少女は星を追いかける   作:まんじゅう卍

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これより第二章スタートです!
1話目の内容はだいぶグダグダになってしまいましたが、少しでもお楽しみいただけたらと思います。
それではどうぞ!


第1話 穏やかな日々と付きまとう過去

 私が四国に戻ってから1ヶ月の時が経っている。既に季節は夏を終え、秋に差し掛かろうとしていた。

 この1ヶ月の間には多くの出会いがあった。まず1番大きな出会いは若葉ちゃんや友奈ちゃん以外の勇者との出会いだと思う。

 約2週間前、私は初めて丸亀城内に入りその中にある教室で初めて顔を合わせた。

 私は緊張しながら、その扉を開けたことを今でも覚えている。実は結構人見知りなんですよね。そんな風に見えないかもしれないけど。

 意を決し、扉を開けて中に入った瞬間私に一気に視線が集まった。その中には若葉ちゃん含めて5人の女の子達がおり、1番小さな子が私を見るなり目を輝かせて私に駆け寄る。

 

「おおっ!おおっ?」

 

 目を輝かせていたのは最初だけで、まじまじと私の顔を見てはその眉に皺を寄せていく。

 私の顔に変なものでもついているだろうかと服の裾で擦ってみても何もついておらず、私までなんのこっちゃと渋い顔になる。

 

「若葉、本当に大阪から大勢を助けながら逃げてきた奴ってのはこいつなのか?タマには到底そうは見えないぞ」

 

「球子。何も嘘ではないぞ」

 

 もしかして私、凄く馬鹿にされたのでしょうか。私とて確かにまだ幼さが残るものの、目の前のタマと名乗る少女には舐められるような事は言われたくないぞ。

 

「タマッチ先輩!失礼な事ばかり言っちゃダメ!ほら、こっちで大人しくしてて」

 

 そしてタマと名乗る少女は儚さのある、とてつもない美少女に首根っこを掴まれ後ろの方へと引っ張られていった。

 私は一体何を見せられてるのか。気を取り直して、私からまず名乗ることにした。

 

「初めまして。私は秋山琴音です。よろしくお願いします」

 

 私が一歩前に出ると先程タマなる者を引っ張って行った美少女ちゃんが落ち着いた所作で腰を曲げた。

 

「私の方こそ初めまして。私は伊予島杏と言います。先程はタマッチ先輩が失礼なことを言ってすみません」

 

「あはは。気にしてないから大丈夫だよ。杏ちゃんでいい?」

 

「はい。よろしくお願いしますね」

 

 ニコッと小さく浮かべた笑みは私の琴線をくすぐる。杏ちゃんは希望とはまた別ベクトルの可愛いさを持ち合わせていた。

 では、改めて相対することとしよう。

 

「タマだ!よろしく!」

 

 杏ちゃんとはこれまたタイプが異なる人だこと。その体躯に見合わず、やけに力強さを感じる声音と表情だ。とにかく元気1番と言うのは良くわかった。

 私としてはフルネームで名乗っていただいた方が良かったのだが、今はこのままでいいだろう。

 

「気になったんだけど、タマちゃんは私が弱く見える?」

 

「弱く見えるってわけじゃないさ。ただ、何かパッとしない!」

 

「ぱ、パッとしない……。私だって……若葉ちゃんみたいにカッコよくありたいし、杏ちゃんみたいに可愛くなりたいよ……」

 

「あっ、いや、そういうつもりで言ったわけじゃ」

 

 私が肩を落としたので、タマちゃんも慌てふためく。私はそれが面白くて、イタズラが成功した子供みたいにククッと喉を鳴らした。

 

「くくっ、あははははは!そんな慌てふためくなんて私も思わなかったよ」

 

「は、はめたな琴音!?」

 

「ごめんごめん。ちょっと騙したくなっちゃった。ちなみに私も自分のことパッとしないと思ってるから特に傷ついてもないよ」

 

「あ、そうなのか?ならいっか」

 

 これまたすぐにケロッと平然となさるもので。まだ私にはこの子の扱い方がわからない。

 

「でも、大阪の英雄と呼ばれてるからどのくらい屈強な人が来るのかなと思ってたのは嘘じゃないぞ」

 

「え、えいゆう?」

 

 大阪の英雄とは誰が言い始めたんだ。そんな大層なものに私が見えているのならその人の目は申し訳ないが節穴だ。

 とりあえずそれは置いておいて、タマちゃんが私のことをパッとしないと言った本当の意味は理解することができた。

 ようするにタマちゃんが抱いていた勝手なイメージ像に私がハマらなかっただけみたい。

 それも置いておいて私はタマちゃんの手を取って、特上のスマイル。

 

「改めてよろしくね。タマちゃん。琴音でいいよ。それで、あと1人の子は…」

 

 残るもう1人。その子は私を1番遠いところから値踏みをするような視線をぶつけている。視線はともかく、これまたとんでもないくらいに美人だった。神様は全国中の美少女を勇者と選んだのでしょうか。だとしたら私も美少女ということになる。そう思っておこう。自己肯定感も上がるし。

 とりあえず多分、これ待っていたらダメだなと思い、私からその子に声をかけた。

 

「名前、聞いてもいい?」

 

「郡千景」

 

 名前だけを簡潔に名乗り、それ以上は何も話すことはないとばかりに私に背を向けて教室を出て行ってしまった。

 私はポカーンと呆気に取られながらその背中を見送る。

 

「千景のやつ、ずっとあんな感じなんだ。気にしないでいいぞ」

 

 タマちゃんが安心させようと、私の背中をバシバシと力強く叩いた。

 

「ついでに言っておくと、千景はタマ達の一個上だ」

 

「もしかして、タメ口で行ったのが不味かった?……待って、勝手に私みんなのこと同学年かと思ってたけど、もしかして」

 

 私がしまったと口を押さえると、若葉ちゃんがフォローしてくれる。

 

「大丈夫だ。郡さん以外は皆同学年だ。ただ、伊予島だけは訳あって一個下ではあるがな」

 

「うーん。それならまあ、いいかなぁ。とりあえず今度あったら謝っておくよ」

 

 私は決して口には出さなかったが、千景さんは私と同じ空気を感じた。抱えている過去がもしかしたら似ているかもしれないと、何となく直感で予見する。

 だとしたら、誰にも心を開いてなさそうな様子を見せるのは仕方がない。私も若葉ちゃんとひなたちゃんが居なかったら、誰に対しても心を開くことはしなかっただろう。

 少しこの会話の引き際がわからなくなったところで、若葉ちゃんが手を叩いて場を閉める。

 若葉ちゃんは私の目を見て頷いた。

 

「よし。これで琴音も私たちの仲間だ。改めてよろしく頼む」

 

「うん!秋山琴音!まだまだ未熟者だけど、お役に立ってみせるよ!」

 

 それから当初はどうなるかと思っていたが、私は何とか上手いこと、皆の輪に溶け込むことができた。

 しかし、千景さんとだけはその日以降も、顔を合わせても中々話してくれなかったのだった。

 

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 そんな2週間前のことをぼんやりと思い出しながら、私は大社から与えられた寮の部屋内のベッドに横たわっている。

 首を少しでも傾ければ鏡があり、そこには遠慮なく私の顔が映る。

 

「あまりみんな左眼のことは触れてこないものだなあ」

 

 独り言をボソリと呟く。私としては笑い話の一つにでもしたいくらいなので、そこまで腫れ物扱いのようになっても困るのだ。

 希望ならきっとケラケラと笑いながら、包帯似合ってるよ。もう体の一部だねとか言って揶揄ってくるだろう。

 そんな希望は今、病院でずっと管に繋がれた状態だ。大阪での1年と脱出の際の無理が祟って、調子をずっと崩していた。

 それも大社の人から聞いた話で、実際の詳しいところは知らない。私は四国について以来、私自身が自由に行動できなくなった身になったこともあるからか一度も会いに行けていない。

 しかし私としても我慢ならないのはまた事実だ。

 

「………抜け出しちゃいますか」

 

 この1時間後には体力トレーニングもあるがそれまでに戻ってこれるだろう。

 

「よしっ。そうと決まれば変装変装っと」

 

 私はなぜか有名人らしく、既に多くの人に顔が割れていた。勇者という存在もまだ大々的には宣伝していなかったというのに、私のせいで大社がその存在を公表せねばならなくなったというのも胃が痛い話だ。

 私がガチャガチャと棚の中身を漁っていると、背中に鋭い視線が刺さった。私が恐る恐る振り向くと、そこには恐怖の笑みを浮かべるひなたちゃんと、腕を組んで威圧する若葉ちゃんがいるではありませんか。

 

「ひいいいっ!?い、いつの間に!?」

 

「元々琴音に用があってここに来たのだが…。どこに行こうというんだ?」

 

「な、なんの話ですかね〜」

 

「琴音さん?あなたは今、ご自分の立場を理解していらっしゃいますよね?」

 

「はっ、はいっ!!」

 

 私がガクブル震えるものだから、流石に可哀想になったのか2人とも厳しい姿勢を軟化させた。と言うより、2人とも笑いを堪えているのを見るに大して怒ってもいなさそうではある。

 

「大丈夫だ。別に私たちとて琴音を止めるつもりはない。希望さんのところに行きたいのだろう?」

 

「あはは。バレた?さすがに1ヶ月も入院してるとなると気になるし……」

 

「それで変装してまで外に出ようとしたんですね。あの、一応言っておくと別に丸亀城外に出ては行けないと言う決まりはないんですよ」

 

「………え?」

 

「確かに何か勘違いしているなとは私とひなたも思っていたが……。私たちは念の為に外出を控えているだけだ」

 

 私はそう言うことなのかと胸を撫で下ろした。

 

「なんだあ。てっきり、私これから先ここから出られないのかと思ってたよ」

 

「ふふっ。だと思いました。大社の方と私が希望さんのいるところまで案内するので、変装も必要ありません。次の鍛錬までには戻ってくるので今回は許してあげてくれませんか?若葉ちゃん」

 

「私は構わない。大阪でできた親友なのだろう?見舞ってやるのが筋だ」

 

「ありがとう!と言うわけで行ってきます!」

 

 私は若葉ちゃんから了承を受け取るとすぐさま2人の間を縫って部屋を飛び出る。

 希望に会える。それだけで私は嬉しくて舞い上がりそうになったのだった。

 

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「琴音さん、前から変わった気がしますね。若葉ちゃん」

 

「あぁ。ただ……」

 

「言いたいことはわかりますよ。若葉ちゃん」

 

「無理に明るく振る舞おうとするのが増えたな。以前よりも笑顔がわざとらしくなった気がする」

 

「……あれだけの経験をしたんです。変わってしまうのも当然だと、私は思います」

 

 ひなたは琴音本人から聞いた大阪での出来事を頭の中で反芻し、その過酷さに目を伏せる。

 若葉も唇をキツく結び、もしかしたらあり得てしまう未来を想像した。

 

「今後、私たちもガラリと人柄が変わることもあるのだろうか」

 

 若葉が最後に漏らした言葉に、ひなたは珍しく答えを口に出すことができなかったのだった。

 

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 私は大社の職員さんに連れられ、大社の管轄する専用の病院へと来ていた。小さい頃、私が何回か来たことがある病院でもあり、案外馴染みのある場所であったのは驚きだ。

 病院の中では案内を看護師さんに引き継いでもらい、私は看護師さんの後ろをついていく。話によるとここでは『天空症』と呼ばれる、バーテックスが出現してから発生した、外の世界。主に空を拒絶する精神病の患者が来る場所でもあるらしく、時折病室の中から恐怖の感情を伴った叫び声が聞こえてくる。

 今思えばの話だが、あの地下避難所に残った人の中には天空症の人もいたかも知れない。今頃残った人々はどうなっているだろうか。

 

(想像しなければ良かった……。後味が悪すぎるよ…)

 

 無理に引っ張り出せば良かったとは思ってはいない。それが残った人たちの選択である以上、私はそれを否定する気にはならないからだ。

 

「……やま様。秋山様」

 

「はっ、はい。ごめんなさい、気づかなくて」

 

「あの、着きましたよ?」

 

「本当だ。ありがとうございます」

 

 余計なことを考え、ぼーっとしていた私に看護師さんは「この人大丈夫か?」的な怪訝な視線を送っていた。

 私はあはは〜と笑っていなしていると、その看護師さんは一礼をして自分の仕事に戻って行った。他の看護師さんが慌ただしく動いているのを見るに、結構忙しそうだ。そんな中でも案内してくれたのだから感謝せねばならない。

 私は看護師さんの背中に頭を下げてから、希望の病室の扉と向き合う。スライド式の大きな扉は私の侵入を拒むように、やけに威圧的だ。

 そんな事ばかり気にしていても仕方ないので、ノックをしてからいざ入らん。

 

「希望〜。お見舞いに来たよ〜」

 

 私が突入した時、希望は大きな個室のベッドの上で、点滴に繋がれたまま本を読んでいるところだった。

 希望は私を見るなりとても嬉しそうに目を細めた。

 

「来るの遅いよ。琴音」

 

「えへへ。ごめんごめん」

 

「いつ来てくれるのかと待ってたのに。琴音、全然来てくれないんだもん」

 

 希望はそう言いながら拗ねた子供のように唇を尖らせる。私は希望は結構表情豊かだと言うことをてっきり忘れていた。今一度、希望のそんな一面を知れたのは私としても嬉しい限りだ。

 

「来たかったんだけど大社と若葉ちゃん達に騙されてたんよ」

 

 病室備え付けの椅子に座りながら、私が冗談めかして言うと希望はケラケラと笑い、目尻に溜まった涙を人差し指で拭う。

 

「一昨日ひなたさんが来たんだけど、同じこと言ってたや」

 

「そうなの?」

 

「うん。きっと琴音さんは私たちが丸亀城の外に出ないから勘違いしてるって」

 

 ひなたちゃんのモノマネをしたつもりなのだろうが全然似ていない。ただ希望は得意気に似てるでしょ〜とニコニコしてるので私は黙っておいた。

 

「気を取り直して。身体の方は大丈夫?」

 

「あまりよろしくないかなあ。ちょっと無理しすぎたみたい」

 

「私に合わせて動いてたからだよね……。ごめん」

 

「気にしないでよ。私がそうしたくてやってたことだから。と言うより、琴音が頑丈すぎるんだよ」

 

「私も予想外。もっと早くのたれ死ぬと思ってたんだけどなあ」

 

 私も自虐的に笑うと希望は「その包帯は似合ってるよ。身体の一部じゃん」とまさかの私が言うだろうなあ。と思っていた事をそのまま言った。非常におそろしい。

 

「と言うか、いつその包帯外すのさ。見ててこっちが恥ずかしくなるよ」

 

「私とてこんな醜い顔見られたくないからね。それに、この方がミステリアスでよくない?アンニュイな表情さえ出来るようになれば完璧よ。……うわぁ。そんな可哀想な目で見られたの初めてだ〜」

 

「自分の親友が厨二病なのはちょっと……」

 

「私二度とバーテックスと戦えなくなりそうだけど大丈夫?」

 

 大社の人の話によるとこれから戦闘の際は『変身』しなくてはならないみたいだし、持ってる武器も「こう言うの好きなんでしょ?」と言われたら私は死にたくなる自信がある。

 おまけに容姿すらこれだ。わかってる。私とて理解してる。この格好が如何に恥ずかしくて、人々の視線を集めるかくらいは。

 

「だけどさあ。なんか、安心するだよ。包帯」

 

「その時点で琴音は変だよ」

 

「ぐうの音も出ない。そうだっ。私のことははどうでもいいんだよ!希望、あまり体調良くないって言ってたけど」

 

「うん。それは事実。今もずっと高熱が出たり出なかったりを繰り返してるし、立ちあがろうとするとすっごい眩暈するんだ」

 

 その症状は私が思っていたよりも酷く、自然と視線は下を向いた。私の視線は希望の手に注がれている。

 

「そっ、か……。ごめんね。そんな風になるまで無理させてなら、私が気づいて止めるべきだった」

 

 私が改めて謝意を示すと、希望はその手で私の頭をそっと撫でた。私の顔は自然と上がり、希望の視線と私の視線が交差する。その透き通る程に綺麗な瞳は、私をしっかりと写している。

 希望が目を細めると、私は自然とその中からいなくなった。

 

「だから気にしないでって。巫女として、20人も助けられたんだから悔いも何もないよ」

 

「そんな死ぬ間際みたいなセリフある?縁起悪いからやめてよ」

 

「死ぬと思う?」

 

「全然」

 

「私もそう思う」

 

 いい流れが台無しだ。2人とも同じ感想を抱いたからか、同時に吹き出した。

 

「ま、私はすぐに復活してみせるよ。実言うと、退院の日程も決まってるんだから」

 

「そうなの?」

 

「うん。経過次第なんだけど来週には」

 

 私は希望の話を聞いて胸を撫で下ろす。

 

「そっか。安心した」

 

「ところで琴音。他の勇者達とは会えた?」

 

「もちろん。希望は誰が誰とかはわかるの?」

 

「大社の人がくれた資料には目を全部通したからね」

 

 希望は引き出しの中から何枚か紙を取り出すと私の前に掲げて見せた。パッと見、私が渡されたものと同じものだ。

 私はそれを希望から受けとってペラペラめくって見ていると、希望はさらにもう一枚私に紙を投げ飛ばしてきた。

 

「何これ」

 

「奏からの手紙。ちゃんと返事出しておきなよ」

 

「何で希望に?私に直接出せばいいのに」

 

「琴音は今絶賛四国だと注目の的だから近づけないと思ったんでしょ」

 

「私、そんなに注目されたくないんだけど」

 

 私はつい先日、テレビで放送されていた謎の勇者特集なるものに登場していたのだという。

 希望曰く、大阪から逃げてきた人にインタビューをし、正体が不明な私の人物像を覗き見るとかいう趣味の悪いものであったらしい。

 それから希望は口を曲げながら、皮肉げに漏らした。

 

「そりゃ1年間地下で人々を守り抜いた挙句、たった1人で包囲網を突破したとなれば多くの人の希望にもなってもおかしくないじゃん」

 

「そんな大層な存在ではないのにね」

 

「私だけが琴音の弱い部分とか悪い部分を知ってることに結構な優越感を感じるよ」

 

「なにそれ」

 

 意味のわからない希望を置いておき、とりあえず私はその手紙とやらを開けてみることにした。希望も見せてよ。と身体をわざわざ乗り出してきたので仕方なく希望の方にも手紙を見せる。

 

『琴音ちゃん。元気?私は琴音ちゃんのおかげで今も何とか生きていけています。私たちの住む家もあてがってくれて感謝の言葉以外のなにも出てきません。また直接お礼の言葉を言いたいので、連絡お願いします』

 

 綺麗な文字で書かれていたのは私に対する感謝の言葉だった。目で字を追っていくごとに、その筆圧は濃くなっており、奏ちゃんの心境を窺い知ることができる。

 最後に三葉ちゃんから可愛らしいイラストと『琴音お姉ちゃんありがとう』と拙いながらも必死に書いたことがわかる文章で手紙は綴じられていた。

 

「琴音、奏に家貸したんでしょ?」

 

「そうだよ。まあ、誰も帰って来ないしね。奏ちゃんがいてくれた方がいいからさ」

 

「あれ?親御さんは?」

 

「知らない。父さんはあの日、本州にいて戻ってきてないらしい」

 

 私の話した衝撃の事実は、希望の口をポカーンと開けさせ、間抜け顔を晒させるには十分だったみたいだ。

 私も父親は勝手に生きていると思っていただけに、未だに混乱はしている。

 

「まあ、仕事ばかりしてた人の最期としては仕事先で亡くなれたのは本望だったんじゃない」

 

 私は無意識のうちに、白い光を反射する床に向けて吐き捨てた。吐き捨てられた言葉を自分の言葉だと信じたくなくて、私は右足で踏み潰す。

 その様子を見た希望は私の頭の上にそっと手を置いた。

 

「琴音。無理しなくていいよ。たま〜に琴音は本音と逆のことを言う時があるから」

 

「そんなことは」

 

 私は否定しようとすると、希望が私の頭をニヤニヤとその口角を上げながら頭の上に置いた手で髪の毛をワシワシと掻き乱した。

 私はされるがままになり、心なしか気持ちが和らいだような気がした。

 

「強がるのも大切だけど、私くらいには弱いところ見せてくれてもいいじゃん。それにね。ここはもう梅田じゃないんだし、琴音が周りに威勢を張り続ける必要もないんだよ」

 

「……けれど、私は」

 

「悲しいなら悲しいって言わないと、いつか本当に伝えたい言葉を言えなくなるよ」

 

 希望に引っ張られるようにして、私は自分の胸に手を当てる。それで気がついた。いつの日か閉ざした心の鍵はまだ閉ざされたままだった。

 強がって、前だけ見て、優しさという、人になくてはならない感情を私はーーーーーー。

 

「鍵をかけ続けるのならそれでもいいと思う。でも、今の琴音は出会った最初の頃よりも距離を感じるよ。それは私は少し寂しい。あれだけの戦場を一緒に駆け抜けたんだもん」

 

 誰かに取り戻してもらわなければならないほどになっていたというのだろうか。

 

「私の中で琴音が本音を言う時は必死な時と、誰かを自分の内側に取り込もうとする時だけって感じなんだけど」

 

「えぇ……。それだと私、すごく性格が悪いみたいじゃん」

 

「自分で自分をそう言うふうにしているだけだよ」

 

「そうかな」

 

 私の小さな吐息にも似た問いに、希望は頷いた。

 

「私も少しは気を緩めてもいいのかな」

 

 手が自然と腰に括り付けてある【倶利伽羅剣】に触れた。ほんのりと優しい暖かさを、それを通じて私の手は感じ取る。

 希望は何も言わずに、じっと私が出す答えを待っているようだった。最後は自分で決めなよ。彼女の目はそう私に言っているように思えた。

 私は再び自分の胸元に手を当て、目を瞑り、閉じていた鍵を自らの意思で解き放った。それでも鍵を捨てきれなかったのは、私なりの意思の表れだったように思える。

 

「………辛いよ。お母さんもどこかに行っちゃって、唯一の家族だったんだから」

 

 静かに降り注ぐ雨のように、私の口からポツポツと悲しみに濡れた言葉が床に落ちる。希望はその一つ一つを掬い上げるように、私の話を聞いてくれた。

 

「確かにさ、離婚したのだって…お父さんが家を顧みなかったから、だし。それでも、私は…仕事を頑張ってるお父さんが好きだったよ……。お父さんのおかげで救われた人が沢山いるってのも、知ってた……。そんなお父さんが、私の憧れだったよ」

 

 お父さんの仕事は医者だった。それも、かなり優秀だったと聞く。それでも医者達の業界ではかなり変わった人扱いをされていた。

 お父さんは、自分のお金を使ってまで弱い立場の人たちの手術をするなどしていたらしく、お父さんの理想はどんな立場の人でも救える命は全て救うと言う子供じみたものだった。

 そんなお父さんの理想に賛同する人も僅かながらいたし、救われた人も多くいたらしい。患者さんだった人が、お礼の手紙を出してきてくれることもあった。

 そんなお父さんは私の鏡だった。家では口数も少なかったが、私を愛してくれていたのはよくわかった。

 でもお母さんはお父さんのそんな姿を気に食わなかったみたいだった。お母さんとお父さんは口論の末、離婚することになった。最後、別れ際に母さんはお父さんに言った。

 

『あなたが医者だから結婚した。けれど、お金も大して稼がないし、私を見てくれもしない。後悔してる』

 

 今でも脳裏にこびりついているお母さんの言葉は、決してお父さんに向けていいものではなかったと私は思っている。

 離婚以来、お父さんはその言葉を振り払うかのように、常にあちこちに飛び続けるようになった。運動会にも授業参観にさえも、来てはくれなかった。その為か、私はほとんどの時間を若葉ちゃんの家で過ごすことになったのは、また別の話なので今は割愛しておこう。

 

「1年前に断片的には聞いてたけど、琴音のお父さん凄い人だったんだね」

 

「うん。すごかった。私もこんな事がなければ医者になりたいって思ってるくらいには。それで、お父さんのお手伝いが出来ればなんて思ってた」

 

 思わず手に力が入る。強く握りしめられた拳は、悔しさをぶつける場所を探して行き場に詰まっていた。

 

「私の夢だった……。それが二度と叶わないなんて、悔しい…。悔しいよっ……!」

 

 握りしめられた拳の上にいくつもの水滴が落ちる。目頭は熱く、それが自分の流している涙であると気づくには一瞬だった。

 それを見た希望は、再び私の頭をガシガシと先程よりも強く掻き乱す。

 

「うぅ…痛い……」

 

「あぁ。ごめんごめん。つい泣き顔が可愛くて」

 

「ぐすっ。理由になってないよ」

 

 目の下を真っ赤に腫らしながら、私は抗議の言葉を希望にぶつけるが当の本人は気にした様子もなく、ケラケラと笑っている。

 

「やっぱり私の目の前でだけ見せるその表情。私、ゾクゾクしちゃう」

 

 冗談なのか本気なのかわからない希望の狂気的な発言に、私はわざとらしく椅子から飛び退いて、自分の体を強く抱きしめた。

 

「……その点滴、変な薬入ってないよね」

 

「ただの栄養剤的なやつのはず。知らないけど」

 

「適当だなあ」

 

「それが私だし、そうなるように誰かさんのせいでなっちゃったし」

 

 希望は私を指差すと、またケラケラといつものように笑った。

 

「さてと、琴音のお父さんへの気持ちが素直になったところで今後の話に戻そっか」

 

「ぐすっ。なんか今日、ずっと希望の手のひらで弄ばれてるような気がしてならない」

 

「悔しい?」

 

「悔しくて死にそう」

 

「私としては琴音との距離がまた近づいた気がして嬉しいよ」

 

「調子のいいことしか言わないんだから。それで、今後のことって?退院した後のこと?」

 

 希望はその通りと首を縦に振った。私としては、今後のことも何もこれからも一緒にいるつもりだったので、それ以外の選択肢があるのかと首を傾げた。

 

「なんでも勇者専属の巫女さんはひなたさんに決まってるみたいで、私は琴音についていけないらしいんだ」

 

「え」

 

 そんなことあるの?と口を開きかけた時、私の中で合点がいく事がいくつかあった。

 友奈ちゃんや千景さん。タマちゃんや杏ちゃんにも共に来た巫女がいたと言うのは聞いている。しかし、ひなたちゃん以外はあの場にいない。と言うことは、選ばれなかった者は別の場所で御役目に従事することになるのだろう。

 これまで私は希望と共に戦ってきた。別に他の勇者の子達やひなたちゃんが嫌と言うわけではない。私がバーテックスと戦う中で、希望という存在は不可欠なのだ。

 

「希望が一緒に来てくれないなら私、勇者やめたいんだけど」

 

「何を言ってるのさ。今の所、琴音は結構な戦力なんだからやめれるわけないでしょ」

 

「冗談だよ。やめられないのは私もわかってる」

 

 私と言う存在は大社の人たちから見ても異質らしく、既に精霊と呼ばれるモノを自身に降ろしているのは私しかいないらしい。

 自分の中では「なんのこっちゃ」と言った感じではあるが、希望曰く梅田の地下で使った力がその精霊というモノで、正体は真田幸村であったとのこと。

 

「しかも武器を二つ持ててる時点で琴音はだいぶおかしいらしいよ。私は当然の如く思ってたけど、冷静に考えたら異常も異常じゃん」

 

「そんなに人を化け物みたいに言わないでほしいなあ」

 

「おまけに琴音、真田幸村の馬上筒まで使ってるから3つ?おかしいって。身体に異常とかないの?」

 

 散々な言いように私は唇を尖らせる。心配してるのか化け物と煽ってくるのかどちらかにしてほしいものである。

 かと言って、希望の気持ちもわからなくはない。私自身、検査に行った時大社の人たちが目を丸くして駆け回っていた光景は記憶に新しい。

 

「異常がないと言えば嘘になるけど……」

 

「ほら!あるじゃん!」

 

 嬉々として目を輝かせる希望。彼女は私に何を望んでるのでしょうか。一向にわかることはないでしょう。

 

「そんな喜ばなくてもさあ。よくわからんけど、私は2つ持ってるね」

 

「何そのイレギュラーっぷり。主人公じゃん」

 

「嬉しくないよ。なんかだかそれ故のデメリットもあるみたいだし」

 

「……そのうち体が動かなくなるとか?」

 

「さあ。よくわかんない」

 

 縁起でもない予想をする希望に私は思わず頬を引き攣らせた。そんなデメリットがあると言うなら、とっくの昔に私は終わってる。

 

「とりあえず私は話さないといけないことは全部話し終わったよ。……お父さんのことは話す気なかったけど」

 

「まあ、奏が手紙を送ってきたのが運の尽きだったね。これで琴音は私に隠し事の一つが減ったわけだ」

 

「なんでそんなに嬉しそうなの」

 

 希望は愉快愉快と言わんばかりに身体をメトロノームのように揺らした。揺らしたまま、私の問いには答えず希望は話を進める。

 

「一個解決していないのは私の巫女問題だけだね。ま、大社に掛け合えばいくらでもどうにでもなるよ」

 

「そう言う問題かなあ」

 

「困ったら相談。これ良くない?」

 

「普通じゃない?」

 

「その普通ができなかったから琴音は無理したってことを忘れないほうがいいよ。これはその時の教訓」

 

「ぐうの音も出ませんわ。私の方からも大社には話してみる」

 

「うん。それが良いよ」

 

 希望が頷いたところで、私は帰り支度を始めた。話し始めてからかなりの時間が経っているし、そろそろ戻らないと鍛錬に遅れてしまう。

 

「ごめんね。私、帰るわ」

 

「OK。退院の日はまた教えるよ」

 

「了解。ではでは」

 

 冗談めかして敬礼をしてみせると、希望も乗ってくれて綺麗な敬礼を返してくれた。

 私はそれに笑い返してから、希望に背を向けて病室を後にしたのだった。

 

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〈丸亀城〉

 

 希望の見舞いを終え、全力で戻ってきたのは約束の時間の僅か5分前。

 集合場所は丸亀城内に作られた勇者用の道場だ。既にみんなは鍛錬の準備を終え、いつでもできる体制を整えていた。

 それでも一応はみんな事情を把握していてくれたみたいで、待っててくれてはいる。とてもありがたいですね。

 

「戻ったか、琴音。希望さんの様子はどうだった?」

 

「希望なりに元気なのは取り繕ってたけど、ちょっとまだ苦しそう」

 

「そうか。早く治るといいな。戻って早速になるが鍛錬の準備をしてきてくれ。私たちは先に初めておくから」

 

「了解。すぐ来るよ」

 

 私は道場の端に荷物を置き、隣の部屋で支給された運動着に着替えてからみんなのもとに戻る。

 

「お待たせ」

 

「よし。それなら始めよう」

 

 私が準備万端である事を確認すると、若葉ちゃんの音頭で鍛錬の時間が幕を開けたのだった。

 

 鍛錬はまず準備運動から始まり、etc.etc.を終えると空手を用いた戦闘訓練が始まる。受け身の練習をするために私はタマちゃんとペアになった。受け身の練習も若葉ちゃんの提案で実践的にやることになっている。

 タマちゃんは組み手を取りながら、私に泣き言をもらした。

 

「琴音、今日は手加減してくれよ。タマも受け身取るだけするのは嫌だからさ」

 

「そうは言われても、手を抜いたら若葉ちゃんに怒られそうだし」

 

 私が若葉ちゃんの方に視線を向けると杏ちゃんが容赦なくやられているところだった。

 私とタマちゃんは若葉ちゃんの容赦の無さに顔を引き攣らせた。

 

「琴音と若葉でやれば良さそうだとタマは思うぞ」

 

「私では若葉ちゃんの練習にはならないよ」

 

「杏を見てそう思うのか!?」

 

「うーん。じゃあ行ってくる」

 

 私は即座にタマちゃんを地面に打ち倒すと、聞いててこちらの胸が苦しくなるような呻き声が私の耳に入ってきた。

 ごめん。タマちゃん。今度美味しい骨付鳥奢るから許してほしい。

 私は若葉ちゃんに倒されて、小さくため息をつく杏ちゃんに歩み寄った。

 

「杏ちゃん大丈夫?」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

「負けたこと気にする必要はないよ。あの人化け物だから」

 

「でも……」

 

「力だけ強ければ戦場で生き残れるわけではないよ」

 

 私が頭をトントンと人差し指で叩くと、杏ちゃんはクスッと笑った後小さく頷いてくれた。

 

「と言うわけで若葉ちゃん。ちょっと相手してよ。杏ちゃんの弔い合戦だ!」

 

「私、死んでませんよ!?」

 

「いいだろう。来い、琴音」

 

 若葉ちゃんは不敵にその口角を上げる。それに応えるように私もニヤッと嫌な笑みを浮かべた。

 さてさて。何か策を用意しているわけではないので、杏ちゃんにああ言った手前でも力技で若葉ちゃんを倒さなければならない。

 

(忘れられてるかもしれないけど、私弓道しか齧ったことはないんだよなあ)

 

 一応空手という私が1ヶ月ではどうしようもないくらいに難しいこの武術を、一旦放り捨てようと思う。多分若葉ちゃんも対応してくれるでしょう。

 私は頭の中でイメージする。相手はバーテックス。隙を見せればその瞬間、命はない……。

 そう思い込むと、私の心臓の跳ねる音は一気に加速した。緊張感が全身を包む。全身が若葉ちゃんの動きに敏感に反応した。

 

(不思議と次来る動きがわかる…。この次は、こう!)

 

 若葉ちゃんが素早く胸ぐらを掴もうとする手を、回し蹴りを私はありとあらゆる方法で避ける事ができた。

 常に足を動かし続け、一度も止まることなく若葉ちゃんと相対する。若葉ちゃんの繰り出す攻撃を捌いて捌いて捌き続けて……。

 

「…………ここっ!」

 

 粘り続けて作り出した好機。私が繰り出した蹴りを若葉ちゃんが後ろに避けた瞬間、その一瞬で私は距離を詰める。

 

「っ!」

 

 距離を詰めた私は低い体制のまま、若葉ちゃんの懐に入り込んだ。それでも若葉ちゃんの反射神経は見事なもので、距離を詰められても冷静に身体を捻って、私の身体を蹴り上げようとする。まるでサッカーボールだと私のことを言わんとするような、容赦のないその動きに、若葉ちゃんが本気なのだと今になって身をもって知ることになる。私とてその動きはされるものだと既に予想済みだ。

 とは言え、私は若葉ちゃんの動きを予想しておきながら、この先どうしようかなとは考えていなかったのである。次の瞬間、浮遊感の後、身体が床に叩きつけられる衝撃に襲われた

 

「ぐえっ!」

 

 到底女の子が出していい声を出さず、私はお腹を押さえてのたうち回った。

 

「琴音っー!?」

 

「コトちゃん!?」

 

 真っ先に私に駆け付けたのはタマちゃんと友奈ちゃんだった。若葉ちゃんも慌てた様子で私に駆け寄った。

 

「す、すまない琴音!大丈夫か!?」

 

 私はお腹をさすりながら、若葉ちゃんにOKマークを指で作って、とりあえずは無事なことを伝えた。

 案外痛み自体もすぐに引き、私はケラケラと笑いながら自分の計画性のなさを反省する。

 

「いけると思ったけど、まだ若葉ちゃんには敵わないや」

 

 私があはは〜と照れくさそうに頭をかきながら、自分の失態を誤魔化したのだった。そんな私の背中越しに千景さんがボソッと呟いた。

 

「よく、生きてこれたわね」

 

 聞こえるように言ったのか、それともそうではないのか。千景さんの言葉の意味を測ろうとしても私にはわからない。特に意味もないのかもしれないと思うことしか私には出来なさそうだった。

 視線だけで千景さんの背中を追いかけている間も私は友奈ちゃんとタマちゃんに揉みくちゃにされたのだった。

 そんな私に向けられるもう一つ別の視線。私はあえてそちらの方を見ようとはしなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 鍛錬も終わり、夕食前にシャワーを浴びてから寮の廊下を千景さんにはどう接するのが正解なのかを考えながら、うろうろとしていたら肩を叩かれた。

 

「琴音」

 

 その声だけで誰だかわかり、私は振り返る。自然と頬が緩んでしまうのは気にしないでいただきたい。

 

「どうしたの若葉ちゃん?」

 

「先程から廊下を歩き回ってたみたいだから気になってな」

 

「あー、大丈夫。何も気にしないで」

 

 流石に千景さんと仲良くしたい!と言いたいところだが、変なプライドが働いたのか私は誤魔化すように手を大仰にブンブンと振った。

 若葉ちゃんは首を傾げたものの、特に気にすることはないと感じたのか、歩きながら別の話を始めた。

 

「こうやって2人きりで話すのは久しぶりだな」

 

「いつもはひなたちゃんも居るしね」

 

 若葉ちゃんの言う通り、2人きりでこうして話すのは本当に久しぶりだ。しかし、何を話そうにも御役目の方に話題が先行するのは勇者としての性なのだろう。自然と話題もそちらのものばかりになった。

 

「若葉ちゃんはバーテックスと戦うの怖くないの?」

 

「どうだろうな。奴らに報いを与えなければならない。そう思えば怖くはなかった」

 

「そうなんだ。まあ、若葉ちゃんらしいと言えば若葉ちゃんらしいね」

 

「琴音は……聞くまでもないか」

 

 若葉ちゃんはそう言うが私とて怖いものは怖い。この左眼のことを思い出せば、少なくとも足取りは重くなる。

 

「若葉ちゃんは少し勘違いしてるみたいだね」

 

「勘違い?」

 

「私はバーテックスと戦うのは怖いよ。だけど、私は皆の『希望』になると決めたから戦ってただけ」

 

 包帯の上から左眼にそっと触れてみる。痛みは既にないが、世界が半分見られないのは怖い。この暗さはあの暗闇の世界を私に思い起こさせる。

 若葉ちゃんは小さく「すまない」とだけ言うとしばらく黙ってしまい、私との間に静寂が広がる。

 何か話題を。と思い返すと1つ若葉ちゃんに伝えておかなければならないことを思い出した。

 

「そうだ若葉ちゃん。巫女の件なんだけどさ、希望を私の専属巫女ってことで一緒に行動できないかな」

 

「希望さんを?」

 

「無理かな」

 

 若葉ちゃんは顎に手を当て、私が想像した以上に考え込んでくれた。むむむ…と言う擬音が今にも聞こえてきそうである。若葉ちゃんの念頭にも専属の巫女は1人という大社の方針が頭にはあるのだろう。

 悩みに悩んだ末、若葉ちゃんは「よし」と頷いた。

 

「私からも大社に聞いてよう。それでもダメだと言われたのなら諦めてくれ」

 

「本当?ありがとう!」

 

 私は嬉しさのあまり、若葉ちゃんの手を掴んで振り回す。一年前に比べて成長した若葉ちゃんの手はとても大きくなったように感じた。

 それから若葉ちゃんと他愛のない言葉を交わし、空いてしまった一年を少しでも埋めれたのではないかと思う。

 それでも私は満足していなかった。若葉ちゃんは何か言いたいことがあって私に話しかけてきたはずだ。だと言うのに触れようとして結局触れずに終わるのだからこちらも焦ったい。まあ、大体予想はつく。先程の鍛錬のことだろう。若葉ちゃんはこう問いたいはずだ。

 

「なぜさっきはわざと負けたのか」

 

 理由?そんなの決まっている。若葉ちゃんのリーダーとしての面子を保つためだ。それと自分の保身のため。

 余計なことだと言われればそこまでだが、若葉ちゃんの存在を引き上げるにはあれが1番手っ取り早い。力で力を制する。皆の意識の中に、大阪から生き残って多くの人を救った英雄の秋山琴音。と言うイメージは若葉ちゃんに負けたことによってかなり和らいだだろう。

 

 その後は勇者の皆で夕食を食べて各自解散。こんな日々が最近は続いている。これを平和だと言えてしまいそうになるのだから私の心はまだ戦いの場にあるらしかった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 ベッド上でスマートフォンをいじっていると希望から連絡が入った。

 

『退院、来週の火曜日だって。今日琴音に会えたから元気出て、熱も下がったよ』

 

『それは良かった。私がまさか万病に効くとはね』

 

 そんなことがあるのかと脳内でツッコミながら、とりあえず返信しておく。それから携帯を持っていた腕を放り投げ、身体を大の字にして天井を見上げた。

 

「今日は中々密度の高い1日だったなあ……」

 

 希望に会いに行って、余計なことを話して、それから鍛錬に励んで。なんともお忙しいものだと我ながら思う。

 ここに来て1ヶ月経った今でも環境の変化にはなれきれていない。それもあるからか、疲労が溜まるペースがとても早いように感じた。

 ふわぁ。と小さな欠伸が漏れ、目尻に涙が浮かぶ。

 

「こんなふうに寝れるのがこれほどまでに幸せだとは思わなかったよ」

 

 疲労からか次第に瞼が重くなっていくのがわかり、心地の良い睡魔に飲み込まれる。

 課題は山積みだが、一つ一つこなしていけばいい。バーテックスが来るまでにはもう少し時があるみたいだから、それまでに終わらせれば…。

 こうして、私の1日は終わりを迎えたのだった。

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