私と希望は大社から呼び出された場所に赴いた。そこは一度だけ、足を踏み入れたことがある場所だ。広い空間の奥には神樹様を祀る祭壇がある。すでに呼び出した大社の人は来ており、その祭壇の前で祈りを捧げているところだった。
私たちの気配に気がついたのか、祈るのをやめ、私たちに向き直る。
「お待ちしておりました。秋山様。吾妻様」
恭しく頭を下げられ、私はむず痒くなりながらも神官に頭を下げ返す。頭を上げると、神官と目があい恋が始まった……。などと面白くも無い話は置いておき、私は早速本題にはいった。
「私に諏訪についての意見が聞きたい。でしたね」
隣の希望は何で知ってるのかと目で訴えてくる。『また後でね』と希望にウインクをして伝えると、希望は呆れたように肩をすくめた。
「その前に一ついいですか」
「何なりとお聞きください」
神官はそう言うとまた恭しく頭を下げる。そう言うことならば私も遠慮なくいかせてもらおう。
「それを聞いてどうするつもりなのかお聞きしたい」
「では結論から申しましょう。私たち大社は、諏訪に援軍を送ろうと考えております」
その言葉を聞いた瞬間、眉間に皺がよる。希望もぴくりと肩を動かし、本気?と困惑していた。
「諏訪を死守できれば、我々のバーテックスに対する備えも更に盤石となりましょう。しかし、我々は外の状況を今しばらく見ておりません。そこで、ここ最近では最も外の情勢に詳しい貴女に意見を聞こうと言うわけです」
大社の真意はわからないが、ここははっきりと言っておくべきだと私は判断した。
「援軍は出さないことをお勧めします。貴女たちは諏訪に援軍を出したところで、それを時間稼ぎとしか見ていない。違いますか」
私が見返すと、神官はてっきり無言になってしまった。熟考しているのか、目を瞑り、顎をさすっている。
鋭いところまで突きすぎちゃったのでしょうか私。
「………あの、援軍は私たち2人ということですか?」
希望が黙ってしまった神官に恐る恐る聞くと、彼は一切の迷いなく頷く。
「我々はあなた方2人が最も適任だと考えております」
その言葉に偽りはない。そう断言していいほどだった。希望の表情に影が落ちる。私も心の中では正気か?と言う感想しか出てこない。
「ですが、秋山様の話を聞いて確かにその通りだとは思います。再度、この話は持ち帰り、結論をお伝えいたします」
それから神官はまた頭を下げると、話は終わりだとばかりに祭壇に向き直り祝詞を唱え始めた。私と希望はそちらに背を向け、複雑な心境を抱えたまま寮に戻った。
寮に戻り、私の部屋に場所を変えて希望と向き合う。希望はさぞご立腹なのか、先程から珍しく腕組みなんかをして、頬を膨らませている。
こんな可愛い生物、バーテックスの前に置いたらすぐに齧られてしまいそうだ。
「私たちを便利屋か何かと勘違いしてない?大社の人たち」
頬を膨らませながら、希望はこれまた珍しくブツブツと愚痴を垂れる。
ただ、私も希望とは同じ気持ちだ。
「それに何で琴音は知ってて、私には教えてくれないの」
「あ、それに怒ってたの?」
「いや?そっちには全然」
今日、情緒不安定すぎるよこの子。急にケロッとしないで欲しい。
「諏訪を見捨てたいわけじゃないけど、流石にこればっかりは」
「無理だよねぇ……」
2人してはぁ。と大きなため息をつく。そんな2人のどんよりとした空気とは裏腹に、差し込んでくる明かりはとても暖かい。
窓からは桜を眺めることができ、今は八分咲きといったところか。暖かい割には今年は例年より遅いらしい。
「仮に今から諏訪に向かって、間に合うの?」
「わからない。でも、私は無理だと踏んでる」
「どうして?」
「恐らくバーテックスは諏訪に向かう道を全部閉ざしてる。それを私1人で突き崩すのは到底不可能」
1000の敵に1で立ち向かってどうなる。よもや大社を無能呼ばわりするつもりはないが、頭は悪いのではないかと思う。
この先、あの人たちに任せておいていいのかと私の中で懐疑心が芽を出したのは今は置いておこう。
「そもそも辿り着かないのに向かったところで意味ないからね。とりあえず希望、お菓子食べよ♪」
「いつもお菓子ばかり食べてると太るよ」
「その分運動してるからモーマンタイ!」
「この超楽観主義者め……」
いつか痛い目見ろと呪いをふっかけられたが、口の中に広がったチョコの味で全てを相殺した。
それに痛い目ならすでに見てる。紋所と言わんばかりに燦然と煌めくこの包帯が目に入らないのだろうか。
なんだかんだと言いながらも希望は口の中に私が食べたのと同じ種類のチョコを放り込む。少しばかり転がした後、思いっきり顔を顰めた。
「甘すぎるっ……」
「希望、甘いの苦手だよね〜」
「知ってて勧めたの?」
「うん。もちろん」
「琴音の性格、やっぱり悪いんじゃないかとここ最近毎日疑うよ」
呆れ混じりなため息をついた後、また希望は口の中にチョコを放り込んでは同じような反応を見せる。
結局食べてくれるあたり、希望はいい人だなあ。と常々思う。そう言えばこんなこと言ってたっけ。
『批判するならそれをちゃんと知ってから批判する』
この姿勢、見習いたいものです。
「話を戻すけど、大社はどうして今になって諏訪を助けようと思ったのかな」
希望の問いに、私は頭を捻って自分なりの考えを即座に引っ張り出してくる。まあ、大体こんなものだろ。と思ったのを答えとして希望に提出した。
「助けるつもりなんてないよ。単純にこの四国の勇者たちが戦えるようになるまでの時間稼ぎ。本来なら5人だった戦力に1人秋山琴音っていうイレギュラーが入って6人に。なら、私は別に本来の目的には含んでないから、別の駒として動かせる。その駒を動かして、無駄死にさせてでも時間稼ぎをさせる。私なら戦略を立てる上でそうするね」
「それはいくらなんでも琴音ワールドすぎない?」
「確かにね。まあ、そういう考えがある人がいるから、今回みたいな話も出てくるってだけでしょ」
私の語った持論に、希望は「おー」とどういう感情なのかわからない反応を見せる。
「琴音、こういう話やけに饒舌になるよね」
「……変?」
「変と言うより、頭の回転早いんだなあって素直に感心する」
「一応褒められたと思っておくよ」
「それだと学校の成績も良かったんじゃないの?」
その質問に私の心臓は悪い意味で強く跳ねた。
「逆に聞くよ。希望は?」
「私は…できた方ではあると思う」
希望はかつてのテスト結果に思いを馳せている。その横顔は高い点数を取ることをどうも思ってなさそうな、秀才の顔だった。
答えてもらっておいて、自分が答えないわけにもいかず私はあはは〜と苦笑いを浮かべる。
「…ちなみに私はテスト全教科30〜50の間だったよ」
「えっ」
「えっ、じゃないよ。えっ、じゃ。これほんと。若葉ちゃんとひなたちゃんに聞いてきたら?」
これは小学五年生の頃の話だが、私のテストの出来があまりにも悪いので若葉ちゃんの部屋にてマンツーマン指導されたこともあるくらいだ。
私の頭の悪さを舐めてもらっては困る。
「その割には、賢い気がするけど……」
「言い方酷くない?」
「琴音。もしかしてだけど、テスト勉強とかって…」
「するわけないじゃん。ずっと私は遊んでたよ」
遊んでたは少し違うかもしれない。ずっと庭の弓道場で弓を扱ってたから良く言えば鍛錬だ。
そして目の前の希望は何をどうしてここまで呆れてるのでしょうか。まあ、その原因は明らかに私なのは置いておきまして。
何か希望にも弱点ないかなあ。なんて思いながら私はじっと希望を見つめてみた。
「……なんでアンタそんなに完璧なの」
「さあ」
自分が完璧に近い人間であることは自覚があるらしい。
「あっ。でも、一つ見つけた。結構嘘つくよね。希望」
「今ので私をじっと見て何を探してたのかわかったわ」
「あー、でもその嘘も誰かのための嘘だし……。ええい!やめやめ!人の粗探しなんてやるもんじゃない」
誰が好きで大事な友達の嫌なところを探さなきゃならんのだ。
「ま、とりあえず私は諏訪には行かない。せっかくここまで生き延びてきたんだから、無駄死になんてごめんだね」
「大社がそれを許すかなあ」
「なんとかなるよ。適当に生きてたらそれなりにどうにかなるさ」
「私としてはどうにかするって言ってくれた方が頼もしいんだけど」
そんなこと言われても私に出来っこない。今は大社の結論を待つしかあるまい。
自分でこう言うのもなんだが、希望に確かに気を抜けとは言われたがここまで抜けていて良いのかと思わなくもない。私の戦闘経験値など、すぐに若葉ちゃんや友奈ちゃんは上回るだろう。
そして弱くなった私は他の勇者たちにも追い抜かれ……。
「……私って結構立場的にやばい?」
「このままだと死ぬんじゃない?知らんけど」
あっけらかんとした様子で希望は私の本棚に入っている本を勝手に取り出して読み始めた。
私の話などなんかどうでも良さそうなので暴れるだけ暴れておこうと思う。
「それは嫌すぎる!の、希望!私今すぐに若葉ちゃんのところ行って鍛錬の相手申し込んでくる!」
「やる気になったのは良いことだね。よし。なら私もお供しよう」
先程開いた本をすぐに閉じ、希望は打って変わってウッキウキな様子である。
「ど、どしたの。そのやる気」
「私、努力する人大好き」
「あぁ、そう……。となると希望的には気を抜く前の私の方が好きと言うこと?」
「だって誰もここまで自堕落な生活に溺れるとは思うまいて。さあ、若葉さんが待ってるよ!レッツゴー!」
誰よりも乗り気で私を道場まで引っ張ろうとする希望に、私は抵抗する気も起きず、言葉通り引きずられるようにして道場に向かわされたのだった。
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希望の手によって道場に連れてこられた私は早速若葉ちゃんとご対面。あの、私常々思ってるんだけど、どうして若葉ちゃんは毎回道場にいるの?ここ自室なの?
「琴音にしては珍しいな。朝以外で私に勝負を挑むのは」
余計な一言を言う若葉ちゃんに私はシーッと人差し指を立てた。若葉ちゃんはその行動の真意が読み解けたのかどうかもわからない反応をする。
道場の端で座っているひなたちゃんはクスクスと口を押さえて、小さく笑っていた。
「どゆこと?ひなたちゃん」
「内緒です」
そんな希望とひなたちゃんによる会話が私の耳に入ってくる。どうせ後から追求されるだろうから、今は目の前の若葉ちゃんに集中することにした。
小さく息を吐いてから手に握っている木刀を今一度力強く握り直す。太刀の扱いはこれまでも大社の用意した先生に教えてもらっているが、やはり若葉ちゃんの居合いの構え、振りを模倣するのが最も手っ取り早い。
「行くよ。若葉ちゃん」
「あぁ。いつでも来い!」
〜数分後〜
私は情けなく、目を回しながら床に倒れ込んでいる。目に映るのはそれはそれは丁寧に木で組み込まれた天井。
(茶色い……唐揚げ食べたくなってきた)
これを錯覚と言っていいものかどうか。それはともかくだ。
「若葉ちゃん、本気出しすぎ」
「そちらこそ、ようやく負けるのが嫌いになったのか?負ける演技もする余裕がなさそうだったが」
「むっ……」
実を言うと少し前。みんなで以前と似たように鍛錬をしている時、言いづらいが前と同じように手を抜いた。それも自然に負けて見えるようにしたつもりだったのだが……。
『こんな事をする理由は知らんが、覚悟はできるてるだろうな』
まあ、バレた。結構派手に怒られ、私は猛省した結果手を抜くのをやめた。手を抜いていた理由(一話参照)も話したところ、更にこっぴどく叱られたのは苦い記憶だ。
多分、ひなたちゃんの仲裁がなければ私は今頃この世に居なかっただろう。
「勘違いされては困るけど、私は元々負けず嫌いだよ」
私が寝そべりながら、口を尖らせる。若葉ちゃんは少しだけ口角を上げると、私に手を出した。差し出された若葉ちゃんの手を掴むと、引っ張り上げられ、視界に映るのは天井ではなく若葉ちゃんとひなたちゃん。希望へと変わった。
「負けるのが嫌いな人がわざと負ける理由が私にはわからないぞ」
「それは前に説明したでしょ。反省してるから追求しないで欲しいな」
てへっと可愛らしくお願いしたつもりだが、若葉ちゃんから向けられる視線は私を今にも氷漬けにするのではないかとさえ思えるほどに冷たかった。
私はその冷たい視線をせめてぬるいものにしようと、必死に若葉ちゃんに情熱的な視線を向けておいた。
「ところで、さっき若葉さんが言ってた朝以外がどうって……」
希望がヒョイっと私の背中から顔を覗かせ、若葉ちゃんに聞く。その際、何気なくタオルを頭に置いてくれるのはなんとも希望らしい。
若葉ちゃんは「言ってもいいのか?」と目だけで訴えてくるので、私は頷いておいた。元はと言えば早々に貴女が口を滑らせたのが原因ですけどね!
「琴音は他人に自分が努力しているところを見られるのが嫌いなんだ」
「……はい?」
「吾妻さん。琴音がいつも何時に起きてるか知っているか?」
「いっつも遅刻ギリギリだから、8時とか?」
若葉ちゃんは首を横に振る。
「4時だ。琴音は誰よりも早く起きて、1人鍛錬を積んでいる」
「ええっ!?そ、そんなに早く!?」
「何そのテレビショッピングみたいな反応」
私が希望のリアクションにケラケラと笑いながら茶々を入れると、希望は私の心臓目掛けてペットボトルを投げつけた。反応できなかった私は見事クリティカルヒット。
若葉ちゃんに関しては「今、お前は一度死んだ」などとペットボトルをバーテックスに例える始末。とことんカオスである。
「んんっ。話を戻すが、昔からそうだ」
「昔から?」
「あぁ。琴音は楽観的な性格をしてはいるが、それには私も良くも悪くも助けられてきたことも多い。ひなたもそうだ。琴音のその楽観的な性格の裏には、起こる出来事を楽観的に見れるほどの努力がある」
よくわからないが突如べた褒めされた私の顔は茹で上がったように暑い。好きな男の子に告白した時のようだ。なんて思ったが私、そんな経験一度もない。
希望の「本当?」というお化けを見た時のような目を無言で向けてくるから私はまた頷いておいた。
「自分で言うのは変だけど、私努力しないと何もできない人だったから」
「私、てっきり琴音は天才肌のいけすかない人だと思ってたのに…。ごめんね。私、全然琴音のこと知らなかった……」
「おい」
そんな風に私思われてたの!?と希望の肩を掴んで揺らしてみると、希望はククッと笑って「そんなこと思うわけないよ」と私の頬を突いた。ほんのり暖かい感触が希望の指先から私の頬に伝わる。
私は小さくため息をついてから、希望の肩から手を離す。それと同時に私の太ももに冷たい汗が一滴、ポツリと落ちた。
「私が昔いじめられてたって話したでしょ?両親の離婚のせいで。その時から色んな人見返してやろうと思って人一倍努力したってだけ」
私がタオルで額を伝って、足に落ちた汗を拭いながら言うと、横から「簡単に言うけど、できる人はそういませんよ」とひなたちゃんが私の腕に湿布を貼ってくれた。自分では気づかなかったが、痣になっている部分があったみたいだ。
私は湿布を貼ってくれた事にお礼を言ってから、手を叩いて話を終わらせた。
「はいはい。この話はここまで。私の話なんてしなくていいから、希望に若葉ちゃんとひなたちゃんのイチャイチャエピソード聞かせてあげてよ。私、ちょっと外出てくるから」
「まあ。琴音さん。イチャイチャだなんて」
頬を赤らめて、何から話しましょう。と中々意気込んでいるひなたちゃん。それは恋する乙女だった。
最初は困惑気味だった希望も、ひなたちゃんの口から語られる過去のエピソードに食い入るように聞き入っており、若葉ちゃんは照れながらも満更ではなさそうだ。
(相変わらず仲良しだよねえ。この隙に抜け出しちゃえ)
木刀を壁に立てかけ、私は何気なーく道場の外へと向かった。
外に出ると、太陽はかなり傾いており私はかなり長い時間を道場で過ごしていたのかと実感する。
丸亀城の本丸まで歩くと、そこからは瀬戸内海が一望することができる。このスポットは若葉ちゃんも好きみたいでよく見かける。私も、この場所が大好きだ。何故なら色んな人の生活を感じられるからだ。
(私、結構若葉ちゃんと好きなもの被るけど見るものの視点が違うのは初めてかも?)
冷静に考えればそれは当たり前のことではあるのだけれど、喉に小骨が刺さったような違和感を覚える。私はそんな事を考えながらその場を離れた。
丸亀城内に入ると、そこは勇者たち専用の学校になっている。朝、大社の人と会うために通された部屋はこの階の二つ上だ。ちなみに丸亀城の天守は三階建てで、全国に12個しか残っていなかった木造天守の一つだ。
この現存木造天守だが、4分の1が四国にあると言う感じで中々面白い。四国、意外にお城好きな人にはたまらない場所である。
私は窓から満開を迎えた桜の木々を眺めた。
(中々みんなで集まることがないけど、ここでいつかお花見でも出来ればいいなぁ)
そんな事を思いながら、私は日々を過ごす。穏やかな日常は緩やかに。それでも確実に危機は迫ってきていた。
だと言うのに、未だに四国勇者の結束は強いとは言えない。時が来れば自ずと…と期待したいが、私とて結束を強くするために何かしたわけではないので何も言えない。
諏訪のこともそうだが、一気に考えることがまた増えたような気がした。
「私の休憩時間も終わりですかねえ」
四国に戻ってきて半年。私はかつての自分を取り戻しつつあった。それでも、未だに大阪での『最悪の事態を想定し続け、常に冷静な秋山琴音』は胸の内を巣食っている。
『楽観的で明るい秋山琴音』はまたいつか心の奥底の箱に入れ、鍵をかける事になりそうだ。
私は桜の花びらが風で揺られたのを見届け、その場を離れた。
桜が完全に散りさった6月。諏訪に援軍を送るという話は立ち消えになった。そして、その2ヶ月後。諏訪は完全に消滅した。
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私は言葉にし難い喪失感を背負いながら、丸亀港でアスファルトで舗装された岸壁に叩きつけられる波の音を聞いている。
落ちていく夕陽がまるで平和の時間のタイムリミットと言わんばかりに、落ちていく。
諏訪に行く事を私は無謀だと切り捨てた。それでも、生き残って欲しいと願っていたのは嘘ではない。
(援軍に出ていれば何か一つは変わったのかな)
もしかしたら諏訪から四国まで避難できた可能性もあった。かなりのリスクはあるが、ゼロではない。
諏訪の勇者、白鳥さんは通信が切れる前、若葉ちゃんにこう伝えていたと言う。
『秋山さんのおかげでここまで踏ん張れました。感謝しています』
白鳥さんは若葉ちゃんから、諏訪に行くはずだったバーテックスを引きつけていたのが大阪であり、私だと言うことを伝えていたらしい。
一方的に感謝を伝えられ、顔も知らない少女たちの戦いは終わってしまった。
(私もきっと白鳥さんのおかげで、あの地下で1年間も粘れたんだよね)
私が感謝を伝えることはもう叶わない。この思いをどこにぶつけようか、そんなことばかり考えてしまう。
私が先日、大社の人から手渡されたスマートフォン。この中には勇者システムと呼ばれる機能が搭載されているらしく、今後はこのアプリを開けば着替えなくても勇者の戦装束が着ることができるらしい。
元はただのスマートフォンなので、カメラの機能ももちろん付いているらしく私はカメラアプリを起動し、夕陽を収めようとしたところで、スマートフォンが突如、本能に強制的に危機感を募らせる警告音を発した。
「うわあっ!?樹海化警報!?こんな感じなんだ」
急に音が鳴る物だから危うくスマートフォンを海に落としかけた。一息ついた所で、同時に街全体に警告音が鳴り響いた。世界の時が止まり、動けるのは私を含めた勇者のみ。
「白鳥さん。あなたの頑張りは無駄にはしません」
私は前を向き、スマートフォンのアプリを起動させる。白鳥さんの死は必ず無駄にはしない。話に聞いただけでも、白鳥さんは私の出来なかった皆をまとめるということをやってのけた。それだけで、私は彼女のことを心の底から尊敬することができる。
ふと、肩のあたりに微かな温もりを感じ、私は思わず強気な笑みを浮かべた。
「背中を押されたらやってやるしかないでしょ!!」
このバトンはきっと他の誰かに渡すべきもののように思う。それでも、似たような境遇を経験したんだ。今回ばかりは私に託してくれたと思っておこう。
私はその温もりを受け取ると、覚悟を決めて樹海化していく世界に飛び込んだのだった。