少女は星を追いかける   作:まんじゅう卍

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第14話 秋山琴音

「みんな、本当にすまなかった」

 

 何やら憑き物が取れたように、スッキリとした表情で丸亀城に戻ってきた次の日に若葉ちゃんは私と千景さん。タマちゃんの前で頭を下げた。

 突然のことに2人は目が点になる。私が杏ちゃんの方に視線だけ向けると、杏ちゃんは小さくガッツポーズをした。私もそれにピースで応えておく。

 私は改めて若葉ちゃんに向き直ると揶揄う気持ちも込めて聞いた。

 

「捨てられた?」

 

「あぁ。私は…あの日のことがトラウマになっていたらしい。どれだけ気丈に振る舞っても深く傷ついた心は復讐心だけで突き動かされていた」

 

 若葉ちゃんは杏ちゃんに連れられて本州から疎開してきた人が住む地域に行ったらしい。そこで一組の親子に出会った。その親子の母親は若葉ちゃんに守られて四国に辿り着いた人だった。若葉ちゃんが守り、そして引き継がれた生命。

 居なくなった人を見るのではない。死者のために戦ったところで引き継がれるものは何一つとない。それならば近くに目を向け、生者のために戦うべきだ。

 これまで私やひなたちゃん。希望に言われたことがようやく今繋がったらしかった。

 

「改めてお願いしたい。私と今一度共に戦ってくれ。2度とあのような真似はしない」

 

 ここで一度も発言をしていなかった千景さんが口を開いた。

 

「…人は、口ではなんとでも言えるわ…」

 

「………」

 

「だから、今度こそ……行動で見せて…。私は……ここの、誰も…失いたくない……。あなたがリーダーをする以上…それは絶対条件……」

 

「……!それはつまりーーー」

 

「もちろん…一緒に戦うわ……。…前はごめんなさい……。言いすぎたわ」

 

 千景さんはそう言うと若葉ちゃんに頭を下げた。頭を上げると、照れくさそうに目を逸らした。

 私はその様子を見て、自分を若葉ちゃんに謝らなければならないことを思い出す。

 

「若葉ちゃん」

 

「琴音……。琴音にも迷惑をかけたと思ってる……。琴音がいなければ、あの時どうなってたかわからない」

 

「ほんと焦ったよ。人生で2番目くらいに心臓バクバクしてた」

 

「……すまない」

 

「正直、若葉ちゃんがあのままなら私がリーダーをしようと思ってた。けど無理だ。私には皆を引っ張る気概も勇気もない」

 

 実言うと私はあれから1週間近く、自分がリーダーになった時の、対バーテックスの戦術と戦略を1人練り続けた。

 だがそんなもの盤上での所詮想像にすぎなかった。戦場で人を導く司令官と作戦を描き、提案する参謀は全く持って別物だ。戦場では目につく一際輝きを放つものが必要だ。それを考慮すれば、私には皆を戦場で引っ張り続ける力はないのである。

 

「若葉ちゃんがリーダーには相応しいと思う。それと、私もごめんね。あの時叩いちゃって」

 

 私はここでようやく、入院中の若葉ちゃんを叩いたことを謝ることができた。下げた頭の向こうで若葉ちゃんがどんな顔をしているかわからない。一発くらいやり返される気持ちで私は顔を上げた。

 

「なんでそんな意外そうな顔してるの」

 

「琴音が謝るのだなと思って」

 

「えぇ………」

 

 一体、若葉ちゃんはどんな人間性で私を見ているのでしょうか。

 そこを追求したい気持ちを押し殺し、私は若葉ちゃんの手を取った。

 

「これからもよろしくね。頼りになるリーダー!」

 

「ああ!琴音も私のことを支えてくれ」

 

「みんな、タマのことを忘れてるだろっ!タマにも何か言いたまえっ!」

 

「すまない。忘れていた」

 

「若葉っ!?」

 

 冗談に本気っぽくリアクションするタマちゃんに私は思わず吹き出した。それに釣られるようにして皆の顔にも笑顔が花咲いた。

 私たちはこうしてまた一歩前進したのだった。

 

「そういえば友奈はどこだ?」

 

「あれ?確かに今日もいない」

 

「千景は何も聞いていないのか?」

 

「……私も…何も聞いて…ないわね」

 

 まあ、用事の一つや二つ突然舞い込むこともあるだろう。私たちはその時はそれで納得したのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 私が次の日、丸亀城の庭で本を読んでいると突然目の前が真っ暗になった。背後に人の気配は感じていたがーーー。

 

「目隠しされると本読めないよ」

 

「タマはもう少し驚いて欲しかったな」

 

「私の背後にいることバレバレだったよ」

 

 私が本を閉じると同時に、タマちゃんは私の顔から手を離した。それから私の隣に腰を下ろす。

 

「琴音って周りのことにかなり敏感だよなっ」

 

「片目だから気配を気取る癖がね」

 

「な、なんだか触れづらいなぁ……」

 

 タマちゃんは苦笑いしながら私の読んでいた本を覗き込んだ。何ページかは一緒に見ていたのだが、段々とその眉間にシワがよっていく。

 

「杏を見ていても思うけど、面白いか?」

 

「私は好きだよ」

 

「『海軍戦術書』なんて誰が好き好んで読むんだっ!」

 

 なんと酷いことをおっしゃるのでしょうか。現に私はこうして読んでいると言うのに。

 

「タマちゃんって愛媛出身なんだよね」

 

「なんだなんだ藪から棒に。そうだけど?ちなみに杏も一緒だ」

 

「『坂の上の雲』知らないの?」

 

「タマが知るわけないだろう。タマは外で元気に走り回るのが性分だからなっ!」

 

 確かにタマちゃんが落ち着いて本を読んでいる姿など想像がつかない。その時点でこの手の話は止めるべきだった。と言うわけで私は本を閉じた。

 

「タマちゃん確かキャンプ好きだったよね」

 

「もちろん。他にもアウトドアなことならなんでも好きだ」

 

 胸を張って答えるタマちゃんを見ていると、本当に好きなのだと言う気持ちが伝わってくる。

 いきなりキャンプはハードルが高い。だが、それ以外なら私も何か一つ経験してみるのも悪くないように思った。

 

「今の私でも簡単にできそうなのってない?」

 

「おっ、乗り気だなっ。琴音は別に身体を動かすことは苦ではないんだよな?」

 

「そだね。本ばかり読んでるけどむしろそっちの方が好きではある」

 

「ならサイクリングなんでどうだ?」

 

「いいね!楽しそう!」

 

 自転車に乗ってどこかに行くくらい私とて造作もない。それで少しでもタマちゃんの世界に近づけるなら是非とも教えて欲しいものだ。

 

「琴音がそこまで乗り気なら今から行くかっ!タマの自転車の片割れを貸してやろう」

 

「いいの!?やったぜ〜」

 

「琴音は最初だし、この街のオススメルートを回るくらいにしときますかね。となればタマは自転車持って行くから門の辺りで待っていてくれよなっ!」

 

 タマちゃんは私にそう言い残すと、足早に寮へと戻って行った。その足取りはとても軽そうだった。私はその背中が見えなくなるまで見送ったあと、身体を伸ばした。身体中が軋んで、少しくらい運動しなさい。とまるで母親のように伝えてくる。

 

「あっ。私も本片付けに行かないと。それに服も動きやすいのにしないと」

 

 結局のんびりと向かおうとしていたのだが、私も急いでタマちゃんの後を追うことになったのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 私はタマちゃんに先導される形で自転車を必死漕いだ。近場だと言うからそんなにキツイ道はないと勝手に踏んでいたが、その時の私を呪ってやりたいと思う。

 まさか丸亀を越え、宇多津にある山を駆け上ることになるとは誰が思うのか。私がヒーヒー言っている間にもタマちゃんは山道すらスイスイと進んで行った。タマちゃんの背中を必死に追いかけ、辿り着いたのは山頂にある展望台だ。

 非常にキツかった。だが、そのキツさを超えた先にあった景色はとんでもないくらいに私の心を晴れやかにした。

 

「ふぃ〜。疲れたけど気持ち良い〜」

 

「だろっ?ここは近場ならタマのイチオシスポットだっ!」

 

 そこからは宇多津の町。そして丸亀。大橋すらもその眼下に一望できた。

 まだ冬場とは言え、寒さが残るものの肌を撫でる風には心地良さを感じる。しばらくこの場で動かず、この景色を眺めていたいと思った。

 

「ここにはよく来るの?」

 

「いや、以前から来てみたかったんだっ。だけど、中々来れる時がなくってさあ」

 

 一体オススメとはなんだったのか。私は今一度オススメという言葉の意味と概念を学び直す必要が出てきたかもしれない。

 私の思ったことが顔に出ていたのか、タマちゃんは豪快に笑った。その笑い声は青空に吸い込まれていく。

 

「思った以上に琴音が着いてきてくれるからついなっ!」

 

「これでも鍛えてるしね。けど、ここに来れて良かったと思うよ。そうだ!」

 

「おおう。どうした急に大声出して」

 

「みんなで今度ここに来るのはどう?桜が咲いてる季節なんてすっごく綺麗じゃないかな」

 

 私がここまでに来るのを見た感じ、桜の木もかなり植えられていた。きっと見頃になった時には相当綺麗なはずだ。

 私の提案はタマちゃんもすんなりと受け入れてくれた。

 

「おっー!そりゃいいなっ!」

 

「でしょ?よしっ!今年の春はそれで決定!」

 

 そんなこんなで私とタマちゃんの中ではこの展望台の広場で勝手に花見を行うことが決定した。

 インドア組?そんなの知らんね。無理矢理でも連れてこよう。とはタマちゃんの談。私もその片棒を是非とも担がせて貰おうとも。

 私はこの日を爽やかな気持ちで終えられるとこの時は思っていた。だが、どうも私の人生は上手くいくことを許さないらしい。

 

 帰路も残りわずかな場所に差し掛かった時、私は商店街の近くで見たくもない存在を目にした。そして更に目を疑う存在も目にした。

 私は思わず急ブレーキをかけた。ききーっ!という甲高い音を自転車は奏でた。その音すら気にならないほどに、私はその2人に視線が釘付けになり、その場から動けなくなる。

 

「どうして母さんとユウちゃんがーーー」

 

「どうしたんだ琴音。何かあったかっ?」

 

 急ブレーキをかけ動かなくなった私を見かねたのかタマちゃんが私のもとに戻ってきた。

 私が一点を見つめているので、タマちゃんもそちらを向く。

 

「ん?どうして友奈がこんな場所に?それと…誰だあれ」

 

 私とタマちゃんが隠れもせず、そちらを見ていたからか相手も私たちの存在に気がついた。

 友奈ちゃんは私の顔を見ると少し気まずそうに目を逸らした。そんな友奈ちゃんとは対照的に私の母親はニコッと不気味な笑みを浮かべる。

 

「なあ、琴音。あれはーーー」

 

「ごめんタマちゃん。私先帰るね」

 

「おおぃ!?ちょっと待ってくれよー!」

 

 逃げるようにペダルを踏み始めた私を、タマちゃんは困惑しながらも追いかけて来てくれた。

 だが、私はそれがわからないほどには頭が混乱してしまっていたのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 私は寮に戻るなり、部屋に閉じこもった。先程目で見た光景があり得なかったからだ。このまま寝れば、自分が見た光景は嘘だったと否定してくれるような気がしたから。だけど、暴れる心臓の音のせいで、目を瞑っても私の意識は微睡むことすら許さない。

 枕に顔を埋めると、ノックをせずにタマちゃんが部屋に入ってきた。

 

「なあ、どうしちゃったんだよ。何かあったのならタマに言ってみたまえ」

 

「何かあった、ね……。ははっ」

 

 結局私は過去を捨てても、また別の過去が私自身を苛ましてくる。これでは偉そうに若葉ちゃんに説教じみた事をしたのが恥ずかしくなる。

 いつまでも私には付きまとう。暗く辛い時代というものが。邪魔だと思って振り切っても、亡霊のように私の背後に忍び寄り、意識を刈り取ろうとしてくるのだ。

 

「さっき、ユウちゃんと一緒にいた人は私の母親」

 

「それでどうして琴音がそこまで追い込まれてるんだ?」

 

「……あまり私の口からは話したくないから、若葉ちゃんにでも聞いてきて……」

 

「お、おう。わかった。なら、話を聞きに終わったらまた来るからなっ」

 

 それだけ言い残し、タマちゃんは部屋の外へと駆けていった。今度の私はその背中を見送ることすらしなかった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

「そんなことがあったなんて。言われなくちゃわからないぞ」

 

「言いたくないことを好きでいう人はこの世にはいないと思うよ」

 

 ベッドに横になったまま、私はなんだか狭苦しくなってしまった部屋を見渡した。

 

「……どうして杏ちゃんやチカちゃんにも聞かれた」

 

「球子が私と杏。千景と話している時に割り込んできたんだ。それでこうなった」

 

「……まあ、隠しておくのももう無理だったってことだね」

 

 私はここでようやく身体を起こした。皆が近くにいてくれるからか、先程よりかは心に余裕があるように思えた。

 

「ユウちゃんは?」

 

「高嶋さんなら、そこよ……」

 

 千景さんが指を刺したのは私の死角。ベッドの右側にひっそりと立っていた。

 

「んぇ?ぬああぁああああ!?」

 

「あはは〜。ドッキリ成功だね」

 

 そう言って小さくVサインを作って、わざとらしく笑った。見ただけで気まずいというのが見て取れる。

 

「コトちゃん、私ーーー」

 

「謝らないで。大丈夫。ユウちゃんが悪くないってのは知ってるから」

 

 友奈ちゃんに笑いかけてから私は今一度佇まいを直す。

 

「なんの話をしたかだけ教えてもらってもいい?」

 

「うん。えっとね……」

 

 私は友奈ちゃんの口から語られるその内容に戦慄した。その話を聞いた周りの人も同じくと言ったところだ。

 

「今更また東郷姓を名乗って大社に加わるとか頭沸いてるよあの人」

 

「だが、琴音の母親。弓弦さんは再婚したのではなかったのか?」

 

「そのはず。金持ちの成金野郎とね」

 

 ついついあの人の話になると口が悪くなってしまう。まあ、このくらい言っても許されるだろうという感覚で私はいるのだが。

 

「離婚したのでしょうか。わざわざ琴音さんの身内として大社に入るためだけに」

 

「だとしたらその目的も謎じゃないかっ?」

 

 うーん。とタマちゃんは唸っているが1番唸りたいのは私だ。もう何が何だか。バーテックスとの戦い以上に身内との戦いが1番厳しいとはなんたることか。

 

「あの人は地位や名誉が欲しいだけ。自分では手に入れられないから、他人に寄生してる」

 

「琴音さん……」

 

「ごめん。せっかく若葉ちゃんのことも解決したのに、次はまた私だ」

 

「気にするな。琴音。お前の家の事情は私がよく知ってる。今度は私が助けになろう」

 

 若葉ちゃんを私のこの家族間というあまりにも狭い問題に触れさせてしまってもいいものかと逡巡したものの、1人で立ち向かうことが私にはできなかった。

 無意識のうちに私はありがとう。と頷いてしまった。

 

「それとユウちゃん」

 

「な、何かな」

 

「まだ何か言ってないことあるよね。隠してるの、バレバレ」

 

「そ、そんなことないけど……。あはは、コトちゃんには隠し事できないね」

 

 そしてまた友奈ちゃんの口から語られた話は私を更にわけわからなくさせた。よっぽど三平方の定理とかやらされた方がマジだと思う。

 

「私を家に戻すって?寮から?はっ!断固反対だね!殺してやる!」

 

 変な勢いがついて、なんでもできそうになった私は壁に立てかけてあった【生弓矢】を引っ掴むと、そのまま起き上がって飛び出そうとした。

 それをタマちゃんと若葉ちゃんは必死になって食い止める。

 

「おおぉい!?琴音がおかしくなっちまったっ!」

 

「や、やめろ!早まるな琴音!」

 

「いつかこうなる日が来るとは思ってたから覚悟はできてる!」

 

「それは決めてはならない覚悟ですよ!?」

 

 普段フィジカルで止めようとはして来ない杏ちゃんですら私を止めに入る。流石に3人に身体をガッチリホールドされると動かないし、なんだったら結構痛い。

 

「うぅ……。痛い……」

 

「…あなたも、シリアスな雰囲気かと思ったら……何そのふざけよう…。吾妻さん…苦労してるでしょうね……」

 

 さりげな〜く千景さんからチクッと刺されたところで、私は一旦気持ちをリセットさせた。

 と言うか希望、下手したら本当に私のこと嫌ってそうで怖い。

 

「とりあえず話はわかったよ…。納得は行かないけどね。ユウちゃん、今度からあの人に呼び出されたら言って。私が直々に行く」

 

「え?大丈夫なの?」

 

「うん。けど1人で会うのは怖いから、若葉ちゃんとユウちゃんにはついて来てもらうね」

 

 怖かったとしても、しっかり話をしなければ解決できることもできない。私はまだ暴れる心臓を握りしめた。

 

(……大阪の時からどんどん私、弱くなってる気がするなぁ)

 

 守りたいと思うものが増えたからだろうか。それとも、自分自身の秘密を誰にも悟られたくないという虚栄心のせいか。

 どちらにせよ、私自身の問題は自分の力で解決する他ない。そのための頭脳なのだから存分に活用するべきだ。

 私は一度でもいいからあの母親に痛い目を見せることを目標に、動き出したのだった。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 はいどーも〜。久しぶりの希望ちゃんターン!

 手短に今のわたしの状況をお伝えしよう。わたしとひなたが丸亀城から離れて3日の時経った。

 この3日間に何があったかをこれまた簡潔にお伝えすると、神樹様に頭下げて神託を得た。以上。

 

(まあ、神託を得たのはわたしやなくてひなただけどね)

 

 なんだか色々説明することが多すぎて何が何だか。ひなたはわたし達巫女の代表として神樹様に触れた。その際に良くないものを見たとかで今では大社内は大混乱となっております。なんでもバーテックスの大侵攻が起きるとかなんとか。

 ひなたは神樹様に触れた影響で倒れてしまって、今は安芸さんという球子ちゃんや杏ちゃんを導いた巫女に介抱してもらっている。

 安芸さんにひなたを託して、わたしは大社の指示で先に丸亀城へと戻り、勇者たちにこの事を伝えるという任務を与えられた。

 

「やったんやけど……」

 

 なんとか若ちゃんの問題も解決して、何から何まで万事準備OKでこの大侵攻に立ち向かえるだろうと思っていた時期が私にもありましたとも。

 ひなたがいない分、わたしが皆のサポートをと思ったらーーーー。

 

「琴音の悩み、解決したって聞いてたんだけど」

 

「解決したらまた更に悩みが湧いて出てきた。温泉みたいだね」

 

 そう言って琴音は机に向き合って何か書きながら、わたしに軽口を叩いた。

 次はまた琴音がとある悩みに苛まされてるではありませんか。全くもってキリがない。

 

「あのさぁ。バーテックス来るんだよ?今までで1番凄いらしいんだよ?」

 

「それさっき皆と一緒に聞いたよ。大丈夫。それまでには解決してみせる」

 

「できちゃいそうなのがまた怖いとして……。琴音のお母さん。今になって出てくるとはね。大阪で聞いた時以来だよ」

 

「そりゃ私が口に出してないからね。あれと一緒だよ。ヴォル○モート」

 

「名前を言ってはならない、あの人ね。って、やかましいわ」

 

「希望の関西っぽいツッコミ初めてみたかも」

 

 琴音は本当に悩みを抱えているのかと思うほどに、明るかった。その明るさはじっと観察してみれば虚勢だとわかる。笑い声もいつものように心の底からというわけではなさそうだ。

 

「ねえ、琴音」

 

「んー?ちょっと待ってね。これをこうして……」

 

 わたしの話を珍しく後回しにするので、よっぽど大事なことかと思って琴音の手元をわたしは覗き込んだ。

 琴音が何やら書き込んでいたのは大きな地図だった。よくよく見るとそれは丸亀城周辺の地図だった。

 

「なにこれ」

 

「前から杏ちゃんと言ってたんだよ。若葉ちゃんが変わった今なら戦術が使える」

 

「琴音、そういうの考えるの好きだよね」

 

「まあね。私があのバカ母親と決着をつけてくる間に、杏ちゃんと若葉ちゃんには作戦を考えてもらう。その前準備だよ」

 

 難しい顔でその地図と睨めっこしている琴音は次々に線を引き、駒のようなものを動かしていた。

 やっぱりわたしは思う。普通の少女がこんなことできたら恐ろしい。琴音は凡人を装った天才だと。多分、勉強とかも真面目にやれば余裕でわたしなんて抜かされるだろう。

 

「大阪の時も思ったけど、琴音って地図見なくても地形把握できるタイプ?」

 

「うーん。一回地図見てって感じ。あとはもうほぼ感覚」

 

 わたしの問いには答えてくれるが、やっぱり顔はずっと地図と睨めっこ状態だ。

 おまけにやっぱりさらっととんでもないことをこの人は言う。話には聞いていたけれど琴音は前回の戦いでも若ちゃんを救い出すための撤退戦を見事にやって見せた。琴音は人一倍空間認識能力が高いのかも知れない。

 

「こんなものかな」

 

 わたしが琴音の能力を測っていると、いつの間にか琴音は地図をしまって身体をわたしの方に向けていた。

 

「ごめんね。せっかく帰ってきて、初めに私の所来てくれたのに適当に話しちゃって」

 

「大丈夫。気にしないで。もう完成したの?」

 

「うん。バッチリ」

 

 指で丸を作って、琴音は白い歯を見せる。こう言うところは非常に可愛らしい。琴音は自分の容姿を貶しがちだが、自信を持って良いとわたしは思うのです。

 

「ん?容姿?」

 

 今の今まで背中を向けていたので気づかなかったが、琴音はあれだけ頑なに外そうとしなかった包帯を外していた。

 琴音もわたしの視線に気づいたのか、ケラケラと笑いながら傷ついた左目を指差した。

 

「意外でしょ」

 

「そうね。どう言う気の変わりよう?」

 

「この目を見せつければ怖気付くかなって」

 

「まぁ、確かに痛々しくはあるけど……」

 

 主語はなかったがきっと母親に対して、だろう。わたしとしては琴音の母親はその程度では揺らがないと思ってしまった。琴音もそれをわかっているのか、これと言った反応を見せない。

 

「本当に会わないといけないの?別に無視しておけばいいだけだと思うけど」

 

「それでも良いのかもしれない。何も知らないふりをして、このままここで暮らし続けても、ね」

 

 琴音は「だけど」と続けた。

 

「いつかは向き合うつもりでいた問題だからさ。戦いが激しくなる前に決着つけてくる」

 

 琴音は真っ直ぐな目でそう宣言したのだった。

 わたしはこの時、ふと思った。この人は本当に『東郷琴音』を捨てるつもりなんだな。と。

 わたしにとって家族とは偉大な存在だ。弟があの地下街の噴水で朽ち果てているのを思うだけで心が痛む。

 琴音の事情はよく知っている。家族にわたしには想像もつかないほど苦しい思いをさせられたと言うのもわかる。でも、家族を思う気持ち、思い出。それすら捨てたいと言う琴音はーーーーー。

 

 ここにいる人達がいなくなった時、何が残るのだろうか。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 母さんから連絡が来たのは思いのほか早かった。希望が帰ってきてからまさかの次の日というね。先程ひなたちゃんも帰ってきて、歓迎ムードに水を差すあたり、本当に私の母親っぽい。

 

「せっかく若葉ちゃん達と骨付鳥食べに行けると思ってのに」

 

「これが終わったら行けばいいさ。球子や杏には店の位置を教えているから後で合流すればいい」

 

「本当にごめんね。私が……」

 

「ユウちゃんが気にすることじゃないよ。全部あの女が悪いから」

 

 私、思うのだけど母さんはユウちゃんが勇者と知った上で接触してきたのではないだろうか。実際、私たちは実名も顔も報道されてしまっているので知らないわけがないのだ。 

 

(相変わらずだなあ……。やっと繋がったよ。私にわざわざ毎月数十万振り込んでくる理由はこれか……)

 

 後見人なんて聞こえのいい言葉を用意して、私の人間関係の隙間に入り込んでくるとは卑怯極まりない。

 

 間に合わせのカフェで待つこと数分。遂にやつは現れた。なんだか未確認生物を見つけたかのような反応ではあるが無視して欲しい。

 母さんはこれまた酷く人懐っこい笑みを浮かべて私たちとは反対側の席に座った。

 

「久しぶりね。琴音。元気だった?」

 

「今気分は最悪になったよ」

 

 私は傷ついた目で文字通り母さんを睨んだ。母さんは私の右目には何も触れずに店員さんを呼ぶと自分の飲み物を注文する。それからおしぼりで手を拭きながら私に微笑んだ。

 

「あら。最高の間違いではないの?」

 

「ははは。そうだね。最高すぎて今すぐにでも手が出そうで仕方がないよ」

 

「攻撃するのはバーテックスだけにしてくれると助かるわ。『勇者』様?」

 

 売り言葉に買い言葉。最後の挑発的な物言いに思わず突っかかりそうなのを抑え、私は咳払いの後に本題を切り出した。

 

「私も時間がないから結論だけ先に言う。私は絶対あなたの下には行かない」

 

 私の返答は母さんには想定内だったのだろう。平然としており、特に思うところもなさそうだ。

 

「ふふっ。そう言うとは思ってたわ。なら、大社に私が行くのは?」

 

「断固として拒否する。と言うかさせない。絶対にね」

 

 母さんは一度指で顎をなぞると、こちらの背筋が強張るくらいに不気味な微笑みを向けた。それは先程までのものとは違う。

 

「まあいいわ。拒否するのはあなたの勝手だもの。だけどね、私はあなたを監視する義務があると思うの」

 

「……監視?四国を大きな監獄だと言いたいのならそりゃ詩的なことで」

 

「そうやって軽口を叩いて話を長引かせるのは子供のすることよ。私ね、聞いちゃったのよ。あなたが大阪の英雄と呼ばれてる裏で何をしたのか」

 

 母さんが言った出来事は未だに私の脳裏には鮮明に刻まれている。私自身の言葉で追い込み、生かすはずが殺してしまった7つの命を。

 だが、私はあれで間違っていなかったと思っている。私は自分に課せられた責務を全うした。それは揺るがない事実だ。

 

「私はあそこで自分のすべきことをした。父さんを裏切って、私たちをひどい目に合わたあなたに何か言われる義理はない!!」

 

 店内に私が机を叩いた音が響き渡る。私の頭に血が昇ったのを待っていたかのように嬉しそうに母さんはその目に弧を描いた。

 

「そうやってあなたは人を殺したのね」

 

「っ!ふざけっ!!」

 

「落ち着け琴音。激昂しても、思う壺だ」

 

 ついに立ち上がってしまった私を見かねて、若葉ちゃんが私の手を握って止める。その体温は、私の高まった感情を押さえ込ませるには十分だった。

 

「……弓弦さん。あなたのやり方は卑怯だ。琴音の大阪での出来事を否定する権利はあなたにはないはず」

 

「若葉ちゃんも言うようにはなったわね」

 

「茶化すのはやめてください。私としても、あなたには金輪際琴音には近づいて欲しくはない。琴音は大事な戦力で、何より大切な友達だ。そんな親友が、会うだけで心を掻き乱される人とは関わって欲しくはない」

 

 今この場では若葉ちゃんの言葉だけが私の信じるものだった。

 

「琴音は私の娘よ。口出しされる権利はないわ」

 

 若葉ちゃんの言葉が刺さったのか、母さんは先程までの不気味なほどまでに笑みを貼り付けていた顔を崩していた。

 更に何かを言おうとしたところで、これまで口を閉ざしていた友奈ちゃんが2人の間に割って入る。

 

「あの!」

 

「なに?高嶋さん」

 

「私は、誰かが喧嘩とかして互いに傷つくのを見るのが苦手です」

 

 黙って私は友奈ちゃんの話を聞いていた。高嶋友奈と言う人間の本質が実を言うと私にはわかっていない。こんな場であるにも関わらず、私はなぜかその本質を探ることを、この一瞬だけは優先していた。

 

「私は弓弦さんがコトちゃんと仲良くしたからと言うから協力しました。だけど、弓弦さんは…コトちゃんを傷つけた。今までも、これからも自分の目的のために傷つける。それを私は、許せません」

 

 ここまではっきりと友奈ちゃんが意思を言ったのは初めてのことではなかろうか。私はしばらく友奈ちゃんの横顔から視線を離せなかった。

 私が友奈ちゃんから意識が引き剥がされたのは母さんの声によってだった。

 

「………そう。まあいいわ。でもね、琴音」

 

 私は今一度母さんの目を真っ直ぐに見た。相手の目には先程までの絶対的な自信はなりを潜めている。ここが勝負所だと思った。一瞬で決着をつけるべきだと思った。

 

「もういい。お母さん。私達は何があろうと相容れない。きっと、見えてる景色が違うからさ」

 

 茶目っ気たっぷりに舌をチラっと見せてから、私は両脇に座る若葉ちゃんと友奈ちゃんの膝を突いて、立ち上がる。それを帰る合図だと気づいてくれた2人も同時に立ち上がった。

 

「私はここまで来たらなんと言われようと進む以外の道はないと思ってる。後悔がないように進むだけ。私は、お母さんの所に戻ったらきっと後悔してしまう」

 

 そこまで言ったところで、若葉ちゃんと友奈ちゃんに先に出るように言ってから、私は1人で母さんに相対した。

 

「お母さんが大社に入ろうとしてる理由とかは知りたいとは思わないよ。どうせロクでもないからね。だけど、一つ言っておくよ」

 

 私は机の上に置かれた伝票を手に取ると、それとは入れ違いで一枚の写真を机の上に置いた。

 

「大社はお母さんが想像してるほど良い場所じゃない。それに、これからもっと辛いこと、悲しいことがたくさん起きる……と思う。お金や地位が欲しいだけで私の存在を利用してまで関係性を持とうとするならおすすめはしないよ。その写真はせめてもの餞別。よーく見て、2度と私には関わらないで」

 

 今私が母さんに渡した写真は以前、私の実家に行った際に回収していたお父さんと母さん。小さい頃の私が写ったものだ。この程度で心が揺らぐとは思っていないが、これは私なりの決意の表れだ。私の今持ち得る最大の家族としての証。それを私は、捨てた。

 

「琴音」

 

 最後に母だったものに呼ばれた名前を、私は自分の一歩で踏み潰した。

 これで正真正銘、これから私は秋山琴音として生きていける。そして生きた先に何が見えるのだろうか。

 

 私はその先に見た世界をーーーーー。

 

「受け入れてみせるさ。だって、私は誰1人とこの先失うつもりはないんだから」

 

 私は失ったものには振り返らず、若葉ちゃんと友奈ちゃんが待つ出入り口に向かった。

 

 

 

 

 

 




グダグダと似たような話ばかりごめんなさい。ここから一気に物語を進めていきたいと思ってます!
 
良ければ評価、感想などくれると非常に嬉しいです!

ではまた次の話で!
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