシィのその言葉だけで翻意をなさることなんてなかった。

 

「古き友よ。その“法”だけは変えられぬ」

 

ただ、星霊王の仰られたその単語に、僕は目を見開いた。

 

“法”。あるいは掟。あるいは盟約。

 

星霊界の秩序を保ち、人間界との繋がりを守るためにされた太古の《契約》。

 

制定された当初から絶対不可侵のルールとして存在する規範だ。

 

星霊界そのものたる星霊王が、法という命題で人間界に顕現されたということは。

 

まさか、ルーシィが法を変えると口走ったことに乗じて姿を現したのか!? 

 

こんな小さな案件に、王が自ら出向くなんて!?

 

呆然とする僕をおいて、ルーシィが星霊王に叫び続ける。

 

「ずっと苦しんできたのよ!! 仲間のために、アリエスのために!! 仕方なかったことじゃないの!!!」

 

「余も古き友の願いには胸を痛めるが……」

 

「古い友達じゃない!! 今! 目の前にいる友達のこと言ってんのよ!! ちゃんと聞きなさい!! ヒゲオヤジ!!! これは不幸な事故でしょ!! ロキに何の罪があるのよ!! 無罪以外は認めないんだから!!!」

 

やめてくれ、ルーシィ。

 

僕は罪人なんだ。この罪を抱えて消えていくべきなんだ。

 

カレンの死の責任を取らなくちゃ、カレンが待っているんだ……。

 

「もういいルーシィ!!! 僕は誰かに赦してもらいたいんじゃない!! 罪を償いたいんだ!! このまま消えていきたいんだ!!!」

 

「そんなのダメーーー!!!」

 

僕の懇願をルーシィは認めなかった。

 

瞬間、ルーシィの全身から瞬間的に魔力が迸った。尋常じゃない魔力の爆発。

 

その煌めきの中で広がる光景に僕は目を剥いた。

 

「なぁっ!?」

 

「む」

 

「罪なんかじゃない!!! 仲間を想う気持ちは罪なんかじゃない!!!!!」

 

そこにはルーシィの想いに呼応して、彼女が契約している全ての星霊が集結していた。

 

星霊が、これほど同時に現れるなんて……!

 

二体同時開門ですら、実行できる星霊魔導士はほんの一握りで、僕だってそんなことができる魔導士は思い浮かばない。カレンだって、才能溢れる星霊魔導士だったけれど、二体同時開門はできなかった。

 

ルーシィの潜在能力を目の当たりにして驚愕していたけれど、それは一瞬の出来事だった。星霊たちはすぐにその場からいなくなり、ルーシィが魔力の使い過ぎで倒れこんだのを見て、我に返ってルーシィの下へと駆け寄った。

 

全ての魔力を瞬間的に解放することは命に関わる危険な行為だ。まさかとは思って、ルーシィの容態を確認したけど、命に別状はなさそうで安心した。

 

「あたしの友達もみんな同じ気持ち……あんたも星霊ならロキやアリエスの気持ちが分かるでしょ!!」

 

でも、僕は彼女を諌めないといけない。彼女の、僕を救いたいという気持ちはとても嬉しいものだったけれど、それに命を賭けさせるのは間違っていると思ったから。

 

「なんて無茶を!! 一瞬とはいえ死ぬ可能性もあるんだぞ!!!」

 

しかし、その懸命な懇願を受けて、星霊王は思案するように沈黙していた。

 

「……古き友にそこまで言われては、間違っているのは“法”かもしれぬな……」

 

そして紡ぎだした言葉は、ルーシィの想いを汲み取り、裁定への意義を認めるものだった。

 

僕はまさかの言葉に絶句して、ただただ開いた口が閉まらなかった。

 

「同胞アリエスのために罪を犯したレオ。そのレオを救おうとする古き友」

 

星霊王の慈悲が、夜空に木霊した。

 

「その美しき絆に免じ、この件を例外として、レオ……貴様に星霊界への帰還を許可スル」

 

「いいとこあるじゃないヒゲオヤジ」

 

下された恩赦に呆然とする。ルーシィが茶化すと、星霊王が軽快な笑みを浮かべていたけど、僕は何も反応できなかった。

 

星霊王が外套を翻して去り行くのを、か細い声で呼び止めようとした。

 

「免罪だ。星の導きに感謝するがいい」

 

「…………待って、ください…………僕は…………」

 

贖罪を求めていたはずの僕に罪を問わない星霊王。

 

無罪? そんなはずはない。カレンは僕のせいで死んだ。

 

罪には罰を。過ちには報いを。咎人には制裁を。

 

僕はその理に従って罪を清算しなければならない。

 

そう強く思っていたつもりだったけれど、去り行く星霊王の最後の言葉に、溢れる涙を我慢することができなかった。

 

「それでもまた罪を償いたいと願うならば、その友の力となって生きることを命ズル。それだけの価値がある友であろう。命をかけて守るがよい」

 

「……だってさ」

 

ルーシィの笑顔が見ていられなくなり、片手で顔を覆って涙を隠した。

 

星霊王が去り、動き出した世界に扉が現れる。

 

星霊界へと繋がる赦しの門だ。ここを通って、僕は星霊界へと帰還することができる。

 

でも、これで僕の罪が消えた訳じゃない。僕はカレンを死なせた罪を抱えていかなくちゃいけない。

 

だけど、君には前へと歩き出す勇気をもらったよ。

 

「ありがとう。そして、よろしく。今度は僕が君の力になるよ」

 

「こちらこそ」

 

ルーシィの手に、僕の金鍵を握らせて、僕は人間界から退去した。

 

 

 

消えゆく時に、墓に佇むカレンの幻影が見えた。

 

悲しそうで、それでいて嬉しそうな、未練のない笑みを浮かべて、そして消えた。

 

カレンは僕を赦したのだろうか。いや、そんなことはないと思う。思い出される表情は歪んでばかりで、彼女のそんな表情なんて見たことなんてなかったから。

 

所詮は僕の願望に過ぎないのかもしれない。

 

それでも、僕の首に纏わりつくカレンの幻影は、もういないんだろうな、と思われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カレンを死なせた後悔に苛まれるなか、星霊王から下された審判。閉門禁止刑に処されたけれど、失意に暮れる僕は因果応報だと思った。

 

今すぐにでも消えてしまいたいような自分に対する失望。

 

でも周りのみんなはそれでも優しかった。特にマスターボブとリュウさんに対する恩は大きかった。

 

廃墟の中で蹲っている僕の下に、定期的に様子を見に来るマスターボブが、ある日リュウさんを連れてきた。後から聞いた話だけど、実はマスターボブは元々妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士で、独立して新しくギルド青い天馬(ブルーペガサス)を開業したとのことだ。その縁でマスターボブはリュウさんに僕のことを見てくれるように頼んだということだ。

 

生命力が零れて確実に消滅へと向かう僕をみて、リュウさんは悲しそうに首を振った。

 

「この子、星霊としての《契約》を破ったね? それじゃあ、私は何もできないよ。生命力を元に戻す力自体は持っているけど、それを行使することは私にはできないんだ」

 

リュウさんの言葉にマスターボブもがっかりしたように肩を落とした。

 

僕には彼女の言葉が理解できなかった。力はあるのに使えないってどういうことなんだ、って。だけど、その疑問も所詮は些細なことだった。周りの言葉なんてどうでもいい。僕はただ自分の罪深さに打ちひしがれていたから。

 

「それで、君はどうするんだい?」

 

リュウさんは僕の様子を見ながらもそう質問した。マスターボブから事情は聞いているはずだ。それなのにそういった質問をするなんて無遠慮が過ぎるんじゃないかと思った。

 

自分の罪の重さに耐えられず、死にゆくその時を待つだけの僕に今後のことを尋ねるなんて。

 

予想外の言葉に思わず彼女の方を見る。

 

美男美女揃いの青い天馬(ブルーペガサス)にいた僕でも、今まで見たことないような絶世の美少女が僕のことを目線で射抜いていた。

 

「星霊と人間との《契約》を破った際の罰則は様々。その中には即資格剝奪や即消滅になる刑もある。それでも君に課せられたのは閉門禁止の刑。君が本当に消えてしまうまで猶予が与えられたということ。それには何か意味があるんじゃないかと思うのさ」

 

意味、という言葉がそれまで自責の念に支配されていた頭に染みこんでくる。彼女の表情は慰めでもなく、煙に巻こうというものでもない。本当に真剣に僕の行く末を案じているかのようだった。

 

だから、僕も真剣に考えてみようと思ったんだ。

 

「私は友を守ろうとした君の行いを肯定するよ。そんな君がその時が来るまでただ自分を責め続けるだけなんて、流石の私も見逃したくないねぇ。そこで提案があるんだけど、一応聞いてくれないかい?」

 

彼女はゆっくりと僕の方へと歩み寄って、手を差し伸べた。

 

「君を妖精の尻尾(フェアリーテイル)に誘いたいのさ。そこの彼女とも話はついていてね。青い天馬(ブルーペガサス)じゃ辛いことを思い出してしまうんじゃないかと心配しててねぇ」

 

「ごめんねぇ、リュウちゃん。私はマスターなのに何の力にもなれなくて……」

 

「そんなこと言わないでおくれよ。私こそ結局は無力でしかなかった訳だしねぇ。それで、どうだい?」

 

彼女の手が僕の運命を決定づける。そんな予感がしたし、実際その通りだった。ただ、僕がその手を握ったのはそんな大袈裟なものが理由じゃなかった。

 

――アンタ、面はいいんだから女を楽しませる器量ぐらい身に着けなさいよ――

 

リュウさんの表情がどこか申し訳なさそうだったから、悲しませたくないと思った僕はカレンの言葉に後押しされて、その手を握ることにしたんだ。

 

 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)での日々は楽しいものだった。メンバーは馬鹿みたいなことをするし、いつも喧嘩ばかり。その喧騒は青い天馬(ブルーペガサス)ではなかったことで、一星霊として使役されていた時には経験できなかったこともたくさんある。

 

ただ、楽しいばかりじゃない。馬鹿騒ぎに笑っているような時でもふとした瞬間に罪の意識に苛まれることが多々あった。過去を忘れてしまったかのように振る舞う時には、カレンが後ろでじっと見つめてくるような錯覚を覚えてしまうことだってある。カレンが恨めしい声を発しながら、僕の首を締め付ける感覚。

 

女の子たちと遊ぶことも、気を紛らわせたい衝動に駆られて手を出したことだ。見様見真似でカレンの振る舞いを模倣して始めた。意外とそっちの才能があったらしく、人間基準で端麗な容姿と信頼関係を築くコミュニケーション、そしてカレンを真似た口説き文句でたくさんの女の子たちを楽しませることができた。

 

一星霊では味わえなかった未知なる経験だった。より深く人間というものを知るために更に裾野を広げることにした。

 

そう。リュウさんにも言われた通り、与えられた猶予を使った探究活動だ。決して色事に耽溺した訳じゃない。

 

…………本当だよ? 確かに日に日に荒くなってくる女性関係に苦虫を嚙み潰したような顔をされた気がするけど、特に何も言われなかったし。

 

特に評議員の身内と関係を持つというのは中々スリリングな経験だ。あの緊張感と高揚感は癖になりそうだった。

 

ただ思惑はそれだけじゃない。マスターにはかなり苦言を呈されるけど、その関係はいつか役に立つと思ったからだ。

 

評議員も身内には口が軽くなるのか、評議院の内部の情報を漏らしてしまうことがある。そういった情報は女の子を介して耳に入れることができる。流石に最高機密レベルの情報は漏らさないみたいだけど、簡単な個人情報や評議院の仕事内容などは知ることができた。こういった諜報活動めいたことが目的で関係を持つのは女の子たちに失礼だから、あくまで女の子たちを楽しませた副産物だと思うことにしてるけど、有事の際には情報とは武器になるだろうから、教えてくれた情報は有難くいただくことにしてる。

 

 

 

実は頂いた情報にはリュウさんが受けている評議院からの依頼内容もあった。別に詮索するつもりはなかったけれど、恩人のことを少しは知りたくなってその内容をより深く聞いてみた。

 

それは魔道具制作で、具体的には魔法契約書(コントラクトスクロール)の制作だった。

 

評議院は各種法律制定したり、行政指導を行ったり、刑法に基づいて罪人を処罰したりして、魔法界の秩序を維持している。

 

だが、評議院が言うことを全ての魔導士が守るんだったら誰も苦労しない。現実には闇ギルドが跋扈しているし、正規ギルドも評議院の法を逸脱することだってある。妖精の尻尾(フェアリーテイル)なんてその最たるものだ。

 

そこで、評議院が使用しているのが魔法契約書(コントラクトスクロール)という魔道具だ。

 

魔法契約書(コントラクトスクロール)は、数々の取り決めや必要事項を示し、契約者の署名によって発動する。魔法によって行動を束縛され、署名をした契約者は契約書の内容を違反することができなくなるという。

 

正に秩序を守る評議院にとって鬼に金棒な武器だろう。あくまで署名した者を縛るだけで、他にも色々使用にあたって制約事項があるみたいだから自由に使えて万能な魔導具ではないみたいだけど、数ある魔道具の中でも上位に位置する強力さだ。

 

そして、その魔道具の制作にリュウさんが関わっているなんて初めて聞いた時は驚いた。彼女と関わるようになって三年間。それなりに長い付き合いになったけど、未だに彼女の底が知れなくて、ますます謎が深まったよ。そんなミステリアスさがリュウさんの魅力なんだけどね。

 

 

 

閑話休題(それはさておき)。僕がそんな風に評議院の情報を集めているなんて知られたら大目玉だし、女の子たちにも迷惑だから、これらの情報は墓まで持っていくつもりだった。

 

ルーシィのおかげで、僕は消える運命から逃れられた。

 

それなら、この情報を集めてくることにもいつかは役に立つことがくるかもしれない。だから、これからも僕の探究活動は続けていこうと思ってる。

 

今までのようにずっと人間界にいられる訳じゃないから、前ほど自由にはできないけれど、それが僕に与えられた意味だと思うから。

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