次のバーテックスの侵攻は急速の半月後に起きた。
「多すぎる。以前の比ではないな…」
戦装束に身を纏った若葉ちゃんはスマートフォンにレーダーを見ながら眉を顰めた。私も自分の画面に映る数を確認しながら、この戦いで自分がすべき動きを考えあぐねている。
数はこれまでの数十倍。前回が100体だとするならば今回は少なくて1000はいた。
(前回が楽すぎたとは思ってたけど…。いくらなんでも攻勢を強めすぎじゃないかな)
それほどまでに相手側も本気だと言うことだろう。一体一体の相手をすることには私たちは慣れてきた。だが、数で押されて仕舞えば危うい。
「コトちゃん。これは……」
隣で準備運動をしていた友奈ちゃんもこの数には流石に動揺を隠せないのかその声には緊張が混じっていた。
さすがに前衛4人でこの数を捌くのは不可能ではなかろうか。私はそう判断して【生弓矢】ではなく【倶利伽羅剣】を装備した。
「今回は私も前に出るよ。杏ちゃん。後ろからの援護は任せてもいい?」
「は、はい!私だってやれるところ見せてみせます!」
私がなんとか杏ちゃんの感じていた緊張感を弛緩できたところで、若葉ちゃんが思いがけない行動に出た。
「私が前に出る!」
「ま、待って!若葉ちゃん!まだーーーーーー」
まだ敵は攻めてくる様子はなかった。だから、こちらが戦略を立て終えてからでも私は遅くないと踏んでいた。だと言うのにあろう事か若葉ちゃんは単身敵陣へと飛び込んで言ったのだ。
私の制止など聞こえていないのか敵陣に突っ込むと凄まじい勢いで一体二体と次々に敵を屠る。
しかし、次第に異変に私たちも気づき始めた。
バーテックスがこちらに来ないのだ。若葉ちゃんを取り囲むように奴らは攻撃を繰り返す。
人間を本能的に攻撃してきていたバーテックスはこれまで『平等』に敵だと認識していた。だが、度重なる敗北の末知能を駆使して戦術を使ってきたのだ。
「くそっ!こうなったらタマ達もっ!」
「タマっち先輩だめ!」
「けど、このままだと若葉が!」
「あぁもう!あの馬鹿幼馴染!私も前に出る!杏ちゃん!少し前に出て私を取り囲もうとしてるバーテックスを撃破!杏ちゃんの護衛はタマちゃんに任せた!撃ち漏らしたのまタマちゃんに任せる!チカちゃん、ユウちゃんは2人でまとまって外側から若葉ちゃんを取り囲むバーテックス達を倒していって!可能なら少しずつ引き離して!以上!!」
混乱する皆に、私は声を張り上げて指示を出した。そして直ぐに若葉ちゃん救出へと向かう。緊急事態ということもあり、皆私の指示に従って行動を開始した。
バーテックス達の渦に飛び込み、これまでに感じたことのない危機感を覚えながら細心の注意を計りながら【倶利伽羅剣】を振るう。
精霊を降ろそうにも、数を倒せる『真田幸村』はもう呼べない。『上杉謙信』は圧倒的に進化体向きすぎた。
「どこ!若葉ちゃん!」
必死に武器を振るい続ける。先程ああやって指示を出したものの、そもそも神樹を守らない事にはこの世界が終わる。そのため他の4人もこちらにかかり切りになるわけにはいかないのだ。
杏ちゃんとタマちゃんの援護がなんとか今は届いている。それでもそのうち、相手が戦略を変えてしまえば私たちは今度こそ敗北する。
(私の視界は半分見えない。それがここまで不利に働くなんて!)
この視界の狭さに慣れたつもりだった。だが、四方を囲まれて仕舞えば話は変わってくる。
(このままだと本当にジリ貧だ…。使う?精霊を?)
退院する前、本当に精霊はもう使わないようにと大社で唯一信頼している箕輪さんに言われた。私はそれに頷いたばかりだ。だと言うのに、もうその約束を破らなければならないのか。
私が必死になって突破口を切り開いていると、少し離れた位置から若葉ちゃんの苦渋に満ちた声と肉を、血管が張り裂けるような音が聞こえた。
「そこかっ!」
私は【倶利伽羅剣】を全力で振り切った。すると、刀身は赫く加速して若葉ちゃんまでの突破口を一気に切り開いた。同時に炎がバーテックス達の進行を阻む。
「こんなことできたっけ!?」
よくわからない力が発動されたのはともかくして、私は若葉ちゃんに駆け寄った。
若葉ちゃんの状態は酷いもので利き手であるはずの右腕は肉が裂け、切れた血管からはとめどない血が流れ続けている。それを空中に振りまきながら、若葉ちゃんは鬼神の如き戦いを見せていた。
しかし、私の姿を見た瞬間その動きに鈍さが混ざる。
「こと、ね?」
「今は若葉ちゃんの声も聞きたくない。タマちゃん!杏ちゃん!」
私の声が奇跡的に届いたのだろう。2人の攻撃で私が撤退するだけの隙間を作ってくれた。私は若葉ちゃんの腰を掴むと一気に跳躍して、蔓とその陰を使いながら何とかその包囲網を突破する。
友奈ちゃんや千景さんが包囲網の外壁を削いでおいてくれたのも良かった。結果的に私の指示は今回は上手く行った事になる。
(とは言えこれでまだ終わりじゃないのがなんとも最悪だよ)
なんとか皆と合流できたが、私の体力はとうに限界に近い。他の面々も似たような感じだろう。目の前には私と若葉ちゃんを追いかけて迫る凄まじい数のバーテックス。
(この程度の困難、折れてたまるか!)
私は自分の内側に意識を向ける。それと同時に神樹から凄まじい量のエネルギーが私に流れ込む。そのエネルギーに身を委ねようとしたところで私の意識は外側へと戻された。私の肩に千景さんの手が乗せられていた。
「……貴女ばかりに…やらせるわけには行かないわ…」
「私とぐんちゃんにもたまにはカッコつけさせてよね!コトちゃん!」
そう言って2人が前に出る。
「行くよ!ぐんちゃん!」
「ええ…。高嶋さん」
2人顔を見合わせて頷きあうと、私に向いていた神樹のエネルギーが2人に向き始める。
そして友奈ちゃんは暴風を具現化させた精霊『一目連』を。千景さんは前回に引き続き『七人御崎』をその身に宿した。2人とも精霊を宿し終わると前に飛び出す。
「おおおおぉおおお!勇者!パーンチ!」
友奈ちゃんから放たれたその拳は竜巻の勢いを纏っていた。一瞬にして100体近くのバーテックスを吹き飛ばす。そして吹き飛ばされながらも生きながらえたバーテックスを千景さんが器用に7体の分身を操ってそれぞれ撃破していった。
きっと友奈ちゃんや千景さんも進化体の居ない今回の戦闘では精霊は使うのは極力避けたかったろう。そこを押して2人は精霊を纏って戦ってくれている。どれほど感謝しなければならないことか。
そこからは友奈ちゃんと千景さんの一方的な攻撃となった。バーテックス達も進化体を形成する余裕もなく、あれだけ数がいたのに決着は一瞬だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
樹海化が解除されると若葉ちゃんは直ぐに救急車に乗せられ、病院へと運ばれた。私はその救急車を見送ると、その場に座り込んだ。
皆やはり体力の限界は近かったのか私同様にその場でぐったりと倒れ込んでしまった。私は友奈ちゃんを挟んだ所にいる千景さんに言葉をかけた。
「ありがとうチカちゃん。私の代わりに怒ってくれて」
「……別に…そんなつもりは…なかったわ…」
「相変わらず素直じゃないんだから〜」
軽口を叩いたら睨まれてしまったので今はとりあえず口を閉じることにした。まあ、私の代わりに千景さんが何をしてくれたかと言うと今回の行動を真っ向から否定してくれたのだ。
『自分勝手に特攻して……!他のみんなを危ない目に合わせて…!せめて…あなたは精霊の力を使うべきだった…!』
あの時の若葉ちゃんはただひたすらに並べられる事実の前に俯き、唇を噛むことしかしていなかった。私の施していた応急治療さえも、もしかしたらあの時の若葉ちゃんには苦しかったかもしれない。
『1人で強いと思い上がって…。1人で戦ってると…勘違いして…!あなたはそれでもリーダーなの?……自分の判断が…どれだけ多くの人に影響を及ぼしているか…もっと自覚すべきよ!』
本来幼馴染と言う関係上、1番言える立場であるのは私だ。だと言うのに私は若葉ちゃんには強く言えない。
私の数分前の回想も終わるのと同時にタマちゃんがぼやきのような声音で言う。
「それにしても琴音の指示は的確だったなっ。タマ、びっくりしたぞ。あんなドンピシャで上手くいくとは思ってなかった」
「たまたまだよ。本当に上手く条件が重なっただけ。だから、少なくとも私がリーダーに向いてるとかは思わないように」
そう釘を刺しておいて、私は身体を持ち上げた。眼前に映る街並みは相変わらず私たちの頑張りなど無関心かのようにいつも通りだ。
「今日は帰ろっか。色々みんな言いたいことはあるだろうけどさ」
私が皆にそう提案すると、ゆっくりと皆首を縦に振る。どう頑張っても疲れを隠しきれない。そんな様子で私たちは帰路に着いたのだった。
若葉ちゃんにしてみれば今一度、かつての自分に向けた問い。人の前に立つのに相応しいかーーーを問われる結果となった。
冬の空は重たく冷たい。
見上げた空からはしんしんと、雪が降り始めていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
次の日、私は昨夜のうちに積もった雪を手でもて遊びながら丸亀場内のベンチに腰掛けていた。
病院に付き添って行ったひなたちゃんの報告によると、外傷はあったが神樹の力のおかげからか長く尾を引くようなものではないらしい。ただし、全身の筋肉や関節が炎症を起こし、過度な運動は控えなければならないらしい。疲労骨折も見つかったとの事で尚更とのこと。
「奇跡的に私たちの方には損害は0…。とは言え、関係性は今までで1番最悪よな」
そう呟いたのと同時にもて遊んでいた雪玉は手を滑らせて落下して行った。私はその様子を見ながら何度目かわからないため息を吐く。
まさか想定していた事態がここまで早く来るとは。本当に唯一の誤算は若葉ちゃん以外、誰も外傷をほとんど負っていない事だ。未だに不明である精霊の影響を除けば、だが。
「どうしたの?そんなに黄昏て」
「理由は明白でしょうよ」
いつから私のことを見ていたのか、希望が石垣の陰からひょっこりと姿を現した。私からのジト目も大して気にも止めずに隣に座る。
「まあね。それよりも私は琴音もまた少しずつ前に戻ってることが気になるよ」
「前に戻ってる?私が?」
「うん。多分ここに来た頃なんて全部なんとかなるって感じだったのに。今では完全に悲観的だ」
希望はそう言うとケラケラ笑った。どこかの誰かに似ている笑い方だな。なんて思った。その似ているのが自分だと言うのもまた変な話だ。
「……前回の襲撃で私も考え方が変わってきたんだよ」
「まあ、私のよく知ってる琴音は今の方だから違和感はないけどね〜」
「あらそう」
「くくっ!照れてらあ」
「どこにそう思える部分があったか教えて欲しいんだけど」
私がそう言うと希望はまたケラケラと軽い笑い声を上げた。そんな希望とは対照的に私の表情は何をしても明るくはならない。
「あのさ、希望。相談なんだけどさ」
「おっと。この流れは真面目な話のパターンだね。私知ってるんだから」
「なんか今日、うざい」
「普段の琴音を真似してるんだけど」
「良く悩みを抱えて路頭に迷ってる人にそんなことできるな!?」
この人、時たま性格が鬼みたいになる。今日がその日だと言うなら私はとことん運がない。
「で、相談だっけ。話してごらん?」
「あまりの落差に風邪ひきそう。……ごめん。やっぱり今回は良いや。この問題は私自身の問題だから」
私はベンチから立ち上がるとそのまま希望に背を向けて丸亀城へと戻って行った。背後から向けられる視線からは私に対する様々な感情が入り混じっているように思えた。
相変わらず、空は曇天だ。しばらく、晴れることはないだろう。
感想や絶対に対する質問など随時受け付けております!
良かったらメッセージとかもくれると嬉しいです!これからもどうか見てやってください!
ではまた次回!