少女は星を追いかける   作:まんじゅう卍

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第10話 命の使い方

 次々に響き渡る銃声は、地下のトンネル状の空間では獣の雄叫びのようであった。ある者は耳を塞ぎ、ある者は耳を塞ぐ事を忘れ、その光景を直視し続ける。

 私は目前に迫る化け物に対し、亡霊に次々に発砲を続けさせた。

 

「構え、放てっ!」

 

 私の号令と共に再び火薬が弾ける音がし、同時に白い色をした化け物はその姿を小さな光の粒子へと変えていった。

 

「狙え!引きつけろ!一体たりとも撃ち漏らすな!」

 

 私の鼓舞と共に更に彼らの銃撃は苛烈を極めた。なんか私が予想していた以上の戦果を残しつつある。

 次第になかなか攻め込めない化け物達は、出口に向かって次々とその身体を後退させていった。

 

「1匹たりとも撃ち漏らすな!!」

 

 私が亡霊達に指示を飛ばし、亡霊が私にそれに応えるように前進を開始する。それを引き止めるようにして私の腕を希望が掴んだ。

 

「琴音!もう終わり!これ以上は追う必要はない!」

 

「……わかってるよ。今回はこれでやめとく」

 

 その姿が全て外へと消えていったのを見送ると、私の姿も元へ戻る。私に従った亡霊達も姿を忽然と消していた。

 

「………勝っちゃった」

 

 実感が湧かないままに勝利を掴み取った私は、綱をしっかりと掴み損ねたような不思議な感覚に陥った。

 手にあったはずの火縄銃も気付けば無くなっており、どれもこれもが幻だったのではないかとさえ思える。

 発砲音が聞こえなくなり、危機は去ったと感じ取った人々は徐々に奥から姿をのぞかせた。そこからもたらされる視線にこれまでとは違う感情が含まれているように感じた。

 私はそれがなんであるかを考える前に、張り詰めていた線がようやく緩めることが出来たのか、胸を押さえる希望に駆け寄って下手なウインクを決めた。

 

「うん。まあ、さすが私って感じ?」

 

「私、琴音は完全に意気消沈してるかと思ってたのに……。ありがとう。今回も私たちのために戦ってくれて」

 

「いえいえ。まあ、ちょっと疲れたかなあ」

 

 私も肩の力を抜くと、ジクジクとした嫌な痛みが左眼に走る。傷はまだ完治したわけではないみたいだった。

 私は気を取り直して、視線を集中させる人たちに向き直った。

 

「約束通り、今回は勝ちました。しかし、私は先程言ったことを撤回するつもりはありません」

 

 私が正面切って撤回しないことを宣言すると、彼らの目にも動揺が走る。もしかしたら、なんて甘い考えを持っていたのだろう。

 それに、もうここにいても出来ることは何一つとない。先の見えない籠城戦を戦えるほど、私の武器は向いていないし、何より問題の食糧も水もない。

 おずおずとした様子で手を挙げて、まだまだ若い女性が私に問う。

 

「わ、私たちがあなたに酷い言葉をかけたからですか」

 

 私はその女性の懇願する目に耐えられず、思わず目を逸らす。

 

「……それは、まあ。そうですね。仮に謝られても私は考えを改めるつもりはないです」

 

「そんな……」

 

 彼女の顔から血の気が抜けていき膝から崩れ落ちるのを、私も希望は無言で目を逸らし続けた。

 他の人たちも無言で私を見続ける。こうすれば私が折れてくれるのではないかと言う浅はかな考えが透けて見えた。私は迷った挙句、思わず声を張り上げてしまった。

 

「ここにいて何になるんですか!少しでも、その頭を回せばこの場所には先がないことくらいわかるはずです!あなた達は賢いはず。それはどれだけ私が無茶なことを言おうとこの1年間ついてきてくれた皆さんが何よりの証拠ではないですか!」

 

 一斉に彼らは私を見る。希望は無言で私を見つめていた。

 

「リーダーの皆さんも、私がまだ若いからと色々な助けをしてくれました!他の人たちも、私にかけてくれた温かい言葉は、私の勇気になった!ここに残って良かったとさえ思いました!」

 

 私の胸にも熱いものが込み上げてきた。私がここにいる人達に抱いている全ての感情がごちゃ混ぜになって、言葉を詰まらせる。

 私は自分が折れている暇などなかった。この極限状態の中、こうなるまで正気を保っていてくれた皆に私は感謝せねばならない。

 私は凡人だ。そんな凡人が1人で何かできるわけがない。勝手に私が自分で背負い始めた責任だ。それをほっぽり出すのは、私が許さない。

 敗戦の責任は誰かが負わなければならないのだ。

 

「……私の失敗で、皆さんを怖がらせたのは私の責任です。たった一度の失敗と言い訳もしません。私が一部の人に向けた態度も、決して相応しいとは言い切れません。それに関してはすみませんでした」

 

 私は頭を深々と下げた後、顔を上げると1人1人の目と自分の目を合わせていく。

 

「……この1年!無念にも死んでいった15人の思いも私が全て引き受けます。それでも!私の背負うべき責任やあなた達が私にかけた言葉の云々の前に、ここには未来はない!」

 

 言い切った所で私の右眼から一筋の雫が流れ落ちた。

 

「琴音……」

 

 希望も両手を力一杯に握り締め、悔しさを押し殺す。

 私の涙を見た人達も、次第に自分たちがしてしまった事と私がこの1年間してきた事を思い出せるほどに冷静になったようだった。

 啜り泣く声と共に謝罪の言葉が大きくなっていく。

 私は煤で汚れた服で自分の涙を拭う。

 

「私は生き残る!何があっても!だから、私達はここを出る!どれだけ外が危険だろうと、何かせず死ぬのは私は嫌だ!せめて、死ぬならあなた達を四国に送り届けてからにします」

 

 私が言ったことはよほど衝撃的だったのか、啜り泣いていた声が一斉にやんだ。そして、波が広がるようにして困惑という感情が渦へ変化する。

 

「明日の早朝、私はここを出ます。……こんな私でも、信じてついて来たいと思う方は入り口付近に集合していてください。荷物は最小限に。本当に必要なものだけを持って来てください。長々と話して、すみませんでした」

 

 私は質問は受け付けないということを背を向けて示すと、入り口の方へ残党を倒しに足を向けた。希望も彼らに一礼をしてから、背を向けると私の隣にならんだ。

 希望はニヤニヤと私の顔を覗き込む。

 

「やけに熱が入った演説じゃん」

 

「そう聞こえたなら恥ずかしいなあ」

 

「何割くらい嘘なの?」

 

「嫌な質問するね。……全部本音だよ。今ので琴音が私のことをどう見てるのか少しわかった気がする」

 

 私が唇を尖らされると、希望はケラケラと笑った。私はお仕置きと希望のおでこに指を添えて、軽く弾いた。

 

「いたっ!なんか琴音、強くなった?」

 

「どうだろ。まあ、人の良い面も悪い面も取り込んだデコピンだから、それ相応には重たいとおもうよ」

 

「うわあ。久しぶりに琴音の訳のわからない発言聞いたよ」

 

 ここ最近、私も希望も失っていた以前の自分が少しだけ戻って来た感じがした。

 

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 その日の夜。私と希望は今後についての話し合いをした。今は、地図を見ながらどこを着地点にするのかを決めているところだ。

 

「ルートは決めてるの?」

 

 私は希望に聞かれると、地図を指でなぞり淡路島で指を止めた。

 

「化け物が多くなければ私は明石海峡大橋から渡るべきだと思ってる」

 

「大阪から近いもんね。でも、多かった場合は?」

 

 希望も四国に入るにはベストなのはそこだと思っていたようで、賛同してくれた。それでもやはり懸念するべきは私と同じだった。きっと、誰が考えても同じ壁にぶつかる。

 

「……迷ってる。今のここにいる人達に兵庫を抜けて、岡山まで行く元気があるかわからない。だから、強行突破してでも私は明石海峡大橋を選択したい」

 

「もし、それでもダメだった場合は?」

 

「90%くらいの確率であり得ない事を私は一つだけ考えてる」

 

「なに?」

 

「四国にいる勇者の援護、もしくは前に希望が言ってた別の地域の人を頼る。…その別の地域って言うのが、四国の近くの話、だけど」

 

 私の提案に希望は眉を顰めながら熟考したが、首を横に振った。

 

「四国はともかく、別の地域は期待しないほうがいい。私も最近、神託を受けてるわけではないからわからないけど、多分…私たちよりもっと四国から遠い地域で戦ってる」

 

 その返答に私は目をつむり、小さく息を吐いた。

 

「そっか……。その遠くの地の敵を引きつけられるのも、今日までか。本当ならもう少し……」

 

「やめよ、琴音。誰かの心配をする事も大切だけど、私達がまず生き残る方法を考えないと」

 

 希望の言い分は最もで、私は素直に希望に頷くと、再び地図に目を落とした。

 どれだけの人の命がこれから再び奪われていくかはわからない。それでも被害は最小限に留めるべきだ。おそらく長時間の行軍よりも、短時間で一気に駆け抜けてもらったほうが私も守りやすい。

 

「希望、私は決めたよ」

 

「どうするの」

 

「明石海峡大橋を目指す。そこから四国に入る。それ以外に手はない」

 

 私がそう決断すると、希望は小さく笑うだけで何も言わなかった。無言は肯定。まさにそれを体現する形となった。

 時計を見ると、時間はそろそろ決めた時間に差し掛かろうとしていた。私と希望は頷きあうと、共に出口へと向かう。

 

「大阪脱出。上手くいくといいけど」

 

「……その為の私の命だよ。うじうじと意見を一転二転させる人に私の命を賭けるつもりはない。だけど、今回集まる人は『四国に逃げる』って言う明確な目的を持ってる。生きたいと強く思う人達が来る。それなら、私は戦える唯一の人として、みんなを守るだけだよ」

 

 私が右手に握っている【生弓矢】を掲げてみせると、希望はまた小さく笑った。その笑顔の裏には、どことなくまだやり残した事がある雰囲気があった。

 私は「あぁ」とすぐに納得がいって、出口に向けていた足のつま先をUターンさせ、噴水の方へ向けた。

 

「行く前に、最後のお別れしないとね」

 

 私が小さく呟くと、希望は泣きそうな表情を浮かべる。でも、どこか過去の因縁と決別したように晴れ晴れしくもあった。

 

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 私と希望は噴水の1番手前の通路から手を合わせた。昼間の間に調べたことではあるが、噴水の遺体は腐敗が進み、とても目が当てられたものではない。

 私が手を合わせ終わった後も、希望は手を合わせ続けた。生き残った唯一の家族の遺体がここにあるのだ。思うところはあるだろう。

 手を合わせ終わると、希望は私に一言「行こう」とだけ言って、噴水に背を向けた。

 希望は後ろ髪を引かれるような思いは全てその場に置いていた。だから、私がせめて代わりになろうと後ろを振り返る。

 

「また来ます。今度はちゃんと手厚く葬って差し上げますので、寒いかもしれませんが、しばらくお待ちください。必ず、戻って来ます」

 

 私はここ1年で亡くなった計15名に頭を下げた。顔を上げると、私も希望の背を追いかけるようにしてその場を離れたのだった。

 

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 私達が出入り口付近に向かうと、そこには既に20名近くの人が集まっていた。

 

「あとの半分の人は」

 

 私が近くにいた奏ちゃんに聞くと、奏ちゃんは無言で首を横に振った。それは暗に、ここから外に出る事を躊躇ったという事に他ならない。

 

「そっか……。なら、仕方ない、ね」

 

 後から知ったのだが、残った者の半数は老人であり、半数はこの場で最愛の家族を失った者達だった。

 

「皆さん、聞いてください」

 

 私は集まった人達から注目を集める。それから、これからの事を説明した。

 

「私達はこれから明石海峡大橋を目指します。その道中、なるべく化け物がいない道を通りますが、どうなるかわかりません。覚悟を決めてください!これから先は死ぬ事が前提の世界です!しかし、今私達がこの理不尽な世界に抗う方法は生き残ることただ一つ!!私と希望はできる限りのことをします。だから皆さんも、四国に着くまでは私に対する不信感は捨てて、私たちを信用してください」

 

 全員の顔が引き締まり、頷いたのを見て、皆は私の話に了承とした。希望が近くに化け物が居ないことを確認すると、私は腹の底から皆を鼓舞する為に声を上げた。

 

「よしっ!行くぞ!!」

 

 私の掛け声と共に私達は一気に階段を駆け上って外に出た。

 外は早朝にも関わらず日の出のかけらすらない。真っ暗な夜の世界。私たちはこの暗闇に満ちた世界を駆け抜けなければならない。

 多くの者が外に出るのは1年ぶり。その荒廃具合に、足を止める者もいた。

 

「走って!今からはずっとこんな世界です!悲しむのは四国についてからにしてください!」

 

 希望は周囲に注意を払いながらも避難者の誘導を的確にこなした。私も希望の情報を頼りに【生弓矢】と【倶利伽羅剣】を駆使して、化け物を打ち払うために必死に腕を振るった。

 大阪撤退戦の始まりである。

 

 

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