星獎体が行方知れずとなった半年後。とあるマンションの一室。
「それではこちらに自筆によるサインと判をお願いします」
「……本当に、これで護って頂けるのですね」
「勿論。これは呪術における縛り、所謂契約です。あなたは星獎体と深く関わる家の出。この意味をご理解いただけると思いますが、敢えての説明が必要ですか」
「いえ。必要ありません」
女性は婚姻届けの妻と記された欄に黒井美里と整った字体で書き入れた。
「では、これにて契約は成立いたしました。こちらの書類は私が提出しておきますので、あとのことはお任せ下さい」
「万が一にでも、お嬢様に何かあれば、容赦はしないぞ。
「そう睨まないで頂きたいですね。そうならないために、こうした下準備が重要なのですよ。ただし、事前に説明いたしましたが、最低でも数年ほどは待っていただくことになります」
「……私に、盤星教の監視の目がついているからですね」
「理解しがたいことですが、彼らに理屈は通用しません。理子さんの死亡が確定するまで、納得しないのでしょう。あと、これから私たちは夫婦になるのですから、私のことは命、あるいは命さんとお呼びください」
「………はい。命、さん」
「そんな不満な表情をされましても困りますけれど、公の場ではしないようにお願い申し上げます。それと、こちらをお渡しいたします」
綾部は手に提げていた革製の四角い鞄の留め具をはずすと中から一つの封書を取り出し黒井美里に手渡した。
「これは……、なんですか」
「開けてみてください。それは、あなたの大切な家族からものですよ」
その言葉に黒井美里は、すぐに封書の主に気付いて開封した。中には封書とは別の可愛らし封筒が一つ。なかには見慣れた文字で綴られた手紙が三枚。
「っ、お、嬢……さま」
黒井美里は瞳からながれる涙そのままに、手紙の一字一字を噛みしめるように読みすすめていく。
「わたしは仕事ありますので、これで」
綾部命はそっとマンションの扉を開いた。
「あっ、あやべのさま。あ、ありがとうございます」
「命とお呼びください。それでは行ってきます」
呪い呪われる人間社会の闇より生まれゆく呪霊。
呪霊という厄災。
その脅威を人知れず祓い、護る者たちがいた。名を呪術師。
彼らは、呪力を操り術式を行使して人に仇なす呪霊を祓う専門家である。当然、その危険度は一般社会にあるどの仕事をも上回っている。
そんな彼らは常に死の危険に晒されているといっても過言はなかった。ゆえに、生まれた保険制度があった。呪術師の生活を護るため、呪術師たちの遺族の生活を護るため、呪術師生命保険である。
この物語の主人公は、その
綾部命は、その立場上さまざな場面に姿を現すことになる。果たして、彼は一体何を為すのか。或いは、為さないのか………。
「
「ん。もう行くのか。件の学生乙骨憂太に会っていかないのか」
「乙骨君とは、入学前にあった事件で顔を合わせています。それに、私の仕事は学生相手というよりかは、そのご両親、保護者になります。あとは仕事柄、私と会うことを忌避する方もおりますので、なるべく接触は避けることにしています。この後も呪霊による死亡かどうかの判定をする遺体確認がありますからね」
「そうか。常に呪術師は己の死と隣り合わせの仕事だ。それに、縁起を担ぐという言葉もある。何か……、あった場合に必ず顔を出すお前さんをそういった形で捉えているものがいても不思議ではないか」
「ええ。まさにそういう危険のある世界ですので、私のような者は有事の際のみに人目に触れるほうが良いのでしょうね」
「俺は、むしろ積極的に関わっていくほうが何事もスムーズに進む気がするんだがな」
「呪霊を生み出す負の感情というものは、なかなかに制御が難しく、侮れませんから」
「ふぅ。わかった。また新しい奴が来たらお願いする」
「はい。……ところで、懸案だったパンダ君の保険はどう致しますか。こちら側としては、契約しても問題はないとの回答を本社より受けておりますが」
「いや。パンダについては俺がいるから加入はなしだ。そもそも、人じゃないしな」
ここでいうパンダとは、動物のパンダのことでない。このパンダとは特殊な呪物で呪骸のパンダ型の二足歩行人形のことである。
「以前、パンダ君と面談をしましたけど、下手な人間より、とても理知的な人格の持ち主でしたよ」
「そう言ってもらえるとアイツも喜ぶだろうな」
「それでは、次の仕事がありますので」
「ああ。家入とお前さんの見立てになにか差異があれば遠慮なく言ってくれ。俺も見に行く。あいつは優秀で間違うことはそうそうないだろうが、別の視点からの知見は大事だからな」
「あなたのような方ばかりなら、私の仕事も平穏が保たれて良いのですけどね」
「ん、なにかあるのか」
「いえね、ふと、最近保険の契約者の方から伺ったこと思い出しまして。ある宗教団体のもとに向かえば躰の不調が治ると評判なんだとか」
「ムっ。……宗教団体。となると呪霊関連も含まれていると考えるほうが妥当か」
夜蛾が宗教団体という言葉に警戒の色を見せたのは、かつて盤星教時の器の会によって星獎体を狙われたことに起因していた。その当時彼らは非呪術師で構成されていたが、団体自体はすでに解体されている。けれど、何かをたくらむ隠れ蓑として手を出しずらい面を含めて調査する必要性を見出したのである。
「詳しくは。わたしも又聞きしただけですので、そこまでは」
「情報感謝する」
「いえ、それでは失礼します」
舞台は変わり、とある宗教団体が運営する建物。
綾部命はそのもっとも位の高い人物が使用する一室にいた。
「どうでしたか綾部さん。うまくいきましたか」
「ええ。それとなくあなた方の団体の話をさせて頂きましたので、彼ら側から近いうちになんらかの調査が行われるのは間違いないでしょう」
「そうですか。ありがとうございます」
「本当に、計画を実行に移すのかね」
「はい。生き方は決めました。あとは精一杯やるだけです」
綾部命はふぅと息を吐くと心境を言葉に乗せた。
「……私は、もっと平穏で、平和的は方法が存在するとおもうのだけどね」
「それでは遅すぎる」と夏油傑は声を挙げて続けた。
「わたしはこの世界の在り方を変える。何も持たない非呪術師が才能豊かに生まれた呪術師を妬み蔑み排除しようするこの社会の歪さを」
綾部命は、夏油の傍で侍るように座る双子である二人に視線を向けた。
「彼女たちのことを言っているのかい」
「……夏油様」と双子は声を揃えた。
「そうですね。そして、公に呪霊という存在のことを世に知らしめたい。そうなれば、常人には見えないものを視認できたがために蔑まれた子らの救いなる。なにより公表することで、人は負の感情の恐ろしさを真に理解できるようになる。人はもっと自分の持つ負の感情にしっかりと目を向けるべきなんだ」
「意志は、変わらないようだね」
「はい。もう、後ろは振り返らない。いまある呪術界を崩壊させて、僕は新しい世界の扉を開きます」
「ならば、邁進したまえ。若人よ」
「契約の件。忘れないでくださいよ」
「勿論。そういう契約だからね」
夏油傑は視線を綾部命から双子の姉妹に向けた。
「二人も、もしもの時は分かっているね」
「………はい。でもっ、私たちは夏油様さえいてくれれーーー」
夏油傑は寄り添い声を挙げた彼女らの言葉を遮るように言葉を声にのせた。
「だめだよ。僕はもう止まらない」
そして夏油傑は手を双子の頭にやさしく乗せるとあやすように動かし言葉を綴った。
「美々子に菜々子。二人は、僕の願いを聞いてくれないのかい」
「げ、とうさまぁぁあ」「あ、ぁあああ」
「ごめんね。ありがとう」
その後、夏油傑は宗教団体というダミーをうまく使って呪術界側の意識を逸らせて、万全の準備を整えると2017年12月24日に呪いの坩堝東京新宿、呪術の聖地京都において、呪詛師、呪霊による『百鬼夜行』という名のテロを起こした。
そして、その過程の末に、かつての親友五条悟の手によって命を落とした。
第二話でした。
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この物語は、だいたいこのような形、サイドストーリー的ななにかで進む予定です。