物語は懐玉のあの場面からはじまります。
「帰ろう。理子ちゃん」
夏油傑は天内理子に向かって手を差し出した。その手を掴めば、天内理子は星獎体として終えるはずであった日常に戻れる。
「うんっ」
はずであった。「バァン」響く発砲音。弾丸は天内理子をーーー
乱入者の指さきには、弾き出された弾丸と思わしきモノが一つ。
「君は、さきほど『油断』という言葉を学ばなかったのかね、若人よ」
そこには、街を歩けば見ない日はないほどにありふれたスーツ姿のサラリーマンがいた。
「理子ちゃん下がって。俺の後ろに、早くッ」
銃声ととも乱入したスーツの男に呪術高専二年の夏油傑は護衛対象を自身の後ろに隠して問うた。
「お前たちは何者だ。なぜこの場にいる」
「なかなか冷静だね。では、なぜだろうか。五条悟を殺した甚爾君」
スーツ男から向けられた視線に弾丸を放った襲撃者伏黒甚爾は、男の言葉に動揺を示している夏油の問いに耳を傾けずに、ただ「面倒なことになった」と呟いて続けた。
「おいおい。あんたまさか、そっち側に立つってのか」
スーツ男のスーツは一目で仕立てが良く品のあるものだとわかる。銀縁の角張った眼鏡にすらりと靡く前髪。その艶のある黒髪が印象的な男であった。
質問に件の男は答えた。
「知らなかったのかね。私は前途のある若者の味方だよ」
「ハっ、よく言うぜ。『星漿体を殺して連れていく』っつう話の依頼をしたのは俺だろう」
「おっと、そうだったね。では、こうしよう。今、過去に貸したお金を返してくれたら協力を約束しよう」
「あん……。そうくるか、まいったな」と伏黒甚爾は気怠そうに後頭部を掻いたあと訊いた。
「一応聞くけど、依頼が終われば利子を付けてまとめて返すぜ」
スーツ男は薄い笑み浮かべるとこたえた。
「甚爾君も分かっているだろう。私は、今、と言った。過去に君が私に対して
伏黒甚爾は、スーツ男の正論にめんどくせぇと口から吐き出してから舌打ち、持論を言葉にした。
「ッチ。埒があかねぇな。けどよ、しょうがねえだろ。金は天下の回りものっつうだろ。だから俺の手からあっという間に離れて言っちまうんだからよ」と。
夏油は自身を置き去りにして会話を重ねる二人にいら立ちを覚えながらも小声で護衛対象である天内理子に指示を伝えたあと、声を張り上げた。
「もういい。お前たちが何者であるかは問わない。全員を排除するだけだ」
夏油は己が扱う呪霊操術を駆使して取り込んでいた呪霊虹龍を顕現させた。それと同時に護衛対象を物陰へと送り出した。
スーツの男は片手をあげて手のひらをみせると「待ちたまえ」と声を挙げて続けた。
「早合点はいけないよ。君も私が彼女を護ったところ目撃しただろう。いうなれば私は、君たちの味方といって相違ないくらいだ」
夏油は一応の納得はできるがと思考したあと、やはりどうにもうさん臭さの抜けないスーツの男に言い放った。
「否だ。ここにいる、それだけで貴様がこちら側の人間ではないことは明白。しかし、今は喫緊のとき。不本意だが邪魔をしないのであればすぐに立ち去れッ」
真相がどうであれ、夏油は五条悟に不測の事態が起こったと認識していた。そうであるならば、敵は相応の実力者であり、イレギュラーな人物はひとつでも取り除いて起きたいという内心があった。
それに「うーむ」とスーツの男は低く唸ると続けた。
「実に残念なことに、私も信用が足りなかったようだ」
「ざまあ。おら、さっさとおっさんは退場しろ。協力しなかったんだから金は返さん」
伏黒甚爾はいい気味だと嗤ったが同時にみずからの首を絞めていた。
「甚爾君。いい度胸だね。けれども退去を言い渡された以上は去るとしよう。君からの取り立ては次の機会に、必ず」
夏油は、そう言って襲撃者に睨みを効かしたあと踵を返して去るスーツの男の気配を追いながらも臨戦態勢を保っていた。
「やっべッ 藪蛇だったか………。ッチ。まあいい。はじめようか。自称
「御託はいい。貴様はもう死ね」
こうして夏油が顕現させていた虹龍が襲撃者である伏黒甚爾を滅するために襲い掛かることになり激戦の幕があがった。しかし、その裏でひっそりと行われていたのは……。
「やれやれ。気配のみで私が去った見当付けるのは感心しないな。まあ仕事はやりやすくもある。若人へのアドバイスはまたの機会にでも」
スーツ男は、激しい戦闘が行われているのを涼し気に見やると、付近に見える柱のひとつを見据えた。
「さて、お嬢さん。そこに隠れておられるのはわかっています。手荒な真似は致しませので、出てきていただけますか」
「っ……な、んで。い、いや、なんじゃ」
「おや、なかなか素直な方のようだ。まずは説明を。私はとある方より『あなたが同化を受け入れない』と判断を下した場合にのみ誘拐する。という契約に基づいて行動しております。そういうわけですので、私に素直についてきて下さると幸いです」
「はァ? ゆ、誘拐っ。そ、そんなやつにほいほいついていくわけないじゃろうが」
「それは困りましたね。ちなみですが、なぜでしょう」
「……わ、儂は、儂はあ奴らについていって自由に。自由な、人生を歩みたいからじゃ」
男はふむふむ、と二度、三度頷くと指を一本立てて言葉を口にしはじめた。
「なるほど。お嬢さんの仰りたいことは理解しました。それならば、お嬢さんが一緒に来たくなるお話を教えてさしあげましょう」
そうして天内の肩に手を置いたスーツ男は、ソッと事実を耳打ちした。
「っな」と目を見開き驚きの表情をみせたあと天内理子は決断を言葉を口にした。
「わかった。さっさと儂をその場所まで案内するのじゃ」
「了承を得られたようで安心いたしました。それではお嬢さん。私に大人しくついてきてください」
夏油傑と伏黒甚爾の戦闘が激しさを増して
「あのク、ソ眼鏡、め。ま、ァ、いい、か……」
そうして星獎体である天内理子の捜索が行われることになったが、同化の期限であった満月の夜に至るまで行方を掴むことはできなかった。その後も数か月に渡って捜索が行われた結果、致死量の出血痕に加えて呪霊の仕業であろう痕跡が発見されたことで死亡と推察された。
それから数年の時が流れたある日のこと。
「君が、伏黒恵君?」
それは黒い上下を身に纏い、目を隠した白髪の長身の男であった。
「誰あんた。ってなに、その顔」
そう答えたのは、小学生低学年の少年であった。
「いや、あんまりにそっくりだったもんで……」
「それで、おれになんの用なの」
「君の父親が禪院家って処の出身でね、その禪院家っていうのは才能大好きなおかしな家なんだよねぇ。君はそこに売られる予定だったわけだ」
「ふーん。それでおれにどうしてほしいの。おれは津美紀さえ幸せになれるならなんでいい」
「なら、禪院家はなしだ。君はともかく津美紀ちゃんの扱いは最悪。せいぜい君の尻を叩くダシに使われるくらいだよ」
「わかった。ならあんたの話にのるよ。ホケンヤのおっちゃんにはおれがはなしておく」
「誰? 保険屋のおっちゃんって」
「よくしらない。ただおれの死んだ母がなにかの契約っていうのをしてたんだって。だから月に一回は必要なお金とかを渡しに来るんだ。なにかと世話になってるひと」
それに白髪長身の男は「なるほ、ど?」と首を傾げたが、生命保険かなにかだろうと当たりをつけると難しく考えることはなかった。
「フーン。世話好きなひともいたもんだね。まあそういことなら、当面の生活は何とかなりそうだね。なら、こっちのことは俺に任せておいて。っていっても、こっちはこっちで恵君にはかなり頑張ってもらうことになるけど、構わないよね」
「ああ。津美紀が幸せになれるのなら、おれはそれでいい」
「フッ なら、時期が来たら迎えに来るから、よろしくね。恵君」
第一話でした。
今回、夏油傑のセリフのみ太字にしてみました。
思いついたら『続く』と思う。