若葉が目を覚ますと視界には白い天井が広がっていた。ここがどこなのか若葉はそれだけで理解した。
毎度目を覚ますたびに「あぁ、入院していたのだったな」と思い出す。
大規模なバーテックスの侵攻から数日。若葉の元には市民からのお見舞い品はいくらでも送られてくる。だと言うのにお見舞いに来たのはひなたと友奈だけだった。来てくれると思っていた琴音は、一度もその姿を見せていない。
(……仕方がない。私のしたことの結果だ)
あれほどの戦闘で重傷を負ったのが若葉以外いなかったのは奇跡にも等しかった。だが、その結果が逆に若葉を悩ませる原因でもあった。
(私はリーダーには向いていない、な)
琴音が出した指示は若葉を救い出す上であまりにも的確だった。仮に自分が同じ立場になった時、若葉は琴音と同じことができるか懐疑的にならざるを得ない。懐疑的になる理由も今の若葉には解くことのできない問題となっていた。
横になっていては考えもまとまらないと若葉は身体を起こし、ベッドから下りる。歩こうとしても、まだ傷が癒えておらずふらついてしまう。
結局壁に手をついてなんとか身体を支えて歩き始めようとしたところで病室の扉が開かれた。
「若ちゃん!?」
「希望?」
病室に入ってきて早々、起き上がって歩こうとしていた若葉を見た希望は慌てて駆け寄った。
「すまない希望。肩を貸してくれないか?」
「それは良いけど歩いて大丈夫?」
「ああ。むしろこうしていた方が今の私には楽だ」
希望に支えてもらいながら、一歩踏みしめる。そのたびに身体の内側が痛んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
病院の中を歩き回り、若葉の要望で敷地内の広場に出ることになった。最初、希望は渋っていたが結局折れて若葉を外まで連れ出した。
外は冬の空気で満ちており、2日前に降った雪の名残が世界をわずかに白く染め上げている。
「寒くない?」
そう言って希望は若葉の返答も聞かずに来ていた上着をそっと若葉の肩にかけた。その優しい声音に若葉の心はキュッと締め付けられるような感覚に陥る。今はその優しさが若葉にはどこか辛かった。
そんな思いを押し殺し、若葉が大丈夫だ。と頷くと希望はフニャっと柔らかい笑みを若葉に向けた。
「それならよかった。実言うとこうして若ちゃんと2人きりで話すの初めてだから緊張してるんだよ」
「言われてみればだな。いつも誰かがいてくれたからあまり気にしてなかった」
「ふふっ。今は誰もいないもんね」
希望は若葉がしでかしたことを茶化す。それを受けて若葉はまた千景に言われたことを思い出し、俯いてしまった。
それを見た希望は大して悪びれた様子も見せなかったが、どこか遠い時を思い出すような目で曇天の空を見上げた。
「若ちゃんは琴音と似てるよ」
「どう言うことだ?」
若葉は首を傾げた。
「琴音が目を怪我した時にとても似てる。あの時琴音はね」
希望の口から語られる大阪での琴音の一連の行動。以前若葉は聞いたことがあったが、今一度聞くと自分の今の状況にどこか似ていた。
「琴音はあの時、行動によって落ちた信頼を取り戻した」
「……今の私に行動で示せる姿など、もう、ない。やはりリーダーは私ではなく琴音が…」
「それは違う」
琴音がすべきだ。と言う言葉を希望は遮った。
「若ちゃんはなんで琴音がリーダーになる気がないかまだわかってないんだね」
「なに?」
「今から言うのは私とひなたちゃんからの宿題」
人差し指を立てて若葉の前に差し出し、希望はまた先程の柔らかい笑み向けた。
「まずは自分の戦う理由を今一度考えてみること」
「戦う、理由……」
「うん。まずはこの一つを考えてみること。これ以上は私もひなたちゃんも答えません」
若葉はその問いについて答えられるだろうかという不安に駆られた。今回はもう、自分でもどうすべきなのかわからなくなっている。何が正解で何が不正解なのか。
若葉は気がついていない。この時感じたこの不安はかつて琴音が感じていたものだと言うことに。
「それとね、一応言っておくと琴音は若ちゃんの事すごく心配してる。別に見捨ててるからお見舞いに行ってないわけじゃないよ」
そうなのか?と弱々しく聞く若葉に希望は頷いた。
「琴音も琴音で迷ってるらしくてね〜。私にも珍しく悩みを打ち明けてくれなかったから相当じゃない?」
「ふふっ。そうだな」
最近の琴音と希望の2人の様子を思い出した若葉は小さく笑う。それに希望もでしょ〜。と嬉しそうだ。
だが、希望はその表情をしばらくすると顔の内側へと隠す。
「それでね、私一つ若ちゃんに聞きたくて」
「なんだ?」
「琴音の過去のこと」
「過去?」
「うん。若ちゃんとひなたさんに会うまでの過去」
琴音の悩み事の根源って基本過去に繋がってる。そう推測した希望は若葉に話を聞きに来るのも今日お見舞いに来た理由の一つだと言った。
「今まで聞いてこなかったのか?」
「うん。教えてくれたのは両親のこと。それと、昔虐められていたってことだけ」
「ほとんど聞いているように思うのだが」
「一つ聞いてないことがあるんだ。琴音が若ちゃんとひなたさんにあった時の話」
それがきっと今の悩みの原因だと。希望は言う。
「……それを知ってどうするんだ?琴音はそれを知られたくないから希望には話してないのではないか?」
「それはそうだね。だけど、私は知りたい。これは私のわがまま」
希望の真っ直ぐな視線が若葉の目をしっかりと捉えていた。若葉は思う。琴音が希望のことを信じる理由というのがわかる気がした。
ひなたとはまた異なる人を惹きつける何かを希望は持っていた。
「わかった。話そう。だが、他言無用だ」
「わかってる。琴音が嫌がることは私はしないよ」
希望の言葉を信じて、若葉は自分に課せられた問いと向き合うと同時に琴音の過去を記した、記憶という閉じられた本のページを一枚。また一枚とめくり始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
1人の少女は泣いていた。泣きながら、少女は願った。こんな苦境にも負けないくらいに強くなりたいと。誰かを守れるほどに強くなりたいと。
1人の少女は守ると誓った。目の前で己の運命を嘆き、苦しみもがく者を自分が守って見せるんだと。
2人は雪が降りしきる中で出会った。
「何があったかは知らないが泣くな。私は乃木若葉。名前は?」
聞かれたもう1人の少女は、目をこすり涙を拭うと答えた。
東郷琴音、と。