少女は星を追いかける   作:まんじゅう卍

18 / 52
第6話 変化〜破〜

 千景を乗せたバスは田園に囲まれた細い道を走っている。千景は外に目をやりながら、どうして自分は地元へと戻ろうとしているのかと自問自答した。

 傍らには千景の勇者としての武器である大鎌が大袋に収めて置いてある。この鎌は折りたたんで携帯できるようになっていた。

 千景は大社から与えられた休みを利用して地元の高知へと戻っているのだが、やはり何度考えてもあの場所に戻る理由が見出せない。

 

(もう私が…勇者になったことを……みんな知ってるのかしら…)

 

 千景たち勇者の勝利はメディアによって大々的に報じられた。大社はマスメディアを受け入れ、民衆の心を安定させる方法を選んだ。

 連日自分たちの事が報じられていたのは千景の記憶にも新しい。

 千景は窓の外の世界を見るのをやめ、自分を雁字搦めにする自問自答を振り払うためにカバンの中から携帯ゲームを取り出して電源を入れる。

 

(…このゲームは……吾妻さん…苦手と言ってた…かしら)

 

 俗に言うホラー系。ゾンビが突然襲いかかってくるのを撃ち抜くFPSだ。

 イヤホンを耳につけ、バスの走行音が消えるまで音量を上げる。それだけで千景の意識は現実世界から隔絶された。

 ゲームは千景の唯一の趣味だ。

 昔からこれだけが自分の支えであり、千景の心の防衛手段の一つでもあった。

 

(久しぶり…ね……。こうして1人で…ゲームをするのは…)

 

 そんな千景の大事なパーソナルスペースとなっていた所に平然と足を踏み入れてきたのが巫女の吾妻希望だった。希望は事あるごとに千景をゲームに誘った。千景自身、希望といる時間は不思議と何一つ苦痛ではなかった。希望の純粋な言葉は、千景の疑い深い心をすんなりと透過していったのだ。

 千景を香川まで導いたのは希望ではない。別のもう1人の巫女なのだが、今ではすっかりその巫女との繋がりはない。

 それに千景は友奈絶対主義を貫いている。友奈だけが、今の自分の生きる意味だと言ってしまいそうになるくらいにはだ。

 

(………全然…集中できない…わね)

 

 どうにも標準が鈍る。今までクリアできたような縛りプレイも今日はうまくいかない。

 シャットアウトしたはずの思考が僅かな隙間から顔を覗かせるのだ。

 

 千景の人生は地獄と言っても過言ではない。

 頭のうちをよぎる数々の出来事。発端を辿れば父親の家族を無視した自由すぎる生活ゆえの母親の不倫だ。

 話題の少ない田舎だからか、千景の両親の不倫の話は瞬く間に広まった。両親共々、村での立場は無くなっていった。

 千景もその煽りを受けた。道を歩けば陰口が絶えなかった。学校にいる時も虐げられ続けた。

 

 そして遂にある日。母親は不倫相手と共に村という閉鎖的空間から逃げ出した。

 そんな状況でも、両親は離婚しなかった。千景をどちらが引き取るかという押し付け合いがあったのだ。

 両者共にこう考えていたに違いない。

 

『千景さえいなければ、過去を切り捨て新しい生活を始められる』

 

 千景の存在を両親は呪った。

 

(私は……無価値で疎ましいだけなんだ…)

 

 千景は幼くしてそう悟った。

 その後も陰口は続き、千景は虐められ続けた。校内では誰1人と味方はいなかった。

 職員室に行けば先生たちから嘲られ、クラスメイトからは「阿婆擦れの子」「淫乱女」と読んだ。意味も理解していたのか今では怪しい。

 毎日のように荷物がなくなった。女子に囲まれて、服を脱がされ焼却炉で燃やされた。ハサミで髪を切られ、その時耳まで切られた。遊びと称して階段から突き落とされた。

 あの頃から千景の心を守るのはゲームだけとなった。ゲームの世界に没頭しておけば、何も考えなくて済む。全て切り離せる。

 

 何も聞こえない。

 何も聞かない。

 何も感じない。

 何も痛くない。

 

 ゲームに没頭して、ただ時間が過ぎるのをひたすらに待つ。

 待って。待って待って待って………。

 

 痛みは消えるどころか増えていった。千景が忘れることが出来ないほどに、痛みは鋭く深々と心を傷つけている。

 もはや焼印のようであった。

 

 バーテックスの襲来の日。母親は亡くなった。外の世界にいた所、バーテックスに襲われたのだ。

 不倫相手の男だけは生き残った。

 父親は1人自宅で千景の事など忘れ、自由に暮らしている。以前、勇者になりたての頃荷物を取りに戻るために実家に戻った。

 その際、父親は酔った勢いで千景を犯そうとした。実の娘にも関わらず。それ以来、千景は地元に戻ってはいない。

 

(そんなこともあったのに…どうして私は……)

 

 ゲームの電源を落とし、再び千景は物思いにふける。

 もしかして自分は、地元へと戻って皆に勇者になったことをひけらかしたいのかもしれない。自分のことをもしかしたら認めてくれるかもしれない。そんな気持ちがあるのだという事に気がついた。

 無価値な『物』から、少しは価値のある『人』と認められる。それは千景にとって、何よりも欲していた事。

 

(だけど……私は…………)

 

 今更戻って、居場所など与えられるのだろうか。皆、心から受け入れてくれるのだろうか。

 そんな疑問が次々と頭をよぎる。

 

(それなら……香川の…あの人たちの所にいた方が…私を認めてくれる……。一緒にいて…いいって…思ってくれてる…わよね)

 

 友奈と希望。その2人だけが、今の千景の居場所。

 多くの人に認められたい。それは間違いなく千景の中にある願望だ。だけど、認められなかったら?またあの地獄を味わう事になるのなら?

 そう思った瞬間、千景は地元からかなり離れた所で降車ボタンを押した。

 

「……降ります…」

 

 千景は大鎌を包んだ袋とそのほかの手荷物を持ってバスを降りた。

 きっと友奈や希望と話していれば、過去のことなどを忘れ去って生きていける。

 これで良かったのだと。自分に言い聞かせて。

 

 降りたバス停で折り返しのバスを待つ間。千景はもう1人のことを考えた。

 秋山琴音。乃木若葉と上里ひなたの幼馴染であり、大阪の人々を救って英雄と持て囃されている一つ歳下の少女。

 そんな彼女に千景は近しいものを感じている。それと同時に、千景の胸の内に宿る同担拒否。という感情が彼女のことを避けさせた。

 

(……秋山さんだけには……負けたくない…)

 

 初陣で醜態を晒したとは言え、次こそは琴音よりも戦果を上げる。

 千景の中で琴音に対する対抗心が燻り始めた。

 

(私…こんな……性格…だった…かしら)

 

 これまで何に対しても無関心を貫き、殻に閉じこもり続けた千景。それが誰かに対抗心なんてものを抱いている。

 千景は勇者となってから、自分の中にある変化を徐々に感じ始めていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 あまりにも早く丸亀城に戻ってきた千景に友奈は目を丸くした。

 

「郡ちゃん早いお帰りだね!もっと遅くなると思ってたよ!」

 

 友奈は千景が早く帰ってきてくれたのがとても嬉しそうだ。

 千景はそんな友奈に小さく頬を緩めた。

 

「気分が……やっぱり乗らなかった…のよ」

 

 2人の会話に先程までフルートの練習をしていたのだろう。フルートを持った希望が加わってきた。

 

「私とそんなにゲームやりたかったんだね。千景ちゃんいない間に練習しようと思ったのに」

 

「いつでも…対戦くらい……してあげる…わよ。でも、いいの?ゲームばかり…して。フルート…練習しなくて」

 

「フルートの腕はむしろ上達してますので問題なしです!」

 

 友奈に負けないくらい元気に答える希望。

 千景の視線はふと、希望の奥にいる2人に移った。

 様子からして、希望は若葉と琴音に演奏を聴いてもらっていたのだろう。

 

「お帰りなさい。ちかちゃん」

 

 琴音はそう言って千景に近寄る。その顔を張り付いている笑みは本物か。はたまた偽物か。千景にはやはり奇妙なものに見えて仕方がない。

 琴音の隣に若葉が並び、同じような言葉をかけた。

 

 『お帰りなさい』。そう言ってくれる場所が今まで千景にはあっただろうか。

 生まれながらに両親から忌み嫌われ、誰からも愛されずにここまで生きてきた。

 

(………私は…勇者になって……ようやく認められた…。勇者でいれば…ここの人たちは…私に居場所をくれる……)

 

 そこから千景は球子と杏とも少しだけ言葉を交わした。千景は球子が少し苦手だったが、今日は不思議と自然に話すことができたのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 その次の日。2回目のバーテックスによる侵攻が始まった。

 

 初陣以上に数は多い。だが、千景は恐怖していなかった。

 大鎌を振るい、次々に敵を撃破していく。千景の隣では友奈がその拳で敵を粉砕していた。

 

「今日のぐんちゃん絶好調だね!私も負けてられないよ!」

 

 友奈らしい感想に思わず頬が緩む。

 

「おおー!ぐんちゃんが笑った!私、それだけで頑張れそう!」

 

「私も…高嶋さんがいれば…頑張れるわ……」

 

「よしっ!それじゃあ、このまま全部倒しちゃおう!」

 

 友奈にコクリと頷き、バーテックスの群れを見つめる。

 

(私が…1番多く倒して……皆に認めてもらう……。1番活躍すれば…私の居場所は…守られる……)

 

 千景は跳躍してバーテックスの群れに突っ込んだ。そして、その大鎌を振るい次々に両断していく。

 感覚はゲームだった。切り裂いたバーテックスたちは奇妙な呻き声をあげて消えていく。それはゲームのゾンビの断末魔に似ていた。

 

(…過去を思い出すことなく……ここで幸せに過ごす……。そのために……)

 

 どんなことだってしてみせる。自分の価値を周りに示せるのならば。

 

 千景の目は集合しだしたバーテックス達をとらえた。進化しようとしているのだ。

 

「あいつは……私が殺す……!」

 

 千景は内側に意識を集中させ、神樹の概念的記録にアクセスする。そこから力を抽出して、自らに宿すーーーーー。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 私は遠方から【生弓矢】を駆使して前線で戦う皆を援護していた。

 1番戦場を見渡せる位置につけていた私は、千景さんと友奈ちゃんのいる方を見た。

 神樹のエネルギーが千景さんに集中している。精霊をその身に宿しているのだとすぐに気がついた。

 そしてその先には進化体のバーテックス。その進化体は口のような器官だけをそのままに大きくなったような形をしている。

 

「おっきくなっただけかな?いや、そんなわけ……」

 

 進化体は口を大きく開けると無数の矢をタマちゃんと杏ちゃんに放つ。その矢をタマちゃんは旋刃盤を楯にして塞ぐ。かなり危なかった。あれを食らえばいくら勇者といえどひとたまりもない。

 進化体は次の標的を千景さんに移した。まだ千景さんは完全に精霊を降ろしきれていない。友奈ちゃんもいくらなんでも拳で相殺するのは不可能だ。

 

「私もさすがにあれは全部捌けないぞ」

 

 だが、やるだけやるべきだろう。私はその場から飛び出すと【生弓矢】に6つの矢を同時につがえた。

 先程の2人に対する攻撃を見るに、かなり矢はばらつきがある。千景さんの前に立って撃ち落とすことは全然可能だ。

 

 私も精霊の力を使えばの話ではあるが。

 

 2連続使用は考え得る限り、最悪の選択肢だ。精霊の力は危険だから連続使用するな。と先日大社から言われたばかり。しかし、それしかない以上私は精霊の力を宿す。

 

 宿した精霊は『真田幸村』。以前一度大阪で使用したことがある精霊だ。本来はあの場限りのものであったはずだが、私は縁という形で呼び出す事に成功した。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

 千景は自分に進化体の標準が移った事に気がついた。まだ精霊は降ろしきれていない。

 ここでやめても大きな隙ができるだけ。千景の唯一の選択肢は切り札を使うことを1秒でも早める事だった。 

 

(……このっ!…私は……私は……っ!)

 

 千景の額を冷や汗が伝うのと同時に、千景の前に人影が飛び込んできた。

 

「ちかちゃん!そのまま続けて!私が全部撃ち落とす!」

 

 今回の戦い、遠距離から援護すると宣言していた琴音が弓を構えて千景の前に立ち塞がる。

 琴音の周りには鎧に身を包んだ兵士がずらっと並んでいた。琴音はバーテックスが矢を放つタイミングで号令をかけ、その兵士は琴音の合図と共に鉄砲を撃つ。

 

(……すごい………)

 

 琴音と兵士は千景に向かっていた矢をほとんど撃ち落とした。しかし、全ては捌ききれず、一部が琴音の足に深々と刺さる。

 琴音は足から流れ出る血など構う事なく、千景を見た。

 

「行って!」

 

 同時に千景は精霊を降ろし終わる。そして進化体へと特攻を仕掛けた。

 

「あれ!?ぐんちゃんの数が増えてる!?どゆこと!?」

 

 友奈が驚きの声をあげるのも当然と言えた。千景は特攻を開始し、敵に迫るとその姿は1人でなく7人になっていた。

 千景が抽出した力は『七人御崎』。その力を纏った千景は7つの場所に同時に存在でき、その7人が同時に消えない限り死ぬことはない。

 7人同時に殺させることなどほぼあり得ない。

 どんなに矢が襲おうとも、千景は進化体に攻撃を続ける事が出来た。

 

 千景の使用する大鎌は【大葉刈】と呼ばれる。神話の時代。1人の農耕の神が友人の死した後、その喪屋を怒りのままに切り捨てるという暴挙を起こった際に使われた武器。

 死者をも冒涜する呪われた武器。

 

(死ぬには……ふさわしいでしょう…?)

 

 10体近くが落とされても、千景は健在だった。遂に7体同時に進化体の懐に入り込んだ。

 同時に振り下ろした鎌は7箇所に深い傷を与え、進化体バーテックスは粉々に砕け散った。

 

 そしてその日、襲来したバーテックスは100体。その全ては一掃された。

 勇者達二度目の戦いは大勝だった。千景も多くの敵を倒した。他の勇者達も1回目とは比にならないほどの戦い振りをみせた。

 それでも敵の過半数を倒したのは今回も若葉と琴音だった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 

 

「いたたたたた……。ちょっ!痛いっ!痛いって若葉ちゃん!」

 

「このくらいキツく縛らねば止血ができないのはわかってるだろう。全く。無茶をするものだ」

 

 樹海化が解けた後、私は救護班の人たちが来るまでの間、足の傷から流れ出る血を止めるために若葉ちゃんから応急処置を受けていた。

 私も精霊を宿し、強化されていたためか思いのほか、傷は浅い。

 

「しかも精霊まで降ろして。気をつけろと言ったではないか」

 

「無我夢中だったから。ま、ちかちゃんが進化体倒せたからオールオッケー」

 

「適当だな」

 

 そんなこんなで若葉ちゃんは私の処置を終える。

 当然の如く、救護班が到着すると私は病院へと連行されたのだった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。