3回目の襲撃を退けた私たち。自分で言うのもなんだが、前回の襲撃も私と若葉ちゃんだけの力で退けたようなものだった。
それを誇りと思うかという問いには私は「NO」を突きつけたい。
私はこのままではいけないと言う危機感を持っている。どこかで私たちは大きく躓く。そう思えてならないのだ。
その不安は以前、杏ちゃんには漏らしていた。
「ふぅ……」
私のため息と共にカポーンと言う大浴場のみで聞くことのできるあの独特の音が露天風呂の湯気の中に響き渡る。
このため息は未来への不安か、果たしてただリラックスしているだけなのか。私にはどちらにも思えて仕方ない。
「久しぶりの温泉。気持ちが良いな。琴音」
お湯に浸かりながら、私の隣で上機嫌な若葉ちゃんが鼻歌を口ずさむ。
そのまた隣では2人の幼馴染の様子を微笑ましげに見守るひなたちゃんもいた。
「若葉ちゃん。おじさんみたいですよ」
クスクスと笑いながらひなたちゃんは言うと、若葉ちゃんは見たことがないくらいふやけた顔で「これも温泉の魔力というものだ」と更に溶けて行っていた。
この人、私もたまにわけがわからなくなるくらいには気持ちが抜けて「この人誰だ?」となる。まあ、気持ちを張りすぎるのも問題というもの。その点私はこんな時でも未来への不安に苛まされているので未熟なのかもしれない。
「にしてもこの先しばらくバーテックスが来ないとはありがたいよねぇ。おかげでこうしてゆっくりとできる」
既に季節は冬。1月に入っていた。なんと神託によるとバーテックスたちの侵攻はしばらくないとのことだった。
希望には「2人がよっぽど化け物すぎて怖くなったんじゃないの?」と顔を引き攣らせながら言われたのは記憶に新しい。
まあ、そんなこんなで私たちは休養することを許され、大社によって高松市にある温泉宿に貸切で宿泊させてもらっている。
「ほんといつもじゃ考えられんくらい顔緩んでるね若葉ちゃん」
私が若葉ちゃんの顔を突こうと手を伸ばした時、露天風呂の扉が勢いよく開けられた。
そちらに目をやると友奈ちゃん。タマちゃん。杏ちゃん。千景さん。希望が姿を現す。
「やっぱり抜け駆けしていたなっ!タマが一番風呂になろうと思ってたのにっ!」
「…土居さんが、館内を探検する、と言ったからじゃない」
「それは言わない約束だ千景っ。と言うわけで4番目はタマのものだーっ!」
「4番目でいいんだ」
駆け出したタマちゃんの背中に真顔で言葉という刃を突き刺す希望さん。希望よ。それは言わないであげるのが優しさというものではないのではないか。
「タマッチ先輩、走ったら危ないよ!」
私が希望の一連の流れに乾いた笑いを向けている中、タマちゃんは杏ちゃんの静止を無視して走り出した勢いのまま温泉にダイブした。
それを追いかけるようにしてため息を吐きながら杏ちゃんもゆっくりと温泉に入る。
その後、友奈ちゃん。千景さん。希望も続いてお湯に浸かる。
私は後から入った3人の方にお湯を掻き分けて歩いて行き、希望の隣に腰を下ろした。
「なんだか修学旅行みたいで楽しいね」
お湯に浸かってリラックスしながら、友奈ちゃんが呟いた。それに私と希望は頷く。
しばらく4人とも無言で温泉を楽しんでいたのだが、やけに希望からの視線を感じそちらを向く。
「あまり裸をじっと見られると私恥ずかしいなあ。きゃっ!」
「き、気持ちの悪い声を出さないでよ。そんなキャラでもないでしょうよ。……なんで琴音、温泉の中でまで包帯巻いてるの」
色々と私の様子に呆れたのか希望は私にそう言った。
「傷見られなくないからに決まってるでしょ」
「決まってるんだ」
「何年一緒にいるのさ」
「約3年」
「まだ3年なんだ。え、まだ3年?」
もっと長いこと一緒にいると思っていたのにまだ3年だということに驚きを隠せません。
「相変わらず仲…良いわよね…2人とも」
「それほどでも〜」
「千景ちゃんと友奈ちゃんも仲良いと思うよ」
「だって!褒められちゃったね!ぐんちゃん!」
「高嶋さん…。そう、ね。嬉しいわ」
これまた嬉しそうに千景さんは頬を緩めた。顔もどこか赤い気がしているがきっとお湯が熱いせいで顔が火照っているのだろう。
私たちがのんびり温泉を堪能していると、私は突然背後から何者かによって胸を掴まれた。
犯人の手が戸惑ったように私の壁をスッと撫で下ろした。手の動きが気持ち悪すぎるのはさておき、私はこの犯人が今思ったことを代弁してやろう。
「…………全然ないとか思ったろ貴様」
私は振り返ってその犯人の手を逆に掴む。
「ひいっ!?」
タマちゃんが見たことないくらいに頬を引き攣らせ、恐怖という感情を表に出すほどには私の顔は怖かったらしい。
何もせずに帰すのも癪なので私は希望を手招きする。希望もすぐに理解したのか中指という名の銃弾を装弾する。
「ちょっ!タンマっ!」
逃げようとしたタマちゃんを私は背後に回り込んで肩をガッチリとホールドする。
「どうだ。嬉しいだろう?後ろからまな板を押し付けられてよお!」
「自分で言ってて悲しくならないかそれっ!?」
「やれ、希望」
私の合図と共に希望の指から放たれる極大のエネルギーがタマちゃんのおでこを襲った。
「いったああああああああっ!?」
タマちゃんの腕でももぎ取れたのかと思うくらいの悲鳴が露天風呂を震わす。
だが、彼女に同情の視線は誰1人と向けていなかった。因果応報。きっと誰の頭にも同じ言葉がよぎったには違いなかった。
この時の悲鳴は温泉宿のある高松市中に響き渡ったとかなかったとか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
温泉から出た後はそれはもう豪勢な料理が振る舞われた。ちょっと引くぐらいには。
残すのもこのご時世とんでもないことなので平らげた後、私たちは友奈ちゃんの提案でカードゲームに勤しむこととなった。
「何する?爆発でもするか?」
「若葉ちゃん、テンション壊れてない?大丈夫?」
よくわからない方向でぶっ飛び始めている幼馴染は置いておいて、実際カードゲーム。トランプで何をするかは決めなくてはならない。
「大富豪とかどう?実力と運を兼ね備えた最強のカードゲームだと私は思うんだけど」
私の提案に意外にも乗ってきたのが千景さんだった。
「…良いと…思うわよ…。私は…」
「それなら大富豪やろうよ!次のゲームはそれから考えればいいよ!」
友奈ちゃんの後押しもあり、大富豪をすることに決定した。
シャッフルは得意そうな千景さんに任せて、私はひなたちゃんの方へ身体を寄せた。
「どうしたのですか?琴音さん」
「んー、なんとなく?」
「ふふっ。なんですかそれ」
ひなたちゃんは微笑を浮かべながら私の不自然な動きを受け止める。ただ、ひなたちゃんもどこかで察してくれたのだろうか。そっと私に耳打ちした。
「相談事があるなら後で聞きます」
「ありがとう。助かるよ」
ひなたちゃんに頷き返し、私は所定の位置へと戻る。戻る頃には既にカードは配られており、今か今かと勝負の時を待っていた。
「それじゃあ…始め…ましょうか」
千景さんが開始の合図をだす。その時、目の奥が輝いていたのは私の目の錯覚か。
こうして勇者大富豪大会の幕が開けたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いやちょっと待ってくださいな。若葉ちゃん?あの、あなたあまりにも豪運がすぎませんか!?」
「偶然手札に先程からいいカードがたくさん来るからな。それに、やるからには勝たねば意味もなかろう」
そう言いながら若葉ちゃんは2とjokerを合わせて4枚場に出す。誰の手元にも2が無かったのはそう言うことだったのかと今理解した。そりゃ皆怪訝な顔をする。
「革命!?」
希望の呆れ混じりの驚きの声が部屋に満ちる。杏ちゃんとタマちゃんは既に戦うことを諦め、部屋の隅で膝を抱えて落ち込んでいた。
唯一善戦しているのは希望、私。そして千景さんの3人。
「……小賢しいこと…するわね…」
ゲームが得意な千景さんのことだ。ある程度まで先は読んでいただろう。だが、それすらも今では関係なかった。ちなみに私の手札、もう戦う力はございません。
「私も降参。若葉さん強すぎるよ」
希望も遂にこの勝負に匙を投げた。彼女の手札はkと1がそれぞれ2枚ずつ。確かに革命が起きた今その手札では戦えない。
千景さんはまだ粘りの姿勢を見せていたが、それでも劣勢であることには変わらず遂には敗北してしまった。
その後も色々試しては見たのだが、誰も若葉ちゃんの圧勝という形でこの一連の時間は過ぎ去って行ってしまったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
皆がまだ何やら遊び続けている間に私は部屋を抜け出した。ひなたちゃんに合図を送ると、ひなたちゃんは後から追いかけますと私に視線だけで伝えてくれた。と言うわけで私は先に旅館のフロントのソファに腰を深くおろしていると言うわけです。
天井を見つめ、数分待っていると正面に気配を感じたので私は視線を戻す。そこにいたのは意外な人物だった。
「チカちゃん?」
「……少し…話…いいかしら?」
「え、うん。いいけど」
ひなたちゃんはどこにいるのかと目だけで探すが、どこにも見つからない。まだ来ないのなら千景さんの方の話を聞いておこうと思った。
私が頷くと千景さんは私の隣に腰掛ける。
「それで話って?何?愛の告白?」
「…嫌よ…貴女みたいな軽薄そうな…人に愛を伝える…なんて…」
「振られたかあ〜。ごめんごめん。お話どうぞ」
話を遮ってしまったことを謝ってから私は聞く状態に入った。さて、どんな話をされるのかと私は怖さ半分楽しみ半分と言ったところだ。
「……ありがとう……」
「何が?」
「前、私を庇って…くれたでしょう……。そのお礼をしなくては…と…思っていて……」
そこでようやく私の中でも合点が行った。前々回の私が足を怪我した時の戦いだろう。それともう一つ。入院中、千景さんが私に何を言いたかったのかも。
「…吾妻さんが……『琴音には素直に気持ちを伝えた方がいい』と言われたから…。話はこれで終わり…」
「そっか。どちらかと言うと私の方がありがとうだよ。あの時、チカちゃんが進化体を倒そうとしてくれなかったら私、もっと酷い目にあってたよ」
ケラケラと笑いながら、私が笑顔を向けると千景さんはスッと目を逸らしてしまった。
少し耳が赤い気がするのは気のせいでしょうか。
「…吾妻さんといい……高嶋さんといい…。貴女といい…。どうして……そうまで素直に…気持ちを伝えられるの…」
それは独り言か。果たして私に対しての問いか。どっちでも良かった。私はその言葉に対する回答をだす。
「仲間だからだよ。大切に思ってる、大事に思ってる仲間だから」
「……そう…」
「それよりも最近、チカちゃん色々と前向きだよね。前よりも私と話してくれるようになった」
「……貴女達に…負けたく…ないもの……。それに、私は…この場所が好き……。壊したくない…」
それだけ言うと千景さんは立ち上がり、スタスタとこの場を後にした。最後に言い残していった言葉は間違いなく本音だろう。大阪で身につけた本音か嘘かを見分ける能力がまさかこんな所で役に立つとは。
そう思えば私は今、結局どちらの私なのだろう。嘘で塗り固められた秋山琴音なのか。本来のあるままの姿の秋山琴音なのか。
(……楽観的な私は虐められた過去によって誕生した性格だとしたらそもそも昔から私は……)
嘘で塗り固められた自分を本来の自分の勘違いしてるだけではないか。
「やめよ。気づかない方がいいことなんていくらでもあるよね」
私がまた天井を眺めようと上を見上げるとーーーーー。
「うわぁ!?」
目の前にひなたちゃんの顔が現れて私は驚きのあまり、首を変な方に捻ってしまう。あまりの痛さに私、悶絶。
「逝った!絶対に神経逝った!持ってかれた!全部!!」
「ご、ごめんなさい!そこまで驚くとは思ってなくて!」
冗談だと思うだろう。本気で痛かった。それから数分は神経が元に戻すことに意識を集中させることになり意味のわからないタイムロス。
「落ち着きましたか?」
「うん。ごめんごめん」
「それでお話というのは?」
ひなたちゃんは先程まで千景さんが座っていたところと同じところに腰掛けた。私はそれを確認してから、今不安に思っていることをとつとつと語りだす。
「不安なことが一つあって」
「不安、ですか?」
「うん。このままで良いのかなって言う不安」
「例えばどんなことですか?」
「私と若葉ちゃんの事。バーテックスと戦う時、これまでずっと私と若葉ちゃんが主力となってる。それは知ってるよね?」
「はい。それは聞いてます」
「けど、それじゃ行けない気がする。このままだと本当にいつか取り返しのつかない事になるんじゃないかと思い始めてて…」
私は言葉に詰まってしまった。話す内容は決めていた。だと言うのに結局自分でも結論何が言いたいのかわからなくなってしまったから。
それでもひなたちゃんは私が言いたいことを理解してくれたのか、小さく微笑む。
「琴音さんは自分でその事に気づけたのですね。と言うより、琴音さんはこれまでも近くの人に寄り添えていますからそこまで心配する必要はないと思います」
ひなたちゃんはそこまで言った後、少し迷ったのか先程まで浮かべていた微笑を消し、心配そうな声音で言った。
「問題は若葉ちゃんです。若葉ちゃんは何かと遠くを見過ぎです…。今日も琴音さんがいなくなった後も……」
私が居ないところで何があったのだろうか。話を聞く分には唐突にタマちゃんの提案で始まった陣地取りゲーム。その中で若葉ちゃんタマちゃんと希望で何やら言い争っていたみたいだ。何をどうしたら希望まで言い争いに参加することになるのか。私は興味と呆れの狭間でポカーンとしてしまう。
「常に前に1人立ち続けるのもリーダーとしての姿だとは思います。だけど、琴音さんが考えているようにこれからは1人ではどうしようもないことが出てくると思うんです」
ひなたちゃんは恐らくこの話を私にしかしないだろう。ひなたちゃんも不安なのだ。私同様に。
「こればかりは若葉ちゃんには自分で気づいて欲しい。琴音さんの予期している最悪の事態になる前には」
私もそれだけは避けたい。私は自分が思っている以上に問題点になっていないことに気がついてしまった。
何故なら私はこれまでの戦い。確かに前線には立っているが、無意識下で周りとの連携を取っていた。しかし、若葉ちゃんはどうだ。前に突出するだけして、自分の周りをみようとしたことがあっただろうか。
「……これはまずいね」
「はい。恐らく若葉ちゃんは諏訪やこれまで救えなかった人々を見続けています。遠くて、二度と手が届かない人たちばかりを」
ひなたちゃんはそう言って旅館のフロントから見える遠い遠い街の明かりを眺める。
私も釣られてそちらを見る。しかし、私の視界には街の灯りは映らず、ひなたちゃんしか写っていなかった。
私は気がついてしまう。これがきっと、私が知らぬ間に若葉ちゃんとの間に出来てしまっていた距離の正体だ。
(さあ、ここからが正念場だぞ。秋山琴音)
私達に訪れる最初の試練はすぐそこまで迫って来ていた。