「あああああ!数が多い!ふざけてる!」
「叫ぶ前に次来るよ!囲ませないで!」
「私は1人だよ!?無茶すぎるっ!」
私達総勢20人近くの人々は兵庫県某所。明石海峡大橋の目と鼻の先にある街にまで辿り着いていた。
ここもかつては港町で栄え、西洋と東洋二つの街並みを持つ貴重な場所でもあり、連日観光客でいっぱいであった。今となっては瓦礫の山と身を隠せる程度の建物が残っている程度。かつての栄華は見る影もない。
ここには他の地域とは比べ物にならないほどの化け物がウヨウヨとしていた。
私は希望が出す敵の位置に斬りかかっては死んでたまるかという気概だけで、この難所を乗り切ろうとしている。もはや【生弓矢】は飾りと化し、申し訳なくなる程にはしばらく使用していない。
「俺たち、あんなすげえ人…陥れようとしてたのか…」
「私たちの罪。案外重たいかも」
「そんな所で冷静に反省してなくていいから、早く建物の影に入って!うわあっ!?死ぬ!」
拝啓、乃木若葉様。上里ひなた様。漫才のように見えるかもしれないけど、私。必死です。
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私達はギリギリあの難所を越えれはしたが、そこから先に進めなくなってしまった。
今は近くの山の中で身を寄せ合って休憩しているところだ。
今の所、誰1人の欠けていないのは奇跡に近いことのように感じられる。それも、希望の索敵能力があってこそではあるのだが。
「うぅ……酷い目にあった。なんか私、以前もここで似たような事した記憶あるよ」
「気のせい気のせい。ほら、目の包帯変えるからじっとしてて」
希望が私の頭の後ろに手を回して、丁寧に包帯を解いていく。すると、私の傷だらけの左目が顕になる。
希望の澄んだ黒い瞳に映る自分の姿は、あまり見たいものではなかった。私が顔を思わず顰めたからだろう。希望も自分の瞳に私が映ってるのに気がついた。
「ごめんね。私の目が綺麗すぎて」
「普段は羨ましいけど、今だけは結構許せないかも」
「……冗談でも良くなかったね」
「久しぶりに傷ついた」
私が唇を尖らせて抗議するのを無視して、希望は救護バックから新しい綺麗な包帯を取り出すと私の目に巻いていった。
「もう片目だけの生活には慣れた?」
「一応はね。ようやく戦うのにも支障が無くなって来た感じ」
希望の手際はよく、その返答が終わる頃には既に包帯は巻き終わっていた。私は希望に再度お礼を言ってからその場を立つ。
「どこに行くの?」
「みんなの様子見てくる。希望も来る?」
「うん。ついていくよ」
私は希望が立ち上がって隣に並ぶまで待つ。最近、隣に希望がいないと落ち着かなくなって来たのは気のせいだろうか。
希望が隣にいてくれる事が当たり前になっていて、逆に若葉ちゃんやひなたちゃんといた日のことを思い出す事が気づけばできなくなっている。
若葉ちゃんやひなたちゃんにはもちろん会いたい。それでも、私は希望が仮に私の目の前から居なくなるとなった時、その決意は揺るがないだろうか。私は地を這いつくばってでも、希望を助けるに違いない。
「どうしたの?琴音」
「ううん。なんでもないよ。行こう」
私達はその後、全員の様子を見て周った。一人一人に声をかけると案外皆、元気そうだ。むしろ地下にいる時より表情は晴れ晴れとしていた。
それから一時間後。時間的には朝になる直前に私達は出立した。
「希望、化け物の位置は?」
「今の所いるのはトンネルの先に2体だけかな。どう?いける?」
「前と後ろから来られたら私も対処できないからなあ。トンネルは迂回したいんだけど」
「私もその方がいいと思う。と、なると……」
「素直にこの山の中を突っ切って、大橋の手前に出た方がいいね」
広げられた地図を私は指でなぞる。なぞった先には明石海峡大橋がある。私はここでそう言えば。と希望に首を傾げた。
「ここまで私達、希望の言う通りに進んできてるけどなんで方向わかるの?」
「うーん。なんとなくわかるって感じ?こっちに来いって別の何かに引っ張られてる感覚。私も逆に聞きたいんだけどさ」
「うん?」
「大橋とか言う大きいシンボルがあるのにどこでどう間違えたら大阪まで来れたの」
希望があえてこう言うことを聞く時は、だいたい私を揶揄いたい時だ。私はそうと知りながら、遠くに見える大橋の影を見上げる。
(確かになんで気づかなかったんだろ)
恥ずかしくなって、私は口をもごもごとさせた後、苦し紛れの一言を希望に言った。
「聞かないでくれると嬉しいかな」
希望は私が思った通りの反応をしてくれたからか、とても嬉しそうにしている。
なんだか一本取られた気がして、私も悔しくなった。
「集中してよ。私たちに全部かかってるんだから」
「逃げた〜」
こんな呑気なやり取りをしていても化け物に遭遇する回数は私が1人でいた時よりも格段に少ない。希望様々であるが故に私は言われるがままになるしかないのだ。
その後も本当に希望様々だった。1日、2日と歩き、遂に大橋のある街に昼過ぎの時間にたどり着いた。なんと、私達は大橋の手前まで一切化け物と遭遇しなかったのだ。
奇跡にも等しいその出来事に私はどうしても疑念を隠しきれなかった。
「こう言う時って比較的何か起こるよね」
「私もそう思うけどさ。大橋の付近にも化け物は居ないよ?」
「進化体が海の中から出てくるとかないよね」
「………確かに瀬戸内海の深さは知らないけど、私の探知範囲から離れてたら来てもおかしくない」
「おっと。私も完全に盲点だったよ。海の中までは頭になかった」
私は一旦、大橋に出る前に建物の影に全員を待機させた。希望は私に耳打ちをする。
「走って逃げれると思う?」
「バカ言わないでよ。大橋の長さもそうだけど、一体どこまで行けば安全な地域になるのかすらわからないんだから」
何か一つでもその手がかりさえあれば最後の力を振り絞って全員を走らせる。だけど、それがわからない以上動きようがない。
懸念材料が後から後から出て来てしまい、私達はこんな手前で足踏みをすることになってしまった。
「一か八か……。ここでこうしていても化け物達に食われるだけだし」
「小さな子供はどうするの。三葉ちゃん以外にも6人いる。全員が走り抜けれるわけがない」
「確かに」
ここまで来たら四国側にも私たちの存在に気づいて欲しいものではあるが、流石に難しいのだろう。私たちも自分たちがここにいると伝える手段を持ち合わせていないのだから。
決断を迫られた私は30秒近く悩んだ後、すぐに結論を出した。
「行こう。水の中に化け物が隠れられるなら、川とかで既にやられてる」
「わかった。琴音がそう言うなら」
私は再度出立する前に全員の前に立った。ここまで来ると大人子供関わらずに疲労の色が濃くなっていた。
それでも、目的地は目の前ということもあり、まだどの人も最後の力を振り絞る元気はありそうであった。
私はもしかしたらこれが全員の顔をはっきりと見たまま話せる最後の機会かもしれないと心のどこかで思いながら言葉を紡いだ。
「今から大橋に沿って四国に入ります。ただ、これまでと違い隠れる場所などはありません。……怖がらせるつもりはないのですが、化け物達に囲まれる可能性も高く、ここで亡くなる方もいる可能性があります。これまでの道のりで1番厳しい難所となります。気を引き締めてください。ですが!ここを乗り越えれば四国に入れます!」
各々私の言葉通り気を引き締めたのか、唇が固く弾き結ばれている。目はここまで来たらやるしかない。と言う、ある種悲壮的な覚悟も見てとれた。
視界の端に映った奏ちゃんは、三葉ちゃんの手を強く握り、笑顔を見せて勇気づけていた。
「奏、いいお姉ちゃんだね」
「うん。あれを見せられたら、私も覚悟が決まるってものよ」
「琴音」
「ん?」
「絶対、生き抜こうね」
希望が拳をスッと私の目の前に突き出した。私はそれに無言で突き返す。コツンと2人の拳がぶつかった後、私達は最後の難所へと足を踏み入れた。
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〈香川 丸亀〉
ひなたは慌てた様子で丸亀城内の廊下を走った。普段ならばこのように行為には及ばないが、どうしても1秒でも早く若葉に伝えなければならない神託が降りたのだ。
ひなたは廊下を駆けた勢いのまま、教室の扉を開ける。中にはひなたに呼び出された若葉と友奈しかおらず、滅多にお目にかかることのできないひなたの様子に何度も目を瞬かせる。
「ど、どうしたひなた。そんな慌てて」
「若葉ちゃん、落ち着いて聞いてください」
「落ち着くのはひなたの方が。とりあえず何か飲め」
「あっ!これあげるよ、ひなちゃん」
友奈が差し出したペットボトルの水を、ひなたはお礼を言ってから一気に喉に流し込んだ。
「ありがとうございます。友奈さん。それで、若葉ちゃん」
「何が起きたと言うんだ。まさか、もうバーテックスが」
「いえ!いい知らせの方です!こ、琴音さんが四国のすぐ近くに!!」
「ひなた、それは本当か!?」
「はい!あっ、ごめんなさい友奈さん。置いてけぼりにしてしまって」
喜びに浸る2人に対し、友奈はきょとん?として、何が起きているのか全くと言っていいほど理解できていなかった。
ここで2人は今までここの誰にも、秋山琴音という人物の話をしていなかった事に気がついた。
「本当にすまない、友奈。今は細かい説明をしている時間はなさそうなんだ。簡潔にいうと、私と同じ場所で勇者の力に目覚めた私たちの幼馴染だ」
友奈は最初、そうなんだ〜と大した反応を見せなかったが、じわじわとその話のミソに辿り着きつつあった。
「え、どうして若葉ちゃんとひなちゃんの幼馴染の子がまだ外にいるの?」
「琴音さんは訳あって私たちを守るために1人でバーテックスを引きつけてくれたんです。そのおかげで、私達は初動で失敗する事なく四国までたどり着きました。あれから1年。連絡の一つも入らないので私達は本州で亡くなってるものだと、勝手に思ってました」
「その子が、今になって四国の付近にたどり着いたって事?すごいや!」
友奈も興奮気味に目を輝かせた。ひなたもそれに釣られるように、友奈の手を取ってその場で嬉しさのあまり何度もその身体を揺らした。
しかし、そんなことをしてる暇もないと自分を律し、若葉の方に向き直る。
「それで、若葉ちゃん。神託によると琴音さんは明石海峡大橋の方から来るみたいです」
「よし!なら、私たちも」
「はい。ですが……琴音さん達を迎え入れるのに、大社の人たちは勇者総出の出撃は早いと踏みました。皆さん戦闘の訓練もまだ積めていませんから、これは正直仕方ありません。そこで、本州での戦闘経験のある私と若葉ちゃん。友奈さんの3人が例外として出撃します。こんな形ではありますが、初陣です」
『初陣』。その言葉を聞いた時若葉の背中をピリッとした空気が走り抜ける。友奈も緊張からか、喉を鳴らした。
思いがけない形での四国の勇者では誰よりも早い形で戦闘に足を踏み入れる事となったが、若葉はすぐに頷いた。
「私は別に構わないが、友奈はそれで良いのか?」
「うん!私は大丈夫だよ!確かに訓練はまだまだと思う。でも、その子を助けるためなら私。高嶋友奈、頑張ります!」
友奈も両手を強く打ち付けると、若葉とひなたに勝気な笑みを浮かべる。若葉とひなたはそんな友奈を見て、とても頼もしく感じた。
「これからお二人には神樹様のお力で作られた装備に着替えてもらい、出撃とします。徳島のほとんどは安全地帯ですが、バーテックスがいる可能性は十分考えられます。バーテックスの位置は私が補佐するので、お二人には申し訳ありませんが、戦いの方をお願いします」
「わかった。そうとなればすぐにでも向かおう。行くぞ、友奈。ひなた」
「うん!」
「はい」
四国勇者のうち、若葉と友奈は遂に勇者の装備を纏い、戦線に参列した。大社や若葉達から見ても、勇者としての訓練は不十分であり、これはかなり危険な判断でもあった。しかし大社は神託に従って決定した。対岸から渡ってくる、もう1人勇者を救うために。
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〈明石海峡大橋〉
私達は辺りを警戒しながら、慎重になりながらも大橋の上を1秒でも早く渡り切るために走り続けていた。
どれだけ走ったかもわからない。それでも、なんとか淡路島には入ったみたいだった。
「琴音、一旦ここで休憩できるならしておこう。この先、結構危ない気がする」
希望は私にそう提案し、私はそれを受け入れた。
「OK。とりあえず希望は休んでおいて。それと他の人の体調管理お願い」
「うん。わかった」
私は武器を【生弓矢】から【倶利伽羅剣】に持ち替え、再び若葉ちゃんの居合の構えをトレースする。
いつでも化け物が来ても良いようにして、私も皆の様子を確認して回った。その中で妹の三葉ちゃんとくっついて休む奏ちゃんに私は声をかけた。
「奏ちゃん。大丈夫?」
「うん。おかげさまでね」
「後少しだから頑張って。私もあと少し頑張るから」
「ふふっ。琴音ちゃんはやっぱり頑張り屋さんすぎるよ」
奏ちゃんにそう言われ、私は苦笑いを浮かべた。
「これが私のお役目だからね。そうだ、奏ちゃん」
「なに?」
「四国に着いたら、もっとゆっくり話そうね。私、奏ちゃんとは良い友達になれそう」
私の提案に、奏ちゃんは小さく微笑んだ。私はそれが嬉しくて、体に自然と力が満ちた。これでまた一つ、私が頑張る理由ができた。
私と奏ちゃんの会話がひと段落したところで、希望が皆の様子を見終わって戻ってくる。
「琴音。今は全員大丈夫」
「ありがとう。私の方も確認した感じ、大丈夫そう。よし。行こっか」
僅かな休憩ではあるが、希望の言う通りしないよりかはマシだったと言えよう。鈍っていた皆の足取りは軽くなっていた。
まだ先は長い。私達は進むしかない。それしか、残された選択肢はないのだから。
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〈徳島〉
若葉と友奈、ひなたは予想外なほどの勇者の装備の力によって既に徳島の鳴門と呼ばれる地に到着していた。後から追いかけるようにして大社の人達が来るとのことで、若葉は少しだけ胸を撫で下ろした。
目の前には神樹によって作り出された巨大な壁がそびえ立っている。その先に足を踏み入れるのは実に1年ぶり。3人とも、その足取りが僅かに鈍る。
「ここでこうしている間も琴音ちゃんは戦ってるはず!行こうよ!若葉ちゃん!ひなちゃん!」
「そうだな。友奈の言う通りだ。この程度で怖がっていたら、この先に何があっても負けてしまうからな」
友奈に勇気づけられた若葉は頷くと【生太刀】の柄に手を添える。
「ひなたは大社の人達が来るまでここで待っていてくれ」
「ですが」
「大丈夫。必ず戻ってくる」
「…わかりました。約束ですよ。友奈さんも、お気をつけて」
若葉と友奈はひなたに頷くと、一思いに跳躍して壁を越えて行く。
その背中を見送るひなたは手を合わせ、2人の生還を祈るしかできなかった。
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〈淡路島〉
明石海峡大橋も渡り切るまで残り僅かと言うところまで私達は来ていた。私を含め、疲労は既に隠すことすら難しい様子だ。
歩けない子供を大人が抱えるという形でなんとかここまでやってきたが、大人も限界が近いのか肩で呼吸をすることが増えた。
「あと少しです!頑張りましょう!」
その言葉に皆応えてはくれるのが私にとっては唯一の救いだった。
鳴門まで残りわずかの標識を視界にとらえた次の瞬間、その奥から襲来する化け物の姿もとらえる。
「琴音、来るよ!」
「大丈夫!私の目にも見えてる!」
やはり一筋縄ではいかず、私たちを待ち伏せするように化け物達は待ち構えていた。
「全員固まって!私が許可を出すまでそこから動かない!希望、他に何体いる!?」
「今数えれて5体!」
「了解!5体なら、ギリギリかっ!」
私は次々に襲いくる化け物に対して苦戦を強いられた。やはり20人近くを守りながらの戦闘には無理がある。
しかもこれまでは遮蔽物があって、まだ安全だった。しかし、私の予想通り隠れる場所の一つもないようではどうしようもなかった。
それでもなんとか2体を撃破し終わり、残りは3体。
「っ!全員しゃがんで!」
私は自分の死角に入った化け物に【倶利伽羅剣】を投げつける。当たったかどうかを確認する前に【生弓矢】に持ち替えると、すぐに矢を放った。
化け物は2体とも、光の粒子となって気づけば目の前から消えている。
「これで残り1体!」
大阪で相手にした50体に比べたらこの程度、序の口だ。私は必死に周囲を探って残りの一体を探す。
しかし、どこを見てもその一体が見つからない。
「希望、どこにいるかわかる!?」
「ここのどこかにいるはず!」
「けど見えないよ!まさか、上!?」
私が見上げるとそこには私の因縁の相手。奇妙な突起を持った、矢を放つ進化体の化け物だ。その化け物は私達全員を一気に貫ける位置で、この時を待っていたかのようにその先端を光らせる。
(【倶利伽羅剣】を取りに行く余裕はない!迎撃するには【生弓矢】でするしか、ダメ!間に合わない!)
【生弓矢】を空に向けるが、距離が離れており標準は簡単には定まらない。迎撃しようにも無理があった。
それでも私はまだ諦めることはせず、1人でも多く助かればと声を飛ばした。
「散らばって!今すぐに!!」
そして、その声が皆に届き、行動に移すが一手遅れた。私はもうこれしか手段はないと判断し、拳を強く握りしめる。
無謀にも私がその拳で化け物を殴り飛ばそうとする前にその光の矢はーーーーー。
「おおおおおおぉおおお!」
「はあぁああああああああ!」
一筋の稲光と、大砲のような爆発力を持った拳によって進化体は吹き飛ばされ、私に届くことはなかった。
吹き飛ばされた進化体は大橋の柱に叩きつけられ、その身体を地へと落とす。
何事かと思って唖然としていると、2人の影が私の影と交差する。そのうちの一つの影には見覚えがあり、私は息が詰まった。感極まるとはこの事か。私は反射的にその名を声を震わせながら呼んだ。
「若葉ちゃんっ!!」
それは私の光だった。とても眩くて、私の憧れでもある。
「遅くなってすまない。琴音。話はあとだ。まずはあいつをかたずける」
「私はいつでも行けるよ!若葉ちゃん!」
もう1人の少女には見覚えなかったが、それでも一瞬で彼女が私と同じ力を持っていることは理解できた。
彼女は自分を鼓舞するために拳を打ちつけると、その洗練された一寸の隙もない武術の構えを見せる。
「待って、私も」
「琴音は私たちの援護を。友奈、行くぞ!」
「うん!」
若葉ちゃんの合図と共に2人は飛び出した。私も急いで【生弓矢】を構え直す。
私の右眼から向けられる線は一点に注がれる。はち切れんばかりに鶴を張り、2人の素早い動きの隙を狙った。
若葉ちゃんと友奈と呼ばれた少女は入れ替わり立ち替わりで、次々に化け物に打撃を与えていく。1年前では与えられなかった傷も、今では与えられるようになっていた。
(まだ、あと少し……)
撃つには早いと自分の中で言い聞かせる。今撃てば、化け物を仕留めることはできず、撃退となってしまう。奴らがいくら増えて復活するとはいえ、消し去る方が今後のリスクは減る。
若葉ちゃんが逃げようと後退を始めた化け物を掴んで地面に投げつけるという、武道家顔負けの攻撃を加えたところで私は遂にその矢を放った。
放たれた矢は、空気を切り裂き、初速の勢いのままに化け物の矢の射出部分に飛び込んだ。
致命的な傷を負った化け物は呻き声と共にその身体を地面に埋めていく。
私はその化け物が消えていく様子から目が離せないでいると、後ろから希望が声をかけてきた。
「あの2人が琴音の言ってた?」
「あー、1人はそう。だけどもう片方の人は…申し訳ないけどわからない」
希望も思いがけない援軍に驚いているようだった。それは避難していた人達も一緒みたいで、最初は困惑の声が多かったが、次第に助けが来たという歓声に変わりつつあった。
私もこれで1人で守る必要も無くなったと肩の力を抜いたところで、化け物達の残党を片付けた若葉ちゃんと友奈ちゃんが私の前に着地した。
久しぶりに見る若葉ちゃんは身長もかなり高くなっていて、以前以上に凛々しさが増していた。若葉が身につけている戦装束は桔梗を思わせる清楚な青と白の混交が特徴で、余計にそれが若葉ちゃんの纏う雰囲気を底上げしていた。
私がボケーっと若葉ちゃんの姿に見惚れていると、私の手は別方向から伸びてきた手にガシッと強く掴まれた。その手の先を見ると、友奈ちゃんがこれ以上ないくらいの笑顔で私を見ているではないですか。
「あなたが秋山琴音ちゃんだよね。私は高嶋友奈!よろしくね!」
私にはその笑顔が神や仏のように思えてならなかった。
「神様?」
「はぇ?」
よくないよくない。余計な一言で友奈ちゃんを困惑させてしまった。気を取り直して私も友奈ちゃんの手を取る。
「いえ、お気になさらず。私は秋山琴音です。よろしくね」
「うん!琴音ちゃんだから、コトちゃんって呼んでもいい?」
「……何その可愛い呼び方。是非!」
2人してぴょんぴょんと跳んで喜びの舞を披露していると、私と友奈ちゃんの方から二つの咳払いが飛んできた。
「友奈、私も気持ちはわかるがここでは危険だ。避難してきた人達を四国内に導かなければ」
「琴音。気持ちはわかるけど気が緩みすぎ。また大怪我するよ」
「「すみません」」
保護者のようにやれやれと言った様子の若葉ちゃんと希望。2人は私と友奈ちゃんを置いて、避難民を先導し始めた。
それから先、化け物と対峙することがあっても私は苦戦を強いられることもなく、これまでの一年の日々がどれだけ苦しいものだったのかを最後に散々味わって、私は遂に四国の地に再び足を踏み入れたのだった。
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「琴音さん!」
「ひなたちゃん!」
壁内に入った私はそこで待っていたひなたちゃんと熱い抱擁を交わす。
避難してきた人々は大社と呼ばれる組織の人たちに保護されて先に香川へと連れて行くことになり、奏ちゃんと三葉ちゃんとも後で再開することを約束して今は別れた。他の人たちとも色々とありすぎたが、今一度私についてきてくれた感謝と共に伝えなければならない事も多くある。
他にも大社とはなんぞや。と思いつつ、その説明は後から私は聞くことにした。それよりも私はようやく再開できた2人との時間が何よりも味わいたかった。
ひなたちゃんはそっと私の左目の包帯に手を添える。
「その傷、大丈夫ですか?」
「うん。まだ少し痛むくらいで、それ以上は」
「よほど大変だったのですね。しばらくはゆっくりと休めるようにしますから」
ひなたちゃんのご厚意に感謝して私は頷いた。正直、身体も何もかもボロボロだ。神経も身体もすり減りまくっている。本当の意味で緊張の糸がぷつんと切れ、力を入れていなければその場で座り込んでしまいそう。
希望は少し離れたところで友奈と言葉を交わしていた。ひなたも希望と友奈の方に目をやる。
「あの方は巫女なんですか?」
「えっ、こっちの方でもその呼び方してたの?」
「はい。私のように神樹様の神託を受け取れる人たちを、大社はそう呼称してます」
「はえ〜。すごい偶然もあるものだね」
「あら。そうなんですか?」
「私と希望は最初勝手に勇者と巫女を自称してて。その大社って言う人たちからそう言われてるの知らなかったから」
ひなたちゃんも凄い偶然ですね。と目を細める。私も希望の方を見ると、希望も流石に疲れたのか気づいたら友奈ちゃんにもたれかかって眠っているではありませんか。
私は慌てて希望と友奈ちゃんの方へと駆け寄った。友奈ちゃんはそんな希望を慈愛に満ちた表情で支えている。
「希望ちゃん、とても疲れちゃったみたい」
「全く…。そうだ友奈ちゃん。私も友奈ちゃんの事、ユウちゃんって呼んでもいい?せっかくだし!」
「うわあ!とっても嬉しいよ!」
また友奈ちゃんは私の手を取って嬉しそうに力強く私の手を上下に揺らした。その為か、希望を支えていた腕は私にかかりきりとなり、支えるとなるものを失った希望は地面にバタンと倒れる。
「希望ーーー!?」
「わわっ!ごめんなさい!希望ちゃん!」
私と友奈ちゃんがこれまた慌てて希望の様子を確認する。
「………よく寝られるな」
希望は地面に打ち付けられたにも関わらずその目を覚さない。疲れたと言っても深く眠りすぎではなかろうか。
私は呆れつつ、友奈ちゃんとひなたちゃんに手伝ってもらって希望をおぶった。希望は私の耳元で可愛らしい寝息を立てていて、私の中でよくわからない感情がむくむくと湧き上がる。
それが何かを自分の頭の中で整理しようとしたところで、大社の人達と避難してきた人の誘導をしていた若葉ちゃんが戻ってきた。
「ひなた。避難してきた人の誘導終わったぞ。怪我してる人や栄養状態が悪いものは病院に運んでもらった。これでひとまず安心だ」
「ありがとうございます、若葉ちゃん」
「うむ。別にこの程度は当然のことだ。それでは私たちも香川に戻ろう。琴音、話は戻る最中に聞かせてもらうからな」
「いいよ〜。無限に話してあげる。地獄に等しかった1年間をね」
それから私達は大社が派遣してくれた車に戦束装を着替えてから乗り込み、その中で若葉ちゃんやひなたちゃん。友奈ちゃんに私が経験してきた話をし始めた。
まあ、地獄に等しかったと言えど、それ以上に私が成長するためには必要な過程だった気もしなくはない。失敗も多かったが、成功と言える事も多くあったはずだ。
自分が楽観的であることをやめ、他の人がそうあれるように努力したのは果たして正解だったのかはまだ結論は出せない。これに関しては成功も失敗も両方あるが故に私個人では判断もできない。ただ、普通なら今回避難することを選んだ20人は楽観的にならなければあの地下から出ると言う選択肢は取らなかっただろう。『多分大丈夫だろう』そう思えてたからこそ、失敗直後の私にもついてきてくれたのだ。
(そう考えれば、正解だったのかもね……)
私の中でその結論は案外ストンと腑に落ちた。
(はぁ……。それでもやっぱり強行的手段で脅したりしたのはダメだったよね……)
結局、あの半グレイケイケお兄さん方を外に出ると言う自殺に追い込んだのは私の落ち度だ。反省して済むものでもないし、私が一生をかけて背負うべき業でもある。
20人救ったが、7人を自殺に追い込んだ。天秤にかければ私は恐らく罪深い。
「大丈夫か、琴音。無理に話さなくても」
「ううん。若葉ちゃん達には話さないといけないと思うから」
その後も話を続け、全てを話し終わる頃には私たちは丸亀に着いていた。
車から降り、丸亀の地を再び踏むと私は本当の意味で戻って来れたのだと実感が湧き上がる。
一年前と変わらぬ風景に余計安心感が刺激され、この一年の事も同時に思い出して目尻に涙が溜まる。
そんな私を見て、ひなたちゃんは優しく微笑んだ。
「本当にお疲れ様でした。大社の方から検査や色々あるとは思いますが、今はゆっくりと休んでください」
「うん!ありがとう!」
そして私は言おうと思っていた言葉を思い出し、若葉ちゃんとひなたちゃんに満面の笑みを向けてその言葉を紡いだ。
「ただいま!」
こうして、私の始まりの物語は終わりを迎えた。それでも、まだこれは所詮序章に過ぎない。それを私はこれから実感していくことになる。
そして、私が大阪を離れたが故に起きた悲劇にも私は向き合わなくなるとはこの時思いもしなかった。
第1章 完
なんだか色々端折り過ぎてしまって置いてけぼりになってしまうような物語で申し訳なく思います。
これは11話かけたプロローグとでもお思いください。