若葉は来た道を思わず振り返る。あれから数日間、若葉達は歩いて長い時間をかけて南東に進んだ。ひなたの指示通りに進めばあの白い化け物と会うこともなく、遭遇しても若葉がいれば倒すことができた。
しかし、日が一度も昇らなくなり、世界全体がまるで覚めない夢のようになってしまった。
歩き続けると自ずと崩れ去っていった世界の様子をその目に焼き付ける事となる。水没した建物。原型を止めずに砕け散ったアスファルト。そしてそこに塗りつけられたかのように飛び散った死体の山々。あちらこちらで火の手が上がり、煙が濛々と立ち込めている。
若葉達は悟った。私たちの世界は奪われてしまったのだと。
それとは別に若葉はどうしても後で合流すると言って殿を務めた幼馴染が気がかりだった。あれから何度も何度も何度も後ろを振り返った。しかし、何度振り返ったところで見える景色は変わらない。
「若葉ちゃん……」
「わかっている……。私たちは、信じるだけだ」
若葉は視線を前に戻す。目の前には門のように聳え立つ巨大な橋。それが一つの鳥居のような風貌へと、瀬戸大橋は姿を変えてしまっているように見えた。
若葉はまたどうしても振り返りたくなる衝動を抑え、瀬戸大橋の内側へと足を踏み入れたのだった。
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「ぷはっ!けほっ!けほっ!うう…酷い目にあった……」
あれから私はと言うものの若葉ちゃん達が進んだ逆の方向にあの化け物どもを誘導したのはいいけど、地理を把握しておらず山へ山へと入っていってしまい、挙げ句の果てには追い込まれ、苦渋の決断で自ら川に落ちるというのはどうも締まらない。
救いだったのは川の流れが緩やかであったことだろう。そのおかげで対岸に捕まることができたわけなのだが、全身濡れ鼠で夏場だと言うのにちょーっと風が吹くだけで寒いったらありゃしない。
先程まで化け物と交戦していた際の高揚感はいつのまにか消えており、今私に残ったのは寒気のみとなった。
「何が最悪かって川の中にも死体がある事だよ……。胃の中のもの普通なら吐いてるよ。全く……」
悪趣味な世界だ。吐き捨てるように漏れ出た言葉は虚しく私の周りを浮遊している。
化け物の気配がないことを感覚だけで感じとると私は一度服を全て脱いだ。戦場において装備を取るなどもってのほかではあるが、今の私にそれがわかるわけもない。
「………何か目覚めそう」
下着も取って生まれたままの姿になると外だからだろうか。謎の背徳感と開放感に私の全身が包まれた。これは非常によろしくない。混沌とした世界がさらに混乱の渦に叩き込まれる事間違いなしだ。
何やってんだ私。と自我を取り戻した私は服が吸い込んだ水を搾り、まだ濡れているその不快感に歯を食いしばりながら再度衣服を身につけた。
「うええぇ…。きもぢわるい」
ひんやりと濡れた衣服が肌にべったりと張り付き、全力で私の脳を焼き殺しにくる。
街に出ればかろうじて衣服の一枚くらいは残っているだろう。そう思わなければやってられない。
「というか私、これからどうしよう」
私はこの先、何一つ情報がないまま進まなければならないことにようやく気がついた。
どうしたものか。一瞬だけ悩んだ後、私はすぐに顔を上げる。
「迷ってても仕方ないし、とりあえず歩くか。川が流れてる方向に行けばどこかには辿り着くかな」
そうはいっても馬鹿な私に確証が持てるはずもなく……。
私はおもむろに足元にあった木の棒を拾うとその場に突き立てた。そう。あの倒れた方向に進むというやつである。
何を馬鹿なことをと言いたければ言えばいい。私の中に生きる直感は私に告げたのだ。こうしろと。
しばらく棒はゆらゆらと揺れ、その行き先を熟考していたようだったが唐突にパタン。と枝の先を倒し、私に進むべき進路を教えてくれた。
「えっーと、方角的には南東?」
ここが今も島根だとするならば間違いさえ起こらなければ四国へと戻ることができる計算になる。
「もしかして奇跡起きちゃった?さすが私!」
思わずガッツポーズ。楽勝よ楽勝。なんて思いながら私は歩き続けた。何日も何日も絶え間なく。楽勝なんて思った旅路はそんなことはなかった。誰も近くにいない。それは何よりも私には辛かった。お腹が減れば破壊されたコンビニから食べられそうなものを盗んでみっともなく生き繋いだ。太陽も昇らない不思議な世界となってしまったがために、西も東もわからない。歩けば瓦礫と死体。心が擦り切れないわけがない。
唯一の救いと言えばあの化け物にはこれまた奇跡的に遭遇しなかったことだろう。そして私はようやく足を止めた。私は破壊され、道路に無惨にも転がった標識を見て目が点になった。
「………あはは。いや、確かに明らかに道は間違えていたのはわかってたけどさあ」
刻まれた文字は『大阪』。私はとんでもない場所に足を踏み入れてしまったらしかった。しかもかなり中心にまで来ていたらしく、建造物は見たことがないほどみんな高い。
(普通に気づけよ私!)
まだ大丈夫でしょ。なんて思いながら歩き続けるものではない。楽観的であるにも程がないでしょうか。でも多分私はまた同じ失敗を繰り返すのですよね。はい。
「それにそりゃいるよね。大阪だもん」
白い見覚えのある影がビルの隙間から顔を覗かせたのを視界が捉える。私は弓を構えて攻撃態勢を整えた。
若葉ちゃんと離れてから初めての戦闘。今はもう、前で戦ってくれる親友はいない。全て1人でこなさなければならないという実感が私に襲いかかり、空気を張り詰めさせた。
矢をつがえ、標準を合わせて力一杯に弦を引き絞る。射程圏内に入った瞬間に解き放とうとしたところで私の中に再びあの疑問が湧き上がった。奴らに知性はあるのか。それがはっきりとしない今、幼いながらに私の中に渦巻く懸念。疑問と懸念。その二つさえあれば私をその場に留めさせるには十分すぎた。
(あいつが囮っていう可能性は?)
経験上奴らは基本集団で人を襲っていた。単独行動をすることの方が可能性としては低いのではないか。
(こればっかりは楽観視するのは良くないよね)
一つのミスが死につながる。これまでミスするのは怖くなかった。ミスしたところで次に繋がるいい機会になるからなんて軽く思っていたから。それが通じない世界になるとは私も誰も思うまいて。
(…………ええい!やってやんよ!一体来ても二体来ても変わりゃせんわ!!)
迷うのも私らしくない。こんな世界になってしまったからこそ自分を見失わないようにしなければいけないしね。
『私は私らしく』
若葉ちゃんの信念が何事にも報いをだと言うならば私の信念はこれだ。今、そう決めた。
これ以上ないほど引き絞られた弓は遂に限界値を超え、矢を解き放つ。矢は風に流されることなく真っ直ぐに飛び、風を切り、化け物を射抜いた。
化け物は相変わらず神経に触れそうな不快な呻き声をあげて絶命する。その瞬間を見届け、私はやってやったとばかりに胸を張った。
「よしっ!」
喜ぶのも束の間。すぐ仲間が来てもいいように身構えた。一体ならば戦い、二体来たなら逃げる。自分の中でそう決め事をした。
息を殺し、その時が来るのを待つ。そして耳に飛び込んできたのは自分の悲鳴ではなく、まさかの他人のものだった。
「ええっ!?人!?まだいるの!?」
あまりの予想外のことに私の喉からは素っ頓狂な声が飛び出した。居るのならば是非とも合流したいところではあるのだが、状況的に多分襲われてますわねこれ。
「何を呑気な。助けに行かないと」
声のした方に向かって私は走り出した。距離にして100メートルあるかどうか。瓦礫を超え、曲がり角を曲がったところで私は声の主の下へと辿り着いた。
そこにいたのは私とそう歳の変わらない少女が1人、腰を抜かして座り込んでいた。
「だ、大丈夫!?」
「ひっ!?」
私が声をかけると少女は私の正体があの化け物にでも見えているのか蟻よりも遅い速度でじりじりと後ろへと下がる。それを見て、私は慌てて彼女に弁明した。
「私人間だよ!アイアムヒューマン!」
出てきた言葉はなんと酷いものか。それでも少女の目からは恐怖の色は徐々に消え失せていった。
「えっ?ほん、と?」
「ほんとほんと。私は秋山琴音。先日まで訳あって島根にいたんだけど大阪にたどり着いちゃった流浪の……」
「流浪の?」
私が詰まった所に対して、こてっ。と可愛らしくその首を傾ける少女。こいつ結構あざといな。さぞかし男受けも女受けもよろしいことでしょう。羨まけしからん。ちなみに私は浮いた話の一つもありませんとも。
そんなことはどうでもいい。何かそれっぽい言葉を言って繋げなければ!
困った私の口をついたのはパッと頭に浮かんだ単語だった。しかもそれが思いつきとは言え、妙にしっくりと来るものだから変な話だ。
「あー、えっと、勇者!勇者です!」
「勇者?」
「そう!勇者!私はあの化け物を倒して回ってるんだ。さっきは大丈夫だった?」
(見栄張っちゃったよ私の馬鹿〜!)
戦闘経験ほぼ3回で何を倒して回っているなのか。回っているどころか偶発的に遭遇したものばかりである。
ただその少女は私の言動に疑問を抱くことなく、その大きな目を輝かせた。
「さっきの化け物、あなたが倒してくれたの?」
「う、うん。そうだけど。証拠の弓もあるよ」
私がほれ。と弓を体の前にずいっと押し出すと少女は更にその目を輝かせる。なんだかその様子に私は嫌な予感を感じた。とてつもなくめんどくさそうな事に巻き込まれるのではないかと。
案の定、私の予想は正しかった。少女が私の手をガシッと突然力強く握る。私はその子の目を真っ直ぐと見られなかった。今だけは期待と羨望の眼差しが痛い。
「お願いします!私たちを助けてください!」
「えぇ……」
「貴女にしか頼めないことなんです」
「うっ。そう言われると弱いものがあるけど……。私、四国に戻りたくて」
「今すぐにですか?」
「それはそうだね。待ってくれてる家族も友達もいるから」
「そう、ですか」
そうはいっても彼女の側にも譲れないものがあるのか私から目を逸らさず真っ直ぐに私を見据えている。身長もそう変わらないので私の目に直接彼女の視線が飛び込み、少しくすぐったい。
「何か事情でもあるの?」
「こんな状況下ですよ。ないわけがない」
「おぉう。確かにそりゃそうだ」
「今、多くの人々はここの地下。梅田の地下街でなんとか怪物からその身を守っています。……今はかろうじて秩序は保たれてますがそれも怪しい。電気も、水も、薬も食料さえも無いに等しいから、いつ暴動が起きてもおかしくなくて」
「それを私にどうにかしろって?」
「人と言うのは希望があればまだ耐えられます。だから、貴女に」
「私なんかが希望かどうかはさておき……。そこの人たちは外に出る気はないの?」
「……はい。と言っても意見自体は二分化されてます。出て食料をと言う人と外に出るのは怖いからこのままここに閉じこもっていようという感じで」
「君はでも、外に出てるけど」
「私は…。勝手に飛び出して来ちゃったんです。友達の妹がひどい風邪を拗らせて。薬と栄養がないと死んでしまうって」
だけど自分たちが生き残るためにその地下のリーダー格の人物たちは薬と食料を渡すことを拒否した。だからこんな無謀なことをするしかなかった。そう言って唇を震わせる彼女には悔しさが滲み出ていた。
自分の身を犠牲にして赤の他人である人のためにここまでしている彼女を見ていたら心はどうにも揺らいでしまう。
私が今すべきことはもしかしたらこの子達を助けることなのかもしれない。そんな風にも思ってしまった。
(しとけばよかったなんて後悔はしたくない)
私は胸の内で待っていてくれているであろう2人の幼馴染に謝ると改めて彼女に向き直った。
「わかった。私なんかでよければ協力する」
「本当!?」
「うん」
「ありがとう!」
パッ!と今までの浮かない顔に綺麗な花が咲き誇った。その笑顔はこの暗い世界でとびきり輝いて見える。思わず、私は彼女に見惚れた。
「まだ私が自己紹介してなかったね。私は吾妻希望。12歳だよ。よろしくね」
「おっ。同い年じゃん。なら、これからはタメ口で行こうよ」
「もちろん!」
あがつまのぞみ。その名前が私の中に緩やかに馴染んでいった。私は思う。彼女のその明るい笑顔だけでこの世が救われるならどれだけいいかと。それでもきっと、彼女の友達も彼女の存在を一つの『希望』と感じているに違いない。そんな彼女の『希望』に私がなれるのなら俄然やる気も湧くと言うものだ。
気を取り直して私はここに留まり続けるのは危険だと判断し、ひとまず薬があるはずの薬局跡地を目指す事にした。
「私、ここの地理感覚わからないから任せてもいい?」
「ガイド役だね!わからないことがあったらなんでも言ってよ!」
「頼もしすぎて涙出そう」
私の軽口にケラケラと希望は笑った後、隣に並んで共に一歩を踏み出した。私は久しぶりに誰かと居られる事が嬉しかったのかその足取りは大阪にたどり着く前より相当軽くなっていた。
「あっ。私より前に行かないでね。それと周りにちょっとでも変化があったらすぐ教えて」
「了解。私、視力には自信があるから」
「私も自信あるよ。なんたって2.0だからね!」
「0.1負けた!?」
それからも言葉をいくつも交わしたが、私と希望の相性は非常に良かったと言わざるを得ない。
緊張感の欠片もない私と希望を見たら若葉ちゃんはなんと言うだろう。私らしいと認めてくれるか、はたまた説教されるか。
(説教される事になったらひなたちゃんが止めてくれるかな)
その光景を想像するだけで笑みが溢れそうになる。それと同時に2人に会えない寂しさが沸き起こる。楽しさと寂しさ。相反する二つの感情が行っては来たりした。
「大丈夫?」
希望の声で現実に戻された私の目には私の顔を覗き込んだ希望の顔が広がっていた。まじまじと見るとその顔立ちは綺麗すぎるほど整っていて、私が一緒に写真に写り込んだ暁には霞んで消えていってしまうだろうとさえ思わされた。私と言えば……これ以上はよしておこう。珍しく陰鬱な気持ちになる。
ちょっと寂しいとか思っていたら容姿でダブルパンチを喰らう事になるとは予想外だった。
「もしかしてだけど琴音って休まずここに来てる?」
さあっとその美しい顔から血の気が抜けていく。私は嘘をつかず、素直に頷いた。私がどうしたんだろう。とボケーっと希望を見つめていると、希望は深々と腰を折った。
「ごめん!私、自分のことで精一杯になってて、琴音のこと何も考えてなかった」
私はここでようやく合点が言って、あぁと口の端から声が漏れた。
「気にしなくていいよ。んー、まあ疲れてるのは確かだけど」
「疲れてんじゃん」
「そうだけど。今は希望の友達の妹さんが危ないんでしょ?なら、私の疲労感なんてどうでもいいよ」
ほら。案内再開してよね。そう言って軽く希望の肩を叩いた。希望は渋々といった様子で再び歩き始める。
私としても避難できる場所があるなら早めに戻ってもらったほうがありがたい。希望もそのほうが安心できよう。
それから5分ほど歩いたところで目的の場所に辿り着いた。しかし、建物は限界はかろうじて留めているとはいえ、今にも崩れ落ちそうだ。
「これ、本当に薬局?」
「見たらわかるじゃん」
「えー、そう〜?」
怪しい。ニヤリと笑って漏れたそんな呟きは風に吹き飛ばされた。建物に入るとやはりそこかしこに人の形をしていたであろう者たちの残骸が散らばり、死臭が充満していて気分が悪くなる。
希望は気にならないのか。チラッと横目に見てみると、必死にその光景から目を逸らそうとしていた。
「今だけは無視して進もう。こればかりは慣れるしかないよ」
「そ、そうだね」
先陣を切って建物内に入り、目的の棚にたどり着くと私は関係のなさそうなものは放り投げてそれっぽい箱をいくつか見繕った。
「風邪薬と言っても色々種類あるけどさ。どんな感じの風邪なの?」
「とにかく発熱がひどい。咳も出てるかな」
「そうなるとこれとこれとこれかな」
私が選んだのはかの有名企業の出している信頼性の厚い解熱剤と咳止め。あとは清潔感がある程度保持されているのを確認した栄養補給ドリンク。
ここにあるもの全て持ち帰れてもきっとその地下街の全員には行き渡らないのだろうなあ。と思うとそこを支配している人たちを殴りたくなった。自分本位もいい加減にしろと言ってやりたい。
「詳しいんだね」
そんな考えを起こしながら薬の箱を眺める私に希望は言った。私はゆっくりと立ち上がるとそれには何も答えず建物の外に出る。
希望は困惑した様子を見せながらも小走りで私に追いついた。化け物が来てもいいよう、弓を構え臨戦体制を敷いたまま、外に出る。
「あとは希望を避難所に戻すだけだね」
「案外すんなり済んだからこれからも大丈夫だよ」
「どうしてそんなフラグみたいなことを言う!?」
いくら楽観視の権化たる私と言えどそこまで綺麗にフラグを建築したことはない。
希望は口を抑えてあわわっ。と狼狽えたと思ったら私の方を振り向き、舌を少し見せ照れた様子を見せた。
(このっ!可愛いな!)
この余裕、私も少し見習いたいところである。
弛緩した空気が流れる中、ぴくりと希望の身体が固まった。私も同時に背後に異変を感じ、弓を構え矢をつがえると振り向き様に矢を放った。
すると残り数メートルのところにまであの白い化け物が忍び寄って来ており、その不気味な口を大きく開けていた。矢はその口の中に吸い込まれるように飛び込み、内側から化け物の身体全体を破壊する。
弓を持つ方の私の手はカタカタと小さく震えた。完全に油断していた。もしあのまま気づかずにいたら自分の胴体は今この場に無かったかもしれない。そう考えるだけで自然と呼吸が浅くなった。咄嗟に動いた自分の体を褒めてやりたい。しかし、それ以上に恐怖が勝った。
「い、生きた心地が、しな、かった」
無意識のうちに漏れ出た言葉は紛れもなく本心だった。跳ね続ける心臓に沈まれと言い聞かせると次第に落ち着きを取り戻してくれた。
完全に落ち着きを取り戻した頃、希望と2人で顔を見合わせるとなんだかムクムクと笑いが込み上げ、仕舞いには2人とも吐き出した。
「あはははは!本当に来るなんて!」
「くくっ!ははははは!ほんと、冗談みたいな話だよ!」
2人の場違いな明るい声が廃墟を介してこの暗い世界に反射する。響き渡った笑い声はまるで私たちなりの反攻の合図を告げる鐘のようだった。
それからひとしきり笑い合った私たちは今度こそは同じ失敗をしないように気を引き締め、希望の案内に従って私は地下にある避難所へと向かった。
その道中、合計6体の化け物に遭遇したがどれも被害を生まずに撃破することができ、避難所の入り口に無事到達した。
避難所の前には簡素なバリケードが敷かれており、私と希望は一部に隙間を作り中に潜り込む。私はバリケードに触れた時に思った。この簡素すぎるバリケードは島根のあの神社よりも材質は脆い。化け物どもはこのくらいのバリケード容易に破壊できるはずなのに目を向けているのかどうか怪しかった。
「琴音、早くしないと危ないよ」
「あ、うん。わかってるよ」
私の楽観的な性格ですらこの事実には違和感を覚える。奴らは最初の時、建物に人間が居ると知りながら神社の屋根、壁を食いちぎった。その事を考えれば地下に人間が居ることなどわかりきっているだろう。
これまでの行動パターンを見ればあの化け物どもの生存する意義は人類を殺すことで間違い無い。
(……私、本当にここにとどまって良かったのかな)
嫌な予感がどんどんと遠い場所から私を追いかけて来ているような感覚を私は覚えた。背後を振り返ったらきっと後悔する。そう思った私は必死にその後ろから迫る気配から目を逸らした。
ただ、私のその嫌な予感というのは理不尽にもよく当たってしまう。
地下を進み続けるごとに後ろから迫って来ていたものが現実という逸らすことが不可能なものであると気付かされた。
(あぁ、これはなんと形容するのがいいんだろう)
外の世界よりも真っ暗で狭い空間の中で多くの人がその身を寄せ合っている。目には生気がなく、鼻をつくのは酷い異臭。そしてそれを誤魔化そうと必死になって焚かれたお香のような匂い。それが組み合わさり合って吐き気を催す。どこからか聞こえてくる赤子の鳴き声。それを力のない声で宥める母親。それを罵倒する男の声。誰もそれを止めようとはしない。
恐怖で気が狂ったのかずっと笑っている女。
(これが現実?)
私は隣を歩く希望に目だけでそう問いかけると希望の表情もどんよりと陰りが見えている。
私はそんな希望からも視線を外すとようやくこれをなんと呼ぶべきなのか、正しい表現が見つかった。単純明快であまりにもわかりやすい言葉をなんで私は見つけられなかったのかと内心バカにする。
ただ、その理由も単純明快だ。この世全ての負の要素を煮詰め込んだ光景を認めたくなかったから。その一点に尽きた。
(ここは、地獄か?)
ただこれは序の口に過ぎなかったと私は後から知ることになる。本当の地獄は私の目にはまだ見えていなかった。