少女は星を追いかける   作:まんじゅう卍

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第2話 あがつまのぞみ

 今回はわたしの話ということらしいんですけど、何をお話しすれば良いのやら。迷っていても、目の前にいる琴音がニコニコと何やら要求して来ているので、適当に話をしていくことにしようと思う。

 わたしが退院してから3ヶ月の時が経ってはいるので、すごく簡単にこの3ヶ月の出来事から。

 結論から先に言うと、わたしは琴音専属の巫女として勇者と共に行動することが許された。わたしと琴音、大歓喜。

 他に何かあるかって?変わったことは何一つとない。四国に辿り着いてから後少しで半年が経とうとしているというのに、変化という変化がないのだ。時折、バーテックスの存在すらも忘れてしまいそうになるくらいには落ち着いていた。

 

 今は12月で外は雪がちらついている。寮の窓から見ることのできる街並みは、これまであったことを必死に忘れようと躍起になっているのか、クリスマスに乗じて夜はイルミネーションで綺麗に彩られていた。その程度で塗りつぶせる記憶なら、とうの昔に誰もが記憶から忘れ去っているに違いない。

 わたしの身体の調子はまだまだ本調子とは言えないものの、かなり回復しており、薬の量も減って来ていた。

 

「希望〜。このお菓子食べて良い?」

 

 わたしが薬で苦しんでいると言うのに、このお気楽勇者様はわたしのお菓子を許可を得る前に既に口に放り込んでいるではないか。

 

「私がOK言う前に食べてるじゃん」

 

「希望なら許してくれるかなって」

 

 実際許しちゃうからこれに反論できないのもまた事実。わたしの弱いところでもある。

 

「呑気なものだね」

 

「なにが?」

 

「去年はクリスマスなんて、こんなふうに過ごすことできなかったのに」

 

 衛生面の問題や寒さに凍えながら、なんとか凌ぎ切った去年の生活を思い出したのか、琴音の手の動きがピタリと止まった。

 

「気分でも害した?」

 

「全然。まあ、思い出したりはしたかな。結構辛かったし」

 

 その辛くて苦い思い出を噛み砕くように、琴音は口の中に再びお菓子を放り込んだ。甘味と苦味が混じってしまったからか、顔をしかめた後、嫌々飲み混む光景は面白い。

 

「バーテックスいつ来るのかな」

 

「それを感知するのが希望の役割なんじゃないの?」

 

「そうなの、かな?」

 

 わたしも正直な話、巫女という役割について完璧に理解し切っているわけではないのだ。バーテックスは感知できるけれど、来る時期を正確に判断できるわけでもない。

 同じ巫女であるひなたさんや安芸さん。花本さんも神樹様の神託によって伝えられるとしか聞かされていないみたいだった。

 

「そう言えば琴音。伊予島さんから伝言預かってるよ」

 

「なぜ希望に。私ってそんなに仲介されないと話せないような雰囲気醸し出してる?」

 

「全然?単純に琴音を見つけられなかっただけだと思うよ」

 

 琴音はそれなら良かったと胸を撫で下ろしていた。意外に琴音は虚勢を張っているだけで、他者からの悪意に弱い。とは言えあの伊予島さんが誰かに対して悪口言う姿想像もつかないけれど。

 

「それで、杏ちゃんなんだって?」

 

「えっとね。ちょっと付き合ってほしいって言ってたかな」

 

「私に?タマちゃんじゃなくて?」

 

「うん。一緒に行ってほしい場所があるらしいよ」

 

 それだけで琴音は納得したのか、「すぐ行ってくる!」と宣言すると嵐のようにわたしの部屋から去っていった。

 1人部屋に残されたわたしは、琴音が残していったお菓子を齧る。

 

「甘すぎない?」

 

 わたしは自分で買っておいて、その甘さに顔をしかめたのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 時折、まだ思い出す。苦い思い出を。甘いお菓子でも相殺しきれないほどの苦い思い出を。

 わたしは他の人から見れば裕福な家に産まれたと気がついたのは割りかし早い段階だった。そもそも小学一年生の頃からフルートをやらせて貰っている時点で裕福でないわけがないのだ。

 両親の仲も円満で、何一つと不自由のない生活をしてきた。わたしは本当に最悪な人間だった。わたしは、人の心の痛みがわからない子だったのだ。

 小学四年生の頃。わたしのクラスには持ち物も服もボロボロの子がいた。その子には誰も近寄ろうとしなかった。よくある話だが、菌がどうとかの醜い話だ。今思い返してもあまりにも馬鹿馬鹿しくて、酷い話だと思う。

 わたしはそれに加担したわけではない。ずっと遠くから止めることなく眺めているだけ。

 

「なんであれだけやられて言い返せないんだろうね」

 

 わたしの友達が漏らした呟きにわたしは同感だと頷いた。だって、言い返せば良いじゃないか。馬鹿にするな〜と。

 まあ、この考えが甘い甘い。何も理解できていない甘ちゃんだ。

 ある日の放課後、その子は誰もいない教室で1人泣いていた。たまたま用事があって通りかかったわたしは思わず声をかけた。

 

「大丈夫?」

 

 普段声をかけやしないと言うのに、卑怯にもこう言う時は声をかけるのだからわたしはずるい。

 その子は泣きじゃくりながら、必死にボロボロの鞄を漁っていた。

 

「筆箱がなくなっちゃった……」

 

 その子が泣きながらあるはずのない鞄の中身を必死に探している。わたしは見つかるわけがない。とその子から視線を外した。なぜならその子の筆箱は捨てられたから。わたしはその光景をしっかりと目にしていた。止めるべきだったと思う。止めるべきだったのに、わたしはその時も目を逸らした。

 せめてもの償いで、あるわけのない筆箱を一緒に探そうと提案した。その子は鼻を啜りながら頷く。それからわたしは形だけの捜索を始めたのだった。

 

「見つからないね。どこ行ったんだろ」

 

 わざとらしく言いながらロッカーの中などを見ていったのだが、段々と何故こんなことに付き合ってるのかと言う苛立ちも湧き上がって来た。

 そもそも虐められるのが悪いのであり、見た目が原因ならそれを直すべきだろうとか言う最悪な考えが頭をよぎる。

 

「もう諦めたら?」

 

 わたしは思わず言ってしまった。この言葉は言ってはならない言葉であった。しかし、一度話し出したらもう言葉が止まることはない。

 

「あんなにボロボロになってたんだから、新しいの買えばいいのに。服とかもさ」

 

 言ってしまってから、わたしは口を押さえた。心臓の音が酷くうるさかった。恐る恐るその子の方を見ると、悲しみに満ちた目でわたしを見ていた。

 

「いいよね。吾妻さんはそんなに綺麗で、可愛くて、持ってるもの全部ピカピカで。買ってもらえる環境にいるから、平然とそんなこと言えるんだよ」

 

「そんなことーーーーーーーーー」

 

「わからないよ。私の気持ちなんて、吾妻さんには…。恵まれた人は、私のようなどん底の人間の気持ちなんて、わかるわけない……」

 

 その子はわたしを睨みつけると鞄を引っ掴んで教室から出ていった。わたしはその背中を後悔の念と共に、見送ることしかできなかった。

 その日以来、その子は学校に来なくなってしまった。わたしの余計な一言がその子の背中を最悪な形で押してしまったのだとしたら?そう考えれば考えるほど自責の念に駆られた。

 

 それからと言うものの、わたしは今まで以上に自分の発言には気を使うようになった。気を遣えばつかうほど、わたしは自分の心を殻で覆っていく。そして、誰に対しても優しく何か起きれば仲裁すると言う謎の正義感も得ていた。

 小学六年生になる頃には、わたしは性格が良くてお人好しな吾妻希望という殻を獲得し、その印象を周りに植え付けることに成功していた。

 良く言えば人間的に成長したと言えるだろう。それを認めていいものかわたしは今でも考える。

 琴音には言えない、わたし最大の汚点。

 

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「おもむろに思い出すものじゃないなぁ……」

 

 はぁ。と小さくため息をついてから、わたしは軽く眉間を揉んだ。琴音の居なくなってしまった部屋は空虚で、過去の自分を思い出したわたしには寂しさだけを感じさせる。

 わたしは部屋にいても気が滅入るだけだと思い、いつもの明るく、誰にでも分け隔てのない吾妻希望を装備して部屋から出たのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 わたしが目指したのは食堂だ。この食堂は普段から開放されており、たまに勇者の子か大社の誰かがいる。

 この食堂で皆で夕食を食べると言う日課のおかげで、わたしが皆に溶け込めたのは言わずもがなだろう。これを当初に考案した若葉さんには感謝したい。

 

「誰かいるかな〜」

 

 食堂の入り口の影から顔を覗かせると、中には珍しいことに郡さんがいた。郡さんと言えば琴音が攻略しようとして、攻めあぐねているという最強の牙城ではないか。

 わたしが先に攻略したらさぞ琴音は悔しがるだろう。と言うか、わたしもあまり口を聞いてもらえてないけどね。

 

(これもチャンスってやつかな)

 

 普段、郡さんが楽しげに会話しているのを友奈さん以外に見ない。今こそ、この牙城を崩す時。

 わたしは軽く咳払いをして喉の調子を整えた後、郡さんに声をかけた。

 

「郡さん。……郡さん?」

 

 全く反応してくれないので何をしているのかと思ったら、耳にイヤホンをつけながらゲームに没頭しているではありませんか。いや。わかるよ。その方が世界観に没頭できるしね。それにわたしはそのゲームを知っていた。弟がやっていて、わたしもなんとなく触れてみたことがあるのだが、音楽といい操作性といい、ゲーム素人のわたしが充分楽しめるほどの傑作だ。

 わたしはしばらく郡さんがステージを攻略するまで待ってみた。郡さんのボタン捌きはすごく、それに圧倒されている間に画面にクリアの表示がされた。それからようやく郡さんは画面から視線を外し、わたしを見てくれた。

 

「なに?」

 

「偶然食堂に来たら郡さんが居たから声をかけようと思って」

 

「そう」

 

 郡さんはわたしの存在がつまらないと言わんばかりに、すぐに目をゲーム画面に落とす。

 なんだかここで引き下がってしまうのも悔しくて、郡さんの前の席に座りしばらくゲームをする所を眺めていた。

 次のステージも難なくクリアすると、流石に鬱陶しかったのか郡さんは厳しめの口調でわたしに言う。

 

「何かあるなら、早く言ってほしい」

 

 なんだか簡潔に言えと暗に言われた気がして、わたしは思ったことをそのまま口に出した。

 

「そのゲーム面白いよね」

 

 この時、初めて郡さんはわたしに興味を持ったのか、眉をぴくりと動かした。それでも郡さんはわたしに目を合わせてはくれない。ここで攻めなければいつ攻める。わたしは一気に畳み掛けてみることにした。

 

「わたしはゲーム素人だから詳しいことはわからないんだ。だけど、そのゲームが傑作なのはわかるよ。初心者でも扱いやすい上に突き詰めれる所はとことん突き詰められる。それに音楽とストーリーも完璧!シリーズものだけど前作をやっていなくても楽しめるし、プレイヤーを飽きさせない創意工夫!わたし、結構好き!」

 

 郡さんの目が一瞬かつてないほどの輝きを見せた気がするのはわたしだけだろうか。友奈さんに向けるのとではまた別種のもの。未知の輝きにわたしは息を呑んだ。……わたしは郡さんをなんだと思っているのだろうか。そんな珍獣みたいに扱っては失礼もいい所だ。

 郡さんはゲーム画面から目を離し、初めてわたしの目を真っ直ぐに見た。

 

「あなた、わかってるわね」

 

「ふっふっふっ。これでもその一作しかやっていないにわかプレイヤーだけど」

 

「いえ。たった一作しかやっていないのに、その理解度は見る目があるわ」

 

 普段の郡さんからは考えられないくらいに、よく話してくれるではないか。しかも褒められた。頭の中のもう1人のわたしが革命やで!と叫んでいる。酷くうるさい。

 

「あなた、ゲーム好き、なの?」

 

「好きになったが正しいかな?弟が同じゲームやってて、それを貸してもらったんだ。そしたら想像以上にハマって、初めてゲームが楽しいって思えた」

 

「そう。……今も、持っては?」

 

 まさかの想像もしていなかった言葉にわたしは舞い上がりそうになった。だがしかし、その昂りも一瞬。そのゲームは大阪のわたしの家で今頃粉々になっているだろう。

 

「ごめんね。今は持ってないの」

 

「……あなた大阪から来たのだった、かしら」

 

「え?うん。そうだけど」

 

「それなら、仕方もない、わね」

 

 それだけ言うと郡さんはまたゲーム画面に視線を落とした。もしかして嘘でも持っていると言った方が良かったのだろうか。かと言って嘘を言うのも良くはない。今日はここらで撤退した方が良さそうに思えた。

 それでもしばらくは郡さんのプレーを眺めていた。その時、郡さんのユーザーネームをわたしの目が捉える。

 

「…………ん?」

 

 このゲーム、オンライン機能もあるのだがもちろんランキング的なものも存在している。そのランキングの常に上位にいた『Cシャドウ』なるプレイヤー。わたしも一度奇跡的に対戦したことがあるのだが、ふっつーに負けた。そのプレイヤーが目の前の郡さんだと言うのか?

 

(聞いてもいいものなの?え、どっち?)

 

 流石に初手で深く足を踏み入れるのはいかがなものか。普段の郡さんを見ていて、ゲームという存在は一種のバリアのように見れなくもない。そこを早々に突いていいのか!?

 

「…どうしたの」

 

「ふぇっ!?いやいや。何も」

 

 必死に誤魔化してしまって逆に怪しまれたのではないかと思ったが、郡さんは特に気にした様子も見せなかった。

 一旦この場はこれ以上深掘りせずにおこう。わたしは過去の過去の反省も生かして自分を律した。

 

「郡さんはゲーム好きなの?好きだからやってるんだと思うけど」

 

「……そう、ね。ゲームは1人でもやれるし。それに、画面の中に没頭してる間は、何もかも置き去りにできるから」

 

 そのゲーム感はわたしにも非常にわかりやすかった。気づけば時間が溶けているし。……いや、これはわたしが時間に置き去りにされただけか?

 とりあえず、郡さんはゲームが好き。これは結論づけても良さそうだ。わたしがまた別の話を持ちかけようとした時、食堂に入ってくる人影を2人とも感知し、そちらを向く。

 郡さんはその姿を見ると、とても柔らかな表情を浮かべた。それだけで誰が来たのかおわかりいただけただろう。そう。皆のヒーロー高嶋友奈さんである。

 友奈さんはわたし達に気づくと、嬉しそうに頬を緩めて飛びつくように距離を詰めた。

 

「ぐんちゃんと希望ちゃんが2人きりって珍しいね」

 

「高嶋さんは、なにしにここへ?」

 

「私はお水を貰いに来たの。若葉ちゃんがこれまた厳しくて」

 

 友奈さんはここに来る直前まで若葉さんとトレーニングをしていたらしい。冬場だと言うのに友奈さんの額に浮かぶ健康的な汗。一体どんな激しいトレーニングを積んだのか、聞くだけでこちらも息切れしそうだ。

 琴音も言っていたが、若葉さんのトレーニングはかなり厳しいみたい。わたしならきっと早々にこの場から逃げ去ってしまうだろう。

 

「わたしには出来ないから凄いよ」

 

 わたしはまた思ったことをそのまま口にする。友奈さんは少し照れくさそうに笑った。

 

「身体を動かすのは大好きだからね!それに、琴ちゃんが前に言ってたよ。何も戦いが強いだけが全てじゃないって。希望ちゃんも私たちが出来ないこと出来るから凄いよ!」

 

 友奈さんはそう言うと「あれ、なんだっけ。あの綺麗な楽器」と横笛を吹く真似をした。

 

「フルート?」

 

「そう!私、もう一回聞きたいと思ってたんだ。ぐんちゃんもそうでしょ?」

 

 唐突に話を振られた郡さんは一瞬困惑した様子を見せたものの、小さく頷いた。

 もう一回聞きたいと言われるのは奏者冥利に尽きると言うもの。わたしもそれならと乗り気になり、一度自室に戻って楽器ケースごと引っ掴むとすぐに食堂に戻った。

 

「本当に、演奏するの?」

 

 わたしがフルートを組み立てていると、既にゲームを辞め友奈と言葉を交わしていた郡さんが聞いてきた。

 自分でも、わたしの肩がぴくりと痙攣したのがわかった。また余計なことをしようとしているのだろうかと怖くなる。郡さんは友奈さん以外には、まだ心を開いたわけでもないし、2人だけの時間が欲しいのかもしれない。そもそも、友奈さんのもう一度聞きたいと言うのだって社交辞令かもしれないと言うのに……。

 わたしの手が止まったのを見て、郡さんは「そう言うわけでは、ないわ」と先程の発言の真意を否定した。

 

「私もあなたの出す音は好き。不思議と安心するもの。ただ、その、あまり私が音楽に詳しくない、だけ」

 

 そう言うことか。とわたしは胸を撫で下ろした。しかも素直にお褒めの言葉を貰い、先程以上にやる気もみなぎる。

 

(友奈さんも音楽を聴くけどそこまで詳しくないと言っていたし、2人ともが知ってる曲となると……)

 

 わたしは脳内にその楽譜を思い浮かべる。その曲はわたしたちの世代なら誰もが知っていると言われるほどの超有名曲。

 

「じゃあ、やるね」

 

 わたしがそう言って、歌口と呼ばれる息を吹き込む場所に口を充てると、友奈さんは拍手してくれた。

 銀色のそのフォルムは蛍光灯の光を反射して、輝きを纏っている。その輝きが一層強くなったのを合図にわたしは、約2分間の演奏を繰り広げたのだった。

 演奏が終わった後、まだ食堂の中にはフルートから奏でられた音色がそこらに残っているような気がした。

 

「わあ!やっぱり凄いや!」

 

 友奈さんはよっぽど気に入ってくれたのか、ニッコニコである。わたし、さっき友奈さんの発言を社交辞令かもしれないと疑ったが、この子に限ってそんな事はないのかもしれないと3ヶ月目にして気がついた。それはあまり他の人に心を開かない郡さんも信頼を置くというもの。

 わたしも自然と友奈さんに心からの親しみを感じ始めていた。

 

「そんなに褒めてもらえるなんて、練習してる甲斐もあるよ」

 

 褒めてもらえるともっと上手くなろうと思える。わたしは一度、フルートをケースにしまった。

 それから、演奏が終わってからとずっと無言になってしまった郡さん。ぼーっとしてらっしゃるが大丈夫でしょうか。

 

「もしかしてイマイチだった?」

 

「……いえ。私も高嶋さんと同じ感想。それと一つ聞きたいのだけど、いい?」

 

「うん。なんでも聞いてよ」

 

「それなら、遠慮なく聞かせてもらうわ。あなたは、どうしてフルートを吹くの?」

 

 どうしてフルートを吹くの?確かにこれは自分に対して一度も問いかけた事はなかった。少し悩んでみたが、答えは一瞬で出た。

 

「やっぱり好きだからじゃないかな?私、多分心の底からこの楽器を吹くのが好きなんだと思う」

 

「……そう。意地悪な質問だったわ。忘れて」

 

 わたしは郡さんの含みのある言い方に首を傾げた。別に意地悪な質問でもなかったとは思う。郡さんもそれ以上は何も聞こうとはしなかった。

 それから気を取り直し、わたしと友奈さん。郡さんは会話に興じた。気づけば友奈さんと郡さんがトレーニングに向かう時間となり、わたしも巫女としてそのトレーニングを補佐しなければならないお役目がある。

 わたし達は会話を切り上げ、トレーニングするための道場へと向かったのだった。

 

(と言うか友奈さん。またトレーニングするの!?)

 

 わたしは皆のトレーニングをひなたさんと見守りながら、友奈さんのその無尽蔵に等しい体力に舌を巻いていたのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 その日の夜、わたしの部屋を意外な人が訪れた。

 

「郡さん?どうしたの?こんな時間に」

 

「……貸すから、よければ…その。よろしく」

 

 郡さんはそれだけ言い残すと、わたしに手に持っていたものを押し付け足早に立ち去ってしまった。

 押し付けられたものを見るとそれは郡さんが昼間にやっていたゲーム機本体とカセット。

 その意味を理解すると、じわじわとわたしの中で広がる喜び。

 

「よっしゃ!」

 

 その嬉しさからわたしは小さくガッツポーズを決めた。きっと、一緒にゲームをしてくれる人が欲しかったのかもしれない。それでも、友奈さんの次くらいには郡さんに近づけた気がした。

 わたしはベッドに飛び込むと、すぐにそのゲームを起動した。それから寝るまでの時間、わたしはぶっ通しでゲームに熱中したのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 3月。冬はいつの間にか過ぎ、窓から部屋に入ってくる風は春の陽気とともに、花の匂いを運んできた。

 郡さんとは度々ゲームをする仲になり、最近では共にカードゲームをするまでに仲が深まっていた。それでも、やはり友奈さんのレベルまでは距離は近づけないでいる。一体、友奈さんは郡さんに何をしたのだろうか。相当なマジックでも見せたのかもしれない。それで魅了される郡さんは郡さんでかなり可愛いのだけれど。

 そんなわたしの妄想は置いておいて、季節が一巡するごとに平和な時が終わりに向かっているのをわたしは感じていた。

 しかし、わたしの募る不安に対して相変わらずわたしの相棒は呑気だった。この四国に来てから、ある日を境に琴音は一気に気を抜いている。わたしが出会った当初の琴音に戻りつつあった。

 今もわたしのベッドの上で眠っている。自分の部屋で寝ろと言ってやりたい。

 

「あの大阪で見せてた姿が嘘みたい」

 

 あの姿はやはり自分らしさをかなぐり捨てた結果の姿なのだと痛感させられる。だいぶ無理をしていたに違いない。

 わたしは琴音の眠っているベッドの端に腰掛け、その頭を軽く撫でる。わたしが最近考えている事なのだが、琴音と郡さんが中々上手く行かないのはあの大阪での出来事があるからではないかと。

 

(琴音は、言っちゃえばブレブレなんだよね。性質というか、なんというか)

 

 ブレブレになってしまったと言うのが正しいと思う。楽観的な本来の琴音と、皆を引っ張っていくために、虚勢と嘘の言葉で塗り固められた別の琴音。それが疑い深い郡さんには何となく理解できているのだろう。郡さんも中々に裏がありそうだが、きっと今はまだ聞く時ではない。

 わたしが琴音の頭から手を離すと同時に、わたしのスマートフォンが着信を伝えるために振動を繰り返す。

 

「はいはいはい。今出ますから」

 

 誰からだろうと発信元を見ると大社からではないか。何事かと思いながら電話に出る。

 

「はい。吾妻です」

 

『吾妻様。今すぐに秋山様と共にお城の方へお越しください。詳しい話はそれから』

 

「わかりました。すぐに向かいます。失礼します」

 

 何だか胸騒ぎがする。これからまた琴音に何か大変なことをさせようとしているのではなかろうか。

 わたしはグッと胸の前で握り拳を作り、小さく息を吐いてから琴音を眠りの底から引っ張り上げた。無理矢理起こされた琴音は不機嫌そうにわたしを見る。

 

「なに」

 

「大社からの連絡。今すぐに城に来いって」

 

 琴音は「あぁ、そう言えばそんな話もあった」と言うと目を擦ってから立ち上がる。琴音は既に呼び出された理由を知っているみたいだった。

 部屋の壁に立てかけてあった【生弓矢】を持つと、琴音はボソボソと何やら愚痴のような事を言いながらわたしの部屋を出て行った。わたしも琴音の背中を追いかけ、部屋を出たのだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

〈諏訪〉

 

〜3月〜

 

 バーテックスの侵攻が始まり、三年が経とうとしている。諏訪はまだ生き残ってはいたが、結界もほとんどが破壊され、虫の息となっていた。

 諏訪の勇者。白鳥歌野はそんな絶望的な状況でも、変わらず農業を生き甲斐にし、毎日のように畑に向き合っている。

 香川からの連絡で一年前、どこかの地域で奮戦していた勢力は既に四国に撤退したと聞かされた時から、この諏訪がそろそろ終わりを迎えるのではないかと心のどこかでは気づいていた。

 それでもそんな不安な空気を微塵も見せずに、歌野は未だに自分たちなりの抵抗を続けている。

 歌野は春の陽気に包まれた大地の上で、必死に畑を耕す。次の日も次の日も次の日もーーーーー。

 

 

 

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