ハァイ、フリーレン! 作:失踪のフリーレン
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北側諸国のとある森にて──────
七崩賢が一人、断頭台のアウラはヒンメル一行との戦闘に敗北後、一人森の中を敗走していた。
真夜中の森の中は暗く、ヒンメルにやられた傷はまだ完全に癒えず、出血も酷い。
魔力も戦場から離脱するために惜しまず使用した為最早飛行することもできず、血が足りなくなってきたのか足取りもふらつき、視界も霞がかかってきていた。
(有り得ない、七崩賢であるこの私が逃げる事しか出来ないなんて)
決して油断をした訳ではなかった。
思い返すのは半日程前のこと──────。
北側諸国の精鋭で構成された不死の軍勢に守られたアウラに対峙するのは、僅か五人の勇者一行。
圧倒的な戦力差があるにも関わらず、アウラは慢心することなく冷静に対峙している勇者一行を観察していた。
先ずはドワーフの戦士、観察するも特に今まで見てきたドワーフとの相違点も見つからず典型的なパワー型の闘士だろう。
次に人間の僧侶、自分に匹敵する魔力を感じるが所詮は僧侶、女神の攻撃魔法を撃たせる前に仲間を消耗させ続ければ回復に魔力を割かれやがて枯渇するだろう。
そしてエルフの魔法使い、魔力量でいえば僧侶の二割から三割といったところか、しかし習得している魔法によっては痛い一撃を受ける可能性があり、要警戒。
あとはローブを被った冴えない中年男性にしか見えない魔法使い、だがアウラの直感はエルフに次いで警戒するように告げていた為こちらも要警戒。
最後に人間の勇者、戦士のよう膂力も無ければ僧侶のように圧倒的な魔力も感じない。視界から外さなければ大丈夫だろう。
そう結論付けたアウラは攻撃命令を出し、それを受けた軍勢は自身を守る最低限の人員を残し攻勢をかけていく。
いくら勇者と言えど人間だ、質と数を双方揃えた人海戦術の波に飲み込まれ後は「服従する魔法」に抵抗すらできない消耗しきった者が残るのみ。
多少は軍勢も消耗するだろうが勇者の面子を不死の軍勢に加えることができるのならばお釣りがくるだろう。
アウラの分析は間違っては居なかった。只、一つだけ間違いがあったとするのならばそれは──────。
◆◆◆
(なにこれ・・・有り得ない・・・)
四半刻程経過しただろうか、アウラは信じられないものを見ていた。
自慢の不死の軍勢は勇者一行に掠り傷一つ与えることが出来ていなかったのだ。
ドワーフの戦士は不死の軍勢へ突っ込むと斧を振り下ろし分厚い鎧なぞ知らんとばかりに一刀両断していく。
エルフの魔法使いは魔法によって派手に吹き飛ばしていく。
勇者は鎧の繋ぎ目へ的確に攻撃を与え無力化していく。
よく分からない男は牙が生えた魚のようなものを召喚し騎士を噛み砕いていく。
僧侶は戦士と勇者がカバーできる位置をキープし続け的確に支援を行う。
不死の軍勢をものともせず、千人余りからなるアウラの戦力を蹂躙していく五人を見て、アウラは困惑していた。
(なんで、なんでこんな奴らに私の軍勢がやられてるの?なんでこいつらはこんなにも強いの?)
アウラにとって誤算だったのは、勇者一行がアウラが今まで相対してきた人間と比べ強すぎることであった。
既に戦力の七割を失い、追い詰められているのは自分と判断したアウラは切り札である天秤を取り出し勇者へ「服従する魔法」を──────。
しかし、その目論見は即座に瓦解する。
天秤を取り出したのを見るや否や完璧な連携を行いアウラへの道を作った一行に答える形でヒンメルがアウラの懐に飛び込んでいた。
そして、アウラの胸から肩にかけてヒンメルの斬撃が直撃し、持っていた天秤が吹き飛ぶ。
痛みに顔を歪めたアウラはすかさず残存兵力に勇者一行の足止めを命じ魔力を惜しむことなく全力で飛行魔法を使い離脱していく。
ヒンメル達は追おうとしたが不死の軍勢に押し返される形になり断念せざるを得なかった。
◆◆◆
そして時系列は現在に戻る。
「はぁ……はぁ……」
血濡れの状態のままアウラは重い体を引きずりながら、少し開けた空間へと辿り着いていた。
付近には良い具合に藪で入り口が隠れた洞窟があり、一休みするには丁度良い大きさの空間があった。
(とりあえず、ここは休めそうね。今は休息をとって魔力を回復させるのが先決ね)
実際問題、ここであの勇者一行と再び相対すればどうしようもないのは明らかだ。
万全の状態ですら逃げることしかできなかったのだ、消耗しきった今は万が一にも勝ち目はない。
最悪追撃してきた勇者一行とまた遭遇する可能性もあるため、完全回復とは行かなくとも、再び飛行できる位の魔力を回復しておきたいのもある。
そう判断したアウラは追手が来てもすぐさま反応できるよう洞窟の出入り口に体を預けたのであった。
◆◆◆
それから数刻程立っただろうか、アウラはゆっくりと目をあける。
完全回復には程遠いが傷は塞がりかけており魔力も少しは回復したのを感じる。
外を見ると夜明け間近であり、薄白い明るさが外を照らし始めていた。
現在の魔力から察するに今から全力で飛べば魔力探知の範囲からも逃れ勇者一行に追いつかれることは無いだろう。
そう結論付けたアウラは洞窟から出口まで出て行こうとする。
出口から一歩外に出ようとしたその時──────。
突如雨が頬を掠める感触を味わったアウラが瞬時に周囲を警戒すると先ほどまで居た森ではなく街のような場所の道路の中央にいた。
いきなり景色が変わったことに困惑が隠せないアウラは当たりを見渡すが、そこにはただ建ち並ぶ家があるのみで、人の気配を感じることは出来なかった。
(なにこれ・・・・・・転移の魔法?いやでも転移の魔法を人間が使うなんて話は聞いたことがないわね。幻覚の線もこの雨の感触からして無さそうね)
自分がいま置かれている状況を困惑しつつも整理しようとしたアウラの耳に奇妙な音が届いた。
音がする方向へ顔を向けると降りしきる雨によってか道路の端が川のようになっており、音は水流により何かが流されている為に発生した音だと気付いた。
興味を惹かれ、その流されている物が何であるのかを見ようと目を凝らす。
(色は金色ぽい感じね、音から察するに金属製なのは間違いなさそう、形は・・・・・・っ!)
そこそこアウラから離れていたためよく見えていなかったが近づくにつれて段々と輪郭が見え始めてきた物体にアウラは覚えがあった。
否、覚えが無い訳が無かった。彼女が彼女であらんとしていた、彼女の全てとも言えるもの。
「私の天秤じゃない!?」
流れるそれを拾い上げるべく思わず駆け出す。
彼女は水たまりで足が汚れるのも厭わず流れゆく天秤を必死に追いかける。
──────しかし、あと数歩で手が届くといった所で無情にも天秤は排水溝へと吸い込まれていった。
アウラは僅かな希望を持って排水溝を覗き込むが、中は真っ暗でまるで分からない。
数分間彼女は身動き一つすることなくただじっと暗闇を見つめていたが、
「ハァイ、アウラ」
突然自分の名前を呼ぶ声が飛び込んできた。
音が聞こえてきた足元へ目を向けると排水溝の穴からぬるりと白塗りの顔が現れた。
「オイラと『お話』しないかい?」
突然現れた怪しい格好の男に戸惑うアウラへ彼はフレンドリーにに話しかける。
アウラはこの得体の知れない男の軽薄な態度に若干の苛立ちを覚えた。
「いや、そもそもあんた誰よ」
男の言葉を無視する形でアウラが尋ねる。
男はそんなアウラの様子を気にした風もなく、軽妙かつ流暢に自分の事を話し始める。
「確かにレディ相手に名乗らないのは失礼だったね。オイラの名前はペニーワイズ、踊るのが好きなピエロさ。貴女は七崩賢が一人断頭台のアウラだろう?ここ近辺だと子供ですら知ってるぜ」
まるで親しい友人に話しかけるかの口調で話し続けるペニーワイズに、アウラは若干の嫌悪感を抱いていた。
「そう、でも悪いわね。いま私は忙しいの。『お話』には付き合いきれそうにないわ」
そう言って踵を返しペニーワイズから離れようとするアウラに男が待ったをかける。
「おや?これは置いて行っちゃうのかい?」
男の手には先程排水溝へ消えていった物が握られていた。
「私の天秤ッ・・・」
「そのとおり!!さあ、受け取っておくれ・・・」
アウラはその天秤へ手を伸ばしかけてふと気づいた。
(そもそもヒンメルに斬られて落としたはずの天秤がなぜここに?それだけじゃないわ、なんでこんな得体の知れない男が排水溝から出てくんのよ。そもそも森にいたはずの私がこんな所にいる時点でおかしいじゃない)
普段の聡明な彼女なら瞬時にその違和感に気付いただろう。しかし、今の彼女は──────。
「あーあ、気づいちゃったかあ。やっぱり大魔族となると思考を鈍らせるのにも限度があったね、でもまあ、結果オーライって事でいいかな」
心底残念だと言わんばかりにペニーワイズは肩を落としたがすぐに再び軽妙な調子に戻っている。
(やっぱりこいつ、ヤバイわね・・・)
400年余り生きてきたアウラの直感が警鐘を鳴らしている。
天秤なんてどうでもいい、まずはここから離脱しなければ。
そう結論付けたアウラはペニーワイズの居る排水溝から距離を置こうとするが、アウラの体は何かの力に引っ張られるかのように動かなかった。それどころか魔力すら出てこないのだ。
(なっ……なんで!?)
汗が頬を伝う感触を味わうアウラを眺めていたぺニーワイズが再び口を開く。
「Oh...この状況が理解できていないって顔だね。でも無理もないか」
「私に、何をした・・・っ」
絞り出すかのように尋ねるアウラにペニーワイズが笑いながら答える。
「アウラ、ここはオイラが作った結界みたいなものでね、この結界に入ったら最後ターゲットはこの結界のルールの影響下に陥るのさ」
アウラの顔に恐怖の色が浮かぶ。
相手を自分のルールの影響下に置く魔法の効果はアウラが一番よく知っている。だからこそ気づいてしまった。
その魔法を受けた者が辿る末路を───。
「あらら、でも他人の意思を奪うのはこういうことだって解ってもらえたかな?でも別に君を殺すとかそういうことをしたいわけじゃあないのさ」
アウラは心臓を握られる感触を覚えながら、せめてもの抵抗として言葉を返す。
「私を・・・、どうするつもり?」
アウラの問いに対し、ペニーワイズはこう告げる。
「君の魂を頂いて魔族の頭を改造できるかの実験をしたいだけさ」
「は?・・・・・・」
動かなかったアウラの体がゆっくりとだが確実にペニーワイズのいる排水溝へと引き寄せられていく。
「私は七崩賢の断頭台のアウラよッ・・・冗談じゃないわ!!」
可愛らしい顔を歪め必死に抗おうとするアウラの意に反して体は排水溝へ手を伸ばそうと動いていた。
その様子を見た、ペニーワイズは恐怖に歪んだアウラへ目を向けると言い聞かせるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「君達は感情こそあっても、悪意や罪悪感みたいな感情がないんだよ。だからこそそんな感情を君たちに与えることが出来たならとオイラは考えていてね・・・」
「そ、そんなそんな無意味な事をしたところで、何になるっていうのよ・・・」
ゆっくりとアウラの手は天秤へ伸ばしはじめる。
「オイラはね、できる限り手が届く範囲の人々は笑っていてほしいんだ。君達魔族とだって出来る限り友好的でありたいんだ。だからこそ君で試す。」
ペニーワイズが持つ天秤へアウラの手が触れようとした時──────。
「ああ、でもその前にやってもらいたいことが一つあるんだったよ」
突如ペニーワイズの雰囲気が変わり目前にまで伸ばされたアウラの手を強く掴み言い放つ
「君が過ごしたその400年余りの魔生の確定申告をしようぜ!!」
「いやあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
アウラはペニーワイズにより排水溝へ引きずり込まれ、雨の音と水が排水溝へ流れる音だけが響く空間だけが残った。
“それ”が見えたら、終わり。